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トイレット・・・・・評価額1550円
2010年08月30日 (月) | 編集 |
「かもめ食堂」 「めがね」に続く荻上直子監督の最新作は、「トイレット」というこれまた奇妙なタイトルの作品だ。
資本的には日本映画だが、舞台は北米で完全な英語劇である。
「かもめ食堂」の大成功を受けて作られた前作の「めがね」では、創りたい物と求められる物の間での迷いが感じられたが、今回は良い意味でやりたい事をストレートにやっている印象を受けた。
ただ、相変わらず独特の映像世界で展開する話なので、観客は選ぶと思う。

母の死から数週間。
企業の研究所に勤務するレイ(アレックス・ハウス)は、大学生の妹リサ(タチアナ・マズラニー)から実家に呼び出される。
思い出の詰まった家を売るかどうかで、リサとパニック障害を抱えて四年間外出した事の無い兄モーリー(ディヴィッド・レンドル)が揉めているのだ。
家にはもう一人、母が日本から呼び寄せた“ばーちゃん”(もたいまさこ)が暮らしているが、彼女は全く英語を話さないので、コミュニケーションすら出来ない。
ひょんな事からアパートに住めなくなり、実家に戻ったレイは、毎朝ばーちゃんがトイレの後に長いため息を吐く事が気になってしょうがないのだが・・・


私がアメリカに住んでいた時、日本から個人輸入しようか真剣に悩んだアイテムが二つある。
ひとつはマッサージチェアで、もう一つがウォッシュレット
今では映画で描かれた様にどちらも輸入している業者があるみたいだが、ネット通販もポピュラーではなかった時代、残念ながら日本からの送料だけでとんでもない額になる事がわかって諦めた。
この二つは、極めてドメスティックなアイテムながら、海外でも熱烈なファンの多い、日本の偉大なアドバンスドテクノロジー。
「トイレット」というインパクトのあるタイトルは、日本人の“ばーちゃん”を理解するキーアイテムとして、この新世代和式トイレであるウォッシュレットが登場するからなのである。

荻上監督の作品は、物語よりもその空間設定に特徴があると言えるだろう。
物語が嵌る“型”と言い換えても良い。
「バーバー吉野」の子供達が皆同じヘアスタイルの街という型、「かもめ食堂」の北欧フィンランドにある日本食堂という型、「めがね」の奇妙な人々が集う南国の宿という型。
今回は、物言わぬ日本人の祖母がいる米国人の家(撮影はカナダだけど)という型である。
型に嵌められているから、基本的に彼女の作品では物語は大きな流れを持たない。
長編デビュー作である「バーバー吉野」と「恋は五・七・五!」では、それでも起承転結の構造に未練が感じられたが、以降の作品の物語性は非常に希薄である。
実際、「かもめ食堂」も「めがね」も、空間の持つ独特のムードと個々のエピソードは記憶しているが、物語の流れは全くと言って良いほど覚えていない。

もちろん人間の生活を描いているのだから、話が無いという訳ではないが、人物もエピソードも型の中でカリカチュアされ記号化された存在なので、決して型その物を壊す事が無く、結果的に印象に残るのはキャラクターよりも彼らが配置されている空間とディテールなのである。
本作も、もたいまさこの全く言葉を発さない“ばーちゃん”、全てに杓子定規な理系人間でロボットオタクのレイ、気が強く自分が価値ある人間だと証明したい女子大生のリサ、パニック障害を抱えるピアニストのモーリーと、登場人物は極めて特徴的できっちりとキャラ立ちしているが、設定上与えられた役割を忠実に表現してるだけで、人間的な深みはそれほど感じられない。

ただし、キャラクター造形の方向性には、荻上監督の新境地が見える。
「かもめ食堂」でも「めがね」でも登場人物の背景を全く描かず、それ故にキャラクターがスクリーンとなり、観客の自己投影装置として機能していたが、今回は控えめではあるが、ちゃんとそれぞれの抱える過去が描かれるので、独立した人格として感情移入が可能なのである。
また、レイを一応の主人公として描写しながら、視点は完全には固定されない。
エピソードごとに視点が三人の兄弟の間で移り変わっていくので、縦の流れが弱くても横の展開が生まれ、作品の時間軸に一定のリズムを与えている。

作品の構造としては、母の残した家の中で、三人の兄弟がもたいまさこ演じる“ばーちゃん”を中心にして、等距離で囲んでいると言うイメージだろうか。
最初三兄弟は、お互いにかなり距離を感じているのだが、ミステリアスな“ばーちゃん”の存在を接点にしてだんだんと近づいて行く。
最後にたどり着くのは、余計な言葉は要らないけれど、本当に大切な部分では繋がっているという、家族ならではの絶妙な距離感だ。
タイトルの由来であるウォッシュレットを初めとして、ロボットアニメのプラモデル、エアギター、母の形見のミシンとモーリーの作るスカート、手作りの餃子、更に猫好きにはうれしい猫のセンセーといった豊富なモチーフが細かなエピソードを作り出し、パズルのピースの様に作品を形作る。
これらが完成した全体像になると、問題を抱えた家族が、生き方の縛りを解いて、家族の絆を再確認するというテーマが浮かび上がってくる。

もっとも、それぞれのエピソードは、各キャラクターの中で自己完結する物が多くて有機的な結びつきは強くなく、それは希薄な物語性という印象にも繋がっている。
本作のポスターは、暖炉の前に厳しい顔をした“ばーちゃん”が座り、その後ろにそれぞれの個性を強調された三兄弟とが立ち、傍らにセンセーがいると言うもの。
彼らは一体どんな関係なのかと興味を抱かせる秀逸なキービジュアルだが、映画の物語的には、観客がこのポスターを見て抱いた疑問に、1時間49分をかけて丁寧に回答してる様な物だ。
そして答えそのものも、最初からこのポスターの中に示唆されているのである。
おそらく、映画に先の読めない物語が展開する面白さや、登場人物の内面の深みを常に求める人にとって、本作は酷く退屈な作品に映るだろう。
だが、映画は必ずしも文学的な物語論に縛られるものではないと思う。
観方をかえて、この映画をある種のデザインとして、空間とムードを楽しむ作品と捉えれば、個人的には十分ありだ。
私としては、奇跡のようだった「かもめ食堂」ほどのインパクトは無かったが、なかなかに楽しめた。
好き嫌いのはっきり分かれる作品だろうが、リラックスし、観るというよりも感じる事が出来れば、心地良い映画的な時間を過ごす事が出来るだろう。

今回は、ロケ地となったトロントのあるオンタリオ州の、アイスワインの銘柄ぺラーエステートから、「ヴィダル アイスワイン」をチョイス。
柑橘類に蜂蜜様なのコクが加わり、かなり濃密な甘みが楽しめる。
元々200年ほど前のドイツで、天候の悪戯から偶然生まれた極上のデザートがアイスワイン。
良い意味でぶっきらぼうな映画の後は、こちらでちょっと贅沢に〆たい。

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