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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。ネット配信オンリーの作品は★5つが満点。
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グリーン・ナイト・・・・・評価額1700円
2022年12月01日 (木) | 編集 |
待ち受けるのは、避けられぬ死か。

冒頭からダークなムードが充満する、異色のファンタジーアドベンチャー。
原作は14世紀の英国で書かれた読み人知らずの叙事詩「サー・ガウェインと緑の騎士」で、J・R・R・トールキンが現代語訳したことでも知られる。
アーサー王の甥で、円卓の騎士の一人としても馴染み深い、ガウェイン卿の若き日の冒険を描いた物語だ。
クリスマスの日、王の宴に突然現れた謎めいた緑の騎士の、理不尽な挑発に乗ってしまった若きガウェインが、自らの誇りと名誉のために死地に赴く。
「スラムドッグ$ミリオネア」のデーヴ・パテルがガウェインを演じ、アリシア・ヴィキャンディル、ジョエル・エドガートンらが共演。
監督・脚本は、「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」のデヴィッド・ロウリー。
ゴージャスな映像美に彩られた、神話的貴種流離譚だ。

※核心部分に触れています。


アーサー王(ショーン・ハリス)の甥であるガウェイン(デーヴ・パテル)は、正式な騎士になれないまま、娼婦のエセル(アリシア・ヴィキャンデル)の所で飲んだくれる日々を送っていた。
ある年のクリスマス、円卓の騎士が集う王の宴に、片手に戦斧、片手にヒイラギの枝を持った緑の騎士(ラルフ・アイネソン)が現れ、「私を斬ってみろ」と挑発する。
彼を斬った者には、トロフィーとして戦斧を与えるが、一年後に今度は緑の騎士から一太刀を受けねばならないと言う。
挑発に乗ったガウェインは一撃で緑の騎士の首を斬り落とすが、緑の騎士は自分の首を拾い上げ、ガウェインに「次のクリスマスの日に緑の礼拝堂で待っている」と言い残して去ってゆく。
月日が経ちクリスマスが迫る頃、ガウェインは約束を果たすべく、緑の礼拝堂を探す旅に出る。
ところが道中、追い剥ぎに遭い全てを奪われてしまい、迷い込んだ古い屋敷で出会ったウニフレッド(エリン・ケリーマン)という女の幽霊の願いを叶えた結果、戦斧を取り戻す。
やがてガウェインはある城にたどり着き、城主(ジョエル・エドガートン)から緑の礼拝堂はすぐ近くだと聞かされる。
城主の厚意を受け逗留することになったガウェインだが、奥方はなぜかエセルそっくりで、ガウェインを誘惑してくるのだが・・・・


アーサー王関連のエピソードやキャラクターは、日本でもゲームやライトノベルの影響ですっかりお馴染みとなった感があるが、本作は原作となった叙事詩を巧みに脚色。
古典的、神話的な風格を保ちつつも、現代的なアレンジを効かせている。
まず主人公のキャラクター造形が面白い。
デーヴ・パテルが演じるガウェインは、なかなか正式な騎士に任命されず、飲んだくれて娼婦のエセルの所に入り浸り、怠惰な日々を送っている。
ついでに王の妹である母には頭が上がらないという、典型的なマザコンのダメ男。
ガウェイン卿といえばアーサー王の腹心で、円卓の騎士の中でも武勇に優れた誠実な男のイメージだが、この作品では真逆。
まだ我々の知るガウェインにはなってない、未熟で迷いを抱えた青年として描かれる。

そんなダメ男のガウェインが、よせばいいのに緑の騎士の挑発に乗っちゃったことで、運命が動き出す。
一年後に返しの一太刀を受けると言ったって、殺しちゃえば関係ないじゃん?とばかりに騎士を斬首するのだが、相手は平然と首を拾い、次のクリスマスの再会を約束して帰ってしまう。
引っ込みがつかなくなり、自らの勇気を示すために冒険の旅に出たものの、ボンボンなので人を信じ過ぎ、あっさり追い剥ぎに捕まって全てを奪われ、全身を縛られて森に放り出されるのだが、ここでカメラがぐるっと周囲を一回転。
すると、ガウェインが白骨死体になっちゃってるのだが、もう一回転してくると、そうならないように必死に足掻いてる。
ここは彼にとって最初の死の洗礼であるのと同時に、「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」を連想させる、ロウリー流のブラックユーモア。

