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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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高畑勲展ー日本のアニメーションに遺したもの “Takahata Isao: A Legend in Japanese Animation”
2019年09月17日 (火) | 編集 |
18年4月に亡くなった日本アニメーション界の至宝、高畑勲の回顧展。
東映動画時代に始まり、日本アニメーションで手がけた世界名作劇場を経て、スタジオジブリ設立から遺作となった「かぐや姫の物語」まで。
残した仕事にふさわしく、質量ともに圧倒的なボリュームで、下手な映画を何本か観るよりも一日中ここに詰めていたい。
高畑勲展01

原画やレイアウトの展示も豊富なのだけど、基本的に絵を描かない演出家だけあって、見どころはメモ書きなどの膨大な文書資料だ。
女性的な丸みのある美しい文字で書かれた文章は、静かな情熱を雄弁につたえてくる。
高畑さんはスタッフ全員がプロジェクト全体を把握するべきとして、“制作現場の民主化”を進めた人だから、多くのスタッフによる様々な提案書も残されている。
日本アニメーション史のターニングポイントなった、「太陽の王子 ホルスの大冒険」制作中の、予算を抑えたい会社と、妥協したくない現場の辛辣なやりとりの記録は初めて見たし、宮崎駿が主人公の名前をホルスとヒルダから、パズーとシータに変えたがっていたのは笑った。
確かに出自に秘密を抱える少女と活発な少年の話は共通点があり、ホルスをパズーにしてヒルダをシータに、グルンワルドをムスカ大佐に当てはめれば、ラピュタの原点がホルスなのは納得。

一番唸らされたのは、高畑さん一流の音楽演出の資料で、この人の仕事はやはり圧倒的に豊かな知識と教養に支えられているのがよく分かる。
内田吐夢監督の幻のアニメーション映画企画「竹取物語」のために、東映動画に入社したばかりの高畑さんが書いたメモには、竹取の翁が美しく成長し親離れしてゆくかぐや姫に嫉妬し、彼女を呪うという驚きの愛憎劇の案が書かれているが、これは物語全般への深い素養がないと書けない。
そして「この案はアニメーションには適さないだろう」という冷静な自己分析。
若い時のインプットって、ほんとうに大切なのだなと思わされる。

図録は頑張っているけど、さすがに展示資料全ては載せられていないし、ルーペが無いと読めないレベルにちっちゃくなっているので、現物をじっくり見るのが正解。
常設展も合わせて1500円は安すぎるくらいだし、文書資料をじっくり読んでいくと一日では終わらない量なので、複数回通ってもいい。
ちなみに音声ガイドの声は、アニメーション史をモチーフにしたNHKの朝ドラ「なつぞら」で、高畑さんをモデルとした坂場一久を演じている中川大志。
ドラマでは物腰穏やかな優男風だが、実際にこの天才と仕事をするのは相当な覚悟と実力が必要だっただろう。
オリジナルの登場人物がやたらと多かった「母をたずねて三千里」で、キャラクターデザインと作画監督を務めた小田部羊一は、あまりの激務に妻の奥山玲子に作画監督補佐となることを要請しなんとか乗り切るも、プロジェクト終了後にはマルコの絵を一切描けなくなったそうだ。
現場の高畑さんを知る多くの人は、一度は共に仕事をしたいが、二度はやりたくないと言う。
まさに狂気を秘めた孤高の存在だった。

東京国立近代美術館で10月6日まで。
高畑勲展02


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2018 Unforgettable Movies
2018年12月30日 (日) | 編集 |
2018年の映画を一言で表すと、洋邦ともに「大怪作」だと思う。
SNSとネット配信の普及は、映画会社が企画を立てお金を集め作品を作り、配給会社が宣伝し劇場で公開し、それから円盤なり配信で二次利用するというプロセスが、もはや過去のものになりつつあり、映画そのものの定義も変化していることを如実に感じさせた。
従来型の映画のメインストリームがある一方で、一昔前なら「なんじゃこりゃ!」と言われてキワモノ扱いされるような作品や、今までの方法論に全くこだわらない作品が、ヒットするしないに関わらず続々と登場し、注目を浴びる。
去りゆく2018年とは、そのような年だった。
もっとも、観た時にはインパクト絶大だったが、一年を振り返るとそれほど印象に残っていない作品も多いので、その意味では多様性への過渡期ということなのだろう。
それでは、今年の「忘れられない映画たち」をブログでの紹介順に。
例によって、評価額の高さや作品の完成度は関係なく、あくまでも12月末の時点での“忘れられない度”が基準。

「リメンバー・ミー」メキシコの祭日「死者の日」に、ひょんなことから死者の国に迷い込んだミュージシャン志望の少年ミゲルの冒険譚。極彩色の死者の国の世界観が圧巻で、知られざる家族の絆を軸とした筋立ては、ミステリアスでドラマチック。音楽要素とビジュアルが密接に結びつき、驚くべき未見性に満ちた傑作。

「パディントン2」前作でロンドンに念願の家と家族を見つけたパディントンが、今度は泥棒の濡れ衣を着せられる。パディントンは難民の象徴であり、前作のテーマを踏まえつつ、定住したからこそ分かる新たな葛藤を盛り込む進化形。全ての伏線をパーフェクトに回収してゆく小気味よい展開は、まさに物語のカタルシス。

「リバーズ・エッジ」岡崎京子の傑作を鮮烈に映像化。閉塞した日常を送る6人の高校生。彼らが抱えるのは、同性愛、摂食障害、一方通行の愛、暴力衝動、妊娠。それぞれが抱える痛々しい青春の衝動が事件を起こし、生きるとはどういうことかを問いかけてくる。瀬戸山美咲による脚色が実に巧みで、行定勲の演出もまるで水を得た魚のようだ。

「スリー・ビルボード」ミズーリの片田舎で展開する、珠玉の人間ドラマ。娘を殺された母親が出した、警察批判の三枚のビルボードが小さな街に嵐を引き起こす。軸となる三人、フランシス・マクドーマンド、サム・ロックウェル、ウッディ・ハレルソンが素晴らしい。とことんまで怒らないと、解消出来ないこともあるし、犯した罪は背負って行くしかないのである。

