酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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ゾウを撫でる・・・・・評価額1650円
2017年01月19日 (木) | 編集 |
触っているのは、どんな映画?

一本の映画がクランクインするまでの、映画に関わる様々な人を描く群像劇。
元々2013年にネスレシアターのインターネット配信用に作られた短編を連結させ、未公開部分を含めて再構成した作品である。
「ゾウを撫でる」とは何とも不思議なタイトルだが、これはインドの寓話「群盲象を撫でる」から取られている。
王が盲人たちに象を触らせ、「これは何だ?」と問う。
盲人たちは、足だとか牙だとか象の色々な部分を触って、自分が触った物について異なった意見を話す。
彼らが言っていることは間違ってないが、全体を俯瞰しないと象の本当の姿は見えない。
様々な人々が感性と技術を持ち寄り、分業して作って行く映画は、正に細部が組み合わされることで姿を現す象だ。
本作では、監督、脚本家、俳優陣、さらにはフィルムコミッションの担当者や、大道具を運ぶトラックの運転手など、映画制作の中枢から末端まで多くの人物が登場し、それぞれのエピソードは、適度な距離を保ちながら詩的な世界観を構成する。
「ツレがうつになりまして。」の佐々部清監督と、高倉健の遺作となった「あなたへ」の脚本で知られる青島武は、極めてユニークな記憶に残る佳作を作り上げた。

寡作な映画監督の神林(小市慢太郎)が、15年ぶりの新作映画「約束の日」に着手し、脚本を担当する鏑木(高橋一生)と共に地方の海岸へロケハンに訪れる。
台本印刷会社で働く栃原(伊嵜充則)は、送られてきた原稿の作者がシナリオ学校で同期だった鏑木であることに気付き戸惑う。
栃原によって製本された「約束の日」の台本は、出演する俳優たちに送られてゆく。
子役出身で彼女との関係に悩む高樹(金井勇太)、きつい性格が周りに疎まれている大女優の椿(羽田美智子)、人気若手俳優の松波(中尾明慶)、そして元妻が亡くなったばかりのベテラン俳優の椎塚(大杉漣)。
ロケ地のフィルムコミッションの榊原(菅原大吉)は、撮影準備に奔走し、大道具を運ぶことになったトラック運転手の梨本(金児憲史)とヒッチハイカーの森川(山田裕貴)は、奇妙な形状の積み荷に興味を惹かれる。
ところがクランクインが迫るある日、突然主演女優の失踪が報じられる。
強い風が吹きすさぶ撮影現場で、準備を整えた共演者やスタッフは主演女優が現れるのを待ち続けるのだが・・・・


なるほど、これは「アメリカの夜」+「ゴドーを待ちながら」という訳か。
フランソワ・トリュフォー監督の「アメリカの夜」は本作と同じく、ある映画の制作に係る人々を描いた、いわゆるセルフ・リフレクシヴ・フィルムの代表作。
本作の劇中で言及される「ゴドーを待ちながら」は、劇作家のサミュエル・ベケットによる戯曲。
一本の樹が立つ田舎の街道で、ゴドーという人物の到着を、ひたすら待ち続ける二人の男を描いた不条理劇だ。
本作では、映画「約束の日」のロケ現場で、スタッフや俳優たちが、最後まで顔が明かされない主演女優の到着を待っている。
もう一本、劇中であるバーを訪ねた神林監督が、キープしたボトルに書くのが「羅生門の様な夜に」という言葉。
「羅生門」はもちろん登場人物の視点によって、同じ事件が全く別の顔を見せるという黒澤明の傑作。
これは不条理劇と多面性の構造を持つ、映画を愛する人々の物語なのである。

