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ヴァイオレット・エヴァーガーデン・・・・・評価額1800円
2020年09月21日 (月) | 編集 |
愛は、届いたのか。

2018年に放送された、京都アニメーションによる人気TVシリーズ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の、2本目の劇場用映画にして完結篇。
4年の長きにわたり、多くの人々の運命を狂わせた大陸戦争が終結した異世界。
孤児として育ち、感情を持たない“武器”として戦争を生き抜いた少女ヴァイオレットの物語だ。
自らの名付け親にして、一番大切な人だったギルベルト少佐が、戦場での別れの際に口にした「愛してる」の意味が分からなかった彼女は、戦後「自動手記人形(ドール)」と呼ばれる手紙の代筆屋となり、手紙に込められた物語から、様々な愛の形を知ってゆく。
監督と脚本は、TVシリーズから続投の石立太一と吉田玲子。
本来は、今年の1月に公開予定だった作品。
昨年夏に起こったあの痛ましい事件と、コロナ禍による二度の公開延期を乗り越え、京都アニメーションの復活の狼煙となる、心ふるえる魂の傑作となった。
※以下、ラストおよび核心部分に触れています。

デイジー・マグノリア(諸星すみれ)は、亡くなった祖母アンの家で、大切に保管されていた沢山の手紙を見つける。
それは若くして亡くなった曽祖母から、まだ幼かったアンに当てられた50年分の愛の手紙。
手紙に惹かれたデイジーは、執筆したのが「自動手記人形」というかつて存在した手紙の代筆業の女性だったことを知り、手紙を郵送したC.H郵便社があったライデンに向かう。
郵便社の社屋は、もうすでに博物館となっていたが、デイジーは遠い昔に曽祖母の願いを受けて手紙を代筆した自動手記人形、ヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由衣)の足跡を辿りはじめる。
やがて彼女の旅は、時代に翻弄された一人の女性の、悲しくも美しい物語に辿りつくのだが・・・・


文句なしの傑作である。
だがこの作品の評価軸は、普通の映画とは少し違う。
「聲の形」など一部を除いて、京都アニメーション作品全体に言えることだが、あくまでもTVシリーズからの蓄積があって、はじめて単体として成立している作品なのだ。
だから全てのセットアップはすでに終わっていて、余計な説明描写は一切ない。
物語の仕掛けに唸らされ、開始5分で涙腺が決壊すると、あとは最後までほぼ泣かされっぱなし。
「泣ける映画=いい映画」というわけでは必ずしもないが、本作ではどこまでも純粋で美しい感情が、澄んだ涙をとめどなく流させてくれる。
140分の長尺が終わる頃には、マスクがびちょびちょになってしまうので、ハンカチと替のマスクを用意しておいた方がいい。

このシリーズを端的に表せば、感情を持たず「愛してる」の意味が分からなかった少女が、少しずついろいろな愛の形を知ってゆく成長物語だ。
自動手記人形となったヴァイオレットは、最初は人間の心の機微を理解出来ずに失敗を繰り返すが、やがて人々が手紙に込めた想いから、人が人を思いやる“愛”という感情の本質に触れてゆく。
もちろんそのベースには、戦いの中で育ったヴァイオレット自身が、言語化出来ていなかった少佐への想いがあったのだが、乾いた砂に雨が染み込むように、人間性というものを学んでいった彼女は、自動手記人形として才能を開花させる。
TVシリーズの最終回で、ヴァイオレットは生死不明の少佐に当てた最初の手紙に、「愛してるが少しわかるのです」と書くのである。
ちなみに本作の登場人物は全て花の名前を持っていて、ヴァイオレットの花言葉は「愛」で、(ギルベルト・)ブーゲンビリアは「情熱」と作品の目指すところが分かりやすい。

