酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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noraneko285でつぶやいてます。ブログで書いてない映画の話なども。
ソング・オブ・ザ・シー 海のうた・・・・・評価額1700円
2016年08月26日 (金) | 編集 |
優しい海の歌に抱かれて。

アイルランドの奥深い歴史と文化を背景とした、珠玉のファンタジーアニメーション。
描かれるのは、灯台守りの子として孤島で暮らす幼い兄妹の大冒険とそれぞれの成長だ。
世界観を形作るアイルランドの妖精たちの世界が、実に自然に子供達の流離譚に組み込まれている。
物語も良く出来ているが、アニメーションのデザイン性が極めて高く、美しいグラフィックスを眺めているだけでも癒される。
監督は、本作と同じくアイルランドの民族文化をモチーフとした、2009年の「ブレンダンとケルズの秘密」で世界的に注目された俊英トム・ムーア。
日本とアイルランドには、それぞれの文化にアニミズムが深く浸透しているという共通項があるからか、本作の世界観は日本人にとって非常に親和性が高いと思う。
✳︎核心部分に触れています。

片田舎の孤島で暮らすベン(デヴィッド・ロウル)とシアーシャ(ルーシー・オコンネル)の兄妹は、灯台守りのコナー(ブレンダン・グリーンソン)とブロナー(リサ・ハニガン)の子。
母のブロナーはアザラシの妖精・セルキーで、シアーシャを生んで海に戻って行った。
そのせいか、ベンは島で暮らしているのにもかかわらず、水がトラウマとなり海に入ることができない。
一方のシアーシャは5歳になっても言葉を話せず、ベンは母がいなくなったのは妹のせいだと思っていて、なにかと彼女に辛く当たってしまう。
ある夜、母の残した真っ白なアザラシのコートを身につけたシアーシャは、アザラシに変身して海に入る。
娘まで失いたくないコナーは、コートを海に捨てると兄妹を都会に住む祖母に託すことにするが、シアーシャはフクロウの魔女マカ(フィオヌラ・フラナガン)によって誘拐されてしまう。
実はシアーシャには、彼女自身も知らない不思議な力が秘められていたのだ・・・・


物語のベースとなっているのは、アイルランドやスコットランドに伝わるセルキー伝説だ。
セルキーはアザラシの妖精で、しばしば美男美女の姿で現れ、人間と婚姻する話で知られる。
元々はヨーロッパ各地に伝わる人魚伝説がアザラシに変化したものと考えられており、伝説には様々なバリエーションがあるが、ポピュラーなパターンが、アザラシの皮を脱いで人間の姿になっている時に人間に皮を隠されてしまい、仕方なく結婚して子をもうけるものの、最終的には皮を取り戻して海に帰って行くと言うもの。
日本やアジアにおける羽衣伝説とも多くの類似点を持つ、異種婚姻譚の話型の一つだ。

この伝説を基にした映画に、ジョン・セイルズ監督の名作「フィオナの海」がある。
一人の少女の目を通して、失われつつある海の文化を再発見してゆく物語。
主人公フィオナの家族は、祖先はセルキーの血を引いていたという言い伝えを持つ、伝統的に海で生きてきた一族だ。
映画は、先祖代々が守ってきた島を捨てようとする家族の前に、赤ん坊の頃に海に攫われて行方不明となった弟が、アザラシたちと共に戻ってきて、家族が海の暮らしに回帰するというファンタジックな展開を見せる。
伝統的な海での暮らしか、都会での現代的な暮らしかで葛藤があるあたりは、本作とも通じる部分があると思う。

