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2007年07月27日 (金) | 編集 |
最近アニメばかり観ている気がするが、いよいよ夏アニメの真打登場だ。
ピクサーアニメーションスタジオの「レミーのおいしいレストラン」は、同社がディズニー傘下となって公開される第一作。
ピクサー史上初めて、人間(?)が主人公になった「Mr.インクレディブル」のブラッド・バード監督は、今回も生抜き組のピクサー作品からはちょっと外した、独自のテイストで作品を仕上げている。
パリ郊外の田舎町の農家住むネズミのレミーは、料理が大好き。
フランス一の天才シェフ、故グストーの言葉「誰でも料理が出来る!」を信じて、シェフになる日を夢見ている。
ある日、農家のおばあさんに見つかったレミー(パットン・オズワルド)の一族は、猟銃で狙われて、下水道に脱出する。
途中で一族とはぐれてしまったレミーは、自分の想像が生み出したグストー(ブラッド・ギャレット)の幽霊に勇気付けられて、下水道から外に出るが、そこは何とパリのグストーの店の前だった。
嘗ては栄光を誇ったグストーの店も、グストーのスー・シェフだったスキナー(イアン・ホルム)が料理長になってからは凋落し、ブランドの栄光を頼った冷凍食品事業などに手を染めている。
ちょうどそこへ、グストーの元恋人の息子だというリングイニ(ルー・ロマーノ)がやって来て、雑用係として採用されるのだが、この男ものすごくぶきっちょ。
リングイニは完成していたスープをこぼして、それを誤魔化すために適当な材料を入れてしまうのだが、驚いたレミーが何とかスープが客に出される前に、味を修正することに成功する。
そのスープの味は大評判となるのだが、怪しんだスキナーは、リングイニに見ている前でスープを再現しろと命ずるのだが・・・
いや~良く出来ている。
私は昔、飲食店を経営していた事があるのだが、厨房の描写なんて凄く細かくてリアル。
もしかしたらブラット・バードも、飲食店で働いた経験があるのかもしれない。
うちのレストランも建物が古かったのでネズミには悩まされたが、その仇敵をこんな風に主人公として見せられるとは、逆転の発想に目から鱗だ。
シェフを夢見、リングイニと協力して一生懸命料理に打ち込むレミーに感情移入してゆくうちに、昔ありとあらゆるトラップで、戦争のようにネズミ退治した記憶が蘇ってきて、罪悪感を感じてしまった。
彼らは思いのほか頭が良くて、一度かかったトラップには絶対に二度はかからない。
あの知能の高さから想像力を膨らませれば、なるほどよくこんなお話を思いついたなあとまず感心。
シェフになりたいけど、レストランでは嫌われ者のネズミのレミー。
そして、料理は出来ないけど、レストランで働きたい人間のリングイニ。
この二人がお互いの足りない部分を補いあって、夢をかなえようとするプロセスは愉快で、これにレストランの相続権を巡るスキナーの陰謀や、リングイニと教育係のコレットとの恋が絡む。
面白いのは、棺桶型の書斎に座る恐ろしげな料理評論家のアントン・イーゴで、シニカルながら料理を愛し、主人公たちの成長の糧となるキャラクターだ。
クライマックスで、イーゴが原題にもなっている「ラタトゥーユ」を口に含んだ瞬間の演出は、その意味合いを実に判りやすく描写していて見事。
彼がレミーとリングイニの料理に関して書いた評論の文章は、料理でなくても物を生み出す者と評価する者の関係、評論という物の本質に迫っていて、なかなか深く考えさせられた。
全体に、いつものピクサー作品に比べて、対象としている年齢層が少し高く感じる。
キャラクターはかわいいし、パリの地形を生かしたアクションシークエンスも大いに盛り上がるが、この作品のシチュエーションはどちらかというと子供よりは、将来に迷っている若者に説得力を持っているのではないだろうか。
ちょっとだけ、ジブリ作品でも子供よりもむしろ若いOL層の絶大な支持を受けた「魔女の宅急便」を思い出した。
もちろん、画も凄い。
先日の「シュレック3」でも驚いたが、これはそのさらに上を行く。
エンドクレジットの、「100%手付けアニメ、ノーモーションキャプチャー」というのには笑った。
