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2010年03月11日 (木) | 編集 |
世紀の超大作「アバター」との元夫婦決戦を制し、オスカー6部門を獲得した「ハートロッカー」は、なるほど凄い映画であった。
まるで自分がアメリカ陸軍爆弾処理班と行動を共にしているかのような臨場感は、「アバター」とは別の意味で観客を戦場のリアル体験へと誘い、二時間の間張り詰めた緊張感は、握り締めた拳を開く間も与えない。
映画が終わり、平和な日常の光の中へ出たときに、これほどホッとした映画も久しぶりだ。
2004年イラク。
爆弾処理を専門とするブラボー中隊に、爆死したトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)の後任として、ウィリアム・ジェームス軍曹(ジェレミー・レナー)が派遣されてくる。
彼はサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)とチームを組み、武装勢力の仕掛ける様々な爆弾を処理してゆく。
だが無謀にして命知らずで、協調性があるとは言いがたいジェームスのやり方は、メンバーの反感を買い、チームのムードは険悪に。
そんな時、チームに衝撃をもたらすある事件が起こる・・・・
デビュー以来、女流監督はラブストーリーやファミリー映画という風潮に逆らい、少年漫画的なアクションやホラー、SFに軍事物と言った漢の映画を作り続ける孤高の映画作家、キャスリン・ビクローの最高傑作だ。
登場人物の中で一番知名度が高く、尚且つ男前なガイ・ピアーズが冒頭でいきなり爆死。
観客はもうこの時点で、この映画が並みの作品ではない事を思い知らされる。
ビグローは、ヒーローである主人公は決して死なないという、ハリウッド映画のお約束をあえて破壊する事で、我々を未来を予測する事が不可能な本物の戦場へと放り出す。
メインとなるブラボー中隊の3人は、一般的には殆ど無名の俳優たち。
彼らの周りにデビット・モースやレイフ・ファインズといったベテランを配しているが、主役はあくまでも爆弾処理班の3人だ。
一応主人公はチームリーダーのジェームス軍曹ということになるのだろうが、描き方はドキュメンタリーに近く、ビグローの演出も過度に彼だけに入り込む事はしない。
カメラは、まるでブラボー中隊に張り付いた記録チームでもいるかの様に、適度な距離感を保ちつつ、戦場の過酷な日常を描写する。
全てが砂っぽく、荒廃した街と砂漠で展開する物語は、ギラギラと照りつける太陽と、死と隣り合わせのスリルの相乗効果でカラカラに渇ききっており、主人公たちが生唾を飲み込む音までもが伝わってくるかの様なリアルを感じる。
引いた視点で状況を丹念に描写し、要所要所でスローモーションとディテールのアップを効果的に織り込む、ビクロー得意の演出が最大限生きるサスペンスフルなシチュエーションの連続だ。
我々はブラボー中隊と共に爆弾処理の現場に赴き、超スリリングなギャンブルを体験し、この世の生にギリギリで踏みとどまるのである。
原題の「the Hurt Locker」とは、軍のスラングで行きたくない場所、転じて棺桶を意味すると言う。
実際に爆弾処理を任務とする兵士の戦死率はダントツに高く、イラク戦争の場合一般の兵士を100とすると500%にも上るらしい。
しかも現在のアメリカ軍は、基本的に志願兵で構成されており、彼らは誰かに強制されたわけでなく、自らの意思によって、この世界一危険な職場に赴いているのである。
彼らを戦場へ駆り立てるのは、愛国心なのか、義務感なのか、それとも子供っぽいヒロイズムなのか。
映画は、あくまでも戦場における兵士の日常と、彼らが対峙している状況を丹念に描く事で、その理由に迫ってゆく。
ただし、これをイラク戦争を描いた映画と捉えてしまうと、本作が描こうとしている事の本質を見失う。
本作はイラク戦争をモチーフにした映画ではあるが、イラク戦争とは何かを描いた映画ではないので、そのあたりを期待してゆくと肩透かしを喰らうだろう。
戦争の是非や、その背景には殆ど全くと言っていいほど触れられないし、そもそもジェームスたち米軍が誰と戦っているのかすら明確には描写されない。
何しろ主なる相手は物言わぬ爆弾なのだ。
ここにあるのは恐怖と高揚感、比類する物の無い緊張という圧倒的な戦場のリアリティだけだ。
生と死の狭間にある戦場という特別な場所で、徐々に、そして確実に、兵士たちはその場所を知らなかった頃の自分とは異なる存在になってゆく。
これは、そんな彼らの心の葛藤と、彼らの中の生という物をリアルに描いた映画なのだ。
映画の中で効果的に使われているのが、「あと○○日でブラボー中隊の任務終了」というテロップだ。
私は、最初これが戦場からの解放と平和を意味する物だと思っていた。
だが、実際に任務が終了し、故郷アメリカに戻ったジェームスの心に、本当の安息は無い。
終盤のごくごく短いアメリカのシーンと戦場の対比が見事で、ここで描かれる現場の兵士と銃後の故郷のズレは、「父親たちの星条旗」で描かれた葛藤にも少し被る。
