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瞳の奥の秘密・・・・・評価額1700円
2010年08月16日 (月) | 編集 |
人の目は、心の窓とも鏡とも言うが、なるほど本作の登場人物は皆「瞳の奥の秘密」を抱えている。
これは、社会全体に不穏な空気が充満する、1974年のアルゼンチンで起こったある殺人事件によって、人生を狂わせられた人々の四半世紀にわたる心の葛藤を、彼らの瞳から垣間見る様な作品である。
本年度米アカデミー賞、最優秀外国語映画賞受賞作で、アルゼンチン映画としては軍政時代の暗部を描いた秀作「オフィシャル・ストーリー」以来25年ぶりの受賞となった。

長年勤めた刑事裁判所を定年退職したベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は、彼の人生を変えることになったある殺人事件を小説にしようと考え、久しぶりに事件当時の判事補でベンハミンの上司だったイレーネ(ソレダ・ビジャミル)を訪ねる。
今では彼女は検事となり、二人の子供の母親にもなっていた。
1974年のブエノスアイレスで、銀行員のリカルド(パブロ・ラゴ)と幸せな新婚生活を送っていた23歳の教師リリアナ(カルラ・ケベド)が惨殺され、ベンハミンは凄惨な現場に衝撃を受ける。
やがて容疑者としてリリアナの幼馴染であるイシドロ(ハビエル・ゴディーノ)という男が浮上し、ベンハミンたちは様々な困難を乗り越えて遂にイシドロを逮捕するのだが・・・・


中南米の映画は、ラテン民族の陽気なイメージとは対照的に、暗い情念を感じさせるヘヴィーな人間ドラマが多いが、これもその一本。
若い女性教師が惨殺された殺人事件を担当した主人公が、25年後の1999年から彼の書いている小説として過去を振り返るという二重の構造となっている。
サスペンスの様でありながら、ラブストーリーの要素もあり、情念渦巻く人間ドラマでもある。
また物語の背景は、軍部によるクーデターが目前に迫る不安の時代で、ある種の歴史劇としての側面もあるのが特徴だ。

映画は、殺人事件の容疑者を巡る捜査の顛末と、ベンハミンのイレーネに対する秘めた恋心、ベンハミンの部下である飲んだくれのパブロとの奇妙な友情が複雑に絡み合って展開する。
ベンハミンは美しく聡明なイレーネを愛しているが、アメリカの一流大学を卒業したエリートの上司に対して、高卒の叩き上げである自分をどこか卑下してコンプレックスを抱いている。
だから彼女が別の男と婚約しても、自分は何も行動する事が出来ないのである。
そんな彼が大きく影響を受けるのが、殺されたリリアナの夫であるリカルドの行動だ。
彼は姿を消したイシドロを探すために、ブエノスアイレスの駅で毎日張り込みを続けている。
リカルドのリリアナへの強い想いに、自分には踏み出す勇気が無い“真実の愛”を見たベンハミンは、イレーネの反対をも押し切り中断されていた捜査を再開する。
そして、パブロの知恵の助けもあって、遂にイシドロを逮捕するのだ。

これで終わりなら、物語はハッピーエンド。
だが、ここから歴史が冷酷に彼らの人生に介入してくる。
本来、暴行殺人で終身刑となるはずのイシドロは、拘留中に得たゲリラの情報を当局に提供した事で無罪放免となり、何とイザベル・ペロン大統領のSPに抜擢される。
当時はカリスマであったファン・ペロン大統領の死去後、後継の妻イザベルが失政を重ねた事で社会が不安定化し、軍と政権との間で緊張が高まっていた時代。
当局が拷問で犯人をでっち上げようとしたり、折角逮捕したイシドロが個人の思惑で簡単に釈放されたりと、ちょっと考えられない様な展開が説得力を持つのも、この1974年という時代故であろう。
ある時代の状況が、個人史としての物語に密接に絡みついているあたり、イ・チャンドンの「ペパーミント・キャンディー」やポン・ジュノの「殺人の追憶」といった韓国映画に通じる部分もある。
そう言えば韓国もアジアのラテン民族と言われるが、その映画文化に歴史のダークサイドが暗い影を落としているあたりも共通するのかもしれない。

