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嫌われ松子の一生・・・・・1200円
2006年06月01日 (木) | 編集 |
中島哲也はCMの世界の巨匠である。
業界には彼を崇拝している人も多いし、実際素晴しい仕事を多く残している。
長編映画三作目となった前作、「下妻物語」もエキセントリックな映像に彩られた快作だったと思う。
15秒という凝縮された世界で、時として物語すら感じさせるCMの技術が、2時間の映画でも十分効果的だという事を見せ付けた。
映像でモノを伝える技術は、そこらの映画屋が裸足で逃げ出すだろう。

東京で自堕落な生活を送っている川尻笙(瑛太)の元に、九州の父(香川照之)が訪ねて来た。
父は、遠い昔に縁を切った松子(中谷美紀)と言う叔母が亡くなった事を告げ、笙に彼女のアパートを片付けるように頼むのだった。
仕方なくゴミ溜めの様な松子の部屋を掃除する笙だったが、生前松子と縁のあった人々との出会いを通して、あまりにも悲惨な松子の人生を追体験する事となる。
松子は23歳の頃家出同然に故郷を出、様々な男に騙され、ソープ嬢(映画ではトルコ嬢)に身を落とし、ついにはヒモを殺して服役し、53歳でボロ雑巾の様に死んだ。
しかし、松子を知る人たちからは彼女の意外な姿が浮かび上がってくる・・・・


今回も、冒頭から終わりまで凄い。
中島監督が培ってきたテクニック、そして映画的な記憶を全てぶちこんだかのような圧倒的な映像の津波である。
アニメーションやミュージカル、CG、果ては黄金時代のテクニカラー調画面と映像テクニックの見本市の様だ。
ただCMやPV出身者のありがちな映画と違うのは、この人は画だけで物語を語れるとは思っていない事だ。
物語の骨子がしっかりとしているのだ。
実際、「嫌われ松子の一生」の脚本は思い返してみても、欠点らしい欠点があまり無い、よく出来たものだったと思う。

この邦画史上もっとも悲惨なヒロインを演じた、中谷美紀も素晴らしい。
彼女は原作を読んで、この役に惚れこんだらしいが、実際観てしまうと確かに彼女以外の松子は考えられない。
この映画には、芸能人大集合的に色々な人が顔を出し、それぞれのキャラクターにあった味付けをされているのだが、全体がバラエティ番組のコントみたいに軽薄な印象にならないのは、全てのキャラクターをがっちりと受け止める中谷の存在が大きい。
彼女が川尻松子という絶対的なキャラクターとして作品世界を支えているので、他の要素はちょっとくらい浮いていても吸収されてしまうのだ。
女性の持つ強さと弱さ、愛と悲しみをギュッと凝縮したような松子。
このぐらい、主演女優の存在感が大きい作品は久しぶりに観た。
このぶっ飛んだ中島ワールドで、キャラクターに一貫したリアリティを持たせ、涙すら誘うのだから正しく一世一代の名演であると思う。

お話も面白いし、映像は凄いし、役者も良い。
普通は傑作になる。
しかし、しかしである・・・・。
私はこの良く出来ているはずの映画に退屈してしまった。
始まってしばらくは、この世界に魅了されていたのだが、一時間を経過する頃には「まだあるの?もういいよ・・・」と思ってしまったのだ。
何故か。
答えは単純である。
要するにお腹一杯になってしまったのだ。
どんな素晴しいシェフの料理でも、コースの最初からメインディッシュばかり出されたらあっという間に満腹になってしまい、もう食べたくないと思うだろう。
この作品の場合も、映像の密度がもの凄いだけに、疲れるのも早かった。
中島演出は、シーンごとに手を変え品を変え楽しませてくれるのだが、基本的なリズムと作品のトーンはずっと一緒なので、箸休めの間が無いのだ。
よく言えばサービス精神旺盛だが、悪く言えば一本調子。
お話自体は、松子の人生で悲惨な出来事が繰り返されていくだけだから、もういいよ感は余計強くなる。

この作品とよく似た構造を持つ映画に、ティム・バートン監督「ビッグ・フィッシュ」がある。
「嫌われ松子」は死んだ松子の人生を、甥の川尻笙が追体験してゆくという手法で描かれる。
対して、「ビッグ・フィッシュ」の場合、死の床にあるホラ吹きのオヤジ、エドの人生を、真面目な息子のウィルが追ってゆく。
物語の視点になる笙やウィルにとって、松子やエドが始めのうちは尊敬出来ない人物として描かれていて、その人生を辿って行くうちに次第に彼らの心を理解してゆく構造や、過去の世界が思いっきり作り物っぽい心象風景的ファンタジーワールドであったり、何かと共通点が多い。
しかし、途中で満腹になることも無く、全体に落ち着いた印象を残す「ビッグ・フィッシュ」にはあって、「嫌われ松子」に無い物は何か。
サイケなファンタジー調で描かれる父親の過去とは対照的に、「ビッグ・フィッシュ」の現在のシーンは至って大人しい普通の映画だった。
観客は、この「現在」(つまりウィルの視点)を立脚点として、バートンのファンタジーワールドに浸るのだ。
リビングのソファに腰を落ち着けて、窓の外の騒動を眺めるようなものだ。
窓の外でどんなにぶっ飛んだ事態が起きようとも、リビングは物語の基点として確固たるポジションにあるから、落ち着いて観られる。
対して「嫌われ松子」は基本的に笙の視点なのだが、彼のシークエンスも松子のシークエンスも、同じようなタッチで描かれているから、観客が腰を落ち着けられる場所が無い。
最初のうちは楽しんでいられるものの、そのテンションの高さと流れてくる情報量に圧倒され、直に疲れてしまう。
もっともよほど空きっ腹の人や、中島シェフの料理なら幾らでも食べられるくらい感動した!という人なら、時間を忘れて面白く観られるのかもしれないが・・・

まあ、基本的にはしっかりと物語を作ってあるので、松子のキャラクターに支えられて何とか最後まで観られたし、愛に飢えながらも実は誰よりも愛に満ちていたその人生に正直なところ涙も流したが、もうちょっと演出の緩急のメリハリがついていればもっと素晴しい作品になったはずだ。
中嶋哲也は高い技術を持つが故に、その技術を物語の中に詰め込むのに一生懸命になってしまったように見える。
物語は人生と同じ。
ずっとハイテンションなままでは疲れてしまう。
松子が幸せになるのに必要だった物は、たぶんちょっと引いて自分を見る視点だったと思うのだが、実は映画自体も松子の人生そのもののような結果になってしまっているのが、何とも皮肉である。

今回は松子の濃すぎる人生にレクイエムを捧げて麦焼酎の「月の女神」を。
ずっと日陰を歩んできた松子の優しさは、月の女神の呼称こそ相応しい。
10年間長期熟成されたその味は、アルコール度数38度と本格的なスピリット並だが、味わいは円やかでとても優しい。

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