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2016 unforgettable movies
2016年12月30日 (金) | 編集 |
2016年は、端的に言えば「日本映画奇跡の年」だった。
例年なら1、2本あれば良いというレベルの傑作が、ほとんど月替わりで現れる、しかもメジャーからインディーズ、内容もアニメ、怪獣、ホラーからハードな人間ドラマまで、まんべんなく揃っているのだから凄い。
あまりに良作が多すぎるのでハードルが上がり、例年なら確実に入れている幾つかの作品はこのリストから漏れてしまった。
願わくば、この傾向が来年も続くと良いのだけど。
海外へ目を向けると、世界中でポピュリズムの嵐が荒れ狂った年らしく、世界各国から政治的・風刺的な秀作が多くやって来た。
それでは、今年の「忘れられない映画たち」を、ブログでの紹介順に。
例によって順位はなし。

「ブリッジ・オブ・スパイ」冷戦たけなわの50年代末、スパイの引き渡しを巡る米露交渉を任されてしまった弁護士の物語。前半は、アメリカで逮捕されたソ連スパイの裁判劇。後半は、東ベルリンを舞台にしたソ連とアメリカの捕虜交換を巡る、丁々発止の交渉劇。非常に端正な映画で、ハリウッドの超一流の仕事を堪能できる。

「消えた声が、その名を呼ぶ」第一次大戦中のトルコ軍によるアルメニア人虐殺をモチーフにした壮大な叙事詩。突然憲兵に連行された主人公は、声を失いながらも虐殺を生き残り、行方不明となった家族を探して砂漠から海へ、新大陸の大平原へと長い長い旅に出る。荒野の放浪者の物語は、中東史から現代アメリカ史へと繋がっている。

「サウルの息子」今まで作られた、どのホロコースト映画とも異なる異色作。ユダヤ人でありながら、絶滅収容所の労役を担う“ゾンダーコマンド”が主人公。長まわしのカメラは、殆どウエストショット以上で主人公に張り付き、被写界深度の浅いスタンダードの狭い画面は、観客の意識を主人公に同一化させ、この世の地獄を体験させるのである。

「ザ・ウォーク」極限の縁を歩く、ワイヤーの上のアーティストの夢と狂気の物語。今はもう存在しない、WTCの二つの塔の間を渡った男に、人々はいつしか憧憬を抱き、彼の企てる「クーデター」の共犯者となってゆく。今では死と破壊の象徴となったWTCは、この映画では若々しくとても美しい。人生と芸術に関する、ロマンチックでスペクタクルな物語だ。

「キャロル」社会が今より同性愛に不寛容だった50年代のニューヨークを舞台に、エレガントな大人の女性キャロルと、まだ初々しい蕾のテレーズの愛を描く。偽りの人生への圧力が二人の愛を翻弄する中、ついに彼女たちは魂の牢獄から自らを解き放つ。同じ時代のニューヨーク移民社会を描く「ブルックリン」も心に残る佳作だった。

「オデッセイ」火星にたった一人で取り残された男と、彼を救出しようとする人々を描くSFドラマ。植物学者の主人公が、残された物を使って生きるための環境とNASAとの通信手段を作り上げるプロセスは、宇宙版「ロビンソン・クルーソー」の様。物語を盛り上げる70年代ディスコサウンドの使い方が絶妙で、全編に渡ってスリリングでファニー!

「リップヴァンウィンクルの花嫁」残酷で切なく美しい、3時間の大作。厳しい現実によって人生どん底にまで追い詰められた主人公は、奇妙な便利屋の導きによって、不思議な世界へと足を踏み入れる。人はどうしたら幸せになれるのか?幸せはどこにあるのか?主人公の再生のドラマに、3.11以降の“ニッポンのリアル”を濃縮した、独創のシネマティックワールドだ。

「オマールの壁」分離壁で囲まれたパレスチナ自治区に暮らす、ある青年の物語。イスラエル兵射殺事件で検挙された青年は、一生を刑務所で送るか、スパイになるかを迫られる。敵味方、登場人物の誰がどんな嘘をついているのか分からない。巨大な分離壁は、閉塞した世界の象徴だ。衝撃的なラストには、全く言葉が出ない。

「父を探して」ある日列車に乗って去って行った父を探して、旅に出る少年を描くブラジル発の長編アニメーション。子どもの落書きを思わせるカラフルな絵はとても可愛らしいのだけど、少年の辿る旅路は、絵柄からは想像もつかない高度な社会風刺となっている。少年の遠大な冒険は、そのままブラジルという国の歴史でもある。

「レヴェナント:蘇えりし者」アメリカ創成期を舞台とした、壮大な映像神話。圧倒的な存在感で世界を支配するのは、シネスコ画面いっぱいに広がる大自然。互いに敵対するいくつものエスニックグループが入り乱れ、見えざる手によって主人公の運命に絡み合う。限りなく厳しい自然の中で生きることの意味を求める、神話的流離譚だ。

「ズートピア」全世界的にポピュリズが猛威を振るった2016年に、ディズニーが送り出したパワフルな政治風刺劇。多種多様な動物たちが暮らすズートピアは、現代アメリカのカリカチュアであり、描こうとしているモチーフはズバリ「差別」だ。しかも表層的な部分だけでなく、かなり踏み込んで描いているのには唸った。好調ディズニー・ピクサーは「アーロと少年」「ファインディング・ドリー」も素晴らしいクオリティ。

「アイアムアヒーロー」安っぽさゼロ、ハリウッド映画とタイマン張れるゾンビホラーの大快作だ。予告編はコメディタッチを予感させるものだったが、本編はR15+指定なのを良いことに、人体破壊の限りを尽くす凶悪っぷり。ダサかっこいい主人公vs迫り来るゾキュン軍団の大バトルは息つく暇もない。

「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」人知を超越した強大な力を一部の人間が持つことを、果たして人類は容認できるのか。力は国家に帰属させるのか、それとも個人に委ねられるべきなのか。二つの正義の対決は、アメリカが建国以来抱えてきた重要なイッシューだ。「アベンジャーズ」「ウィンター・ソルジャー」と共にMCUのベスト。