本作では、セルキーである母ブロナーは、シアーシャを産んで海に消えるが、その時にベンに巻貝の笛、シアーシャには真っ白なアザラシのコートを残してゆく。
巻貝の笛は魔法の道しるべとなり、コートはセルキーの証。
だが、妻だけでなく娘まで失いたくないコナーによって、コートは海に捨てられてしまう。
実はシアーシャは、コートがないと地上で生きられないのだが、そのことを父は知らないのだ。
アイルランドを代表する若手女優・シアーシャ・ローナンと同じ、このファーストネームの意味は、ゲール語で「自由」を意味する。
その名の通り、彼女はフクロウの魔女マカによって感情を吸い取られ、石にされた古の妖精たちを自由に解き放つことの出来る、不思議な力を持っているのである。
だから、自らの魔法が解かれることを恐れるマカは、シアーシャを誘拐し、彼女の力を封じようとするのだ。
このマカにも悲しい秘密があり、単純悪に造形されていないのが重要だ。
彼女が人から感情を吸い上げ石にしてしまうのは、耐え難い苦しみから救うため。
しかし、愛する者たちを石にすることは、マカ自身に大きな痛みをもたらす。
そして、いつの間にかミイラ取りがミイラになってしまい、マカは自らの感情をも吸い取ることで自分を失ってしまっている。
このキャラクターは、いわば近代化によって忘れられつつある古の精神文化の象徴であり、シアーシャを救うことは間接的にマカを救うこと、即ち古代から脈々と受け継がれて来たアイルランドの物語文化の復興を意味するのである。

映画は基本的に兄のベンの視点で語られ、第一義的には彼の成長物語となっている。
幼い頃に母に海に去られたことによって、彼は水の恐怖症になってしまい、同時に妹シアーシャに対しても複雑な感情を隠せない。
彼はどうしても最愛の母を妹に奪われたと感じてしまっていて、何かにつけてシアーシャに悪戯を繰り返し、お世辞にも良い兄とは言えない。
しかし、シアーシャがその力を恐れるマカによって攫われ、彼女の命のタイムリミットを知ることで、ベンは少しづつ変わってゆく。
人間の世界の裏側で、細々と生きながらえてきた妖精たちの世界の冒険を通して、ベンは妹が抱えている運命を理解し、彼女への愛と思いやりの心を育み、自らのトラウマを克服しつつ、ワガママなイジワル兄さんから、勇敢で頼りがいのある優しい兄さんへと大きく成長するのである。
このあたり、思春期に足を踏み入れつつある年齢の、男の子の心理劇としても丁寧で説得力たっぷり。
誰かのお兄ちゃんだった記憶を持つ者には、ちょっぴり気恥ずかしくも懐かしさを感じさせる。

そして、この種の異世界ファンタジーでは魅惑的な世界観を創り上げることができるかが評価の分かれ目となるが、本作には大満足だ。
この映画、とにかくかわいい
丸を基調にデザインされた、人間も動物も妖精もかわいい。
アザラシが魔法を見て驚いて目がまん丸になっている所とか、かわい過ぎて思わず捕まえて持って帰りたくなる(笑
キャラクターだけでなく、美術もケルトの文様を思わせる丸と環がベースにあり、それが物語の背景となる円環する神話の世界観を表してる。
少年少女の冒険物語として、プロットもロジカルに構成されて素晴らしいが、やはり普遍性がありながら独創的なアニメーション映像が本作の白眉だ。
ムーア監督は日本のアニメのファンだそうで、物語・世界観共にどことなくジブリっぽいテイストがあるのも、偶然ではないのだろう。
劇中に、ものすごく長い髪の毛と髭を持つ、シャナキーという妖精のストーリーテラーが登場する。
彼の一本一本の毛にはアイルランドの全ての物語が記録されているのだという。
ベンとシアーシャ兄妹の冒険を通して古の妖精たちは解き放たれ、同時に新たな物語が紡がれた。
シャナキーの毛は、新世代のアニメーション作家たちの手によって、これからも増え続けてゆくことだろう。

今回は、アイルランドのシンボルでもあるシロツメクサの葉、三つ葉のクローバーの名を持つカクテル、「シャムロック」をチョイス。
シャムロックがアイルランドを象徴する植物になったのは、聖パトリックがキリスト教を伝道する時に、三枚の葉を三位一体に例えたことからと言われている。
アイリッシュ・ウイスキー30ml、ドライ・ベルモット30ml、クレーム・ド・ミントグリーン3dash、シャルトリューズ3dash。
シェークしてグラスに注ぎ、お好みでグリーンオリーブを1つ沈める。
スモーキーなウィスキーのベースに香草系リキュールそれぞれの香りが複雑に絡み合う。
辛口な大人のカクテルだ。

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ジャングル・ブック・・・・・評価額1650円
2016年08月22日 (月) | 編集 |
都会の喧騒を忘れる、2時間たっぷりの森林浴。

