FC2ブログ
酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
■ お知らせ
※基本的にネタバレありです。ご注意ください。
※当ブログはリンクフリーです。内容の無断転載はお断りいたします。
※ブログ環境の相性によっては、TB・コメントのお返事が出来ない事があります。ご了承ください
エロ・グロ・出会い系のTB及びコメントは、削除の上直ちにブログ管理会社に通報させていただきます。 また記事と無関係な物や当方が不適切と判断したTB・コメントも削除いたします。
■TITLE INDEX
タイトルインディックスを作りました。こちらからご利用ください。
■ ツイッターアカウント
noraneko285でつぶやいてます。ブログで書いてない映画の話なども。
■ FILMARKSアカウント
noraneko285ツイッターでつぶやいた全作品をアーカイブしています。
ターミネーター:ニュー・フェイト・・・・・評価額1650円
2019年11月09日 (土) | 編集 |
運命は変えられるか?

前作の「ターミネーター:新起動/ジェニシス」の興行的・批評的失敗を受けて、当初予定されていた三部作がキャンセルされ、シリーズ生みの親であるジェームズ・キャメロンが、プロデューサーとして復帰した再リブート作
キャメロンが参加していない「ターミネーター3」以降のシリーズは無かったことにされて、1991年の「ターミネーター2」から直接続く続編だ。
サラ・コナーはスカイネットによる“審判の日”の到来を阻止したものの、代わって未来世界の支配者となった別のAIによって、新たなターミネーターが送り込まれる。
未来は変わっても、人間そのものが変わらなければ、滅びの運命は何度でもやって来るという訳か。
「新起動/ジェネシス」に引き続きシュワルツェネッガーがT-800を演じ、サラ・コナー役には28年ぶりにリンダ・ハミルトンが復帰。
ティム・ミラー監督と言えば「デッドプール」の悪ノリが記憶に新しいが、本作ではキャメロンのお墨付きを得て、正統派のアクション巨編として仕上げている。
※ラストに触れています。

メキシコシティの自動車工場で働くダニー・ラモス(ナタリア・レイエス)は、ある日突然未来から送り込まれた新型ターミネーターRev-9(ガブリエル・ルナ)に襲撃される。
ターミネーターを阻止するために現れた謎の女グレース(マッケンジー・デイビス)に助けられ、九死に一生を得たものの、父と弟は殺されてしまう。
執拗に追ってくるRev-9からダニーとグレースを救ったのは、逃亡者となっていたサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)だった。
1984年以来、彼女がターミネーターと戦い続けたことによって、1997年8月29日に起こるはずだった“審判の日”は避けられたものの、息子のジョンはT-800型ターミネーターに殺されていた。
「未来は変わったはずだ」と言うサラに、グレースはスカイネットとは別の、“リージョン”と呼ばれるAIが支配する未来から来たと告げる。
実は、サラにダニーとグレースのことを知らせたのは、ターミネーターの出現場所を感知できるテキサスに住む謎の人物。
その発信源はグレースの持つ座標データと一致し、三人は国境を越えることを決意するのだが・・・・


冒頭の“審判の日”を語る若きサラ・コナーの尋問映像で、観客をターミネーター世界にグッと引き寄せる。
基本的に、本作のプロットはジェームズ・キャメロンによる、伝説的な第一作と第二作を融合させた、21世紀のバージョンアップ版である。
人類の運命を握っているがゆえに、ターミネーターのターゲットとなるサラ・コナーはダニー・ラモスに、哀愁の未来戦士ことカイル・リースの役割は、マッケンジー・デイビスが演じるむちゃくちゃカッコいいサイボーグ兵士のグレースに受け継がれた。
そこへ過去と現在を繋ぐ役割のサラと、「ターミネーター2」のナイスガイ・キャラクターの延長線上にあるT-800が絡む構図。

一目見て分かる旧作との違いは、女性チームの話になっていることと、ヒスパニック文化の浸透だ。
物語はメキシコシティで始まり、ダニーはメキシコ人女性で、追ってくるRev-9もヒスパニック男性に擬態している。
国境越えが大きなポイントになるのも、トランプ政権下でのメキシコとの移民をめぐる軋轢の反映だろう。
ダニーを演じるナタリア・レイエスの中南米のスター俳優だし、この30年間のヒスパニック人口の増加とアメリカでの地位向上が、本作の大きなバックグランドになっていることは間違いない。

また未来からの救出者が数段パワーアップしつつ女性化しただけでなく、守られるダニーの役割も変わっている。
旧作のサラ・コナーは“人類を救うジョン・コナーの母”であり、あくまでも救出の対象はジョンだった。
ところが、本作では“審判の日”を回避した直後の1998年に、ジョンはしつこく送り込まれたT-800によって殺されてしまった設定。
どうやら過去に介入すると、少しづつ未来も書き換えられる様で、“審判の日”が起こらなかったことで、かつてジョンを狙ったスカイネットはリージョンと呼ばれる別のAIと入れ替わり、人類を救う人物も異なってくる。
旧作のサラが、救世主ジョン=キリストを生む聖母マリアだとしたら、本作のダニーは枝分かれした未来の新たなジョン、即ちキリスト本人なのである。
人類の未来が男の英雄ではなく、今は平凡な一人の若い女性にかかっている設定は、いかにも現在を感じさせる。