原作の叙事詩では、冒険の全てがガウェインを試するために、魔女で王の妹であるモーガン・ル・フェイ(母設定ではない)によって仕組まれた試練ということになっていて、緑の騎士の正体は途中で逗留する城の城主で、魔法で不死となっているベルティラック・ド・オートデザートだということが明かされる。
本作では緑の騎士は超常の存在となっているほか、7世紀のウェールズの聖女、ウニフレッドの幽霊と出会うエピソードや、巨人の行進を目撃するエピソードなど、原作に無い話も加えられているが大筋はほぼ変わらず。
騎士として生きる者の戒めに繋がる寓意的要素が、全体に組み込まれている。
最大の脚色ポイントは、ガウェインが緑の礼拝堂で騎士と再会した後、打首を受ける描写だ。
緑の騎士は、原作では三度戦斧を振り下ろそうとする。
一度目はガウェインが怯んで失敗、二度目は騎士が途中で止め、これが仕組まれた試練であることを告白。
ガウェインが怒って斬首するように命じると、騎士は戦斧を振り下ろすが、わずかな傷を付けただけで冒険は終わる。
ところが本作のガウェインはずっと怯んだままで、遂にはその場から逃げ出すのだ。

本作は、おそらくマーティン・スコセッシがキリストを描いた「最後の誘惑」から強くインスパイアされていて、この終盤部分がそっくり。
キリストはゴルゴダの丘で十字架にかけられる直前に、「神よ、神よ、なぜ我をお見捨てになるのですか!」と疑問を口にしながら、その直後になぜか「すべては成し遂げられた」と満足して死んでしまうが、「最後の誘惑」はこの二つの言葉の間に、驚くべき解釈を加えている。
キリストが神に問い掛けた時、彼の前に天使と名乗る少女が現れ、「神はあなたを試されただけよ」と彼を十字架から解放し、生き延びたキリストはマグダラのマリアと愛し合う。
彼女が天に召されると今度はラザロのマリアと共に暮らし、子供を作って世俗的な人生を送るのである。
そしてエルサレム滅亡の日、死の床にあるキリストの元に、弟子たちが姿を現し「なぜ十字架を逃げた?新しい秩序となるべき人が国を滅ぼした」と断罪されるのだ。
そして弟子のユダは「あの天使の正体は悪魔だ!」と告げる。
真実を知ったキリストが神に謝罪すると、彼の意識はゴルゴダの丘の十字架に戻り、ここで初めて「全ては成し遂げられた」と呟くのである。

本作では、緑の騎士から逃げたガウェインはキャメロットに戻り、やがて老いて死にゆくアーサーから王位を継承する。
エセルとの間には男の子が生まれるが、ガウェインは赤ん坊だけ奪って彼女を非情に捨て、着飾った貴族の女性と結婚する。
だが栄光は長く続かず、戦争で息子を失い、統率力の無い王からは人々の心も離れ、家族にも去られて、遂には敵軍に攻め込まれ、結局斬首される。
自分の悲惨な人生と死の瞬間を見たガウェインの意識は、ここで緑の礼拝堂に引き戻され、これが幻視した未来であることを知る。
今、騎士としての勇気も誇りも示せない自分に、未来など無いと悟ったガウェインは、ようやく運命を受け入れるのだ。
冒険の間、彼が心に抱いていた恐怖の象徴としての緑の騎士の姿は、未成熟な自分自身の心を反映したものに他ならない。
まあ「最後の誘惑」と違って、実際にガウェインが打首になることはなく、全ては彼の心を試すための試練だったというのは踏襲されている。
実際、原作通りに作ると現在の劇映画としてはキャラクターの変化に今ひとつ説得力がないし、何よりドラマ的な盛り上りに欠けるので、これはうまい手だと思う。
スコセッシにインスパイアされているのは確実だが、模倣ではなくきちんとした本歌取りになってる。

しかし、この構造を踏襲するには、ある程度の尺が必要で、今まで全ての作品が実質90分程度のデヴィッド・ロウリーでも、初の2時間超えとなったのは致し方なかろう。
むしろこれだけの内容を、130分という長すぎない尺にまとめたのは大したものだと思う。
エンドクレジットの最後にも映像があるのだが、あれはガウェインが幻視した未来とは別の人生を歩んだ結果ということだろう。
淡々と進行するアートな作風からも、予算が潤沢とは思えないのだが、ルネッサンス以前の宗教画を思わせるビジュアルは非常にムーディーでスタイリッシュ。
劇中で言及される通り、緑の色は人間の欲望が作り出す全てを包み込む、圧倒的な自然のエネルギーそのものであり、本作のキーカラーとして効果的に使われている。
撮影監督のアンドリュー・ドロズ・パレルモはじめ、プロダクションデザインのジェイド・ヒーリー、コスチュームデザインのマウゴシャ・トゥルジャンスカら、ビジュアル系のスタッフの素晴らしい仕事が光る。
個性の塊のような、デヴィッド・ロウリー技ありの一本だ。

