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ショートレビュー「ファントム・スレッド・・・・・評価額1700円」
2018年06月18日 (月) | 編集 |
二人で、愛と狂気を縫い上げる。

異才ポール・トーマス・アンダーソンの最新作は、まさにこの人にしか作り得ない、驚くべき怪作である。
イギリスの社交界を彩る女性たちのために、ゴージャスなドレスをデザインする、レイノルズ・ウッドコックと、彼のミューズとなるアルマの、奇妙で狂おしいサスペンスフルな愛の物語だ。
レイノルズのモデルとなっているのは、20世紀の伝説的オートクチュールデザイナー、チャールズ・ジェームズ。
ファッションの世界には全く疎いので、超がつく高級服ばかり作っているこの人のことは全然知らなかった。
映画はイギリスが舞台だが、実在のジェームズはこの時代はニューヨークで活動していて、48歳の時に、20歳以上年下のナンシー・リー・グレゴリーと結婚しているので、映画はこのあたりの出来事を引用しつつ、フィクションとして構成している様だ。

例によって登場人物は相当にエキセントリック。

いい歳をして独身のレイノルズは、仕事は超一流だが、とにかく面倒くさい男で、自分の世界を邪魔されるのが絶対に嫌。
付き合う女性はいるのだが、彼女が自分の領域を侵す様になると、躊躇なく別れてしまう。
ちょっと発達障害があるのではないかと思わされるほど、気難しい彼をコントロールできるのはビジネスを取り仕切る姉のシリルだけ。
この役を演じるために一年間ドレス作りを勉強したという、ダニエル・デイ・ルイスはいつもながら文句なしの名演だ。
徹底的な人物造形によって、驚くべき説得力で天才レイノルズを演じきった。
一応、本作で俳優引退するらしいが、この人以前も靴職人になったりしてたから、またやりたい役があれば復帰するのだろう。

ある日、田舎の別荘に向かったレイノルズは、食事に入った店でウェイトレスとして働いていたアルマに理想の体型を見出し、ロンドンへと連れ帰る。
出会っていきなり、彼女の体を採寸しはじめるシーンの何と官能的なことか。
レイノルズは、アルマをモデルとして、上流階級の女性たちを夢中にさせる傑作を次々に作り出してゆき、彼女もまた彼との仕事を通して未知の世界を知り、洗練されてゆく。
二人はデザイナーとモデルの関係を超えて、愛し合うようになるのだが、周りに自分のルーティンを崩さないように厳格な配慮を要求するレイノルズの態度は、アルマに対しても同じ。

まだ若いアルマは自分の愛を拒絶されている様に感じ、当然反発するのだが、レイノルズは全く変わろうとせず、二人の間には次第に冷たい空気が漂う様になる。

都会の上流階級の中で生きてきたレイノルズと、素朴な田舎の環境で育ったアルマ。
ジェネレーションギャップにプラスして、カルチャーギャップがぶつかり合い、これだけだと典型的な年の差恋愛の失敗例に見えるのだけど、さすがポール・トーマス・アンダーソン、男女の間も一筋縄ではいかないのだ。
以前のモデル兼恋人であれば、このあたりで手切れ金を払って終わらせる関係なのだが、ファムファタールであるアルマは違う。
傲慢な王を籠絡し、手のひらに留め置くため、彼女はとんでもなく過激な手段を取る。
てっきりこのまま愛はぶっ壊れてゆき、レイノルズとアルマは悲劇的な結末を迎えるのだと思い込んでいたのだが、葛藤の末に二人が導き出したソリューションには、驚きすぎて思わず「え゛っ(゚o゚;;!」っと声出しそうになった。
奇妙に捻じれた縁で繋がった二人の、破綻ギリギリ、いや破綻しながらの驚くべき愛と支配の構造。

正直、分かる様な分からん様な・・・
。
まあ愛のカタチは人それぞれだし、本人たちが幸せなら良いのだろうけど。

殆ど鳴りっぱなしのジョニー・グリーンウッドの優美で格調高く、どこか陰鬱な音楽。
まるで塔の様な構造を持つロンドンの自宅兼作業場と、アルマが陰謀を巡らす田舎の別荘のコントラストが面白い心理効果を上げている。

「Phantom Thread」は直訳すれば「幽霊の糸」だが、Threadという単語には他にも「捻じれたもの」だったり「人間の寿命」や「(話の)脈略」などの意味があり、映画を見ると幾つもの含意を感じ取れる粋なタイトル。
いかにもこの作家らしい、実にトリッキーで味わい深い秀作だ。

