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2008年04月04日 (金) | 編集 |
「ジェイソン・ボーン三部作」の脚本家として知られるトニー・ギルロイ、50歳での遅咲きの監督デビュー作である。
原題の「Michael Clayton」が「フィクサー」に変わったのは、やはりジュラシック・パークの原作者を連想させてしまうからだろうか。
もっとも、「フィクサー」というタイトルも映画を観るとあまりしっくり来ない。
日本ではこの言葉から、国や社会を裏で動かす黒幕的な大物を連想してしまうが、本作の主人公、マイケル・クレイトンは企業や金持ちの不祥事を闇に葬る、ちんまい揉み消し屋だからだ。
まあ、劇中でマイケルが自分の事をフィクサーだと言っているから仕方が無いのだけど。
ニューヨークの大手法律事務所に勤めるマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は不祥事の揉み消しを専門とする弁護士。
法律の裏舞台を歩き続ける仕事に、先の見えない不安感を感じている。
そんな時、同僚の弁護士アーサー・イーデンス(トム・ウィルキンソン)が、クライアントであり、薬害集団訴訟の加害者である農薬会社ユーノース社を裏切り、被害者の市民側につくという前代未聞の行動を起こす。
上司のマーティ(シドニー・ポラック)の命を受けたマイケルは、事態の収拾に乗り出すが、アーサーは訴訟の行方をひっくり返すユーノースの裏の秘密を握っていた。
一方、ユーノース社の法務担当者であるカレン・クラウダー(ティルダ・スゥイントン)は、恐るべき手段で事態を解決しようとするのだが・・・・
監督・脚本を兼ねるギルロイにとってはボーン・シリーズでサスペンスはお手の物だろうが、今回は元CIAの凄腕暗殺者ではなくて、企業スキャンダルに巻き込まれた弁護士の話だから、アクションに頼るわけにはいかない。
その分マイケルを始めとする登場キャラクターを丹念に描きこみ、巨大な組織に対抗する小さな個人の戦いというクラッシックかつストレートなスタイル与えている。
その意味で、この作品は社会正義というテーマを描いた王道的なハリウッド映画であり、本国アメリカでは多くの古典的名作、特に社会と個人の対立が露見した70年代の社会派サスペンスの秀作と比較した論評が多かったという。
実際、完成した作品はジョージ・クルーニーやティルダ・スゥイントンらの好演もあって、なかなかに重厚かつスリリングな作品となっていて、非常に見ごたえがある。
本年度のオスカーは、ご存知のようにコーエン兄弟の異色作「ノーカントリー」が作品賞を受賞したが、時代の気分が今ほど暗くなかった10年前だったら正統派の「フィクサー」がとっていた気がする。
映画は、いきなりクルーニーが暗殺の危機に晒されるクライマックス部分を見せてしまって、その後で時間を遡り事件の顛末を語り始めるという構成をとっている。
最近では「M.i.?」が似たような処理をしていたが、観客に一度主人公が苦境に陥った状態を見せて、一体なぜ何故主人公がそんな状態に陥るのだろうと言う興味をいだかせる。
サスペンス物の一つの御手本のような展開だ。
その後は法律家として苦悩するマイケルが、彼にとっては降って湧いた様なアーサーとユーノースの戦いに巻き込まれてゆく様が丁寧に描かれている。
マイケル・クレイトンのキャラクターは、仕事や家族の問題など自分自身の現状への不安感、またそれゆえにギャンブルに嵌っていたり、細かい点まで緻密に作りこまれており、一個の人間として説得力がある。
また、明らかな悪を弁護するという良心の呵責から、被害者サイドに寝返るアーサー役のトム・ウィルキンソン、事なかれ主義ないかにもいそうな上司像のマーティを演じるシドニー・ポラックもリアリティ満点の好演。
