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トゥモロー・ワールド・・・・・評価額1550円
2006年11月19日 (日) | 編集 |
メキシコの鬼才、アルフォンソ・キュアロンによる近未来SF大作。
「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」では少々勝手が違ったのか、食い足りない印象が残ったが、こちらは中々の仕上がりだ。
子供が誕生しなくなり、人類が絶滅を予告された架空の未来を舞台に、様々なメタファーを駆使して2006年の現実を炙り出す。

西暦2027年、ロンドン。
人類に子供が生まれなくなって既に18年が過ぎ、未来を失った人類は世界各地で滅びの道を転げ落ちていた。
ここロンドンでは、鎖国体制を敷くことで辛うじて秩序が維持されているが、政府の移民排斥政策に反対するフィッシュと呼ばれる反体制グループによるテロが頻発していた。
エネルギー省に勤める元社会活動家のセオドア・ファロン(クライヴ・オーウェン)は、ある日フィッシュのメンバーによって拉致される。
彼を拉致したグループのリーダーは、嘗ての同士であり妻であったジュリアン(ジュリアン・ムーア)だった。
彼女はセオに、一人の不法移民女性のために、通行証を入手して欲しいと依頼する。
キーと呼ばれたその女性は、なんと妊娠していた・・・


人類に突然子供が生まれなくなるという設定自体は、SFの世界では別に珍しい物ではない、というかちょっと懐古的な70年代風のアイディアだ。
日本でも諸星大二郎の短編漫画「ティラノサウルス号の生還」などに、この設定が見られる。
生物の存在目的とも言うべき、生殖による自己増殖が行われなくなった時、はたして人類はどうなるのか?
アルフォンソ・キュアロンは、この究極的な設定に西暦2006年の世界を投影し、人類の現在に対して問いかける。

この時代、どうやら自暴自棄となった人類は、自然消滅する前に自滅の道を突っ走っている様だ。
アメリカや日本、ヨーロッパ大陸の国は既に滅びているらしく、イギリスだけが抑圧的な警察国家となって、何とか国の形を保っている。
とは言っても、街では爆弾テロが頻発し、不法移民の密告が奨励され、捕まった不法移民は難民キャンプの様な強制収容所に押し込められる。
強制収容所では、人間扱いされない収容者たちによる反乱も起こる。
この映画に描かれている2027年のイギリスは、2006年の世界の縮図であり、今現在世界のどこかで起こっていることが、比喩的に表現されている。
不寛容な移民排斥、内戦、テロ、そして暴力の連鎖。

映画の中で、子供が生まれなくなった理由、そしてキーが妊娠した理由は一切描かれない。
卵が先か、鶏が先か、子供は生むものなのか、それとも生まれるものなのか。
「選択」は誰のものなのか。
この作品において、これは問いかけである。
物語中では子供が生まれなくなった事で、様々な暴力が生まれる事になっているが、実際にこの映画の中で描かれている事は、我々も日々ニュースなどで観ている「世界のどこか」の日常の風景だ。
はたして、今の世界は「子供が生まれてきたい」世界なのだろうか。
不寛容が支配する世界は、「子供が生まれるべき」世界なのだろうか。
キュアロンは2006年のメタファーとしての2027年を描写する事で、我々に人類の生物としての根源的な疑問を投げかける。

原題は「CHILDREN OF MEN」
「人類の子供たち」とでも訳せるだろうか、劇中に登場する「子供」は一人であるのに、複数系であるのがこの物語のテーマを物語る。
一人の子供は全ての命のメタファーである。
不寛容が絶頂へと達する時、物語の中では新たな命が生まれる。
何故か。何故この命は、この暴力の連鎖の中に生まれたのだろうか。
それは結局のところ、命こそが生命体としての人類の希望だからだろう。
戦いを止めよう、暴力の連鎖を断ち切ろうという永年の努力も、勿論自分たちが安全に暮らしたいという事ではあるだろうが、究極的には次の世代にベターな世界を引き継がせたいという内なる欲求だろう。
それは一つの生物としての人類の、集合的無意識と言うべき物かもしれない。

「フィッシュ」の存在が、物語の流れにおいて、妨害者以上の役割を今ひとつ演じられていないなど、作劇上の突っ込みをしたくなる箇所は沢山あるのだが、これはこれで今現在の世相を映した力作だと思う。
嘗てSFは、十分な娯楽性を持ちつつも、現実社会を反映する鏡の役割をするジャンルだった。
「トゥモロー・ワールド」は少々古典的なアイディア以外にも、そんなSFのジャンル的な役割も思い起こさせる社会派の力作だ。
しかし、日本先行公開である本作の、興行の力の入らなさはちょっとどうかと思う。
どういう事情で全米より一ヶ月前に日本公開が決まったのかは知らないが、実に現在的な仕上がりにも関わらず、宣伝ではどんな映画なのもかもわからない。
売り難い映画であることは理解するが、ほとんどB級SF並の扱いで興行される様な作品ではないと思う。
映画自体の評価とは関係ないが、初日に10人ほどしか入っていない劇場で鑑賞し、その点少し残念に思った。

今回はやはり黒ビール。
ギネスドラフトをチョイスしよう。
クリーミーでコクのある独特のテイストは好き嫌いがあるとおもうが、やはり冬場に飲むビールとしてはこれが最高。
ちなみに缶入りギネスには、泡立ちをよくするためにプラスチックのボールが入っているのはよく知られていると思うが、何でもイギリス人の考える20世紀最大の発明はこれなのだそうだ(笑

ところで、ジュリアン・ムーア的には、今回の出演はこれでよかったのだろうか?
相変わらず、出演作選びの基準がよく判らない人だ。

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