本作の物語の核心はほとんどダニー、グレース、サラの魅力的な女性キャラクター三人の関係性で描かれるので、後半から登場するT-800に関しては、ぶっちゃけファンサービスの様なもの。
ストーリー上の彼の役割は三人を引き合わせることなので、出てきた時点で主な仕事は終わっている。
あとはちょっとした助っ人プラス、ジョンを殺した過去を巡るサラとの確執程度だが、これは基本的には終わった話。
すっかり人間界に適合したT-800が、家業のカーテン選びのウンチクを語ったりするのは可笑しいし、銃をコレクションしている理由を聞かれて「なぜならここはテキサス」と答えるのには思わず吹いたが、「ターミネーターといえばシュワルツェネッガーでしょ!」と言うファン心理をくすぐるアイコン以上の存在にはなっていない。
T-800が人間と過ごすことでプログラミングされていない“感情”を発露することは、「ターミネーター2」のラストで示唆されていたので、このキャラクター設定には違和感は無かったが、それを含めて第一作、二作目の鑑賞は必須で、あちこちにファン泣かせのオマージュが散りばめられているのも楽しい。

ちなみに今回の作品によって「来なかった未来」となった「ターミネーター3」以降から、ちゃっかり頂いてる要素もチラホラ。
1998年に、ジョンを殺したT−800がオレンジ色のジャケットを着ているのは、おそらく「ターミネーター3」でクリスタナ・ローケンが演じた女ターミネーター、T-Xの衣装へのオマージュ。
あれはもうちょっと赤みが強かったけど、彼女も“審判の日”の後に送り込まれたターミネーターだった。
T-800の外見が老けるのは、「新起動/ジェニシス」でCGではなく現在の年齢のシュワルツェネッガー登場した時の、「皮膚は老化する」という設定を踏襲したもの。
もっとも、T-800が「有機物の皮膚があるからタイムマシンに入れる」という設定自体は、第一作の時に説明されていた。
厳密に考えると「それではT-1000や今回のRev-9は?」という疑問も出るが、野暮は言うまい。
Rev-9を倒すために、傷付いたグレースが自分の動力源を提供するのは、「ターミネーター4」でサム・ワーシントン演じるサイボーグ・ターミネーターが、ジョンを救うために自分の心臓を捧げたのを思わせる。
これら、パラレルワールドとなってしまった過去の続編を取り込みつつ、本作はいわば「ターミネーター全部入り」の、豪華なエンタメ映画になっているのだ。

墜落するC-5輸送機内の無重力アクションは、カット割りすぎてちょっと見難いものの、個体と液体の複合型で、二体に分離して戦うこともできるRev-9の特性を生かし、アクションもシリーズ伝統の豪快なカーアクションから、スピード感のある肉弾戦まで色々なパターンでてんこ盛り。
タイム・パラドックスを含めて、プロットが相当に強引なのは相変わらずだが、意外性もあって面白い。
少なくともここには感情を動かされるドラマがあり、商業主義の出がらしみたいな過去の続編よりも、遥かに楽しめる快作になっているのは確かだ。
しかし、シュワルツェネッガーは、一時期カリフォルニア州知事になってた頃を除けば、ずっとスクリーンで変遷を見てたけど、久々のリンダ・ハミルトンが年齢相応に美しい戦闘ばあちゃん化してたのは歳月を感じる。
米国での興行は、キャメロンとハミルトンの復帰にも関わらず今ひとつ伸びていないらしいが、払拭したはずの第二作の悪夢の到来を覚悟した上で、第一作の対になるラストと共に、これはこれで綺麗に完結しているので、これで終わりでも良いのではないか。
さすがに、これ以上老けたシュワルツェネッガーでT-800は無理があるでしょう。

今回はメキシコ人を含む三人の女性の話なので、三種の材料を使う「テキーラ・サンライズ」をチョイス。
氷を入れたグラスに、テキーラ45ml、オレンジ・ジュース90mlを注ぎ、軽くステア。
グラスの底に沈むよう、グレナデン・シロップ2tspを静かに注ぎ入れる。
98年のT-800の衣装を思わせるオレンジのカラーが鮮烈で、テキーラの独特な風味が、オレンジの酸味と甘味、グレナデンの甘味とバランスよく混じり合い、飲みやすくて美味しいカクテルになる。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね



[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

テキーラ サウザ ブルー 40度 750ml 正規
価格:1780円(税込、送料別) (2019/6/10時点)



スポンサーサイト



ショートレビュー「T-34 レジェンド・オブ・ウォー・・・・・評価額1650円」
2019年11月07日 (木) | 編集 |
弾は6発、敵は無数。

いやー、こりゃあ面白いじゃん。
鈍足のトラックで、ドリフトしながら戦車の砲撃をかわすオープニングからテンションMAX。
オフィシャルにリメイクとはうたってない様だが、これ旧ソ連時代の戦車映画の名作「鬼戦車T-34」と基本設定が同じ。

ドイツ軍捕虜収容所の赤軍戦車兵が、訓練の標的にされるはずだった鹵獲されたT-34をぶんどって逃亡。
途中立ち寄ったドイツの村で、村人を脅してビールをもらうよく似た描写もある。