「生きのびるために(The Breadwinner)」原題は「働き手」のこと。タリバン支配下のアフガニスタンを舞台とした異色のアニメーション映画。父が理不尽に逮捕され、女だけになってしまった家族を支えるため、少女パヴァーナは少年の姿で働きに出る。絶対的男性優位社会でしたたかに生きる少女の姿がたくましい。残念ながら日本ではNetflix直行となってしまった。

「悪女/AKUJO」キム・オクビンの、キム・オクビンによる、キム・オクビンのための華麗なる殺戮ショー。アクション映画の新たな地平を切り開く怪作で、冒頭8分に及ぶPOVのワンシーンワンカット風アクションシークエンスに度肝を抜かれる。もうこれ以上は無いだろうと思わせておいて、存分に期待に応えてくれるのだから凄い。

「ブラックパンサー」アフロアメリカン史をバックボーンに持ち、非常に政治的でユニークな視点で描かれるマーベル映画。登場人物の葛藤が長年に渡るアメリカ内部の分断と外交政策の対立のメタファーとなっていて、そのことが小さな王国の従兄弟同士のお家騒動というちっちゃな話に、壮大なスケール感を与えることに繋がっている。

「シェイプ・オブ・ウォーター」映画館の上のアパートに住む、声を失った孤独な女性が、研究所に囚われた大アマゾンの半魚人と恋をする。全編に暗喩が散りばめられ、その一つ一つが回収され意味を持ってくるストーリーテリングが心地よい。どこまでも残酷で優しく美しい、大人のためのメロウな童話は、ギレルモ・デル・トロの最高傑作。

「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」カナダの画家モード・ルイスと、リウマチの持病を持つ彼女を支え続けた夫エベレットの物語。30年以上に渡る二人だけの暮らし。どんなに有名になっても、お金持ちになることに興味を持たず、素朴な生き方を変えない二人は、しあわせの本質を知っている。今年大活躍のサリー・ホーキンスとイーサン・ホークが素晴らしい。

「ちはやふる ー結びー」 三部作の有終の美。高校三年生になった瑞沢かるた部の面々が直面するのは、恋と進路という前二作では見え隠れしていた要素。登場人物の成長と共に、前回までの物語に新たな葛藤が加わり、まさしく青春全部入り豪華幕の内弁当の趣き。ここに描かれるのは一生で一度しか手に入ら無い宝物、青春の輝きだ。

「レディ・プレイヤー1」オタクの、オタクによる、オタクのための映画。VRワールド“オアシス”の創業者が、広大な電脳世界のどこかに隠した莫大な遺産を巡り、史上最大の争奪戦が繰り広げられる。キャラクター大集合はもちろん楽しいが、虚構と現実は対立するのではなく、現実を生きるために虚構が必要だという肯定的なジンテーゼに、クリエイターの矜持がにじみ出る。スピルバーグは、トランプの時代に警鐘を鳴らした「ペンダゴン・ペーパーズ 最高機密文書」も流石の仕上がりだった。

「リズと青い鳥」快活で誰とも友人になれる希美と、人付き合いが苦手で、希美以外の親友がいないみぞれ。吹奏楽部に属する二人の少女の心の成長を描く、ごく地味な話なんだけど、何気にもの凄く高度なことをサラッとやってしまっている。山田尚子監督の驚くべき進化に、私は日本アニメーション映画に継承されてゆく高畑イズムを見た。

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」 ディズニー・ワールド近くの安モーテルを舞台に、貧困層の長期滞在者たちの人間模様を、6歳の少女の視点から捉えたヒューマンドラマ。何処へも行けず、未来の展望も無い大人たちの閉塞と、ひどい環境でもどこまでも元気に無邪気な子供たちの日常が作り出す、悲喜劇のコントラストが強烈なインパクト。

「レディ・バード」シアーシャ・ローナン演じるラジカルな女子高生、自称“レディ・バード”のこじらせ気味の青春を描く、グレタ・ガーウィグ監督の愛すべき佳作。どこにでもいる一人の少女が、ズッコケつつも大人への階段を一歩だけ上り、今までとは違った人生の景色を見られる様になるまでを描く、リリカルで味わい深い優れた青春映画だ。

「万引き家族」東京の下町で暮らす、ある大きな秘密を抱えた一家を描く異色作。貧しい生活を送る彼らは、家族ぐるみで万引きなどの軽犯罪を繰り返す。一貫して“家族”をモチーフとしてきた、是枝裕和監督の現時点での集大成と言える作品で、社会保障から抜け落ちた、あるいは社会保障制度そのものを知らない、「見えない人々」の存在が浮き彫りとなる。

「ブリグスビー・ベア」物心つく前に誘拐され、25年もの間地下のシェルターで育った青年、ジェームズ・ポープが主人公。救出され、外の世界への適応に戸惑う彼は、監禁中に唯一見ることを許されていたTVショー「ブリグスビーベア」の続編を自分で作り始める。人生の絶望と救済、現実と虚構に関するビターで美しく、詩的な寓話である。

「カメラを止めるな!」ある意味、今年の日本映画を代表する大怪作。ストーリーを楽しむ言うよりも、構造の仕掛けに驚かされる映画だが、周到に設定された人物描写が、この作品の面白さを単なる一発ネタのサプライズを超えたものにしている。願わくば、本作の様に予想外の大ヒットとなった時、関係者への利益還元が可能なロイヤリティ契約が普及する様になればいいのだが。

「菊とギロチン」かつて実在していたアナーキスト集団「ギロチン社」と、ワケありの女たちが集う女相撲の一座を描く青春群像劇。瀬々敬久監督がインディーズ体制で作り上げた3時間9分の大長編だが、ほぼ100年前の物語が鋭い現在性を持って語りかけて来る。果たして今のこの国の人々は、性差や民族、思想や哲学の違いを超えて、本当の意味で自由に生きているのだろうか。

「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」シリーズ初の前作からの続き物は、過去作品のオマージュも満載のミッション:インポッシブル・フルコース。ホメロスの「オデュッセイア」を下敷きに、ストーリー、テリング、キャラクターが極めて高いレベルで三位一体となった、シリーズベスト、スーパーヘビー級の傑作だ。もしかして完結編になるのか?

