2009年04月10日 (金) | 編集 |
第37代合衆国大統領のリチャード・ニクソンと言えば、先日観た「ウォッチメン」では5選を果たして80年代半ばまで大統領をやっていたが、現実世界では歴史上初めて任期途中で辞任した大統領として知られる。
その辞任劇の原因となったのが、政敵である野党民主党本部があったウォーターゲート・ビルに不審者が侵入し、盗聴器を仕掛けようとした、所謂ウォーターゲート事件である。
当初関わりを否定していたニクソンだったが、やがてマスコミによって次々と大統領本人の関わりを示す証拠が暴かれ、遂に追われるようにホワイトハウスを後にする事となるのだが、後任のフォード大統領が恩赦したために、最終的に何の罪にも問われる事も、自らの過ちを証言する事も無かった。
「フロスト×ニクソン」は、事件から3年後の1977年に、イギリスのテレビ司会者だったデヴィッド・フロストがニクソンにインタビューした番組制作の舞台裏を描いた、実話ベースの舞台劇の映画化となる。
ジャーナリストですらないフロストが、策士ニクソンに翻弄されながらも、それまで語られていなかったウォーターゲート事件の核心に迫るスリリングな駆け引きは、なかなかに見応えがある。
オーストラリアやイギリスでテレビ司会者として活躍していたデヴィッド・フロスト(マイケル・シーン)は、アメリカテレビ界へ進出を図るために、未だ誰も実現していないニクソン元大統領(フランク・ランジェラ)へのインタビュー番組を企画する。
政界への返り咲きを画策していたニクソンは、ジャーナリストでないフロストならば与しやすく、番組を自らの宣伝の場に出来ると考え、巨額の出演料と引き換えに申し出を受ける。
フロストは番組のプロデューサーのジョン・バート(マシュー・マクファディン)を中心に対策チームを作り、ニクソン攻略のプランを練る。
だが、フロストの狙いに反して放映権はなかなか売れず、インタビューまでの数ヶ月の間、フロストは準備そっちのけで金策に走り回る羽目になる。
遂にやってきたインタビューの日、フロストは「ウォーターゲートに関する質問は最後にする」という契約上の取り決めを無視して、いきなり事件の核心部分からニクソンに切り込むのだが・・・
主役の一方は、ショウビズの本場アメリカ進出を賭けて、名声の獲得を狙うテレビ司会者。
もう一方は、マスコミのスクープによって失脚させられ、復活を狙う元大統領。
言ってみれば、二人はどちらもメディアの申し子であり、二人の対決を通して描かれているの、はテレビというメディアの姿そのものだ。
監督のロン・ハワードは、このテーマを描くために、ちょっとユニークなスタイルで映画を作っている。
歴史的なインタビューの数年後から、関係者が当時を振り返るという設定になっており、ハンディカメラを駆使したフェイクドキュメンタリー風に演出する事で、当時の時代感、臨場感を高めている。
逆にインタビューのシーンはきっちりとしたテレビ的な映像で押さえ、メリハリをつけつつ作品において「テレビとは何か」を明確化する戦法である。
ニクソンから決定的な言葉を引き出した後の、興奮と安堵が同居したようなフロストの表情、あるいは侮っていた相手に、最後の最後に敗れたニクソンの表情を捉えたカットは、正に「決定的一瞬」によって成り立つテレビというメディアの本質を見せ付ける見事な仕事だった。
タイトルロールの「フロスト×ニクソン」を演じる二人が良い。
二人ともコスプレ的に本人に似ているという訳ではないのだが、じっくりとキャラクターを作りこんでおり、実にリアリティがある。
マイケル・シーンは「クィーン」のトニー・ブレア役が印象的だったが、今回は名声を求めて軽いノリで元大統領との勝負に出たものの、圧倒的な相手の腹芸と資金難というダブルの困難に直面して、当惑するフロストを好演し、実際にベテラン名優フランク・ランジェラが演じるニクソンとの見事な演技合戦を見せる。
アカデミー賞ではフランク・ランジェラが主演男優賞にノミネートされたが、個人的には二人とも十分に主演男優賞に値する名演だったと思う。
考えてみれば、ニクソンはメディアによって注目を浴び、メディアによって滅ぼされた政治家と言えるかもしれない。
1952年、若き日のニクソンがアイゼンハワーの副大統領候補として挑んだ選挙戦の最中、選挙資金の不正融資から窮地に立たされるが、この時彼はテレビに出演して有名な「チェッカーズ・スピーチ」を行い、完全な自己弁護に成功する。
これは恐らく、テレビが大きな影響力を発揮した最初の大統領選挙であり、結果的にニクソンはテレビによって救われた事になる。
しかし8年後に自らが大統領候補として挑んだ選挙では、よりメディア戦略に長けたケネディにテレビ討論のビジュアル的な印象で圧倒され、落選の憂き目をみる。
ここではニクソンは、テレビによって挫折を味わっている。
そして、政界への返り咲きを狙った、この1977年のインタビューである。