冒頭、海岸へロケハンに訪れた神林に、脚本家の鏑木がこんな話をする。
彼が古い映画館で映画を観ていた時、フィルムが切れたのに切り替わらない。
実はその時、老映写技師(演じるは深谷シネマ支配人の竹石研二さん)は映写室で倒れて亡くなっていたのだ。
デジタル上映の現在の映画館に映写技師は必要ないが、フィルム上映では一巻が終わる毎に、画面に一瞬だけ表示されるパンチマークに合わせて、2台の映写機を切り替える必要があった。
映写技師の死から始まる物語は、フィルム映画の終焉から、デジタル時代の映画への再生へのプロセス
本来、インターネット配信用に作られ、劇場用長編へと進化した、本作の出自に符合するのが面白い。

本作はまた、ドラマの背景に配された3.11の記憶を色濃く反映している。

映画「約束の日」のキービージュアルとなる、ロケ地の海岸に大道具として作られたバオバブに似た樹は、たぶん「ゴドーを待ちながら」で街道に立つ一本の樹の反映であるのと同時に、3.11の津波を生き延びた陸前高田市の"奇跡の一本松"のメタファーだろう。
「約束の日」の内容は映画の中で詳しく語られないが、どうやらこの樹は人々に守られてきた希望の象徴の様な物らしい。
それは正に奇跡の一本松だし、一度死んだ松が保存プロジェクトによってオブジェとして復活した経緯も、映画という虚構の中で大道具として建てられることに重なる。

他にも、前記した奇妙なタイトル含め暗喩が散りばめられていて、物語を読み解いてゆくミステリ的楽しみも大きい。
特に
印象的なのが、神林監督がバーの女性に語る54本の奇跡の樹の小話
54の数字は何だろうと調べてみると、日本にある原発の数だとか。

そう思って観ると、この小話はかなり意味深い。

「ゾウを撫でる」は、単に映画愛を語る作品ではなく、そこから今という時代を俯瞰し、映画のあり方をも描こうとしてる。

インターネットで配信した連作を再構成し、映画館で公開という試みは、三浦大輔監督の「裏切りの街」もそうだった。

デジタル化、ネットワーク化によって、映画の形は変化し続けるだろうし、映画を成立させるのに様々な方法論も出てくるだろう。
本作の場合は、単につなぎ合わせたのではなく、物語の断片を組み合わせ、初めて全体像が見え、なおかつそのプロセスが物語を構成するというコンセプトが実に秀逸。
浮かび上がるのは、ポスト3.11の時代に、映画という希望を建てる人々を描いた独創的な映画だ。

上映館は少ないが、映画好きには是非オススメしたい。

今回は、劇中で神林監督が飲んでいる「I.W.ハーパー」をチョイス。
1877年に、ドイツ移民のアイザック・ウォルフ・バーンハイムによってケンタッキーに創業した、歴史あるあバーボンウィスキー。
飲み方はロックで。
羅生門の様な夜に、美女と語らいながら、チビチビと飲みたい。
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ショートレビュー「The NET 網に囚われた男・・・・・評価額1600円」
2017年01月17日 (火) | 編集 |
その網に囚われたら、もう逃げられない。

ここのところ、少し作風が変わりつつあるキム・ギドク。
北朝鮮スパイの疑似家族を描いたプロデュース作の「レッド・ファミリー」以来、理不尽な社会の仕組みと個人の対立をモチーフにした作品が目立つ。

去年日本で公開された「殺されたミンジュ」は、凝った世界観のロジックが上手くストーリーに移し替えられておらず、終始ぎこちない凡作だったが、本作はなかなかだ。


主人公は、北朝鮮の漁師、ナム・チョル。
妻と一人娘と慎ましくも幸せに暮らしていた彼は、ある日船のエンジン故障で韓国へと漂流し、国境警備の韓国軍に捕えられてしまう。
ただちに北朝鮮へ送還して欲しいと希望するも、軍歴があったものだから初めはスパイと疑われ、拷問を受ける。
やがてシロと分かると、韓国当局は彼を北へ帰さず亡命させようと、あの手この手で懐柔しようとするのである。
「独裁政権の国に、帰すわけにはいかない」というのが彼らの主張する“正義”なのだ。
帰国の意思を挫くために、ソウルのど真ん中に置き去りにされ、資本主義の豊かさを見せつけられたりもするが、聡明なナム・チョルは飽食の社会の裏にある歪みも感じ取る。

