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浜の朝日の嘘つきどもと・・・・・評価額1700円
2021年09月18日 (土) | 編集 |
映画は、人を救えるのか?

福島県南相馬市に実在するレトロな映画館、“朝日座”を舞台に、本当の意味で人生の拠り所となるのは何か?を描くタナダユキ監督のオリジナル脚本による秀作。
解体されてスーパー銭湯になることが決まっている古い映画館に、ある日突然高畑充希演じる謎の女が押しかけて来て、映画館再生を宣言する。
いったい彼女は何者なのか、なぜ何の縁もゆかりもない映画館を閉じさせまいとするのか。
もともと福島中央テレビの、開局50周年記念として企画された作品。
昨年の10月に、竹原ピストル演じる自殺志願の映画監督の再生を描く、同名の50分のスペシャルドラマが放送され、映画はその前日譚というユニークな二部構成だ。
ドラマ版では謎の人のままの高畑充希のキャラクターも、映画の方でじっくりと描かれているので、時系列通り映画→ドラマの順番の方が観やすいと思う。
朝日座の支配人役で落語家の柳家喬太郎が出演していて、ムッチャ口の悪い高畑充希との軽妙な掛け合いが楽しい。
主人公のメンターとなる、高校の先生役の大久保佳代子が素晴らしい。

小さな映画館・朝日座は、100年近くにわたり南相馬の映画文化を支えてきた。
だが震災にも台風にも耐えてきた映画館も、先の見えないコロナ禍で行き詰まり、支配人の森田保造(柳家喬太郎)は閉館を決意する。
保造が一斗缶で古いフィルムを燃やしていると、突然現れた若い女(高畑充希)が水をかけて消火しフィルムを救い出す。
“茂木莉子”と名乗る女は、東京の映画配給会社で働いていたが、ある人に頼まれて朝日座を再建するためにやって来たと話す。
しかし保造はすでに朝日座の売却と解体を決めてしまっていて、来月には映画館は解体され、その跡地にはスーパー銭湯が建つのだという。
自称茂木莉子は、朝日座を存続させるために、魅力的なラインナップを組むと同時に、借金を返すためのクラウドファンディングをスタート。
実は、彼女には高校時代の恩師の田中茉莉子(大久保佳代子)と交わした、ある約束があった・・・


映画は自称茂木莉子が朝日座を存続させようと奮闘する現在と、彼女は一体何者でなぜここにやって来たのか、過去の人生を並行して描いてゆく。
ことの発端は10年前に起こった東日本大震災で、彼女の本名は「浜野あさひ」という。
福島第一原発の周りから、人も物も去ってゆく中で、父親が除染作業員たちを運ぶタクシー会社を設立し、いわゆる震災成金となったことから家族がバラバラに。
震災をきっかけに、絶対的な拠り所として信じていた家族が、あっけなく崩壊するのを見た彼女は人生に絶望していたのだが、そんな時に出会ったのが型破りな茉莉子先生。
教員になる前は、映画配給会社に務めていたという茉莉子先生に感化されて、自らも映画好きとなったあさひは、その後も先生との交流を深め、まるで先生の人生を追うように映画の世界に。
この経験が、あさひの中で壊れてしまった“家族”という幻想と、それにかわり得るコミュニティの中心としての映画館のイメージを作り上げるのである。

映画の全体を貫いているのが、価値観の衝突だ。
朝日座を解体して、リハビリ施設付きのスーパー銭湯を作ろうとしている会社の社長は、映画館を存続させても何も変わらないが、スーパー銭湯は過疎の町に雇用を生むという。
雇用が生まれれば、故郷を出て行ってしまった若者たちも戻ってくるかもしれない。
だがそれは、あさひの目には“血の繋がった家族”という、簡単に壊れてしまう幻想に人々がすがっているように見えてしまうのである。
彼女は自分と茉莉子先生のような、赤の他人同士でも築き上げられる新しいコミュニティの方が、街の未来のためには良いのではないかと考える。
ぶっちゃけ、どちらも正論である。
田舎には雇用が必要だし、それは潰れかけた映画館からは生まれない。
雇用が生まれれば、もしかしたら実際帰ってくる人もいるかもしれない。
一方で、映画には確かに人々を惹きつける力があるし、血の繋がりに頼らないコミュニティは、これからの日本社会に必要なものだろう。

