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最後の忠臣蔵・・・・・評価額1700円
2010年12月28日 (火) | 編集 |
日本の師走の定番と言えば、何と言っても「忠臣蔵」である。
元禄15年12月14日に起こった、赤穂浪士による吉良邸討ち入り事件を題材とした物語は、実に300年間に渡って、人形浄瑠璃や歌舞伎、近代以降では映画やテレビで人気を博してきた。
記録によれば、最初の映画化は1907年にまで遡ると言う。
おそらく、これほどの長期間にわたって、同じ題材が一年の一時期の定番として作り続けられている例は、世界でも稀有なのではないだろうか。
もっとも、毎年同じネタばかりでは少々飽きがくるのも事実。
本作、「最後の忠臣蔵」は、御馴染みの物語を直接描くのではなく、赤穂浪士の生き残り二人を中心に、討ち入りから16年後を描く後日譚となっている。

四十七士の一人だった寺坂吉右衛門(佐藤浩市)は、大石内藏助(片岡仁左衛門)から「討ち入りの真実を後世に伝え、浪士の遺族を援助せよ」と命じられ、一人孤独な旅を続けてきた。
ようやく、最後の遺族を探し出した吉右衛門は、十六回忌法要が行われる京へと向う。
だが吉右衛門は京の近くで、嘗ての血盟の友であり、討ち入りの前日に逃亡した瀬尾孫左衛門(役所広司)に出会う。
実は孫左衛門もまた、内藏助から密命を帯びて、十六年間も世間から隠れて暮らしてきたのだ。
その命とは、内藏助の隠し子である可音(桜庭ななみ)を、一人前の姫君に育て上げる事だった・・・


池宮彰一郎の小説を、杉田成道監督が映像化した本作は、「忠臣蔵」をモチーフにしてはいるものの、討ち入りシーンなどは冒頭にさらりと描かれるだけで、事実上のオリジナルと言って良いだろう。
伝説の始まりを、想像力豊かに描いたのがリドリー・スコット版「ロビン・フッド」だとしたら、これはある伝説のその後を描く物語なのである。
物語の中心にいるのは、瀬尾孫左衛門と大石内蔵助の隠し子である可音、そして内蔵助から事件の語り部となる事を命じられた寺坂吉右衛門。
映画は、16年に及ぶ遺族探しの旅を漸く終えた吉右衛門が、京の都に程近いところで、孫左衛門を目撃するところから始まる。

ここに描かれるのは、侍として生まれ、武士道に生きる者の愛と苦悩だ。
鬩ぎあう公と個の葛藤を描いた物語と言っても良いだろう。
瀬尾孫左衛門は、内蔵助の命を受けてから、世間の目を眩ませるために商人として生き、京都の山間の竹林の庵で、密かに可音を育てている。
彼を影ながら支えるのは、嘗て島原の太夫として名を馳せた雅な女性、ゆう。
可音は、孫左衛門から武家の姫としての思想や行儀作法、ゆうからは豊かな教養を授けられ、すくすくと育っている。
そして討ち入りから16年が経ち、孫左衛門は使命の総仕上げである、可音の輿入れを考えなければならなくなる。
奇しくも、都一の豪商、茶屋四郎次郎の嫡男が可音に一目ぼれ。
普通に考えればこれ以上の良縁は無いのだが、なぜか可音は乗り気でなく、孫左衛門もまた心のどこかにモヤモヤした引っかかりを感じている。

その答えを教えてくれるのは、恋愛スペシャリストであるゆうだ。
彼女は、可音は孫左衛門にをしていると言うのである。
そして孫左衛門もまた、己が心の奥底に潜む衝動に、初めて気付かされ動揺する。
この二人は父娘であり、主従であり、禁断の愛で結ばれたプラトニックな恋人同士でもあるのだ。
よくよく考えれば、孫左衛門も可音も公には存在しないはずの人間であり、仮に二人で逃げたとしても、誰も追うものはいないはず。
だが、孫左衛門は一個の人間である前に侍であり、その理によって支配されている。
武士道という漠然とした概念を象徴し、孫左衛門たちの人生を決定付けるのが、物語の影の主役である大石内蔵助だ。
隠し子の養育など、本来は内蔵助の超個人的な要望であるはずだが、彼は死してなおその存在を巨大化させつつ時代に君臨し、本作の登場人物にとっての“公”を形作る。
侍としての孫左衛門にとっては、可音は公において亡き主君の姫君であり、恋愛感情を持つなど許される訳も無く、自分自身の気持ちを封印する他は無い。
そして、武士道に生きるのは何も男だけではない。
幼い頃から孫左衛門によって、武家の心得を教え込まれた可音もまた、個を殺し公に生きる事を選択せざるを得ないのである。
婚礼道中に、嘗ての赤穂藩士たちが、次々と内蔵助の名の元に馳せ参じ、遂には立派な大名行列になってしまう描写は、ドラマチックなクライマックスであると同時に、孫左衛門と可音にとっては、内蔵助という公に自らの個が完全に敗北する描写でもある。

