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ワルキューレ・・・・・評価額1550円
2009年03月25日 (水) | 編集 |
ユダヤ人でゲイという、ヒットラー時代のドイツだったら確実にガス室行きのブライアン・シンガー監督が、主演にトム・クルーズを迎えて作り上げたのは、1944年7月20日に起こったヒットラー暗殺未遂事件を巡るサスペンス大作。
タイトルの「ワルキューレ」とは、ナチスに対するクーデターが起こったときに発令される作戦名で、もちろんワーグナーの歌劇「ニーベルングの指輪」に登場する女神の名に由来する。

1943年、北アフリカ。
ドイツ軍将校、シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)は、連合軍の空襲で負傷し、片腕と片目を失う。
ベルリンの病院に入院した大佐に、ヒットラー政権の打倒を目指す地下組織が接近するが、かねてからナチズムに批判的だった大佐は、これを受け入れる。
しかし、彼はとりあえずヒットラーを失脚させれば、後は何とかなると考える組織の甘さを見て失望。
ナチスに勝つには、ヒットラーを暗殺し、早急にベルリンの支配を完了する必要があると考える。
その秘策として、クーデターなどに対処するために作られた「ワルキューレ作戦」を逆に利用しようとするのだが・・・


ナチスへの抵抗運動を描いた映画は、今までにも多くの国で沢山の作品が作られてきたが、ハリウッドの米国人たちがドイツ人による抵抗運動を描いたこの映画、当のドイツではあまり評判がよろしくないらしい。
ヨーロッパではカルト扱いされるサイエントロジーの信者であるトム・クルーズに、ナチスと対決したした自国の英雄を演じられるのは抵抗があるのだろう。
確かに私も、典型的なアメリカンというイメージのあるトム・クルーズが、実在のドイツ軍将校を演じると聞いて微妙な違和感を感じた。
ただ、実際に映画が始まってドイツ人たちがみんな英語を喋る事になんとなく慣れてくると、キャラクターにはそれほど違和感はなくなり、端正でゲルマン的な顔立ち、と言えなくもないトム・クルーズもドイツ軍人に見えてくるから映画は不思議だ。

ナチス政権下のドイツでは、ヒットラー暗殺計画が数十回も企てられ、この1944年7月20日の事件はその中でも最大にして最後の物。
ヒットラーを暗殺し、対クーデター様に作られた「ワルキューレ作戦」を逆に利用してSS(ナチス親衛隊)のクーデターにでっち上げて、一気に政権そのものを掌握しようというのだから、大胆不敵というか、良く思いついたという感じだが、結果的には失敗してシュタウフェンベルク大佐らは処刑され、関与した数千人が粛清されたという。
あのロンメル将軍も本件への関与を疑われて自決を選んでいるのだから、ナチス体制の根幹を揺るがせた大事件であった事は間違いないだろう。

ブライアン・シンガーは、この結末が明らかな物語を題材にしながら、果たして計画がどのように立てられ、どのように失敗したのかをプロットの幹として構成し、骨太のサスペンス大作として成立させている。
シュタウフェンベルク大佐にとって、ヒットラーとナチスとは自らの欲望のために故国ドイツを私物化したような存在。
彼らから国を取り戻すという、明らかに「正しい計画」はなぜ失敗したのか。
綿密な計画の立案から実行、崩壊までのプロセスは、ダイジェスト感はあるものの史実から要所要所を押さえ、スリリングで良く出来ている。
この言わば失敗のロジックを通して、作品のテーマが浮かび上がってくると言う構造だ。

考えてみれば、シンガーの代表作である「X-MEN」シリーズナチズムと選民思想を隠れテーマとして描いており、その意味でこれは彼にとっては長年ひっそりと描いてきたテーマを初めて前面に出した勝負作なのかもしれない。
ユダヤ人であるシンガーが、あえてドイツ軍人の目線で作品を描いたのは、「ドイツ人=ナチス」的なステロタイプな歴史観から離れ、個人と国家という対立軸を明確にするためだろう。
良心に従い、ドイツという国を愛した個人と、ヒットラー、あるいは彼の作り上げたナチスという権力のためだけに存在する第三帝国という国家。
「ドイツ人はナチスだけじゃない事を世界に示すのだ」というシュタウフェンベルクたちの叫びは、自らがマイノリティとしてステロタイプで世界を捉えることの危険性を知るシンガーの、世界に対するこうあって欲しいという希望の様なものなのかも知れない。

残念なのは、プロット上の対立構図が明確で、サスペンス物としての見せ場が盛り沢山な一方で、絶対的な主人公であるシュタウフェンベルク大佐のキャラクターがやや表層的な事。
彼の個人としての信念はどこから来たのか、なぜ彼は全てを犠牲にしてまでも、抵抗運動に身を投じる決意をしたのかが今ひとつはっきりせず、その為に映画全体の印象が深みを欠いてしまっている。
例えば学生による非暴力の抵抗運動を描いた「白バラの祈り」では、逮捕された女子学生ゾフィー・ショルとゲシュタポ尋問官の徹底的な論戦が描かれ、彼らの会話を通してゾフィーの信念を支える人間性の源が見える様になっていた。
「ワルキューレ」は、物語の中心をヒットラー暗殺計画を巡るサスペンスに置き、それを通してテーマを描く形をとったために、人物がやや弱いのだ。
まあ、描いている情報の多さを考えればこの上映時間で良く纏めたと思うし、良くも悪くも外国人が描いたハリウッド映画と考えると健闘していると言って良いだろう。

それにしても、この映画を見て改めて感じるのはヒットラーという独裁者の恐るべき悪運の強さ
もしも、会議の場所が変更されていなかったら。
もしも、会議の時間が変更されていなかったら。
もしも、3時間の空白が無かったら。
これらの不測の事態が、よりにもよって計画決行の日に偶然起こっていたと言う事実。
このうち、一つでも起こっていなければ、計画は成功していたのかもしれず、結果だけ見れば悪魔に力を与えられた人間と言うのは、存在するのかもしれないと思わざるを得ない。
本来の北欧神話で、ワルキューレの女神たちが仕えるオーディーン神は、知恵と魔法を得るために片目を失った隻眼の男として描かれる。
もしもシュタウフェンベルク大佐がオーディーンなら、ヒットラーは彼を噛殺した魔獣フェンリルか。
神話は歴史の中で繰り返されているのだろうか。

さて、シュタウフェンベルク家は、元々ドイツ南部のヴルテンベルグの王家にルーツを持つ名門貴族。
ドイツ南部はワインどころとしても有名で、今回は隣接するバーデン地方の「シュペートブルグンダー・トロッケン・ホルツファス」という舌を噛みそうなピノノワールの2004年をチョイス。
やや辛口でボディが強く、古のゲルマン貴族の様な力強さと柔らかな繊細さを共に感じさせる。
敬虔なカソリック教徒であったというシュタウフェンベルク大佐を突き動かしたのは、いわゆる貴族の社会責任、ノーブル・オブリゲーションだったのかも知れない。

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