酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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2007 unforgettable movies
2007年12月29日 (土) | 編集 |
早いもので2007年も後二日となってしまった。
例によって、今年も「忘れられない映画」を思い出してみようと思う。
映画の良し悪しではなくて、一年を思い返すとなんとなく心に残っている、そんな映画を考えてみたい。
何でも、今年の世相を現す漢字は「偽」となったらしいが、映画に関して言えばトレンドは「真」だったと思う。
事実は小説よりも奇なりというが、環境問題から戦争、医療まで様々な主義・主張を持った優れたドキュメンタリーが作られ、注目された年だったと言えるだろう。
またフィクションの世界でも、社会的なテーマを持つ作品が少なくなかったのは今年の傾向と言えるかもしれない。
それでは鑑賞順に。

「それでもボクはやってない」は、周防正行監督の11年ぶりとなる新作映画。
一般にあまり知られていない世界を、映画という形で紹介するというスタンスは以前と変わらないが、「作らねばならない」というテーマに対する作家の強い使命感が感じられた作品だった。

「パンズ・ラビリンス」は、メキシコの鬼才ギレルモ・デルトロの最高傑作。
死が生を侵食し、全てが交じり合った少女の精神世界を圧倒的な描写力で描いた。
60年以上前のスペイン内乱を舞台とした作品だが、今でも世界中に存在するであろう、迷宮に迷う子供たちの魂が痛々しい。

「300 スリーハンドレッド」はデジタルシネマ時代の新しい表現を模索した力作。
フランク・ミラーのグラフィックノベルを映像化するという難題に果敢にチャレンジし、結果的にそれを超えた。俳優すら映像の一要素と捕らえ、極めてアニメーション的なアプローチで制作された実写作品である。

「ナイト・ミュージアム」は、子供の頃に見た夢が現実化したような、楽しさ一杯の娯楽快作。
あんな博物館があれば、誰でも絶対行ってみたくなるが、実際にこの映画の公開後、全米の博物館の入場者は軒並み上昇して、ナイトツアーを行う博物館も多いという。
私も久々に上野の科学博物館に行ってしまった。

「ブラット・ダイヤモンド」は、バディムービーの名手エドワード・ズウィックのベスト。
アフリカの密輸ダイヤという社会派なテーマを、ある意味で実にハリウッドらしい骨太のアクションアドベンチャーとして描いた。
描く対象に対する真摯な姿勢が、娯楽映画と社会的なテーマを乖離させず纏め上げる事の出来た要因だろう。

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」は、丁寧に作られた邦画の秀作。
マザコンの極みの様な気がしないでもないが、やはり泣かされてしまった。
樹木希林/内田也哉子という絶妙なキャスティングで既に勝った様な物。
正直なところ、私は人情物には弱い。

「バベル」は、痛い。
イニャリトゥの力作は、バベルの塔を作った事で神の怒りに触れた人間たちの物語。
罪と不寛容が世界各地で同時多発的に人間たちを苦しめ、ある者には救済が訪れる。
やや技巧に走った感はあるが、神のような巨視的な視点で、地上を這い回る切なく痛々しい人間の姿を描き上げた力作だった。

「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」は、わかっちゃいるけどやめられない〜・・・。
映画としてはもの凄く出来が悪いのに、たまらなく好きな映画だ。
この映画に関してはロジックで語ることは出来ない。
なんだかわからないけど、好き。そんな映画がたまにあっても良いだろう。

「河童のクゥと夏休み」は、原恵一監督が見せてくれた正しい夏休み映画。
作劇に若干混乱した部分もあるが、ワクワクする物語と美しい映像は、観客の子供たち(大人たちも)の忘れられない夏休みの思い出になっただろう。

「レミーのおいしいレストラン」は、アメリカ発の夏休みアニメの真打。
ピクサーアニメーションスタジオの物作りのレベルの高さをまざまざと見せ付ける秀作だった。
レストランの嫌われ者のネズミがシェフになるという逆転の発想から、シンプルな物語の中にしっかりと描かれるテーマ性まで、実に見事なフルコースだった。

「遠くの空に消えた」は、行定流の少年映画。
ジブリ映画を実写化したような不思議な世界観に、これまたデザイン化された大人たちのキャラクター。
この世界では空想は空想のまま存在し、ある意味で物語もキャラクターも纏まる事を拒否したような奇妙な、しかし心に残る作品だった。

「シッコ」は、マイケル・ムーアの新境地。
アメリカの医療制度問題をテーマに、従来の突撃取材ではなくて、海外との徹底的な比較を通して、問題の本質に迫ってくる。
ムーアの作品は基本的にプロパガンダだが、今そこにある問題を炙り出すという目的においては完璧な仕上がりであり、圧倒的な迫力で心に迫ってくる。 