緑の騎士は、造形からも強く植物の属性を感じさせる。
今回は「照葉樹林」という、日本生まれの緑のカクテルをチョイス。
グリーンティーリキュール45ml、ウーロン茶適量を氷を入れたタンブラーに注ぎ、軽くステアする。
優しい味わいで、お茶の風味がグリーンティーリキュールを引き立て、とても美味しい。

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ショートレビュー「エルマーのぼうけん・・・・・評価★★★★+0.3」
2022年11月27日 (日) | 編集 |
勇気を出して、前へ進む。

米国の作家ルース・スタイルス・ガネットの名作児童文学、「エルマーのぼうけん」の二度目のアニメーション映画化。
ネットフリックス・アニメーションと、モッキングバード・ピクチャーズ、カートゥーン・サルーンの共同製作で、アニメーション制作はカートゥーン・サルーンが担当。
タリバン支配下のアフガニスタンで生きる少女を描いた、「生きのびるために」のノラ・トゥーミーが監督、「インサイド・ヘッド」「アーロと少年」などのピクサー作品で知られるメグ・ルフォーブが脚本を手がける。
ボイスキャストには、主人公のエルマー・エレベーター役にジェイコブ・トレンブイ、囚われたドラゴンのボリスにゲーテン・マタラッツオ、エルマーの母デラにゴルシテファ・ファラハニ、他にウーピー・ゴールドバーグやアラン・カミングら豪華な面々が揃った。

「エルマーのぼうけん」は、1997年に日本でアニメーション映画化されているが、この時はビジュアルも含めて原作に比較的忠実だった。
しかし今回は、「少年エルマーが、どうぶつ島に囚われているドラゴンを助ける」という一番ベーシックなログラインは踏襲されているものの、ストーリーは大幅に脚色され、キャラクターのルックもほぼ別物だ。
エルマーは、ポップシコールニャ海岸のかれき町に両親と住んでいるのではなく、ニューヨークのような大都市で、失業中のシングルマザーに育てられている。
友達になった野良猫に、囚われのドラゴンの話を聞くのは同じだが、貨物船に忍び込むかわりに、おしゃべりなクジラの背に乗って旅立つ。
どうぶつ島は海に沈みつつある浮島で、ボリスは川の渡しをするためではなく、沈む島を定期的に引っ張り上げるために、島のリーダーであるゴリラのサイワによって囚われている。

原作のエルマーは9歳の設定だったが、本作ではもう少し幼い印象で、エルマーとボリスを未熟な似た者同士に設定したのがポイントだ。
エルマーの夢は、潰れてしまった母のキャンディ店の再開だが、厳しい現実を認識している母に対して、エルマーはまだ世界を知らない。
彼の口癖は「まかせて」なのだが、実際にはまかせられない無力な少年だ。
一方のボリスは、炎を吐く「アフタードラゴン」になるために、どうぶつ島にやってきたが、その方法がわからないまま、サイワに捕まって島を引っ張り上げる羽目に。
臆病な性格で、エルマーに救い出された時に羽が折れて、飛べなくなってしまう。
彼らは島の賢者である巨大なゾウガメのアラトゥアを探し出し、全ての問題を解決する方法を教えてもらうとするが、ある事情によりそれは叶わず、自分達で道を見つけなければならなくなる。
本作は基本的に、異なる種類の恐怖に囚われているエルマーとボリスが、いかにして恐怖を克服し、成長を遂げて島を救うのか、という物語となっている。

役割は変わっているものの、トラやサイ、ワニといった原作の動物たちも登場する。
いかにもカートゥーン・サルーンらしい、丸を基調としたキャラクター&プロダクションデザインは、とても愛らしい。
ユニークなのはサイワのキャラクターで、彼はいわゆる悪役ではない。
なんとか島が沈むのを防ごうと一生懸命で、ボリスに無理やり引っ張り上げさせる。
それは結局問題を先送りするだけなのだが、彼は現実から顔を背け、これで大丈夫だと自分で自分を騙しているのだ。
沈みゆくどうぶつ島と、問題の根本解決を放棄して、文字通りの猿知恵に頼るサイワは、やはり地球温暖化による海面上昇と、手をこまねいている世界のリーダーたちのメタファーだろう。

2022年版の「エルマーのぼうけん」は、ルックも内容もカートゥーン・サルーン色が非常に強く、私のように原作に親しんできたファンにとっては、ちょっと違和感のある作品だ。
しかし逆の見方をすれば、ケルト民話の世界観で、唯一無二の強い個性を持つ作品を作ってきたスタジオとしては、これは初めての限りなく「普通」の子供向けアニメーション映画
スタジオと演出家の持ち味を生かし、原作を翻案した作品だと思えば、これはなかなかに楽しくて、味わいの深い一本と言える。