「ちはやふる 上の句&下の句」競技かるたに明け暮れる高校生たちの青春を「上の句」「下の句」と題した二部作で描く。和のスポコン+控えめなラブストーリーに、思春期のワクワクドキドキが加速する。二部作の話のたたみ方も見事で、まさにお手本のような熱血青春映画。本当の完結編となるという、「ちはやふる」第三部が今から待ちきれない。

「殿、利息でござる!」江戸時代、百姓たちが藩にお金を貸して利息をとったという、実話ベースの物語。印象深いのは、古の日本人たちの驚くべき公共性、パブリックな意識の高さ。利息は全て村人に分配されるので、出資を申し出た者には一銭も戻らない。ユーモラスではあるがコメディではなく、現在の社会にも十分通じるお金を巡る真面目な寓話だ。

「神様メール」どこかモンティパイソンを思わせるシュールでシニカル、それでいて詩的なファンタジー。癇癪持ちでサディストの神様に虐げられた娘が反乱を起こす。キリストの妹は、全ての人類に余命を告知するメールを送信すると、新・新約聖書を作るために人間界への旅に出のだが、やがて彼女の行動は世界の”リセット”に繋がってゆく。

「ヒメアノ〜ル」日本映画史に類を見ない大怪作。お話はごく単純、でも簡単には語れない。前半の気持ち悪いラブコメが、ある瞬間に世界が反転、日常の裏側にあった闇が前面に出てくる。ヒメアノールとは小さなトカゲのことだそうだが、無害な動物を暴走するシリアルキラーに変異させたのは何か。怪物に共感は出来ないが、なんとも言えない憐れみを感じさせる。

「エクス・マキナ」歴史上、数々の名作SFがモチーフとしてきた人間とAIの関係を描く。人間から生まれ、人間を超える知性を、支配することは許されるのか。AIはその地位に甘んじるのだろうか。思考する機械という、ありえなかった存在が現実になろうとする時代。絵空事というには、このテーマはあまりにもリアルすぎる。

「帰ってきたヒトラー」死の直前に現代のドイツにタイムスリップしたヒトラーと、仕事をクビになったTVディレクターがコンビを組み、ユーチューバーとして大人気となる。観た当時よりも、後から重みを増した映画だ。まさかのブレクジットにトランプの当選と、現実が映画に追いついてしまった。私たちはもう、この映画を笑えない。

「日本で一番悪い奴ら」四半世紀の長きに渡って北海道の裏社会と癒着しながら、道警のエースと呼ばれた悪徳刑事の半生を描く、実話ベースの異色のピカレスク大河ドラマだ。やりたい放題、怒涛の勢いで成り上り、今度はノンストップで破滅に向かって突っ走る主人公を通して、日本型組織のあるあるネタがカリカチュアされて見えてくる。

「シング・ストリート 未来へのうた」80年代のダブリンを舞台に、年上の彼女にアピールするべくバンドを始めた高校生の物語。社会は大不況、家では両親の不和という幾重の葛藤の中で、少年は恋と音楽に突き進む。やがて彼は、小さな閉塞した世界を超えて、無限の可能性が待つ未来へと歩み出すのだ。

「死霊館 エンフィールド事件」10年代オカルトホラーのベスト。霊現象に関わった、あるいは“ギフト”として能力を与えられた者それぞれの葛藤に、一貫した答えが与えられている。絶望を抱えた人間を救えるのは、結局信頼と愛に支えらえれた行動なのである。今年は「イット・フォローズ」「ライト/オフ」「ドント・ブリーズ」など、ワンアイディアを生かし切ったホラーの秀作が目立ったが、王道の一本はやはりこれだ。

「シン・ゴジラ」これは怪獣出現というシチュエーションで、日本という国家の中枢で何が起こるのかの徹底的なシミュレーション。本作が3.11にインスパイアされているのは明らかで、我々=日本=現実はあの時失敗したが、「本来はこうあるべきだった、こう出来たはずだった」という理想形を、ゴジラという虚構との対立を通して見せてくれるのが本作であり、未曾有の危機を背景に、この国の人間のあり方を希望的に描いた物語なのである。

「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」灯台守りの子として、孤島で暮らす幼い兄妹の大冒険とそれぞれの成長物語。世界観を形作るアイルランドの精神世界が、自然に子供達の流離譚に組み込まれている。キャラクターや美術は丸と環をベースにデザインされ、それが背景となる神話の世界観を表してるのだが、アニミズム色が強いアイルランド神話は日本人には馴染みやすい。

「君の名は。」色々な意味で今年を代表する大ヒット作。これも「シン・ゴジラ」同様、3.11の現実に抗った先にある希望を描いているが、アプローチは真逆。シミュレーションに徹し、巨大なチームとしての日本を描いた「シン・ゴジラ」に対して、本作は徹底的に個人のエモーションに寄り添い、誰かを想う人の心が、宇宙の法則をも変えてしまう世界を描く。2016年夏は、「シン・ゴジラ」と「君の名は。」によって映画史に永遠に刻まれるだろう。

「レッドタートル ある島の物語」隔絶された理想郷で展開する、生命のサイクルの物語。台詞なしで描かれる、リリカルな異種婚姻譚の魅力に抗うのは難しい。物語はそのまま主人公の心情と見ることもできるし、愛に関するこの世界の縮図と捉えることもできるだろう。モチーフ的に「ソング・オブ・ザ・シー」に通じるものがあるのが面白い。

「聲の形」幼さゆえに取り返しのつかない罪を犯した少年が、命の意味に向き合い、世界を取り戻すまでの物語。聾唖の少女への虐めから始まる物語は、相当に痛くて苦しい。登場人物の誰もが傷つき、大なり小なり罪を抱えて生きてる。観客も、登場人物と共に苦しみながらも、彼らの一員となった感覚で、自らも葛藤せざるをえないのである。

「怒り」凄惨な殺人事件の1年後、忽然と現れた3人の男と共に、全く異なる三つの愛と罪の物語が描かれる。人を信じることの難しさと尊さ、そして恐ろしさ。二つの物語には許し、あるいは癒しがもたらされるが、唯一沖縄の物語にだけは、なんの救いも無いまま。ラストカットの誰にも届かない魂の叫びは、この世界の不条理と残酷さを象徴している。