愛する人と買い物に訪れたスーパーで、あまりにも満ち足りた商品を前に、呆然と立ち尽くすしかないジェームスの姿は、彼の心に広がる虚無感を如実に物語っている。
そして、ラストカットで再び映し出されるテロップの内容に、なるほどこういう事かと、思わず私は声を上げてしまった。
映像や音響設計の見事さに目を奪われる作品だが、細部まで計算されつくされた脚本も超一級の出来栄えだ。
思うに「アバター」も本作も、今のアメリカの時代の空気を強く反映した力作だ。
ジェームス・キャメロンは、メッセージ性にある程度の妥協をしてまで、わかりやすく大衆に受け入れられる物を作り、結果的にアメリカ国内の保守派だけでなく中国共産党にも嫌われた(笑
対して、元妻の作品はもう少し複雑だ。
視点が完全に現場に張り付き、戦争を俯瞰する視点や客観的かつ明確なメッセージを読み取りにくいこの作品は、あまり単純に観てしまうと、単にアメリカ軍の勇敢さを賛美する映画と受け取られかねない危険性がある。
勿論、ビグローは現場で危険な任務につく兵士たちに対してリスペクトを感じているだろうし、自らの命を賭して爆弾処理に挑む兵士たちは間違いなくヒーローと言えるだろう。
だが、本作に描かれているのは単純なヒロイズムではない。
絶望的な虚無感を抱え、戦争というシステムの中だけでしか、本当の意味で生る事が出来ないジェームスたちは、同時に戦争の犠牲者でもある。
映画の冒頭に、NYタイムズのクリス・ヘッジズによる「戦争は麻薬と同じだ」という意味の言葉が映し出されるが、これは戦場で常に死と対峙する事によって、生と死を賭した極限のスリルの中でしか、自らの生を感じる事の出来なくなってしまった、悲しき英雄たちを描いた切ない寓話なのだ。
そして、戦争が麻薬であるという事は、人間がいつまでたっても戦う事をやめない理由の、一つの説明にもなっているのではないか。
「ロード・オブ・ザ・リング」三部作で、中つ国を救った英雄フロドが、現世での安息を永遠に失ってしまったのと同じように、ウィリアム・ジェームス軍曹もまた、本当の死が彼に訪れるその瞬間まで、あの世とこの世の狭間の世界にしか生きる事を許されないのだろう。
あまりにも熱くて乾燥し、スリリングな映画だったので、観終わってビールが無性に飲みたくなった。
今回はアメリカンビールの代表的銘柄「ミラードラフト」をチョイス。
映画の中でも兵士たちはやたらと酔っ払っていたが、何となく兵士たちが任務の後の飲むビールの味を想像できる気がした。
だが彼らは、心の底から気持ちよく酔っ払う事はもう出来ないのかもしれないと思うと悲しい。
美味しいものを本当に美味しく飲める事に、感謝を感じる作品であった。
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映画が終わり、平和な日常の光の中へ出たときに、これほどホッとした映画も久しぶりだ。
2004年イラク。
爆弾処理を専門とするブラボー中隊に、爆死したトンプソン軍曹(ガイ・ピアース)の後任として、ウィリアム・ジェームス軍曹(ジェレミー・レナー)が派遣されてくる。
彼はサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とエルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)とチームを組み、武装勢力の仕掛ける様々な爆弾を処理してゆく。
だが無謀にして命知らずで、協調性があるとは言いがたいジェームスのやり方は、メンバーの反感を買い、チームのムードは険悪に。
そんな時、チームに衝撃をもたらすある事件が起こる・・・・
デビュー以来、女流監督はラブストーリーやファミリー映画という風潮に逆らい、少年漫画的なアクションやホラー、SFに軍事物と言った漢の映画を作り続ける孤高の映画作家、キャスリン・ビクローの最高傑作だ。
登場人物の中で一番知名度が高く、尚且つ男前なガイ・ピアーズが冒頭でいきなり爆死。
観客はもうこの時点で、この映画が並みの作品ではない事を思い知らされる。
ビグローは、ヒーローである主人公は決して死なないという、ハリウッド映画のお約束をあえて破壊する事で、我々を未来を予測する事が不可能な本物の戦場へと放り出す。
メインとなるブラボー中隊の3人は、一般的には殆ど無名の俳優たち。
彼らの周りにデビット・モースやレイフ・ファインズといったベテランを配しているが、主役はあくまでも爆弾処理班の3人だ。
一応主人公はチームリーダーのジェームス軍曹ということになるのだろうが、描き方はドキュメンタリーに近く、ビグローの演出も過度に彼だけに入り込む事はしない。
カメラは、まるでブラボー中隊に張り付いた記録チームでもいるかの様に、適度な距離感を保ちつつ、戦場の過酷な日常を描写する。
全てが砂っぽく、荒廃した街と砂漠で展開する物語は、ギラギラと照りつける太陽と、死と隣り合わせのスリルの相乗効果でカラカラに渇ききっており、主人公たちが生唾を飲み込む音までもが伝わってくるかの様なリアルを感じる。