そして、映画版では映画館とスーパー銭湯の間で揺れ動いた葛藤が、ドラマ版では対照的なスタンスの二人の映画監督の間で問われる。
竹原ピストル演じる川島健二は、純朴な映画青年をまんま具現化したようなキャラクターで、撮りたくもないキラキラ映画で監督デビューするも、大コケさせてしまい、批評もズタボロ。
かつてのあさひと同じように、人生に絶望して南相馬を訪れた。
ところが、成り行きで新しい映画を作れることになるものの、いざとなったら何を撮ったらいいのかさっぱり分からない
彼のアンチテーゼとして登場するのが、南相馬のドキュメンタリーを撮ろうとしていうる炎上監督の藤田慎二だ。
みるからにチャラいこの男は、何よりも有名になりたい、儲けたいという欲望が露骨。
しかし、震災と原発事故という未曾有の経験をした南相馬を、自分が世界に紹介しなければという情熱は本物だ。
真摯だが、撮りたいものが見つからない監督と、俗物だが明確に撮りたいものがある監督。

そのものの在り方として、より相応しいのは何方なのか。
たぶんそれは、時代や場所、シチュエーションによって変化するものだと思う。
ある視点から見て間違っていても、別の視点からは正しいことなんて幾らでもある。
だから映画もドラマも、物語の帰結する先をゼロサムゲームにはしないのだ。
うまい具合に全員がウィンウィンという結末は、上手く行き過ぎでは?と思わなくもない。
だがこれはタイトル通り、息をするように嘘をつく、嘘つきどもの物語であり、嘘という虚構の中に真実を描くのが映画である。
彼らの嘘には、ちゃんと背景があるのだ。
その象徴となるのが、まさに朝日座。
実は現実の朝日座は、常設映画館としては30年近く前に閉館している。
にもかかわらず、その建物は解体されることなく地元の人々に守られ、不定期の映画上映やコミュニティイベントの場として活用されているという。
常設映画館としての存続という映画的な嘘の中に、新しいコミュニティーの中核としての映画館という真実があることが、本作に絶対的な説得力を付与する。

あさひのメンターとして、彼女の人生に大きな影響を与えた茉莉子先生は、最初に映画の投影法を解説してこんな話をする。
映画が動いて見えるのは人の目の残像現象で、残像現象を起こすには映像と映像の間に暗闇が必要、つまり映画を観る半分の時間はただ暗闇を眺めている。
先生は「半分暗闇みながら、感動したり笑ったりしてるって、だから映画好きって根暗が多いのかもね。でもなんかいいよね」と話す。
この話が原体験となって、やがてあさひは朝日座再建へと邁進するのだが、映し出される虚構の光の半分の、見えない暗闇に隠された真実にスポットを当てたのは寓話としてまことに秀逸。
そしてどんな駄作でもたったワンカット“凄い画”があれば、凡百の“普通”の映画よりも記憶に残る。
これもまた真実である。

南相馬では地元の酒米「夢の香」を使った「御本陣」という地酒を町を上げて盛り上げようとしているのだが、今のところ地元以外ではふるさと納税でしか買えず、私もまだ飲んだことがない。
今回は同じ今回は被災地の宮城県から一ノ蔵の純米吟醸「蔵の華」をチョイス。
同名の酒造好適米「蔵の華」100%で仕込まれ、その名のとおりふくよかな吟醸香が広がる。
少し冷やして飲むと、まろやかでフルーティな純米吟醸らしい味わいを楽しめる。

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ショートレビュー「楽園の夜・・・・・評価★★★★+0.5」
2021年09月14日 (火) | 編集 |
死にたがりたちの大狂宴。