なにがなんでも妻子の待つ故郷へと帰るというナム・チョルの意思は固く、韓国はとうとう彼を送還するのだが、この映画の核心はこれからだ。
北朝鮮にとって、一度韓国に渡って戻ってきた者は、表向きは故郷を裏切らなかった英雄だが、その実南のスパイとなっているかもしれない“疑わしき者”なのである。
悪名高き国家安全保衛部に連行されたナム・チョルは、今度は北朝鮮当局からスパイの容疑をかけられ取り調べを受けることになる。
このシークエンスは、韓国での取り調べシーンの鏡像となるように演出されていて、国家権力という社会システムと個人の深い断絶は、イデオロギーの違いによるものではないことを示唆する。

ナム・チョルにとって唯一の願いは、妻と娘と一緒に静かに暮らすこと
当たり前のことだが、個人の幸福は国家のイデオロギーとは全く別の所にあって、民主国家でも不幸な人はいくらでもいるし、独裁国家でも幸せな人はいる。
しかし、どちらの世界でも一度権力の網に囚われてしまうと、力無き庶民はもはやどう足掻こうが逃れられない魚であるという絶望感。

二度と元の生活に戻れないことを知った主人公が、自ら破滅の道を選ぶダウナー系のカタルシスは、いかにもギドクらしい佳作である。


ただ、主人公以外の登場人物が、いささか類型的すぎるのは気になる。

特に韓国当局の登場人物は良い人、嫌な人、ダメな人とそれぞれ人間の一面しか描かれず、リアリティに欠ける。
「レッド・ファミリー」くらいカリカチュアされた世界観なら、これでも良いのだろうが。

今回はソウルで人気の焼酎「チャミスル」をチョイス。
韓国では焼酎の銘柄に地域性が強いらしく、首都圏は真露のチャミスルなんだそうな。
さっぱりしていて、甘味がやや強くマイルドな味わいは韓国焼酎の中でも、たぶん一番飲みやすい。
ロックで飲むのがおススメ。

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ショートレビュー「MERU/メルー・・・・・評価額1700円」
2017年01月11日 (水) | 編集 |
彼らが、その頂を目指す訳。

これは圧巻、どこまでも凄い世界だ。
ヒマラヤ奥地に聳える未踏峰、メルーに挑むクライマーたちを追ったハードコアなドキュメンタリー。
メルー中央にそびえる、その名も”シャークフィン”は、まるで鋭く尖ったナイフ。
雪と氷に覆われた1200メートルを登り切っても、その先には手がかりになる凹凸が殆ど存在しない450メートルの高さの花崗岩の難所が待ち構えている。
同じヒマラヤでも、エベレストと違ってここにはシェルパもいない。
メルーの峰に辿り着くには、過酷な自然環境の中、自ら90キロもある装備を背負って、ほとんど垂直の壁を登っていかなけれならない。
過去多くのチャレンジャーが絶望を味わった、まさに難攻不落の自然の要塞だ。

本作でこの山に挑むのは、世界的トップクライマーとして知られるコンラッド・アンカー、ナショナル・ジオグラフィックの山岳カメラマンで、本作の共同監督兼カメラマンでもあるジミー・チン、若きクライマーで風景アーティストのレナン・オズタークの3人。
最初に彼らがメルーに挑戦したのは、2008年のこと。
だが連日の悪天候に阻まれ、一週間の予定の倍以上に渡って悪戦苦闘を続けるも、頂上まであと僅かの地点で敗退。
下山した彼らは、長期間足が濡れっぱなしの状態だったものだから、凍傷と感染症が合わさった塹壕足になってしまい、何週間も車椅子生活を余儀なくされたという。
二度とこの恐ろしい山には挑まない・・・そう誓ったはずなのに、それから3年後の2011年、彼ら3人は再びシャークフィンのテッペンに狙いを定めるのだから、山男って連中はもう(笑