だが、ベースの設定以外は全くの別物だ。

ソ連の戦争映画というと、物量に物をいわせた大味なものという印象が強いが、第二次世界大戦中の実話からインスパイアされた「鬼戦車T-34」は、“標的”であるために非武装の戦車を、戦争の暴力に対する抵抗の象徴として描き、悲壮感を前面に出していた。
登場人物も、言葉がわからないフランス人が混じっていたり、戦車と花畑といった対位法的な映像表現も味わい深く、どこかアメリカン・ニューシネマを先取りしたような、独特のムードをもつロードムービーだった。

対して、こちらは厨二魂全開の戦争アクション。

奪って逃げるという行動は同じだが、最大の違いは徹甲弾4発、榴弾2発の計6発だけ実弾を隠し持っていること。
ドイツ軍の新米戦車兵の訓練の相手をするために、主人公のイヴシュキンら捕虜の赤軍戦車兵たちにあてがわれたT-34 85の車内に残っていた物という設定だが、戦車には当然砲弾が積まれている訳で、ドイツ軍が鹵獲した敵戦車の中身を確認もせず、捕虜に丸投げするってかなり無理がある。
ともあれ、これでただ逃げるだけじゃなくて、戦術を駆使すれば追っ手と戦えるようになり、バトルアクションのセットアップ完了。


前半のモスクワ攻防戦で、イヴシュキンにとって因縁のライバルとなるドイツ軍戦車兵(名前がイェーガー=狩人というのがいい)がいて、二人の熱血戦車野郎による、男と男のプライドをかけた戦いが物語の軸。

前半とクライマックス、劇中に二度ある両者の“決闘”はまるで西部劇のノリだ。

時折挟まれる戦場を見下ろす鳥瞰ショットが、戦車同士の位置関係を分かりやすくして効果的。
圧倒的に不利な条件下で、いかにして隠れ、いかにして敵を欺き、弱点である側面を突くのかという市街地の戦車戦は、いわば街をボードにした巨大なチェスのゲーム
これがガルパンなら、被弾しても白旗が上がるだけだが、こっちは当たり所が悪いと死んじゃうので、非常にスリリングだ。
CGを駆使しし、飛び交う砲弾をスローモーションで描写するのも、拳銃弾とかなら見慣れたものだが、戦車砲弾はさすがに未見性がある。
アクションだけだと飽きるでしょう?とばかりに、箸休めに通訳の女性捕虜と主人公のロマンスまでプラスする、エンタメ盛り盛りのサービスっぷりが潔し。


製作が親プーチンのニキータ・ミハルコフだし、例えばデヴィッド・エアーの傑作「フューリー」の様な深いドラマ性や、オリジナルの「鬼戦車T-34」のが持っていた叙情的暗喩性などは全くなく、ストレートに国家に尽くした旧ソ連の兵士たちの勇敢さを讃えるシンプルな作品。
だが血湧き肉躍る熱血の戦車アクション映画として、相当によく出来てる。
監督・脚本のアレクセイ・シドロフは、見事な仕事をしていると言っていい。
しかし、観客のおっさん率異様に高し(笑

今回は文字通り、命がけで炎のキッスを交わす男たちの話なので、「キッス・オブ・ファイアー」をチョイス。
ウォッカ20ml、スロー・ジン20ml、ドライ・ベルモット20ml、レモン・ジュース2dashをシェイクして、粉砂糖でスノースタイルにしたグラスに注ぐ。
ルイ・アームストロングの「キッス・オブ・ファイアー」にインスパイアされた、バーテンダーの石岡賢司氏が考案した。
全く異なる個性を持つ素材それぞれが複雑に絡み合い、言葉で形容しがたい不思議な味わいを作り上げている。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね





東京国際映画祭2019 まとめのショートショートレビュー
2019年11月06日 (水) | 編集 |
第32回東京国際映画祭の鑑賞作品つぶやきまとめ。
公開が決まってない作品の中では、「マローナの素晴らしき旅」が印象深い。
これは是非劇場でもう一度観たい作品だ。
いくつかの作品は今後本記事を書く予定。
以下は鑑賞順。

フォックストロット・シックス・・・・・評価額1350円
近未来のインドネシアを舞台としたSFアクション。
元海兵隊員で現職議員の主人公が、逃亡者となって戦友たちと6人の秘密のチームを作り、人々を支配する全体主義の政府と戦う。
ぶっちゃけ、設定が無駄に複雑なのに、作劇はおそろしく雑。
主人公の議員設定は全く意味が無いし、反乱組織のアジトなんて、戦闘中に高さ設定がむっちゃ変わってないか。
あのビル何階建てだよw
しかし、終盤1/3を占めるクライマックス、悪の基地への殴り込みのアクションシークエンスはさすがに魅せる。
六人それぞれ、格闘技からナイフ、ガンアクションまで個性を生かした見せ場があり、ボリューム的にもお腹いっぱい。
基本はひたすらアクションを楽しむ映画。
しかし「アクト・オブ・キリング」なんかを見ると、インドネシア政界ってこれが結構リアルなんじゃないの ^_^;

ヒックとドラゴン2・・・・・評価額1700円
今夜の「3」の前におさらい。
円盤で何度も観てるけど、この圧倒的な飛翔感はスクリーンが格別!
前作で人間とドラゴンに平和をもたらしたヒックが、今度はバイキングの長と認められるまで成長する話で、プロットはヒーローズジャーニー色が非常に強い。
友愛で平和を目指すヒックたちと、恐怖によって他者を支配しようとする敵役とのコントラストもクッキリ。
ヒックだけでなく、トゥースレスの方も同じ様に成長を遂げるので、両者の一心同体感もますます強まり、クライマックスの共闘は大いに続編として完璧に近い、こんな面白い映画が未公開なんて、やっぱり日本のマーケットはおかしいぞ。
まあ「3」の公開を決めてくれたのは嬉しいけど。
あといまだにトゥースレスの字幕がトゥースのままなんだが、まさかまた宣伝にオードリー引っ張り出してくるつもり?