ヤクザもののテグは、唯一の家族である姉と姪を何者かに殺され、報復として敵対組織のボスを襲撃すると、済州島に渡って身を隠す。
島でのテグの隠れ家は銃器密売をしているクトの家で、彼は難病で余命幾ばくもない姪のジェヨンと共に暮らしている。
同じ家で過ごすうちに、テグとジェヨンは反発しながらも距離を縮めてゆくのだが、彼らの知らないところで、ある陰謀が動き出す。
「新き世界」「V.I.P. 修羅の獣たち」などの燻銀の韓流ノワールで知られる、パク・フンジョン監督による、刹那的な滅びの詩。
ヤクザもののテグをオム・テグ、ヒロインのジェヨンをチョン・ヨビンが演じ、鮮烈な印象を残す。

舞台となる済州島の自然豊かで美しい風景と、そこで起こる血で血を洗うバイオレンスのコントラストは、90年代の北野武、特に「ソナチネ」を彷彿とさせる。
抗争の最中に主人公のヤクザが南国の島に隠れ、そこでファムファタールと出会って、破滅に向かって突き進むという基本プロットはほぼ共通する。
主人公が、自分の知らないうちに上部組織の陰謀に巻き込まれ、捨て駒となっている点も同じだ。
もちろん、オマージュは捧げても、独自性も強い。
物語的には新しい要素はなく、むしろどこかで見たようなシチュエーションの連続なのに、全体を通して観ると、紛うことなきパク・フンジョン印の作家映画に仕上がっている。

本作の最大の特徴は、登場人物たちの関係が、まるで悪意ある神が導いたかのように、重なりあっていること。
例えば、テグの姉は不治の病を患っていて、済州で出会うジェヨンも病名は明かされないものの、極めて生存率の低い病に冒されている。
またテグが可愛がっている幼い姪は、抗争に巻き込まれてる形で母と共に殺されるが、ジェヨンは子供の頃に叔父のクトの仕事の巻き添えで家族を失っている。
本作は登場人物たちが、お互いの中に自分の心の傷を見る構造になっているのである。
テグとジェヨン、そしてクトは、同じ悲しみの鎖で縛られた運命共同体。
彼らを含め、この映画の登場人物全員が死の香りに取り憑かれた人たちで、物語が帰結する先は最初から一つしか見えない。

陰謀を巡らす悪は、何処までもゲスに。
自ら死に突き進む男女は、束の間の邂逅にその瞬間の意味を見出す。
アウトローでありながらも、生真面目なテグに対し、もう自分は死ぬものと覚悟を決めているジェヨンの方が、ぶっ飛んだ性格なのが面白い。
「ソナチネ」のヒロインは受動的な待つ女だったが、戦闘ヒロインものの快作「The Witch/魔女」をモノにしたパク・フンジョンは、もはや恐れるものが何も無いジェヨンを、寝起きに銃をぶっ放し、自分からグイグイ行動する能動的キャラクターに造形する。
対照的な性格だが、似た願望を抱えるテグとジェヨンの掛け合いと、質・量とも充実のアクションが組み合わされ、物語が進んでゆくのである。

規制の厳しい日本から見たら、羨ましくなるど迫力のカーチェイスに、リアリティと映画的なダイナミズムを両立させた見事なガンファイト。
キャラの濃い全員悪人たちが織りなす、因果応報の殺し合いのドラマは見応え十分だ。
伏線通りではあったけど、クライマックスをある人物に委ねるのは、見事な割り切り。
めちゃめちゃカッコよくて、しびれまくった。
ハッピーエンド、バッドエンドに割り切れない、この作家ならではの詩情を感じさせるラストには、ベストラストショット賞をあげたくなる。

今回は済州島の焼酎、「ハンラサン(漢拏山)」をチョイス。
漢拏山は、楕円形の済州島の中央にそびえる火山で、この山の地下の岩盤を通って濾過された地下水で作られている、まろやかな焼酎。
映画の中で印象的なのが、この焼酎と最後の晩餐的に出てくるムルフェ(水刺身)だ。
済州島と釜山の近くの浦項の郷土料理で、名前の通りコチジャンベースの冷たいスープに、白身魚やイカの刺身、キュウリやナシ、ネギなどの野菜をたっぷり入れたもの。
冷やし中華的に食べられている夏の風物詩で、私も釜山でいただいたことがあるが、なかなか美味しかった。

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ショートレビュー「アナザーラウンド・・・・・評価額1700円」
2021年09月09日 (木) | 編集 |
人生の新章に乾杯!

