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ヘアスプレー・・・・・評価額1750円
2007年10月23日 (火) | 編集 |
弾け飛ぶアメリカの青春!
アダム・シャンクマン監督のミュージカル「ヘアスプレー」は、1988年に作られたジョン・ウォーターズ監督のカルトな青春映画のリメイク。
正確に言えば、ウォーターズ版が2002年にブロードウェイで舞台ミュージカル化され、今回はその舞台の映画化という事になる。
映画のリズムに体が反応して、観ていて動きたくてムズムズしてくる感覚を久々に味わった。
オリジナルとかなり装いは異なるが、これは見事な青春ミュージカルの傑作と言って良い。

公民権運動が高まりを見せる激動の1960年代。
保守的な街ボルチモアに暮らす、ちょっとオデブな高校生トレイシー(ニッキー・ブロンスキー)は、テレビのダンス番組コーニー・コリンズショウに夢中。
この番組の出演者で、同じ高校に通うハンサムなリンク(ザック・エフロン)には淡い恋心を抱いていた。
ある時、番組の新メンバー募集のオーディションがある事を知ったトレイシーは、無理を承知でチャレンジしてみようとするが、オデブコンプレックスで十年も家から出ないお母さんのエドナ(ジョン・トラボルタ)は大反対。
だが、お父さんのウィルバー(クリストファー・ウォーケン)が夢に向かう彼女の背中を押してくれる。
オーディションに挑むトレイシーだったが、番組の実験を握っているのは白人至上主義者で、カラードもオデブも番組には必要ないと考えるプロデューサーのベルマ(ミッシェル・ファイファー)だった・・・


主人公トレイシーを演じる新星ニッキー・ブロンスキーは、正に映画史上もっとも魅力的なオデブ。
大きな良く動く目が印象的で、ボリュームがでかい分だけ、ミュージカルシーンの肉体の迫力も大きい。
こんな娘がダンス番組にいたら、そりゃあ目立つだろう。
そしてトレイシーを二周りは大きくした様な母エドナを演じるのは、何と女装したジョン・トラボルタだ。
なぜトラボルタなのかというと、この役はオリジナルの映画でディバインが、舞台版ではハーベイ・ファイアスタインというどちらも男性が演じており、エドナ役は女装の男が演じるという「伝統」に従ったのだろうし、嘗て50年代の青春を描いた大ヒットミュージカル「グリース」に主演し、以降ミュージカルへの出演を拒んできたトラボルタがこの役を演じることの象徴的な意味もあるのだろう。
女装のトラボルタが60年代という時代に「ウエルカム」されるシーンでは、久々にミュージカルの世界に飛び込んだトラボルタとエドナのキャラクターが被り、屈折した精神を爆発させる素晴しいパフォーマンスになっている。
そのトラボルタとノミの夫婦である夫ウィルバーは、何とクリストファー・ウォーケンが演じ、もちろん歌って踊ってくれる。
白人至上主義者のステージママにしてテレビプロデューサーを演じるミッシェル・ファイファーと、その娘役のブリタニー・スノウ、ショウMCのコーニー・コリンズ役のジェームス・マースデン、そしてニグロ・ディのMCメイベルを演じるクィーン・ラティファまで、キャラクターは善玉から悪玉まで非常に魅力的で華やかだ。

「ヘアスプレー」は単にオデブの女の子が、恋をして幸せになるだけの物語ではない。
ダンスを通して、当時は白人との間に厳格な線が引かれていた黒人文化に触れたトレイシーは、やがて黒人のダンス番組ニグロ・ディをつぶそうとするベルマの陰謀に対抗して、公民権運動の先頭に立つのだ。
もちろん、これは別にシリアスな社会派ドラマではないので、公民権運動に関して決して突っ込んで描いている訳ではないが、60年代という時代そのものをバックグラウンドとすることで物語に普遍的なメッセージを織り込んでおり、ドラマ的な完成度も高い。

物語に関して難を言えば、トレイシーとリンクの恋のプロセスが唐突で、なぜ彼がそれほど彼女に惹かれたのかがよく判らない。
いい雰囲気になる前は、彼女のダンスに感心する描写ぐらいしか無かった気がする。
これならば、トレイシーの親友のペニーと黒人ダンサーのシーウィードが、一目惚れして一瞬にして恋に落ちる描写の方が、まだ説得力がある。

もっとも、不満と言えるのはそれくらい。
監督のアダム・シャンクマンは振付師として長いキャリアを持つ人物だが、映画監督としてはそれほど大した作品を物にしてはいなかった。
しかし本作では得意ジャンルでエンジン全開、躍動感溢れるオープニングのミュージカルナンバーから、怒涛のエンディングまで、全く飽きさせない。
正にザッツ・エンターテイメントという感じの素晴しいミュージカルシーンでたっぷり楽しませて、それでいてしっかりとテーマ性も描いており、観終わった時の充実感はとても深い。

この映画には、単に人間の価値は姿形じゃない、という単純なテーマを超える時代の祈りの様なものを感じる。
1960年代はベトナム戦争が激化し、公民権運動によってアメリカ社会が真っ二つに割れた激動の時代だったけれど、この映画では混沌は確実に希望に繋がっている。
四十年後の21世紀も、アメリカはまた混沌とした時代に突入しているけれど、果たして今の時代は一体何に繋がっているのだろう?
2007年版「ヘアスプレー」からは、躍動する画面の裏側に、そんな作り手の密かな問いかけが隠されているような気がした。

あとちょっと気になったのは、日本語字幕で「ニグロ」「ブラック」と訳していた事。
確かにどちらも黒人を指す言葉なのだが、侮蔑的な意味を持つニグロとブラックではまるでニュアンスが違う。
おそらく、ニグロと表記した場合にクレーマーに抗議されたりする事を恐れたのだと思うが、60年代というこの作品の時代背景、そしてテーマ性を考えても、ここはしっかりとした訳をしてほしかった所だ。

今回はオリジナル版の作者、ジョン・ウォーターズの代表作「ピンク・フラミンゴ」にちなんでカクテルの「フラミンゴ・レディ」をチョイス。
ウォッカ25mlとクレームドペシェ20ml、パイナップルジュース20ml、レモンジュース10ml、グレナデンシロップ1tspをシェイクして、グラスに注ぎ、一杯になったらレモンライスを添える。
グレナデンシロップと砂糖でグラスの縁をピンクに縁取っても可愛い。
ピンク・フラミンゴの様な淡いピンクのルックスで、目と舌両方で楽しめるカクテルだ。

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