エルマーがどうぶつ島へ渡る前に立ち寄るのが、みかんが沢山生っているタンジェリーナ島。
今回は、みかん繋がりで「オレンジ・ブロッサム」をチョイス。
ビフィーター ・ジン45mlとオレンジ・ジュース適量を、氷を入れたタンブラーに注いで、軽くかき混ぜ、最後にスライスしたオレンジを飾る、
オレンジ・ジュースの甘味と酸味を、ジンの風味が爽やかに演出する。
作るのも簡単で、お手軽に楽しめる。

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ある男・・・・・評価額1700円
2022年11月24日 (木) | 編集 |
「人間」の本質はどこに宿るのか。

人類で最初に永遠の生を得た女性の人生を描く、ケン・リュウの傑作短編小説「円弧(アーク)」の舞台を日本に移し、「Arc アーク」として見事に映像化した石川慶、今回挑むのは芥川賞作家の平野啓一郎の「ある男」だ。
ある平凡な女性の夫が、突然の事故で帰らぬ人となる。
しかし後日、彼の名前も語っていた経歴も、全てが嘘だったことが判明。
名無しの「Xさん」は本当は誰なのか、妻の依頼を受けた弁護士が調査することになる。
やがて浮かび上がってくるのは、男の辿った壮絶な人生だ。
「マイ・バック・ページ」の向井康介が担当した脚本は、かなりトリッキーで先が読めない。
実質的な主人公となる弁護士の城戸章良を妻夫木聡、依頼者となる谷口里枝を安藤サクラ、事故死する「Xさん」に窪田正孝、キーパーソンとなる受刑者・小見浦を柄本明が演じる。
石川慶は前作に引き続いて、不可思議な人間の本質を巡る秀作を作り上げた。
※核心部分に触れています。

弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、かつて離婚調停を担当した谷口里枝(安藤サクラ)から奇妙な以来を受ける。
離婚後の里枝は、息子の悠人(坂元愛登)と故郷の宮崎に帰り、実家の文房具店を手伝っていたのだが、ふらりと街に現れた謎めいた男、谷口大祐(窪田正孝)と恋仲となり再婚。
新たに娘も生まれて幸せな生活を送っていたものの、大祐は不慮の事故で亡くなってしまう。
ところが、疎遠だった大祐の兄の恭一(眞島秀和)が一周忌に訪ねて来て、遺影を見るなり「これは大祐じゃないです」と断言。
では3年9ヶ月の間、「谷口大祐」として里枝の傍にいた男は何者なのか。
夫が犯罪に関わっていた可能性も考え、里枝は信頼している城戸に調査を依頼。
本物の谷口大祐の故郷、伊香保温泉を訪れた城戸は、恭一や元恋人の後藤美鈴(清野菜名)に聞き込みをし、宮崎に現れる前の大祐が、大阪にいたことを突き止める。
その頃の大阪では、戸籍を違法に売り買いする事件が起きており、城戸はこの事件のブローカーとして有罪判決を受け、収監されている小見浦(柄本明)という男が、事情を知っているのではと考え、接見するのだが・・・・


冒頭、ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」が映し出される。
男の後ろ姿の向こうに鏡があるのだが、そこに映っているのは男の顔ではなく、また後ろ姿という奇妙な絵だ。
まあ、マグリットの絵は全部奇妙なのだが、これが本作のテーマを暗示している。
序盤は宮崎を舞台に、里枝と谷口大祐と名乗る男の馴れ初めが描かれる。
二番目の子供を幼くして亡くしたことが原因となり、夫と離婚し悲しみに暮れる里枝と、彼女の心を徐々に癒してゆく謎めいた青年。
正直「ええ、ここから始めるの?」と戸惑った。
映画は丁寧に二人が恋に落ちるまでを描き、幸せな生活を築いたところで夫が事故死。
はじまって30分が経過した頃、夫の素性が出鱈目だったことが分かり、ようやく本作の主人公となる城戸弁護士が登場する。
物語がどこへ向かうのか、誰が主人公なのか、あえて背景を長めに描いて混乱させる上手い導入だ。

よく知っているはずの人が別人だった、という物語自体は別段珍しくない。
実際本作の予告編を観た時は、2018年に公開された「嘘を愛する女」を連想して、似たような話なのかと思った。
本作が独特なのは、別人になった「動機」だ。
人間関係や経済的理由、はたまた犯罪を犯したり、さまざまな理由で他人として生きている人、生きざるを得ない人は実際に数多くいるだろう。
行動に移さなかったとしても、過去を捨てて新しい人生をスタートしたいという、変身願望のようなものを持っている人も多いと思う。
しかし、本作の動機は「他人になりたい」というよりも、「自分でいたくない」というものなのだ。

