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ヒックとドラゴン・・・・・評価額1750円
2010年08月09日 (月) | 編集 |
「ヒックとドラゴン」は、ある歴史の転換点を描いた神話的物語である。
人とドラゴンが殺し合うドラゴン・スレイヤーの時代から、二つの種が共生するドラゴン・ライダーの時代へ、“ドラゴンと出会ったら殺せ”という長年当たり前とされてきた価値観を変え、憎しみの歴史に終止符を打つという偉業を、ひ弱ではみ出し者の少年が成し遂げる痛快なファンタジーだ。
ドリーム・ワークス・アニメーションの作品だが、パロディとシニカルさが売りの同社らしからぬ超正統派の娯楽映画である本作、監督は嘗てディズニーで「リロ・アンド・スティッチ」を手がけたディーン・デュボアとクリス・サンダース
ライバルスタジオへ移籍し、手法も手描きからフルCGへと変わったが、彼らの八年ぶりの新作長編は、極めて現在的テーマを扱いながら、既にクラッシクの風格を持つ傑作である。

遠い遠い昔の事。北の海の孤島、バーク島では、ヴァイキングの村人が凶暴なドラゴンとの戦いに明け暮れていた。
ドラゴンを殺せる者だけが一人前と認められるこの村で、剣すらまともに振れないひ弱な少年ヒック(ジェイ・バルチェル)は厄介者扱い。
頭は良く、色々な道具を発明していたヒックは、ある夜とうとうドラゴンを打ち落とす事に成功する。
後を追ったヒックが、森の中で出会ったのは、傷つき飛べなくなってしまった若いドラゴンだった。
怯えるドラゴンを、ヒックはどうしても殺すことが出来ない。
本来憎むべき敵同士であるヒックとドラゴンは、次第に警戒を解いてお互いの距離を縮めて行く。
あり得ない友情の絆は、やがて島の運命を変える大騒動を巻き起こすのだが・・・・


原作は英国のクレシッダ・コーウェルによる児童文学だが、どうやら原作とは別物と言えるほど脚色されているらしい。
だが原作者は、“スピリットは受け継がれている”として映画版を肯定的に評価しているという。
私は未読なので、原作者の言うの“スピリット”が何かはわからないが、少なくとも映画のテーマ性は非常にわかりやすい。

世の中の大抵の争い事は、無知と不寛容から生ずるものだ。
難しいのは、当事者は自分が無知だとは思っていないので、問題の根源が自らの内部にある事を認識できない。
本作のヴァイキングの村も、まさにその状態にある。
彼らにとって、ドラゴンは邪悪で危険な巨大な害虫であり、ドラゴンに出会った時の行動に、選択の余地は無い。
先ず殺せ、とにかく殺せ、殺さなければ殺されるという絶対的な“常識”に縛られており、ドラゴンを殺せる者だけが一人前とみなされる。
巨大なドラゴンと戦うために、村の人々は筋骨隆々とした巨漢揃いで、子供達もある程度の年齢になると、ドラゴン殺しの訓練をつむ事になる。
そんな肉体至上主義的なヴァイキングの社会において、本作の主人公のヒック(ヒカップ)は、かなり異色の存在だ。
枯れ木の様に華奢な肉体と、妙なアイディアが詰まったオタク頭脳を持つ彼は、族長でもある父親のストイックにとっては悩みの種。

だが、そんなヒックは、他者が伺い知れない特質を持っている。
それは心の柔軟性と、優れた観察力、そして弱者ゆえの思いやりと優しさだ。
自分を馬鹿にする村人を見返そうと、発明した武器で、最強のドラゴンである“ナイト・フューリー”を打ち落としたヒックは、自らが傷つけたドラゴンを殺すことが出来ない。
それどころか、徐々にドラゴンと心を通じたヒックは、彼(?)にトゥース(トゥースレス)と名を付け、友達となるのである。
後で“なぜ最初にトゥースを殺さなかったのか”と自問したヒックは、人間がドラゴンを恐れるのと同じように、トゥースも自分を恐れ、怯えていたからだと気付く。
他の村人と違い戦いの外に身を置いていたヒックは、敵もまた自らと同じであるという事実を、素直に受け入れることが出来たのだ。
そして次なる段階として、一方的に敵とされているドラゴンとは何者かを、自らの経験として学び始めるのである。
恐れるのは、お互いに相手を知らないからで、相手の事を理解すれば、妄信的に恐れる必要は無くなる。
そうなれば無益な戦いも無くなり、憎しみ合う事も無い。

こうして奇妙な友情でトゥースと結ばれたヒックは、自分の武器で尾ヒレが傷つき、飛べなくなってしまったトゥースのために人工の尾ヒレを作り、自らがトゥースに乗って尾ヒレをコントロールする事で、再び大空に解き放つ。
このヒックとトゥースの二人三脚での飛翔シーンは本編の白眉だ。
今まで、様々な映画で空を飛ぶ描写を観てきたが、こんなダイナミックで気持ちの良い飛翔シーンは観た事が無い。
監督は、このシーンを作るに当たって宮崎アニメをかなり研究したらしいが、3DCGの特質を最大限生かした演出もあって、結果的にオリジナルを超えている。
ソフト化された暁には、このシーンばかりリピートで眺めてしまいそうだ。