「ペンギン・ハイウェイ」1988年生まれの新世代、石田祐康監督とスタジオ・コロリドの、見事な長編メジャーデビュー作。小四にしておっぱいを研究する、ちょっと自意識過剰なアオヤマ君と、彼の初恋の人である不思議な“お姉さん”を巡る一夏の冒険の物語は、思春期の恋心を隠し味に、世界の理に対する率直な興味が、夏休みという非日常の中でスパークする。

「プーと大人になった僕」 クリストファー・ロビンが100エーカーの森を去ってから数十年後を描く続編。ブラック企業勤めのくたびれたオヤジとなっていたクリストファーは、突然訪ねてきたプーさんとの冒険を通して子ども心を取り戻してゆく。子どもももちろん楽しめるが、ワーカホリックの日本人には特に響くであろう、大人のための寓話だ。

「若おかみは小学生!」これもSNSが生んだヒット作。事故で両親を失った小学生のおっこが、祖母の経営する温泉旅館で、彼女にしか見えない幽霊たちの助けを借りながら、若おかみとして力強く成長してゆく。一見子ども向けのビジュアルだが、ストーリー的には結構ハードで、終盤の残酷な展開とおっこの出す答えには思わず涙。

「教誨師」故・大杉漣が演じる教誨師が、6人の確定死刑囚と会話する。教誨師は、それぞれに個性的な死刑囚たちとの対話を通し、本当に神の言葉が伝わっているのか、彼らが安らかな死を迎えられるように導けているのか苦悩を深める。人が人を罰するとは、どういうことなのか。文盲の死刑囚が、つたない字で教誨師に送るヨハネによる福音書の言葉が心を打つ。

「ROMA/ローマ」劇場か配信か。こちらは映画のあり方巡って大きな議論を巻き起こした作品。メキシコの鬼才・アルフォンソ・キュアロンの自伝的傑作は、凝りに凝ったビジュアルと音響効果を持つ、どこからどう見ても劇場向けの作品。幸いなことに日本でも劇場で見られそうだが、映画を一つの商品と捉えた場合、観客がどのように受け取るのかの選択肢は可能な限り確保してほしい。

「ボヘミアン・ラプソディ」この秋を代表する大ヒット作にして、今年一番アガる映画。伝説のロックスター、フレディー・マーキュリーの生き様は、数々のヒット曲の歌詞とシンクロし、観る者の心に染み渡る。ラスト20分に渡るライブ・エイド完全再現が圧巻だ。本作とは色々な意味で対照的な、もう一つの音楽映画の快作「アリー/ スター誕生」と両方観るとより面白い。

「生きてるだけで、愛」時に過激で、繊細。ある時は幼く、次の瞬間には妖艶。映画女優・趣里を堪能する映画だ。主人公の寧子は鬱が招く過眠症のため、菅田将暉演じる恋人のアパートでずっとゴロゴロ。しかしある時、アルバイトを始めたことから、ドラマが動き出す。主人公に寄り添った詩的な心象劇であり、プロットは非常にシンプルだが、全く目が離せない。

「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」詩的で味わい深い、愛と時間と魂に関する哲学的な寓話である。事故死した夫が、幽霊になって妻を見守る・・というどこかで聞いたような導入部から、全く予想もつかない驚くべき展開を見せる。10万ドルという信じ難い低予算ながら、その時空的なスケールは1000倍の予算の作品でも太刀打ちできまい。ちょっと似たタイトルの、「シシリアン・ゴースト・ストーリー」も本作に通じる詩情がある。

「パッドマン 5億人の女性を救った男」女性の月経が“穢れ”としてタブー視され、生理用品がなかなか普及しないインドで、妻のために安価なナプキン製造機械を発明した男の物語。実話ベースだが、波乱万丈の物語に心を鷲掴みにされる。終盤に国連に招かれた主人公の、片言の英語のスピーチが素晴らしく、ここだけでも観る価値がある。


以上、28/333本
怪作続出の日本映画はワンショット撮影の「アイスと雨音」、漫画原作の「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「愛しのアイリーン」、細田守の新境地「未来のミライ」、故・樹木希林が素晴らしかった「日日是好日」、これもインディーズ体制の「斬、」などが印象に残った。
一方、劇場鑑賞で感銘を受けながら、「寝ても覚めても」「君の鳥はうたえる」などはFilmarksでサボってしまい、ブログ記事にできず、反省。

外国映画は、瑞々しいファースト・ラブストーリー「君の名前で僕を呼んで」や、多民族国家レバノンを舞台とした「判決、ふたつの希望」、万人にお勧めできる寓話「ワンダー 君は太陽」なども迷った。
「ぼくの名前はズッキーニ」「大人のためのグリム童話 手をなくした少女」といった独創的なアニメーションも素晴らしい。

私は、暗闇で“光”を見つめる神秘の共有体験こそ、原始の時代の洞窟壁画から続く、映画のイデアだと思っているので、映画は映画館で観たいし、このブログも原則的にスクリーンで鑑賞した作品を扱ってきた。
しかし、今はそんなことも言っていられない時代になったのかもしれない。
配信映画がどの国で劇場公開されて、どの国でされないのかは作品や業者によって異なるが、Netflix一つとっても、アレックス・ガーランド監督の「アナイアレイション -絶滅領域-」や、オーストラリア産の異色ゾンビ映画「カーゴ」、コーエン兄弟の西部劇アンソロジー「バスターのバラード」などは是非劇場で見たかった。
「ROMA/ローマ」は日本でも劇場公開される様だが、来年以降はこの「Unforgettable Movies」の記事にも配信映画のカテゴリを加える必要があるかもしれない。
まあ玉石混交でも、作品制作の自由度と選択肢が増えること自体は、歓迎すべきなのは間違いないのだけど。

それではみなさま、よいお年をお迎えください。

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2017 Unforgettable Movies
2017年12月30日 (土) | 編集 |
世界が騒がしかった2017年も、もうすぐ終わり。
2016年は、歴史的な傑作が続出した“日本映画奇跡の年”だったが、やはり二年連続で奇跡は起こらない。
もちろん良い日本映画は多かったが、昨年の様に突出した作品が月替わりで出るようなサプライズは無かった。
変わって傑作を連発したのは韓国映画。
386黄金世代のパク・チャヌクらも気を吐いたが、ナ・ホンジンやヨン・サンホと言ったその次の世代の活躍が目立った。
もっとも日本公開は今年だが、本国ではほとんどが去年公開済みなので、2016年は日本映画と韓国映画が共に奇跡の年だった訳だ。
それでは、今年の「忘れられない映画たち」を、ブログでの紹介順に。
評価額の高さや作品の完成度は関係なく、あくまでも12月末の時点での“忘れられない度”が基準。

