酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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KAAT キッズ・プログラム「アルヴィン・スプートニクの海底探険」&「ひつじ」
2017年08月16日 (水) | 編集 |
神奈川芸術劇場KAAT キッズ・プログラム 海外招待2作品。

「アルヴィン・スプートニクの海底探険」は、オーストラリアに本拠を置き、新しい演劇の形に挑戦しているザ・ラスト・グレート・ハントによる冒険譚。
作・演出はティム・ワッツ、出演はサム・ロングリー。
日本では2012、13年にも上演されたが、首都圏では今回が初。



舞台は、温暖化で陸地が水没した地球。
生き残ったわずかな人々は、加藤久仁生監督の「つみきのいえ」の様に、海に突き出した家で暮らしている。
主人公のアルヴィンは、小さな家で愛する妻のアリーナとささやかながら幸せな人生を送っていたが、妻は病気で死んでしまう。
この世界では死者たちは天国ではなく、原初の生命が生まれた海の底に帰ってゆく。
アルヴィンは亡き妻の魂を追いながら、地球の奥底にあるという未知の空洞を解放し、世界を救うために、一人海底深く潜ってゆくのである。

地球を模しているのであろう、丸いスクリーンに映し出される可愛いアニメーションが物語を進行させ、そこに演劇、パペットのパフォーマンスがシームレスに融合し、ミニマルでユニークな演劇空間が生み出される。
たった一人のパフォーマーと、お世辞にも金がかかっているとは言えない最小限のギミックだけで、観客の頭の中には豊かな世界観が投影される。
潜水服を着たアルヴィンの二頭身のパペットは、日本人にはどうしても目玉のオヤジに見えてしまうのだけど、この単純なフェイスレスなパペットが、驚くほど豊かに感情を伝えてくるのだ。
音楽にダニー・エルフマンが使われてることもあって、ピュアなラブストーリーはちょっとティム・バートンの初期の映画を思わせる。
どこまでも一途なアルヴィンの想いが、昇華されるラストには思わず涙。

気になったのは、子供向けのプログラムなのに、字幕の漢字の多さ。
歌詞やセリフはスクリーンに映し出されるのだけど、あれは小さい子は読めないぞ。
この種の公演ではひらがなを増やすとか、日本語版での上演を検討してほしい。

KAATのロビーで劇団コープスの「ひつじ」のパフォーマンスも上演。
コレも非常にシュールで面白かった。
物語がある訳でなく、四頭のひつじとひつじ飼いの日常が描かれる。
要するに、人間がひつじに成り切っているだけなのだが、これが実に上手くて、だんだん本物に見えてくるから凄い。
毛刈りや搾乳、おしっこや餌やりなど、工夫たっぷりリアルに再現されたひつじあるあるを見てるだけで、けっこう飽きないのだ。
大人ですらいつの間にか本物のひつじを見てる感覚になっているのだから、 子供たちは完全に動物を観察してる感覚で、餌やりタイムには落としたキャベツを与えている子も(笑
パフォーマーさんも大変だ。
終いにゃ交尾までしてたけど、あれ子供に「何やってるの」と聞かれたら親は困るだろうな(笑

両作とも今回は明日8月17日が最終。
とても素晴らしい作品なので、是非再演をお願いしたい。



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ショートレビュー「海底47m・・・・・評価額1650円」
2017年08月16日 (水) | 編集 |
限りなく遠い47メートル。

サメ映画、というか海洋スリラーの新たな快作だ。
仲のいいリサとケイトの姉妹は、メキシコでのバカンス中に知り合った地元の男たちに誘われて、巨大なサメを間近で観察できるケージダイブ挑戦する。
ところが、姉妹がケージに入って水中に降りた時に、ワイヤーを支えるクレーンが折れ、姉妹はケージごと47メートルの海底に落下してしまう。