本作は、ヴァイオレットが既に「愛してる」の意味を知った段階からはじまる、シリーズ全体のクライマックスだが、特筆すべきは徹底的な作り込みがもたらす、独特の歴史観だ。
本来このシリーズは、「テルシス大陸」と呼ばれる第一次世界大戦直後の欧州を模した異世界で展開する。
ところが、映画がはじまると面食らう。
以前の作品とは明らかに世界が変わって、まるで現実世界の80年代くらいの時代感になっているのである。
実はこの映画の冒頭は、TVシリーズ屈指の感動作である、第10話「愛する人は ずっと見守っている」を受け、ヴァイオレットが代筆した50年分の手紙が、全て配達され終わった数十年後の未来からはじまるのだ。

現実世界と同様に電話が発明され、自動手記人形という職業が過去のものとなった世界。
ではヴァイオレットは、C.H郵便社の人たちはどうなったのか?行方が分からないままだったギルベルト少佐は?
ここから、曽祖母の手紙とその代筆者に興味を持ったデイジーの旅が始まる。
未来から過去を俯瞰することにより、より私たちに近い世界に生きるデイジーが語り部となり、ヴァイオレットの人生を、改めて歴史上の物語として目撃するという凝った構造。
美術から衣装デザイン、劇中のイベントに至るまで、細部に至るまで作り込まれた世界観が、異世界なのに、本物の歴史の転換点を見ているようなリアリティと、過ぎ去った過去に対するノスタルジックな感慨をもたらす。
例えば、この世界のアルファベットが、なんとなく読めそうに思えてしまったり、現実との距離が絶妙なのだ。
この世界観の中で、京都アニメーション特有の淡い主線を持つキャラクターたちは、もはや全てにおいて血が通って感じられる。
丁寧な手描きアニメーションで表現された彼らには、生身の人間を超える実在感があり、どっぷりと感情移入してしまう。

本作ではデイジーがヴァイオレットを探す未来のエピソードを「」(カッコ)として、過去では絡み合う形で二つのエピソードが描かれる。
一つ目は、余命幾ばくもない難病の少年ユリスから、自分が死んだ後に残された人たちを元気付ける手紙を残したいというヴァイオレットへの依頼。
もう一つは、死んだと思われていギルベルト少佐を巡る、ヴァイオレット自身の物語だ。
この二つのプロットラインが互いに影響し合うことで、愛という感情の持つ時として相反するベクトル、「愛しているから会いたい」「愛しているから会えない」の葛藤がディープに描き出される仕組み。
二つのエピソードには相対する関係のキャラクターがいて、同じようなシチュエーションを重ねることによって、葛藤を多面的に描写しているのである。
脚本の吉田玲子は、元々ロジカルな作劇を得意とする人だが、シリーズ全体を内包しつつ大団円を描き切った構成力は見事としか言いようがない。
感極まりすぎて、観た直後は「。゚(゚´Д`゚)゚。 ヴァイオレットちゃん良かったねえ。あんた苦労ばっかりしてきたから、これから思いっきり幸せにおなり」という感想しか出てこない。
TVシリーズから追い続けたファンに、予定調和を感じさせず1ミリもブレないで観たかったものを見せてくれる完璧な完結編だ。
運命に翻弄されたドラマチックな初恋物語としても、至高の一本と言える。
まあ冷静になって、戦場で別れた時のヴァイオレットの年齢を考えると、少佐のロリコン疑惑はちょっと引っかかるが(笑
あと、エンドクレジットは必ず最後まで見届けること!

今回は主人公から紫色のパルフェタムールのカクテル「ヴァイオレット・フィズ」をチョイス。
ジン30ml、パルフェ・タムール20ml、レモン・ジュース15ml、シュガー・シロップ10mlをシェイクし、グラスに注ぎ、キンキンに冷やした炭酸水で満たして完成。
ヴァイオレットの花言葉が「愛」なのは前記したが、実はパルフェ・タムールの意味は「完璧な愛」だったりする。
ぜひ少佐と飲んでいただきたい、ほのかな甘い愛に溢れたカクテルだ。

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ショートレビュー「TENET テネット・・・・・評価額1550円」
2020年09月21日 (月) | 編集 |
未来を、取り戻せ!