「SCOOP!」芸能スキャンダル専門のパパラッチと新人記者の、快作バディムービー。メディアのあり方などの社会的テーマも内包するモダンな人間ドラマと、見たいもんを見せてやる的などこか昭和なプロクラムピクチュアの猥雑さ。都会の裏側に蠢く人間たちのいかにもありそうなリアリティと、いい意味で予想を裏切る虚構性のバランスも良かった。

「PK ピーケー」様々宗教が混在する、インドの今を映し出すユニークな風刺劇。とある重要なモノを失くしてしまった主人公は、人々が宗教に縋るのを見て、自分も神に祈ってみる。ところが探し物は一向に出て来ず、独特の感性を持つ主人公の神への問いかけが、徐々に周りの人々を動かしてゆく。2時間半を超える長尺を全く飽きさせない、作劇の見事さが光る。

「何者」就職活動の苦闘の中で、自分が”何者”なのかを模索する5人の大学生を通し、等身大の若者たちのリアルを描く。彼らのSNSに渦巻く焦り、妬み、恋、不安。青春の終章にある若者たちが、学生という守られた存在から、社会の中で独立した何者かになってゆく物語は、生みの苦しみ。希望はあるが、精神的に相当にキツイ映画だ。

「永い言い訳」不倫相手の密会中、交通事故で妻を失った小説家の主人公が、同じ事故で亡くなった妻の親友の家族との交流を通して、自らの人生を見つめ直す。妻はもう死んでいるのだから、主人公の「罪」は永遠に償えない。虚勢を張った男の弱さを赤裸々に描きながら、心の奥底にある後悔と愛情を丁寧に掘り起こす繊細な心理劇だ。

「とうもろこしの島」2年前のTIFF上映作がようやく公開。舞台は、独立を巡りグルジアと戦争状態にある旧ソ連のアブハジア。対立する両陣営の間を流れるエングリ川の中州に、一人の老人が孫娘と共に現れ、小屋を建てトウモロコシを植え、開拓を始める。シネスコ画面いっぱいに広がる大自然が圧倒的で、対照的に愚かな争いは矮小化されるしかない。

「ヒトラーの忘れもの」こちらは去年のTIFF上映作。デンマークはナチスが埋めた220万個もの地雷処理に、投降したドイツ軍人を徴用。その多くが少年兵で、徴用された半数が死傷したという事実の映画化。人は憎しみと言う燃料さえあれば、誰でも子供すら殺すモンスターに成り得る。真摯に作られた大変な力作だ。

「この世界の片隅に」ムービー・オブ・ザ・イヤー、そして私的21世紀ベスト・ワン。太平洋戦争中、18歳で広島から呉に嫁いだすずさんの物語。どこにでもある普通の暮らしが、戦争という暴力によって少しずつ崩れ、誰もが何かを失ってゆく時代の情景となって、緻密な考証に裏打ちされた美しくリリカルなアニメーションで描かれる。本作はこの時代に生きた人々の想いを現在へと繋げる記憶の器だ。作り手の想いが余すところなくスクリーンに結実した珠玉の傑作である。

「湯を沸かすほど熱い愛」余命宣告された主人公が、残された時間でバラバラだった家族の抱える問題を総解決。家族だけでなく、関わった人々全てに愛を注ぐスーパーお母ちゃんの物語。なぜ彼女はそれ程までに人を愛すのか。秘められていた家族の真実の姿が明らかになる終盤には、主人公の苦しくも熱い想いに涙腺決壊。

「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」究極の選択を迫られた人々を通して、21世紀の戦争を描く問題作。テロリストを殺害するために、無垢な少女を巻き添えにすることが許されるのか。現場から遠く離れた会議室で、延々と繰り返される議論。これが遺作となった、アラン・リックマンの最後の台詞が、鋭く突き刺さる大力作だ。

「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストリー」ファンが予想もつかなかった、まさかの物語。間違いなくお馴染みの世界観だが、そこで繰り広げられるのは、ハードなスパイ映画で、壮絶な戦争映画。見せ場を畳み掛ける終盤15分は、映画史上屈指の名クライマックス。ここに夢一杯の宇宙冒険物語は無いが、希望は確かにあるのだ。

以上、絞りに絞ってようやく選んだ38本。
日本映画が16本もあるのがその要因だけど、例年の調子で選んでいたら、50本くらいにはなってしまっただろう。
さて、来年はどんな映画に出会えるのか。

それでは皆さん、良いお年を。

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世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜
2016年12月15日 (木) | 編集 |
後期旧石器時代のヨーロッパにいたクロマニョン人は、多くの洞窟壁画を残したが、その中でも最も有名なのが、1940年に地元の少年たちによって偶然発見されたラスコーの壁画だろう。
フランス西南部、ヴェゼール渓谷の洞窟に描かれた、数百点もの生き生きとした動物たちの壁画は、人類の映像表現の原点とも言える。

壁画の動物たちの中には、足が実際よりも多く描かれているものもあり、これは動きの表現と考えられている。
赤塚不二夫のギャグマンガなどにみられる、走っている人間の足を残像として描く技法が、既にクロマニョン人によって考案されていたのだ。
今日の「アニメーション」という言葉は、ラテン語で命や魂を意味する「ANIMA」が語源であり、古代の洞窟壁画は止まった絵に再び命を与え、動かしたいという人類の表現のチャレンジの第一歩。
また真っ暗な洞窟の中では、灯りが無いと何も見えない。
獣脂ランプのぼんやりとした灯りによって照らされた壁画は、炎の揺らぎによって少しずつイメージを変える。
マーティン・スコセッシが映画の創生期を描いた、「ヒューゴの不思議な発明」でも触れられているように、洞窟壁画は暗闇の中で光によって創造の神秘を共有体験する、太古の映画館だったのかもしれない。