シンプルだが、これはまことに秀逸なアイデアだ。
たった47メートルだが、パニックに陥って急浮上すれば減圧症を起こしてしまうために、ゆっくりと時間をかけて浮上しなければならない。
しかし海底と船との間には、撒き餌を狙って集まってきたサメの群れがいるのだ。
スキューバのボンベが持つ時間は、せいぜい30分から1時間程度。
水深が深いところで脱出のために活動すれば、エアーの消費はさらに加速する。
彼女たちには、単に人食いザメの襲撃だけでなく、刻々と減ってゆくエアー、潜水病の恐怖、さらには素性をよく知らない船上の男たちに、自分たちが見捨てられるのではないかという疑心暗鬼など、複合的な危機が一気に襲ってくるのだ。
まずはこの絶望的な状況から、いかにして脱出するかという興味で観客の心を掴み、その後ほぼリアルタイムで進行する物語は、時間的余裕が失われてゆく中、ますますマズイ状況に彼女たちを追い込んでゆく。
発端のアイディアこそ単純だが、これは非常によく考えられたプロットである。

全編危機また危機の連続だが、実は人間ドラマとしてもなかなかの仕上がりだ。
二人の姉妹の対照的なキャラクター造形がキモである。
好奇心旺盛でアクティブなケイトに対して、リサは臆病で地味なキャラクターで、バカンス直前に失恋した傷心の身。
本来ならば、ケージダイブなどやりそうもない人物なのだが、自分を「つまらない女」と言った元カレを見返したくて、スキューバの経験もないのに危険に足を踏み入れてしまうのだ。
だから映画の前半部分はリサに比重が置かれていて、極限状態の中で最初は何もできなかった彼女が、徐々に物語の主導権を握ってゆく展開はオーソドックス。

ところがヨハネス・ロバーツ監督は、ここから実にトリッキーな罠を仕掛けてくるのである。
映画も佳境にに差し掛かった頃、ある緊急事態が起こり、物語の主役は突然リサからケイトに入れ替わるのだ。
だがそこまでの流れで、観客にはこの物語の主役はリサだという印象が刷り込まれている。
なぜなら姉妹のうち、より大きな葛藤に直面しているのはリサであり、ケイトは自分の人生に大きな問題は抱えておらず、映画はリサの成長物語であることを強く示唆していたからだ。
ここからの展開はネタバレになるので自粛するが、そこまでの海底版「ゼロ・グラビティ」的な展開を大きく裏切ってくる。
実際のところ「ゼロ・グラビティ」のあるシーンを思わせる描写もあり、おそらくはあの映画をうまくベンチマークしながら、筋立てを構築していったと思われる。
必要最小限のキャラクター設定を、こんな風に生かしきるとはお見事だ。

「海底47m」は完全に一本道のプロットながら、90分間手を替え品を替えたスリルで盛り上げ、伏線をキッチリと回収するオチのつけ方まで、最後まで意外性のある展開で飽きさせない。
この夏、納涼を求めるのならピカイチの作品ではないか。
ずいぶん地味に公開されているが、全く注目されていなかったにもかかわらず、全米5週連続トップ10入りは伊達じゃない。
コレは見逃すと損をする!

今回は、海つながりで涼しげなカクテル「ディープ・ブルー」をチョイス。
ウォッカ30ml、ブルー・キュラソー10ml、シャンパン又はスパークリングワイン20mlを氷を入れたグラスに注ぎ、軽くステア。
最後にマラスキーノチェリーを沈める。
南国の海を思わせる水色が美しい、夏向けのさっぱりとしたカクテルだ。

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スパイダーマン;ホームカミング・・・・・評価額1700円
2017年08月14日 (月) | 編集 |
青春だよ、スパイディ!

昨年の「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」で先行デビューした、新生スパイダーマンの単独主演第一作。
大ヒットしたサム・ライミ版三部作と、その後を受けたマーク・ウェブの「アメイジング・スパイダーマン」とは違って、ディズニー主導のMCUとの連携を前提に作られているのが特徴で、全員が修羅場をくぐり、一癖も二癖もあるオトナの集団のアベンジャーズの面々に対して、ピュアなハートのヤングヒーローとして造形されている。
異色のスリラー「COP CAR コップ・カー」で注目された俊英ジョン・ワッツは、見事にライミともウェブとも違う、ポップでコミカルな新しいスパイディ像を作り上げた。
「スパイダーマン:ホームカミング」のタイトル通り、過去作に比べると学校生活の比重が高く、コンプレックスを抱えた学園のギークによる、ズッコケ青春ヒーロー映画の趣きだ。
※核心部分に触れています。

