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ショートレビュー「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ・・・・・評価額1700円」
2019年09月18日 (水) | 編集 |
どうして「イイネ」が欲しいのか。

ミドルスクールの最終学年、「エイス・グレード(8年生)」の卒業までの最後の2週間を描く瑞々しい傑作。
昨年、サンダンス映画祭でワールドプレミアを迎えると、ロッテントマトで肯定99パーセント、アベレージ8.9/10というハイスコアを叩き出し、数々の映画賞に輝いた愛すべき小品がようやくの日本公開。
主人公は、内向的でネット中毒気味の少女ケイラ・デイ。
四六時中スマホいじりし、 YouTuberとして活動していて、「なりたい自分になる」など自己啓発的なテーマで積極的に発信しているが、ほとんど誰も見ていない。
「レディ・バード」の様な、後先考えない猪突猛進型とは違った意味で、かなりイタタな女の子だ。

未知なるハイスクール進学まであと僅か。
漠然とした期待と不安を抱え、まだ何者にもなっていないケイラは、今のうちになんとかイケてない自分を変えたい。
リア充になって、イケてる誰かに自分を知ってほしい、見てほしいのだが、現実には対人関係がうまく築けない。
孤独なうちに承認欲求を抱えたティーンが、こぞってSNSに走るのは時代の必然。
面と向かっては、何かを言う勇気を持てない内向的なケイラでも、SNS、それも不特定多数に向けたYouTubeなら、相手の顔が見えないゆえに、気兼ねなく発信できる。
いつか山盛りの「イイネ」がつく日を夢見て、ケイラは今日もそれほど面白くない番組を配信し続ける。
決め台詞は「Gucci!」(笑

ケイラの家はお父さんのマークとの父子家庭で、独立心が芽生えてきて親に心配をかけたくない彼女と、お年頃で精神不安定な娘が心配でたまらない父との関係が物語の縦軸。
そこにクラスメイトとのぎこちない関係や、おバカな男子へのビターな初恋、背伸びした挙句の手痛いしっぺ返しなど、中学生あるあるの日常が横軸として絡んでゆく。
これ今だからモチーフになるのはSNSだけど、同じような承認欲求に突き動かされ、大人ぶって色々やらかした記憶は、世代を問わずに誰もが持っているはず。
だから、イタイなあとは思っても、誰もケイラのことを嫌いになれない。
タイムカプセルに入っていた2年前の自分からのビデオレターとか、非常に使い方が上手くて思わずグッとくる。
特別な事件は起こらないが、厨二病を患ったことのある誰もが共感できる、普遍性のある青春ドラマなのだ。

主人公を演じるエルシー・フィッシャーが素晴らしい。
日本だと芦田愛菜の吹替の方が馴染みがあるが、「怪盗グルー」シリーズの三女アグネス役をはじめ、今までのキャリアではどちらかと言うと声優として知られる若手女優。
可愛いんだけど、ちょいぽっちゃり体型とニキビ面が、普通の中学生のリアリティを醸し出す。
お父さん役のジョシュ・ハミルトンを含めて、有名過ぎないキャスティングが成功要因の一つだろう。
本作を観ていると、まるで「近所に住んでいるデイさんの家の話」に思えてくる。
そのぐらい実在感があって、キャラクターを身近に感じるのだ。

コメディアンでもあるボー・バーナム監督は、青春の悲喜こもごもの中にある人生の真実を、味わい深く描き出した。
本国公開ではミドルスクールの話なのにR指定になって、主人公世代が観られないのが物議を醸したそうだが、幸い日本では誰でも入場可のG指定。
これは是非とも、リアルな中学生に観てもらいたい作品だ。
自分自身に抗うケイラを通して、きっと色々な感情が湧き上がってくるだろう。

ケイラにはお酒はまだ早いけど、未来の彼女をイメージして「ホワイトレディ」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、ホワイト・キュラソー15ml、レモン・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
半透明のホワイトが美しく、フルーティな味わいを辛口のジンがまとめ上げる。
いつの日か、ケイラもこんなカクテルが似合う、洗練された大人の女性になれる・・・かも知れない(笑