「メッセージ」エイリアンとの意思疎通を託された、言語学者の物語。未知なる訪問者とのコミュニケーションに刺し挟まれる、主人公と娘との思い出の映像のフラッシュバック。一見関係ない二つは実は密接にリンクしていて、その本当の意味を知った時、観客は深い思念の海に沈んでゆくだろう。 哲学SFの新たな金字塔だ。

「MERU/メルー」ヒマラヤ奥地にそびえる未踏峰、切り立ったナイフの刃の様なメルーの頂きに挑む、三人のクライマーを描くドキュメンタリー。ベテランのメンターから若者へ技術と精神を伝えてゆく、まるでジェダイの騎士の様な彼らの文化が興味深い。数ある山岳ドキュメンタリーの中でも、最高峰の一本。

「ゾウを撫でる」一本の映画がクランクインするまでの、映画に関わる様々な人を描く群像劇。単に映画愛を語るのではない。不条理劇と多面性の構造を持つ本作では、3.11の記憶を背景に、フィルム映画の終焉からデジタル時代の映画再生のプロセスを比喩、更にそこから今という時代を俯瞰し、映画のあり方をも描こうとしてる。


「沈黙 -サイレンス-」遠藤周作の傑作小説に、巨匠スコセッシががっぷり四つに組んだ。日本という“信仰の沼”で、神を求め続けたカトリックの司祭たちの心に、いったい何が起こったのか?信仰の本質と人間のあり方を問う、ヘビー級の力作である。アンドリュー・ガーフィールドは、「ハクソー・リッジ」で再び日本の地で信仰を問われた。

「お嬢さん」日本統治下の朝鮮を舞台とした大怪作。“お嬢さん”の莫大な財産を巡り、コンゲームの幕が上がる。複雑怪奇な四つ巴の騙し合いは、倒錯したエロスの館で、先の読めない官能のサスペンスとなって観客を幻惑。外連味たっぷりの性と暴力の愛憎劇は、パク・チャヌクの現時点での集大成と言える。

「ラ・ラ・ランド」そこは、青春の記憶の中の幻想のハリウッド。この街で懸命に生きる二人の夢追い人の出会いから恋の熱情と葛藤、そして青春の終わりまでを描くパワフルな音楽映画だ。クライマックス、描き割りの背景で演じられる7分間の”if”の人生劇場は、観るもの誰もを魅了するだろう。

「哭声/コクソン」いかにも韓国的な土着性を表に出しながら、実はキリスト教が重要なモチーフとなる、21世紀に作られた最も恐ろしいオカルトホラーだ。謎の日本人は何者か?呪っているのは誰か?何かがおかしい、と気づいた時には、我々は既に"惑わす者"ナ・ホンジンの術中に、どっぷりと嵌っているのである。

「キングコング:髑髏島の巨神」これぞ怪獣映画!南海の未知の孤島で展開する、人間vs怪獣vs怪獣の大活劇。ヘリコプターとの空中戦から巨大怪獣同士の死闘まで、迫力満点の見せ場のつるべ打ちにお腹いっぱい。レジェンダリーのモンスターバース、2019年の「Godzilla: King of the Monsters」への期待が一気に高まった。

「美女と野獣」伝説的な傑作アニメーションの、アメイジングな実写映画化。オリジナルのイメージを崩さずに、四半世紀の時の流れの分、ディテールをモダンにブラッシュアップ。「モアナと伝説の海」などのアニメーション作品が、従来のプリンセスカテゴリを脱してゆくのに対し、本作を含めた実写化作品の方がオリジナルの香りを残しているのが面白い。エマ・ワトソンは完璧なベルだった。

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」風光明媚な港町を舞台にした、珠玉の人間ドラマ。兄の死によって、生まれ故郷に戻ってきた主人公と残された甥っ子との関係を軸に、隠されていた大きな悲劇が明らかになる。人生には、一度失えば決して取り戻せないものもある。そのことを否定しない、この映画の厳しさと優しさが心に染みる。

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」マーベルコミックのスペオペチームの最新作は、前作に輪をかけた面白さ。怒涛のビジュアルとユーモアだけで無く、父性を巡る葛藤をベースとした物語もドラマチックに盛り上がる。来年遂に、アベンジャーズとのコラボが実現するのが今から楽しみだ。

「夜空はいつでも最高密度の青色だ」最果タヒの詩集を原作に、東京の街で邂逅を繰り返す男女を描くリリカルな人間ドラマ。原作の詩を引用しつつ、あらゆる表現を駆使し、映像言語に置き換えている。これは世界の縮図としての大都会・東京の物語であり、この街に暮らすあらゆる人に向けた、ビターでパワフルな讃歌なのである。


「夜明け告げるルーのうた」鬼才・湯浅政明の13年ぶりの劇場用長編アニメーションは、心を閉ざした少年と人魚の少女との、一夏の出会いと別れを描くファンタジー。話はオーソドックスだが、テリングは例によって唯一無二のスタイルで、音楽と融合した独創のビジュアルは圧巻。連続公開となった「夜は短し歩けよ乙女」もユニークな力作だ。

「LOGAN ローガン」ヒュー・ジャックマンが、17年間演じ続けた孤高の"X"が有終の美を飾った。ウルヴァリン三部作の完結編にして最高傑作。ジェームズ・マンゴールドは得意の西部劇の構造を換骨奪胎し、燻し銀の傑作を作り上げた。今年はアメコミ映画大豊作の年で、同じマーベルからは「スパイダーマン: ホームカミング」「マイティ・ソー バトルロイヤル」苦戦のDCからも「ワンダーウーマン」という快作が生まれた。

「カーズ/クロスロード」原点回帰しながら、新たなステージへ。意思を持ったクルマたちを描くシリーズ第三弾は、“老いと継承”をテーマとするオトナのドラマ。どんなに頑張っても、工夫しても、若者に勝てなくなった時、老いたる者はどうしたら良いのか。邦題通り、人生(クルマ生)の分岐点を描く味わい深い秀作である。

「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」ある意味今年一番の問題作。教科書的な捉え方をするなら、むしろ失敗作と言えるかも知れない。しかし、“忘れられない映画”としては、これほどのインパクトある作品もない。まるでつかみ所のない本作そのものが、どこから見るかによって変幻自在の、この映画の花火の様ではないか。