あらゆる作品で時間軸をいじらねばいられない、時間フェチ監督のクリストファー・ノーランが、遂に時間そのものをモチーフにしたSFサスペンス。
時間を逆行させ、世界に破滅をもたらす謎の機械”アルゴリズム”を奪還するため、ジョン・デヴィッド・ワシントン演じる凄腕エージェントと、その相方となるロバート・パティソンが活躍する。
アイディアはとても面白いし、オートリバースのカセットデッキを巨大化させた様なタイムマシンや、前進する時間と後退する時間が入り混じるビジュアルも未見性がある。
フルスケールのジャンボ機を激突炎上させたりして、相変わらずやりたい放題。
たかだか倉庫を無人にするためにこれって、単にデカいものを破壊したかっただけだろ(笑

しかし、面白いことは面白いが、今回はノーランの欠点もはっきり出てしまっている。
それは“説明下手”!
いや物理知識とかのことではない。
そりゃエントロピーや反粒子や親殺しのパラドックス(映画では祖父殺し)などの用語の意味は知ってる方が理解しやすいが、それ以前にストーリー上、画面上で起こっていることの説明が下手すぎる。
これは以前の作品でもそうだったけど、設定がこれほど入り組んではいなかったので、それほど問題になることは無かった。
しかし本作は観ながら脳味噌をフル回転させても、説明下手と描写不足で何が起こってるのか分からず、後から考えて辻褄合せしなきゃならない所が多々ある。
特にクライマックスは全員が同じ迷彩服に顔を覆うガスマスク姿なので、誰がだれやら何処がどこやらさっぱり分からない。

元々ノーランは、映像によるテリングは上手くない。
どちらかというと、小説をそのまま映像に置き換えたようなナラティブなスタイルで、映像そのもので語るタイプじゃないんだな。
本作のジャンボジェットのような、派手な要素は毎回作ってくるんだが、IMAXこだわりでも分かるように、規模でごまかして迫力あるように見せている。
あのシーンだって、お世辞にも映像演出的に上手いとは言えない。
本作を観ると、複雑すぎて言葉で説明が難しい内容だと、効果的に映像で見せることが出来ずに、テリングが破綻してしまうのがよく分かる。
最初から何度も観るのが前提の人はこれでも良いのかもしれないが、娯楽映画ってそういうものじゃないだろう。

あと本作では、時間と共にノーラン作品の両輪である“愛”の要素が薄かったことも、説明不足を際立たせる。
”愛“という感情はやはりドラマチックに強くて、ちょっとした矛盾や説明不足はチャラにしてくれる力がある。
そもそも本作では、善玉悪玉ともに登場人物の人物造形や動機が弱く、「インセプション」「インターステラー」と違って、登場人物の感情で強引に押し流すことが出来なかった。

怒涛の展開で150分はあっという間に過ぎてゆくし、それなりに楽しんだのは確か。
だが、もうちょっと語り口と見せ方がうまければ、余計なところに引っかかることも無く、もっと作品に没入して観ることが出来たのではないか。
その点が残念で、ノーラン作品の中では低評価せざるをえない。
もっとも、世界の映画市場が最悪の逆風に苦しみ、続々と公開延期や配信に流れる中で、これほどの大作の劇場公開に打って出てくれたことは、とても価値あることで素直に称賛に値する。
だから評価額は少しおまけ。

今回は主人公のキャラクターから「ダーブ」をチョイス。
これは兵士や高才、強者を意味する言葉。
ドライ・ジン30ml、ドライ・ベルモット15ml、アプリコット・ブランデー15ml、レモン・ジュース1tspをシェイクし、グラスに注ぐ。
オレンジのカラーが美しく、フルーティーな香り豊か。
レモンの酸味が、全体をさっぱりとまとめ上げている。

