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地球が静止する日・・・・・評価額1300円
2008年12月20日 (土) | 編集 |
異色のファースト・コンタクトSF。
オリジナルは、1951年に、巨匠ロバート・ワイズ監督が発表した古典SF「地球の静止する日」で、57年ぶりのリメイクとなる。
新作のほうは「地球が静止する日」なので、格助詞一字違い。
激しさを増す冷戦が、朝鮮半島で本物の戦争となった翌年に公開された旧作は、宇宙人が核戦争へ突き進む人類へ警告をするためにやって来るという、当時の世相を繁栄した社会派SFとも言うべき内容だった。
宇宙人イコール侵略者というステロタイプしか存在しなかった時代に、平和的なメッセンジャーとしての宇宙人が登場する作品で、後の「未知との遭遇」や「E.T」などの友好的なファースト・コンタクトを描いたSF映画のパイオニアでもある。
しかし冷戦が二十世紀と共に去った現在、「エミリー・ローズ」で注目を浴びたスコット・デリクソン監督は、極めて現代的な新たなテーマをリメイク版に盛り込んでいる。

宇宙生物学者のヘレン・ベンソン(ジェニファー・コネリー)は、突然家を訪れた政府関係者に同行を求められる。
実は宇宙から正体不明の飛行物体が地球に接近しつつあり、政府は緊急事態として関連のある科学者を急遽集めていたのだ。
物体は地球に衝突する直前になって速度を落とし、NYのセントラルパークに着陸する。
その巨大な光る球体から、異星人が現れるのだが、恐怖に駆られた軍の発砲によって大怪我を負わせてしまう。
秘密施設に運ばれた異星人の宇宙服の下からは、人間の男性そっくりの生物が現れる。
クラトゥと名乗ったその男(キアヌ・リーブス)は、地球へ来た目的を問われると「地球を救いに来た」と答えるのだが・・・・


基本的なストーリーラインは旧作とそれほど変わらない。
簡単に言えば、放漫な人類に絶滅か生存かのラストチョイスを迫りに来たメッセンジャーを、おバカな軍がいきなり攻撃してしまい、おまけにメッセンジャーが警告を発する機会を奪ってしまう。
この喧嘩腰の対応に、メッセンジャーはもはや人類を滅ぼすしかないと考えるのだが、一部の善意の人々の存在が人類への僅かな可能性を彼に感じさせるという物だ。
旧作の人気キャラである無敵の巨大ロボット、ゴートも当然出てくる。

旧作でクラトゥが地球に来た理由は、戦争を止めない人類への警告
核を手にした人類が、核戦争でも起こそうものなら、その被害は宇宙にも及ぶ(らしい)、よって予防的に滅ぼされるか、悔い改めて争いを止めるかの選択を突きつける。
対して21世紀に作られたリメイク版の掲げるテーマは、ズバリ環境問題だ。
宇宙的に観ても極めて希少な、地球の複雑で多様な生態系は、人類という病巣によって滅ぼされようとしている。
クラトゥは「地球の死は人類の死と同義だが、人類が滅びれば地球は生き残れる」という究極の選択を迫りにきたのだが、例によっていきなり攻撃されてしまうことで、問答無用で人類絶滅の決断に傾いてしまう。
人類を救うために何とかクラトゥの考えを変えようとするのが、ただ一人彼と心を通じようとする地球人であるヘレンという訳だ。

突如として現れる未知なる存在とのファースト・コンタクトから、クラトゥが超能力を使って秘密施設から逃亡するまでの前半は、物語的にはほぼ旧作と同じ
ここまでは演出もスリリングかつテンポ良く、ビジュアル的にも旧作を良い意味で踏襲しつつ最新の技術でアップグレードし、非常に良く出来ていている。
しかし、クラトゥが一般社会に出て、彼が地球に来た理由が明かされるあたりから、少しずつ映画が崩れ始めるのだ。
前記したように、今回は提示されるテーマが旧作と異なる故に、物語の出発点は同じでも徐々に異なった流れに成って行かざるをえない。
残念ながらデビット・スカルパの脚本は、この後半の出来が悪い。

自らが問いかけたテーマに対する、物語上での回答、つまりクラトゥが人類絶滅計画の中止を決断する理由に、全く説得力が無いのだ。
何しろ逃亡後に彼がコンタクトした人間は、ヘレンとその義理の息子、ヘレンの師匠格であるノーベル賞科学者の3人だけ。
一応、リメイク版では、地球人に感化された同郷のスパイと出会うエピソードが加えられているが、物語の展開する世界が実質クラトゥと一組の親子の間だけというのはあまりにも小さい。
テレビの視聴率を算出するのにすら、600世帯のサンプルがあるというのに、人類全体を滅ぼすかどうか決めるのに、調査対象がたった3人って統計学的にもどうなのさ?(笑

クラトゥが滅ぼさない選択をしたのは、どうやらヘレンたちの互いを思いやる心に打たれたという事の様なのだが、それを感じさせるほどのドラマがあった様にも思えない。
少なくとも私が宇宙人だったら、あの程度の浪花節よりも、最後の最後まで対話をしようとせず、性懲りも無く無駄な攻撃を繰り返す米軍のバカさ加減を見て、迷わず絶滅を決断するだろう。
劇中に大統領の姿は登場しないが、間違いなくオバマではなくブッシュであろう。
旧作でのクラトゥは、あくまでも警告を届ける事にプライオリティを置いていて、人類の英知を代表する世界の科学者たちがクラトゥの話を聞きに来るシーンをクライマックスに持ってきていた。
対してリメイク版のクラトゥは、一応先に警告しようとしているものの、どうやら最初から滅ぼす気満々なのに、最終的に思い直して救済という結論に達するまでの過程が決定的に弱く、結果クライマックスらしいクライマックスも存在しない。
とりあえず、ヘレン親子は救われたけど、恐らく人類は全く変わらないまま、つまりは何の解決も提示されないまま、映画は唐突に幕を閉じてしまう。

「地球が静止する日」は、前半だけならリメイクの御手本のような素晴らしい出来栄えなのだが、全体を通して観ると、新たに盛り込んだテーマに対しての答えを上手く導きだしている様には思えない。
果たして人類は自らの意思で変われるのか?というテーマは、今まさに人類が直面しているタイムリーかつ意義のある内容だと思うのだが、残念ながら映画は、答えを妙に矮小化してしまっている様に思う。
スコット・デリクソンは、オカルト映画に裁判劇としての新しい視点を持ち込んで成功した「エミリー・ローズ」に続いて、本作では現在人類が直面している問題の深刻さをSFで比喩的に描く事を狙ったのだと思うが、明らかに練り込み不足。
まあ娯楽SFとしてのスペクタクルな映像は良く出来ているから、それを観てるだけでも飽きはしないと思う。

さて本作の主演キアヌ・リーブスは、知る人ぞ知るラーメンフリーク
アメリカの日系ラーメン屋は言うに及ばず、来日するたびにラーメンを食べ歩き、時には仕事も無いのにラーメンを食べるためだけにお忍びで日本に立ち寄る事もあると聞く。
今回もたぶんプロモーションの合間に食べに行っているのだろうけど、確かに今は麺類が美味しい季節。
冬のラーメンにあうのはやはり冬のビール、という事で「サッポロ冬物語」をチョイス。
個人的には数年前に麦芽100%になってからの味の方が好みで、麺料理とのマッチングもベター。
やや物足りない映画の後は、熱々のラーメンにビールというのが冬の大きな楽しみだ。

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