引いた視点で状況を丹念に描写し、要所要所でスローモーションとディテールのアップを効果的に織り込む、ビクロー得意の演出が最大限生きるサスペンスフルなシチュエーションの連続だ。
我々はブラボー中隊と共に爆弾処理の現場に赴き、超スリリングなギャンブルを体験し、この世の生にギリギリで踏みとどまるのである。
原題の「the Hurt Locker」とは、軍のスラングで行きたくない場所、転じて棺桶を意味すると言う。
実際に爆弾処理を任務とする兵士の戦死率はダントツに高く、イラク戦争の場合一般の兵士を100とすると500%にも上るらしい。
しかも現在のアメリカ軍は、基本的に志願兵で構成されており、彼らは誰かに強制されたわけでなく、自らの意思によって、この世界一危険な職場に赴いているのである。
彼らを戦場へ駆り立てるのは、愛国心なのか、義務感なのか、それとも子供っぽいヒロイズムなのか。
映画は、あくまでも戦場における兵士の日常と、彼らが対峙している状況を丹念に描く事で、その理由に迫ってゆく。
ただし、これをイラク戦争を描いた映画と捉えてしまうと、本作が描こうとしている事の本質を見失う。
本作はイラク戦争をモチーフにした映画ではあるが、イラク戦争とは何かを描いた映画ではないので、そのあたりを期待してゆくと肩透かしを喰らうだろう。
戦争の是非や、その背景には殆ど全くと言っていいほど触れられないし、そもそもジェームスたち米軍が誰と戦っているのかすら明確には描写されない。
何しろ主なる相手は物言わぬ爆弾なのだ。
ここにあるのは恐怖と高揚感、比類する物の無い緊張という圧倒的な戦場のリアリティだけだ。
生と死の狭間にある戦場という特別な場所で、徐々に、そして確実に、兵士たちはその場所を知らなかった頃の自分とは異なる存在になってゆく。
これは、そんな彼らの心の葛藤と、彼らの中の生という物をリアルに描いた映画なのだ。
映画の中で効果的に使われているのが、「あと○○日でブラボー中隊の任務終了」というテロップだ。
私は、最初これが戦場からの解放と平和を意味する物だと思っていた。
だが、実際に任務が終了し、故郷アメリカに戻ったジェームスの心に、本当の安息は無い。
終盤のごくごく短いアメリカのシーンと戦場の対比が見事で、ここで描かれる現場の兵士と銃後の故郷のズレは、「父親たちの星条旗」で描かれた葛藤にも少し被る。
愛する人と買い物に訪れたスーパーで、あまりにも満ち足りた商品を前に、呆然と立ち尽くすしかないジェームスの姿は、彼の心に広がる虚無感を如実に物語っている。
そして、ラストカットで再び映し出されるテロップの内容に、なるほどこういう事かと、思わず私は声を上げてしまった。
映像や音響設計の見事さに目を奪われる作品だが、細部まで計算されつくされた脚本も超一級の出来栄えだ。
思うに「アバター」も本作も、今のアメリカの時代の空気を強く反映した力作だ。
ジェームス・キャメロンは、メッセージ性にある程度の妥協をしてまで、わかりやすく大衆に受け入れられる物を作り、結果的にアメリカ国内の保守派だけでなく中国共産党にも嫌われた(笑
対して、元妻の作品はもう少し複雑だ。
視点が完全に現場に張り付き、戦争を俯瞰する視点や客観的かつ明確なメッセージを読み取りにくいこの作品は、あまり単純に観てしまうと、単にアメリカ軍の勇敢さを賛美する映画と受け取られかねない危険性がある。
勿論、ビグローは現場で危険な任務につく兵士たちに対してリスペクトを感じているだろうし、自らの命を賭して爆弾処理に挑む兵士たちは間違いなくヒーローと言えるだろう。
だが、本作に描かれているのは単純なヒロイズムではない。
絶望的な虚無感を抱え、戦争というシステムの中だけでしか、本当の意味で生る事が出来ないジェームスたちは、同時に戦争の犠牲者でもある。
映画の冒頭に、NYタイムズのクリス・ヘッジズによる「戦争は麻薬と同じだ」という意味の言葉が映し出されるが、これは戦場で常に死と対峙する事によって、生と死を賭した極限のスリルの中でしか、自らの生を感じる事の出来なくなってしまった、悲しき英雄たちを描いた切ない寓話なのだ。
そして、戦争が麻薬であるという事は、人間がいつまでたっても戦う事をやめない理由の、一つの説明にもなっているのではないか。
「ロード・オブ・ザ・リング」三部作で、中つ国を救った英雄フロドが、現世での安息を永遠に失ってしまったのと同じように、ウィリアム・ジェームス軍曹もまた、本当の死が彼に訪れるその瞬間まで、あの世とこの世の狭間の世界にしか生きる事を許されないのだろう。
あまりにも熱くて乾燥し、スリリングな映画だったので、観終わってビールが無性に飲みたくなった。
今回はアメリカンビールの代表的銘柄「ミラードラフト」をチョイス。
映画の中でも兵士たちはやたらと酔っ払っていたが、何となく兵士たちが任務の後の飲むビールの味を想像できる気がした。
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