今回は、その名もずばり「ファントム」をチョイス。
スペインのリキュール、リコール43を30ml、アブソルート・ウォッカ30ml、適量のミルクを氷で満たしたタンブラーに注ぐ。
リコール43独特のフルーティな甘みとウォッカとの相性は良く、ミルクが全体をマイルドにまとめ上げる。
これからの季節にはアイスクリームを溶かして、大人のミルクセーキにするという裏技で味わってもいい。

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ショートレビュー「ゲティ家の身代金・・・・・評価額1650円」
2018年06月15日 (金) | 編集 |
母が戦う相手は、巨大な“帝国”だった。

リドリー・スコット久々の非SF作品は、作家の特質にぴったり合ってなかなかの手応え。

1973年に、アメリカの石油財閥、ゲティ家の孫である17歳のジョン・ポール・ゲティ三世がイタリアで誘拐され、1700万ドルという巨額の身代金を要求された実際の事件の映画化。
もっとも、誘拐事件の身代金としては巨額だとしても、当時世界一の大富豪と言われたゲティ家からすれば大した額ではない。
さっさと支払って、解放されるはずだった。
ところが、ジョンの祖父で当主のジャン・ポール・ゲティは支払いを拒否。
「私には孫が14人いる。もし身代金を払えば、他の孫たちも誘拐されるかもしれない」という理由だったが、実はこの男もの凄いケチなのである。
見返りのない支出である税金と身代金は、彼の価値観ではどちらも払うべきでない無駄金という訳だ。

いやー、もちろん人にもよるのだろうけど、金持ちのメンタルってメチャクチャ面倒くさい。
トランプを相手にする世界の政治家が、勝手が違って苦戦する理由もこの映画を観るとよく分かる。
徹底的な利己主義をテーゼとする彼らにとって、この世はすべて損得勘定で成り立っていて、原則的には利他を前提とする政治とは、最初から水と油なのだ。
ジョンは確かにゲティ家の孫だが、ミッシェル・ウィリアムズ演じる母親のアビゲイルは、夫のジョン・ポール・ゲティ二世と、財産分与を求めない代わりに息子の親権を持つ条件で既に離婚済み。
彼女には1700万ドルもの身代金はとても払えないが、享楽に溺れジャンキー状態の元夫は全く頼りにならず、関係の良くない元舅に助けを求めざるを得ない。
ところがゲティは孫の危機にも支払いを渋り、代わりに犯人と交渉して身代金を値切るためのネゴシエイターを送り込んでくるのだ。


浮かび上がるのは、様々な形で人間を狂わせる金の恐ろしさ
実際にジョンを誘拐し、身代金を要求する犯罪者たちのやっていることは当然悪なのだが、それでも彼らはワルを自認している分単純。
誘拐も、生活のために日銭を稼ぐことの延長線上に過ぎない。
原題の「ALL THE MONEY IN THE WORLD」の通り、この世の金すべてが欲しいゲティ爺さんの心の闇の方がより暗く、より深く感じる。
何しろこの男、孫の身代金は渋る一方で、もっと高い美術品は躊躇いもなく買い漁る。
ゲティにとってはたとえ使えなくても、使い道がなくても、ため込むこと自体が目的であり、生きがいになっていて、まさに金を支配し、金に支配された男なのだ。
誰に見せるのでもなく、膨大な美術品をコレクションしているのも、資産をカタチとして残しつつ、所有を実感する一つの方法。
金持ちは一度手に入れたものは何としても手放したくなく、だからこそ金が溜まるというが、ゲティはその典型だ。

この常軌を逸した業突く張りに、いかにして身代金を出させ、孫を救い出すのか。
誘拐犯とドケチ舅、同時に二つの敵と戦わざるを得ないアビゲイルの葛藤を軸に、物語はスリリングに展開する。

三つのプロットが絡み合い、金に翻弄される悲しき人間たちが描き出されるクライマックスは、スコット節が冴え渡り、事件の顛末を知っていても手に汗握る。
実際に起こったこととは時系列を変えてある様だが、映画的脚色として成功していると思う。
最終的にゲティは、大幅に値切った身代金を出すことに合意はするのだが、それすら所得から控除させて節税に使い、控除できない分は息子のジョン二世に借金として貸し付けるのだから、その執念は凄まじい。