政治家でもジャーナリストでもないテレビタレントのインタビューアーなど、百戦錬磨の策士ニクソンにとっては、ごくごく簡単な相手に思えたのだろう。
言わばライト級アマチュアボクサーがバリバリのヘビー級チャンピオンに真剣勝負を挑む様な、客観的に考えればかなり無茶な挑戦で、実際に映画に描かれているインタビューでも、終始ニクソンがペースを握り、フロストは攻めるタミングすら見出せない。
ニクソンの圧倒的優勢で進むインタビューは、最終日を前に酒に酔ったニクソンがフロストにかけた一本の電話を切欠に大きく動き出す。
この電話のニクソンの言葉で、闘志に火をつけられたフロストは、遂に難攻不落のニクソン攻略の秘策を掴み、元大統領の口から自らの過ちを認めさせる言葉を引き出す事に成功する。
正にニクソンが勝利を確信した後の、奇跡の大逆転であり、史実とは思えないくらいに映画的な幕切れである。
脚本のピーター・モーガンはオリジナルの舞台劇を書いた人物でもあるが、映画では「クィーン」や「ラストキング・オブ・スコットランド」、「ブーリン家の姉妹」などの作品がある。
史実をベースにして映画的な脚色を加えるのを得意とする脚本家なので、あの電話はもしかしたら脚色なのかな、という気がしているのだが、真相はどうなのだろう。
それにしても、インタビューというのが、場合によってはこんなに時間とお金の掛かる物だったとは。
専門のスタッフが数ヶ月を欠けて相手の攻略法を練り、機材、スタッフ、場所の選定から警備にいたるまで、膨大な準備の手間がかけられていることに驚かされる。
インタビュー番組一本に400万ドルという大作映画並のプロダクションバジェットも納得で、本物の報道番組を作ろうとすると、物凄くお金が掛かるという事の意味が、この映画を観るとよくわかる。
通信社から買ってきた映像を垂れ流し、激安グルメのレポートとか、似たような企画物ばっかりの日本のニュース番組を思い浮かべて、何だか別の意味で「テレビとは何か」という事を考えさせられた。
今回は、ニクソンの故郷に近いカリフォルニア州サンタバーバラのワイン「ヒッチングポスト ピノ・ノワール ハイライナー」の20005年をチョイス。
映画「サイドウェイ」で日本でも有名になったが、いまやカリフォルニアを代表するピノの逸品。
フルーティで複雑な香りが口の中に広がり、なんとも豊かな気分にしてくれる。
丁々発止の真剣勝負を見た後は、南カリフォルニアの自然の恵みで弛緩したい。
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その辞任劇の原因となったのが、政敵である野党民主党本部があったウォーターゲート・ビルに不審者が侵入し、盗聴器を仕掛けようとした、所謂ウォーターゲート事件である。
当初関わりを否定していたニクソンだったが、やがてマスコミによって次々と大統領本人の関わりを示す証拠が暴かれ、遂に追われるようにホワイトハウスを後にする事となるのだが、後任のフォード大統領が恩赦したために、最終的に何の罪にも問われる事も、自らの過ちを証言する事も無かった。
「フロスト×ニクソン」は、事件から3年後の1977年に、イギリスのテレビ司会者だったデヴィッド・フロストがニクソンにインタビューした番組制作の舞台裏を描いた、実話ベースの舞台劇の映画化となる。
ジャーナリストですらないフロストが、策士ニクソンに翻弄されながらも、それまで語られていなかったウォーターゲート事件の核心に迫るスリリングな駆け引きは、なかなかに見応えがある。
オーストラリアやイギリスでテレビ司会者として活躍していたデヴィッド・フロスト(マイケル・シーン)は、アメリカテレビ界へ進出を図るために、未だ誰も実現していないニクソン元大統領(フランク・ランジェラ)へのインタビュー番組を企画する。
政界への返り咲きを画策していたニクソンは、ジャーナリストでないフロストならば与しやすく、番組を自らの宣伝の場に出来ると考え、巨額の出演料と引き換えに申し出を受ける。
フロストは番組のプロデューサーのジョン・バート(マシュー・マクファディン)を中心に対策チームを作り、ニクソン攻略のプランを練る。
だが、フロストの狙いに反して放映権はなかなか売れず、インタビューまでの数ヶ月の間、フロストは準備そっちのけで金策に走り回る羽目になる。
遂にやってきたインタビューの日、フロストは「ウォーターゲートに関する質問は最後にする」という契約上の取り決めを無視して、いきなり事件の核心部分からニクソンに切り込むのだが・・・
主役の一方は、ショウビズの本場アメリカ進出を賭けて、名声の獲得を狙うテレビ司会者。
もう一方は、マスコミのスクープによって失脚させられ、復活を狙う元大統領。
言ってみれば、二人はどちらもメディアの申し子であり、二人の対決を通して描かれているの、はテレビというメディアの姿そのものだ。