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高畑勲展ー日本のアニメーションに遺したもの “Takahata Isao: A Legend in Japanese Animation”
2019年09月17日 (火) | 編集 |
18年4月に亡くなった日本アニメーション界の至宝、高畑勲の回顧展。
東映動画時代に始まり、日本アニメーションで手がけた世界名作劇場を経て、スタジオジブリ設立から遺作となった「かぐや姫の物語」まで。
残した仕事にふさわしく、質量ともに圧倒的なボリュームで、下手な映画を何本か観るよりも一日中ここに詰めていたい。
高畑勲展01

原画やレイアウトの展示も豊富なのだけど、基本的に絵を描かない演出家だけあって、見どころはメモ書きなどの膨大な文書資料だ。
女性的な丸みのある美しい文字で書かれた文章は、静かな情熱を雄弁につたえてくる。
高畑さんはスタッフ全員がプロジェクト全体を把握するべきとして、“制作現場の民主化”を進めた人だから、多くのスタッフによる様々な提案書も残されている。
日本アニメーション史のターニングポイントなった、「太陽の王子 ホルスの大冒険」制作中の、予算を抑えたい会社と、妥協したくない現場の辛辣なやりとりの記録は初めて見たし、宮崎駿が主人公の名前をホルスとヒルダから、パズーとシータに変えたがっていたのは笑った。
確かに出自に秘密を抱える少女と活発な少年の話は共通点があり、ホルスをパズーにしてヒルダをシータに、グルンワルドをムスカ大佐に当てはめれば、ラピュタの原点がホルスなのは納得。

一番唸らされたのは、高畑さん一流の音楽演出の資料で、この人の仕事はやはり圧倒的に豊かな知識と教養に支えられているのがよく分かる。
内田吐夢監督の幻のアニメーション映画企画「竹取物語」のために、東映動画に入社したばかりの高畑さんが書いたメモには、竹取の翁が美しく成長し親離れしてゆくかぐや姫に嫉妬し、彼女を呪うという驚きの愛憎劇の案が書かれているが、これは物語全般への深い素養がないと書けない。
そして「この案はアニメーションには適さないだろう」という冷静な自己分析。
若い時のインプットって、ほんとうに大切なのだなと思わされる。

図録は頑張っているけど、さすがに展示資料全ては載せられていないし、ルーペが無いと読めないレベルにちっちゃくなっているので、現物をじっくり見るのが正解。
常設展も合わせて1500円は安すぎるくらいだし、文書資料をじっくり読んでいくと一日では終わらない量なので、複数回通ってもいい。
ちなみに音声ガイドの声は、アニメーション史をモチーフにしたNHKの朝ドラ「なつぞら」で、高畑さんをモデルとした坂場一久を演じている中川大志。
ドラマでは物腰穏やかな優男風だが、実際にこの天才と仕事をするのは相当な覚悟と実力が必要だっただろう。
オリジナルの登場人物がやたらと多かった「母をたずねて三千里」で、キャラクターデザインと作画監督を務めた小田部陽一は、あまりの激務に妻の奥山玲子に作画監督補佐となることを要請しなんとか乗り切るも、プロジェクト終了後にはマルコの絵を一切描けなくなったそうだ。
現場の高畑さんを知る多くの人は、一度は共に仕事をしたいが、二度はやりたくないと言う。
まさに狂気を秘めた孤高の存在だった。

東京国立近代美術館で10月6日まで。
高畑勲展02


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荒野の誓い・・・・・評価額1650円
2019年09月15日 (日) | 編集 |
誰もが、鉄の十字架を背負っている。

ジェフ・ブリッジスに初のオスカーをもたらした、「クレイジー・ハート」で知られる、スコット・クーパー監督によるいぶし銀の西部劇。
北アメリカ大陸の支配をかけ、旧大陸からの移民と先住民が戦い、数百年に及んだインディアン戦争が終結した19世紀末の西部。
冷酷な殺人狂と噂される退役間近の軍人が、余命幾ばくもない宿敵シャイアンの族長を、モンタナ州の部族の聖地へと護送することになる。
千マイルを超える長い旅路は、困難の連続。
はたして彼らは遺恨を克服し、目的地へ到達することができるのか。
主人公のベテラン軍人を、「ファーナス/訣別の朝」に続いてクーパーと再タッグを組んだクリスチャン・ベールが演じ、シャイアンの族長には、西部開拓史を描いた数々の名作で知られるウェス・ステューディ。
ロザムンド・パイクやベン・フォスター、ティモシー・シャラメら、重量級のキャストが脇を固める。

