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冷たい熱帯魚・・・・・評価額1600円
2011年02月04日 (金) | 編集 |
和製ナチュラル・ボーン・キラーか。
これは、ひょんな事から連続殺人事件に巻き込まれた平凡な男の体験を通して、人間の秘めたる狂気を描き出した、壮絶なダーク・エンターテイメントだ。
鬼才・園子温監督が創造したのは、人の良さそうな笑顔の裏に、恐るべき嗜虐性を秘めた怪物である。
観客は、怪物の極悪非道な殺人ビジネスに圧倒され、主人公と共に地獄への一本道に足を踏み入れてしまった様な感覚を味わうだろう。

国道沿いで小さな熱帯魚店を営む社本信行(吹越満)と妻の妙子(神楽坂恵)は、娘の美津子(梶原ひかり)の万引きをかばってくれた村田(でんでん)に誘われ、彼の経営する帯魚店を訪れる。
そこはひなびた社本の店とは比べ物にならない、まるで水族館の様な大型店舗だった。
強引だがエネルギッシュな村田のペースに巻き込まれた社本は、いつの間にか村田の仕掛ける詐欺話の片棒を担がされる。
だが、それは破滅へと進む第一歩に過ぎなかった・・・


本作の元ネタは、1993年に起こった埼玉愛犬家殺人事件だ。
モチーフを犬から熱帯魚に代えて、幾つかの他の事件もミックスしている様だが、個々の殺人の顛末などは比較的忠実に作られており、「(被害者の)ボディを透明にする」などの台詞も実際の犯人が語った言葉である。
この事件では、主犯格であるブリーダー夫婦が複数の殺人の罪で死刑判決を受け、彼らの助手的な立場の男が、遺体損壊などの罪で懲役三年の刑に服した。
助手の男は、主犯の男に脅迫され、恐怖によって支配される事で、ズルズルと彼らの犯罪を手伝っていたという。
2002年に北九州で起こった、家族内の監禁大量殺人事件など、圧倒的な力を持つ主犯の元、他の関係者が意のままに操られ、殺人に関与する事件は意外と多い。
本作の場合は、モデルとなった事件同様、殺人鬼・村田によって、気弱な同業者の社本が支配され、血と暴力の地獄に堕ちる事になる。

日本映画史上稀に見る、怪物的キャラクターである村田を演じるのは、どちらかと言えば人の良いおっちゃん役のイメージが強いでんでん
このミスマッチが実に上手い。
村田という男は、エネルギッシュだが、どこか人を惹きつける魅力を持つ。
そうして他人に近づき、相手の心の弱い部分を見つけると、一気にその懐に飛び込んで、強引に支配するのである。
彼にはやたらとセクシーな衣装で登場する若い妻・愛子と、自称弁護士の筒井という相棒がいるが、この二人は同時に愛人関係にもあるという複雑さ。

一方、本作の主人公であり、語り部的ポジションにある社本は、村田とは対照的に気弱で頼りない人物として描かれる。
彼は、亡くなった妻との娘である美津子と、再婚相手の妙子と暮らしているが、娘と継母の関係は険悪で、家庭は崩壊寸前。
にもかかわらず、社本は夫としても父親としても、毅然とした態度をとる事が出来ず、ただただ時間の経過に身をゆだねるだけ。
そんな壊れかけた家族である社本家は、村田にとっては容易い獲物である。
小魚を捕食するピラニアの様に、村田は先ず妙子と美津子を言わば人質として取り込み、逃げられない状況を作った上で、社本を自分の殺人グループのメンバーとして迎え入れる。
目の前で、予想もしなかった第一の殺人を見せ付けられた社本は、なす術無く村田によって支配され、共犯者となってゆくのである。

絶対的な悪人とは言え、己の才覚によってのし上がってきた村田に対して、終始受身の社本はあまりにも無力だ。
自分の金儲けの邪魔になる者を躊躇無く次々と殺し、嬉々として犠牲者を解体する村田と愛子の前に、社本はまるで悪夢でも見ているかの様にへたり込むしかない。
ところが、そんな社本に対して、村田は「お前はまるで昔の俺だ」と言い放つのである。
村田と社本という一見対照的なキャラクターは、実はどちらも人間が誰でも持っている一面に過ぎないと言いたげなこの言葉は、この映画の構造を端的に表している。
物語的なクライマックスは、この無気力な虐げられた男が、いつどの様にしてその深層に秘められた嗜虐性を覚醒させるのかという事になるのだが、そこに至るまでの物語の流れはパワフルで、2時間29分の長尺を全く飽きさせない。