「ベイビー・ドライバー」エドガー・ライトによる、センス・オブ・ワンダーに溢れる最高傑作。超絶ドラテクをもつ“逃がし屋”が、奪われた人生を取り戻す物語。この作品では映し出される全てのアクションが音楽とシンクロし、ミュージカルじゃないのにミュージカルを観ている様な、驚くべき未見性に満ちている。

「新感染 ファイナル・エクスプレス」私的ムービー・オブ・ザ・イヤー。異才・ヨン・サンホは、300キロで突っ走る高速列車を舞台に、ジャンル映画の枠を超えた驚くべき密度の人間ドラマを作り出した。これはいわば陸上版の「タイタニック」だ。制作と公開順が逆になった前日譚、「ソウル・ステーション/パンデミック」とのコントラストも面白い。

「ダンケルク」英国人、クリストファー・ノーランによる、“現代英国の神話”としてのダンケルク大撤退の再解釈。一週間、一日、一時間、三つの時系列がパズルの様に組み合わせられる構成は独創的で面白い。ブレクジットの影響なのか、この頃英国のアイデンティティを問い直す様な作品が目立つ。

「ドリーム」今よりも遥かに差別が激しかった時代、NASAの宇宙計画に参加し、新たな道を切り開いたアフリカ系女性たちの物語。肌の色と性別、二重のガラスの天井に閉じ込められた彼女らはしかし、米ソ宇宙開発競争のなりふり構わぬ状況において、地道な努力により、少しずつ自らの実力を男性社会に認めさせて行く。

「猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)」時の輪を旧シリーズへと繋げる、シーザー三部作の堂々たる完結編。なぜ人類は滅び、地球は猿の惑星となったのか。過去半世紀の遺産を受け継いだマット・リーヴス監督は、一つの種の滅びと別の一つの種の勃興を、英雄シーザーの物語として見事に昇華し、神話的風格を持つ骨太の傑作に仕上がった。

「我は神なり」ダムに沈む村を舞台に、住人の心を弄ぶ悪徳教会と、一人真実に気づいた嫌われ者の粗野な男の闘い。人間がいかに簡単に惑わされて、レッテルを信じ込んでしまうのか、信仰をモチーフにした物語は、予定調和を全て拒絶して、この世界の現実を突きつける。ヨン・サンホの旧作だが、「新感染」に合わせてようやくの日本公開。

「あゝ、荒野 前編/後編」近未来の新宿を舞台に描かれる、対照的な二人のボクサーの刹那的青春。半世紀前に書かれた寺山修司唯一の長編小説の年代設定を、2020年の東京オリンピック後に移し替えるという奇策が大当たり。これにより現在日本社会を俯瞰した、昭和的未来という秀逸な世界観が生まれた。菅田将暉とヤン・イクチュンが素晴らしい。

「ブレードランナー2049」20世紀の伝説のSF映画の続編も、新たな伝説となった。35年間のテクノロジーの進歩を盛り込みつつ、テーマや世界観など映画として確実に深化させた。自らが殉じるもの、偽りの記憶でない人生の大義を見出し、雪の中に横たわる主人公の姿に、前作のロイ・バッティの最期が重なり、無いはずの魂に涙が止まらない。

「花筐/HANAGATAMI」大林宣彦の遺言的戦争三部作の最終作。太平洋戦争直前の唐津を舞台とした青春群像劇は、前二作よりもぐっとパーソナルになり、戦争という巨大な流れに抗う若者たちの生と性を浮き上がらせる。老いてますますパワフルに、アバンギャルドになる、元祖映像の魔術師に脱帽だ。

「スター・ウォーズ / 最後のジェダイ」シリーズ史上、最も衝撃的な「スター・ウォーズ」。あくまでもアンソロジーの枠をはみ出さなかった前作と異なり、ライアン・ジョンソンの手による本作は、タイトル通りにルーカスの作り上げた宇宙を"神話"として葬り去る。そして姿を現わすのは、創造主の手を離れた新たな世界だ。

「バーフバリ 伝説誕生/王の凱旋」映画大国インドが生み出した、実写なのに漫画もアニメも超える、作り手の想像力が大爆発する超大作。アクション、ロマンス、サスペンス、そしてもちろんミュージカル!前後篇305分はあっという間に過ぎてゆく。古代インドを舞台とした貴種流離譚は、驚くべき未見性と熱狂的なエネルギーに満ちている。

「勝手にふるえてろ」脳内妄想こじらせ系のイタタな青春。恋の理想と現実に葛藤する主人公を描く物語かと思いきや、映画は驚くべき方向に舵を切る。映像で語られていることが、ある瞬間グルリと反転する見事なロジックに唸った。私を含むオタク脳の観客にはかなり辛い、しかしリアルな映画だ。

「希望のかなた」カウリスマキの描く“難民”。戦乱のシリアからフィンランドへたどり着いた青年と、老いらくの人生をやり直そうとする男。共に人生の岐路にある二人を描く作者の視線は、優しく切なくユーモラス。しかし、その裏側には自国社会の不寛容に対する、フツフツとした怒りが湧き立っている。

番外 「オクジャ」今年は、邦洋共にネット配信作品が大きくクローズアップされた年で、デジタル時代の映画のあり方が問われた。私は映画という芸術の核心は、同一空間での共有体験だと思っているし、本ブログも映画祭などを含めて原則劇場にかかった作品を取り上げている。しかし、日本では劇場公開のなかった本作は、クオリティという点では文句無しだ。新しい映画のカタチをどう捉えるべきなのか、観る側作る側双方にとって大きな課題である。

以上、独断と偏見の29+1本。
上記した以外では、一人の男の人生の三つの時代を描いた「ムーンライト」、異才ホドロフスキーの遺言的作品「エンドレス・ポエトリー」、古の日本を舞台としたストップモーション・アニメーションの大労作「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」、邦画では荻上直子監督の新境地「彼らが本気で編むときは」、是枝裕和監督の挑戦的な人間サスペンス「三度目の殺人」なども迷った。
さて、来年はどんな映画に出会えてるのだろう。