マイケルやアーサーの、直接的な敵となるカレン・クラウダーを演じるのは、本作でアカデミー助演女優賞を獲得したティルダ・スゥイントンで、登場シーンは意外なほど少ないのだが、巨大な組織の無言の重圧を一人で感じ、次第に道を踏み外してゆく人間の恐ろしさと弱さを上手く表現している。
キャラクターは説得力があり、サスペンスも緻密。
トニー・ギルロイの仕事は初監督とは思えないくらいに円熟を感じさせる。
ただ、あえて言えばマイケルが危機から逃れるくだりは、ある意味でもの凄く御都合主義で、誤魔化されたような気分になるのが少し残念だ。
キャラクターの行動に観念的な流れを作っているので、あまり気にならないのは上手さを感じるが、マイケルがあのタイミングでああいう行動をとるとはいくら何でも偶然に頼り過ぎな気がする。
一体何が、彼をああいう行動に向かわせたのかをもう少し明確にして欲しかった。
「フィクサー」は、良い意味で典型的なハリウッド映画で、決して観客の期待を裏切らない。
黄金時代からの豊かな文化的な蓄積を感じさせる、良く出来た娯楽映画であり、読後感もすっきりとしている。
ただ、この様な勧善懲悪的な物語をリアリズム重視で作ると、残念ながらどこかに嘘臭さを感じてしまうのは、映画の問題というよりは今のこの時代が病んでいるのだろう。
そして、映画の出来栄えとは別に、その時代の空気によりピッタリとしているのは、やはり「フィクサー」よりは「ノーカントリー」だなあと思ってしまうのだ。
今回は、正統派の映画に対して、アメリカの美を合わせよう。
「アメリカン・ビューティー」はその名の通り、味でも目でも楽しめる美しいカクテル。
ブランデーとドライ・ベルモット、グレナデン・シロップ、オレンジジュースを4:3:2:3の割合で、更に適量のペパーミント・ホワイトを加えてシェイク。
グラスに注ぎ、静かになったらスプーン一杯のポートワインをそっとのせる。
二層になったカクテルが、内側に情念を秘めたマイケル・クレイトンの心の様だ。
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原題の「Michael Clayton」が「フィクサー」に変わったのは、やはりジュラシック・パークの原作者を連想させてしまうからだろうか。
もっとも、「フィクサー」というタイトルも映画を観るとあまりしっくり来ない。
日本ではこの言葉から、国や社会を裏で動かす黒幕的な大物を連想してしまうが、本作の主人公、マイケル・クレイトンは企業や金持ちの不祥事を闇に葬る、ちんまい揉み消し屋だからだ。
まあ、劇中でマイケルが自分の事をフィクサーだと言っているから仕方が無いのだけど。
ニューヨークの大手法律事務所に勤めるマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は不祥事の揉み消しを専門とする弁護士。
法律の裏舞台を歩き続ける仕事に、先の見えない不安感を感じている。
そんな時、同僚の弁護士アーサー・イーデンス(トム・ウィルキンソン)が、クライアントであり、薬害集団訴訟の加害者である農薬会社ユーノース社を裏切り、被害者の市民側につくという前代未聞の行動を起こす。
上司のマーティ(シドニー・ポラック)の命を受けたマイケルは、事態の収拾に乗り出すが、アーサーは訴訟の行方をひっくり返すユーノースの裏の秘密を握っていた。
一方、ユーノース社の法務担当者であるカレン・クラウダー(ティルダ・スゥイントン)は、恐るべき手段で事態を解決しようとするのだが・・・・
監督・脚本を兼ねるギルロイにとってはボーン・シリーズでサスペンスはお手の物だろうが、今回は元CIAの凄腕暗殺者ではなくて、企業スキャンダルに巻き込まれた弁護士の話だから、アクションに頼るわけにはいかない。
その分マイケルを始めとする登場キャラクターを丹念に描きこみ、巨大な組織に対抗する小さな個人の戦いというクラッシックかつストレートなスタイル与えている。
