2008年05月05日 (月) | 編集 |
平凡な一家に、ある日突然やって来た「戦後」。
ジェームス・C・ストラウス監督のデビュー作「さよなら。いつかわかること」は、愛する者との永遠の別離に直面した一つの家族の姿を描いた、切なく瑞々しい佳作だ。
若い新人監督が、これほど洗練された奥深い作品を見事に物にするのだから、やはりアメリカ映画は侮れない。
シカゴのホームセンターで働くスタンレー・フィリップス(ジョン・キューザック)は、妻グレースと娘のハイディ(シェラン・オキーフ)とドーン(グレイシー・ベドナルジク)の四人家族。
だが軍人であるグレースは、家族を残してイラク戦争に出征中。
朴訥なスタンレーは、遠い戦場にいるグレースを想う娘たちとどう接して良いのかわからず、親子の間には微妙な隙間風が吹いている。
そんなある日、スタンレーの元にイラクでグレースが戦死したという知らせが届く。
母親の死をどう娘たちに伝えていいのかわからないスタンレーは、唐突に娘たちを連れてドーンが行きたがっていたフロリダの遊園地へ旅に出るのだが・・・・
典型的なロードムービーである。
突然妻を亡くした男と、その事実を知らない娘たち。
途中でスタンレーの人となりを説明する役回りで、彼の弟のジョンが出てくる以外は、殆どこの三人しか描かれない。
行き場の無い葛藤を抱えたスタンレーは、迷走する心の赴くままに娘たちを連れて旅に出る。
主人公であるスタンレー・フィリップスのキャラクターが出色だ。
実はスタンレー自身も元軍人で、身体的な理由でやむなく除隊させられたという過去を持ち、現役軍人である妻を愛する一方で彼女に対するコンプレックスも抱えている。
故に父親としても自信が持てず、亡き妻の助けを誰よりも欲しているのもスタンレー自身という複雑なキャラクターとなっている。
本作のプロデューサーをかねるジョン・キューザックは、いつの間にかずいぶんと恰幅が良くなったが、内面に葛藤を抱え、年頃の娘たちとの接し方に戸惑う、平凡だが愛に満ちた男を見事に演じている。
誰もが予想するとおり、物語のクライマックスは一体スタンレーがいつどの様にして母親の死を娘たちに伝えるかという事で、物語の全ての要素はこの一点に向かって構成されている。
そして結果的に言えば、ジェームス・C・ストラウスは実に巧みにこの瞬間を演出している。
ストラウス自身による脚本は緻密に構成されていて、複線の張り方も上手い。
娘たちが真実を知る段取りは二段構造になっていて、最初の段取りはある小道具をつかって上手く表現されているが、ここで下手をするとロジック凝り過ぎていかにも作った様なクライマックスになってしまう。
ところがストラウスは、美しい映像と切ない音楽をキャラクターの感情にピタリとリンクさせる事で最大限の力を発揮させ、シンプルかつ極めて映画的な時間として昇華することに成功しているのである。
驚いたのは、音楽をクリント・イーストウッドが担当している事。
何となくイーストウッドみたいな音楽の使い方だな、と思っていたがまさか本人とは想わなかった。
優れた作曲家としても知られているイーストウッドが、自作以外の劇場用映画の音楽を担当したのはこれが初めてではないだろうか。
なるほど、この淡々とキャラクターの内面を追ってゆく物語のスタイルは、イーストウッドの映画に通じる物がある。
何れにしても、決してでしゃばらず、さりとて埋没する事も無く、キャラクターの感情をしっかりとサポートした良い楽曲だったと思う。
もちろんそう思えるのは、元々スタンレーの葛藤がしっかりと画面から伝わってくるからであり、この作品の俳優の表現力と彼らのポテンシャルを引き出した演出力は非常にハイレベル。
スタンレーだけでなく、姉ハイディ役のシェラン・オキーフ、妹ドーン役のグレイシー・ベドナルジクも、驚くほど巧みに心の動きを表現している。
特にスタンレーと微妙な距離感を感じつつも、様子のおかしな父の心を気遣い、大人と子供の狭間世代の曖昧さを繊細に表現したオキーフの演技は強く心に残る。
クレマン、トリュフォー、スピルバーグの例を見るまでも無く、子供の演出が上手い人物にダメ監督はまずいない。
その意味でも、ジェームス・C・ストラウスは今後注目してゆきたい映画作家である。
「さよなら。いつかわかること」は、普遍的な物語で、所謂反戦映画としての作り方はしていない。
だが家族を、大切な人を戦場へ送り出すと言うこと、そしてその人が二度と帰らないということを、ごくごくパーソナルな視点から考えさせてくれる映画であるのも確かだ。
戦争が長引くにつれて、現在進行形であるにも関わらず、イラク戦争を扱った映画も増えてきた。
しかし単純に戦争の是非をテーマとしているのではなく、必然的に生み出されるそれぞれの「戦後」にこれほどしっかりとスポットを当てた作品は初めてかもしれない。
イラク戦争開戦から早や6年、既にアメリカだけで4000を超える家族が、イラクではその数十倍の家族が「グレース」を送り出している。
イーストウッドの映画を観ると、いつも腹に染み渡る日本酒が飲みたくなる。
これはイーストウッド監督作じゃないけど、似た系統ということで「神亀 純米辛口」をチョイス。
日本で唯一一貫して純米酒専業の蔵として知られる神亀の酒の中でも、辛口に仕立てられた長期熟成タイプで、深いコクと複雑な旨みを味わえる名品である。
映画の後味をより深めてくれるだろう。
記事が気に入ったらクリックしてね