現在ラスコー洞窟を始め、ほとんどの洞窟壁画は保護のために非公開。
今回展示されるのは、代表的な壁画部分を忠実に再現した「ラスコー3」と呼ばれるレプリカだが、その出来栄えは見事なもの。
壁画だけでなく、洞窟全体の縮小模型や、顔料や線刻に使われた石器など、数々の出土品なも同時に展示されていて、古代のアーティストたちの仕事を垣間見られる。
一部展示以外は写真撮影も可能。
「世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜」は、東京の国立科学博物館にて、2017年2月19日まで。
その後は東北歴史博物館(宮城)、九州国立博物館(福岡)に巡回予定。
公式サイト:http://lascaux2016.jp/

ちなみに、2012年に公開された「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」は、ウェルナー・ヘルツォークが、南仏にあるショーヴェ洞窟内の、約3万年のクロマニョン人の壁画を3D立体映像で記録したドキュメンタリーだ。
ソフトは残念ながら2D版だが、こちらも見応えのある内容なので、「ラスコー展」と合わせて鑑賞するのがおすすめ。

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ピクサー展 スタジオ設立30周年記念 PIXAR 30 YEARS OF ANIMATION
2016年04月28日 (木) | 編集 |
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故スティーブ・ジョブズが、ルーカス・フィルムのCG部門を買収し“PIXAR”と名付けたのは1986年のこと。
当時誰も見た事が無かった、コンピューターが作り出すキャラクターアニメーションを作り続けて30年。
現在までに公開された全ての長短編を網羅した回顧展だ。
展示は主にコンセプトアートやストーリーボード、カラースクリプトなど膨大なドローイングと、キャラクターの立体モデル。
各セクション、各作品ごとのインタビューやメイキング、短編セレクションなどの映像展示。
伝わってくるのは、徹底的なスートーリー優先、スートーリー至上主義なのがいかにもピクサー。
全てをじっくり見て回るには4、5時間は余裕でかかるだろう。
このボリュームで大人1500円は安いと思う。
東京都現代美術館で5月29日まで。

ところで「メリダとおそろしの森」のほぼ完成されたキャラクターのドローイングに、「2005年」のスタンプが押してあったのには衝撃を受けた。
この映画は2012年公開だから、キャラデサフィニッシュしてから更に7年もかけてるってこと?
・・・体制が違い過ぎて羨むことすら出来ない(・_・;

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2015 unforgettable movies
2015年12月30日 (水) | 編集 |
いろいろな事が起こりすぎて、なんだか世界が混沌に陥っていった2015年。
映画界の最大の話題は、「マッドマックス」「スター・ウォーズ」「ロッキー」という7、80年代に絶大な人気を誇った伝説的なシリーズが、揃ってオリジナルを凌駕するクオリティで見事な復活を遂げたことだろう。
時代は連環するというが、今また新しい時の輪がはじまったという感慨がある。
それでは、今年の「忘れられない映画たち」を鑑賞順に。

「KANO 1931海の向こうの甲子園」は、日本統治時代の1931年に、台湾代表として甲子園大会に出場し、旋風を巻き起こした嘉義農林学校野球部を描く群像劇。民族を超える野球という肉体言語が、誰も予想しなかった奇跡を生む。これは台湾近代史の1ページであると同時に、失われた日本史の物語でもある。

「リトル・フォレスト 夏・秋・冬・春」は、東北のとある村に、たった一人で自給自足しながら暮らす、いち子の一年を描く四部作。彼女の日常に特に何が起こるわけでもなく、育て収穫し料理して食う、を繰り返しているだけ。だが生きる事に直結する“労働”を描くこの作品には、生命としての本質的な憧れを感じる。独創の映画である。

「アメリカン・スナイパー」は、クリント・イーストウッドが戦争の時代に問う、大問題作。米軍最強のスナイパーの実話をベースに、西部劇の構造を埋め込み、正義を求める高潔なる心と、残酷すぎる現実の矛盾を描く。ただ正しい事をしたいと思っているのに、主人公はいつしか戦場の怪物と化し、永遠にその呪縛から逃れることは出来ない。

「幕が上がる」は、ある意味今年最大のサプライズにして、青春映画史に残る大傑作。ももいろクローバーZのメンバーが演じる、高校の弱小演劇部は、嘗て“学生演劇の女王”と呼ばれた一人の指導者によって覚醒してゆく。モノ作りとは何か、なぜ自分は物語るのか。ここには創造の夢と狂気、どこでもない何処かへと向かう最初の情景がある。スピンオフに当たる舞台版も素晴らしかった。

「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」は、第二次世界大戦下、解読不可能と思われていたドイツ軍の暗号マシン、エニグマに挑んだ天才数学者の物語。だが、彼が異常な執念をもって“考えるマシン”を作ろうとしたのは、単に戦争に勝つためだけではない。その心に秘められた、ある感情が露になるとき、本作は最も切ないラブストーリーとなる。

「セッション」は、恐ろしいまでの緊迫感が全編に渡って持続する、超クールな音楽映画。全米一の音楽大学で、スクールバンドにスカウトされた主人公は、そこで“天才を育てること”にとり付かれた狂気の指導者と出会い、地獄の日々を送る事になる。これはもはや、弾丸の変わりに意地と欲望と音符が飛び交う命がけの決闘だ。

「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」は、異才アレハンドロ・G・イニャリトゥによる、未見性の固まりの様な異色作。嘗てヒーロー映画の主役としてもてはやされたのも今は昔、忘れられた俳優、リーガンのカムバック劇は、やがて現実と虚構がシームレスに入り混じり、観客は彼の心象の迷宮に迷う事になる。イニャリトゥはスクリーンを超え、観客の心に直接画を描く。

「寄生獣 完結編」は、漫画を原作とする日本のSFがことごとく討ち死にする中、前作に引き続き高いクオリティを維持した。要素を絞り込み、プロットの密度をを高めて展開する物語は、極めてスリリングでテーマ性も高い。脚本の完成度を上げ、きちんと演技の出来る俳優をキャスティングするという、どこまでも基本に忠実な作りの勝利だ。