いやー、トリップ感満点で実に楽しかった。
原作はラドヤード・キップリングが1894年に出版した小説で、ジャングルの奥地、動物たちの世界に暮らす人間の少年、モーグリの成長と冒険を描く。
動物園でもこんなにいっぺんには見られない、アニマルオールスターズは素晴らしいクオリティで描かれ、ジャングルから草原、古代遺跡まで詰め込まれた緑いっぱいの世界観は旅心を刺激する。
この夏、うだるようなテーマパークへ行きたくなく、海外旅行する時間もないけど、お手軽な非日常への逃避体験をしたい人には、本作は絶対のオススメだ。
もっとも、本作を観たら久々にディズニーランドのジャングル・クルーズに乗りたくなってしまったのだけど(笑
✳︎核心部分に触れています。

人間の少年、モーグリ(ニール・セディ)は物心ついた頃からジャングルで暮している。
育ての母は狼のラクシャ(ルピタ・ニョンゴ)で、彼女は黒豹のバギーラ(ベン・キングスレー)に赤ん坊だったモーグリを託されて以来、狼の群れの一員として育てているのだ。
だが、ある時ジャングルに現れた虎のシア・カーンは人間を敵視し、狼たちにモーグリを差し出すよう迫る。
危険を感じたラクシャとバギーラは、モーグリを本来の居場所である人間の世界に返すべく旅に出すのだが、復讐心に凝り固まったシア・カーンは納得せず、圧倒的な力で狼の群れを支配する。
その頃、バギーラとはぐれたモーグリは、熊のバルー(ビル・マーレイ)と出会い、ハチミツ取りに精を出す毎日を送りっている。
だが、人間の子の存在を知った類人猿の王、キング・ルーイ(クリストファー・ウォーケン)はジャングルを支配すべく「火」の秘密を求めてモーグリを誘拐するのだが・・・


端的に言えば、これは数奇な運命に導かれた少年モーグリが、ジャングルの一員として自分の居場所を見つけるまでの、波乱万丈の貴種流離譚だ。
原作は過去に複数回映像化されていて、ディズニー作品としては、ウォルト・ディズニーの遺作としても知られる、1967年のアニメーション映画の実写リメイクという位置付けとなる。
基本的には同じ話なのだけど、旧作はプロットを単純化した上でかなりコミカルな味付けがなされていて、明確にターゲットを若年層に絞った作り。
子供の頃に観た時はとても楽しかったけど、さすがに21世紀に実写で同じことをやっても説得力を持つとは思えない。
そこで本作は、旧作の主だった要素を維持した上でプロットをモダンに練り直し、傑作「ズートピア」にも通じる社会性を持たせることに成功している。

ジャングルで死んだ商人の子であるモーグリは、彼を拾った黒豹のバギーラによって、盟友の狼の群れに託され、愛情深い母狼のラクシャによって我が子として育てられている。
だが、動物たちの世界で絶対的な”異種”である人間の子供に対しては、仲間として接する者もいれば、ジャングルの脅威として敵視する者もいる。
その筆頭が、執拗にモーグリを付け狙う虎のシア・カーンだ。
実は彼こそがモーグリの実の親を殺した張本人でもあるのだが、その時に松明の炎によって顔に消えない傷を負わされ、人間に対する復讐心にとりつかれている。
そして、ジャングルの生態系の頂点に立つ最強の捕食者であるシア・カーンは、誰も力では逆らえないという状況を利用して、モーグリの居場所を奪う。
要するにこの物語は、コミュニテイを乗っ取った独裁者が、最も脆弱なマイノリティを迫害する構図を持っているのである。

不寛容と憎しみによって故郷を追われたモーグリはしかし、冒険の旅を通して寛容と献身によって様々な動物たちとの絆を育んでゆき、それはやがてシア・カーンに対する大きな武器となる。
マイノリティを不寛容から救うのは、自分自身の闘争の努力と、心あるマジョリティとの連帯だからだ。
同時に、物心ついた時から狼の一員として育てられたモーグリにとって、人生初めての旅は全く新しい価値観との出会いの機会ともなる。
リーダーに率いられた群で暮らす狼は、厳格な掟に従って生きているのだが、旅の途中で友達になる熊のバルーは規則に縛られない根っからの自由人。
歌が大好きなバルーは、狼の掟を復唱するモーグリに「That's not a song, that's propaganda.(そんなの歌じゃないよ。ただのプロパガンダだよ)」と諭す。
また虎をも傷つけた人間の持つ「炎」を欲する、規格外の巨大類人猿ギガントピテクス、キング・ルーイの支配する猿たちの世界は、文字通りオーウェルの描いた”ビッグブラザー”的社会であり、シア・カーンとは違った意味の独裁者だ。
冒険の旅は世界の多様性、自由の素晴らしさと抑圧の恐ろしさを、モーグリに体験として教えるのである。