「偽りなき者」のトマス・ヴィンターベア監督が、同作に主演したマッツ・ミケルセンと再タッグを組み、本年度アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞した話題作。
ホントかウソか分からないが、人間の血中アルコール濃度は0.05パーセントがベストらしい。
仕事の効率は良くなり、プライベートも上手くいく。
それを知ったマッツ演じるマーティンら四人の冴えない中年教師たちが、飲み続けることで血中アルコール濃度を0.05に保つ“実験”を始める。

冒頭で彼らの生徒たちが、ビール1ケースを全て飲み干しながら、走って湖を一周するというとんでもないレースをやっている。
一見すると高校生なのだが、オフィシャルに酒飲んでるということは大学生?と戸惑ったが、デンマークでは16歳からお酒飲んでいいらしい。
寒い国でアルコールが欠かせないとは言っても、何という呑んべえ天国!

実験に参加する四人に共通するのは、いわゆるミドルエイジクライシスだ。
義務的に仕事をこなしているだけで、かつてのような情熱は失われている。
家庭でも家族が遠く感じ、会話が殆どない。
自分の人生が、どこへ向かおうとしているのか分からない。
歴史教師のマーティンは、何を教えたいのかも不明瞭だから授業が支離滅裂となり、生徒からもダメ出しされている。
そんな人生どん詰まりの状態が、何か変わるのではないか?というほのかな期待を抱いて、彼らは飲み始めるのだ。

血中アルコール濃度が0.05という状態は、いわゆるほろ酔い。
もちろん人によって差はあるだろうが、一般的に気が大きくなって饒舌になり、気分は高揚する。
酔っ払うプロセスで、一番楽しい時間だ。
授業を面白くするアイディアも湧き出てきて、やる気の無い不人気教師だったのが、0.05パワーで生徒たちに大ウケ。
夫婦仲も一時的に良くなり、家族の距離も縮まって感じられるようになる。
面白いのは生徒の飲酒に寛容なのに、学校は校内への酒の持ち込みには厳しくて、マーティンたちも決して飲酒運転はしないこと。
この辺りはやっぱり教育者だけあって、一線は引いてますということだろう。

しかし、0.05で効果があったのだから、今度は0.1パーセントにしたらどうだろう、やがては制限を無くしたらどうなるか・・・
設定は完全に「ハングオーバー」系なんだけど、こちらの登場人物は人生に疲れ切ったおっさんたちだ。
ぶっ倒れるまで飲んでみても、若者と違って簡単には回復せず、ほろ酔い気分の時は良好だった家族仲にも再び亀裂が入ってしまう。
ずっと飲み続けている訳だから、アルコール中毒の症状も出て来る。
そして遂に、ある悲劇が起こってしまうのだ。
ユーモラスではあるが、どちらかと言うとミドルエイジクライシスからの、ほろ苦い人生の悲哀と小さな希望の物語。
お酒は基本的に楽しいものだけど、飲み方次第で毒にも薬にもなり、それ自体には人生を変える力はない。

映画の冒頭、デンマークの哲学者セーレン・キルケゴールの、「青春とは?夢である」「愛とは?夢の中のものである」という言葉が引用される。
この言葉の意味を反芻しながら映画を観ていると、終盤にもキルケゴールに言及がある。
冒頭と終盤の二回のキルケゴール、この間に何が変化したのかがこの作品の核心だ。
希望に満ちた青春も愛の熱情も、老いと共に失われてゆき、その先には絶望が横たわっている。
絶望を打ち消すには、己が弱さを認め、自分自身の問題から逃げずに向き合わねばならない。
序盤のうちは「この酔っ払いのおっさんたちの話がオスカー?」と思ったが、終わってみるとなかなかディープで納得の仕上がりだった。
アルコールの力をちょっと借りて、人生の新章に向かうマッツの、キレッキレのダンスがカッコ良すぎる。

色んな種類の酒が出てくる作品だが、ここはやっぱり祝祭のイメージでシャンパン。
モエ・エ・シャンドンの定番中の定番、「アンペリアル」をチョイス。
フルーティで爽やかな口当たりで、きめ細かな泡の余韻が長く残る。
辛口でバランスのいい一本だ。