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マロナの幻想的な物語り・・・・・評価額1700円
2020年09月18日 (金) | 編集 |
犬の成分は、愛。

。゚(゚´Д`゚)゚。 こんなん絶対泣く。
一匹の犬が車に轢かれて死ぬ瞬間から、彼女の波乱万丈の犬生を回想する、リリカルなアニメーション映画。
ドキュメンタリー・アニメーションの傑作「Crulic – drumul spre dincolo」で、アヌシー国際アニメーション映画祭最高賞を受賞したルーマニア出身のアンカ・ダミアン監督が、息子のアンゲル・ダミアンによる脚本を、手描きアニメーションとデジタル技術を融合させた独創の映像で仕上げた。
昨年の東京国際映画祭では、「マローナの素晴らしき旅」のタイトルで上映され、東京アニメーションアワードフェスティバル2020で長編グランプリを受賞。
タイトルロールのマロナを仏語版ではリジー・ブロレシュ、日本語版ではのんが演じる。
犬の視点で描かれた世界にたゆたい、深い愛情に涙する。
動物と暮らしている人は、「ウチの子を大切にしなきゃ」と改めて思いを強くするだろう。

混血だけど美しく博愛主義のママと、純血種で差別主義者のパパとの間に、九匹のかわいらしい仔犬が生まれた。
最後に生まれた仔犬は、ハート型の鼻と翼のような耳を持ち“ナイン”(リジー・ブロレシュ/のん)と呼ばれていた。
ある日、ナインはパパ犬の家に譲渡されるも、パパは我が子に怖気付き飼い主も差別主義者だったために混血の彼女はすぐに捨てられてしまう。
曲芸師のマノーレ(ブルーノ・サロモネ/小野友樹)の手に渡ったナインは、新たに“アナ”という名前をつけられ、幸せな毎日を過ごせるかに見えたのだが・・・・


アンカ・ダミアンが本作を着想したのは、アフガニスタンでソ連と戦ったポーランド人写真家でアルピニスト、アダム・ヤチェク・ウィンクラーを描いた「La montagne magique」の制作で、アフガニスタンと欧州を忙しく駆けずり回っていた時のことだったという。
ある時、迷子の雌犬と出会った彼女は、しばらくの間仕事の合間を縫って彼女の里親探しに奔走していたのだが、その過程で犬を預かってくれたホストたちが、犬との関わりによって変わってゆく姿をみて、動物の持つ共感力に深い感銘を受けたという。

本作の主人公であり、最初は“ナイン”と呼ばれていた犬も、その共感力によって飼い主にたっぷりと無償の愛情を注ぐ。
劇中で何度も主人公が“女の子”であることをメンションするのも、母性=見返りを求めない愛を強調するためだろう。
最初の飼い主となった曲芸師のマノーレには、“アナ”という名をつけらる。
しばらくは幸せな日々を過ごすも、ある時変化が。
若いマノーレに大サーカスで仕事をするチャンスが訪れるのだが、巡業の多い仕事を受ければアナと暮らしてゆくことは出来なくなる。
マノーレは、キャリアアップのチャンスと、アナとの間で深刻な葛藤を抱えてしまうのだ。
本作は基本的に犬の目線で見た人間社会のカリカチュアであり、主観的な観察者である主人公と人間との考え方の違いが哲学的な名言を生む。
「人間は変化を好み、それを夢と呼ぶけど、犬にとって変化は不安」
自分の存在が、愛するマノーレの負担になったことを感じたアナは、自ら身を引く。