「シンデレラ」は、誰もが知るディズニー名作アニメーションの、完璧なセルフリメイク。ケネス・ブラナー監督は、あえて現代的な改変や脚色を行わず、オリジナルストーリーのキャラクターを掘り下げるという手法で、見事古典をモダナイズしてみせた。魔法のシーンの視覚的美しさも素晴らしく、本作を観た観客は誰もが10歳の少女の気持ちに戻ってしまうだろう。

「ピッチ・パーフェクト1&2」は、大学アカペラのNo.1に挑む女性だけのチーム、ガーデン・ベラーズの活躍を描く群像劇。典型的なアメリカンお下品コメディだが、オバカなお笑いと、アカペラシーンのカッコ良さのギャップが見事。今年は音楽映画の当たり年で、本シリーズの他にも「セッション」や後述する「ストレイト・アウタ・コンプトン」、「はじまりのうた」など秀作が目白押しだった。

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」は、2015年映画界最大の事件。30年ぶりに蘇った世紀末アクションは新たな伝説を作り出し、文句なしの本年度ムービー・オブ・ザ・イヤーとなった。これは細部まで考えられたロジカルな作劇と、暴走するV8エンジンの狂気のエネルギーに支えられた、映像のロックオペラだ。我々は、一人のウォーボーイズとなって、この戦いに参戦するしかない。

「サイの季節」は、イラン革命下、とある男の策略によって30年に渡り囚われの身となったクルドの詩人の物語。ようやく釈放されたとき、既に詩人の家族は手が届きそうで届かない存在になっていた。主人公のモデル、主演俳優、監督は共に国を追われた男たち。これは、彼らの歴史と想いを一つの映画に統合し、再解釈した壮大な映像叙事詩だ。

「コングレス 未来学会議」は、鬼才アリ・フォルマン監督による、異色の近未来SF。デジタル技術が極限まで発展し、あらゆる映像を作り出せるようになった時、人々が求める“次”は何か?フォルマンはアニメーション手法を使って、映像がマテリアルではなく、ケミカルによって作り出される時代を描く。映画の終焉が行き着く先は、はたしてディストピアなのか、それともユートピアなのか。

「インサイド・ヘッド」 は、ディズニー・ピクサーの素晴らしいファミリー映画。思春期の入り口に立つ11歳の女の子の脳内にいるのは、ヨロコビ、ムカムカ、ビビリ、イカリ、そしてカナシミ。人生は楽しくてハッピーな事だけじゃだめなのか、なぜカナシミが必要なのか。ヨロコビとカナシミの脳内ワンダーランドの大冒険は、とても面白くて、ちょっぴり切ない。

「野火」は、塚本晋也監督の執念が生んだ、戦後70年の節目に相応しい大傑作。太平洋戦争末期のフィリピン。無限に広がるジャングルに送り込まれた主人公の田村は、極限状態の中でこの世の地獄を見る。塚本監督自身が演じる田村は、この映画自体を心象として観客を包み込み、一体化する。我々は、否応なしに世にも恐ろしい緑の海の流離譚を体験するのである。

「ミッション:インポッシブル / ローグ・ネイション」は、シリーズベストの快作。プッチーニの「トゥーランドット」を換骨奪胎。非常なスパイの世界で希望を失っているヒロインをテーマ的な主人公とし、イーサン・ハントと仲間たちが救出する。今年はスパイ映画も良作が多く、「007 スペクター」や日本の「杉原千畝 スギハラチウネ」なども良かったが、作劇の妙で本作が一歩抜け出していた。

「ストレイト・アウタ・コンプトン」は、80年代後半に旋風を巻き起こしたギャングスタラップの雄、N.W.Aのメンバーたちを描く鮮烈な実録青春群像劇。青春映画・音楽映画として優れているだけでなく、アフロアメリカン現代史の20世紀の終章と捉えるとより興味深い。彼らから遡ること四半世紀、キング牧師の闘争を描いた「グローリー-明日への行進-」も心に残る。

「草原の実験」は、ある意味今年最大の衝撃作。草原の一軒家にどえらい美少女が朴訥な父と暮らしている。そこに少女を慕い、訪ねてくる少年が二人。素朴な理想郷の情景はしかし、ある時点から急速に暗雲に包まれてゆく。そして予想もしなかったラストシーン、私たちはこの世界がいかに残酷で、暴力に満ちているかを知るのである。

「マイ・インターン」は、どこか古典映画の様な品格を纏った、ヒューマンコメディの秀作。アン・ハサウェイ演じる、葛藤を抱えたeコマースのやり手創業者は、父親の様な年齢のインターンとの出会いで、少しずつ生き方を変えてゆく。一見オシャレなガールズムービーの様な装いながら、同時に高齢化社会の理想をも描き出し、軽妙でありながら、なかなかに深みのある秀作である。

「名もなき塀の中の王」は、いかにもイギリス映画らしいハードな刑務所ドラマだ。暴力衝動を抑えられない少年が、移送された刑務所に偶然収監されていた生き別れの父と出会い、少しずつ変わってゆく。 人間の負の部分が増幅される刑務所という閉鎖空間で、彼らはぶつかり合いながらも、心の底にある絆と愛を知る。

「裁かれるは善人のみ」は、バレンツ海に臨む田舎町を舞台に、権力に翻弄される市井の人々を描くヘビー級のドラマ。土地買収に纏わる騒動が、次から次へと悪循環を作り出し、そこに浮かび上がるのは、虚飾に満ちた現代ロシアの真の姿。ここにはもう神も悪魔もおらず、ただ神の名を語る人間たちのみがいる。

「ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション」
シリーズ最終章に相応しい、パワフルな傑作。カットニスの勇気によって火を噴いた革命は終わりに近づき、独裁は敗北しつつある。だがその事が、平和の到来を意味しないことを知った時、カットニスは誇り高きテロリストとなることを選ぶ。ハリウッドの鋭敏な時代感覚によって、本作は世界の鏡像となった。

「恋人たち」は、共に幸せが過去になってしまった3人の男女を主人公とした物語。なぜ自分にだけ不幸が降りかかるのか、どうしたら人に自分の気持ちを分かってもらえるのか、自分の本当の居場所はどこなのか。ただ幸せを求めて、喪失を埋め合わせようと、閉塞を打ち破ろうと、抗えば抗うほどに現実に打ちのめされる。 今ある世界の暗闇に僅かな光を見出すラストは余韻が長く残る。