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シャン・チー/テン・リングスの伝説・・・・・評価額1700円
2021年09月05日 (日) | 編集 |
オヤジを超えて、世界を救う。

2年ぶりにスクリーンに帰ってきた、“マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)”の、新時代を告げるフェイズ4第二弾。
第一弾の「ブラック・ウィドウ」は、時系列的にはフェイズ3初期の話だから、実質的にはこの作品がフェイズ4の幕開けだ。
様々な慣例を打ち破ってきたMCUらしく、今回の主人公はシム・リウが演じる初のアジア系スーパーヒーロー、シャン・チー
悪の軍団“テン・リングス"を率い、シャン・チーの前に立ちはだかる実の父シュウ・ウェンウーを名優トニー・レオン、母イン・リーをファラ・チャン、メンターとなるイン・ナンをミシェル・ヨーが演じる。
中国武侠映画の影響が色濃いが、他にも漫画やゲームなど様々なアジア発のサブカルチャーの要素がミックスされたユニークな世界観を持つ作品だ。
ブリー・ラーソンが主演した「ショート・ターム」を手がけ、高い評価を得た日系アメリカ人のデスティン・ダニエル・クレットンが監督と共同脚本を務める。
※核心部分に触れています。

アベンジャーズがサノスを倒し、50パーセントの命を取り戻した後の世界。
サンフランシスコのホテルで駐車場係をしているショーン(シム・リウ)は、友人のケイティ(オークワフィナ)とバスに乗っていたところを、武装した謎の男たちに襲われ、何とか撃退したものの母の形見の翡翠のペンダントを奪われてしまう。
同じペンダントを持つ妹のシャーリン(メンガー・チャン)が次に襲われると確信したショーンは、ケイティと共に彼女の住むマカオへ。
その機中で、ショーンは自分たちを狙っているのが、秘密組織“テン・リングス”を率いる実の父のウェンウー(トニー・レオン)だということ、そして自分の本名がシャン・チーで、幼い頃から暗殺者としての訓練を受けてきたことを告白。
マカオでシャーリンと再会したものの、テン・リングスの急襲を受け、兄妹とケイティは本部へ連行される。
実は兄妹の持つペンダントには、亡き母イン・リー(ファラ・チャン)の出生地である秘密境ター・ローへの地図が隠されていたのだ。
ウェンウーは、死んだはずの母がター・ローの洞窟に囚われているので、どんな犠牲をはらっても救出すると言うのだが・・・


冒頭、魔法によって隠されているという伝説のター・ローを探すウェンウーが、秘密境の守護者だったイン・リーと手合わせしながら恋に落ちる描写が、ミシェル・ヨーの代表作の一つ「グリーン・デスティニー」を彷彿とさせる、絵巻物の様に美しく優雅なワイヤーアクションで表現される。
ここで中華圏武侠映画への深いリスペクトを感じさせると、映画は今は世界化された様々なアジア的な要素を取り込んで来るのだ。
本作は言わば、「グリーン・デスティニー」ミーツ「ドラゴンボール」ミーツ「ポケモン」ミーツ「エヴァンゲリオン」ミーツ怪獣映画に東アジアの昔ばなし。
これら全てをごちゃ混ぜにした様な、カオスな世界観を持つ。
まさかアメコミ映画で、懐かしの“龍の子太郎”のビジュアルを見るとは思っていなかったよ。
全体の印象を端的に言えば、一昔前のツイ・ハークを思わせる極めてファンタジー色の強い武侠映画で、ぶっちゃけ観てる間これがマーベル作品なのも、ハリウッド映画なのもほとんど忘れてた。
しかし元々科学者も、魔法使いも、神さまさえも同じ世界にいる、何でもありのMCU。
最終的には、これ全部受け止められちゃうんだから凄い。