文字通りの金の亡者であるジャン・ポール・ゲティを、憎たらしくも味わい深く演じるクリストファー・プラマーが素晴らしい。
セクハラ騒動でケビン・スペイシーが降板した後、わずか9日で撮り直したそうだが、にわかには信じがたいクオリティだ。
最終的に、「お天道様は見ていた」的な、庶民が溜飲を下げる展開になるのもホッとさせる。

劇中でゲティが計画している古代ローマ風の大邸宅は、現在は彼の膨大なコレクションを展示するJ・ポール・ゲティ美術館として公開されているので、こちらを観覧したことのある人には、より感慨深い作品だと思う。


今回は金に狂わされた人間たちの話なので、「ゴールドラッシュ」をチョイス。
アクアヴィット30mlとドランブイ20mlを、氷を入れたグラスに注ぎ、ステアして完成。
非常に強く、個性の違う二種類の酒で作るのだから、口に含んだ瞬間ガツンとくる。
ドランブイの甘みと香りがいいアクセント。
しかし、いつも窒息寸前の身としては、「金は空気と同じだ。いくらでもある」なんて一生に一度くらいは言ってみたいものだ。

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ショートレビュー「メイズ・ランナー:最期の迷宮・・・・・評価額1550円」
2018年06月13日 (水) | 編集 |
友を救うか、世界を救うか。

謎の巨大迷路に挑む若者たちの冒険を描く、ジェイムズ・ダシュナー原作、ウェス・ボール監督のSF三部作の完結編。
主演のディラン・オブライエンの怪我で現場が一旦バラしになったらしく、一年遅れての完成。
おかげで2作目の記憶がちょっと怪しかったのだが、観てると直ぐに大筋は思い出してきた。
もともと割と雑なプロットだし、ぶっちゃけ細かいところは覚えてなくても問題ない。

第1作の「メイズ・ランナー」では、名前以外の記憶を失った若者たちが、朝になると入り口が開き、夜になると閉じられ、刻々とその構造を変化させる迷路の内側に閉じ込められている。
この世界に新たに送り込まれたトーマスは、仲間を率いて謎を解き、死の迷宮を突破する。
第2作「メイズ・ランナー2:砂漠の迷宮」では、迷路がWCKDという組織の管理下にあり、世界に蔓延するフレアウィルスの抗体を持つ若者たちを被験者とした実験であったことが明かされる。
連行された施設から逃れたトーマスたちは、砂漠に住む反乱軍ライトアームと合流するも、WCKDに攻撃される。
そして最終章の第3作は、フレアウィルスをキュアする 血清の“原料”として連れ去られた仲間のミンホを追って、トーマスと決死隊がWCKDの本拠地“ラスト・シティ”に潜入。
まるで「進撃の巨人」に出てくるような、巨大な壁に守られた人類最後の都市が最後の舞台だ。

前作のラスト直後から始まるノンストップ活劇は、シリーズベストと言っていい。
ミンホが乗った列車を空と陸から追撃するという、「ワイルド・スピード」シリーズを思わせるダイナミックなアクションシークエンスで、まずは心を掴まれる。
しかし、巨大な迷路の謎解きが全てだった第1作、その解がさらなる世界観の謎を呼んだ第2作に対して、本作では既に全ての謎は解けていて、ナゾナゾの連続で興味を保つ手はもう使えない。
はたしてどう展開させるのかと思っていたが、本作の作り手はここまでじっくり描きこんで来たキャラクターたちの、本格的なドラマを見せてくれる。
主人公トーマスの最大の葛藤は、前作までは生き残ることだった。
仲間を率いて、ステージの謎を解き明かし、追いすがる敵を出し抜けばそれでいい。
しかし今回、彼は自らの意思で友を救うため死地に赴くのだ。

トーマスとWCKDに寝返った元カノのテレサが、愛憎相半ばしながらテーゼとアンチテーゼを体現。
たった一人も見捨てぬトーマスと、人類全体のためなら犠牲もやむなしとするWCKDは、マクロとミクロで視点を入れ替えれば、どちらも“正しいこと”をしようとしているだけ。
一体どちらが正しいのか、自分のなすべきことは何か、特別な宿命を背負ったヒーローのジレンマがトーマスの信念を揺さぶり、ドラマチックに苦悩する。
もっとも立場の違う利他的な善玉が右往左往しているだけでは盛り上がらないので、とことん外道な敵役は腐れ縁のジャンソンが担当。
ターミネーター並みのしつこさで、戦いをサスペンスフルに盛り上げる。