これはアイデンティティの揺らぎを抱えた人々の物語で、亡くなった「Xさん」だけでなく、妻の里枝と子供たちも突然「谷口」という姓を失う。
弁護士の城戸は在日三世で、帰化した今の自分にどこか居心地の悪さを感じている。
自分は何者かのか?という問題は、人間の本質が「わたし」のどこに宿っているのか、という答えを見つけることでもある。
劇中で息子の悠人が里枝に「また名前が変わるの?」と聞く描写がある。
中学生の悠人はたった十年ちょっとの人生で、離婚した元夫の姓、里枝の旧姓、谷口姓と3回も苗字が変わり、今また谷口姓を失おうとしているのだ。
また城戸が見ているTVでは、ヘイトスピーチを繰り返す団体のデモの様子が放送され、義父も在日外国人に対する偏見を平然と口にしておきながら、城戸は日本に帰化しているから違うと、とって付けたように言い添える。
里枝たちは名前を失ったことで、城戸は血脈によってアイデンティティに揺らぎを覚える。

これらは、他人から自分がどう認識されているのか、という対外的な葛藤だが、はたして「Xさん」はどんな葛藤を抱え、本当の自分を捨てたのか。
「Xさん」の素性を探す旅は、ミステリアスで興味深い展開を見せ、やがて城戸による綿密な調査によって、彼はかつて凄惨な殺人事件を起こした死刑囚の息子「原誠」だったことが明らかになる。
父親の起こした殺人によって、誠はまず家族という帰るべき場所を失い、自分の中に流れる罪人の血を呪う。
彼が一番恐れているのは、自分の顔だ。
事件が起こった当時は、誠はまだ小学生だが、成長するに従って自分の顔が一番忘れたい父親そっくりになってゆくのだ。
劇中で何度か、誠が鏡やガラスに映った自分の顔を見て、強い拒否反応を示す描写がある。
過去を捨てようと足掻けば足掻くほど、過去は「顔」という絶対捨てられない究極のアイデンティティとなって彼を苦しめる。
彼は「顔」以外の自分自身をとことん拒絶し、自分でない何者かにならなければ生きていけないほど追い詰められてしまうのだ。

この作品の世界では、アイデンティティの揺らぎによって、人々が閉塞し思索を繰り返している。
撮影の近藤龍人による画作りは相変わらず端正で、日常でありながら、実に映画的な情景を構築しているが、特徴的なのが日本映画では珍しい1:1.66のヨーロピアンビスタのアスペクト比だ。
ちょっとだけ窮屈なそのフレームもまた、登場人物の閉塞を意味するのだろうが、いっそのこと「リバーズ・エッジ」のようにスタンダードの方が分かりやすかった気がする。
そこまですると、やりすぎだと思ったのかも知れないけど。

本作はまた登場人物だけでなく、観客にも思索することを要求する。
親しいと思っている人のことを、私たちは本当に知っているのか。
いや、そもそも自分のことすら、本当は知らないのではないか。
はっきりしているはずの人間の輪郭が、物語の進行と共に崩れ、曖昧な影となってゆく。
私たちは名前、戸籍、民族、さまざまな基準によってアイデンティティを定義されていると思い込んでいるが、知っていたはずの人物像が消え去った後には、一体何が残るのか。
重層的なストーリー構造から導き出される、原誠にとっての人生最後の3年9ヶ月の意味が切なく愛おしい。
彼の正体が分かった後がちょっと冗長では?と思っていたのだが、エピローグのエピソードにゾクゾク。
冒頭の「複製禁止」も、まさかこう使ってくるとは思わなかった。
食えない映画である。

今回は物語の発端となる宮崎の地酒、千徳酒造の「千徳 銀雫」をチョイス。
宮崎県は焼酎文化圏だが、注目すべき日本酒の酒蔵もそれなりの数が存在する。
こちらは、高千穂町産の山田錦を使用した一本。
日本酒度は-3.5と、南国の日本酒らしく甘口で、旨味の強いすっきりした味。
個人的には冷やがおすすめだが、ぬる燗でも美味しくいただける。

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ショートレビュー「土を喰らう十二ヵ月・・・・・評価額1700円」
2022年11月19日 (土) | 編集 |
命を、喰らう。

長野の山奥に一人で暮らし、愛犬の山椒と一緒に半農生活を送っている老作家の、大地のめぐみと共に生きる十二ヶ月。
二十世紀の人気作家、水沢勉のエッセイ「土を喰う日々 わが精進十二ヶ月」を原案に、「ナビイの恋」の中江裕司監督が映画化した作品だ。
劇中に登場する料理の数々は、料理研究家の土井善晴が担当している。
沢田研二が演じるツトムは、少年時代に禅寺の小坊主だったことがあり、精進料理にとても詳しく、十二ヶ月二十四節気を通して家の畑や山で採れる、様々な旬の食材を料理して美味しくいただいてゆく。
住んでいる所は十三年前に亡くなった妻の故郷なので、多少は親戚筋や近所の人たちとの交流もあるが、全体を通してドラマチックなストーリー性は希薄で、基本的には生産して、収穫して、料理して、喰っての繰り返し
たまに松たか子演じる担当編集者で恋人の女性が訪ねてきて、一緒に喰う。