しかし、ことはそう簡単には運ばない。
「登山の映画じゃない。登山家の映画だ」とは本作のキャッチコピーだが、ベテラン、中堅、若手の3人のチームには、山への帰還を前にして厳しい試練が降りかかるのだ。
メルー再挑戦まで僅か5ヶ月の時点で、一番若いレナンが雪山でジミーと撮影中にスキー事故に遭い、命すら危ぶまれるほどの大怪我を負う。
一命を取り留めたレナンにとって、再びあの山に登る事がリハビリの最大の動機となるのだが、病み上がりで体に爆弾を抱える若者を同行させることは、チームにとっては大きなリスクだ。
それでもコンラッドとジミーは、それぞれに悩んだ末に、3人で登ることを決断するのである。

実は、コンラッドにとってメルーへの挑戦は、若い頃に彼を導いてくれた”メンター”、マグス・スタンプから引き継いだ悲願。
スタンプは、メルー登頂を夢見ながら、1992年にアラスカで遭難死してしまう。
そして今、コンラッドはジミーのメンターとなり、ジミーはレナンのメンターとなって、山に登る。
岩と雪と氷のルートを読み、経験に裏打ちされた確かな技術によって、文字通り一歩一歩攻略するクライミングは、いわば大自然を相手にする命懸けのチェス
信頼できるメンターに出会うことによって、世代を超えて心と技術が継承されるクライマーの世界は、なんだかジェダイの騎士たちの様だ。
自然の中で人間の小ささを知るからか、固い絆で結ばれた山男たち、彼らの側にいる女たちも皆謙虚で優しい。
本作で共同監督を務めるエリザベス・チャイ・バサヒリイも、ジミー・チンの妻である。
「どこに登るかじゃない。誰と登るかだ」「景色だよ、この景色が見たくて登るんだ」
単に過酷な山登りだけでない、その背景にある人生のドラマが見える故、彼らが山に挑むいくつもの理由にどっぷり感情移入。
挑戦する人間の可能性に、力強く背中を押される、素晴らしき87分。
大画面で観るべき作品である。

3人のメルー挑戦は、ギネスブックにも認定されている、という訳で「ギネス・エクストラ・スタウト」をチョイス。
クリーミーな泡と深いコクはギネスならでは味わい。
ちなみに高山では高山病によって酔った様な症状が出ることがあるが、この状態で酒を飲むと更に悪化するとか。
メルーの頂上で飲むのはキケンそうだが、降りてからパブで一杯やるのは良いよね。

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メッセージ・・・・・評価額1750円
2017年01月05日 (木) | 編集 |
それでも、あなたに会いたい。

ネビュラ賞、スタージョン賞を受賞した、テッド・チャン作の傑作SF短編小説「あなたの人生の物語」を、ケベック出身の若き異才ドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化。
突然、世界各地に異星人の巨大な宇宙船が出現。
来訪の目的は全く不明で、パニックに陥った人類は何とかコミュニケーションを取ろうとするも、その方法が無い。
これは、未知なる訪問者の“言葉”を解読し、意思疎通を託された、言語学者の物語。 
はたして、彼らはなぜ地球へとやって来たのか?何を伝えようとしているのか?
原作のシンプルなプロットをベースに、物語を大幅に拡充しているが、それでも核心のテーマ、ムードはしっかりと維持されている。
原作ファン、SFファンはもちろん、全ての映画を愛する人にお勧めできる、哲学SFの新たな金字塔だ。
※核心部分に触れています。