前半若干停滞する時間もあるし、ディテールの雑さは相変わらずだが、前作までの遺産も効果的に伏線化し、複数のエピソードが重層的に同時進行するクライマックスはスリリングで、人間ドラマとしても見応えがある。
大きな犠牲をはらった結果、導き出されるビターな結末も納得できるもの。
第1作の巨大迷路から第2作のトラップが待ち受ける砂漠、そして本作の未来都市と、トーマスたちが実際に“メイズ・ランナー”だったのは一本目だけだったが、手を替え品を替えて楽しませてくれた。
さすがに世界観のインパクトは薄れたが、活劇としてもドラマとしても、“有終の美”と言っても良いのではないか。
星を受け継ぎ、人類を救うものの物語だ。

今回はランナー繋がりでメイズ・ランナーならぬ「ロード・ランナー」をチョイス。
ウォッカ30ml、ディサローノ・アマレット15ml、ココナッツ・ミルク15mlをシェイクし、グラスに注ぎ、ナツメグを軽くふりかける。
ドライなウォッカを、ディサローノ・アマレットとココナッツ・ミルクが甘酸っぱくてまろやかな味わいに演出。
ナツメグの甘い香りが、文字通り良いスパイスになっている。

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ワンダー 君は太陽・・・・・評価額1700円
2018年06月10日 (日) | 編集 |
小さな勇気が、世界を変えてゆく。

穏やかな春の太陽に照らされるような、ほっこりした気持ちになれる一本だ。
遺伝子の異常で起こるトリーチャー・コリンズ症候群という難病により、顔が変形してしまった少年オギーが主人公。
生まれてから入退院と手術を繰り返してきた彼は、10歳にしてようやく容体が安定し学校へ通える様に。
ジュリア・ロバーツとオーウェン・ウィルソンが演じる両親は、オギーがいじめのターゲットになるのではないかと苦悩するが、彼のこれからの人生を考えて決断する。
R・J・パラシオの小説「ワンダー Wonder」を映像化したのは、自作の小説を自ら映画化した「ウォールフラワー」で注目を集め、ディズニーの実写版「美女と野獣」の脚本家としても大ヒットを飛ばしたスティーブン・チョボスキー。
下手をすれば安っぽいお涙ちょうだいに陥ってしまいそうな題材だが、チョボスキーはこの困難を抱えた一家に優しく寄り添って繊細に描き、非常に優れた感動作に仕上げている。
これは、オギーが初めて学校へ通い、大きな成長を遂げる一年間の物語だ。

オーガスト(オギー)・プルマン(ジェイコブ・トレンブレイ)は、ニューヨークのノース・リバー・ハイツに住む10歳の少年。
先天性の遺伝子疾患により、27回ものの手術を受けなければならなかったオギーは、両親のイザベル(ジュリア・ロバーツ)とネイト(オーウェン・ウィルソン)から、ホームスクールで教育を受けてきたので、生まれてから一度も学校へ行ったことがない。
ようやく治療が一段落し、両親は中等部入学の時期が近づいているオギーを、私立学校の5年生に入学させることにする。
しかし、オギーの顔は病によって変形してしまっていて、彼の姿を見た生徒たちはショックを受け、なかなか仲間として受け入れてもらえない。
そんな中、ジャック・ウィル(ノア・ジュプ)という少年と友達になったオギーは、少しずつ学校生活に馴染んでいく。
だがハロウィンの日に、オギーはジャックがいじめっ子のジュリアン(ブライス・ガイザー)に言ったある言葉を聞いてしまう。
それはオギーにとって、大きな裏切りに他ならない言葉だった・・・・


原作者のR・J・パラシオがこの小説を書いたのは、彼女が体験したある事件が切っ掛けになったと言う。
パラシオが三歳の息子とアイスクリームを買うために並んでいると、その列に顔面が大きく変形した少女がいて、息子が怖がって泣き出してしまった。
彼女は事態を悪化させまいと息子を連れ出したのだが、結果的に少女を傷つけてしまったと考えたのだ。
その夜、偶然ラジオから流れてきた、先天性疾患を持つ子供たちのことを歌ったナタリー・マーチャントの楽曲、「Wonder」からもインスパイアを受けた彼女は、特別視される側からの視点で、勇気ある少年オギーの物語を執筆。
2012年に出版されると、高い評価を得て数々の児童文学賞を受賞することになる。