「ヒロシマナガサキ」は、ドキュメンタリーの巨匠スティーブン・オカザキのライフワークとなる「核」をテーマとした一遍。ムーアが「動」だとしたらオカザキのこちらは「静」であり、ヒロシマ・ナガサキでの体験者のインタビューを淡々と流す。
しかしながら、その構成の見事さで、観るものに深い感慨を残す。

「ヘアスプレー」は、60年代の弾けるアメリカの青春。
観ていて踊りたくなるくらい、躍動感にあふれたミュージカルの傑作。
公民権運動という時代背景もしっかりと生かし、作品的な完成度も極めて高い。
新星ニッキー・ブロンスキーとジョン・トラボルタのオデブな母娘コンビも楽しかった。
そういえば今年は特殊メイクのデブキャラが活躍した年でもあった。

「ベオウルフ」は、ロバート・ゼメキスの独創のデジタルアニメーション。
実写をアニメーション的に捉えた「300 スリー・ハンドレット」とは対照的に、アニメーションを実写的に捉えた作品と言える。
俳優の肉体ではなく、演技力そのものをキャプチャして世界に取り込むという考え方は、単なるモーションキャプチャーを越えて、映画に新しいスタイルを確立する可能性を秘めている。

「カンナさん大成功です」は、2007年の最後に届いた韓国からの素敵なクリスマスプレゼント。
整形美人の切ない恋を通して、整形と言う「偽」の中にある心の「真」を描き出した、今年を締めくくるのに相応しい秀作だった。

ドキュメンタリー映画には他にも「北極のナヌー」「不都合な真実」などの秀作もあった。
全体にドキュメンタリーの製作本数、一般の劇場での公開は世界的に増加傾向にあり、この流れは来年も続くだろう。
また「ミス・ポター」「グッド・シェパード」など実在の人物や組織を描いた佳作も多かった。
ハリウッド映画は相変わらずシリーズ物が多かったが、その中では「ボーン・アルティメイタム」が頭一つ抜けていたと思う。
技術面に目を向けると、映画の制作現場ではデジタルがアナログを駆逐しつつあり、日本でも撮影素材はハイビジョンがフィルムを数の面で圧倒するという、急激な変化の時代に突入している。
「300 スリー・ハンドレット」と「ベオウルフ」は、CGという「偽」と実写という「真」の狭間にある作品だが、既に両者は融合し、過去に誰も見たことのない独特の表現が生まれつつあると言っても良いだろう。
日本映画では「ALWAYS 続・三丁目の夕日」が一人映像表現で気を吐いていた。
はたして2008年はどんな作品に出会えるのだろうか。

それでは皆さん、良いお年を。

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ジブリの絵職人 男鹿和雄展−トトロの森を描いた人
2007年09月27日 (木) | 編集 |
仕事の参考になるかと思い、東京都現代美術館で開かれている「ジブリの絵職人 男鹿和雄展−トトロの森を描いた人」に行った。
アニメの背景画にスポットを当てた美術展は珍しい上に、人気のジブリ作品だけではなくて、かなり初期の作品も含めて展示されていて、なかなか見応えがあった。
男鹿和雄というと、ある高名なアニメ作家が宮崎作品の画を見て、「暗い、あれは日本の風景ではない」と批判していたので、そのあたりも気になっていた。
確かに宮崎作品の背景では、日本というよりも中部から北部のヨーロッパ、例えば「ミス・ポター」で描かれた湖水地方あたりを連想させる色彩が多々あるが、他の作品では全く日本の山里の風景と思える物も多いので、これは男鹿氏のタッチというよりも、宮崎駿の好みの問題なのかも知れない。
展示でよかったのは、背景美術以外にも、これらの美術が実際のアニメ制作でどう使われるのかという実践的な展示があって、セルアニメの作り方が一般に人々にも分かりやすく展示されていたのは高ポイント。
むしろこっちをもう少し充実させても良かったかもしれない。
それにしても、9月の平日だというのに、昼過ぎにはもうディズニーランドの人気パビリオン並みの行列が出来ていたのは驚いた。
改めてスタジオジブリというブランドの威力を見せ付けられた気がする。
東京都現代美術館での「ジブリの絵職人 男鹿和雄展−トトロの森を描いた人」は今週末まで。
アニメーション好きなら一見の価値はある。

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2006 unforgettable movies
2006年12月30日 (土) | 編集 |
早いもので、2006年も間も無く去ろうとしている。
今年も、「忘れられない映画」をピックアップしてみようと思う。
今年の映画にキーワードを付けるならば、それは「戦」だろう。
9.11から五年が過ぎ、あの事件がもたらした物、背景にあった物、そして事件その物を描いた作品まで現れた。
直接的にせよ、間接的にせよ、映画作家達が9.11以降の世界について、一斉に声をあげ始めたのは確かだと思う。