ヒックとドラゴン 聖地への冒険・・・・・評価額1750円
三部作、有終の美。
「1」はひ弱な少年ヒックが、一人前のバイキングと認められるまで。
「2」では青年ヒックが、族長の資質を得るまでで、同時に相方のトゥースレスもドラゴンの王へと共に成長。
そして第3作では、彼らに恋の季節と選択の時がやって来る。
三部作それぞれが主人公の人生のステップを描き、全体で一作一幕の見事な三幕構成。
似た者同士の落ちこぼれ少年とぼっちドラゴンは、お互いに影響し合って大人になり、責任を伴う居場所を見つける。
描く内容も、一作ごとに深化を深めているのもが素晴らしい。
人間とドラゴン、全く異なる個性を持った生物が共生出来ると信じる者がいる反面、敵愾心を利用しようとする者もいる。
より良い世界にしようと戦うと、その分敵も増えてゆく。
愛する存在を本当に守りたいと思った時、取るべきチョイスは何か。
異世界ファンタジーではあるものの、寓意を含んだエピソードの数々は現実世界で実際に起こっていることをイメージさせる。
ヒックとトゥースレスの成長物語として、これ以上の物語のおとし方は無いだろう。
じんわりとした余韻の中、気持ちよく泣けた。
傑作!

ある妊婦の秘密の日記・・・・・評価額1550円
ジョディ・ロック監督の二作目。
予期せぬ妊娠をしたことで、昇進をフイにしたキャリアウーマンの主人公が、母となってゆく体と母性を感じられない心の間で葛藤する。
いやー、子供持つどころか結婚する予定も全然無いけど、これはなかなか勉強になったわ。
女子高生たちの群像劇だった、前作の「レイジー・ヘイジー・クレイジー」もそうなんだが、世界観が可愛くてポップな反面、描いてることは凄く赤裸々で生々しい。
主人公の親友たちを含めた女性サイドはもちろん、妻との関係が変わってゆく夫サイドの葛藤もある。
やっぱ出産して子供を育てるのは、二人の共同作業なのをリアリティたっぷりに実感できるので、妊活してる人は男女を問わず観た方がいいよ。
特に男は観るべきだな。
主人公と母親との過去のわだかまりなど、彼女が出産に夢を持てない背景も丁寧に設定されていて、見応えのある佳作。

存在するもの・・・・・評価額1450円
フィリピンの三池崇史、エリック・マッティ監督のオカルトホラー。
双子の妹が死んだと連絡を受けた主人公が、実家に帰省する。
しかし何かが変。
両親は妹の死の経緯をひた隠しにし、通夜では謎めいた女性から「危険だから家にいてはいけない」と警告を受ける。
やがて、主人公の周りで様々な怪異が起こり始め、彼が妹の死の真相を探り始めると、家族の恐るべき秘密が明らかになる。
カソリック教徒の多いフィリピンだけに、基本は正統派のオカルト展開。
そこに家族の歴史、家の歴史、国の歴史までもが絡み合う構造。
主人公のお父さんが、あちこちで日本語を使う理由も、最後まで観るとなるほどなと思う。
主人公のある設定は流石にちょっと無理ある気もするが、ミスリードの連発で先を読ませない。
黒沢清の影響もあるとかで、ムーディーでなかなかよく出来た作品だった。

マローナの素晴らしき旅・・・・・評価額1650円
。゚(゚´Д`゚)゚。 こんなん絶対泣く。
一匹の犬が車に轢かれて死ぬ瞬間から、彼女の波乱万丈の犬生を回想する、リリカルなアニメーション映画。
九匹兄妹の九番目に生まれ、その犬生に何人かの飼い主にめぐり合い、無償の愛を注いでは裏切られる。
彼女は捨てられるんじゃなく、自分の存在が飼い主にとって重荷になると、自分から身を引くのが切ない。
だから、「人間社会に生きる犬の幸せは飼い主次第」という寓話性が際立つ。
「幸せとは、不幸の合間にある休息時間」とはマローナさんの悲しき名言。
主人公と飼い主以外のキャラクターや世界観は、極端にディフォルメされ、クレヨン画の様なタッチの抽象アニメーションで描かれるのだけど、これも犬目線の世界と捉えると面白い。
飼い主が全ての彼らには、その他大勢の人や街はこんな風に見えているのかも。
タイトルロールのマローナさんが、とにかく可愛い。
犬に限らず、これからペットを飼おうとしてる子供には、こういう作品を親が見せるといい。
「ウチの子を大切にしなきゃ」と思えるよ。
猫の扱いは、犬派の作者の悪意をちょっと感じるけどw