1892年、ニューメキシコ。
インディアン戦争で活躍し、退役を間近に控えたジョー・ブロッカー大尉(クリスチャン・ベール)は、かつての宿敵であるシャイアンの族長イエロー・ホーク(ウェス・ステューディ)を、ニューメキシコのフォート・ベリンジャーから部族の聖地があるモンタナ州の“熊の渓谷”へと護送する任務につく。
末期の癌を患うイエロー・ホークは、最期を部族の地で迎えたいと願い、先住民との和解を演出したい合衆国政府も受け入れたのだ。
ブロッカーと部下たち、イエロー・ホークとその家族たち、かつて殺し合い、今も反目する両者はしかし、いやでも協力せねばならない状況に陥る。
コマンチの残党が入植者の家族を惨殺し、ブロッカーの一行が唯一生き残ったロザリー(ロザムンド・パイク)を保護するも、今度は自分たちがコマンチに襲撃され、若い兵士を失ってしまう。
ブロッカーはやむなくイエロー・ホークたちの鎖を解き、なんとか中継地点のコロラド州フォート・ウィンズローへとたどり着くのだが・・・・


北アメリカ大陸の「インディアン戦争」の定義には諸説ある。
コロンブス上陸からのおおよそ400年間とする説もあれば、毛皮貿易を巡る1609年のいわゆるビーバー戦争を起点とする説。
終わりに関しても、合衆国の支配に抵抗するアパッチ族の最後の襲撃があった1924年とする説や、メキシコにおけるヤキ族の蜂起が鎮圧された1929年とする説、そもそも今だに抵抗運動は続いていて戦争は終わっていないとする主張もある。

しかし本格的な戦争は、すでに十数年間にわたって入植者と小競り合いを繰り返していたポウハタン族が、1622年にジェームズタウン入植地を襲撃し、400人が殺害された“ジェームズタウンの虐殺”から、本作の重要なバックグラウンドとなっている1890年の“ウンデット・ニーの虐殺”までとするのが一般的だ。
ウンデット・ニーの虐殺は、ジェームズ・フォーサイス大佐指揮下の第七騎兵隊が、大半が非武装だった300人のスー族を一方的に虐殺した事件で、本作の主人公のブロッカーはじめ、彼の部下たちもこの現場にいた設定。
ちなみにディズニー映画で有名なポカホンタスは、小競り合いが起こっていた時代のポウハタンの族長の娘で、ジェームズタウンの虐殺の5年前にイギリスで客死している。

物語の背景にはインディアン戦争の因縁があるが、本作は「戦争の宿敵同士が困難な旅を通して、仲直りしました」という美談だけを描いた、ハリウッド映画にありがちな話ではない。
確かに両者は和解にいたるが、それは物語の一面に過ぎないのだ。
映画は、英国の作家D.H.ローレンスの引用から始まる。
「The essential American soul is hard, isolate, stoic, and a killer. It has never yet melted.(本質的なアメリカの魂は、厳しく、孤独で、禁欲的で、人殺しだ。いまだに和らがない。)」
彼の「アメリカ古典文学研究」中で、「ヨーロッパの民主主義は命の鼓動だが、アメリカの民主主義は自己犠牲であれ他者の犠牲であれ、常に死に向かっている戯曲のようなものだ」と解いた文章の一説だが、この言葉こそ本作の描く19世紀末のアメリカ西部の世界そのものだ。