もちろん「100%自然栽培」などの食材によくあるキャッチからのジョークだろうが、アニメーターの意地みたいな物が感じられるし、実際キャラクターアニメーションは素晴しく良く出来ている。
さらにネズミのフワフワの毛なんて、触りたくなるくらいだし、今までの様な架空の舞台ではなく、パリの街を適度にカリカチュアしながら、ムード満点に再現した美術も見事だ。
ただし、料理そのものに関しては、やはり実写ほどにはおいしそうに見えない。
色、光、様々な要因があると思うが、ここにまだCGの技術的な伸びしろみたいな物が見えた気がする。
もっとも、この作品の場合料理を題材にしてはいるが、グルメ映画ではなくて、あくまでも主人公たちの成長物語なので、決定的な欠点にはなっていない。
「レミーのおいしいレストラン」は、夏バテの腹にももたれない、さっぱりした夏野菜の煮込み料理(ラタトゥーユ)の様な美味しい映画だ。
大急ぎのフルコースの様に、矢継ぎ早にエピソードが展開するので、もうちょっと描いて欲しかった部分や、やや中途半端に終わっている部分など、多少の物足りなさも感じなくはないのだが、同じブラッド・バード監督の「Mr.インクレディブル」と比べても、物語のバランスは数段良い。
ピクサー作品としては少し異色作だが、十二分に楽しめる秀作と言えるだろう。
一つ気になったのは、邦題から原題の「RATATOUILLE」(ラタトゥーユ)という言葉が消えてしまっている事。
ラタトゥーユとはフランスの煮込み料理で、言わばおふくろの味。
この料理は、物語の中でも色々な意味を持ってくるので、作品の本質を表すという点でも、邦題にも入れておいて欲しかった。
「ラタトゥーユ / レミーのおいしいレストラン」でも良かったんじゃないだろうか。
今回は、映画を観るとお腹が空いてくる。
観賞後はやはりフレンチを食べてワインを飲みたい。
季節柄白も良いけど、ここはボディの強い赤をオーダーしたい。
劇中でイーゴが意地悪でオーダーするシュヴァル・ブラン'47は、さすがに宝くじでも当たらないと手に入らないので、ラタトゥーユの故郷南仏から、シャトー・ラ・ネルトの「シャトー・ヌフ・デュ・パプ」の2004をチョイス。
ブラックベリーをベースに、複雑なアロマが折り重なる、重厚かつデリケートな上質の赤で、疲れた体に力を与えてくれるだろう。
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ピクサーアニメーションスタジオの「レミーのおいしいレストラン」は、同社がディズニー傘下となって公開される第一作。
ピクサー史上初めて、人間(?)が主人公になった「Mr.インクレディブル」のブラッド・バード監督は、今回も生抜き組のピクサー作品からはちょっと外した、独自のテイストで作品を仕上げている。
パリ郊外の田舎町の農家住むネズミのレミーは、料理が大好き。
フランス一の天才シェフ、故グストーの言葉「誰でも料理が出来る!」を信じて、シェフになる日を夢見ている。
ある日、農家のおばあさんに見つかったレミー(パットン・オズワルド)の一族は、猟銃で狙われて、下水道に脱出する。
途中で一族とはぐれてしまったレミーは、自分の想像が生み出したグストー(ブラッド・ギャレット)の幽霊に勇気付けられて、下水道から外に出るが、そこは何とパリのグストーの店の前だった。
嘗ては栄光を誇ったグストーの店も、グストーのスー・シェフだったスキナー(イアン・ホルム)が料理長になってからは凋落し、ブランドの栄光を頼った冷凍食品事業などに手を染めている。
ちょうどそこへ、グストーの元恋人の息子だというリングイニ(ルー・ロマーノ)がやって来て、雑用係として採用されるのだが、この男ものすごくぶきっちょ。
リングイニは完成していたスープをこぼして、それを誤魔化すために適当な材料を入れてしまうのだが、驚いたレミーが何とかスープが客に出される前に、味を修正することに成功する。
そのスープの味は大評判となるのだが、怪しんだスキナーは、リングイニに見ている前でスープを再現しろと命ずるのだが・・・
いや~良く出来ている。
私は昔、飲食店を経営していた事があるのだが、厨房の描写なんて凄く細かくてリアル。
もしかしたらブラット・バードも、飲食店で働いた経験があるのかもしれない。
うちのレストランも建物が古かったのでネズミには悩まされたが、その仇敵をこんな風に主人公として見せられるとは、逆転の発想に目から鱗だ。