50人の宣誓・・・・・評価額1500円
イランには、殺人事件の被害者の男性血族50人が有罪を宣誓すると、被告を死刑に出来るという、にわかには信じ難い法律があるらしい。
主人公は、妹を殺したのに無罪判決を受けた夫を死刑にするため、親戚を集めてバスで裁判所に向かっている女性で、映画の大半は車中で展開するロードムービー。
しかしやたらハイテンションな親戚一同の関係は、揉め事と因縁のてんこ盛り。
しかも死刑は賠償金を受け入れて免除も出来るらしく、狭い車内は復讐か実利かで揉めに揉め始め、いつしかカオスに。
だが、混乱が頂点に達した時、映画は思いもよらない方向へ舵を切る。
法律自体は、復讐の連鎖を断ち切る目的もあるようなんだが、事実より感情を優先したもの。
映画も迷走するバスのように、事実と感情の間で揺れ動く。
結末は意外だが納得できる。
主人公がここまで追い込まれたのは、そもそも女性蔑視のベースがあるからというわけか。

ラ・ヨローナ伝説・・・・・評価額1550円
結構がっつりホラーだった。
嘗ての軍政下、先住民のジェノサイドを指揮したとして罪に問われた元将軍と、その家族の物語。
屋敷には連日デモ隊が押しかけ、籠城生活が続く中、謎めいた先住民のメイドがやって来る。
ほとんど全編が屋敷の中だけで展開する密室劇。
ブスタマンテ監督の前作「火の山のマリア」でもコンビを組んだ、マリア・メルセデス・コロイのキャラクターが思いっきり怪しいのと、ハリウッド映画にもなった虐げられ、子供を亡くした女の幽霊、ヨローナの伝説がモチーフなので、描きたいことは非常に分かりやすい。
屋敷には将軍の妻と娘と孫娘が住んでいて、それぞれ将軍に対して複雑な葛藤を抱えている。
物語が進むにしたがって、ヨローナの嘆きが感染するように、彼女らの中にある感情が覚醒してくる構造。
これは先住民だけでなく、抑圧された全ての女性の魂の叫びの物語なんだな。
中米独特の歴史や民族構成が、図らずも物語の豊かなソイルになっているのが興味深い。
監督によると、彼は“グアテマラの侮辱”を描く三部作として考えているそうで、これで二作目だからもう一本あるってことだな。
ぜひ日本に持ってきてよプリーズ。

この世界の(さらにいくつもの)片隅に(特別先行版)・・・・・評価額1800円+
なんだろう、これはやっぱり普通の映画じゃない。
「北條さん、久しぶりじゃったね~」って現実感。
リンさんとの関係が大幅に増えていることで、すずさんの葛藤がぐっと多面的になって、人間性も複雑になっている。
リンさんと周作の関係が描かれることで、哲さんが泊まりに来るエピソードをはじめ、新たな意味を持った部分も多数。
全体に、それまで異なる人生をおくってきた、新米夫婦の成長物語としての側面が強まった。
オリジナルはそのまま生かされているので、別ものという訳ではない。
今まで見えていたのがすずさんの50%の世界だとしたら、今回は限りなく100%へと広がった。
劇場版はさらに数分伸びるというので、あと一月半楽しみに待ちたい。

ばるぼら・・・・・評価額1600円
渡辺えりのムネーモシュネーが強烈過ぎて、漫画を超えてるw
稲垣吾郎の美倉洋介はあんまり異常性欲者には見えないが、漫画の美倉よりもむしろ間久部緑郎に近い、ピカレスクな貴公子イメージ。
二階堂ふみはトリッキーなばるぼらにぴったりで、キャスティングはハイスコア。
人気作家が謎のミューズと出会うという手塚漫画の中でも異色の怪作を、コンパクトにしつつ冒頭から非常に忠実に映像化。
橋本一子のジャジーな音楽も圧が強く、クリストファー・ドイルの映像もムーディー。
テリングの部分の完成度はかなり高く、漫画既読者でも納得の仕上がり。
手塚監督が言うほど咀嚼し難い話ではないと思うが、元々“ばるぼら”とは、如何様にも解釈可能なキャラクター&現象だから、個人的にはグァダニーノ版「サスペリア」位にぐっちゃぐちゃにしちゃっても良かったと思う(ホラー描写的な意味ではなく)。
まあそうすると、ますますお客さん選んじゃうしな。
これは手塚眞流の解釈として、なかなか面白かった。
手塚漫画の実写化は失敗する、というジンクスからは抜けられているんじゃないか。

ジャスト6.5・・・・・評価額1500円
イランの麻薬王と、彼を追う刑事の攻防戦。
タイトルは何のことかと思っていたら、ラストで出てくる“ある数字”だった。
ユニークなのは、序盤はモーレツ刑事の視点で物語が進むんだけど、彼らが麻薬王にたどり着くと、今度は彼の視点に入れ替わること。
終盤に裁判が始まると、今度は両者の視点が交錯する。
これおそらく、麻薬犯罪へ加担させないため、犯罪予備軍への“啓蒙”を目的に作られた映画じゃないかな。
中盤以降麻薬王の価値観や生き方をフィーチャーし、感情移入させることで、「麻薬で大儲けしても結局は後悔しか残らないよ」ってメッセージが強く残る。
これ刑事視点で描き切っちゃうと、単なる勧善懲悪で啓蒙にはならない。
イスラム原理主義のイランでも、こういう映画が作られるくらい麻薬は深刻な社会問題なんだろう。
まあ歴史的には、ペルシャは阿片の本場のひとつだし。
とは言え説教臭い映画ではない。
刑事と麻薬王のキャラクターがかなりエキセントリックで、捕まえてからの対照的な二人のぶつかり合いが結構面白かった。