「独裁者と小さな孫」は、自らも亡命生活を送る、モフセン・マフマルバフ監督による、寓話的物語。クーデターで権力を追われた独裁者は、幼い孫と二人逃亡者となり、自らが抑圧した人々によって狩り立てられる。独裁者はなぜ生まれるのか、独裁者を作り出すのは誰なのか。映画は暴力の主体としての大衆を客観視させ、世界の縮図を見せ付ける。

「スター・ウォーズ / フォースの覚醒」は、伝説のサーガの鮮やかな復活。J・J・エイブラムスは、創造主の去った宇宙を、見事に人間の手に取り戻した。骨組みはしっかりと残しつつ、ディテールは現代に相応しくモダナイズ。結果どこからどうみても「スター・ウォーズ」だが、フレッシュでワクワクする冒険物語となった。フォースは、間違いなく覚醒したのである。

「クリード チャンプを継ぐ男」は、新世代の監督、俳優による「ロッキー」第二章。こちらも名作シリーズ久々の復活。嘗て最強のチャンピオンだったアポロの息子は、偉大な父を超えるために、自らのメンターにロッキーを選ぶ。これは父を知らない男が、ロッキーと擬似的な父息子関係を結んで、本当の父を越えて行く漢の映画である。

以上、作品の評価や完成度ではなく、現時点で最も心に残る26本。
並べてみると、本当に音楽をモチーフにした秀作が多かった様に思う。
あと今年の特徴としては、ジェンダーに関してハリウッドのメインストリームの潮目がはっきりと変った。
「スター・ウォーズ」の新たな主人公が女性になったのは、その象徴的な出来事だ。
「マッドマックス」や「ミッション:インポッシブル」も一見すると男が主役に見えるが、テーマを体言しているのはどちらも女性。
「マイ・インターン」のアン・ハサウェイとロバート・デ・ニーロもそうなのだが、深刻な葛藤を抱えている物語的な主人公は女性で、男性はその手助け役、面白さを担う存在という作品が目立った。
フェミニズムの年らしく「私に会うまでの1600キロ」「プリデスティネーション」「アデライン、100年目の恋」、日本映画でも「ビリギャル」「心が叫びたがってるんだ」など、など女性が主人公でそれぞれにユニークな視点を持つ秀作が多かった。
洋画アニメーションでは、「リトル・プリンス 星の王子さまと私」「I LOVE スヌーピー」「ひつじのショーン~バック・トゥ・ザ・ホーム~ 」など、有名原作やテレビ版などの知名度のある作品は公開されたものの、それ以外は相変わらずガラパゴス。
フランスの素晴らしい「MUNE」などは是非正式公開を望みたい。
他にも言及したい作品は沢山あるが、きりがないのでこのへんで。
ただ最後に、「ワイルド・スピード SKY MISSION」にだけは触れておきたい。
映画としてはもちろん面白かったが、故ポール・ウォーカーに対する最高のトリビュートであり、違う意味で忘れられない映画になった。
さて来年は、どんな映画に出会えるのだろう。

それでは皆さん、よいお年を。

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2014 unforgettable movies
2014年12月29日 (月) | 編集 |
都知事選で始まり、衆院選で終わった印象の2014年。
景気は良いんだか悪いんだかイマイチわからなかったが、とりあえず映画界には「アナ雪」と「妖怪」という二大旋風が吹き荒れ、途中停滞した時期もあったものの、まずまず活気ある年だったのではないか。
昨年「風立ちぬ」と「かぐや姫の物語」という、共に映画史に残る傑作を発表したスタジオジブリが、長編アニメーションからの撤退を発表という残念なニュースがあった一方、提携先のディズニーは「アナ雪」だけでなく「マレフィセント」や「ベイマックス」まで軒並み大ヒットし、日本における絶頂期を迎えている。
それでは、ディズニーだけではない、今年の“忘れられない映画たち”を鑑賞順に。

「少女は自転車に乗って」は、映画館が存在しない国、中東サウジアラビアからやって来た愛すべき小品。厳格な戒律に支配された男性優位社会にあって、どうしても自転車に乗りたいという少女の願いは、やがて大人たちを巻き込んだ小さな突風となる。自由を制限された女性たちのリアルと、未来へのかすかな希望が心に染みる。

「MUD -マッド-」は、マシュー・マコノヒーイヤーの開幕を告げた快作。崩壊しつつある家庭に育つ少年は、ミシシッピの中洲で“マッド(泥)”と名乗る逃亡者と出会う。やがて彼は、マッドと過ごしたのひと夏の経験によって、様々な愛の形を知り、大人への階段を上ってゆく。ゆったりと流れる泥色の大河ミシシッピが、人々の人生を象徴する。

「新しき世界」は、「インファナル・アフェア」+「ゴッドファーザー」ともいうべき、韓国フィルムノワールの傑作。ヤクザ組織へ潜入捜査に送り込まれた主人公は、やがて組織のNo.2と義兄弟の契りを交わし、自らもNo.4の地位にまで出世する。そして暗黒街を支配しようとする警察の陰謀を知った時、男が選ぶのは任務への忠誠か、それとも友情か。

「ラッシュ/プライドと友情」は、1970年代に地上で最速を求めたF1ドライバーの伝説を追った、実話ベースのドラマ。クレバーなドライビングマシン、ニキ・ラウダと破天荒な天才、ジェームズ・ハントのライバルストーリーは、レースそのものを描かなかったからこそ、逆説的にモータースポーツを描いた、映画史上最良の作品となった。

「オーバー・ザ・ブルースカイ」は、ベルギー発の異色の音楽ドラマ。ミュージシャンの主人公は、才能豊かなタトゥー・アーティストの女と出会い、家族となる。だがその幸せは、残酷な運命によって打ち砕かれ、喪失を埋めようとする男と女の見る世界は、あまりにも違うのである。ラストに浮かび上がる究極の愛の形に思わず涙。