引用に続いて、ロザムンド・パイク演じるロザリーの暮らしが映し出される。
妻と夫、3人の愛らしい子供たちに囲まれた「大草原の小さな家」を思わせる、牧歌的風景。
しかし、そこに一家の馬を狙うコマンチの残党が現れると、平和な日常は血塗られた殺戮のフィールドへと変貌するのである。
ロザリー以外の家族が惨殺されると、場面は一転。
今度は逃亡したアパッチの家族を、ブロッカー率いる軍の部隊が容赦なく痛めつけている。
捕まえた捕虜は動物のように引きずられ、吹きっさらしの粗末な牢に押し込められて、皆絶望の表情を浮かべている。
どちらの側も、大きな罪を犯していることを端的に表現し、単純なポリコレの風潮に阿らない本作のスタンスを示した秀逸なオープニング。

ブロッカーの年齢と劇中の会話の内容から推測するに、彼は南北戦争はギリギリ経験していない世代で、軍歴のほとんど全てがインディアン戦争の渦中だったのだろう。
その戦い方は冷酷で、誰よりも多くの敵を、戦士だけでなく女子供も容赦なく殺し、軍内では伝説化しているほど。
一方で、彼が護送することになるイエロー・ホークも、ブロッカーの目の前で彼の部下を何人も殺しているという、まさに不倶戴天の天敵同士
途中で合流することになるロザリーや、ベン・フォスター演じる先住民の一家を殺して逃亡中のブロッカーの元部下も含めて、登場人物の誰もが弱肉強食のフォロンティアに生きて、大いなる喪失と罪の記憶を持っている。
彼らにとって、この世界で唯一確実に実感できるのは「死」のみ。
「神を信じるか?」と問われたブロッカーは、「神は信じるが、彼はここで起こっていることを見ていない」と言う。

死期の迫ったイエロー・ホークを送り届けるための彼らの旅路は、コマンチの襲撃から始まって、次から次へと困難が襲い、決して許されない原罪を抱えた人間たちは、一人また一人と、約束された死へと向かってゆく。
苦悩する人間たちの愚かさと小ささを、雄大な自然とのコントラストとして活写した、撮影監督・高柳雅暢の仕事が素晴らしい。
思えば、クーパーとベール、そして高柳が組んだ「ファーナス/訣別の朝」も、基本的な世界観は本作と共通している。
無法者によって弟を理不尽に惨殺され、復讐を誓う兄の物語だが、映画のバックグラウンドとなるのは、鉄鋼の街、鹿狩り、賭け、イラク戦争、そして二度と帰らない穏やかな日常の記憶。
西部劇とマイケル・チミノの傑作「ディアハンター」にオマージュを捧げた男臭いドラマで、タイトルの意味は主人公が働く鉄鋼所の溶鉱炉のことであるのと同時に、燃え上がる情念の炎。
この映画は現代劇だったが、プロットの時代設定を150年前にすれば、そのまま西部劇として成立してしまう。
アメリカ人が信奉する、着実に死に向かう血と鉄と銃の掟は、ローレンスが言うように、今なお和らぐことなく生きているのである。

本作は危機また危機の古典的な構造を持つが、ここにハリウッド大作的な派手さは無く、物語は終始淡々と進み、ドラマチックな抑揚にはやや乏しい。
その分、死の絶望と生への渇望を知る人間たちの心理劇として、なかなかの見応えだ。
犯した罪の大きさには関係なく、死せる運命の者はことごとく死に、そうでない者は生き残る。
もとから神は見ていないのだから、生と死のドラマには何の恣意性もなく、生き残った者たちは、死んでいった者たちの一部を受け継ぎ、記憶の器として生きて行く。
登場人物たちの“今”が歴史となる瞬間を描いたラストショットが、美しくも切ない。
ここには、敵味方の因縁を超えた生き様と死に様、普遍的な人間性についてのドラマがある。
インディアン戦争の終わりを、西部開拓時代というアメリカの幼年期の終わりに重ねた、スコット・クーパーらしい味わい深いフロンティアの寓話だ。

いぶし銀の映画にはいぶし銀のバーボンを。
ジム・ビームの少量生産プレミアム銘柄「スモールバッチ ブッカーズ」をチョイス。
美しい琥珀色が印象的で、深い熟成を感じさせるコクと、フルーテイな香りの中のほろ苦さが喉にしみる。
もともとはビーム家のパーティで賓客に提供していたものを、あまりに好評なので商品化したもの。
バランスの良さが光るバーボンは、古い友人と昔話を語りながら飲みたくなる。