ディスコ・・・・・評価額1450円
てっきりディスコダンスのクィーンが、カルト宗教にハマる映画だと思ってたけど違った。
主人公の実家はかなり怪しい俗世系カルトの信者、っていうか教会経営してる。
ダンスやってるのも、もともと教会の演出のため。
しかし、彼女はワケあって親と今一つしっくりいってない。
それで実家とは正反対の、質素なスタイルの別のカルトに惹かれてゆく。
恐ろしいのは、彼女にとって信仰がは空気のようなものなので、「信じない」という選択肢が初めから無いこと。
周りはカルト、親戚も別のカルト、新しくできた友達もまた別のカルトという、まさに悪魔の悪循環。
実家の信仰に少しずつ疑問を抱いて距離を置いたはいいのだけど、救いを求めた先は、一見まともそうだが、その実終末論を信じるキリスト教版のオウムみたいな、むっちゃヤバそうな教会だったという。
本人は戦慄のシチュエーションに全く気付いてないのが、救いなのか、ホラーなのか。
実際この環境で育ったら、スッと入っちゃうのかも知れん。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね
IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。・・・・・評価額1700円
2019年11月03日 (日) | 編集 |
今度こそ、“それ”を倒す。

アメリカの小さな町デリーに27年毎に現れ、子供たちを攫う“それ”こと恐怖のピエロ、ペニーワイズと、彼の存在に気付いた町の落ちこぼれキッズ“ルーザーズ・クラブ”の戦いを描く完結編。
前作 「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」から27年が経ち、すっかり大人になった彼らの元に、ただ一人町に残っていたマイクから連絡が入る。
“それ”が戻ってきた、と。
今なお、子供時代に起因する閉塞と葛藤を抱えている彼らは、運命に呼び寄せられるように、デリーへと集う。
今度こそ、恐怖の源泉の記憶をぬぐい去るために。
監督は前作に引き続きアンディ・ムスキエティが務め、脚本を担当するゲイリー・ドーベルマンを始め、主要スタッフの多くが続投。
ジェシカ・チャステインやジェームズ・マカヴォイら、大人キャストと、前作の子供たちとのマッチングも絶妙。
大人編ならではの、酸いも甘いも嚙み分けたビターなテイストも加わり、ギミック満載のホラーと見応えある人間ドラマがバランスした、再びの快作となった。
※核心部分に触れています。
 
ルーザーズ・クラブの誓いから27年後。
ホラー作家となったビル(ジェームズ・マカヴォイ/ジェイデン・リバハー)は、自作の映画の撮影中にマイク(イザイア・ムスタファ/チョーズン・ジェイコブス)からの電話を受ける。
27年前に対決し、殺したはずのペニーワイズが戻ってきたというのだ。
マイクの招集に、かつてのルーザーズは続々と懐かしいデリーに集う。
DV夫との関係に悩むべバリー(ジェシカ・チャステイン/ソフィア・リリス)、建築家として成功しているベン(ジェイ・ライアン/ジェレミー・レイ・テイラー)、リスクコンサルタントになったエディ(ジェームズ・ランソン/ジャック・ディラン・グレイザー)、コメディアンのリッチー(ビル・ヘイダー/フィン・ウルフハード)、そしてマイク。
ただ一人、スタンリー(アンディ・ビーン/ワイアット・オレフ)だけが姿を見せず、べバリーが妻に連絡を取ったところ、マイクの電話を受けた後に自殺したことが分かる。
実は、ペニーワイズに拉致された時、“死の光”に晒されたべバリーは、ルーザーズ全員の死の瞬間を見ていた。
運命を変えるには、再びペニーワイズと対決し、今度こそ滅ぼすしかない。
彼らは、対決に備えて、それぞれの過去と向き合い始めるのだが・・・・


素晴らしいクオリティだった子供編「Chapter One」を受けて、「Chapter Two」は大団円を迎える大人編。
1986年に出版されたスティーヴン・キングの原作小説は、大人になった主人公たちを描く1985年の現在を起点に、子供時代の1958年との二つの時代を描く。
現在と過去は平行に語られてゆき、1990年に放送されたTVムービー版でもこの構造は踏襲されていた。
しかし、今回のリメイク版では、時系列を子供編と大人編に分離して描いているのが大きな特徴だ。
時代は一回りして子供編が1989年、大人編を2016年に設定。
ちなみに前作が公開された2017年が、TVムービー版が放送されてから27年後なのは、もちろん狙っているのだろう。