ベルリンでアベンジャーズの"シビル・ウォー"に参戦し、キャプテン・アメリカのシールドを奪ったスパイダーマンの素顔は、15歳の高校生ピーター・パーカー(トム・ホランド)。
ニューヨークに戻った彼は、トニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)からもらった特製スーツを着て、放課後に地元クィーンズ地区でヒーロー活動に勤しみ、アベンジャーズの正式メンバーになる日を夢見ている。
そんなある日、ピーターは謎の犯罪集団によるハイテク武器の取引現場を目撃。
彼らの正体を暴いてスタークに認めてもらおうと、奪った武器の一部をギーク仲間でスパイダーマンの正体を知るネッド(ジェイコブ・バタロン)と共に分析しようとする。
ところが、敵の首領はスタークに深い恨みを持つ、ヴァルチャーことエイドリアン・トゥームス(マイケル・キートン)だった。
一人でヴァルチャーを捕らえようとして、市民を巻き込む大騒動を引き起こしてしまったピーターに、スタークはヒーロー失格を言い渡す。
失意のピーターだったが、高校生活の一大イベントであるホームカミングに、憧れのリズ(ローラ・ハリヤー)を誘ってOKをもらい、元気を回復。
ところが、ホームカミング当日、パーカーは思わぬ形でヴァルチャーの正体を知ってしまう・・・


サム・ライミ版のトビー・マグワイア、マーク・ウェッブ版のアンドリュー・ガーフィールドは、共にピーター・パーカーを20代後半で演じた。
対して、「シビル・ウォー」の撮影中にようやく20歳を迎えたトム・ホランドのピーターは、前任の二人が演じたキャラクターよりもずっと幼く、15歳のギークな高校生というキャラクターにリアリティを与えている。
ピーターだけではなく、マリサ・トメイ演じるメイおばさんも、ライミ版のローズマリー・ハリスに比べれば二十歳以上若いのだ。
本作が過去のシリーズと大きく異なるのは、スパイダーマンが孤独なヒーローではなく、数多くのヒーローが活躍するMCUの世界観に組み込まれていること。
大企業の社長であるトニー・スタークや、第二次世界大戦中から活躍しているキャプテン・アメリカことスティーヴ・ロジャースなど、ベテランのセンパイたちが存在するのである。
ヒーローが当たり前に活躍してる世界だから、ピーターがスパイダーマンになった詳細な顛末とか、ベンおじさんが殺されるお馴染みのエピソードはスルー。
とりあえず彼は、頭は抜群に良いが容姿には自信がないどこにでもいる少年で、クモに噛まれてスーパーパワーを手に入れたことから、放課後にご近所で覆面ヒーロー活動をして、ギークの頂点であり、憧れのトニー・スタークに自分を認めてもらいたがっている。
本作を端的に表すならば、アベンジャーズにちょっと呼ばれたので、思いっきり浮き足立ってしまった若きスパイディが、ヒーロー活動の責任と高校生活の楽しみの間で葛藤しながら、ローカルヒーローとしての地に足をつけたポジションを固めるまでの青春ストーリーだ。

今年はなぜかジョン・ヒューズが来ているらしく、彼の代表作の一つ「ブレイクファスト・クラブ」にリスペクトを捧げた「パワー・レンジャー」に続いて、本作もヒューズの青春映画に大いに影響を受けていることを隠さない。
監督のワッツは、役作りのアプローチの助けとして、若いキャストにヒューズの作品を何本も鑑賞させたそうだ。
実際、本作のピーターとネッドのギークコンビは、過去のシリーズよりも、むしろ「ときめきサイエンス」っぽい。
ちなみにこの映画には、若き日のロバート・ダウニー・Jrも出ていたっけ。
面白いのはワッツや「パワー・レンジャー」のディーン・イズラライトといった、リアルタイムにはヒューズの作品を知らないはずの30代の監督が、熱心なフォロワーとなっていることだが、自分が幼かった時代の青春映画は、10代になってから観ると、微妙な世代の違いがツボにはまり、憧憬を抱かせるのかもしれない。
私はもろに青春時代=ヒューズ映画のリアルタイム世代だけど、同じ頃に観た「アメリカン・グラフィティ」や「ビッグ・ウェンズデー」と言った一世代前の青春映画には、過ぎ去った時代の神話性みたいなものを感じていた気がする。
ジョン・ヒューズの映画的記憶を受け継ぐ若いフィルムメーカーによって、21世紀のMCUの世界に蘇ったヒューズ的青春映画、それが本作なのだ。