「ホテルルワンダ」は、先進国に住む我々が、リアルに想像する事が難しいアフリカの紛争を、平凡だが極めて魅力的な主人公の目線を借りる事で、普遍性を持って描いた力作だった。
この作品の他にも「ロード・オブ・ウォー」など、暴力の連鎖が途切れない、アフリカの現実を描いた作品も今年は目立った。

「ミュンヘン」は、巨匠スピルバーグからの、9.11以降の世界に対する重い問いかけだ。
30年以上前の暴力の連鎖が、実は今現在も続いていて、9.11にも確実に繋がっている。
主人公が迷い込んだ悪夢の迷宮に明日いるのは、もしかすると我々かもしれない。

「クラッシュ」は、現代のLAを舞台に、人種偏見がもたらす様々な「衝突」を描いた群像劇。
ここにも、人間と人間の小さな戦が繰り広げられている。
しかし、ギリギリのところで、ポール・ハギスの人間を信じる眼差しの暖かさに救われた。

「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」は、戦争という人間のもっとも愚かな行いの中で、一人の女性が信念と良心を守り抜いた壮絶な戦の物語。
ゾフィーを演じたユリア・イェンチ、モーア役のアレクサンダー・ヘルトの火花散る演技合戦も見事だった。

「かもめ食堂」は、ある意味「戦」というキーワードからもっとも遠い、平和な作品。
ドラマチックな事は何も起こらない。
だが、北欧フィンランドの日本料理店を舞台にした心地よい映画的時間は、肩の力を抜いて浸っていたくなる魅力に満ちている。

「ナイロビの蜂」は、先進国に食い物にされるアフリカの現実と、ある一組の夫婦の深い愛を描いた意欲作。
やや未消化の部分も残るものの、ル・カレの骨太のプロットを正面から受け止めて、なお強烈な個性を放つ、フェルナンド・メイレレスの作家性は高く評価出来る。

「花よりもなほ」は、天下泰平の大都会江戸を舞台に、「侍」という平和な時代にはある意味場違いな存在を通して、暴力の連鎖の無意味さを描いた異色作。
間接的ながらアフター9.11を描いた、数少ない邦画としても評価したい。
この作品も、山田洋次の「武士の一分」も、邦画時代劇の伝統がしっかりと生きている事を示した。

「カーズ」は、ピクサーのボス、ジョン・ラセター自ら作り上げた超マニアックムービー。
これほどマニアックなディテールを持ちながら、同時に老若男女誰にでも楽しめるファミリームービーに仕上がっている懐の深さに脱帽。

「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」は、とても不思議な映画だ。
技術論的にこの映画を語れば、欠点だらけのダメダメな映画。
しかし、この映画には、ダメなのを判っていても人を惹きつける、映画的時間の魅力があるのだ。来年もやって来る、ジャック・スパローの次なる冒険が待ち遠しい。

「時をかける少女」は、夏の本命「ゲド戦記」の影に隠れながら、質の面で圧勝した。
過去に何度も映像化された作品を、リメイク的続編という変化球で、新鮮に蘇らせた手腕は見事。
ネットの口コミで日を追うごとに増えつづけた観客は、「ホテルルワンダ」と並んでネットの興行パワーを証明する結果となった。

「ユナイテッド93」は、正直言って今の段階では映画の出来うんぬんを評価する事は出来ない。
あの日、あの時に起こった事の一部を、徹底的に現象として描写した、色々な意味で特別な映画だ。
9.11を直接描いた作品は、この作品以外にも「ワールド・トレード・センター」があったが、オリバー・ストーンは内容的に9.11そのものからは逃げている。
あえて直球で来たポール・グリーングラスの作品は、観客に心の奥底にしまい込んだ9.11と、再び向き合う事を要求している様だ。

「スーパーマン・リターンズ」は、旧作への大いなるリスペクトを含んだ見事な復活編。
古典的なハリウッド映画を思わせる風格と、最新テクノロジーによって生み出された映像スペクタクルは観客を映画のロマンに誘う。
ややレトロな味付けながら、スーパーマンとて2006年という時代から逃れられない現実は、劇中のスーパーマンの位置付けにも現れている。

「グエムル 漢江の怪物」は、韓国の異才ポン・ジュノによる怪作。
前半の圧倒的な演出力と、半ば狙った笑いと破綻は、韓国が抱える不のメタファーをくっきりと浮かび上がらせる。
前作「殺人の追憶」とは全くテイストの違う作品ながら、背景に強い社会性を持った娯楽映画というスタンスは共通。
この才能豊かな監督がどこへ行こうとしているのか、当分目が離せない。

「フラガール」は、丁寧に作られた娯楽映画の王道。
流行のレトロ路線ながら、物語にしっかりと普遍性を盛り込み、判りやすい起承転結、個性のはっきりしたキャラクター、クライマックスのダンスシーンの迫力まで、正しく娯楽映画の教科書の様な作品だった。

