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フローズン・リバー・・・・・評価額1650円
2010年02月11日 (木) | 編集 |
「フローズン・リバー」は、タイトル通り、凍りついた大河の様に厳しく困難な人生を歩む、二人の女性の物語である。
これが長編デビュー作となるコートニー・ハント監督は、貧困、ネイティブアメリカン、シングルマザーに不法移民とアメリカ社会の抱える様々な問題を盛り込みつつも、極めてコンパクトで引き締まった作品を作り上げた。
本作が作られたのは2008年なので、まるでリーマンショック以降の経済危機を先取りしたかのような描写は偶然だろうが、今の時代にこの様な作品が作られて、サンダンス映画祭グランプリを受賞したのをはじめ、世界各国で人々の喝采を浴びたのは必然に感じる。

モホーク族のリザベーションを抱える、アメリカ・カナダ国境の町。
ギャンブル狂の夫に、新しい家の購入費を持ち逃げされたレイ(メリッサ・レオ)は、夫の乗り捨てた車を拾ったというモホークのライラ(ミスティ・アパーム)と出会う。
共に金に困っていた二人は、アメリカとカナダにまたがるリザベーションの中が治外法権な事を利用して、冬の間凍結する国境のセントローレンス川を車で渡り、カナダ側からの密入国者をトランクに隠してアメリカ側に渡すという闇社会のビジネスに手を染める。
最初のうちは上手くいっていたのだが、あるパキスタン人の夫婦を渡した時に、テロリストではないかと疑ったレイは、彼らの持っていた大きなカバンを川の上に捨ててしまう。
だが、実はその中にはとんでもないモノが入っていたのだ・・・・。


生活苦から違法行為に手を染めてしまう女性の話というと、ケン・ローチ監督の「この自由な世界で」を連想するが、社会派的な視点に軸足を置いたあの作品に比べると、こちらはずっとパーソナルな視点で語られる。
主人公のレイは、チープなトレーラーハウスに住み、ギャンブル狂で甲斐性なしの夫に逃げられて、難しい年頃の二人の息子を抱え、明日の食費にも事欠いているという、典型的な地方の白人低所得層の女性である。
レイの“ビジネスパートナー”となるモホークの女性ライラも、夫を事故で亡くし、義母に連れ去られた一人息子の事を想いながら、狭いキャンピングカーで暮らす貧しい母親だ。
彼女は目が悪く、普通の仕事では失敗してばかりで長続きしないため、密輸や密入国の仕事に手を染めているが、人間関係の濃密な部族社会では、彼女のやっている事は既に皆の知るところとなっており、仕事に必要な車すら売ってもらえなくなる。
白人とモホークという民族の壁に阻まれているが、この二人は生活に困窮した母親としての共通の葛藤を抱えているのである。
対立点と共通点を抱えた二人の女性が偶然出会い、ギブ&テイクの形で危険な犯罪に徐々に深入りしてゆく様は痛々しいが、クライムサスペンスとしてもなかなかに良く出来ており、ちょっとリドリー・スコットの「テルマ&ルイーズ」を思わせる雰囲気もある。

いかにも人生に疲れ切ったという感じの、レイを演じるメリッサ・レオのくたびれた佇まいがいい。
レイの抱える問題は、ストレートに見れば貧困と言えるだろうが、恐らく日本の観客にとって、彼女は素直に感情移入し難い存在かもしれない。
お金が無い無いと言いつつも、リビングにはやたら巨大なテレビが鎮座し、車も二台持ち、古いトレーラーハウスも親子3人で暮らすには特に無理は無さそうに見える。
15歳の長男だって、本人の希望通りバイトさせてやれば良いし、犯罪に走る前に車一台売れよと思う人も多いだろう。
だが、私は彼女の考え方はいかにもアメリカ人的で、実際にありがちなパターンだなあと思った。
もちろん皆が皆そうという訳ではないし、ステロタイプに押し込める気もないが、クレジット社会に生きるアメリカ人は、「どうせ買うなら後にツケを回しても今良い物を」と、どう考えても生活レベルに合わない物を平気で買う人が多い。
巨大なプロジェクターテレビが安アパートに鎮座してたり、失業してるのに新車を買ったり、家を買ったりするケースは珍しくない。
それはまたある種の見栄でもあり、こういったライフスタイルが、今日の経済危機を招いた一因でもある訳だが、レオの抱えている危機的な状況は、決して彼女が特別に愚かだからという事ではないのだ。