それでは皆さん、良いお年を。

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2016 unforgettable movies
2016年12月30日 (金) | 編集 |
2016年は、端的に言えば「日本映画奇跡の年」だった。
例年なら1、2本あれば良いというレベルの傑作が、ほとんど月替わりで現れる、しかもメジャーからインディーズ、内容もアニメ、怪獣、ホラーからハードな人間ドラマまで、まんべんなく揃っているのだから凄い。
あまりに良作が多すぎるのでハードルが上がり、例年なら確実に入れている幾つかの作品はこのリストから漏れてしまった。
願わくば、この傾向が来年も続くと良いのだけど。
海外へ目を向けると、世界中でポピュリズムの嵐が荒れ狂った年らしく、世界各国から政治的・風刺的な秀作が多くやって来た。
それでは、今年の「忘れられない映画たち」を、ブログでの紹介順に。
例によって順位はなし。

「ブリッジ・オブ・スパイ」冷戦たけなわの50年代末、スパイの引き渡しを巡る米露交渉を任されてしまった弁護士の物語。前半は、アメリカで逮捕されたソ連スパイの裁判劇。後半は、東ベルリンを舞台にしたソ連とアメリカの捕虜交換を巡る、丁々発止の交渉劇。非常に端正な映画で、ハリウッドの超一流の仕事を堪能できる。

「消えた声が、その名を呼ぶ」第一次大戦中のトルコ軍によるアルメニア人虐殺をモチーフにした壮大な叙事詩。突然憲兵に連行された主人公は、声を失いながらも虐殺を生き残り、行方不明となった家族を探して砂漠から海へ、新大陸の大平原へと長い長い旅に出る。荒野の放浪者の物語は、中東史から現代アメリカ史へと繋がっている。

「サウルの息子」今まで作られた、どのホロコースト映画とも異なる異色作。ユダヤ人でありながら、絶滅収容所の労役を担う“ゾンダーコマンド”が主人公。長まわしのカメラは、殆どウエストショット以上で主人公に張り付き、被写界深度の浅いスタンダードの狭い画面は、観客の意識を主人公に同一化させ、この世の地獄を体験させるのである。

「ザ・ウォーク」極限の縁を歩く、ワイヤーの上のアーティストの夢と狂気の物語。今はもう存在しない、WTCの二つの塔の間を渡った男に、人々はいつしか憧憬を抱き、彼の企てる「クーデター」の共犯者となってゆく。今では死と破壊の象徴となったWTCは、この映画では若々しくとても美しい。人生と芸術に関する、ロマンチックでスペクタクルな物語だ。

「キャロル」社会が今より同性愛に不寛容だった50年代のニューヨークを舞台に、エレガントな大人の女性キャロルと、まだ初々しい蕾のテレーズの愛を描く。偽りの人生への圧力が二人の愛を翻弄する中、ついに彼女たちは魂の牢獄から自らを解き放つ。同じ時代のニューヨーク移民社会を描く「ブルックリン」も心に残る佳作だった。

「オデッセイ」火星にたった一人で取り残された男と、彼を救出しようとする人々を描くSFドラマ。植物学者の主人公が、残された物を使って生きるための環境とNASAとの通信手段を作り上げるプロセスは、宇宙版「ロビンソン・クルーソー」の様。物語を盛り上げる70年代ディスコサウンドの使い方が絶妙で、全編に渡ってスリリングでファニー!

「リップヴァンウィンクルの花嫁」残酷で切なく美しい、3時間の大作。厳しい現実によって人生どん底にまで追い詰められた主人公は、奇妙な便利屋の導きによって、不思議な世界へと足を踏み入れる。人はどうしたら幸せになれるのか?幸せはどこにあるのか?主人公の再生のドラマに、3.11以降の“ニッポンのリアル”を濃縮した、独創のシネマティックワールドだ。

「オマールの壁」分離壁で囲まれたパレスチナ自治区に暮らす、ある青年の物語。イスラエル兵射殺事件で検挙された青年は、一生を刑務所で送るか、スパイになるかを迫られる。敵味方、登場人物の誰がどんな嘘をついているのか分からない。巨大な分離壁は、閉塞した世界の象徴だ。衝撃的なラストには、全く言葉が出ない。

「父を探して」ある日列車に乗って去って行った父を探して、旅に出る少年を描くブラジル発の長編アニメーション。子どもの落書きを思わせるカラフルな絵はとても可愛らしいのだけど、少年の辿る旅路は、絵柄からは想像もつかない高度な社会風刺となっている。少年の遠大な冒険は、そのままブラジルという国の歴史でもある。

「レヴェナント:蘇えりし者」アメリカ創成期を舞台とした、壮大な映像神話。圧倒的な存在感で世界を支配するのは、シネスコ画面いっぱいに広がる大自然。互いに敵対するいくつものエスニックグループが入り乱れ、見えざる手によって主人公の運命に絡み合う。限りなく厳しい自然の中で生きることの意味を求める、神話的流離譚だ。

「ズートピア」全世界的にポピュリズが猛威を振るった2016年に、ディズニーが送り出したパワフルな政治風刺劇。多種多様な動物たちが暮らすズートピアは、現代アメリカのカリカチュアであり、描こうとしているモチーフはズバリ「差別」だ。しかも表層的な部分だけでなく、かなり踏み込んで描いているのには唸った。好調ディズニー・ピクサーは「アーロと少年」「ファインディング・ドリー」も素晴らしいクオリティ。

「アイアムアヒーロー」安っぽさゼロ、ハリウッド映画とタイマン張れるゾンビホラーの大快作だ。予告編はコメディタッチを予感させるものだったが、本編はR15+指定なのを良いことに、人体破壊の限りを尽くす凶悪っぷり。ダサかっこいい主人公vs迫り来るゾキュン軍団の大バトルは息つく暇もない。

「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」人知を超越した強大な力を一部の人間が持つことを、果たして人類は容認できるのか。力は国家に帰属させるのか、それとも個人に委ねられるべきなのか。二つの正義の対決は、アメリカが建国以来抱えてきた重要なイッシューだ。「アベンジャーズ」「ウィンター・ソルジャー」と共にMCUのベスト。

「ちはやふる 上の句&下の句」競技かるたに明け暮れる高校生たちの青春を「上の句」「下の句」と題した二部作で描く。和のスポコン+控えめなラブストーリーに、思春期のワクワクドキドキが加速する。二部作の話のたたみ方も見事で、まさにお手本のような熱血青春映画。本当の完結編となるという、「ちはやふる」第三部が今から待ちきれない。