主人公のシャン・チーは、悪の秘密組織“テン・リングス”を率いるウェンウーによって最強の暗殺者として育てられた。
テン・リングスは組織の名であるのと同時に、ウェンウーに不老不死をもたらし、無敵の力を与える出処不明の10個のリングのこと。
このリングの正体に関しては今後の展開がありそうだが、おそらく日本人ならウェンウーに強烈な既視感を覚えるだろう。
何しろこの男、碇ゲンドウにそっくりなのである。
秘密組織のボスで、未成年の息子に無理やり大人の仕事をさせようとする。
冷酷非情だが、唯一の弱みは熱烈に愛しちゃってる妻の存在で、結婚していた時はまともだったのに、彼女を喪った後は人が変わってしまい再びダークサイドに。
亡き妻を我が手に取り戻すためなら、引き換えに世界そのものだって差し出しかねないのも丸かぶりである。
ウェンウーがシャン・チーに“最初の仕事”をさせようとするのが、碇シンジと同じ14歳というあたりも、もしかするとオマージュかもだ。

当然中国のシンジくん、もといシャン・チーも強引なこじらせオヤジに反発し、10年間も家出中。
名前をショーンに変えて、全米最大の中華コミュニティのあるサンフランシスコで暮らしている。
だがウェンウーが、イン・リーの故郷である秘密境ター・ローに封印された魔物に惑わされ、彼女が生きていると信じ込んでター・ローを攻めようとするに至って、ついに妹のシャーリンと共に、オヤジとの対決を決意する。
そう、これは中国版の碇ゲンドウと大人になったシンジくんの、テン・リングスという神性の継承を巡る親殺しの神話であり、ある種の貴種流離譚なのである。
ハリウッド映画の例に漏れず、MCUも家族の物語が多いが、本作は厳格な家長制度がベースになっているのがいかにも儒教圏の東アジア的。
一方で、まだ何者でもない中途半端な若者が、大いなる力の責任に目覚めると言う点では、アメコミ映画の王道だ。

シャン・チー役のシム・リウは、功夫のポーズも決まっていてカッコいい。
この役に抜擢された時はネットで誹謗中傷が酷かったらしいが、やはり実際の映像の持つ説得力は抜群。
坂の街サンフランシスコの地形を生かしたカーアクション&バスの中での見事な格闘戦から、マカオの高層ビルの足場を使った、高所恐怖症には失神もののアクロバットアクション。
ここまでは完全なマーシャルアーツ映画で、MCU色は限りなく薄い。
そして後半ガラッと世界観が変わり、竹林の迷路に隠されたター・ローで、スーパーサイヤ人と化した親子対決からの、よもやの大怪獣出現まで見せ場のオンパレード。
予告編ではほとんど見せていなかった、後半の世界観チェンジはスムーズとは言い難いが、ポケモンもどきの幻獣がたくさん住んでいるター・ローは舞台としては魅力的だ。
このファンタジーワールドで、オヤジに続いて大怪獣とかめはめ波で戦うという、普通の人間じゃ絶対無理というシチュエーションを乗り越えて、ついにマーベルのスーパーヒーロー、シャン・チーが誕生するのである。
スタント・コーディネーター兼第二班監督として、これらの素晴らしいアクションを手掛けたのは、非アジア人として最初にジャッキー・チェンのスタントチームのメンバーとなったブラッド・アレン。
残念なことに、彼は今年8月に48歳の若さで急逝し、本作と公開を控えている「キングズマン:ファースト・エージェント」が遺作となってしまった。

訳あり家族の複雑な相関関係が物語を動かしてゆくのもこの映画の魅力的な要素で、シャン・チーと友達以上になりそうな、オークワフィナとは陽性カップルのコンビネーション。
対して、日陰者として育てられたメンガー・チャン演じるシャーリンとは、コスチュームデザインからも太陽と月のような対照性を形作る。
MCUの出来る妹キャラといえば、本作と家族構成の似た「ブラックパンサー」のお兄ちゃん想いのシュリちゃんだが、こっちの妹はなかなか一筋縄ではいかなそうで、宣言通り帰ってくるのが楽しみだ。
そして、大ベテランの風格を見せつける、トニー・レオンとミシェル・ヨー。
最近はすっかりメンター役が板についたヨーはともかく、これほど激しく動きまくるレオンを観たのは久しぶりで、立ち姿からにじみ出るオーラは圧巻。
先日公開された「モータル・コンバット」では、脇役のはずの真田広之がスターパワーで完全に主役を喰ってしまっていた。
さすがに本作ではそんなバランスの悪さは無いが、アクションするトニー・レオンだけでも十分観る価値がある。