たとえ三歳の幼児でなくても、感情がストレートに行動に表れる子供たちの世界は純粋で、時に残酷だ。
「スター・ウォーズ」が大好きで、宙飛行士に憧れているオギーは、いつもおもちゃの宇宙飛行士のヘルメットを被っている。
度重なる整形手術によって“普通”に近づいたとは言え、彼は自分の顔が他の子供たちとは違うこと、自分を見た彼らがどんな反応をするのか、十分に理解しているのだ。
実際、ヘルメットを脱いだオギーに生徒たちは驚き、好奇心を剥き出しにし、じろじろと遠巻きに眺める。
やがて生徒たちは「ペスト菌がうつる」と、彼と関わることを避けるようになってしまうのだ。
オギーを拒絶するのは子供たちだけでなく、一部の保護者まで理不尽な反応を示す。

だが一方で、彼のことを見た目は変わってるけど面白い奴だと思って、ジャックのように受け入れる生徒もだんだんと増えてゆく。
学校に行けない息子を愛情たっぷりに教育した両親によって、オギーはウィットに富んだ知性を持つ、勇敢な少年に育っていたのだ。
どんな困難な時でも、必要なのは小さな勇気と諦めない行動力。
一年に渡るオギーの学校生活は、両親の危惧どおりイジメに走るものも出てくるが、彼は周りの人々の愛を背に受け少しずつ状況を変えてゆく。
見た目ではなく内面の魅力を武器にして、オギーは自らの力で学校での居場所を作り出してゆくのである。

本作のユニークな点は、全体の中盤部分が登場人物の名前を章題とする、幾つかのパートに分かれていること。
先ずは初めて学校に通うオギーと両親の葛藤を軸にしながら物語が進むが、今度は周りの人々の視点で物語が語られるユニークな構成。
難病の弟を育てる両親の前で、ずっと良い子を演じ続けてきた姉の“ヴィア”、いつしか疎遠になってしまったヴィアの親友の“ミランダ”、そしてオギーの初めての友達となり、ある言葉で彼を傷つけてしまう“ジャック・ウィル”。
オギーという石の立てた波紋が、子供たちの小さな世界から始まって、徐々に彼を取り巻く世界に波及し、人々の内面に隠されていた様々な感情が見えてくる。
そして、それによってオギーのキャラクターとしての魅力もさらに深まってゆく。
徐々に重層化する筋立ての妙と、さりげなく丁寧な心象描写の積み重ねは、「ウォールフラワー」にも通じるチョボスキー監督の特質だろう。

キャラクター造形も、主要な登場人物は全員がどこか感情移入出来るようになっていて、「ルーム ROOM」で脚光を浴びたジェイコブ・トレンブレイはじめ、子供たちのナチュラルな演技も素晴らしい。
寓話的物語の中で、それぞれが果たすべき役割を持っているのだけど、単純なステロタイプには決して陥らないのだ。
オギーとの出会いによって誰もが何かしらの影響を受けて、人生を変えてゆく。
それは彼の家族や友達だけでなく、いじめっ子のジュリアンもそうだし、周りの大人たちだって例外ではない。
そして、子供たちと充実した一年を共に過ごし、観客もまた成長してゆく

アメリカでは五万人に一人の子供たちが、トリーチャー・コリンズ症候群に冒されていて、原作小説と映画は患者の子供たちや親たちに大きな勇気を与えているだけでなく、学校での啓蒙にも使われているそう。
実際、オギーの持つ“特別な顔”は、国籍や肌の色、体型、性的指向、体や心の病など、他の事象に置き換えて考えることができるので、人と違うことを理由とした陰湿ないじめにどう対応するべきなのか、大きなヒントになるのではないだろうか。
子供のいる親御さんには、是非親子でこの映画を鑑賞することをおすすめする。
偏見を取り除いて、その人の本当の姿を見れば、私たちはお互いにもっと親切に、優しくなることができるはず。
日本でもなるべく多くの人たちに観ていただきたい、示唆に富む愛すべき作品である。

ところで、本作でも「レディ・バード」と同じく、ヴィアとミランダの通う学校の演劇クラスが重要な役割を果たす。
採点競技に近い日本の“演劇部”とは違い、誰もが自分を少し変える勇気を持てる場としての演劇。
教えられる教師がなかなかいないのだろうけど、こういうのは日本の学校でも授業の一環としてやれば良いのに。