「殿、利息でござる!」江戸時代、百姓たちが藩にお金を貸して利息をとったという、実話ベースの物語。印象深いのは、古の日本人たちの驚くべき公共性、パブリックな意識の高さ。利息は全て村人に分配されるので、出資を申し出た者には一銭も戻らない。ユーモラスではあるがコメディではなく、現在の社会にも十分通じるお金を巡る真面目な寓話だ。

「神様メール」どこかモンティパイソンを思わせるシュールでシニカル、それでいて詩的なファンタジー。癇癪持ちでサディストの神様に虐げられた娘が反乱を起こす。キリストの妹は、全ての人類に余命を告知するメールを送信すると、新・新約聖書を作るために人間界への旅に出のだが、やがて彼女の行動は世界の”リセット”に繋がってゆく。

「ヒメアノ〜ル」日本映画史に類を見ない大怪作。お話はごく単純、でも簡単には語れない。前半の気持ち悪いラブコメが、ある瞬間に世界が反転、日常の裏側にあった闇が前面に出てくる。ヒメアノールとは小さなトカゲのことだそうだが、無害な動物を暴走するシリアルキラーに変異させたのは何か。怪物に共感は出来ないが、なんとも言えない憐れみを感じさせる。

「エクス・マキナ」歴史上、数々の名作SFがモチーフとしてきた人間とAIの関係を描く。人間から生まれ、人間を超える知性を、支配することは許されるのか。AIはその地位に甘んじるのだろうか。思考する機械という、ありえなかった存在が現実になろうとする時代。絵空事というには、このテーマはあまりにもリアルすぎる。

「帰ってきたヒトラー」死の直前に現代のドイツにタイムスリップしたヒトラーと、仕事をクビになったTVディレクターがコンビを組み、ユーチューバーとして大人気となる。観た当時よりも、後から重みを増した映画だ。まさかのブレクジットにトランプの当選と、現実が映画に追いついてしまった。私たちはもう、この映画を笑えない。

「日本で一番悪い奴ら」四半世紀の長きに渡って北海道の裏社会と癒着しながら、道警のエースと呼ばれた悪徳刑事の半生を描く、実話ベースの異色のピカレスク大河ドラマだ。やりたい放題、怒涛の勢いで成り上り、今度はノンストップで破滅に向かって突っ走る主人公を通して、日本型組織のあるあるネタがカリカチュアされて見えてくる。

「シング・ストリート 未来へのうた」80年代のダブリンを舞台に、年上の彼女にアピールするべくバンドを始めた高校生の物語。社会は大不況、家では両親の不和という幾重の葛藤の中で、少年は恋と音楽に突き進む。やがて彼は、小さな閉塞した世界を超えて、無限の可能性が待つ未来へと歩み出すのだ。

「死霊館 エンフィールド事件」10年代オカルトホラーのベスト。霊現象に関わった、あるいは“ギフト”として能力を与えられた者それぞれの葛藤に、一貫した答えが与えられている。絶望を抱えた人間を救えるのは、結局信頼と愛に支えらえれた行動なのである。今年は「イット・フォローズ」「ライト/オフ」「ドント・ブリーズ」など、ワンアイディアを生かし切ったホラーの秀作が目立ったが、王道の一本はやはりこれだ。

「シン・ゴジラ」これは怪獣出現というシチュエーションで、日本という国家の中枢で何が起こるのかの徹底的なシミュレーション。本作が3.11にインスパイアされているのは明らかで、我々=日本=現実はあの時失敗したが、「本来はこうあるべきだった、こう出来たはずだった」という理想形を、ゴジラという虚構との対立を通して見せてくれるのが本作であり、未曾有の危機を背景に、この国の人間のあり方を希望的に描いた物語なのである。

「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」灯台守りの子として、孤島で暮らす幼い兄妹の大冒険とそれぞれの成長物語。世界観を形作るアイルランドの精神世界が、自然に子供達の流離譚に組み込まれている。キャラクターや美術は丸と環をベースにデザインされ、それが背景となる神話の世界観を表してるのだが、アニミズム色が強いアイルランド神話は日本人には馴染みやすい。

「君の名は。」色々な意味で今年を代表する大ヒット作。これも「シン・ゴジラ」同様、3.11の現実に抗った先にある希望を描いているが、アプローチは真逆。シミュレーションに徹し、巨大なチームとしての日本を描いた「シン・ゴジラ」に対して、本作は徹底的に個人のエモーションに寄り添い、誰かを想う人の心が、宇宙の法則をも変えてしまう世界を描く。2016年夏は、「シン・ゴジラ」と「君の名は。」によって映画史に永遠に刻まれるだろう。

「レッドタートル ある島の物語」隔絶された理想郷で展開する、生命のサイクルの物語。台詞なしで描かれる、リリカルな異種婚姻譚の魅力に抗うのは難しい。物語はそのまま主人公の心情と見ることもできるし、愛に関するこの世界の縮図と捉えることもできるだろう。モチーフ的に「ソング・オブ・ザ・シー」に通じるものがあるのが面白い。

「聲の形」幼さゆえに取り返しのつかない罪を犯した少年が、命の意味に向き合い、世界を取り戻すまでの物語。聾唖の少女への虐めから始まる物語は、相当に痛くて苦しい。登場人物の誰もが傷つき、大なり小なり罪を抱えて生きてる。観客も、登場人物と共に苦しみながらも、彼らの一員となった感覚で、自らも葛藤せざるをえないのである。

「怒り」凄惨な殺人事件の1年後、忽然と現れた3人の男と共に、全く異なる三つの愛と罪の物語が描かれる。人を信じることの難しさと尊さ、そして恐ろしさ。二つの物語には許し、あるいは癒しがもたらされるが、唯一沖縄の物語にだけは、なんの救いも無いまま。ラストカットの誰にも届かない魂の叫びは、この世界の不条理と残酷さを象徴している。

「SCOOP!」芸能スキャンダル専門のパパラッチと新人記者の、快作バディムービー。メディアのあり方などの社会的テーマも内包するモダンな人間ドラマと、見たいもんを見せてやる的などこか昭和なプロクラムピクチュアの猥雑さ。都会の裏側に蠢く人間たちのいかにもありそうなリアリティと、いい意味で予想を裏切る虚構性のバランスも良かった。