それにしても、小さな良作だった「ショート・ターム」で主演を努めたブリー・ラーソンがキャプテン・マーベルになり、デスティン・ダニエル・クレットン監督も本作でMCUに進出。
若い才能にはどんどんチャンスを与えるところが、今も昔もハリウッドの強味だ。
そして監督も役者の大半もアジア系で、台詞も半分くらいは中国語。
こんなエンタメ大作がハリウッドで作られるとは、MCUが始まったゼロ年代後半頃には想像もできなかった。
アメリカ人の字幕嫌悪も、だいぶ改善したということなのだろうか。
世界が凄い勢いで変化していることを、実感させられる映画でもある。

今回は、アジアンテイストなアメコミ映画ということで「ドラゴン・レディ」をチョイス。
ホワイト・ラム45ml、オレンジ・ジュース60ml、グレナデン・シロップ10ml、キュラソー適量をステアしてグラスに注ぎ、スライスしたオレンジを添える。
名前は辛口そうだが、実際には甘口で飲みやすいカクテル。
ドラゴン・レディとは、元々男を支配するような神秘的な魅力のあるアジア人女性を指す言葉で、まさに本作のイン姉妹やシャーリンにピッタリ。

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子供はわかってあげない・・・・・評価額1700円
2021年09月01日 (水) | 編集 |

ほんとうは、わかってあげる。

スクリーンから夏の海風が吹き抜ける。
沖田修一監督と言えば、近年では「モリのいる場所」など高齢者を主人公とした作品が多かったが、これは2013年の「横道世之介」以来となるピュアな青春映画だ。
原作は、田島列島の同名漫画。
上白石萌歌演じる高二の水泳少女・美波が、幼い頃に両親が離婚して以来、ずっと会っていなかった父親を訪ねることを、ふと思い立つ。
どうやら父親には、人の頭の中が見える特殊能力があり、新興宗教の教祖さまになったらしい。
彼女の冒険を後押しする、ちょっと気になる男の子・門司くんに細田佳央太。
怪しい教祖さまを豊川悦司、美波を見守る母親の由起を斉藤由貴が好演する。
黒沢清作品で知られる撮影監督の芹澤明子が、匂い立つ様な真夏の青春の情景を活写し、素晴らしい。

高校二年の朔田美波(上白石萌歌)は、アニオタで水泳部員。
夏休みを控えたある日、自分も推している「魔法佐官少女バッファローKOTEKO」のファンだという書道部の門司昭平(細田佳央太)と出会い、意気投合。
代々書道家の彼の家に遊びに行った時、とある宗教団体から依頼されたお札が目に入る。
それは幼い頃に両親が離婚して以来、音信不通だった父親が、美波の16歳の誕生日に贈ってきたものと同じだった。
美波は探偵をしている門司家のトランスジェンダーの姉、明大(千葉雄大)に父の捜索を依頼する。
するとしばらくして明大が現在の父の居所を探し当てる。
父の藁谷友充(豊川悦司)は、なんとお札の新興宗教「光りの匣」の教祖で、今はなぜか教団を休んで田舎の整体院に居候しているという。
美波は、水泳部の合宿に行くとアリバイを作り、父に会いに行くことにするのだが・・・


全編、沖田監督らしいチルなムードに満ちている。
冒頭、いきなりアニメーション映画が始まり、一瞬間違ったスクリーンに入った?と焦るが、テアトル新宿には1スクリーンしかないのだった。
主人公の美波がアニオタで、大ファンという設定の架空のアニメ番組「魔法佐官少女バッファローKOTEKO」を、菊池カツヤ監督以下ガチな陣容で制作し、説得力抜群。
今どきの深夜アニメ以上の映像クオリティに、オープニングとエンディング曲まで作ってるのだ。
しかもこの番組が生き別れ親子の再会という、本作の展開を示唆する内容。
沖田監督と言えば長回しだが、学園ものではお約束、屋上で出会った美波と門司くんが、KOTEKOの名台詞をモノマネしながら、階段を一気に降りてくるシーンで一気に二人の世界が出来上がる。
そしてKOTEKOが、美波と門司くんのみならず、ずっと会っていなかった友充との仲も取り持つんだな。
よく出来たアニメは、一級のコミュニケーションツールなのだ。

