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その街のこども 劇場版・・・・・評価額1650円
2011年01月26日 (水) | 編集 |
1995年1月17日、午前5時46分、神戸。
あの運命の日に、その街にいた子供たちの、15年後の邂逅を描く異色のドキュメンタリー風ロードムービー。
元々は、阪神・淡路大震災から15年目を迎えた、昨年の1月17日に放送されたNHKのテレビドラマだが、放送後に大きな反響を得て、再編集の上で10分長い劇場版として公開される事になった。
被災時に小学生と中学生だった一組の男女が偶然出会い、それぞれの心の奥に突き刺さった震災の記憶に向き合った一夜を描く物語である。

1月16日の午後。
建築会社に勤める中田勇治(森山未來)は、仕事で広島に向かう途中、ふと思い立って新神戸で降りる。
神戸出身の勇治は、子供の頃にこの街で震災に遭った。
もう街に家族はいないが、15年ぶりの帰郷だった。
偶然駅で知り合った大村美夏(佐藤江梨子)も、同じ経験を持つ事を知り、意気投合した二人は、翌日の朝開かれる慰霊式典までの間、懐かしい神戸の街を歩き回る。
被災後、共に神戸を離れて暮らしていた二人は、何時しか当時の思い出を語り合っていた・・・


阪神・淡路大震災が起こった時の事は、良く覚えている。
当時私は、普段はめったに日本のことなど報じられない米国に暮らしていたが、あの年の1月だけは、大震災とオウム真理教の地下鉄テロ事件で日本報道一色になったものだ。
南京街近くにあった学友の実家も燃えてしまい、私自身89年のサンフランシスコ大地震の記憶が鮮明で、在留日本人で義援金を集めて送ったりした。
同じ年の8月に、神戸を訪れる機会があったが、まだ倒壊したビルがそのまま放置されていたり、街の一角が完全に空き地となり沢山の花と線香が供えられていたり、禍々しい震災の爪跡の風景は今でもはっきりと思い出せる。
あれから長い歳月が過ぎたが、昨年は特に15周年という節目の年だった事もあって、様々なメディアで震災を振り返る企画が多かったと思う。
だが、他の多くの歴史上の事件がそうであった様に、時が経つにつれてマスコミの視点は画一的になり、感動的な美談であったり、涙なしでは語れない悲劇であったり、良くも悪くもステロタイプな型に押し込められた物が殆どだった。

そんな中にあって、本作のスタンスはかなり異色だ。
震災をモチーフにしつつ、当時の映像は必要最低限しか使われておらず、殆どが出ずっぱりで夜の神戸をさ迷い歩く、主人公の勇治と美夏の会話劇
それも手持ちカメラのハンディ感を生かした、殆どドキュメンタリーの様な作りなのである。
たぶん、シネフィルならすぐ気付くだろうが、本作の構造はリチャード・リンクレイター監督の「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」に極めてよく似ている。
偶然列車で出会ったアメリカ人の男性とフランス人の女性が、ウィーンの街を歩き回りながら想いを通じ合う一夜を、ドキュメンタリー調のタッチで描いた瑞々しい物語が、本作に強いインスパイアを与えているのは間違いないと思う。
「ジョゼと虎と魚たち」で知られる脚本の渡辺あや、はこのラブストーリーの佳作の構造を巧みに換骨奪胎し、日暮から夜明けまでの長い長い散歩を通して、震災の体験が被災した子供たちの今にどの様な影響を与えているのか、彼らの中で震災とは何なのかをじっくりと描き出してゆく。