大空を舞うドラゴンの姿は雄大で美しいが、生物としてのキャラクターは猫の生態がベースになっている様だ。
喉をコチョコチョされると気持ちよく脱力したり、マタタビ(?)に弱かったり、高いところに飛びつくのが好きだったりと、行動は限りなく猫。
特に一方の主人公であるトゥースは、顔全体の作りがまんま黒猫の様で、明るさで虹彩が変化する大きな丸い目などは猫そのもの。
この目の演技などはちょっと猫バスっぽくもある。
ハリウッドでは犬派の映画が多いが、これは珍しい隠れ猫派映画。
ヒックとトゥースが、始めて触れ合う感動的なシーンが、猫の愛情表現である鼻キッスなのは、愛猫家としてはたまらず萌えるところだ。

さて、人間とドラゴンを共生させる道を開いたヒックだが、物語の終盤で大きな自己矛盾に直面する。
切羽詰まった余裕の無い状況ではあるものの、ドラゴンの巣から出現した桁違いの超巨大ドラゴン(ほとんど怪獣だ)に対して、彼は躊躇無く戦う事を選択するのである。
不思議な事に、それまで彼が実践してきた理解と寛容の精神は、超巨大ドラゴンに対しては全く示されない。
おそらく、このボスキャラを、他のドラゴンとは完全に異なるスケールとデザインテイストに仕上げたのには意図がある。
当たり前だが、人間は自らに近しい存在をより理解しやすい。
ドラゴンは人間とはかなり隔たった存在だろうが、それでもトゥースや島を襲うドラゴン程度であれば、心を通じたり、飼い慣らしたりする事も可能に思える。
だが、クライマックスで登場するボスキャラは、スケール感が違いすぎて、理性ではわかっていたとしても、ヒックにももはや“ドラゴンの同族”とは捉えられないのだろう。
むしろヒックはトゥースと友達になった事によって、ドラゴンたちを支配するボスキャラを“共通の敵”として認識してしまい、自己矛盾に気付いていないのだ。
この物語で、ヒックは無知と不寛容から生まれる悲劇を、人間の知性と勇気によって乗り越える可能性を示し、同時に人間の限界も示している様に思える。
彼は一つの戦争を終わりに導いたが、別の戦争を避ける事は出来なかった。
私はこれをリアルに感じたが、物語のあり方としては唯一引っかかった部分でもあり、賛否が分かれるポイントだろう。

しかし、これは予め意図された矛盾だと思う。
なぜなら、最後の戦いが終わった後で、ヒックはある重い現実に直面するのである。
この描写、ハッピーエンドに水をさすと、ファイナルカットの段階でスタジオ幹部から反対意見が多く出て、物議を醸したらしい。
なるほどこれがディズニー・ピクサー系作品なら想像し難く、ある意味ドリーム・ワークスらしいとも言えるこの結末は、結果的に大正解だったと思う。
これはヒックがトゥースと同じ痛みを知ったという以上に、戦った事の代償を身をもって支払ったと言う事でもあり、彼の心の矛盾が肉体に象徴的に転化された描写なのである。
たとえどんな理由があろうとも、犠牲を伴わない戦争などあり得ないのだ。
最後に本当の意味で一心同体となったヒックとトゥース、既に2013年の続編公開がアナウンスされているが、ヒックの心がどこまで成長して行くのか、楽しみに待ちたい。

ところで、本作の日本語訳で、ドラゴンの名前がトゥースレスからトゥースに変更されているが、これでは意味が逆ではないか。
彼の名は、歯が引き込み式で、一見歯無しに見える事から物語の中で名付けられている。
語感を優先したのだろうが、ちゃんと意味のある名前なので、この様な変更は個人的にはあまり好ましくないと思う。

今回はちょっと変り種の酒をチョイス。
「X4 アイラ・スピリット」は、嘗てヴァイキングに支配された歴史を持つ、ヘブリディーズ諸島に伝わっていたウィスゲ・ベーハの製法を、17世紀の旅行者の記録を元にスコットランドのブルイックラディ蒸留所で復刻したもの。
ちなみにウィスゲ・ベーハとはゲール語で命の水を意味し、ウィスキーの語源である。
この酒、ウィスキーの一種ではあるものの、当時と同じ製法で作られ、全く熟成されていないらしいので、飲み頃がわからず、買ったけどまだあけてない。
そんな訳で、ぶっちゃけ味はどんなのかわからないが、300年以上前に記録された古のヴァイキングのレシピ、なんだか味を想像するだけでロマンを感じるではないか。

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