「PK ピーケー」様々宗教が混在する、インドの今を映し出すユニークな風刺劇。とある重要なモノを失くしてしまった主人公は、人々が宗教に縋るのを見て、自分も神に祈ってみる。ところが探し物は一向に出て来ず、独特の感性を持つ主人公の神への問いかけが、徐々に周りの人々を動かしてゆく。2時間半を超える長尺を全く飽きさせない、作劇の見事さが光る。

「何者」就職活動の苦闘の中で、自分が”何者”なのかを模索する5人の大学生を通し、等身大の若者たちのリアルを描く。彼らのSNSに渦巻く焦り、妬み、恋、不安。青春の終章にある若者たちが、学生という守られた存在から、社会の中で独立した何者かになってゆく物語は、生みの苦しみ。希望はあるが、精神的に相当にキツイ映画だ。

「永い言い訳」不倫相手の密会中、交通事故で妻を失った小説家の主人公が、同じ事故で亡くなった妻の親友の家族との交流を通して、自らの人生を見つめ直す。妻はもう死んでいるのだから、主人公の「罪」は永遠に償えない。虚勢を張った男の弱さを赤裸々に描きながら、心の奥底にある後悔と愛情を丁寧に掘り起こす繊細な心理劇だ。

「とうもろこしの島」2年前のTIFF上映作がようやく公開。舞台は、独立を巡りグルジアと戦争状態にある旧ソ連のアブハジア。対立する両陣営の間を流れるエングリ川の中州に、一人の老人が孫娘と共に現れ、小屋を建てトウモロコシを植え、開拓を始める。シネスコ画面いっぱいに広がる大自然が圧倒的で、対照的に愚かな争いは矮小化されるしかない。

「ヒトラーの忘れもの」こちらは去年のTIFF上映作。デンマークはナチスが埋めた220万個もの地雷処理に、投降したドイツ軍人を徴用。その多くが少年兵で、徴用された半数が死傷したという事実の映画化。人は憎しみと言う燃料さえあれば、誰でも子供すら殺すモンスターに成り得る。真摯に作られた大変な力作だ。

「この世界の片隅に」ムービー・オブ・ザ・イヤー、そして私的21世紀ベスト・ワン。太平洋戦争中、18歳で広島から呉に嫁いだすずさんの物語。どこにでもある普通の暮らしが、戦争という暴力によって少しずつ崩れ、誰もが何かを失ってゆく時代の情景となって、緻密な考証に裏打ちされた美しくリリカルなアニメーションで描かれる。本作はこの時代に生きた人々の想いを現在へと繋げる記憶の器だ。作り手の想いが余すところなくスクリーンに結実した珠玉の傑作である。

「湯を沸かすほど熱い愛」余命宣告された主人公が、残された時間でバラバラだった家族の抱える問題を総解決。家族だけでなく、関わった人々全てに愛を注ぐスーパーお母ちゃんの物語。なぜ彼女はそれ程までに人を愛すのか。秘められていた家族の真実の姿が明らかになる終盤には、主人公の苦しくも熱い想いに涙腺決壊。

「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」究極の選択を迫られた人々を通して、21世紀の戦争を描く問題作。テロリストを殺害するために、無垢な少女を巻き添えにすることが許されるのか。現場から遠く離れた会議室で、延々と繰り返される議論。これが遺作となった、アラン・リックマンの最後の台詞が、鋭く突き刺さる大力作だ。

「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストリー」ファンが予想もつかなかった、まさかの物語。間違いなくお馴染みの世界観だが、そこで繰り広げられるのは、ハードなスパイ映画で、壮絶な戦争映画。見せ場を畳み掛ける終盤15分は、映画史上屈指の名クライマックス。ここに夢一杯の宇宙冒険物語は無いが、希望は確かにあるのだ。

以上、絞りに絞ってようやく選んだ38本。
日本映画が16本もあるのがその要因だけど、例年の調子で選んでいたら、50本くらいにはなってしまっただろう。
さて、来年はどんな映画に出会えるのか。

それでは皆さん、良いお年を。

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世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜
2016年12月15日 (木) | 編集 |
後期旧石器時代のヨーロッパにいたクロマニョン人は、多くの洞窟壁画を残したが、その中でも最も有名なのが、1940年に地元の少年たちによって偶然発見されたラスコーの壁画だろう。
フランス西南部、ヴェゼール渓谷の洞窟に描かれた、数百点もの生き生きとした動物たちの壁画は、人類の映像表現の原点とも言える。

壁画の動物たちの中には、足が実際よりも多く描かれているものもあり、これは動きの表現と考えられている。
赤塚不二夫のギャグマンガなどにみられる、走っている人間の足を残像として描く技法が、既にクロマニョン人によって考案されていたのだ。
今日の「アニメーション」という言葉は、ラテン語で命や魂を意味する「ANIMA」が語源であり、古代の洞窟壁画は止まった絵に再び命を与え、動かしたいという人類の表現のチャレンジの第一歩。
また真っ暗な洞窟の中では、灯りが無いと何も見えない。
獣脂ランプのぼんやりとした灯りによって照らされた壁画は、炎の揺らぎによって少しずつイメージを変える。
マーティン・スコセッシが映画の創生期を描いた、「ヒューゴの不思議な発明」でも触れられているように、洞窟壁画は暗闇の中で光によって創造の神秘を共有体験する、太古の映画館だったのかもしれない。

現在ラスコー洞窟を始め、ほとんどの洞窟壁画は保護のために非公開。
今回展示されるのは、代表的な壁画部分を忠実に再現した「ラスコー3」と呼ばれるレプリカだが、その出来栄えは見事なもの。
壁画だけでなく、洞窟全体の縮小模型や、顔料や線刻に使われた石器など、数々の出土品なも同時に展示されていて、古代のアーティストたちの仕事を垣間見られる。
一部展示以外は写真撮影も可能。
「世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜」は、東京の国立科学博物館にて、2017年2月19日まで。
その後は東北歴史博物館(宮城)、九州国立博物館(福岡)に巡回予定。
公式サイト:http://lascaux2016.jp/

ちなみに、2012年に公開された「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」は、ウェルナー・ヘルツォークが、南仏にあるショーヴェ洞窟内の、約3万年のクロマニョン人の壁画を3D立体映像で記録したドキュメンタリーだ。
ソフトは残念ながら2D版だが、こちらも見応えのある内容なので、「ラスコー展」と合わせて鑑賞するのがおすすめ。

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