だから物語の軸足は、ピーター少年の十代ならではの葛藤を描くハイスクールコメディにあり、ヒーロー映画としてのスケールは比較的小さい。
ヴァルチャーの正体が、実はピーターが恋するリズの父親だったという衝撃の展開は、そんな本作の構造を象徴する。
敵も味方もご近所にいる小さな世界こそが、ローカルヒーローとしてのスパイダーマン本来の魅力であり、いい意味での世界観の狭さは、ヴィランのキャラクター造形にも当てはまる。
マーベルのヴィランは、悪にも理由があるとばかりに、その動機を綿密に設定されているキャラクターが多いが、本作のヴァルチャーはその中でも最も分かりやすく、感情移入しやすい。
元々彼は、アベンジャーズの戦いで生じた瓦礫の撤去作業を請け負っていた、零細企業の社長
ところが、宇宙人の残した残骸の価値に気づいたスタークと政府は、突如として彼らを締め出して瓦礫を独占してしまう。
ヴァルチャーは、巨大な権力によって理不尽に排除され、生活の糧を奪われた哀れな庶民なのだ。
だから彼はコソコソと宇宙人の遺物を盗み出しては、それを武器に仕立て上げて犯罪者に売りつけることで、生計を立てるのと同時にスタークにささやかな復讐を続けているが、決してアベンジャーズとは戦おうとはしないし、他のアメコミヴィランのように、大それた野望を持っている訳でもない。
本作は全体に軽妙なタッチだが、ヴァルチャーはピーターから見ると、資本主義の力学によって生まれた裏スターク的なキャラクターだったり、機械の翼で再起を図るこの"バードマン"にマイケル・キートンをキャスティングするセンスは結構シニカルだ。
ちなみに本作のキートンは、トニー・スタークにチャンスを奪い取られるのだけど、同時公開中の「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」では、逆に無慈悲に奪い取る男を演じているので、この2作は同じ俳優が資本主義の両面を演じた映画としても面白い。

対するピーターも、一人前のヒーローと言うには若過ぎて色々未熟で、ホンモノのヒーローに対する憧れとリズに対する恋心という、二大承認欲求に突き動かされ頑張ってはみるものの、結局自分で起こした問題をなんとかしようと、どんどん深みにハマってゆく。
本作のキービジュアルの一つは、黄色いジャケットを羽織ったスパイダーマンが、ビルの屋上で寝そべっているものだが、イースト川を隔てた背景のマンハッタンにはアベンジャーズのマークを付けたスターク・タワーが聳え立っている。
世界を股にかけるヒーローのチームに入りたいという大志を抱いているものの、本作の舞台はあくまでも川のこちら側。
「アベンジャーズ」シリーズの様に、宇宙人やら神様やら人知を超えた力が激突する、グローバルなカタストロフィーを描くのではなく、超人たちの足元でうごめく、ちょっとだけ特別な力を手に入れた市井の人間たちの世界なのである。

「スパイダーマン:ホームカミング」は、少年スパイディの青春の悲喜交交とヒーローとしての成長を描き、素晴らしいリブートとなった。
冒頭の60年代のテレビアニメ版「スパイダーマンのテーマ」から始まって、「デッドプール」ネタや、次回作への布石であろう意外なキャラクターの登場など、マーベルファンをニヤリとさせるディテールも豊富。
「シビル・ウォー」でシールドを奪ったことから始まる、キャプテンとの"教育的因縁"も可笑しい。
ただし、本作には欠点が一つあって、それはヒーロー映画として、カタルシスのあるアクションの見せ場が相対的に少ないということ。
主な舞台が高層ビルの回廊のないクィーンズなので、ダイナミックなスパイダースウィングがほとんど見られないのは、逆手にとってギャグに転化しているのでまあいいとして、正直ジョン・ワッツのアクション演出はあまり上手くない。
特に輸送機の上で展開する、クライマックスの空中戦では問題が顕著に出た。
夜なので暗い上に、あの機体表面のチカチカ光る迷彩(?)が余計に見難さを助長させてしまっていて、ヴァルチャーとの間で何が起こっているのかよく分からない。
ハイスクールコメディとしての魅力がアクションの欠点を補って余りあるのだけど、できれば次回作までにもう一段上を目指して研究してほしいところだ。

