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ありがとう・・・・・評価額1500円
2006年11月22日 (水) | 編集 |
あれから、もう11年も経つのか。
テレビ画面に写った神戸の街は、まるで爆撃に遭ったか、怪獣にでも襲撃されかの様だった。
私は、1989年のサンフランシスコ大地震を経験している。
あの時も高速道路が落ち、埋立地は液状化して大きな被害が出た。
しかしアメリカならともかく、地震国で世界に冠たる耐震技術を持つ日本で、あれほどの被害が出るとはテレビを見てもすぐには信じられなかった。
同じ年の8月に、神戸を訪れる機会があったのだが、まだ崩れかけたビルや瓦礫の山、そして亡くなった人を供養するための線香や花束が街のあちこちに残っていて、あらためて自然の力の凄まじさをまざまざと実感したものだ。
この映画は、あの日神戸で被災し、復興に尽力しつつも、還暦目前にしてプロゴルファーを志し、ついに夢を実現させた古市忠夫氏の実話である。

1995年1月17日、午前5時46分、阪神・淡路大震災発生。
神戸市の鷹取商店街で、カメラ店を営む古市忠夫(赤井英和)は、その日全てを失った。
自身と家族は何とか無事だったものの、巨大地震の圧倒的な破壊力とその後の猛火は、鷹取の街を跡形も無く焼き尽くした。
道路も水も寸断され、消防団員でもあった忠夫は、その惨状を見ている事しか出来なかった。
震災後、街の復興に尽力する忠夫だったが、土地の区画整理を含む復興策には反対も多く、苦悩の日々を送ることとなる。
そんなある日、忠夫の車が偶然焼け残っていると知らされる。
車のトランクを開けた忠夫は驚いた。
そこには、忠夫の唯一の趣味であるゴルフのバッグが、全く無傷の状態で横たわっていたのだ・・・・


「ありがとう」のプロデューサーの仙頭武則は兵庫の出身で、この震災で危うく死にかけた経験を持つらしい。
実家に帰省していた彼は、予定外の仕事で東京に戻らざるを得なくなり、偶然にも地震の前夜に神戸を後にしていた。
実家の彼の寝室は、最初の揺れで完全に破壊されていたというから、正に九死に一生を得た事になる。
これはそんな彼の故郷への思いが、色濃く出た作品と言っても良いだろう。

仙頭プロデューサー自らが、特撮監督を兼務(!)して作り上げた大震災の描写は凄まじい。
所謂、娯楽スペクタクルとしての撮り方はしていない。
もしカメラがそこにあったら、どんな映像が写るのかという、徹底的なリアリズムで描写される阿鼻叫喚の地獄絵図は、時間的にはごく短いながらも、そのインパクトで「日本沈没」が裸足で逃げ出す。
あっけなく倒壊する高速道路、自重に耐えられず屋根から潰れてゆく木造家屋、最初の揺れから生き残った者にも、今度は紅蓮の炎が迫る。
瓦礫に埋もれて助け出せない家族を、みすみす見捨てなければならなかった人達。
消防車はあるのに水が出ないで、街が火に焼き尽くされるのをただ見守るしかなかった人達。
あの日、ニュースで伝えられ、情報としては知っていた事実が、現場感をもって描写される。
巨大なオープンセットを用いた震災直後の一連のシークエンスは、日本映画らしからぬスケールとスピード感があり、圧巻といって良い仕上がりだ。

映画は基本的に、古市忠夫という一人の人間が、未曾有の震災を経験し、そこから新しい人生を歩みだす過程を描いている。
震災で全てを失った忠夫は、徐々に日常を取り戻しながら、今度は災害に強い街への復興の音頭をとってゆく。
区画整理を伴う復興案には、当然街の人々の反対もあるのだが、この流れも現実の背景があるだけに説得力がある。
街を取り戻すための戦いの中、偶然焼け残っていた車のトランクから、古市はゴルフバッグを見つけ、後にプロゴルファーを目指す事になる。
今度は自分を復興させるために、彼は「一番好きなもの」を選んだのだ。

残念ながら、この作品はここからが弱い。
物語の中で、震災の経験とその後のプロゴルファーへのチャレンジが上手く繋がらない。
まるで神戸の震災をテーマにした映画と、プロゴルファーへのチャレンジをテーマにした物と、二本の別々の映画が繋がっているかの様だ。
勿論実話なのだから、本物の古市氏本人の中には、はっきりとした感情の流れがあったのだろうが、映画ではそれが見えない。
震災とその後始末が一段落し、忠夫がプロゴルファーチャレンジを宣言するのは映画が始まってから1時間10分ほどが過ぎたあたり。
起承転結で言えば、長い長い「起」があって、ようやく「承」が始まった事になる。
だが、そこからの流れも物語上に「転」に当たる部分が無く、「承」から大した波乱も無く、物語は「結」に収束してしまう。
実話だから仕方が無いという考えもあるだろうが、ドラマ的に後半が平坦な印象なのは否めない。
万田邦敏監督の演出も、あまり登場人物の心の機微を丹念に描いてゆくというタイプではないので、キャラクターが観客の内にグイッと入ってくる訳でもなく、あれよあれよという間に物語が終ってしまう。
やはりこれは、直球過ぎる構成の失敗だと思う。
例えば物語のベースを忠夫のプロゴルファーチャレンジに置き、そこから時系列をミックスする形で震災とその後の出来事を描くとか、逆に震災の経験から、プロゴルファーへのチャレンジを決意するまでの心の流れを中心に描くとか、実話に忠実に作りながら物語を盛り上げる方法はあったと思うのだ。

ただ、後半物語が失速してしまうとは言え、決してダラダラと退屈するほどではない。
前半の震災から復興への流れは怒涛の勢いで圧巻だし、11年という歳月が過ぎ、あの時に起こった事、人々が感じた事を風化させてはならないというテーマ性も強く感じる。
私は、大震災で瓦礫の山になる神戸の描写を見ながら、ふと「ワールド・トレード・センター」を思い浮かべた。
天災と人災の違いはあるが、理不尽な力で市井の人々のささやかな幸せが破壊されて行く悲しみは共通している。
そして、恐るべき破壊の後に来る、希望の光もまた共通しているのだ。
「WTC」では、事件後に全米からレスキュー隊やボランティアが集まってきたが、「ありがとう」にも同様の描写がある。
人間が最後にすがるのは、やはり人間。
地獄のような状況だからこそ、人間の強さ、暖かさが判る。
タイトル通り、劇中の忠夫は何度も何度も「ありがとう」という言葉を口にする。
それは、未曾有の災害を通して、人間は一人では生きられない、生かされているのだと実感したからこその、素直な表現だろう。
そしてそれが、忠夫の逆境からチャレンジする勇気をもらったという気持ちにスムーズに結びついていたら、大傑作になったかもしれないと思うと、少々残念。
しかし、一本の映画として観ると欠点もあるが、色々な意味で観る価値のある作品だとは思う。
この作品を観たら、枕元に非常持ち出し袋と靴くらいは揃えておこうと思うようになる。
それだけの説得力のある作品だ。

さて、神戸・灘といえば日本有数の酒所で、阪神・淡路大震災では多くの蔵元が被害を受けたが、逞しく復興している。
今回は灘の代表的な清酒「福寿 純米吟醸」をチョイス。
純米酒らしい、滑らかでふわりとした広がりのある酒。
こちらの蔵は、震災後にマグニチュード8クラスの地震に堪える免震構造に建て替えたそうだ。
現地では、教訓がしっかりと生きている様だ。



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