これはいわば「リトル・フォレスト」四部作の、熟年男性版だ。
東北の小さな村を舞台に、都会からUターンしてきた橋本愛演じるいち子が、地の食材を生かした料理を作り、大自然の中での自給自足生活を通して自分と向き合ってゆく姿を、一つの季節を一時間、計四時間で描いた瑞々しい春夏秋冬四部作。
実際やってることは両作とも殆ど一緒なのだが、登場人物が青春真っ只中の「リトル・フォレスト」に対して、こちらは主人公が熟年だけに、立春から始まる物語には秋から冬にかけて急速に死の影が落ちてくる。
小屋に一人暮らししていた偏屈な義母の死と、義弟夫婦に押し付けられ、降って沸いた通夜振る舞いのてんてこ舞い。
そしてツトム自身も心筋梗塞で倒れ、九死に一生を得る。

この体験が、老作家の心に変化をもたらす。
死はとても怖い、だが避けられぬ。
今回は助かっても、人間いつかは皆死ぬのが道理、ならばどうやって死と折り合いをつけるか?
ツトムの思考は何処までも地に足の着いたもので、なんとこの人、毎晩寝る時に「皆さんさようなら」と呟き「死んでみる」のである。
死を意識した生活は、ツトムに執着を捨てさせる。
十三年もの間、納骨できなかった妻の遺骨は、砕いて散骨する。
都会で暮らす恋人を、山の生活に誘うのもやめる。
いつ死んでもいい準備は出来ているが、それでも毎朝日が昇り、生き返れば腹が減る。
腹が減れば、その日採れた食材を料理し、喰らい、生きていることを実感する。

米を研ぐ手、ほうれん草を丁寧に洗う手など、主人公の手のアップショットが多い。
手は種を植え、キノコをとり、胡麻を脱穀する、大地の命とつながるところ。
白菜の漬物、小芋の炭火焼き、大根の煮物、筍の水煮、山菜尽くしのご飯、胡麻豆腐。
出てくる四季の飯が美味そうで、とにかく腹の減る映画だった。
「リトル・フォレスト」もそうだったが、本作を見ると生産意欲を刺激される。
単純に料理したいというよりも、自然と格闘して命を育て、それを噛み締めたくなるのだ。
その分、恐ろしく手間がかかるのは、ツトムの生活を見ていても分かるけど。
生産し、旬を喰らう老人、沢田研二が素晴らしく、歳の離れた松たか子が恋人でも「アリだな」と思わせる色気がある。
訪ねてきた彼女が、料理するツトムを見て「いい男だわ〜」とまじまじと言うのも、説得力抜群。
エンディングテーマでは、ジュリー健在を示すように、相変わらずの美声を聴かせてくれるのだから、ファンにはたまらないだろう。

こんな粋な爺さんになりたいものだが、現実にこんな生活をするのはなかなか難しそう。
とりあえずツトムを目指して、来年は二年ぶりに梅干しを漬けよう。
禅宗では梅干が必需品で、毎年漬けないと縁起が悪いというのは初めて知った。
六十年ものの梅干しって、どんな味がするんだろう。
まさかあれ、本物?

今回は、長野の上伊那郡の小野酒造店の「夜明け前 純米吟醸 生一本 生酒」をチョイス。
この銘柄は島崎藤村の小説「夜明け前」からとられているのだが、タイトルを使うにあたって、蔵元は藤村の長男・島崎楠雄とある約束を交わしたという。
「この名を使う以上は、命に代えても本物を追求する精神を忘れない」
誓いのとおり、フルーティでふくよかな米の旨味を追求しつつ、比較的安価で普段使いしやすい一本になっている。
ツトムの精進料理と一緒に飲んでみたいものだ。

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すずめの戸締まり・・・・・評価額1750円
2022年11月15日 (火) | 編集 |
「セカイ」から「世界」へ。