十数年ぶりに神戸に戻った勇治と美夏は、三宮の居酒屋で酔っ払い、喧嘩をし、思い出の街を歩きながら、徐々にその心の奥に封印していた、記憶の核心を語りだす。
勇治は、震災で直接大切な人を亡くす事はなかったが、屋根職人だった父親が、街の復興の時に修理代を吊り上げて暴利を貪った事から、街にいられなくなって東京へ引っ越した過去を持つ。
同じ被災体験をした友人達から、裏切り者として蔑まれた事がトラウマとなっているのである。
一方の美夏は、幼馴染の少女とその家族を震災で亡くし、唯一生き残った少女の父親に会う事を恐れている。
元々家族が不仲で、神戸に幸せな思い出の少ない美夏にとって、彼はネガティブな記憶の象徴になってしまっているのである。
たぶん、被災後に神戸を離れた事で、その街の“子供たち”から、単数の“子供”となった彼らは、辛い記憶を共有できる相手を失って孤独を抱え込んでしまったのだろう。
そして15年間秘めてきた想いを、さらけ出す事が出来る相手に、漸く巡り合ったのだ。
もちろん、過去のトラウマを話したとしても、それで特にドラマチックな事が起こる訳ではない。
ただ、もしも出会わなければ、そのまま封印されていたであろう二人の記憶は、共鳴するように心の奥から噴出し、結果的に彼らの人生をほんの少し後押しする。

主人公を演じるのは、森山未來佐藤江梨子
彼らは共に震災当時実際に神戸に暮らしており、実年齢もキャラクター設定とほぼ同じ。
撮影の際には、脚本に書かれた台詞に、自分の記憶から思い出した事などを織り交ぜながら演技していたという。
俳優自ら「台本とリアルの境目がむずかしかった」と語っている様に、役者と役柄との近さは、これは実は彼ら自身の物語なのではという錯覚を観る者に抱かせる。
「不幸って法則ないやん。地震だけやなくてさ・・・」「地震で学校なくなってラッキーやなあとか、ハハハ・・・」「辛い時になってしもたら、どしたらちょっとは辛くなくなるんかを考えて工夫する」
彼らの発する言葉が伝えるのは、あの時その街にいた人々の、生々しい姿だ。
悲惨な状況が目の前にあったとしても、日々の生活が全くなくなる訳ではないし、楽しい事だって当然ある。
大変さのレベルは全然違うが、子供の頃台風が来る事は、怖いのと同時にワクワクする体験だったのを思い出す。
そんな当たり前だが、メディアの報道からは抜け落ちてしまいがちな、人間の暮しのリアリティがここにはあるのだ。

もちろん、ドキュメンタリー風ではあっても、これは実際には作りこまれたドラマである。
あくまでも自然に見せながらも、捉えるべき感情を捉え、きっちりとリズムを持って物語を紡ぎながらテーマを浮き彫りにしてゆく作り手の技術は見事なもの。
本作の制作はNHK大阪放送局であり、スタッフの多くも当時の被災者であったという。
彼らも撮影を通して、自らの過去に向き合ったであろう事は想像に難くないが、物語全体を俯瞰する視線は、不思議なほど冷静だ。
思うに、関西出身ではない井上剛監督の持つモチーフとの距離感が、感傷的過ぎず、入り込み過ぎず、かといって引き過ぎずの絶妙なポジションで物語を見せているのではないだろうか。
ドラマの演出としては決して正攻法とは言えないが、まだまだ記憶に新しい大震災という、ある意味で良い子ちゃん的なスタンスを要求されそうなモチーフで、こういう実験的なチャレンジが出来るのはNHKならではかもしれない。

「その街のこども」は、16年前に起こった阪神・淡路大震災の記憶を通し、今を生きる人間の“リアル”を描き出した秀作だ。
たぶん、実際に被災した人とそうでない人の間では、作品を観る目は異なるだろうし、本作のラストで、二人が違う選択をしたように、被災者の数だけ震災の“リアル”はあるとも言えるだろう。
間違いないのは、これからも毎年1月17日は巡ってくるという事と、「また来年」と言って別れた勇治と美夏には、少なくとも未来という名の希望があるという事だけである。
二人は、今年の1月17日に、東遊園地で会えたのだろうか。

神戸は日本有数の酒どころだが、多くの酒蔵も被災した。
今回は灘の酒蔵、神戸酒心館の「福寿 純米吟醸」をチョイス。
フルーティで口当たり良く、良い意味で癖がないので誰にでも好まれる一本だろう。
純米酒は冷という人が多いが、今の季節は燗にしても旨い。
福寿は、1751年創業の長い歴史を持つ蔵だが、震災により倒壊。
その後、被災した二つの酒蔵が共同出資して復活し、復興のシンボルとも言える酒である。

ところで、美夏のカバンが途中から消えていたけど、何処かに置いてくる描写ってあったっけ?

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