美波が遠い記憶の中にいる友充と会いたいと思った気持ちは、別に現状に問題があるからではない。
母の由紀は再婚し、古館寛治演じるアニオタの新しい父親とは趣味も共通で上手くやっているし、歳の離れた異父弟のことも可愛がっている。
ただ、ジクソーパズルのだだ一つのピースが欠けている様に、心のどこかに小さな穴が空いているのだ。
門司くんの家で偶然お札を見た時、彼女はその穴の正体に気付いたのだろう。
本当の父親ってどんな人なんだろう?なぜいなくなったのだろう?自分とは似ているのだろうか?
そして新興宗教の教祖という、普通でない経歴が明らかになると、今度はさらにその人物に対する興味が湧き上がってくる。
ただし、ここには“生き別れの親娘の再会”というシチュエーションから想像する様な、深刻さは全くない。

これは人間の喜怒哀楽全てを、飄々とした世界観にフワッと受け止める沖田監督の作家性であり、それは真剣になればなるほど笑ってしまうという、美波のキャラクター設定にも生きている。
水泳の大会に出場した彼女は、ずっと笑顔で泳いでいる。
普通ならライバルを打ち負かすために、必死の形相になるはずだが、彼女の“緊張”はどこまでも陽性なのである。
出場する種目が、水泳競技の中で唯一観客から表情が見える背泳ぎなのも、笑顔を見せるために計算されたものだろう。
また、演じる上白石萌歌にとっても、これは撮影当時19歳であった、彼女自身の青春の煌めきだ。
友充と再会した時の戸惑いと安堵、お互いの中に血の繋がった家族を感じ、意外と早く馴染んでゆく自然な感情の流れの表現。
そして門司くんとの同好の士の友情が、だんだんと恋に変わってゆき、「スキ」が爆発しそうで感情を抑えられない屋上のクライマックス。
このシーンの美波の真剣度マックスの泣き笑いは、本作の白眉だ。
ひと夏の青春のイニシエイションを通し、大人の階段を上がる等身大の少女をリアリティたっぷりに演じ、間違いなく上白石萌歌の代表作となった。

彼女や門司くんと絡む、大人たちのキャラクターもいい。
義理の父親として、適度な距離感と親近感を感じさせる古舘寛治に、子供を尊重しつつ優しく見守る斉藤由貴演じる母の由紀。
性アイデンティティゆえに、実家に暮らせない猫探し探偵の門司くんの姉。
そして彼女によって美波と引き合わせられる、怪しさ満点の超能力教祖さま友充。
彼もまた、”ギフト”を与えられたものゆえの葛藤を抱えている。
本作の中で繰り返し語られるのが、「教えられたことは教えられるけど、教えられてないことは教えられない」ということ。
例えば水泳や書道のように、代々受け継がれてきたものと違って、超能力の類は誰からも教えられてない。
だから教えることができず、証明することもできない。
能力が発揮できるうちは、教祖として崇められるが、力が衰えてしまえばもはや用済み。
特別であるがゆえに友充は孤独なのだが、教祖としてではなく、普通に娘として振る舞ってくれる美波に救われる。

本作は「子供はわかってあげない」というタイトルだけど、大人目線でも子供目線でも、ゆっくりとわかり合ってゆく話
主人公の成長物語としても、家族の再生の物語としても、キュンな初恋物語としても、とてもよく出来てる。
スクリーンから匂い立つような夏の香りが心地よく、沖田監督らしいユーモアもツボに入り、138分の長尺も気にならない。
しかし最近のトヨエツは、そろそろ”怪優”と呼びたくなって来たな。

今回は、舞台となる伊豆の地酒、富士高砂酒造の「高砂 純米吟醸」をチョイス。
静岡産の酒造好適米「誉富士」を、静岡酵母と富士山の伏流水で仕込んだ逸品。
スッキリとしたやや辛口で、華やかな香り。
この季節は冷で、海のものと合わせたい。
教祖さまと門司くんと、楽しく飲んでみたくなる。

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