原作は一応インドがモデルだが、映画の多種多様な動物の暮らす世界観は、アフリカから東南アジアに至る生態系をミックスした様な架空のジャングル
ギガントピテクスは絶滅種だし、現実世界では明らかに生息地域が違う動物たちもいる。
打ち捨てられた遺跡や村の人間を含め、本作の舞台が具体的にどこの国かを特定する描写はない。
バギーラにベン・キングスレー、バルーにビル・マーレイ、シア・カーンにはイドリス・エルバ、ラクシャにルピタ・ニョンゴと名優たちが演じる動物キャラはそれぞれしっかりキャラ立ちし、聞き応えあり。
なぜかサム・ライミがリス役で出てたり、マニアックな遊び心もある。

同じくイノシシ役で出演もしている監督は、安定のジョン・ファヴロー。
マーベルの「アイアンマン」シリーズで人気監督になったものの、本当に自分の作りたい作品をやりたいと巨額のオファーを蹴ってシリーズを降板。
雇われシェフがフードトラックを買って、自分の作りたい料理を追求する「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」は、多分にセルフパロディが入った佳作だった。
今回、自前のプロダクションとの共同制作という形でディズニー作品への帰還を果たした訳だが、適度な緩さ、もとい大らかさが観やすさにつながる持ち味は健在。
世界観の充実により異世界へのトリップ感は素晴らしく、アスペクト比がビスタサイズゆえIMAX3Dの没入度も最高だ。
作り込まれたシナリオは分かりやすくも大人の鑑賞に耐えうる深みを持ち、5歳の子供から付き添いのおじいちゃんおばあちゃんまで楽しめる内容は、夏休みに家族で観るのにぴったり。
ディズニーアニメの実写リメイクは、「シンデラ」に続いての大成功ではないか。

ただ、60年代末という時代にあって、人種差別的という批判を受けた旧作に対して、ポリティカルコレクトネスという意味ではほぼほぼパーフェクトに近い本作だが、悪役シア・カーンの最期に関しては、ある意味非常に従来のハリウッド的というか、ここだけが結局不寛容が解消されないまま残る。
本作と同じく、動物を擬人化しコミュニティのあり方を描いた「ズートピア」が、エンドクレジットで刑務所の中の”ある人"を映し出すことで社会的な不寛容の根深さ、難しさを描いていたのに対して、こちらはもう一歩掘り下げされてないなあと感じたのは、最近のディズニー・ピクサーのアニメーション作品が凄過ぎるゆえだろうか。
まあ、こちらも十分素晴らしい映画なんだけど。

今回は森林を舞台にした話なので、その名も「照葉樹林」という日本生まれの緑のカクテルをチョイス。
グリーンティーリキュール45ml、ウーロン茶適量を氷を入れたタンブラーに注ぎ、軽くステアする。
照葉樹林とは日本から東南アジアにかけて広がる常緑の森で、ここは同時にお茶の文化圏でもある。
お茶の風味が甘さを引き立て、食前酒にぴったり。
深い緑が涼しげな、夏らしいカクテルだ。

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ショートレビュー「ゴーストバスターズ・・・・・評価額1600円」
2016年08月18日 (木) | 編集 |
ついでに、男社会をバスターせよ!

1984年の大ヒット作、32年ぶりのリブート。
この年の冬休みは「ゴーストバスターズ」「ゴジラ(1984版)」「グレムリン」の3本が興行街を盛り上げ、頭文字をとって「3G決戦」などと言われていたものだ。
現代とは逆に洋高邦低の時代で、結果はアメリカでの勢いそのままに41億円の配給収入を上げた「ゴーストバスターズ」が年間トップとなった。
時代は巡り、奇しくも「シン・ゴジラ」「ゴーストバスターズ」の最新作が、再び同時期公開となったが、どちらも旧作を大いにリスペクトしつつ、物語的には無かったことになってるのも面白い偶然。
大ヒット中の「シン・ゴジラ」は、見事なモダナイズに成功したが、こちらはどうか?