前作の「Chapter One」は単体で上手くまとまっていたが、今回は子供編の物語を踏まえた上で、登場人物の現在がそれぞれの過去との関係性で語られる。
そのため、現在だけでなく過去パートも描く必要があり、尺的には大幅にボリュームアップし、ホラージャンルでは異例の169分という大長編となったが、無駄がないので冗長さは全く感じない。
大人になっても払拭出来ない恐怖の根源を、メンバー全員分丁寧に描いていかなればなければならないので、これは必要な長さなのだ。

子供の頃のルーザーズは、それぞれ“恐怖のイメージ”に囚われていて、それをペニーワイズに付け込まれる。
ビルは弟のジョージを死なせてしまったという贖罪の意識、べバリーは父親からの虐待、ベンは体型からくるコンプレックスに孤独感、エディは超過保護な母親の支配、リッチーはストレートにピエロが苦手で、スタンレーは厳格なユダヤのラビである父親から落ちこぼれの烙印を押された罪悪感、マイクは両親を原因不明の火事で失った記憶。
直接的な力か、心理的な力かの違いはあれど、彼らは自らを押さえつけていた恐怖に立ち向かい、恐怖を利用して子供たちをコントロールしようとするペニーワイズを倒した。

ところが大人になった彼らは、相変わらず子供時代の恐怖を引きずっているのである。
なぜならペニーワイズが生きているのだから、彼らの恐怖も決して消えることはないのだ。
例えばビルは、いくつかのキングの小説の主人公と同じく、作者自身を反映したホラー作家になっていて、恐怖に囚われたまま。
父の虐待から逃れたベバリーはというと、今度は夫のDVに悩まされている。
すっかり肉体改造に成功したベンも、べバリーが彼の書いたポエムの作者をビルと勘違いし、失恋してしまったトラウマから逃れられない。
リッチーは同性愛の衝動を押し殺し、エディは母親そっくりの妻に支配されていて、スタンリーに至っては再びペニーワイズと対決する勇気が持てず、自殺してしまう。
彼らはいまだに恐怖の呪縛から自由になってはおらず、葛藤を心の奥底で燻らせているからこそ、再びデリーに集わねばならないのだ。
土地に蓄積された負の力によって、人々が宿命的に縛り付けられるという、原作小説の実にキング的な面白さは、単体の作品と割り切った前作では失われていたが、本作では二つの時代が有機的に結びつくことで見事に復活している。

二本合わせて5時間以上を費やすのだから、リッチーのエディに対する感情の裏表の意味はあれど、物語的には無くても成立するエイドリアン・メロン(演じるのはまさかのグザビエ・ドラン!)の悲惨なエピソードから始まって、なるべく満遍なくぶち込むという意図は強く感じる。
最初の30分の第一幕でルーザーズの再結集、第二幕ではペニーワイズを滅ぼすためにマイクが調べ上げた、先住民に伝わるチュードの儀式に必要なアイテム探しのために、それぞれが過去と向き合う。
そして最後のおおよそ50分が、ペニーワイズとの因縁の対決という構造。
「七人の侍」から「アベンジャーズ/エンドゲーム」まで、一人ひとりは欠点を抱えた集団が、強大な敵と戦う時の典型的なプロットだが、非常にスマートに纏められている。

面白いのは終盤脚色で結構変えてきてるところで、これはたぶん劇中繰り返される「ラストがひどい」の台詞に引っ掛けてある。
キングの小説は、「面白いけどラストが尻すぼみでスッキリしない」というのはよく言われること。
本作でもビルが自作のラストを酷評され、「人々はハッピーエンドを望むけど、現実にはそうとは限らないだろ?」と反論するシーンがある。
実際、原作小説にはビルの妻のオードラが“死の光”を見て意識を失い、ペニーワイズを倒した後もなかなか回復しないという描写がある。
映画ではその辺の不穏な要素をばっさりカットし、ペニーワイズの倒し方もルーザーズの恐怖の克服に結び付けて、全員にとって人生の一区切りとなるハッピーエンドにしている。
だから劇中で、自転車のシルヴァー号を買い戻すため骨董店を訪れたビルが、スティーヴン・キング自身が演じる店主と出会い、またしても小説のラストにダメ出しされるシーンはメタ的な可笑しさ。
もしかしたら本作のラストは、キング的には「ミスト」と同じく、自分の小説のアイデアよりベターと思えたのかも知れない。
まあ小説には小説の味わいもあるので、原作ファンには異論もあるだろうけど。

ところで、様々なホラー映画へのオマージュ満載の本作、べバリーがトイレに閉じ込められて血まみれになるシーンの「シャイニング」のパロディには笑ったが、何気に誰よりもジョン・カーペンターを全力でリスペクトしているのが可笑しい。
いや私も「こいつは何の冗談だ?」は大好きだし、面白かったんだけどさ(笑
他目立つところでは、1987年のデリーの映画館には「エルム街の悪夢」がかかっているのだが、製作スタジオのニュー・ライン・シネマは今はワーナーの一ブランドだし、神出鬼没のペニーワイズの恐怖演出はどこかフレディっぽい。
また隠れLGBTキャラの大人リッチーのシャツが、「エルム街の悪夢2」のゲイの主人公が着ているシャツと同じ柄だったり、作品としては一番影響を受けていそうだ。

