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バベル・・・・・評価額1600円
2007年04月30日 (月) | 編集 |
人間たちが痛々しい。
神が創った人間が、天に近づくほど高いバベルの塔を作ろうとしたとき、神は怒り一つだった人間たちの言葉を別々のいくつもの言語に分け、互いに話しが出来なくした。
言葉を分かたれた人間たちは、散り散りになり今も永遠の混沌の中にいる。
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「バベル」は、そのタイトルのとおり色々な意味で分断された孤独な人間たちを描いた現代の寓話である。

モロッコの山羊飼いの少年が、いたずらで放った弾丸が一発。
その弾は偶然にも、観光バスに乗っていたアメリカ人夫婦リチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)の妻の体を貫く。
彼らは夫婦の絆を取り戻すための旅の途中だった。
アメリカ政府は事件をテロと見なし、モロッコ警察は犯人を血眼で捜し始める。
事件に使われたライフルは、日本人ハンターのヤスジロー(役所広司)がモロッコ人ガイドに譲ったものだった。
カリフォルニアでは、メキシコ人ベビーシッターのアメリア(アドリアナ・バラッザ)が夫婦の二人の子供と留守を預かっていた。
彼女はメキシコで行われる息子の結婚式を楽しみにしていたが、事件のおかげで夫婦の帰国は遅れ結婚式に間に合わなくなる。
どうしても出席したい彼女は、雇い主の二人の子供をつれて、メキシコに行くことを決意する。
その頃東京では、ヤスジローの聾唖の娘チエコ(菊地凛子)が、絶望的な孤独の中さ迷っていた。
母親の自殺以来、父親とのコミュニケーションもギクシャクしているチエコは、自らの生の証を求めるように、歯医者を誘惑し、モロッコの事件を調べに来た刑事の胸で慟哭する。
メキシコで結婚式に出席したアメリアは、甥のサンチャゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル)の車でカリフォルニアに帰ろうとするが、国境の検問で最悪のトラブルを引き起こしてしまう・・・・


一見した所、一件の交通事故から様々な人間模様が描かれてゆく「クラッシュ」に似ている。
ただ、あちらは一つ一つの出来事が時にご都合主義を感じさせるほど密接に絡み合い、結果的に物語がLAの雪というファンタジーに向けて収束してゆくのに対して、「バベル」で描かれるエピソード間の関連性は希薄だ。
ビリヤードの玉のように、一つのショットがいくつもの玉を動かしてゆくのとは異なり、世界のあちこちで同時多発的に人間が過ちを犯し、それがもたらした結果の中であがいている。
それぞれのエピソードをつなぐ細い糸は、これが人類の物語であるということを示すためのロジックに過ぎない。

「バベル」で描かれるのは分断、混乱、そして救済
モロッコで撃たれたアメリカ人夫婦は、聖書の記述そのままに、異なる文化の中で分断と混乱を味わう。
しかし結果的に、その経験が失われかけた夫婦の絆を取り戻すきっかけとなる。
妻の自殺以来、家の中で分断されたままだった日本の親子もまた、混乱の末に互いの手をとりあう。
対して、アメリカ人夫婦を撃ってしまったモロッコの少年の家族、そしてアメリカ人夫婦の子供たちのベビーシッターであるメキシコ女性は、結局救済を受けずに物語は終わる。
アメリカ、日本、メキシコ、モロッコ。
富める者には救済が用意されているが、相対的貧者は救済されないあたりに、イニャリトゥの人間への深い洞察と切ない愛情が見て取れる。

ただ同時に疑問が無い訳でもない。
米国での公開時から言われてきた「登場人物が紋切り型」という批判は、なるほどある程度的確な指摘だ。
場所と時系列をシャッフルした物語構造の影響もあり、登場人物は全体に深みに欠ける。
彼らが生きてきた過去の長い人生をあまり感じることが出来ないのだ。
特にモロッコとアメリカ、メキシコのエピソードは、それぞれに物語がテンポ良く進んでゆくので、なおさらキャラクターをじっくりと見せる間を欠いており、どちらかというと俳優の力に頼った演出になってしまっている。
またモロッコの少年とメキシコ人ベビーシッターが陥った災いは、ある意味で彼ら自身の浅はかな行動の結果であって、冷静に観ると同情は出来るが感情移入しにくいのも事実だ。
もちろんこれは弱い立場にいる者ほど、悪循環に陥りやすいという意図があるのだろうが、そのことが上手く表現されているとは言いがたく、むしろそれぞれの物語を連鎖させるための作為を感じさせてしまう。
このあたりは、少々作劇のロジックに凝り過ぎて、本質が薄味になってしまった感は否めない。

一方で、日本のエピソードは他のエピソードとの関連が間接的なものに留まっている事もあり、独立した物語の印象が強い。
聾唖の少女の魂の慟哭は、観る者の胸を強く打ち、すべてのエピソードの中でもっとも強く、はっきりと救済を暗示させる。
イニャリトゥが他の登場人物以上に菊地凛子演じるチエコをフィーチャーし、彼女の救済を物語の大トリに持ってきているのは、日本という富める社会の中で、聾唖という障害、母の自殺という心の傷によって孤独を抱え込んだチエコというキャラクターが、物語全体のテーマを象徴すると考えたからだろう。
小さな家の中での和解が、バベルの塔を思わせる無数の摩天楼がそびえる東京の空へ広がってゆくカットはこの作品を象徴する素晴らしいカットだった。

「バベル」は、人間性というものを多角的な視点から描こうとした意欲作であり、非常に観応えがある作品だ。
少し似た物語構造を持つ「クラッシュ」が、最終的に物語をファンタジーに落とし込む事で、人間への希望を表現していたのに対して、イニャリトゥはあくまでも生身の人間のリアルにこだわる。
それは作品としては必ずしも成功していない部分を含むのだが、分断と混乱の中であがく人間たちの姿は、観る者の心に静かな波紋を投げかける。
個人的には初めてイニャリトゥを知った「アモーレス・ペロス」ほどのインパクトは感じなかったが、大変な力作なのは確かであり、観る価値のある作品だと思う。

今回は、人間のポジティブなつながりを感じさせてくれるお酒をチョイス。
私も最近紹介されて知ったお酒なのだが、栃木県のCOCOファームワイナリーの「白」
こちらは元々、こころみ学園という知的障害を持つ人たちの施設が主体となって設立されたワイナリーで、今から半世紀ほど前に彼ら自身によって開墾された畑をルーツに持つ。
現在ではカリフォルニアにも畑があり、国産葡萄とのブレンドでワインを生産しているが、なかなかに見事な仕上がりだ。
白は洋梨を思わせる酸味と甘みがあり、若干の苦味が舌に残るが不快な苦味ではなく良い意味でワインのクセになっている。
インターナショナルな広がりも含め、人間の絆を感じさせてくれるお酒ではないか。

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