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酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。
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運命のボタン・・・・・評価額1150円
2010年05月11日 (火) | 編集 |
ここにボタンがある。
あなたがボタンを押せば、100万ドルを手に入れる事が出来る。
ただし、その結果あなたの知らない誰かが、世界のどこかで死ぬ。
さて、あなたはボタンを押す?押さない?
「運命のボタン」は、こんな究極の選択から、想像を絶するとんでもない事件に巻き込まれる一組の夫婦の物語だ。

1976年、ヴァージニア州。
教師のノーマ(キャメロン・ディアス)とNASAに勤めるアーサー(ジェームス・マースデン)夫妻の元へ、ある朝奇妙な箱が届けられる。
箱には、ガラスのカバーに覆われた、赤いボタンが付いていた。
その日の夕方、今度はスチュワード(フランク・ランジェラ)と名乗る不気味な容貌の男がノーマの元を訪れ、ある提案をする。
曰く「24時間以内にボタンを押せば、100万ドルを提供する。だがあなたの知らない誰かが死ぬ。」
夫妻は迷ったが、ちょうどお金に困っていた事もあり、ノーマがボタンを押してしまう・・・


原作はリチャード・マシスンの短編小説「死を招くボタン・ゲーム」で、以前テレビドラマの「新トワイライト・ゾーン」のエピソードとして映像化されている。
確か本ではボタンの報酬は5万ドルだったと思うが、良心と欲望のシンプルな葛藤を軸に、「人は自分以外の人の事を本当に理解できるのか?」というテーマを浮かび上がらせたマシスンらしい秀逸な寓話だった。
物語的には30分枠のドラマでピッタリというシンプルな内容なので、一体これをどうやって二時間の長編に脚色しているのか興味津々だったのだが・・・・。
一部でカルト的な人気を博した「ドニー・ダーコ」リチャード・ケリーは、元の物語を単純化して序破急の「序」として使い、以降にオリジナルの「破急」を作り出すと言う構成をとっている。
だが、残念ながらこの脚色は大失敗。
ボタンをめぐる葛藤が、その後の展開に有機的に結びついていないので、前半と後半がまるで乖離してしまっている。
ケリーは原作の「Button, Button」と言うタイトルを、「The Box」に改題しているが、要するに重要なのはボタンよりもハコというモチーフということなのだろう。
しかしながらマシスンの原作をほぼそのまま序の部分に使った事で、どうしてもボタンの印象が強くなり、ハコの意味付けにはかなり無理やりな解説の台詞が必要というのは苦しい。
さらに、思わせぶりに展開する後半の物語は、「地球が静止する日」「ノウイング」を合体させた様な陳腐な代物で、ワンアイディアを生かしきったシャープな短編に、ゴテゴテと色んなモチーフをくっ付けて引き伸ばした結果、なんとも身も蓋も無い空虚な話になってしまっている。

映画では単なるフックに過ぎないボタン・ゲームが早々に終了して、夫妻がスチュワードの正体を探り出すあたりから何となく嫌な予感がしていたが、前半のボタンを押すのか押さないのかの葛藤と、その結果に対する恐れが高まってくるまではそれなりに面白かった。
だがまさか、神様か宇宙人か創造主だか知らないが、その手の絶対者が出てきちゃうとは思わなかったよ。
劇中では相手が何者なのか明確な説明はないが、キリスト教圏では「雷に打たれる」は神罰の比喩でもあるので、まあ神様的な存在と捉えて間違いないだろう。
ぶっちゃけ、この時点で話がグダグダになるのは予測できた。
人間がどう考え、どう行動しようが、神様の掌から脱出する事は絶対に出来ないのだから、人間の行動によって生まれるドラマ性は失われてしまうのだ。
もちろん「2001年宇宙の旅」の様に、物語を放棄して徹底的に現象を描く事で、高度な哲学性を獲得する作品もあるが、この作品はなんとも中途半端だ。

そもそも人間に妙なゲームをさせる、神様の意図がよくわからない。
このボタンゲームは、人類の精神レベルを計って滅ぼすか生かすか決めるテストらしいのだが、前提条件が全くフェアでない。
一方的にルールを定め、結果の一部だけを開示し、ボタンを押したことで起こる不都合な事は一切教えず、おまけに質問には答えず・・・・まあそれが神様といえばそうだけど、人間サイドから見ればクレームの一つも言いたくなる。
要するに美味い話には裏があるという事なのだろうけど、こんな詐欺紛いのゲームを仕掛ける神様は、何か高尚な目的があるというよりも、普通に善良な市民をいたぶって楽しんでる様にしか見えない。
少なくともこの映画に出てくる「意思」で、もっとも精神性が低くて滅ぼされるべきなのは神様だと思うぞ。
サルトルとかバイキングの火星探査とか、あるいは主人公の肉体の欠損とか、話に何とか哲学的なイメージを盛り込もうと、意味深なモチーフを詰め込んではいるが、結果的にそれらが物語の上で積極的に生かされる事はなく、単なるムード作りにしか寄与していない。

神様のゲームに振り回される、人間たちの行動原理も妙だ。
特に最後の選択は、どう考えても感情の流れからすれば唐突で、ノーマが限りなくバカに見える。
あれでは息子は精神的に全然救われてないし、家族全員が不幸になっただけだ。
大体種ごと滅ぼされると宣言されてるのだから、目が見えるとか耳が聞こえるとかいうレベルの悩みなんて吹っ飛んでしまうだろう。

一神教の世界からは、たまにこういう「全ては神の御心のままに」的な作品が生まれてい来るが、私はどうもこの手の話に物語としての魅力を感じない。
人間は所詮こんな愚かですよ、来世(つうかあの世?)でしか浄化されませんので滅ぼします、と言われても、神様自らが不幸のタネをばら撒いているのだから、ふ~ん神様って酷い奴だね、という感想しか持てない。
何よりも、ボタンを押してしまえば後は人間が何をしようが、どう葛藤しようが、問答無用で帰趨すべき運命が決まっているなら、そもそもどれだけ話の風呂敷を広げようとも結末は運命論の原則に戻るしかなく、ドラマツルギーを自分で否定しているのと同じである。
私は「なす術の無い話」に、積極的に受け取る意味を見出せない。
まあ本作にしても、似たような決定論的世界観を持つ「ノウイング」にしても、本国でも大コケしてるので、これは決して日本人故の感想ではないだろう。
評価の高い「ドニー・ダーコ」は、内容にそれほど深い物があった訳ではないものの、脚本の構造と雰囲気は面白かったが、今回は見るべきロジックが存在せず、本当に雰囲気だけで見せる映画になってしまった。
人間ドラマのある前半はそこそこ見られるので、酷くつまらない訳ではないが、本作を一言で言えば凡庸なB級ムードSFだ。
「ドニー・ダーコ」の雰囲気が大好きな人か、ひたすら不条理な映画が好きな人にしか薦めらない。

今回は、映画の中にバイキング探査機が登場するところに引っ掛けて、バイキングが建国した国アイスランドに纏わる酒をチョイス。
「マーティン・ミラーズ・ジン」はイギリスのジンなのだけど、面白いことに精製の過程でイギリスからアイスランドへ一度運ばれ、アイスランドの氷河から流れ出る超軟水とブレンドされると言う。
この水が独特のソフトな口当たりをもたらす・・・ということなのだが、正直私にはそこまでの水の違いはわからなかった。
だが、ボトルにもイギリスとアイスランド間の航路が描かれているこの酒、氷河に封じされた古代の水を求めて、4500キロの旅を経ていると想像すると、なんともロマンを感じられるではないか。

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