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アス・・・・・評価額1550円
2019年09月12日 (木) | 編集 |
“わたしたち”は何者なのか。

アカデミー脚本賞に輝いた異色のホラー映画、「ゲット・アウト」で注目されたジョーダン・ピール監督の最新作。
少女の頃、自分と同じ顔をしたドッペルゲンガーと出会い、今もトラウマを抱える主人公の前に、今度は夫と子供も合わせた自分たちそっくりの家族が現れる。
果たしてニセモノの家族の目的は何か?彼らはどこからやって来たのか?
例によってアイディアはトンチが効いていて、自分と瓜二つながら、自分ではない“何か”によって襲われるというシチュエーションはかなり怖い。
「それでも夜は明ける」でオスカーを受賞したルピタ・ニョンゴが、一人二役の主人公を怪演。
※核心部分に触れています。

アデレード(ルピタ・ニョンゴ)は、夫のゲイブ(ウィンストン・デューク)、娘のゾーラ(シャハディ・ライト・ジョセフ)、息子のジェイソン(エバン・アレックス)と共にバケーションを過ごすために、幼い頃に住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れる。
しかし懐かしさと共に、彼女の心に今も影を落とす奇妙な事件を思い出す。
1986年、海辺の遊園地で迷子になったアデレードは、そこで自分とそっくりな少女と出会ったのだ。
一時言葉が出なくなるほどのショックを受けた彼女は、その頃の記憶が蘇ると共に、得体の知れない不安に襲われ「何か恐ろしいことが起こる」という予感に苛まれる。
その夜、アデレードの家を自分たちとそっくり同じ顔をした家族が訪れ、予感は現実となるのだが・・・・


なるほど、忘れられた地下都市にハンズ・アクロス・アメリカとエレミヤ書11章11節か。
前作「ゲット・アウト」は、黒人の肉体に密かな憧れを抱き、奪い取ろうとする狂信的な白人たちを描き、「人種差別ホラー」として話題となった。
ジョーダン・ピールの真価が問われる監督第二作の恐怖は、アメリカにおける貧困と格差のメタファーという訳だ。
冒頭、「アメリカ国内には、延べ数千キロに渡る遺棄された地下空間が存在する」という字幕が表示される。
続いて幼い頃のアデレードが見ているテレビに、ハンズ・アクロス・アメリカのCMが映し出されると、彼女が遊園地で目撃する不気味な男は、「エレミヤ書11章11節」と書かれたボードを持っている。

確かにアメリカには、今は使われていない沢山の地下空間が存在する。
都市の使われなくなった地下鉄や下水道、地下シェルターに坑道、冷戦時代の軍事施設。
80年代には風雨を避けるために、ニューヨークの下水道や地下鉄の廃線に暮らすホームレスの存在が話題となり、彼らが突然変異して人喰いの鬼となる「チャド」なんていうB級ホラーも作られたし、ニューヨークの地下を舞台とした、ギレルモ・デル・トロの巨大ゴキブリホラー「ミミック」もこの辺りが元ネタだろう。
モスマンやジャージーデビルなどの都市伝説のUMAは、遺棄された軍の地下研究所から逃げ出したと信じている人も多い。

また80年代は、様々なチャリティエイドが花盛りだった時代で、1985年にはアフリカ飢餓救済を目的に、世界のスーパースターが総出演したライブ・エイドが米英両国で開催され、チャリティソング「ウィー・アー・ザ・ワールド」が大ヒット。
翌年の1986年に、今度はアメリカ国内の貧困、飢餓、ホームレス問題の解決のために行われたのがハンズ・アクロス・アメリカだ。
参加者は10ドルを寄付し、手をつないでアメリカ西海岸から東海岸までつながる人間の鎖を作るという壮大な試みは、視覚的にもインパクト大。
当時かなり話題になったので、今だに覚えている。