「君の名は。」「天気の子」の連続メガヒットから3年。
新海誠の最新作は、災いをもたらす廃墟の扉を探す青年と、不思議な縁で結ばれた少女の日本を縦断するロードムービー。
運命の二人を襲うのは、隕石、異常降雨に続いて、今回は地震。
相変わらず映像は超絶に美しく、最初から最後まで見せ場も満載。
セカイ系オタクの血が暴走気味だった前作から、キッチリ“国民的映画監督”路線に戻してきて、見事に三打席連続のホームランをかっ飛ばした。
キャラクターデザインの田中将賀、音楽のRADWIMPSなどお馴染みの面々も再結集。
「君の名は。」の上白石萌音、「天気の子」の森七菜と、新海作品は若手女優の登竜門と化してきたが、今回主人公の岩戸鈴芽(すずめ)を演じるのは、「罪の声」で残酷な運命に翻弄される少女を好演した原菜乃華。
アイドルグループSixTONESの松村北斗が、「閉じ師」として日本各地の扉を閉める旅をしている青年、宗像草太を演じているが、二人ともびっくりするくらい達者。
映画作家としての新海誠の進化を感じさせる、鮮やかな傑作だ。
※核心部分に触れています。

17歳の岩戸すずめ(原菜乃華)は、叔母の環(深津絵里)と宮崎で暮らしている。
ある日、廃墟の扉を探しているという謎めいた青年、宗像草太(松村北斗)と出会ったすずめは、彼の後を追って山奥の廃墟を訪れる。
そこで一枚の古びた扉を見つけ、開けてみるとそれは、この世界ではないもう一つの世界へと繋がる「後戸」だった。
しかし扉の向こうは見えるだけで、入ることはできない。
すずめが扉の近くにあった不思議な形をした石を引き抜くと、石は猫の姿となって走り去った。
それは日本の地下に蠢く、「ミミズ」と呼ばれる巨大な力を封じている要石だった。
要石が抜かれたことによってミミズが動き出し、扉を閉じようとした草太は、要石が変異した猫(山根あん)によってすずめの母の形見の椅子の姿に変えられてしまう。
草太は猫を追って四国へ向かうフェリーに乗り込み、なりゆきですずめも行動を共にする。
猫がSNSで「ダイジン」と呼ばれ人気を博していることを知った二人は、写真を頼りにダイジンを探すのだが、そこにはまたしても後戸があった・・・・


めっちゃ面白い。
エンターテイメント度合いから言えば、「天気の子」を軽く超えて、「君の名は。」と双璧と言っていい。
知る人ぞ知るカルト監督だった新海誠を、国民的人気監督へと変貌させたプロデュースチーム、さすがの仕事だ。
少女と謎めいた青年の出会いから始まる物語は、アニメーション界のエメリッヒの面目躍如なスペクタクルな映像に彩られ、怒涛の勢いで展開する。
九州からフェリーで四国、明石海峡大橋を通って神戸へ、新幹線で東京、そしてさらに北へ。
カンのいい人なら、これらの土地の持つ意味も分かるだろう。
モチーフとなるのは、日本国民全員の心に刻まれた災害の記憶。
物語も終盤に差し掛かる頃、東北の海沿いの風景を見たある登場人物が「この辺て、こんなに綺麗な場所だったんだな」と口にする。
それを聞いたすずめは、黒く塗りつぶした日記帳の記憶と共に、訝しげに「綺麗?ここが?」と呟くのである。
さりげなく描かれているが、非常に重要なシーンだ。

九州で叔母と暮らしているすずめは、4歳の時に3.11の津波によって、母を失った元被災者なのだ。
今幸せではあるものの、彼女の心には2011年のあの日から、ポッカリと穴が開いたまま。
思えば、「君の名は。」の発想の原点も3.11だったが、公開時は震災からまだ5年と日も浅く、ファンタジーとして落とし込まざるを得なかった。
彗星の破片の衝突という、“想定外”の天変地異によって失ってしまったものを、時間の巻き戻しという禁じ手を使ってでも取り戻そうとする物語は、あの時の日本人の願望に近いものだったのかも知れない。
その3年後の「天気の子」は、たとえ世界が無くなったとしても、君と僕だけいれば生きていけるという話だった。
どちらもよく言えば前向き、悪く言えば浮ついた青臭い話だ。
しかし、今回はフィクションのそれでなく、そのものズバリ現実の震災がモチーフなので、核心の部分でファンタジーに逃げるわけにはいかない。

これは重要なネタバレなので、まだ観ていない方はこれ以上読み進めないで欲しいが、作中のすずめは後戸の向こう側、時間の概念の無い常世の世界で、後戸を開けて迷い込んでしまった幼い日の自分と出会う。
母を亡くしたばかりの四歳のすずめは、世界の残酷さに絶望し、カラフルだった日記帳を黒く塗りつぶし、もう帰ることのない母を探して彷徨い続けている。
成長したすずめは、悲しみのどん底にある過去の自分に、たとえ大切な人と二度と会えないとしても、この世界は生きるに値すること、人々は優しく、未来は輝きに満ちていることを伝え、母の形見の椅子を手渡すのである。
「天気の子」で描かれた、二人だけの「セカイ」から、多くの人々が関わり合う現実の「世界」へのシフト。
これが、この作品の核心だ。