世界のあちこちに、巨大な宇宙船が忽然と舞い降りる。
謎の異星人の目的は一体何なのか?
政府に雇われた言語学者のルイーズ・バンクス博士(エイミー・アダムズ)は、彼らの言語を解き明かすために、物理学者のイアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)らと共に、ウィーバー大佐(フォレスト・ウィテカー)率いる対策チームに入る。
ルイーズは、オクラホマの平原に出現した宇宙船で、便宜上“アボット”と“コステロ”と名付けられた異星人とコンタクトするが、彼らの“言葉”は人類の言語の概念とは全く異なるものだった。
世界各国のチームと連携しながら、コミュニケーションの研究は僅かずつ進んでゆくのだが、来訪の目的は遅々として判明せず、しびれを切らして宇宙船への攻撃を示唆する国も出始める。
そんなある日、ルイーズのチームは異星人からある驚くべき言葉を聞き出すのだが・・・


異星の文明とのファーストコンタクトを描いた作品は多いが、彼らとのコミュニケーション手段そのものをフィーチャーした作品は珍しい。
だが、よくよく考えてみれば、これはきわめて興味深いモチーフだ。
地球上の人類だって、全く異なる言語の話者が意思疎通するのは難しい。
話し言葉だけでなく、書き言葉も同じだ。
遠い昔に断絶してしまって、未だ解読できない古代の言語もある。
18世紀末に、ロゼッタ・ストーンという“辞書”が発見されなかったら、私たちは古代エジプトで起こった、多くの歴史上のドラマを知ることは出来なかったかもしれない。
それでもまだ、人間同士ならジェスチャーというコミュニケーション手段もあるが、相手が人類とは全く似ても似つかない姿の異星人なら、身ぶり手ぶりで表現できることも大幅に限られてしまうだろう。
本作に登場する異星人は、まるで巨大なゴミバケツに七本の触手を生やした様な姿で、人類からはヘプタポッド(7本脚)と呼ばれる。
頭頂部の目で全周囲を見ることが出来、円筒形の体を持つ彼らには、前後左右の概念すらないのだ。

テッド・チャンの原作は、 そんな異種同士の第三種接近遭遇を描くシンプルな短編。
普通に考えれば、ハリウッド大作になるとは思えない、地味な物語にどうアプローチするのか興味津々だったが、本作はエリック・ハイセラーによる脚色が本当に見事だ。
原作のプロットをベースに、もしも意図のわからないUFOがあちこちに居座ったら、世界はどう動くのかと言うシミュレーション的視点を加え、極めてスリリングに盛り上げる。 

この脚色のために、宇宙船本体は地球軌道上にあって、無数のレンズ型の通信装置だけが地上に表れるという原作の設定は、地球上の12ヶ所に直接宇宙船が舞い降りるという風に変わっている。
自国領内に宇宙船が出現した国々は、表面上お互いに協力してコミュニケーション手段の開発をしているものの、次第にヘプタポッドの意図と、他国の動向に対して疑心暗鬼を募らせる。
近年、ハリウッド映画においても次第に存在感を増す中国が、対ヘプタポッド主戦論の急先鋒として描かれているのが興味深い。
ルイーズたちの役割は、単にヘプタポッドの言語を解き明かすことから、人類の誤解を解き、宇宙戦争を止めることへと移って行くのだ。

ここで重要になるのが、この物語の核心である言語と思考の関係である。
私たちは頭の中で言葉によって思考するが、例えば日本語と英語の様に、逆さまの文法を母語とする人間は、思考の順番も逆になる。
これだけでも少なからず、それぞれの世界観に影響を与えていまいか。
ならば、既知の言語とは全く違う概念を持つ言語を習得した場合、それは人間にどんな影響を与えるのか。
ヘプタポッドの言語、彼らが書くというよりも空中に描き出す文字は、おそらくテッド・チャンの民族的ルーツである漢字を元にデザインされた、円を基調とした一つの模様で一つの文を表す表意文字だ。
人間の書く文章は、基本的に一つの言葉を書いたら、その続きを書いて行くことで意味のある文章となるが、ヘプタポッドの文字は文章全体が一気に浮かび上がる。
つまり、彼らの思考には時間軸という概念が無いのである。
ヘプタポッドにとって、この宇宙は始まりから終わりまでが予め存在していて、過去も未来も既に決定されているのだ。
彼らが地球にやってきた理由も、遠い未来において彼らと地球人はある関わりを持つことになっており、その未来に導くために必要だったから。