ただ、村田という怪物の強烈さに圧倒されて、ついつい忘れがちになるが、二人の主人公以外の要素は結構荒っぽい。
例えば社本の妻子と村田の妻ら女性キャラクターは類型的で、それぞれの行動原理はかなり単純化され、御都合主義を感じさせる。
また死体処理が行われるのが廃墟の教会で、マリア像や無数のろうそくなど、キリスト教的なモチーフが散りばめられているのだが、それが物語の中でキャラクターの心情と結びつかないので、むしろ浮いてしまっている。
細部の描写にも違和感を感じさせるものが少なくない。
殺人は、基本的に栄養ドリンクに仕込まれた毒で行われるのだが、全てを知ってる筒井が同じ手口で殺されるのはあり得ないだろう。
調べてみると、モデルになった事件でも、同じ手口が連続して使われているが、筒井に当たる人物は最初の殺人現場に居合わせておらず、殺害法を知らなかったから可能だった手なのである。
映画として脚色するなら、もっと自然なやり方がいくらでも作れたはずだ。
また警察が社本に接触するのが、よりにもよって村田のいる熱帯魚店の駐車場だったり、普通に考えれば無理のある描写が多々ある。
決定的なのは、ラストシーンの超御都合主義的展開だ。
現在進行形で殺人が行われていると当事者が告白しているのに、警察官は二人だけでゆっくりやって来る。
しかも血だらけで包丁を握っている社本を確保する事もなく放置し、最後の惨劇を許してしまうのである。
そもそも、何故警察車両に社本の妻子が乗っているのか?全く不自然である。
おかげで、村田によって社本に目覚めたネガティブパワーが、娘の美津子に継承される象徴的な描写に、作り物臭さを感じさせてしまった。
これら細部は、徹底的に作りこまれた二人の主人公のキャラクターから考えると、驚くほどアバウトであり、キャラクターのパワー頼みという本作の欠点を露見させてしまっている。

誤解を恐れずに言えば、本作はとても面白く、衝撃的ではあるが、観終わって何も残らず、特に感動もしない。
登場人物が体現したものが、誰の内側にもある人間の一面だとしても、超エキセントリックな殺人鬼と、それに翻弄される気弱な男は、どちらも感情移入のし難い極端なキャラクターで、彼らの関係性も、なるほどそんな事もあるかという程度にしか入り込めず、正直なところドラマとしての深みはそれほど感じない。
例えば、同じように人間の負の情念を鮮烈に描いた、韓国映画の「チェイサー」などと比べても、情感の有無の違いは明らかである。
結局のところ、本作は人間の中に潜む狂気をモチーフにしたピュアな娯楽映画だ。
村田が人間の欲望が具現化した怪物だとしたら、社本もその内面に鬱屈した情念を秘めた別種の怪物と言える。
これは人間が変異した怪物同士の戦いを描く、言わばスモールサイズの「サンダ対ガイラ」なのである。
エログロ満載、人間の解体などショッキングな描写も多いが、どちらかと言えば生々しさよりも70年代のスプラッター映画の様な嘘っぽさが残り、シーンによってはコミカルですらある。
このあたりの抑制には、映像的な優れたセンスを感じさせる。
時代性のあるプログラムピクチャとして、十分楽しめる一本である。

今回は、熱帯魚の住む沖縄は久米島から「久米仙 古酒7年」をチョイス。
泡盛の古酒は歳月を経れば経るほどにまろやかに熟成が進み、数十年を経た物はまるで高級ブランデーの様なコクのある味になる。
7年物はそれほどでもないが、やはり新しいものよりも深みのある味わいを楽しめる。
そう言えば、沖縄に行った時に、この久米仙のボトルに沖縄の近海で獲れる熱帯魚のラベルを貼った物があるのに驚いた。
さすがに沖縄以外では見た事が無いけど。

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