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プレシャス・・・・・評価額1650円
2010年05月03日 (月) | 編集 |
1980年代のNY、ハーレムの黒人社会を舞台にした、ハードなヒューマンドラマ。
「高価な、素晴らしい」あるいは「最愛の人」を意味する「プレシャス」という名前を持ちながらも、虐待の連鎖に苦しみ、愛を知らない一人の少女が、自らの内面に抑圧された「自我」という宝物を見つけ出す物語だ。
本年度アカデミー賞では、助演女優賞と脚色賞の二冠に輝いた秀作である。

16歳のクレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、二人目の子を妊娠し、学校を退学処分になってしまう。
実はお腹の子は、実の父親に性的虐待を受けて出来た子で、母親のメアリー(モニーク)はいつも娘に辛くあたる。
仕方がなく代用学校に通うようになったプレシャスは、そこで美しく聡明なレイン先生(ポーラ・ハットン)と出会う。
レイン先生は、教育を通じて頑なに閉ざされたプレシャスの心を少しずつ解放してゆくが、プレシャスの身には更なる悲劇が・・・・


主人公、プレシャスの境遇はただただ悲惨だ。
驚くほど太った巨大な体はコンプレックスとなり、中学校には行っているものの読み書きも満足に出来ない。
家に帰れば実の父にレイプされ、母親には召使扱いされたうえに暴力を振るわれる。
父親との間に出来た最初の子はダウン症を患っており、二番目の子を妊娠した事で学校からも退学処分を受ける。
よくもまあ、これほど悲惨なシチュエーションを考えるものだ。
誰からも愛されない、必要とされないと感じているプレシャスが逃げ込めるのは、唯一空想の世界だけ。
ここでは彼女は好きな男の子とデートも出来るし、歌って踊れるスターにもなれる。
現実には暴力でプレシャスを支配しているメアリーだって、遠い記憶に残るやさしい母親のままだ。
この空想世界のポップな描写が、この映画を陰鬱な空気に落ち込むのを救っている。

プレシャスの人生を変えるのは、中学を追い出された結果通う事になる代用学校(alternative school)で出会ったブルー・レイン先生
この神秘的な名前を持つ先生は、それまで殆どまともに教育を受ける機会の無かったプレシャスに、学ぶ喜び、表現する喜びを誠実に教え、彼女の心を解放してゆく。
支配され、抑圧され続けてきたプレシャスは、現状を受け入れて諦める事しか知らない。
だがレイン先生との出会いは、彼女の中に自我を目覚めさせ、遂に自らの意思で自分の人生を歩み始めるのである。

プレシャスの背景にあるのは、世代を超えた負の連鎖
彼女を虐待する母のメアリーも、実は諦める事に慣れてしまっている。
働く事をせず、カウチに座ってテレビばかり見ているのも、それが彼女にとって逃げ込める場だからに過ぎない。
愛した男は、あろう事か実の娘に手をだしてしまう。
メアリーにとって、プレシャスは愛する娘であるのと同時に、愛する男を奪った憎い恋敵
複雑な愛憎に苦しみ、暴力でプレシャスを支配する事で、自らの葛藤に蓋をしている孤独で悲しい女性なのだ。

タイトルロールのプレシャスを演じる新星ガボレイ・シディベは、その巨体の迫力もあって、鮮烈な印象を残す。
実際にハーレムの出身だという彼女、演技経験は皆無だったそうだが圧倒的な存在感でこの役を演じきっている。
体格でもプレシャスに見劣りしない母メアリーを演じるのは、本作でオスカーを受賞したモニーク
二人の壮絶な肉弾戦も見ものだが、娘に対して抱いている複雑な感情を吐露するシーンは、本編の白眉であった。
そして、メアリーがプレシャスを地獄に留め置こうとするなら、彼女を引っ張り上げる「蜘蛛の糸」となるのがレイン先生を演じたポーラ・ハットンだ。
本作のリー・ダニエルズ監督がプロデュースした、「チョコレート」のハル・ベリーを彷彿とさせるクールなルックスで、包容力のあるインテリでレズビアンの教師という、いかにも80年代的なキャラクターを説得力たっぷりに演じている。
またマライヤ・キャリーレニー・クラヴィッツと言ったミュージックシーンの大物が、地味な役で達者な演技を見せているのも面白い。
特にスッピンのマライヤは一瞬誰だかわからないくらいだ。

80年代を舞台にした本作、当時深刻になりつつあったHIVの問題同性愛のムーブメントを自然に物語の背景に取り込み、時代性は生かされている。
だが、映画化にあたって舞台を現在にしなかったのには、別の意図もあるのではないか。
物語を通して、閉じこもった精神を解放してゆくプレシャスだが、映画の結末は必ずしもハッピーエンドとは言えない。
確かに彼女の心は物語の始まりと終わりで大きく成長し、たくましくなっているのだが、現実に彼女が直面している状況としては、決して良くなっている訳ではないのだ。
乳飲み子と自らの病気を抱えて、十分な学歴を持たないプレシャスが、この先社会の中で幸せな人生を送れる可能性は限りなく低いだろう。
そして、彼女に象徴される黒人社会の実情が、一体この20数年の間に劇的に改善されたであろうか。
もちろん、変わった部分もあるだろう。
レーガン大統領の時代に、バラク・オバマの登場は夢想すら出来なかった。
だが、だからと言って差別が無くなった訳でもなく、アフリカ系女性が生活保護に依存するパーセンテージは依然として深刻なままで、貧富の格差はむしろ激しくなった。
そして、昔も今も無数に存在しているプレシャスの様な境遇の少女たちが、現実のレイン先生や本当に親身になってくれるソーシャルワーカーに巡りあえる可能性は、映画とは違って決して高くないだろう。
そう、プレシャスは星の数ほどの悲劇の中の、幸運な一人なのだ。
観客は、プレシャスが強く成長する物語に救われる。
だが同時に、20年以上過去の事を描いているのにも関わらず、なぜか十分な現代性があるという、救われない事実にも気付かされるのである。

様々な顔を持つ巨大都市ニューヨーク
今回の映画が、そのもっとも厳しい一面を描いた物だとしたら、映画の後は華やかに、カクテル「ビッグ・アップル」でしめよう。
多目の氷を入れたタンブラーにウォッカを注ぎ、アップルジュースを適量加えて軽くステアする。
最後にカットしたアップルを飾って完成。
シンプルに作れて、シャープな輪郭のこの酒は、どちらかと言うとレイン先生のイメージかな。

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