「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」は、タイトル通りイマジンする事から始まる物語。好奇心旺盛な小3少女の日常は、大人たちにとっての当たり前の世界に対する疑問と不思議に満ちている。観客は彼女たちの目を通して、嘗ての自分が持っていた童心を取り戻し、“知ってゆくこと”のワクワクやドキドキ、そして戸惑いや痛みを追体験するのである。

「それでも夜は明ける」は、本年度アカデミー賞に輝いた骨太の歴史ドラマ。アフリカ系英国人のスティーブ・マックィーン監督は、今もアメリカ社会に影を落とす黒歴史を冷徹に、しかし実に映画的に描写する。オバマ政権の成立以来、奴隷制と人種差別をモチーフとした作品は確実に増えたが、今年は本作以外にも「大統領の執事の涙」「 フルートベール駅で」など、アフリカ系監督が人種葛藤をストレートに描いた秀作が目立った。

「アナと雪の女王」は、伝統のディズニー・プリンセスものに、新たな歴史を切り開いた快作。映画を社会の鏡と考えるならば、本作以上に今年を代表する作品は存在しないだろう。御伽噺の魔女は、本当は何者か?という問いから始まる物語は、ある意味嘗てのディズニー・プリンセスが体現した価値観を創造的に破壊し、多様な愛の形に結実する。

「ウォルト・ディズニーの約束」は、名作「メリー・ポピンズ」のビハインド・ザ・シーンを題材に、創造とはどこから生まれるのかを描いた傑作だ。魔法使いのナニーは、本当は誰を救いにやって来たのか?1960年代のハリウッドと、その半世紀前のオーストラリア。一見関係ない2つの物語を巡るミステリーは、やがてある家族の哀しい秘密と、物語に隠された本当のテーマを解き明かしてゆく。

「アデル、ブルーは熱い色」は、平凡な女子高生が、青い髪のファムファタールと出会い、人生を変える情熱的な愛を知る、鮮烈なファースト・ラブストーリー。同性愛をモチーフとしているが、ここに描かれるのは、苦しくて、切なくて、そして少しだけ気恥ずかしくもある、普遍的な初恋の情景だ。二人の主人公を演じたアデル・エグザルコプロスとレア・セドゥが素晴らしい。

「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」は、数あるマーベル作品の中でも1、2を争う秀作。永遠の戦場を生きる、哀しき帰還兵たちの物語は、単に荒唐無稽なアクションだけではない。マーベル最古のヒーローは、傷つき、葛藤しながらも「正義は、恐怖を内包するものなのか?アメリカよ、それで良いのか?」と問いかけるのだ。

「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」は、 ひょんな事から林業に従事する事になった都会っ子の成長を描く、一次産業青春映画。一見ライトなコメディに見えて、やがて物語は日本の山に息づく土着性を取り込み、驚くべきスペクタクルとして昇華されるのである。今年は「銀の匙 Silver Spoon 」「リトル・フォレスト夏・秋」など農村の青春ものが目立った。

「野のなななのか」は、AKB48のプロモーションとして作られた「So Long!」を1.5章として間に挟んだ、大林宣彦のシネマティック・ワンダーランド第2章。ある意味映画表現そのものへの疑問すら内包し、 長岡から芦別へ、忘れられた樺太の戦いから、3.11を経て未来へと駆け抜けながら、映画は「あなたは何者か?」と問いかける。

「ホドロフスキーのDUNE」は、映画史上もっとも有名な未完成作品、アレハンドロ・ホドロフスキー版「DUNE砂の惑星」のビハインド・ザ・シーンを追ったドキュメンタリー。映画で世界を変えられると、本気で信じた若者たちの熱気が、時空を超えて伝わってくる。本作が切っ掛けとなって、ホドロフスキー23年ぶりの新作、「リアリティのダンス」へ創作の連鎖が生まれた。

「ノア 約束の舟」は、鬼才ダーレン・アロノフスキーによる史上もっともホラーなノアの方舟伝説。大いなる意思の創造物としてなすべき使命と、人間としての愛の間で葛藤し、徐々に心の均衡を失ってゆくノアの姿は鬼気迫る。聖なる方舟という世界の胎内を舞台に、人間存在の真理を問うた珠玉の心理スリラーだ。

「her/世界でひとつの彼女」は、スパイク・ジョーンズ独特の手触りが印象な、異色のSFラブストーリー。生身の人間と肉体から解放されたAIという奇妙なカップルの姿を通して、“心”という人間存在のもっとも不可思議な部分が浮かび上がる。声だけの露出にも関わらず、圧倒的な存在感で映画を支配するスカーレット・ヨハンソンが素晴らしい。

「思い出のマーニー」は、長編アニメーションからの撤退を発表したスタジオジブリが放った、最後の光。体を病み、心を閉ざした少女は、ミステリアスな金髪の少女マーニーとのひと夏の経験を通して、自分が時空を超えた愛に包まれている事を知る。宮崎駿とも高畑勲とも違った、新世代の豊かな才能を感じさせる、宝石の様に美しい小品だ。

「フランシス・ハ」は、非モテ系ダンサー志望27歳の主人公が、人生の分岐点にさしかかり、自分の居場所を探して葛藤する物語。とにかく全てにおいてタイミングの悪い彼女は、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。しかし理想と現実の間でジタバタする姿に、観客はいつしかすっかりと感情移入してしまう。ミステリアスなタイトルが秀逸。

「るろうに剣心 京都大火編」は、前作を遥かに上回る、スペクタクル時代劇の傑作。本気の人たちにちゃんとお金と時間を与えると、こんな凄いものが出来るという証明である。後編に当たる「伝説の最期編」も含めて、日本映画の歴史に、チャンバラでもリアリティ一辺倒でもない、スウォードアクションという新たなる地平を切り開いた。

「猿の惑星: 新世紀(ライジング)」は、見事なリブートだった前作を軽々と超える大傑作。絶滅の淵に立たされた人類と、独自の文化を開花させつつある進化した猿たち。2つの種族の出会いは、憎しみと葛藤を呼び起こし、遂に“星を継ぐもの”を巡る戦争へ。シェイクスピアもかくや、と思えるほどドラマチックな要素が詰め込まれた、ヘビー級の人間(?)ドラマである。