そして、旧約聖書のエレミヤ書11章11節にはこうある。
『それゆえ、主はこう仰せられる。「見よ。わたしは彼らに災いを下す。彼らはそれからのがれることはできない。彼らはわたしに叫ぶだろうが、わたしは聞かない。』
人々がモーゼが神と交わした契約を忘れ、神の言葉を聞かなくなっているので災いを下すが、偽りの神を信じている人々の祈りは届くことはなく無駄であるという、人間たちの不信心に対する警告だ。
この言葉通り、人々が神の言葉を忘れた現代のアメリカに、神が下した災いこそが、本作の描く物語である。

基本的にやっていることは前作と同じ。
社会問題をフックに、不条理な恐怖が人間たちを襲う。
政府によって、心を持たない人間のコピーとして作られ、本来なら永遠に閉じ込められたままだった地下人間たちは、いわゆるインビジブル・ピープル、貧困層やホームレスを比喩し、富裕層であるアデレードの家族や友人たちは、神との契約を忘れ虚飾の繁栄を謳歌する現代アメリカの上っ面。
そして、本作で起こる事件は、社会から忘れられた存在だった地下人間たち自ら起こした、ハンズ・アクロス・アメリカのイベントだという訳だ。

アメリカン・ホラー/ファンタジーの原風景たる、海辺の古びた遊園地から始まるドラマは、ムーディーに展開する。
ちなみに舞台となるのは、「バンブルビー」にも登場したレトロな遊園地、サンタ・クルーズ・ビーチ・ボードウォーク。 
ニセモノの自分という設定は、ジャック・フィニイ原作で何度も映画化された「ボディ・スナッチャー(盗まれた街)」を思わせるが、あれは肉体をコピーされた時点でオリジナルは消滅してしまうので、本人は自覚することはできない。
対して本作では、まったく同じ顔をした自分たちのニセモノが、情け容赦なく殺しに来るのだから恐ろしい。
アデレードのニセモノ以外は、言葉を話せず、知性も限定的なのが余計に不気味。

ムーディーで思わせぶりな展開は、ちょっとシャラマンぽくもあるのだが、描写そのものは結構B級テイストで、ブラックなユーモアが伴っているのがジョーダン・ピールの特質か。
ぶっちゃけ深みは全然ないのだが、人種差別や貧困格差など社会性がフックになっているのも、作品世界への興味をそそり、入りやすさに繋がっているし、前作に引き続いてなかなか面白い映画を作り上げたと思う。

しかしながら、クライマックスでネタばらしを全部セリフで言っちゃうのはともかくとしても、あのエスカレーターから向こうの世界観はちょっと無理があり過ぎだ。
そもそも彼らがどうやって生きてきたのかや、地上に出るとなぜオリジナルの動きがコピーされないのかという根本部分を含め、色々と辻褄が合わないし、あちこち矛盾してしまっている。
ピールとしては「カリカチュアされたファンタジーと割り切ってしまえば、気にならないでしょ」というつもりかも知れないけど、だとすれば全体のリアリティラインの設定がやや中途半端だ。
欠点ははっきりしているが、なぜアデレードのニセモノだけが知性を持ち、地下人間たちの“キリスト”となりえたのか、テーマに上手くかぶせたオチは秀逸。
異才ピールが次回は何をフックに、恐怖な世界を見せてくれるのか楽しみだ。
もちろん、別にホラーじゃなくてもいいんだけど。

今回は“フェイク”つながりで、「セーフ・セックス・オン・ザ・ビーチ」をチョイス。
ピーチ・ネクター60ml、 クランベリー・ジュース90ml パイナップル・ジュース90mlを氷を入れたグラスに注ぎ、ステアする。
最後にレッドチェリーを飾って完成。
言わずと知れた「セックス・オン・ザ・ビーチ」に見せかけた、ニセモノのノンアルコールドリンクで、度数の高いオリジナルと違って、いくら飲んでも酔わない“安全な”カクテル。

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ショートレビュー「フリーソロ・・・・・評価額1700円」
2019年09月09日 (月) | 編集 |
そこに、壁がある限り。