後戸ができる場所も、以前は人々が住んでいたが、災害などで今はもう打ち捨てられてしまった廃墟というのも象徴的だ。
閉じ師が後戸に鍵をかけるときは、その場所でかつて暮らしていた人々の声を聞くのだが、それは同時に死者の声でもある。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」日々の当たり前のやりとりをしたまま、永遠に会えなくなってしまった人々。
もちろん、一本の映画で全ての人の想いを掬い取れる訳もなく、映画で震災を描くことに拒絶反応を示す層も当然一定数いるだろうが、逆に救われたと感じる人も確実にいるだろう。
新海誠は喪失の記憶にきちんと向き合い、結果を出していると思う。
いくつかのシーンで、すずめの周りに二羽の蝶が舞っている描写があるが、東西の多くの文化で蝶は死者の魂を象徴する。
すずめの蝶は、亡くなった母や彼女を大切に思う人たちなのかも知れない。

前二作では共に神社が重要な役割を果たし、「君の名は。」の口噛み酒、「天気の子」の人柱と日本のアニミズム文化も深く絡むことで、フォークロアな要素も強かったが、今回フィーチャーされるのは要石だ。
物語の終盤に登場する東の要石「サダイジン」は、おそらく日本三大怨霊の一人、平将門だろう。
大手町にある将門の首塚は、動かそうとすると祟られるとの言い伝えがあり、映画化もされた荒俣宏の小説「帝都物語」では、将門の怒りが関東大震災を引き起こしている。
では「ダイジン」の方は?となると、サダイジンと違って作中にあまりヒントがないので悩ましい。
設定はされているはずなので、誰か分かった人がいたら教えてほしい。(※:Twitterで安徳天皇説を提唱してる方がいる。なるほど5歳で亡くなった安徳天皇なら仔猫の姿なのも納得だ。)
すずめが最初に見つけて、草太と共に閉じる後戸は、水が溜まった廃墟の中心に立っているが、これも「君の名は。」の宮水神社の御神体と同じく、水によって生と死の世界を分ける境界のイメージ

新たな要石となって常世に取り残された草太を、覚悟を決めたすずめが助けに行くのは、「天気の子」の男女逆転バージョンでもあり、新海誠の集大成というウリは間違ってない。
いやそれどころか、ジブリ作品をはじめ、作家の中にある全ての映画的記憶までもを巻き込んだ、お肉から海鮮まで全部入りの(いい意味での)闇鍋みたいになっている。
「星を追う子ども」の時点では、思わず苦笑してしまうくらいに、ルックも含めて宮崎駿オマージュの塊だったが、本作まで来るとジブリオマージュもディズニーオマージュも、誰が見ても新海誠というスタイルの中に、多少強引ながらうまく調和しており、作家としての成熟を感じさせる。

ところで、奇しくも同日公開となった「すずめの戸締まり」と「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」は、どちらも現実の喪失を色濃く反映した、メタ構造という共通点がある。
一人のスターの死と、多くが亡くなった大災害という違いはあるが、そこには実際に生きていた命があったことが映画からも強く伝わってくる。
また、ここ三年のコロナ禍の喪失を重ねて見る人も多いだろう。
コロナに感染して亡くなった人は、今日までに全世界で661万人。
日本では、生活習慣の違いや防疫が比較的うまくいっていることもあって、相対的に少ないものの、それでも47000人を超える人が亡くなった。
これは3.11の死者行方不明者、約18500人の倍以上の数字である。
それゆえどちらの映画も、ちゃんと完結してるのにどこかスッキリしない部分が残る。
心の奥底に石を抱えている様な感覚も共通するが、それは両作の作り手がきちんと喪失の意味に向き合ってるからだろう。
道筋は示せても、全てスッキリ爽やかに終われる訳がないのだから。

それにしても、劇場で驚いたのは客層の豊かさ、特に家族連れの多さだ。
「老若男女、これを観とけば間違い無い」っていう安心感。
そして観終わって開口一番、「面白かったー」という子供たちの声。
大ヒットを連発する、一部のアニメーション監督の強みはここだろうな。

今回は岩手を代表する地酒銘柄、陸前高田市の酔仙酒造の「酔仙 純米酒」をチョイス。
酔仙は東日本大震災の津波被害で工場を流され、壊滅的な被害を受けたが、見事に復活。
県内の大船渡市に新工場を稼働し、今もおいしいお酒を作り続けている、復興の象徴のような酒蔵だ。
こちらは豊潤な米の香りと味を堪能できる、飲み飽きないやや辛口の日本酒らしい一杯。
CPの高さも普段飲みには有難い。
ポテサラ入り焼きうどんを、つまみにして飲んでみよう。

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