「ベイマックス」は、マーベルコミックの熱血と友情と、ディズニー・ピクサー流の知性と優しさの幸福なマリアージュ。ヒーローの本当の役割とは、敵を倒すことではなく、人々を救うこと。プニプニのケアロボット、ベイマックスが体現する救済の心は、ヒーローもヴィランも等しく包みこんでゆく。この映画には、悲しみが生み出した葛藤に苦しむ人はいても、倒すべき悪人はいないのである。

「インターステラー」は、親子愛という超パーソナルな繋がりと、人類を滅亡から救う神話的冒険が、“愛”という時空を超越した次元で融合する、何ともユニークな超大作。ハードSFの体裁ながら、完全なるクリストファー・ノーランの作家映画であり、寓話的な暗喩劇である。「2001年宇宙の旅」から「フィールド・オブ・ドリームズ」まで、ノーランの映画的記憶を探すのも楽しい。

「6才のボクが、大人になるまで。」は、実に12年間に渡って同じ俳優が同じ役を演じ続けるという、信じがたい制作手法によって生まれた奇跡的な名品だ。リチャード・リンクレイターは「ビフォア」シリーズの最終作「ビフォア・ミッドナイト」でも、実に独創的な映画的時間の解釈を見せたが、本作ではまた違ったアプローチを披露してくれる。

「フューリー」は、第二次世界大戦末期、ドイツ領奥深くに侵入した一台の戦車を巡る、壮絶な戦争映画。潜水艦映画の最高峰「U・ボート」のプロット構造を換骨奪胎した物語は、僅か24時間で、無垢なる若者が殺人マシーンに変貌する様を描く。戦争という、人類が犯した最大の罪を背負った兵士たちによる、宗教的暗喩劇でもある。

「寄生獣」は、本来完結編も合わせて評価すべきだろうが、一先ず鮮やかな脚色の妙に驚かされた。1990年代の傑作コミックのプロットを忠実に、しかし巧みにアレンジし、素晴らしいSFサスペンスを作り上げた。よりヘビーかつ濃厚な内容となるはずの後編が、今から楽しみで仕方が無い。山崎貴監督は、八木竜一との共同監督作、「STAND BY ME ドラえもん」でも優れた仕事をしている。

「0.5ミリ」は、上映時間実に197分にわたる大長編ながら、全く飽きさせないパワフルなヒューマンドラマ。主人公は金なし、家なし、男なしの流浪の押しかけヘルパー。彼女に弱みを握られ、強引に家に上がりこまれる老人たちは、戸惑いつつもやがて癒されてゆく。今年は洋画がマコノヒーイヤーなら、邦画は安藤サクライヤーであった。

「紙の月」は、「桐島、部活やめるってよ」でセンセーションを巻き起こした吉田大八監督による、心理サスペンス映画の傑作。平凡な主婦という仮面の下に、強烈な承認欲求を抱えた主人公は、不倫の恋を切っ掛けにして、巨額横領という犯罪に手を染める。観客は墜ちてゆく彼女の姿を通して、自分の中にもいる抑圧されたアウトローに気付くのである。

「ゴーン・ガール」は、宣伝も含めたミスリードがお見事。主人公は、5回目の結婚記念日に妻が失踪した事で、世間の疑念の目に晒されるが、そこには秘められた恐るべきシナリオが。「紙の月」の主人公にも通じる、激しい承認欲求を隠した妻の本当の顔に戦慄。これをクリスマス映画として公開するのも、どこか悪意を感じてしまう(笑

「ホビット 決戦のゆくえ」 は、つごう13年に渡ったピーター・ジャクソンと旅の仲間たちによる、中つ国の冒険の大団円。映画化の順番は原作と逆になったが、P・Jは「ロード・オブ・ザ・リング」の要素を巧みに組み込む事で、見事時の輪を閉じて見せた。2月公開の「ホビット 竜に奪われた王国」と一年間に二度も彼らと会えたのは幸福だが、これでももうお終いかと思うと、やはり寂しさがつのる。

「百円の恋」は、安藤サクライヤーの最後を締め括る傑作。人生負けっぱなしの32歳、ニート女が実家を飛び出し、様々な経験をしながら、女子ボクシングに出会い、青春のラストステージで情念の炎を燃やす。怠惰な生活でブクブクの体が、クライマックスにはいっぱしのボクサーに見事変身。打たれても、打たれても立ち上がる姿は、ボクシング映画のカタルシスを確かに感じさせる。

大盤振る舞い30本。
突出した一本というよりも、満遍なく拾いたくなくほどに平均的にハイレベルで、印象深い秀作が多かったのだ。
今年はSFの当たり年で、上記した作品以外にもマーベル系では「X-MENフューチャー&パスト」「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」が見事な出来だったし、我らが大怪獣の復活作「GODZILLZ ゴジラ」「オール・ユー・ニード・イズ・キル」など日本がらみのハリウッド作品、異色のジュブナイル「わたしは生きていける」、独特のムードを持つ「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」「嗤う分身」などのセンス・オブ・ワンダーに溢れる低予算作品、あるいは古典アニメのリブート「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」まで、バラエティに富んだラインナップが揃った。
また「プレーンズ2」「LEGOムービー」「ミニスキュル~森の小さな仲間たち~」、劇画の祖の人生をシンガポールの監督が映画化した「TATSUMI マンガに革命を起こした男」やイケスのサバを主人公とした韓国の異色作「パタパタ」など、洋画アニメーションの秀作も洋アニ不毛の日本で、何とか公開に漕ぎ着けた。
日本映画では「太秦ライムライト」「福々荘の福ちゃん」「小野寺の弟・小野寺の姉」など強烈な個性を持つ俳優をフィーチャーした作品、瑞々しい青春映画「1/11 じゅういちぶんのいち」や、ユニークなコンセプトのモキュメンタリー、「超能力研究部の三人」など低予算作品にも光る作品が多かった様に思う。
さて、2015年は当ブログにとっても10年目の節目。
はたしてどんな映画に出会えるのだろうか。

それでは皆さん、よいお年を。

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