そんな訳で、前回は「ナイトメア・オブ・レッド」をチョイスしたが、今回は「ナイトメア」を。
ドライ・ジン30ml、デュボネ30ml、チェリー・ブランデー15ml、オレンジジュース15mlを氷と共にシェイクし、グラスに注ぎ、マラスキーノチェリーを一つ飾って完成。
デュボネとチェリー・ブランデーの甘みと、オレンジの酸味のバランスがいい。
アルコール度数が高く、飲みすぎると名前の通り悪夢に落ちる。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね



[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

デュボネ ルージュ アペリティフワイン 14.8度 750ml 並行
価格:1210円(税込、送料別) (2019/11/3時点)



ショートレビュー「楽園・・・・・評価額1650円」
2019年10月28日 (月) | 編集 |
田舎残酷物語。

「楽園」ちゅうか、描かれているのはむしろ「地獄」
とあるY字路で起こった少女誘拐事件を起点に、12年後の現在で杉咲花、綾野剛、佐藤浩市の運命が動き出す。
杉咲花が熱演する湯川紡は、行方不明になった少女と直前まで一緒にいた同級生で、彼女が死んで自分が生き残ったことから罪悪感に苛まれ、12年後の新たな事件により更なる傷を負う。
綾野剛が演じるのは、日本に定住している元難民の青年・中村豪士。
内気で日本語が少し不自由な彼は、やがて紡と関わるようになるが、新たな事件が起こると、周囲から孤立していることで疑われ、大した根拠もなく事件の容疑者となってしまう。
そして、佐藤浩市演じる田中善次郎は、12年前の事件とは直接の関わりはないのだが、現在の豪士と紡と小さな接点を持ち、ほんの些細なことからドミノ倒しのように、人生を破滅へと追い込まれてゆく。

吉田修一の原作「犯罪小説集」は、それぞれ現実に起こった事件をモチーフとした短編集で、本作はその中の「青田Y字路」「万屋善次郎」をミックスして脚色。
「青田Y字路」がモチーフとしているのは、1979年から90年にかけて、四人の少女が犠牲となった「北関東連続幼女誘拐殺人事件」。
この事件は未だに未解決で、1990年の事件では誘拐殺人の容疑で無関係の男性が逮捕され、後に冤罪と証明された「足利事件」としても知られる。
もう一つの「万屋善次郎」は、2013年に起こった「山口連続放火殺人事件」がモデル。
こちらは故郷の限界集落にUターンした中年男性が、徐々に周囲から村八分となり、精神を病んで村の老人たち五人を次々と殺害した事件で、事実関係もかなり忠実な作り。

映画は二本の原作をシームレスに繋いだ上で、「罪」「罰」「人間」の三章構成としていて、最初に罪が犯され、次に非常に曖昧な罰が下される。
「罪」と「罰」の登場人物たちの行動が、常軌を逸するくらい愚かで強引なことに戸惑うが、最後まで観ると、「なるほどこれは狙いか」と分かる。
なぜなら最終章の「人間」で、そもそも罪を作り出したのは誰なのか?罪なき人は存在するのか?が問われるからだ。
だから本当は何が起こったのか?という部分は、物語の帰結する先へ導くために重要な要素ではあるものの、謎解ミステリ的なベクトルはほとんど無い。

新約聖書のヨハネによる福音書の第八章で、姦淫の罪で捕まって人々の前に引き出された女を見たイエスは、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」と語る。
その結果、その場にいた誰一人として石を投げることができなかった。
ところが、本作劇中の同一のシチュエーションでは、理性と良心を体現するイエスはおらず、人々は自分の罪を省みることなく先を争って石を投げつけるのだ。
罪びとが根拠のない罰を下し、その結果として新たな罪が生まれる。
本作で描かれるのは、罪と罰の無限スパイラルに陥ってしまった悲しい人の心なのである。
絡み合う人間たちのドラマは、瀬々敬久監督の持ち味が発揮されて見応え充分。

しかし、ここに描かれる日本の田舎は、ある意味ホラーより恐ろしい
モデルになった実際の事件の報道を読んだ時も思ったが、なんで田舎の年寄りは「人が増えて欲しい」とか「若者に来て欲しい」とか言いながら、逆に人を遠ざけるようなことをするのだろう。
もちろん全部が全部そうじゃないだろうけど、こういう田舎も実際珍しくはない。
本作では、ある程度以上の年齢の登場人物はほぼ一様に救いようがなく、あえて「老害」という嫌な言葉を意識させるように作ってるが、それも一定のリアルがあるからだろう。
罪人たちの中で、唯一自らの罪に向き合い、罪を抱えて生きてゆく決意をする、杉咲花を実質的な主人公としてしているのも、作品の指向する先を示唆する。
果たして彼女は希望となり得るのか?人間は、本当に「楽園」に生きられるのだろうか?

今回は原作者の故郷、長崎から壱岐の酒「純米大吟業 横山50」をチョイス。
長崎は日本酒文化圏と焼酎文化圏の混じり合う地で、これは焼酎の蔵元として知られる重家酒造が、かつて醸造していた日本酒を四半世紀ぶりに復活させた酒。
蔵元の横山さんの名と山田錦の精米歩合がそのまま名前になっている。
フルーティーで、純米大吟醸らしい芳醇な吟醸香。
濃厚だが雑味なくスーッと喉に落ちる、やや辛口の味わいが上質だ。

ランキングバナー記事が気に入ったらクリックしてね