こちらもお願い

ジェームス・C・ストラウス監督のデビュー作「さよなら。いつかわかること」は、愛する者との永遠の別離に直面した一つの家族の姿を描いた、切なく瑞々しい佳作だ。
若い新人監督が、これほど洗練された奥深い作品を見事に物にするのだから、やはりアメリカ映画は侮れない。
シカゴのホームセンターで働くスタンレー・フィリップス(ジョン・キューザック)は、妻グレースと娘のハイディ(シェラン・オキーフ)とドーン(グレイシー・ベドナルジク)の四人家族。
だが軍人であるグレースは、家族を残してイラク戦争に出征中。
朴訥なスタンレーは、遠い戦場にいるグレースを想う娘たちとどう接して良いのかわからず、親子の間には微妙な隙間風が吹いている。
そんなある日、スタンレーの元にイラクでグレースが戦死したという知らせが届く。
母親の死をどう娘たちに伝えていいのかわからないスタンレーは、唐突に娘たちを連れてドーンが行きたがっていたフロリダの遊園地へ旅に出るのだが・・・・
典型的なロードムービーである。
突然妻を亡くした男と、その事実を知らない娘たち。
途中でスタンレーの人となりを説明する役回りで、彼の弟のジョンが出てくる以外は、殆どこの三人しか描かれない。
行き場の無い葛藤を抱えたスタンレーは、迷走する心の赴くままに娘たちを連れて旅に出る。
主人公であるスタンレー・フィリップスのキャラクターが出色だ。
実はスタンレー自身も元軍人で、身体的な理由でやむなく除隊させられたという過去を持ち、現役軍人である妻を愛する一方で彼女に対するコンプレックスも抱えている。
故に父親としても自信が持てず、亡き妻の助けを誰よりも欲しているのもスタンレー自身という複雑なキャラクターとなっている。
本作のプロデューサーをかねるジョン・キューザックは、いつの間にかずいぶんと恰幅が良くなったが、内面に葛藤を抱え、年頃の娘たちとの接し方に戸惑う、平凡だが愛に満ちた男を見事に演じている。
誰もが予想するとおり、物語のクライマックスは一体スタンレーがいつどの様にして母親の死を娘たちに伝えるかという事で、物語の全ての要素はこの一点に向かって構成されている。
そして結果的に言えば、ジェームス・C・ストラウスは実に巧みにこの瞬間を演出している。
ストラウス自身による脚本は緻密に構成されていて、複線の張り方も上手い。
娘たちが真実を知る段取りは二段構造になっていて、最初の段取りはある小道具をつかって上手く表現されているが、ここで下手をするとロジック凝り過ぎていかにも作った様なクライマックスになってしまう。
ところがストラウスは、美しい映像と切ない音楽をキャラクターの感情にピタリとリンクさせる事で最大限の力を発揮させ、シンプルかつ極めて映画的な時間として昇華することに成功しているのである。
驚いたのは、音楽をクリント・イーストウッドが担当している事。
何となくイーストウッドみたいな音楽の使い方だな、と思っていたがまさか本人とは想わなかった。
優れた作曲家としても知られているイーストウッドが、自作以外の劇場用映画の音楽を担当したのはこれが初めてではないだろうか。
なるほど、この淡々とキャラクターの内面を追ってゆく物語のスタイルは、イーストウッドの映画に通じる物がある。
何れにしても、決してでしゃばらず、さりとて埋没する事も無く、キャラクターの感情をしっかりとサポートした良い楽曲だったと思う。
もちろんそう思えるのは、元々スタンレーの葛藤がしっかりと画面から伝わってくるからであり、この作品の俳優の表現力と彼らのポテンシャルを引き出した演出力は非常にハイレベル。
スタンレーだけでなく、姉ハイディ役のシェラン・オキーフ、妹ドーン役のグレイシー・ベドナルジクも、驚くほど巧みに心の動きを表現している。
特にスタンレーと微妙な距離感を感じつつも、様子のおかしな父の心を気遣い、大人と子供の狭間世代の曖昧さを繊細に表現したオキーフの演技は強く心に残る。
クレマン、トリュフォー、スピルバーグの例を見るまでも無く、子供の演出が上手い人物にダメ監督はまずいない。
その意味でも、ジェームス・C・ストラウスは今後注目してゆきたい映画作家である。
「さよなら。いつかわかること」は、普遍的な物語で、所謂反戦映画としての作り方はしていない。
だが家族を、大切な人を戦場へ送り出すと言うこと、そしてその人が二度と帰らないということを、ごくごくパーソナルな視点から考えさせてくれる映画であるのも確かだ。
戦争が長引くにつれて、現在進行形であるにも関わらず、イラク戦争を扱った映画も増えてきた。
しかし単純に戦争の是非をテーマとしているのではなく、必然的に生み出されるそれぞれの「戦後」にこれほどしっかりとスポットを当てた作品は初めてかもしれない。
イラク戦争開戦から早や6年、既にアメリカだけで4000を超える家族が、イラクではその数十倍の家族が「グレース」を送り出している。
イーストウッドの映画を観ると、いつも腹に染み渡る日本酒が飲みたくなる。
これはイーストウッド監督作じゃないけど、似た系統ということで「神亀 純米辛口」をチョイス。
日本で唯一一貫して純米酒専業の蔵として知られる神亀の酒の中でも、辛口に仕立てられた長期熟成タイプで、深いコクと複雑な旨みを味わえる名品である。
映画の後味をより深めてくれるだろう。

記事が気に入ったらクリックしてね

こちらもお願い

スポンサーサイト
| ホーム |