今回は、まだ何色にも染まっていない若々しいスパイディのイメージで「ホワイト・スパイダー」をチョイス。
スティンガーのベースをブランデーからウォッカに変えたバージョンで、冷やしたウォッカ40mlとペパーミント・ホワイト20mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
涼しげな見た目と、ミントの香りがすっきりとした清涼感を演出する。
アルコール度数は相当に高いカクテルなので、高校生のスパイディには当然まだ早い。

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ショートレビュー「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ・・・・・評価額1650円」
2017年08月12日 (土) | 編集 |
なぜ彼は、1個15セントのハンバーガーで帝国を築くことが出来たのか?

異色のアメリカンドリームの展開に、目が離せない。
「マクドナルド」という店名が創業者兄弟の名前なのはよく知られているが、これは兄弟が作り上げた斬新なシステムを持つハンバーガー店を、年間15億食を売り上げる世界最大のファーストフードチェーンに育て上げた、もう一人の"創業者(ファウンダー)"レイ・クロックの物語。
名作ミュージカル「メリー・ポピンズ」の誕生秘話「ウォルト・ディズニーの約束」で、原作者のトラヴァース夫人とプロデューサーのディズニーの間の葛藤を、人はなぜ物語るのか、作者にとって作品とは何なのか、という普遍的物語論に昇華したジョン・リー・ハンコック監督は、ここでもマクドナルド兄弟とレイのコントラストから、見応えのあるドラマを構築している。

マックとディックのマクドナルド兄弟が、飲食業の前にハリウッドでの成功を志し、映画館の経営をしていたという話は初めて知った。
大恐慌の煽りを食って映画館を閉めた後に、庶民の食べ物だったホットドッグ屋に転身し、やがてハンバーガー専門店へ。
テニスコートに厨房の実物大青写真を描き、徹底的に効率的な動線を研究。
メニューを絞り込み、厨房機器も特注し、クオリティの高いハンバーガーを、注文からわずか30秒で提供する驚異のシステムを創造し、大人気店となる。
一方、若い頃から様々な職を転々としながら、何かを成し遂げることを追い続けているレイは、マクドナルドの存在を知ると、この画期的なハンバーガー店を全国展開することを思いつく。
マクドナルド兄弟と契約し、フランチャイザーの権利を得るが、最初のうちは出店希望者を見つけては、ノウハウとライセンスの販売のみ。
しかし飲食業は、実は不動産業でもあるという助言を聞き入れ、全米に土地を買い、出展希望者から家賃をとって支配する手法を取り入れることで、瞬く間に莫大な資金力を持つ巨大チェーンの立役者となる。

半世紀後の現在、世界中に展開するファーストフードチェーンのコンセプトは、マクドナルド兄弟とレイ、両方のアイディアが揃ってはじめて成立したものだ。
しかし両者は、売っている物は同じでも、見ている世界が最初から違うのである。
職人肌で規模の拡大を望まない兄弟と、目的のためなら手段を選ばない脂ギッシュな野心家のレイは、やがて衝突を繰り返す様になる。
羊の柵に狼を招き入れれば、結果は明らか。
誰も気づかなかったアイディアをヒットさせた企業が大きくなり、創業者が後から参画した者に追い出される話は、アップルのジョブズとスカリーなど、他にもありがちな話だが、レイが特異なのは自らが創業者を名乗り、企業の”オリジン"を奪い取ってしまったことだろう。
マクドナルド兄弟は、自社の持つ無尽蔵なポテンシャルに気づかず、また拡大の意志も無い。
だから、巨大企業としてのマクドナルドの創業者は自分だということなのだろうが、結果的に彼は自らの野望を実現させるために、他人が大切にしてるものを無慈悲に奪い取った。