「虹の女神 Rainbow Song」は、今年最低点をつけた「親指さがし」の熊澤尚人監督による、起死回生のホームラン。
全体の雰囲気に岩井俊二の影を感じるものの、適度なウエット感を持った瑞々しい佳作。
8mm映画を巡る若者達のドラマは、そのままフィルム映画へのレクイエムとなっている。

「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」の硫黄島二部作は、様々な「戦」が描かれた今年の映画の締めくくりに相応しい。
二つの視点を持つことで、過去のあらゆる戦争映画が越えられなかった表現の壁を軽々とブレイクスルーし、戦争の本質を浮かび上がらせた映画史に残る傑作である。
60年前の太平洋の孤島を巡る戦いは、今の時代に深く、静かな問いを投げかける。
我々は、それに対する答えをまだ見つけていない。


他にも、多くの作家が、戦い続ける人類と暴力の連鎖をテーマに映画を作った。
クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」や、クリスチャン・カリオンの「戦場のアリア」、韓国の俊英パク・クァンヒョンの「トンマッコルへようこそ」、アルフォンソ・キュアロンの「トゥモローワールド」などは、それぞれ注目に値する作品だった。
残念なのは、9.11とその後の戦に決して無縁でない日本から、(ドキュメンタリーの「9.11-8.15 日本心中」を別とすれば)この問題に正面から向き合った作品が観られなかったことだ。
70年代の遺物の様な「男たちの大和 YAMATO」では話にならない。
またアン・リーの「ブロークバック・マウンテン」や、ミヒャエル・ハネケの「隠された記憶」、アレクサンドル・ソクーロフの「太陽」など、ベテランの個性派作家による小品にも、印象的な作品が多かった。
さて、来年はどんな映画に出会えるのか。

それでは皆さん、良いお年を。

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祝!「まんが日本昔ばなし」放送継続決定!
2006年03月15日 (水) | 編集 |
三月一杯で終了かと思われていた「まんが日本昔ばなし」のリバイバル放送だが、四月以降の放送も決定したようだ。
このイマジネーション豊かな名作を継続して観られるとは、素直に嬉しい。
何時まで続けられるのか判らないが、継続されるという事は一定の支持があるという事だろう。

下手に30分で賞味期限が切れてしまう訳のわからん新番組作るより、30年経っても支持される番組を放送する方が、文化的にも遥かに有意義だ。
いっその事全部放送して欲しいくらいだ。
ゴールデンが難しくなったら、夕方とか朝でも良いからずっと続けてくれないかな。

昨年の放送開始から毎回楽しみに観ているが、やっぱり良い物は何十年たっても良い。
マーケティングで最初から特定の客層にしかアピールしないような作りになってる最近のアニメ(もちろん志の高い作品もあるけど)を見慣れた目からすると、「日本昔ばなし」のアバンギャルドさはまるで作り手から視聴者への挑戦みたいにも思える。
もちろんそれはマスターベーション的な独り善がりではなくて、しっかりとした見せる技術に裏打ちされた質の高い挑戦なのだが。

一応、現場の作り手としてこの業界に携わる者としては、こんな風に何十年も、何世代にも渡って愛されるような作品を一度は作ってみたい。
テレビアニメに限らないけど、この業界はもう少し観客や視聴者の見る目を信用すべきだと思う。

どこか「日本昔ばなし」の新シリーズ作らないかね。
お話自体はまだまだストックがあったと思うけど。

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伊福部昭氏死去
2006年02月10日 (金) | 編集 |
ifukube


伊福部昭氏が亡くなった。
享年91歳。
言わずと知れた日本映画音楽の巨匠。
たとえ名前を知らなくても、「ゴジラのテーマ」を聞いた事の無い日本人はいないだろう。
実は私は伊福部氏と連れションをした事がある(笑
1983年の8月5日に行われた「SF特撮映画音楽の夕べ」というコンサートがあったのだが、その開演直前にトイレに行ったら隣に見覚えのある小柄な爺さんがいた。
それが当時既に伝説の人だった伊福部氏だった。
すぐに御付の人が呼びに来て出て行ってしまったのだが、私は緊張で出る物も出なくなっちゃって、コンサートの間中トイレに行きたくてたまらなかった。
当時既に69歳。
彼のコンサートをライブで聞いたのは後にも先にもこの一回だけだが、今にして思うと連れションも含めて貴重な体験だったと思う。
関係ないけど私はなぜかトイレと著名人に縁があり、深作欣二、手塚治虫、ジェリー・ゴールドスミスらと連れションした事がある。
彼ら全員が私と連れションした後に亡くなっているのは・・・・多分偶然である。

伊福部昭氏のご冥福をお祈りいたします。

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