二番目の飼い主となる建築士のイシュトヴァンは、彼女に“サラ”という新しい名をつける。
建設現場で出会った彼に、最初は年老いた母の家に連れて行かれるも、不幸な事故に遭い、改めて彼の家に迎え入れられる。
しかし虚栄心が強く、犬嫌いのイシュトヴァンの妻と馬が合わず、幸せは長続きしない。
そして三たびのら犬となったサラは、気の強い少女ソランジュと出会い、ついに“マロナ”となるのである。
「幸せとは、不幸の合間にある休息時間」と言っていた彼女に、終の住処ができる。
犬主観ゆえに劇中での経過時間は曖昧だが、彼女がナインからサラだった時間はおそらく1、2年だろう。
彼女はその犬生の大半をマロナとして過ごし、出会った頃は幼い少女だったソランジュも、やがて大人になって、ペットに夢中な年齢ではなくなってゆく。
動物はずっと変わず家族を見守っているが、人はどんどん変わってゆくというのは、猫目線で語られる新海誠監督の短編「だれかのまなざし」を思い出した。
ソランジュの家にはマルゾフェルという先住猫がいて、最初はいがみ合っているのが、いつの間にか一緒に寝ているのが可愛い。
マルゾフェルが、定位置だった棚に飛び乗れなくなったことで時間の経過と老いを表現してたり、細かい描写からも作者が動物好きでよく観察してるのが伝わってくる。

本作はマロナの一代記としてストーリー性も極めて高いが、やはりそのテリングのスタイルが独創的だ。
今世紀に入ってから、従来のアナログ技法がデジタル技術と結びつくとこにより、短編が中心だったアートアニメーションの作家たちに長編への道が大きく開かれた。
「戦場でワルツを」のアリ・フォルマンや、「父を探して」のアレ・アブレウらと、本作のアンカ・ダミアンはアニメーション表現の変化の歴史の中で、同じ文脈上にいると言っていいだろう。
ここでもアナログの手描き素材を、デジタルで仕上げることによって、驚くべき未見性を生み出している。
極端にディフォルメされ、クレヨン画の様なタッチの抽象アニメーションは、なるほど飼い主が全ての犬たちには、その他大勢の人や街はこんな風に見えているのかも?という驚きに満ちているのだ。
基本的に人間のカタチで描かれるのは飼い主かその家族だけで、他の人間はまるで百鬼夜行の妖怪のように、不定形の謎生物として描かれている。
飼い主も、例えば曲芸師のマノーレはまるでタコのように軟体で、ソランジュの母の印象的な赤い髪はしばしば大きく伸び縮みするが、これも犬から見た飼い主の心象表現
二番目の飼い主となったイシュトヴァンと出会った建設現場が、設計図のように描かれたり、全編に渡って遊び心満載、変幻自在のアニメーション表現が楽しく、全く目が離せない。

そして波乱万丈だったマロナの犬生の終わりに、主題歌「ハピネス」の歌詞がじんわりと心に染み入る。
「幸せは ほんのちっぽけなこと とるに足らないこと ひと皿のミルク 昼寝 大きな温かい舌 骨をかくす場所・・・・」
やっぱこんなん泣くだろ。゚(゚´Д`゚)゚。
犬に限らず、これからペットを飼おうとしてる子供たちには、こういう作品を親が見せるといいと思う。

今回は、犬のラベルが可愛いソノマ産の赤ワイン、「マッドジャック ジンファンデル カリフォルニア」の2017をチョイス。
カリフォルニアワインだけど、日本市場向けの商品で日本でしか買えないという変わり種。
ジンファンデル93%に、プティ・シラーとメルロをブレンド。
程よい果実香とジンファンデル特有のスパイス風味がバランスよく、気軽なテーブルワインがコンセプトだけに、お値段もお財布に優しい。

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ショートレビュー「チィファの手紙・・・・・評価額1700円」
2020年09月17日 (木) | 編集 |
初恋の慕情は万国共通。

亡くなった姉のチィナンの代わりに、卒業30周年の同窓会に出席したチィファは、初恋の人イン・チャンと再会すると、姉の名を語って手紙を出す。
イン・チャンの出した返事は、チィナンの娘のムームーとチィファの娘のサーランの手にわたり、奇妙な文通が始まる。
やがて、手紙のやり取りは30年前の忘れえぬ初恋の記憶を紡ぎだすのである。