米国では賛否両論だったが、期待以上の仕上がりだと思う。
冴えない科学者3人プラス新人社員の4人が、幽霊退治の会社を作ってNYを救うという基本部分は一緒。
一番の違いは男女逆転のキャスティングなのだが、さすが女性コメディの達人ポール・フェイグだ。
ジェンダーチェンジは思いのほか上手くいっていて、時代の変化を感じさせながら旧作の欠点を修正することに成功している。
旧作はビル・マーレイ、ダン・エイクロイド、ハロルド・ライミス、ニック・モラニス、さらにヒロインにシガニー・ウィーバーと当時全盛期を迎えていた人気者たちが集い、お祭り映画として楽しいのは確か。
リチャード・エドランドが手がけたVFXも見応えがあったが、肝心の物語がゆる過ぎ、とっ散らかり過ぎて、いまひとつ乗れなかった。
ハリウッド映画には、日本人からすると「なぜこれが大ヒットして、なおかつ(本国の)批評も良いんだ?」という作品がたまにあるが、旧作もその一つだと思う。
当時の日米の批評でもアメリカでは賛が先行、日本ではどちらかといえば否が優勢だったと記憶している。
日本の批評家は「アメリカンギャグの笑いにくさ」に言及してる人が多かったが、この辺りはまあ、映画に求めるものの違いだと思う。

新作は32年間の脚本理論の進化を反映し、まず旧作の要素を取捨選択しつつ物語をシンプルかつメリハリのあるプロットラインに集約。
クリスティン・ウィグとメリッサ・マッカーシーの「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」コンビを軸にキャラを立て、マッドサイエンティストっぷりが最高のケイト・マッキノン、旧作のアーニー・ハドソンに当たるレスリー・ジョーンズとの掛け合いも楽しく、大いに笑わせてくれる。
幽霊退治のガジェットの種類が増えたのも、アクション演出の多様化につながっていて上手い。
ニューヨークのインフレと家賃高騰を背景に、嘗ては古い消防署の建物だったゴーストバスターズのオフィスが、チャイナタウンのレストランの二階に格下げになっていたり、旧作に引っ掛けたディテールの数々も良いアクセントだ。
しかし、本作で一番美味しいのは、クリス・ヘムズワースだろう。
”神”を演じられるくらいマッチョでイケメン、観賞用としては最高のクリヘムが演じるのは、徹底的におバカな受付男子
この役は、ハリウッドの男性原理的ステロタイプの典型である、グラマラスなブロンドビューティーの逆転版。
「かわいくてお尻と胸の大きな女の子は、ちょっとバカなくらいが丁度良い」という、前時代的価値観を裏返して見せることで、男性作家は自虐的な笑いに転化させているのである。
クリヘムだけでなく、男たちは総じてろくなキャラが出てこないが、その分アホな男たちの支配する理不尽な社会で、居場所を求めて奮闘する四人の活躍が際立つ。
時代の空気を反映し、昨年あたりから急速にハリウッドのメインストリームとなってきた、男女逆転、あるいは男女同権のエンターテイメントの隊列に、「ゴーストバスターズ」も加わったというワケだ。

旧作を知らなくても十分に面白いと思うが、中年以上の世代にはオリジナル・キャストや馴染のゴーストたちがどこに出てくるかもお楽しみ。
再びクリヘム大活躍のエンドクレジット後にもおまけの小ネタがあるが、これはちょっと旧作を知らないと分からないだろう。
アメリカでは旧作ほどヒットしなかった様だが、続きを期待したい快作となった。
ちなみにこれ、立体演出にユニークな工夫がされているので、3D版を鑑賞する人はできればビスタスクリーンのスクリーンを選んでほしい。
2D版ならシネスコ固定でもOKだ。

今回は、劇中で人生(?)を謳歌していたゴースト、スライマーと同じ鮮やかな緑のカクテル「グリーンハット」をチョイス。
氷を入れたタンブラーに、ドライ・ジン25ml、クレーム・ド・ミントグリーン25ml、ソーダ適量を注ぎ、軽くステアする。
辛口のジンとミントの清涼感で、口に含むと一気に涼しくなる、夏向けのカクテルだ。
炭酸ジュースのように軽く飲めるが、アルコール度数はそれなりなので、飲み過ぎると真夏のゴーストを見るかもしれない。