その意味で、この作品は社会正義というテーマを描いた王道的なハリウッド映画であり、本国アメリカでは多くの古典的名作、特に社会と個人の対立が露見した70年代の社会派サスペンスの秀作と比較した論評が多かったという。
実際、完成した作品はジョージ・クルーニーやティルダ・スゥイントンらの好演もあって、なかなかに重厚かつスリリングな作品となっていて、非常に見ごたえがある。
本年度のオスカーは、ご存知のようにコーエン兄弟の異色作「ノーカントリー」が作品賞を受賞したが、時代の気分が今ほど暗くなかった10年前だったら正統派の「フィクサー」がとっていた気がする。
映画は、いきなりクルーニーが暗殺の危機に晒されるクライマックス部分を見せてしまって、その後で時間を遡り事件の顛末を語り始めるという構成をとっている。
最近では「M.i.?」が似たような処理をしていたが、観客に一度主人公が苦境に陥った状態を見せて、一体なぜ何故主人公がそんな状態に陥るのだろうと言う興味をいだかせる。
サスペンス物の一つの御手本のような展開だ。
その後は法律家として苦悩するマイケルが、彼にとっては降って湧いた様なアーサーとユーノースの戦いに巻き込まれてゆく様が丁寧に描かれている。
マイケル・クレイトンのキャラクターは、仕事や家族の問題など自分自身の現状への不安感、またそれゆえにギャンブルに嵌っていたり、細かい点まで緻密に作りこまれており、一個の人間として説得力がある。
また、明らかな悪を弁護するという良心の呵責から、被害者サイドに寝返るアーサー役のトム・ウィルキンソン、事なかれ主義ないかにもいそうな上司像のマーティを演じるシドニー・ポラックもリアリティ満点の好演。
マイケルやアーサーの、直接的な敵となるカレン・クラウダーを演じるのは、本作でアカデミー助演女優賞を獲得したティルダ・スゥイントンで、登場シーンは意外なほど少ないのだが、巨大な組織の無言の重圧を一人で感じ、次第に道を踏み外してゆく人間の恐ろしさと弱さを上手く表現している。
キャラクターは説得力があり、サスペンスも緻密。
トニー・ギルロイの仕事は初監督とは思えないくらいに円熟を感じさせる。
ただ、あえて言えばマイケルが危機から逃れるくだりは、ある意味でもの凄く御都合主義で、誤魔化されたような気分になるのが少し残念だ。
キャラクターの行動に観念的な流れを作っているので、あまり気にならないのは上手さを感じるが、マイケルがあのタイミングでああいう行動をとるとはいくら何でも偶然に頼り過ぎな気がする。
一体何が、彼をああいう行動に向かわせたのかをもう少し明確にして欲しかった。
「フィクサー」は、良い意味で典型的なハリウッド映画で、決して観客の期待を裏切らない。
黄金時代からの豊かな文化的な蓄積を感じさせる、良く出来た娯楽映画であり、読後感もすっきりとしている。
ただ、この様な勧善懲悪的な物語をリアリズム重視で作ると、残念ながらどこかに嘘臭さを感じてしまうのは、映画の問題というよりは今のこの時代が病んでいるのだろう。
そして、映画の出来栄えとは別に、その時代の空気によりピッタリとしているのは、やはり「フィクサー」よりは「ノーカントリー」だなあと思ってしまうのだ。
今回は、正統派の映画に対して、アメリカの美を合わせよう。
「アメリカン・ビューティー」はその名の通り、味でも目でも楽しめる美しいカクテル。
ブランデーとドライ・ベルモット、グレナデン・シロップ、オレンジジュースを4:3:2:3の割合で、更に適量のペパーミント・ホワイトを加えてシェイク。
グラスに注ぎ、静かになったらスプーン一杯のポートワインをそっとのせる。
二層になったカクテルが、内側に情念を秘めたマイケル・クレイトンの心の様だ。
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