権力の側に付いたイシドロと、ベンハミンたちの立場は逆転。
イシドロがベンハミンとイレーネのエレベーターに乗り込み、見せ付ける様に拳銃を取り出して無言の脅しをかけ、イレーネが恐怖と緊張から泣き出してしまうシーンは、状況の変化と登場人物の心理を、最小限の要素で表現した秀逸な演出が光る。
そして何者かによってパブロが殺害される事態に及んで、ベンハミンはブエノスアイレスから脱出し、その後10年を地方で過ごす羽目に陥ってしまうのだ。
この作品を簡潔に表現するなら、25年前に事件の真相もイレーネへの愛も中途半端なままにしてしまったベンハミンが、自らの心に生じた虚空を埋めるために、過去に向き合う物語と言えるだろう。

小説を書くために、イレーネの協力を得て再び事件を追い始めたベンハミンは、自分がブエノスアイレスを去った後に、なぜかイシドロも姿を消した事を知る。
イシドロの行方を探るために、郊外の農園に移り住み、世捨て人の様に暮らすリカルドを訪ねるが、彼は「25年も経った。もう事件を忘れるべきだ」とベンハミンを諭すのである。
この言葉をベンハミンはどうしても本心と信じることが出来ない。
なぜなら、警察が諦めた後も一人犯人を捜し続けたリカルドの姿に“真実の愛”を見たからこそ、ベンハミンはイシドロを逮捕したのであり、それは結果的にベンハミンの人生そのものを変える事になった。
事件を忘れるという事は、封印したイレーネへの想いや自分の身代わりに殺されたパブロへの贖罪という重しを背負ってきた、自らの人生を否定する事に繋がってしまう。
だからこそベンハミンは事件から逃れられないのだ。
自分以上に事件によって心の傷を負ったリカルドが、事件を忘れる事など出来るのか、もし本当に忘れたとしたら、一体どの様にして心の虚空を埋めて25年の時を生きてこられたのか、ベンハミンにはどうしてもわからない。
リカルドの言葉は、いわば物語も終盤へ来てそれまでの流れを全否定するもので、一体どうオチをつけるのだろうと思っていたら、ここからのまさかの展開はさすがに読めなかった。
実はこの部分も某韓国映画をちょっと思い出したのだが、ありきたりなミステリの解決とは異なり、人間の愛の壮絶な深さと切なさを見せ付ける衝撃的なものだ。
そして事件の結末を見届ける事で、ようやく過去から開放されたベンハミンが、未来への一歩を踏み出すラストは、観る者の心に深く長い余韻を残すのである。

本作の監督は、アルゼンチン生まれで、米国で「LAW&ORDER:性犯罪特捜班」や「Dr.HOUSE」などの人気テレビシリーズの監督としても活躍し、母国では劇映画を撮り続けているベテランのファン・ホセ・カンパネラ
観る者に錯覚を抱かせる様な冒頭の鉄道駅のシークエンスから、非凡なセンスを感じさせるラストカットまで、凝りに凝った映像演出も見もの。
特にイシドロがサッカースタジアムで逮捕されるシーンの、長い長いワンカットは、まるで全盛期のブライアン・デ・パルマの様で、一体どうやって撮ったのかわからないほどだ。
カンパネラはエドゥアルド・サチェリとの共同脚本も兼ねているが、“A”の打てないタイプライターや、寝室のメモなど細かな複線を張り巡らし、後半でそれらを一つずつ丁寧に回収してゆく構成は手際良く、様々な要素が入り混じったヘヴィーな人間ドラマに、適度なユーモアを取り混ぜて、物語に巧みに緩急をつけているのも見事。
オスカー受賞も納得の仕上がりだ。

さて、アルゼンチンと言えば南米のワイン大国。
今回は、映画がかなり重厚な上に、外は真夏なので、観賞後はライトなスパークリングをチョイス。
ボデガ・ノートンの「ブリュット・ロゼ・スパークリング」は、やや甘口でさっぱりとした喉ごしが楽しめる。
この季節にワインを飲もうとすると、やはりこういう系統が美味しく感じる。

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