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ショートレビュー「奇跡の教室〜受け継ぐ者たちへ〜・・・・・評価額1650円」
2016年08月14日 (日) | 編集 |
誰に出会うかで、人生は変わる。

実話ベースの、素晴らしいヒューマンドラマ
舞台となるのは、貧困層の若者たちが通うパリ郊外のレオン・ブルム高校。
生徒たちは移民の子が中心で、人種も宗教も様々。
落ちこぼれだらけの荒れたクラスを受け持つのは、ベテラン歴史教師のアンヌ・ゲゲン先生だ。
クラスにはムスリムが多く、ユダヤ人は少ない。
信仰へのスタンスも千差万別。
中世の教会の絵画に、地獄に堕ちたムハンマドの肖像が描かれていることを教えられて、侮辱だと怒り出す生徒もいる。
だが、ゲゲン先生は、なぜムハンマドがその絵に描かれているのか、その背景をしっかり説明する。
ある現象にはそこに至る理由があり、背景を知る事ができれば、多面的な見方ができるようになることを生徒たちは徐々に理解してゆく。
そして、「ホロコーストの歴史研究コンクール」へ参加しようという提案が、バラバラだった生徒たちの運命を変える。

アウシュビッツの絶滅収容所で真っ先に殺されたのは、老人、女性、子供たち。
それはなぜか?歴史の彼方に消えた数百万もの犠牲者は、一体何者だったのか?
生徒たちにとって、ホロコーストの歴史を学び、考えることは、他人を理解する寛容を育むことでもある。
絶滅収容所の生存者であるレオン・ズィゲル氏(本人)の言葉に、生徒役の俳優たちが流す涙は演技ではないだろう。
生徒たちとほぼ同じくらいの年齢でこの世の地獄を見たズィゲル氏は、解放されて以来自らの体験を語り続け、本作の公開直後の2015年1月に逝去されたという。
この映画に出演した人々、鑑賞した人々は原題通り、「受け継ぐ者たち」となったわけだ。
映画は半分ドキュメンタリーのように客観性を保ち、観客は生徒の一人になった感覚で物語を体験する。
ただ、ずっと引いた視点ではなく、何人かの生徒たちの日常にすっとカメラが入る。
フランス社会でも、偏見を持たれがちな移民社会の少年少女たちの、どこにでもあるリアルな青春の日々に、観客は無理なく彼らの”クラスメイト”になれるのである。

その一人で、劇中で映画作家志望の少年マリックを演じるアハメット・ドゥラメは、本作の脚本家。
彼は実際にこの教室にいて、自身の体験を綴ったという。
なんと素晴らしい啓蒙の連鎖だろうか。
この映画を観た観客の中からも、きっと第二、第三のアハメットが出てくるに違いない。
一方で、ゲゲン先生の授業に誰もがついて行けるわけではないこともしっかり描かれている。
コンクールの課題からドロップアウトしてしまう生徒もいるし、クラスは違う様だが暴力的に女性を蔑視し、「将来ISみたいな過激思想に染まりそうだなあ、あるいはもう染まっているのか」と思わせる生徒も出てくる。
色々な意味で、ここにあるのは”今”のフランスなのだ。

映画の冒頭、本筋と直接関係ないあるエピソードが描かれる。
それは高校の卒業生がヒジャブを着用していることを理由に、学校での証明書発行の手続きを拒否されるというもの。
フランスは政教分離の観点から、公立学校など公の場で宗教的シンボルの着用を禁じている。
このエピソードは、元生徒と先生たちが揉めたところで終わり、作中でその後どうなったのかは描かれない。
これは観客に対する、作り手からの宿題なのかもしれない。
ヒジャブの禁止は多様性を守るために必要なことなのか?それともこの規則そのものが多様性の否定なのか?
本作を観た人に、それぞれの解は見つかるのだろうか。

今回は多様性への希望を込めて、「エンジェルズ・デイライト」をチョイス。
グラスにグレナデン・シロップ、パルフェ・タムール、ホワイト・キュラソー、生クリームの順番で、15mlづつ静かに重ねてゆく。
スプーンの背をグラスに沿わせて、そこから注ぐようにすれば崩れにくい。
虹を思わせる四色の層が比重の違いで生まれる。
先ず目で味わい、口の中で多様な味が一つに溶け合う不思議な感覚を楽しむ事ができるユニークなカクテルだ。