本作には、「仮名手本忠臣蔵」の他に、もう一つベースとなっている物語が存在する。
それは、赤穂浪士討ち入りの半年後に起こった情死事件を元に、近松門左衛門が書き下ろした「曽根崎心中」だ。
この人形浄瑠璃を観劇に訪れた可音を、茶屋家の嫡男が見初める事から物語が動き出し、以降は「曽根崎心中」の舞台にシンクロする様に、本編の物語も展開してゆくのである。
商家の手代・徳兵衛と、遊女のお初の悲恋を描いたこの物語は、侍の様な理を持たず、個を優先させられる町人の世界を描いたものだ。
お初と結婚するために、借金騒動に巻き込まれた徳兵衛は、身の潔白と二人の究極の愛を証明するために、互いの体を連理の松に縛りつけ、脇差でお初を殺害し、次いで自らも命を絶つ。
悲劇的ではあるものの、彼らは自らの意思により、自らの人生を決定する事が出来るのである。

「ツィゴイネルワイゼン」や「ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~」など、数々の名作を世に放ってきた大ベテラン、田中陽造の脚本は、本編の物語と劇中劇の「曽根崎心中」を対照的に描きながら、物語の最後で精神的な融合を見せる。
武家に生まれたが故に、公には決して結ばれる事の出来ない孫左衛門と可音は、内蔵助の臣下として、娘として、それぞれのけじめをつける。
可音は、自ら孫左衛門への想いを断ち切り、茶屋家へと嫁ぐ事で、精神的な自殺を図り、全てを見届けた孫左衛門もまた、内蔵助の前で主君の裃を纏い、割腹して果てる。
彼の最期は、忠義に生きる武士としてのけじめである同時に、内蔵助と共に死ぬイコール彼の中の内蔵助を殺す、即ち公に対する個の抵抗でもあるのだと思う。
そしてこれは、死ぬ事によって可音への愛を生かすための心中に他ならない。
武士の生き様とは、かくも壮絶なものである。

最近時代劇付いている役所広司が、愛と忠義に揺れる主人公の瀬尾孫左衛門を、実に魅力的に演じている。
いかにも昭和の、いや江戸の日本人という佇まいは、顔立ちの現代的な桜庭ななみと並ぶと、より味わい深い。
脇では、孫左衛門を密かに愛し、彼をこの世に繋ぎとめようとするゆうを演じる安田成実が、月光の様な儚げな輝きを放ち、出色の出来だ。
間違いなく彼女の代表作の一つになるだろう。
冒頭の討ち入りのシークエンスでは、大石内蔵助を名優片岡仁左衛門、吉良上野介を“五万回斬られた男”こと福本清三が演じ、流石の存在感を見せる。
また杉田成道と言えば「北の国から」で、この番組のファンとしては、奥野将監役で田中邦衛の登場もうれしいところだ。

「最後の忠臣蔵」は、御馴染みの物語とはかなり違うが、これは別の意味で日本人の心の琴線に触れる物語だと思う。
やや展開が偶然性に頼りすぎてる気もするが、杉田成道監督の演出は丁寧で、作りこまれたビジュアルも見応え十分。
派手なチャンバラは控えめながら、武家として生まれたが故の様々な二面性の葛藤を描き、人間ドラマとしても切ないラブストーリーとしても一級品であり、一年の締めくくりに相応しい重量級の力作である。
ただ、佐藤浩市の演じた寺坂吉右衛門のポジションがやや中途半端なのが少し気になった。
物語のバランス的に難しいところだが、彼の“語り部”としての役割をもっと明確にした方が、ラストの「最後の赤穂侍」という台詞の解釈も含め、死ぬ事すら許されないもう一人の赤穂浪士として、孫左衛門とのコントラストが立ったと思うのだが。

赤穂浪士に纏わる酒と言うのは本当に沢山あるのだが、今回は赤穂浪士が飲んだ酒として知られる、黒松剣菱の珍しい純米古酒「瑞祥黒松剣菱」をチョイス。
剣菱酒造は灘でも最古参の酒蔵の一つで、その正確な創業年は不明なほど歴史が古く、「忠臣蔵」にも登場する。
基本的にこの銘柄は本醸造しかないのだが、毎年冬に純米古酒が限定発売され、柔らかな吟醸香と古酒らしい芳醇な味わいは、普通の剣菱とはかなりキャラクターが違って驚かされる。
御馴染みの忠臣蔵が剣菱の本醸造だとすると、16年の歳月を経た「最後の忠臣蔵」には、こちらが相応しいだろう。

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