シェフを夢見、リングイニと協力して一生懸命料理に打ち込むレミーに感情移入してゆくうちに、昔ありとあらゆるトラップで、戦争のようにネズミ退治した記憶が蘇ってきて、罪悪感を感じてしまった。
彼らは思いのほか頭が良くて、一度かかったトラップには絶対に二度はかからない。
あの知能の高さから想像力を膨らませれば、なるほどよくこんなお話を思いついたなあとまず感心。
シェフになりたいけど、レストランでは嫌われ者のネズミのレミー。
そして、料理は出来ないけど、レストランで働きたい人間のリングイニ。
この二人がお互いの足りない部分を補いあって、夢をかなえようとするプロセスは愉快で、これにレストランの相続権を巡るスキナーの陰謀や、リングイニと教育係のコレットとの恋が絡む。
面白いのは、棺桶型の書斎に座る恐ろしげな料理評論家のアントン・イーゴで、シニカルながら料理を愛し、主人公たちの成長の糧となるキャラクターだ。
クライマックスで、イーゴが原題にもなっている「ラタトゥーユ」を口に含んだ瞬間の演出は、その意味合いを実に判りやすく描写していて見事。
彼がレミーとリングイニの料理に関して書いた評論の文章は、料理でなくても物を生み出す者と評価する者の関係、評論という物の本質に迫っていて、なかなか深く考えさせられた。
全体に、いつものピクサー作品に比べて、対象としている年齢層が少し高く感じる。
キャラクターはかわいいし、パリの地形を生かしたアクションシークエンスも大いに盛り上がるが、この作品のシチュエーションはどちらかというと子供よりは、将来に迷っている若者に説得力を持っているのではないだろうか。
ちょっとだけ、ジブリ作品でも子供よりもむしろ若いOL層の絶大な支持を受けた「魔女の宅急便」を思い出した。
もちろん、画も凄い。
先日の「シュレック3」でも驚いたが、これはそのさらに上を行く。
エンドクレジットの、「100%手付けアニメ、ノーモーションキャプチャー」というのには笑った。
もちろん「100%自然栽培」などの食材によくあるキャッチからのジョークだろうが、アニメーターの意地みたいな物が感じられるし、実際キャラクターアニメーションは素晴しく良く出来ている。
さらにネズミのフワフワの毛なんて、触りたくなるくらいだし、今までの様な架空の舞台ではなく、パリの街を適度にカリカチュアしながら、ムード満点に再現した美術も見事だ。
ただし、料理そのものに関しては、やはり実写ほどにはおいしそうに見えない。
色、光、様々な要因があると思うが、ここにまだCGの技術的な伸びしろみたいな物が見えた気がする。
もっとも、この作品の場合料理を題材にしてはいるが、グルメ映画ではなくて、あくまでも主人公たちの成長物語なので、決定的な欠点にはなっていない。
「レミーのおいしいレストラン」は、夏バテの腹にももたれない、さっぱりした夏野菜の煮込み料理(ラタトゥーユ)の様な美味しい映画だ。
大急ぎのフルコースの様に、矢継ぎ早にエピソードが展開するので、もうちょっと描いて欲しかった部分や、やや中途半端に終わっている部分など、多少の物足りなさも感じなくはないのだが、同じブラッド・バード監督の「Mr.インクレディブル」と比べても、物語のバランスは数段良い。
ピクサー作品としては少し異色作だが、十二分に楽しめる秀作と言えるだろう。
一つ気になったのは、邦題から原題の「RATATOUILLE」(ラタトゥーユ)という言葉が消えてしまっている事。
ラタトゥーユとはフランスの煮込み料理で、言わばおふくろの味。
この料理は、物語の中でも色々な意味を持ってくるので、作品の本質を表すという点でも、邦題にも入れておいて欲しかった。
「ラタトゥーユ / レミーのおいしいレストラン」でも良かったんじゃないだろうか。
今回は、映画を観るとお腹が空いてくる。
観賞後はやはりフレンチを食べてワインを飲みたい。
季節柄白も良いけど、ここはボディの強い赤をオーダーしたい。
劇中でイーゴが意地悪でオーダーするシュヴァル・ブラン'47は、さすがに宝くじでも当たらないと手に入らないので、ラタトゥーユの故郷南仏から、シャトー・ラ・ネルトの「シャトー・ヌフ・デュ・パプ」の2004をチョイス。
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