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ショートレビュー「AMY エイミー・・・・・評価額1700円」
2016年08月09日 (火) | 編集 |
もしも、別の道を選んでいたら。

一度聞いたら忘れられない、独特の歌声
2011年に27歳の若さで急逝したジャズ・シンガー、エイミー・ワインハウスのデビューから死までの軌跡を追った長編ドキュメンタリー。
冒頭、まだデビュー前のエイミーが友達と戯れるシーンから始まり、やがて音楽業界に注目された彼女は、瞬く間にスターダムを駆け上がる。
だけど、それは彼女にとって栄光と不幸の始まり。
アルバム「フランク」のヒットで時の人となったエイミーの元には、海千山千の音楽業界の勝負師たちが集まってくる。
クスリで彼女を繋ぎとめる最低のクズ夫、虚栄心から愛娘を金づるにしてしまう実のパパ、彼女をスケジュール通りに歌わせることにしか興味のない新マネージャー。
ただ歌いたかっただけなのに、ただ愛されたかっただけなのに、彼女はあまりに才能があり過ぎたために、周りに祭り上げられてしまった。

「だから放っといて。音楽をするから。音楽をする時間が必要なの」とエイミーは言う。
しかし、スターになったことで、彼女は歌う自由も制限されることになる。
別れた男との赤裸々な関係の歌だったり、クスリのリハビリ施設での経験を歌っていたり、エイミーが作る歌詞はほとんどが彼女自身の人生を歌った私小説的作品
精神に余裕がある時は良いだろう。
あるいは彼女がもっと長生きして、過去の自分を客観的に振り返る余裕がある年齢になっていたら、これらの歌はいつでも自分の引き出しとして歌えるのかもしれない。
しかし、彼女はまだ二十歳そこそこだったのだ。
新しい恋をしている時に、過去の男のことなど歌いたいだろうか。
クスリ抜きしてフレッシュな気分でいるのに、リハビリの歌はかえって辛くなかっただろうか。
それでも観客はエイミーにヒット曲を歌うことを望み、周囲もまた彼女にその時の感情にあった曲を歌う自由を取り上げた。

アーティストにはそれぞれの資質がある。
巨大なスタジアムで、数万人もの歓声を浴びてこそ輝くアーティストもいれば、数十人ほどの観客に、じっくりと歌詞を聞かせこそ喜びを感じる才能もいる。
おそらく、エイミー・ワインハウスは後者だったのだ。
憧れの人だったトニー・ベネットと「Body and Soul」をデュエットするシーンの彼女は、まるで少女の様に歌う喜びに満ちていた。
映画は淡々とエイミーの10年間を辿るが、人生に関する多くの示唆に富む。
作中の彼女のパフォーマンスは、改めて見ても圧巻で、これはやはり周りがほっとかなかっただろう。
だが、幾つもあった人生の分岐点で、彼女が別の選択をしていたら。
彼女は「音楽」に生き、「音楽業界」に殺されたのかもしれない。
素のエイミーを知る友達たちの、彼女を助けたいという願いが届かなかったのが、今となっては残念。
とても悲しい映画なのだけど、その悲しみが不思議と心地よい詩情を呼ぶというか、まるでこの作品自体が素晴らしいジャズの様。
アシフ・カパディア監督は作中のエイミーと共鳴して、映画という音楽を奏でているのだ。
ジャズ・シンガーの生き方を語る、ラストのトニー・ベネットの言葉が、深く心に残る。

アルコールが一因となって命を落としたエイミーの映画に、お酒を合わせるのは難しいのだけど、彼女が育ったロンドンといえばジンの街。
今回はジンをベースとしたカクテル「ギムレット」をチョイス。
このカクテルは、元々海軍将校のジンの飲み過ぎを憂いだ軍医のギムレット卿が、ライム・ジュースと混ぜるのを勧めたことから生まれたとされる。
ドライ・ジン45ml、ライム・ジュース15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
スライスしたライムを添えて完成。
ドライな味わいとライムの酸味が、すっきりフレッシュなカクテルだ。

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