本作は、ルイーズがヘプタポッドとのコミュニケーションに邁進する数カ月間の物語と、フラッシュバック的にランダムに挿入される、彼女と家族とのプライベートな生活の映像の羅列によって構成されている。
一見関係ない二つの物語は、実は密接にリンクしていて、フラッシュバック映像の意味を知った時、観客は深い思念の海に沈んでゆくだろう。 
そう、ヘプタポッドの言語をディープに研究し、習得することで、ルイーズもまた彼らと同じ思考回路を獲得する。
彼女の思考は時間の流れから自由になり、初めから終わりまで全てを見通すことが出来るようになるのである。
ルイーズは、この未知なる能力によってもたらされる、決定された未来の情報を利用することで、人民解放軍強硬派のシェン上将を説得し、宇宙戦争を未然に防ぐ。
だがそれは同時に、ルイーズのこれからの人生から、"未知の体験"という意味での“未来”という概念が無くなることを意味する。

映画版のタイトルは「Arrival(邦題:メッセージ)」になっているが、原作は「あなたの人生の物語(Story of Your Life)」である。
「あなた」とは、将来生まれてくるルイーズの娘のこと。
フラッシュバック映像は、ルイーズが新たな思考を獲得してゆく過程において、徐々に見えてきていた彼女自身の未来。
ルイーズは、まだ生まれていない娘の誕生から25歳での早すぎる死まで、その全てを見てしまうのである。
もしもこれからの人生で起こることを全部知ってしまって、そしてそれが決して避けられないとしたら、私たちの心はどう変化するのか。
親よりも早くに死んでしまうとしても、それでも我が子に会いたいと思うのか。
将来別れると知っていても、それでも誰かを愛し、家族になろうとするのか。
悲しい別離が来ることは分かっていても、ルイーズは「あなたの人生の物語」を語り、まだ見ぬ娘を受け入れる。
時間の概念が無ければ、人生に希望も、絶望も生まれないが、彼女の心から愛は失われないのだ。
それは人類が人類たる、根元の感情だからかもしれない。

優れたハードSFの多くは、同時に味わい深い詩である。 
これは、原語と思考をモチーフに、時間と愛、世界の見え方と私達の存在する意味を哲学する、驚くべき物語。

しかも原作のエッセンスを完全に保持したまま、スケール感のある娯楽映画に昇華しているのだから畏れ入る。
また本作は、見方によっては優れた物語論とも言える。
私たちは、時間軸を持つ芸術である小説や映画を何度も鑑賞することがあるが、二度目以降はある意味時間軸から解放されている。
主人公が悲しい最期を遂げるから、愛せないなどということは無く、全てを知っているからこそ、より一層大切に思える作品もあるだろう。
この映画も同じで、私は事前に原作を読んでいて良かった。
何が起こるか分かっているからこそ、物語の本質を自身の中で哲学し、より深く鑑賞できたと思う。
本作の日本公開は、まだまだ先のGW明け。
そういう訳で、このレビューをここまで読み進めちゃた人たちには、いっそ原作をじっくり読み込んでから鑑賞することをお勧めしておきたい。

今回は文字が重要なモチーフになる作品なので、海外ワインには珍しい「天地人」の漢字ラベルで知られるルー・デュモンの「フィサン・ルージュ」の2009をチョイス。
これはワイン造りの夢を抱いた日本人の仲田晃司氏が、単身渡仏して設立した若い銘柄。
適度な強さのボディと、フルーティな風味と心地よい酸味のマッチングが良い。
とても飲みやすく、高温多湿な日本の夏でも胃にもたれない。
宇宙人にも飲ませたくなる、バランスの良い赤だ。

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ショートレビュー「妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!・・・・・評価額1550円」
2017年01月05日 (木) | 編集 |
CGでも結構イケるニャン!