またこの作品は、観客がアメリカ社会とネイティブアメリカンの関係を当然知っているという前提で作られているので、物語の背景を知っておいたほうがより理解が深まるはずである。
ネイティブアメリカンと一言にいっても、彼らは広大な南北アメリカに住む多種多様な民族の総称で、文化も言語も、白人社会との付き合いかたも様々だ。
ライラの属するモホークは、五大湖の東、アメリカ北東部からカナダのケベック、オンタリオ州にまたがる地域に、周辺の5部族と共に「イロコイ連邦」という“国家”を構成している。
日本ではあまり知られていないが、イロコイ連邦はその成立が十一世紀にまで遡る、アメリカ合衆国よりも遥に古い国で、かれらの連邦制度や民主制度は、合衆国の建国モデルとなった事でも知られている。
現在北米大陸に残るネイティブ部族の中でも、イロコイは最も独立色が強く、独自のパスポートを発行している他、可能な限り合衆国・カナダの影響力を排除しており、一説には現在のアメリカで、FBIでも手を出せないのは、イロコイ連邦とハワイにあるニイハウ島のみとも言われる。
それゆえに、周囲の白人社会との軋轢も絶えず、1990年にはカナダ側で祖先の墓場へのゴルフ場開発を巡りモホークが武装蜂起し、カナダ国防軍との間に小規模な銃撃戦がおきているほどで、相互不信は根深い物がある。
劇中でライラを始めとしたモホークが、白人への露骨な不信感を露にするのは、歴史的な事情故なのである。
また産業らしい産業を持たない多くのネイティブ部族にとって、経済的なよりどころの一つがカジノの経営だ。
イロコイはもとより全米各地のリザベーションにカジノが存在し、それがこの映画の一つのバックグラウンドになっている。
しかし、リザベーションの殆どは僻地にあり、周囲に住む白人もこの映画に描かれたように低所得層である場合が多いため、カジノの存在は失業者や低所得層のギャンブル依存という別の軋轢を生むことにも繋がっているのである。

対立する民族に属するレイとライラの関係は、最初は単に金目当てのつながりだ。
レイは夫に持ち逃げされた新居の購入費用を取り返すため、ライラは奪われた子供のため、それぞれがリアルで切実な目的のために、打算と相互不信とリスクを抱えながら危険なビジネスに手を染めてゆく。
だが、そんな二人の関係は、物語の中盤にパキスタンからの密入国者を運んだ時に起こる、ある事件を切っ掛けにして大きく変わる事になる。
自分たちの偏見によって招いてしまった予期せぬ事態によって、図らずも彼女たちはお互いの中に母性という共通の本能を見出す事になったのだろう。
この事を切っ掛けに、二人の関係はギスギスしたビジネスライクな物から、徐々に同じ女性として、母親としての共感を伴った物へと変化して行く。
またこの事件によって、彼女たちは今まで単なる「密輸品」としてしか見ていなかった言葉も通じぬ密入国者も、同じ人間であり母親であるという現実を突きつけられてしまう。
本当はあの時点で、レイもライラも足を洗おうとしていたのではないかと思う。
しかし息子の起こした予想外の失態によって、切羽詰った状況に追い込まれたレイは、「最後の仕事」を決行せざるを得なくなり、ライラもまたやむなく応じる。
結果的に、それは予想しうる最悪の状態を齎すのだが、その時すでに彼女たちは互いの家族を託せるほどに、わかり合っているのである。
物語の結末は、バッドエンドでもハッピーエンドでもなく、まあこれ以外に無いだろうなというリアルな物だ。
だが、厳しい状況の中でも微かな希望が見え隠れし、「雪融け」を感じさせる観賞後の後味は決して悪くない。
ラストカットの落とし方を含めて、コートニー・ハントのバランス感覚の良さが伺える、センスの良い秀作だ。
確かな力量のある映画作家として、今後も彼女には注目してゆきたい。

今回は、寒い季節に燗して飲みたい「神亀 純米吟醸 ひこ孫」をチョイス。
純米吟醸は冷酒が一般的な飲み方だろうが、実はぬる燗にして飲むのも悪くない。
仄かな温かさを感じるこの映画のラストの続きは、芳醇な日本酒で更に温まろう。
きっと、「フローズン・リバー」も融けてしまうに違いない。

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