岩井俊二が「ラストレター」より前の2018年に、中国を舞台に同じ物語を撮った作品。
だから厳密にはこちらがオリジナルで、「ラストレター」がリメイク。
未見だが、さらにこの作品の元となったペ・ドゥナ主演の「チャンオクの手紙」という韓国が舞台の配信ドラマがある。
もともと岩井俊二は「リップヴァンウィンクルの花嫁」の時に、同じキャストで映画版とTV版を両方作ったり、「花とアリス」を実写とアニメーションで作ったり、作品の再生産には積極的な人だし、同一監督が複数の国で自作をリメイクする例は多々ある。
しかし、先に外国で2本作って最後に本国版なのは珍しいパターンではないか。
ちなみに出世作の「Love Letter」も、監督は違うようだが中国版リメイクが進行中だとか。

同じ劇映画というフォーマットの「ラストレター」と比較しても、過去パートの年齢が高校生から中学生になっていたり、日中の卒業時期の違いで物語の背景が夏から冬になっていたり、妹の息子が姉の子になっていたり、結構違いはあるのだが、基本的には同じ話。
もちろん中国ならではのローカライズもされているのだが、元から文化的に近いし、なによりも岩井俊二の作家性は隠しようがなく、作品世界にたゆたうようなトーンは非常に似通っている。
そういえば、イン・チャンを演じた秦昊もどことなく福山雅治に似てるし。

しかし二本並べて観ると、こちらが最初にあって日本版のプロットが改良されているのはよく分かる。
特に、幼くして母を亡くしたチィナンの息子が、母の死の意味に苦悩し家出するエピソードは、日本版ではこのキャラクターを妹の松たか子の息子にすることで、丸ごとカットされている。
取捨選択の結果、要素が集約され、福山雅治演じる過去の記憶に囚われ、一歩も進めなくなってしまった乙坂鏡史郎の葛藤に、よりフォーカスされているのだ。
もっとも、抱えている葛藤そのものはイン・チャンも乙坂鏡史郎も同じであり、初恋を巡るメロウでちょっと痛い物語は、どちらも十分味わい深い。

ところで、本作では過去の高校生設定が中学生になったことで、卒業からの時間が30年と伸びてる。
チィナンとイン・チャンが卒業した1988年は、天安門事件の前年で、都市部はそこそこ豊かにはなっていたものの、まだまだ高度成長期序章。
2018年までの30年間の変化は、日本版の25年間とは比べものにならないはずだが、時代性へのこだわりはあまり感じない。
この辺は、もし中国人監督が撮ったら違ったのではないかな。
変わりゆく中国の若者たちを描く、日中合作のアニメーション映画「詩季織々」でも、日本人監督のエピソードが現在の視点で固定されていた反面、中国人監督のエピソードは過去と現在ギャップがこれでもかと強調され、郷愁が濃いスパイスとなっていた。
やはり時代の変化は、その社会に身を置いていない外国人監督には、なかなか描けないものなのかも知れない。

今回は、そのまんま「ファーストラブ」をチョイス。
ドライ・ジン10ml、シャンパン20ml、ヒーリング・チェリー・リキュール2dash、砂糖1tspを氷と共にシェイクし、グラスに注ぐ。
ファーストラブは同名のレシピ違いが無数にあるが、こちらは欧米でポピュラーなレシピ。
ドライな中に感じられる、ほのかな甘味が初恋の味。

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ショートレビュー「Mid90s ミッドナインティーズ・・・・・評価額1650円」
2020年09月10日 (木) | 編集 |
青春は、いろいろ痛い。