今回は、舞台となる「マンハッタン」の名を持つカクテルをチョイス。
カナディアン・ウィスキー45ml、スウィート・ベルモット15ml、アンゴスチュラ・ビターズ1dashミキシンググラスでステアし、カクテルグラスに注いだ後ピンに刺したマラスキーノチェリーを沈めて完成。
この美しいカクテルの起源に関しては諸説あるが、あの英国首相ウィンストン・チャーチルの母、ジェロニー・ジェロームが発案者だという説もある。
1876年にマンハッタン・クラブで開かれた民主党大統領候補の応援パーティで、即興で作ったカクテルで、後に会場の名前からマンハッタンと呼ばれる様になったのだそうな。
本当かどうかは分からないが、その名の通り華やいだ大人のカクテルだ。

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デッドプール2・・・・・評価額1700円
2018年06月08日 (金) | 編集 |
デップー、男の純情。

20世紀FOXが権利をもつ「X-MEN」シリーズのスピンオフ、神をも恐れぬ無責任ヒーロー「デッドプール」の第二弾。
タイトルロールを演じるのは、もちろん“カナダ人”のライアン・レイノルズ。
コロッサスやネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド、タクシー運ちゃんのドーピンダーら続投組に加えて、新キャラクターも続々登場して賑やかだ。
前作で予想外の大ヒットを飛ばしたティム・ミラー監督は、ジェームズ・キャメロンが復活させる「ターミネーター」の新作の方に行ってしまったので、今回は「ジョン・ウィック」で犬を殺したヤツことデヴィッド・リーチが監督を務める。
R指定なのをいいことに、冒頭のまさかのシチュエーションから悪ノリ全開、下ネタ、バイオレンス、ブラックジョークが次々と炸裂する。
でも、今回は以外といい話だぞ。
※核心部分に触れています。

エイジャックスとの戦いから2年。
デッドプールことウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)は、ガールフレンドのヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)と暮らしながら、世界各国のマフィアやヤクザ組織と戦い続けている。
ある日、ウェイドはコロッサス(ステファン・カピチッチ)とネガソニック(ブリアナ・ヒルデブランド)と共に、手から炎を放つことができるミュータントの孤児・ラッセル(ジュリアン・デニソン)が養護施設で大暴れする事件に出動。
ウェイドはラッセルを制圧するものの、彼が施設の職員に虐待されていたことを知り、職員を射殺したことでラッセル共々ミュータント専用の刑務所“アイス・ボックス”に送られる。
ここではミュータントの能力が封じられ、ウェイドの癌も再活性化し、彼の命も風前の灯。
そんな時、ラッセルの命を狙い、未来からやって来たサイボーグの傭兵・ケーブル(ジョシュ・ブローリン)がアイス・ボックスを急襲。
ウェイドはケーブルと戦い、共にアイス・ボックスの外へと落下する。
実はラッセルは未来の世界ではヴィランとなっていて、ケーブルは彼が悪の道に染まる前に殺しに来たのだ。
ウェイドはラッセルを救い出すため、独自のチーム“X-Force”を結成するのだが・・・


いやー大いに笑かしてもらった。
軽々と前作を超えてきたな。
色んな映画のパロディを組み合わせて、全然とっ散らかった感無しに、ここまでちゃんとした話が作れるのが凄い。
前作はかなり面白かったのだけど、テンポの悪さが気になっていた。
脚本チームがほぼ同じなのに、今回はずっと軽快なのは、やはり監督の交代したからか。
とはいえ、デヴィッド・リーチがメガホンを取った「アトミック・ブロンド」も、それほどいいテンポではなかったし、アメリカのことだから編集の交代の方が大きいのかも。

ある意味で宿命のライバルであるローガンへの恨み節から始まり、そこからもう「007」から因縁のDCヒーローまで、ヤバ目の大ネタ小ネタがノンストップのつるべ打ち。
将来ヴィランになる男を子供のうちに殺すため、未来から暗殺者がやって来るという設定からして、「ターミネーター」の完全な裏返しなのだが、後述する様に半分身内の“あの映画”にも被ってくる。
スプラッタなアクションやきわどい下ネタも含めて、メジャーのスーパーヒーロー映画で、ここまで自由にやりたい放題な作品も無いだろう。
ネガソニックを突然レズビアン設定にしただけじゃなく、デップー自身にもちょいバイセクシャルっぽさを出しといて、ポリコレ対策も抜かりはない(笑
例によって、デップーが演劇用語で言うところの“第四の壁”を超えて、スクリーンのこっちに色々ネタを振ってくるのも面白い。
曰く、本作は子供には見せられないけど、ファミリー映画なのだそう。

