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パフューム ある人殺しの物語・・・・・評価額1350円
2007年03月23日 (金) | 編集 |
うーむ、微妙・・・・・
「パフューム ある人殺しの物語」を簡潔に説明すれば、神の嗅覚を持つ、究極の臭いフェチの変態さんの一代記である。
世評通り、前半は圧倒的に面白いのだが、後半の展開が私にはどうにも違和感が拭えなかった。

パリの鮮魚市場で産み落とされ、孤児院で育ったジャン=バティスト・グルヌイユ(ベン・ウィショー)は、幼い頃から香りに異常な興味をしめす奇妙な子供だった。
大人になったグルヌイユは、ある日街で理性を狂わせる魅惑的な香りを嗅ぐ。
それは女性の体臭。
臭いに夢中になるあまり、女性に騒がれてしまったグルヌイユは、思わず口を塞いで女性を殺してしまう。
禁断の香りに魅せられたグルヌイユは、落ち目の香水調合師バルディーニ(ダスティン・ホフマン)とであった事で、その才能を開花させる。
グルヌイユの香水のおかげでバルディーニの店は大繁盛。
しかし、人間の体臭を保存する方法を模索するグルヌイユは、香水の都と呼ばれるグラーツへの旅を決意する。
グラースの入り口で、グルヌイユは運命を感じる香りを嗅ぐ。
香りの主は、グラースの有力者リシ(アラン・リックマン)の娘で、赤毛の美少女ローラ(レイチェル・ハード=ウッド)だった。
グラースで、遂に人間の体臭を香水にする事に成功するグルヌイユだったが、そのためには相手を殺さねばならなかった。
香水のために、次々と街の美少女たちを手にかけてゆくグルヌイユ。
そして、その目線の先にはいつもローラがいた・・・


前半、悪臭渦巻く十八世紀のパリで生まれたグルヌイユが、数奇な運命に導かれる様にして香水調合師となり、やがて人間の体臭という究極の香りに魅せられてゆくプロセスは文句なしに面白い。
見えないし聞こえない「香り」というものは、映画で表現するのが最もし難い物だと思う。
だがトム・ティクヴア監督は様々な工夫を凝らして、グルヌイユの特別な才能を説得力をもって描写する事に成功している。
ベン・ウィショーの好演もあり、まるで画面からさまざまな香りが漂ってきそうな臨場感を感じる。
香りの表現で面白かったのは、バルディーニがグルヌイユの調合した香りをかいだ瞬間の至福の表現で、一瞬で回りの風景が変わり別の物語の中に投げだされた様になる。
ワイン評論家がワインのテイストを文章で表現する時、しばしば風景や物語に例える事があるが、これはそれを実際に映像にしてみせた、他に例を見ない表現だったと思う。
徹底的に香りに拘って物語が進む前半は、「薔薇の名前」の名手アンドリュー・バーキンの脚本もテンポよく、史実通りの「悪臭の都パリ」をリアルに再現したビジュアルも含め、視覚的にも物語的にも極めてユニークで一気に時間が過ぎる。

しかし、人間の体臭を香水に閉じ込める技を学ぶため、グルヌイユがグラーツに行き、そこで遂に連続殺人に手を染める様になると、映画は普通の猟奇殺人物と大して変わらなくなってしまうのだ。
ここでは香りそのものよりも、いかに香りの元である美女を狩り、その香りを閉じ込めるか、というプロセスの描写が主体となり、物語の前半が持っていた独特の魅力は急速に薄れる。
もっともこのあたりは、見せ方が上手いので決して退屈はしないのだが。

問題は、この後。
究極の香水を作るために必要な香りはあと一つ。
殺人鬼の影を感じ、グラースから逃亡するローラを追って、グルヌイユは超人的な嗅覚を発揮する。
正直言って私はこの件の描写で失笑してしまった。
いくらなんでもあれはやりすぎだろう。
たとえば前半、グルヌイユが無数の香料の瓶の中から香水の成分を全て言い当てる描写があるが、あれは何となく説得力がある。
ソムリエの中には香りだけでワインの銘柄やビンテージを当ててしまう人もいるし、そのぐらいなら「才能」という範囲に収まるだろう。
だがローラを追いかけるグルヌイユの嗅覚は、もはやマーベルコミックの超人並みである。
それまでしっかりとキープしていた映画の世界観の枠が、あそこでポンと外れてしまった。

そしてクライマックス、遂に究極の香水を作り出したグルヌイユが、逮捕され裁判にかけられ、そこで彼は香りによって驚くべき奇跡を起こす。
この描写がずいぶんと話題になっている様だが、私にはあまり説得力が感じられなかった。
衆人たちが訳の判らないままに、グルヌイユを聖人の様に思ってしまい自らの理性を失ってゆくというのはパゾリーニの「テオレマ」を思わせる。
しかしあえて具体的説明を排し、登場人物の行動と心理描写だけで寓話的に見せきった「テオレマ」と異なり、この作品の場合香水の香りという良くも悪くも具体的な物理現象となっているので、どうにもリアルとファンタジーの間でどっちつかずになってしまった感がある。
結局の所、究極の香水とは「愛」そのものであり、自らは体臭(つまりは愛)を持たないグルヌイユが作り上げたというアイロニーがこの物語の収束する場なのだろうが、このラスト20分はそれまでの映画のトーンとあまりにも異質だ。
全体に寓話的な話ではあるが、前半のわりと「ありそうな話」から、これほどのホラ話に持ってゆくのなら、ありえない事がありえる世界観への物語上でのシフトが必要だと思う。
現実的に人間の体臭をどんなに混ぜ合わせようが、香りにあんな力は無いのを判っているこちらとしては、「すげ~」より「ありえね~」が先に立つ。
クライマックスに突然壮大なホラ話を持ってくるという手法その物は決して斬新ではないし、映画のオチのつけ方として別に悪くは無いのだが、私にはなんだか始まりと終わりが別の映画を観ているような違和感を感じてしまった。

思うにこの物語の展開、文章ならもっとスムーズに読めるのではないだろうか。
想像力で理解する小説なら説得力があっても、実際にその物を映像にされてしまうと、やたらと大げさな描写に見えて白けてしまう。
ダスティン・ホフマンが人生最良の眠りにつくあたりまでは大傑作だったのだが、後半の展開が少々残念な作品だった。

さて、今回は香水に負けぬ魅惑的な香りのワインをセレクトしよう。
ボルドーのマルゴー村は「シャトージスクール」の2004。
マルゴーで作られるワインは、よく優美で女性的と言われるが、これは正に凝縮された複雑な味わいと、豊かな果実香りが心地よい。
もしグルヌイユが香水ではなく酒の香りに魅せられていたら、どんな酒を創ったのだろうか。

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