俳優のジョナ・ヒルの長編監督デビュー作は、「Mid90s ミッドナインティーズ」のタイトル通り、90年代半ばのロサンゼルスを舞台とした青春映画。
13歳の少年スティーヴィーは、シングルマザーの母と兄と三人暮らし。
体格で圧倒的に劣るため、暴力的な兄には虐められているが、それなりに満ち足りた典型的な西海岸の中流家庭だ。
そんなある日、スティーヴィーは街のスケボーショップにたむろする、イケてるスケボー少年たちと出会い、様々な経験をしながら成長してゆく。
主人公のスティーヴィーを「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」のサニー・スリッチ、母をキャサリン・ウォーターストン、兄をルーカス・ヘッジズが演じる。

ジョナ・ヒルと言えば、出世作の「スーパーバッド 童貞ウォーズ」などのコメディ映画の印象が強く、脚本家としても「21ジャンプストリート」というコメディ作品を書いているので、観る前はもうちょっとポップなものを想像していたが、かなりしっとりした作品。
作者が83年生まれだから、90年代半ばに13歳の主人公は彼の分身と言って良いのだろう。
特に大きな事件が起こる訳ではなく、スタンダードの小さな画面に閉塞した、輝かしくもクソみたいな少年たちの日常を描く私小説的な物語だ。
思春期の入り口に立ったスティーヴィーにとって、兄と同世代で3、4歳年上のボーダー少年たちは憧れ。
ちょっと不良っぽいスケボーカルチャーにどっぷりつかった毎日が、大人への通過儀礼となる。
カッコいいスケボーを買うために親の金をくすね、禁止の場所で滑って警察に追い回され、酒とたばこを知り、年上のおねえさんにイケないことをされ、むちゃな技にトライして大けがする。
おとなしい少年の世界が一気に広がり、そのために起こる成長痛。

ストーリーテリングのタッチはノスタルジックだが、甘ったるいわけではない。
13歳の頃にモヤモヤと感じていたことを、大人になった作者が優しく客観視し、物語に落し込んだことで、シングルマザーの母や兄との関係を含めて、味わい深い話となった。
あまり喋らない兄は、スティーヴィーが生まれてから母は変わったと話す。
以前はもっと遊んでいて、家にも男たちが訪れることも多かったという。
このエピソード一つで、母のキャラクターの多面性が浮き彫りになり、おそらくは父親が違う兄が抱いているわだかまりも明らかになる。

スティーヴィーのメンターとなる、それぞれに訳ありの4人のスケボー少年たちもいい。
なんでも全員が著名なスケートボーダーだそうだが、役者としても見事な仕事をしてるじゃないか。
中でも作中でプロを目指している、リーダー格のレイを演じるネイケル・スミスの存在感。
この人はボーダーで、ファッションデザイナーで、ラッパーで、ソングライターという才人なのだが、スティーヴィーが母と大喧嘩した後、「自分が最悪の状況だと思っても、周りを見れば違うと分かる」と諭すように声をかけるシーンは本作の白眉だ。

スケボーカルチャーにドンピシャにハマる楽曲のプレイリスト、時代感を強調する荒い粒子の16ミリフィルム映像など、テリングも丁寧に考えられている。
最近公開された「WAVES/ウェイブス」「ハニーボーイ」などと同様、本作もまたマジックアワーの情景が素晴らしい。
こう言うのはやっぱ、アメリカのインディーズ映画ならではのテイストだな。
なぜか全作ルーカス・ヘッジズが出てるのも面白い偶然。
そういえばジョナ・ヒルの妹の、ビーニー・フェルドスタイン主演の「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」もマジックアワー映画だった。

今回は、スケボーで乾いた喉を癒したい、南カリフォルニアのクラフトビール「ストーンIPA」をチョイス。
三種類の大量のホップが作り出す、IPAの名に恥じぬ強烈なホップ感と共に、フルーティーで複雑なアロマがウェーブのようにやってくる。
量産メーカーのビールとはハッキリと一線を画する、クールな味わいの一本だ。

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