確かに、本作では子供と家族の存在が重要なファクターとなっている。
デップーは悪漢の復讐によって、序盤でいきなり愛するヴァネッサを失う。
この世に絶望したデップーは、なんとか死んで彼女の元へ行こうとするのだが、いかんせん彼は不死身ゆえに、体を引き裂かれようが、爆発しようが再生してしまう。
天国で待つヴァネッサに「心が正しい所にない。子供は私たちを成長させてくれる」という謎めいた言葉を投げかけられたデップーは、そに子供がラッセルのことだと考える。
ラッセルは自分を虐待した養護施設の院長に対する復讐心に駆られ、ダークサイドの淵に立って今にも落ちそうな状態。
一番大切な人を失ったデップーが、再び彼女に会う(死ぬ)ために、ラッセルを救おうとするが本作の骨子だ。
一方のケーブルは、未来の世界でヴィランとなったラッセルに妻子を殺されて、それを阻止するために子供時代のラッセルを殺そうとしている。
これは、愛するものを失った二人の異形の傭兵の物語でもあり、ケーブルはデップーと同じ傷を抱えた鏡像なのだ。
デップーが命をかけて負の連鎖に陥ったラッセルとケーブルを救い、二人もまたそれに応えるあたりは、ぶっちゃけいい話過ぎてちょっとウルっと来てしまったぞ。
まあ、最終的にはこのキャラクターらしい、チャラけたところに落とすのだけど。

前作では丸刈りの野球少年風だったネガソニックが、急に綺麗になってて驚いたが、新キャラクターも皆いい感じに立っている。
全員お笑い要員の“X-Force”は、戦いではほとんど役に立たなかったけど、とことんラッキーな女、ドミノのノリは最高だし、何の特殊能力もないおっさんとか、もう存在自体が可笑しい。
「X-MEN ファイナルデシジョン」に出てきた時は、完全に見た目が名前負けしていたジャガーノートも、今回はふさわしいビジュアルを手に入れた。
忽那汐里演じるネガソニックの恋人・ユキオは、もしかすると「X-MEN」系でも出番があるかも。
果たして「デッドプール3」はあるのか?それともそれはライアン・レイノルズが示唆した様に、新シリーズ「X-Force」になるのだろうか?

ところで、本作で哀愁の未来戦士・ケーブルを演じるのは、先日公開された「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」で最強の敵サノスの中の人だったジョシュ・ブローリン。
このキャスティングは偶然かと思っていたのだが、本作を観るとやっぱりあっちをかなり意識しているのではないか。

※ここからは「フィンフィニティ・ウォー」の原作ネタバレあり。

「インフィニティ・ウォー」では、アベンジャーズの主要キャラクターの大半が、サノスの指パッチンによって消滅してしまう。
構成が異なるので映画の続編がどうなるかは不明だが、原作の「インフィニティ・ガントレット」では、サノスからガントレットを奪ったネビュラによって、時間が巻き戻る描写がある。
本作のエンドクレジット中のエピローグではサノス、もといケーブルが放棄したタイムマシンをデップーが直して時間を巻き戻してしまうのだから、これはある意味「インフィニティ・ガントレット」のパロディだろう。
同じマーベルでもスタジオが違うので、ディズニーの「アベンジャーズ」チームと完全に情報がツーカーとは思えないのだが、先にこのネタやられちゃって、向こうは「インフィニティ・ウォー」の続編をどうするんだろ。
デップーにかなりハードルあげられちゃったぞ。
しかし、ヴァネッサの救出はともかく、ついでにあの二人も亡きものにしちゃうとか、レイノルズにとっては本当に葬り去りたい黒歴史なんだな(笑

今回はデップーが“名前を言いたくない”カクテル「シーブリーズ」をチョイス。
氷を入れたシェイカーでウォッカ30ml、グレープフルーツジュース30ml、クランベリージュース30mlをシェイクし、氷を入れたグラスに注ぐ。
ピンク色も美しく、ドライなウォッカにフルーツの甘さと爽やかな酸味が加わり、清涼感を演出する。
デップーには似合わない、特に女性に人気のあるカクテルだ。

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