アメリカ資本主義が生んだ、ある種のダーティーヒーローを演じる、マイケル・キートンが素晴らしい。
52歳からの逆転人生を成し遂げた、レイ独特の人生哲学と、マクドナルドという名の持つヒミツに気づいたセンス。
ただ単に強欲なだけでなく、自分の店と商品のクオリティに対しては、創業者兄弟と尺度が異なるとは言え、一定の拘りを持ち、やる気のある社員やフランチャイジーに対しては責任ある態度を貫く。
観客は、結果的に"ルーザー"となってしまったマクドナルド兄弟へ同情を感じつつ、沸々と煮えたぎる欲望に突き動かされ、欲しいものは全て手に入れるレイの、自分には出来ない行動力に憧れに近い感情を抱く。
良くも悪くも弱肉強食の資本主義の世界にうごめく、人間たちの生き様を活写した快作である。

ヨーロッパやアジアの一部の国では、アルコールを置いているマクドナルドもあるそうだが、日本では無し。
ならばマクドナルドと同じく、アメリカ資本主義のもう一つの象徴、コカ・コーラを使ったカクテル「キューバ・リブレ」をチョイス。
タンブラーにライム1/2を絞り、クラッシュドアイスを入れ、ラム45mlを注ぎ入れた後でコーラで満たし、ライムを一切れ飾って完成。
名前の由来は、19世紀末のキューバで、独立派支援のために駐留していた米軍将校がレシピを考案し、独立派の愛言葉だった「ビバ・キューバ・リブレ(キューバの自由万歳)」がそのままカクテル名として定着したという。
これがまた、食欲を増進させる酒なんだよなあ。

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metro公演「二輪草〜「孤島の鬼」より」
2017年08月09日 (水) | 編集 |
ゴールデン街劇場にて。
天願大介演出/脚本、月船さらら主演。
これは期待以上の傑作だった。
原作となっているのは、乱歩文学の最高峰とも評される長編小説「孤島の鬼」だ。
昭和4年に雑誌連載という形で発表された原作は、美しい婚約者・初代を何者かに殺された主人公・簑浦金之助が、同性愛者で金之助への愛を隠さない諸戸道雄と共に事件の謎に迫り、ある孤島に隠された恐るべき秘密にたどり着くという物語。
乱歩らしく、推理小説でありながら冒険譚であり、怪奇趣味に同性愛にエログロと、時代を考えれば相当にアナーキーな怪作である。

これを全部舞台化したら、おそらく5、6時間はかかる超大作になってしまうが、本作は小説の中で重要な鍵となる、「秀ちゃんの日記」の部分だけを抜き出して、70分の独白劇に仕立て上げている。
何時何処だか分からない土蔵の中に、聡明な美少女の秀ちゃんともう一人の男の子が閉じ込められていて、二人は物心ついた時から土蔵の外へは出たことがなく、世話をしてくれる老人も詳しいことは教えてくれない。
実は二人にはある秘密が隠されているのだが、秀ちゃんは鉄格子のはまった小さな窓から見える海と山、老人が差し入れてくれた数冊の本から世界を想像し、外に出ることが出来ない我が身の不幸を日記に書き綴るのである。

基本、土蔵の中だけで展開するワンシチュエーションで、登場人物もたった4人。
舞台美術も土蔵の三方の壁と畳、わずかな小物。
観客との距離感が限りなくゼロの、ゴールデン街劇場独特のアングラ感も、絶妙な場の演出効果となっている。
ミニマルな劇的空間に、月船さららの妖艶に円熟した演技が誘う。
この人は華やかな宝塚出身だけど、天願監督との初タッグとなった「世界で一番美しい夜」から昨年の大珍品「変態だ」、舞台「なまず」や出口結美子との演劇ユニットmetroの活動など、インディーズ作品の印象が強い。
本作も含めて、演じることへの愛が伝わってきて、その熱は確実に観客にも伝播する。
70分のうち、だいたい95パーセントは彼女の独白で、客席間近で演じられる異形の悲しみに、何時しかどっぷりと感情移入。
可能な限り要素を削り落とした結果生まれる、芝居への没入感こそ、本作の最大の魅力だろう。
4月の初演を見逃したが、思いのほか早く再演を鑑賞できて良かった。

ゴールデン街劇場で8月13日まで。

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