これはメッチャ心臓に悪い。
第91回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作。
ヒマラヤの未踏峰に挑む山男たちの姿を追った、山岳ドキュメンタリーの傑作「MERU/メルー」の、ジミー・チンとエリザベス・C・バサルへリィ両監督が新たに描くのは、絶壁を道具も命綱すら使わず、身ひとつで登る“フリーソロ”の天才アレックス・オノルドの挑戦。
彼が目指すのは、カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえる、高さ約1000メートルを誇る世界最大の花崗岩の一枚岩、エル・キャピタン
ロッククライミングの聖地として世界的に知られる名所だが、たった一つのミスが死に直結するフリーソロで登り切ったものは誰もいない。

20年以上前だが、私の学生時代の遊び仲間が本格的なクライミングをやっていて、実際にエル・キャピタンへチャレンジするのを下から見守ったことがある。
巨大な岩盤に張り付いた人間の小ささと言ったら、ある程度登ったら砂つぶほどにしか見えない。
もちろん命綱は付けていたけど、それでも生きた心地がしなかった。
あの絶壁を滑り止めの松ヤニだけで登るとか、頭のネジが飛んだ人でないと出来ない。
「MERU/メルー」で、跳ね返されても跳ね返されても山に挑む男たちは、常人離れした技術とメンタルを持っていたが、なんとか理解可能な人たちだった。
それに対して本作の主人公たるアレックスは、もはや異星人か仙人だ。

映画の大半は、アレックスの人となりと、2016年から17年にかけて一年間に及ぶ入念な準備を描く。
家を持たずバンに住んでいて、お一人様が大好きで、暇さえあればトレーニングして絶壁を登る生粋のクライミング馬鹿。
「寿命を全うする義務はない」「幸福の状態からは何も生まれてこない」「危険と向き合ってこそ何かを成し遂げられる」
彼はサムライの哲学が好きらしく、まさに死に場所を探すような刹那的人生。
そんなエキセントリックなキャラクターに惹かれたのか、サンニという物好きな恋人が出来るのだが、彼女と暮らすために止むを得ず家を買うときのやる気の無さとか、思わず笑っちゃう。
クライミングのために生まれてきたようなアレックスにとっては、所詮下界での出来事など大して興味はなさそうで、余計なお世話だけどこの二人の将来が心配。

もっとも、ぶっ飛んで見えても別に自殺志願者ではないので、失敗前提の無謀な挑戦とは違う。
フリーソロは大自然の造形と、人間の肉体の高度なジグソーパズル
一見するとツルツルの岩盤にも、わずかに足がかかる、指先のフィットする小さな凹凸がある。
難攻不落のエル・キャピタンを幾つのものセクションに分け、単なる友人というよりも“戦友”のクライマー、トミー・コールドウェルらのサポートを受けながら、命綱をつけた状態で何度も攻略法のリハーサルが行われ、ルートを確定してゆくのである。
しかし、それでも本番で一度でもミスしたら、死は免れないので撮影する方も大変。
実際フリーソロが撮影されるのは珍しく、クライマーの多くは誰にも告げずに一人だけで挑戦し、墜落死している状態で発見されることが多いという。

前作はカメラマンを兼ねるジミー・チン自身の挑戦でもあったので、責任も結果も自分次第だった。
だが今回は、下手したら撮影クルーがアレックスを殺しかねないので、細心の注意が必要。
リモートカメラやドローンを駆使し、可能な限り彼に「撮影されている」ことを意識させず、集中力を切らせないようにする。
成功したから映画になってると分かっていても、クライマックスのアレックスvsエル・キャピタンの20分間の格闘は手に汗握る。
まるで彼と共に絶壁を攻略しているような、圧倒的な没入感。
もの凄い映画体験だけど、これこそレーザーIMAXの巨大画面で観たかった!

今回は、舞台となるヨセミテ国立公園も属する、シエラネバダ山脈の名を持つ「シエラ・ネバダ トルピード エクストラIPA」をチョイス。
1979年にチコで設立されたクラフトビール銘柄、シエラネバダ・ブリューイングが2009年より醸造している
攻撃的なホップ感はまさに“魚雷”の名がふさわしい。
フレーバーは複雑で豊か、口当たりは軽やかでクリーミー、バランスがよく飲み飽きない。
フリーソロを成功させて、頂上で飲んだら最高そう。

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