監督のロン・ハワードは、このテーマを描くために、ちょっとユニークなスタイルで映画を作っている。
歴史的なインタビューの数年後から、関係者が当時を振り返るという設定になっており、ハンディカメラを駆使したフェイクドキュメンタリー風に演出する事で、当時の時代感、臨場感を高めている。
逆にインタビューのシーンはきっちりとしたテレビ的な映像で押さえ、メリハリをつけつつ作品において「テレビとは何か」を明確化する戦法である。
ニクソンから決定的な言葉を引き出した後の、興奮と安堵が同居したようなフロストの表情、あるいは侮っていた相手に、最後の最後に敗れたニクソンの表情を捉えたカットは、正に「決定的一瞬」によって成り立つテレビというメディアの本質を見せ付ける見事な仕事だった。
タイトルロールの「フロスト×ニクソン」を演じる二人が良い。
二人ともコスプレ的に本人に似ているという訳ではないのだが、じっくりとキャラクターを作りこんでおり、実にリアリティがある。
マイケル・シーンは「クィーン」のトニー・ブレア役が印象的だったが、今回は名声を求めて軽いノリで元大統領との勝負に出たものの、圧倒的な相手の腹芸と資金難というダブルの困難に直面して、当惑するフロストを好演し、実際にベテラン名優フランク・ランジェラが演じるニクソンとの見事な演技合戦を見せる。
アカデミー賞ではフランク・ランジェラが主演男優賞にノミネートされたが、個人的には二人とも十分に主演男優賞に値する名演だったと思う。
考えてみれば、ニクソンはメディアによって注目を浴び、メディアによって滅ぼされた政治家と言えるかもしれない。
1952年、若き日のニクソンがアイゼンハワーの副大統領候補として挑んだ選挙戦の最中、選挙資金の不正融資から窮地に立たされるが、この時彼はテレビに出演して有名な「チェッカーズ・スピーチ」を行い、完全な自己弁護に成功する。
これは恐らく、テレビが大きな影響力を発揮した最初の大統領選挙であり、結果的にニクソンはテレビによって救われた事になる。
しかし8年後に自らが大統領候補として挑んだ選挙では、よりメディア戦略に長けたケネディにテレビ討論のビジュアル的な印象で圧倒され、落選の憂き目をみる。
ここではニクソンは、テレビによって挫折を味わっている。
そして、政界への返り咲きを狙った、この1977年のインタビューである。
政治家でもジャーナリストでもないテレビタレントのインタビューアーなど、百戦錬磨の策士ニクソンにとっては、ごくごく簡単な相手に思えたのだろう。
言わばライト級アマチュアボクサーがバリバリのヘビー級チャンピオンに真剣勝負を挑む様な、客観的に考えればかなり無茶な挑戦で、実際に映画に描かれているインタビューでも、終始ニクソンがペースを握り、フロストは攻めるタミングすら見出せない。
ニクソンの圧倒的優勢で進むインタビューは、最終日を前に酒に酔ったニクソンがフロストにかけた一本の電話を切欠に大きく動き出す。
この電話のニクソンの言葉で、闘志に火をつけられたフロストは、遂に難攻不落のニクソン攻略の秘策を掴み、元大統領の口から自らの過ちを認めさせる言葉を引き出す事に成功する。
正にニクソンが勝利を確信した後の、奇跡の大逆転であり、史実とは思えないくらいに映画的な幕切れである。
脚本のピーター・モーガンはオリジナルの舞台劇を書いた人物でもあるが、映画では「クィーン」や「ラストキング・オブ・スコットランド」、「ブーリン家の姉妹」などの作品がある。
史実をベースにして映画的な脚色を加えるのを得意とする脚本家なので、あの電話はもしかしたら脚色なのかな、という気がしているのだが、真相はどうなのだろう。
それにしても、インタビューというのが、場合によってはこんなに時間とお金の掛かる物だったとは。
専門のスタッフが数ヶ月を欠けて相手の攻略法を練り、機材、スタッフ、場所の選定から警備にいたるまで、膨大な準備の手間がかけられていることに驚かされる。
インタビュー番組一本に400万ドルという大作映画並のプロダクションバジェットも納得で、本物の報道番組を作ろうとすると、物凄くお金が掛かるという事の意味が、この映画を観るとよくわかる。
通信社から買ってきた映像を垂れ流し、激安グルメのレポートとか、似たような企画物ばっかりの日本のニュース番組を思い浮かべて、何だか別の意味で「テレビとは何か」という事を考えさせられた。
今回は、ニクソンの故郷に近いカリフォルニア州サンタバーバラのワイン「ヒッチングポスト ピノ・ノワール ハイライナー」の20005年をチョイス。
映画「サイドウェイ」で日本でも有名になったが、いまやカリフォルニアを代表するピノの逸品。
フルーティで複雑な香りが口の中に広がり、なんとも豊かな気分にしてくれる。
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