キッズアニメの定番が、なぜか春休みとGWに集中する中、お正月の顔として定着した大人気シリーズ第三弾。
このシリーズは大人気ない大人たちが全力で世界観を遊び倒し、本来のターゲットであるはずの子供に全然媚びて無いのがいい。
第二作は短編集的な作りだったが、今回はしっかり長編。
謎の空飛ぶクジラ妖怪によって、2次元のアニメ世界と実写世界が入れ替わってしまうという、かなり冒険的な内容になっている。
これはある種のパラレルワールドで、事態の影響を受けるのは、基本的に妖怪だけ。
人間は二つの世界に同じ人物はいるものの、別人格という設定になのだが、妖怪と親しくなりすぎた天野景太は、妖怪と同じく二つの世界で同一人格ということになっている。
実はもう一人、怪我で挫折したバレリーナの少女・カナミという、この映画の本当の意味での主人公がいて、もう一度自由に踊りたいという彼女の願望が悪しき妖怪を呼び寄せ、なんでもありのアニメ世界を実写世界と繋げてしまったというワケだ。

昭和の時代からのキッズ漫画やアニメをメタ的に俯瞰するスタンスは相変わらずで、実写CG+アニメの表現手法がこの構造を明確化する。
劇場一作「誕生の秘密だニャン!」のタイムトラベルによる二重世界が、今回は現実世界とアニメ世界のパラレルワールドに置き換えられたと思えばいい。
カナミの心に巣喰った悪しきクジラ妖怪を倒して、彼女の傷ついた心を癒すのが物語の骨子だが、実写世界に行くとアニメならではのカートゥーン的誇張表現が封じられちゃって、キャラも妙に現実的になってしまう。
全然凄そうに見えないジバニャンのひゃくれつ肉球とか、組み立てに異常に時間がかかるUSAぴょんの戦車とか、アニメの表現ってカリカチュアされてるけど、現実にはこんなだよねーという冷めた目線が可笑しい。
クジラ妖怪改めクジラマンと戦いながら、2つの世界が目まぐるしく入れ替わるアイディアは面白かった。

子供たちにはカワイイ妖怪キャラとベタなギャグで笑ってもらいつつ、クライマックスに懐かしの「ウルトラQ」のケムール人までぶち込んだパロディとオマージュの嵐は、オリジナルを知らない子供より、むしろ大人の方が楽しめるかも、というか作り手は確実に楽しんでる。
カナミの心がクジラ妖怪を呼び寄せ、ダークサイドに支配されつつある一方、彼女の大切な”友達”であるコアラ人形がコアラニャン(笑)という迷った心を象徴する妖怪化して、景太たちと一緒に彼女を助けようとするのは涙。
子供たちと付き添いのお父さん、お母さん、それぞれに違った視点から楽しめる、正月映画としてなかなかに良く出来た作品だと思う。
それにしても、ゲームベースだけあって、妖怪キャラのCGとの親和性は非常に高いから、このパラレルワールド設定は別の形でいずれまた使えそう。
ただ、妖怪キャラでぬらりひょんと閻魔大王だけは、なぜかイケメン俳優二人が演じてるのだけど、彼らもCGで良かったのでは?
・・・あっ、なるほどお母さんサービスか!

今回はレベルファイブのある福岡の地ビール、杉能舎の「博多麦酒 スタウト」をチョイス。
じっくり焙煎されたロースト麦芽と、ほのかな甘みを醸し出す出すハニーモルトで仕込まれた上質の黒ビール。
苦味が少なく、やわらかなビロードのような喉越しの上品な味わいで、創業140年の老舗の酒蔵が作るだけあって、繊細なこだわりを感じる。

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杉能舎<福岡> 博多麦酒 スタウト 330ml瓶 アルコール6%
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