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ヒア アフター・・・・・評価額1550円
2011年02月16日 (水) | 編集 |
全ての人間が絶対に避けられない瞬間、それは“死”である。
死はすべての終わりなのか、それとも新しい何かの始まりなのか。
巨匠クリント・イーストウッドが齢80歳にして新たに挑んだのは、彼自身にも確実に忍び寄っている死後の世界だ。
臨死体験をしたフランス人ジャーナリスト、双子の兄を事故で亡くしたイギリス人の少年、そして死者と関わる事に疲れ、その力を封印しているアメリカ人の霊能者。
国籍も年齢も性別も異なる三人の主人公が、それぞれの立場から死の謎に迫ってゆく。

フランスのテレビジャーナリストとして活躍するマリー(セシル・ドゥ・フランス)は、バケーションに訪れた島で津波に巻き込まれ、薄れゆく意識の中で不思議な光景を見る。
ロンドンに暮らす少年マーカス(ジョージ・マクラレン)は、双子の兄を事故で亡くした悲しみから立ち直れず、霊界の兄と再会する事を望むようになる。
アメリカ人のジョージ(マット・デイモン)は、死者の声を聞ける霊能者。
以前はその能力を使ってマスコミにも取り上げられた事があるが、今は力を嫌悪して封印している。
死という現象の謎に囚われた彼ら三人の運命は、やがてゆっくりと交錯してゆく・・・


冒頭の津波のシークエンスに、まずは圧倒される。
2004年12月のスマトラ沖地震で起こった大津波をイメージしているのだろうが、描写がリアルな分、ぶっちゃけ津波の映画より迫力があった。
物語の前半は、三人の主人公のエピソードが別々に進行するが、それぞれに直接の接点は無く、死に対するアプローチも異なっている。
彼らに共通するのは、死という現象の謎に人生を支配されている事だが、それぞれの心の傷と葛藤は丁寧に描写されており、説得力のある人間ドラマとして、興味深く観ることが出来る。

津波によって臨死体験をした著名ジャーナリストのマリーは、その時に見た不思議な光に包まれた世界のビジョンが頭から離れず、やがて仕事も手に付かなくなる。
自分が見たものは一体何だったのか?単なる幻覚?それとも本当に死後の世界を垣間見たのか?
故ミッテラン元大統領の伝記本を計画していたマリーは、予定を変更して臨死体験の謎を探り始める。
だがそれは、彼女が生きてきたジャーナリズムの世界では、オカルトとして蔑まれる題材であり、彼女は自らの社会的立場と、書きたいテーマとの間で、深刻な葛藤を抱える事になる。

一方で、ロンドンに暮らす少年マーカスは、一卵性双生児の兄ジェイソンを不慮の交通事故で亡くす。
兄弟は、ドラッグ中毒の母と三人暮らしで、消極的な性格のマーカスは、活発な兄にずっと頼って生きてきた。
心のよりどころであった兄を亡くし、治療施設に収容される母とも引き離されたマーカスは、心の喪失感を生めることが出来ない。
ある事件に遭遇した事で、兄の霊に護られていると感じたマーカスは、霊とコンタクトすることの出来る霊能者を探し始めるが、会う人会う人インチキばかり。
確実に存在を感じるのに、触れられない、話すことが出来ないというもどかしさ。
この世界のどこかに、そんな自分を救ってくれる人がいるだろうという仄かな希望が、彼の日常を支えている。

マーカスの求める本物の霊能者であるジョージは、サンフランシスコ近郊の工場で働いている。
彼は、手を触れた相手と関わりのある霊の言葉を聞く、所謂サイキック・リーディングの能力を持ち、嘗てマスコミにも取り上げられた有名人だったが、今はその力を呪い封印している。
触れただけで、相手の心の奥の秘密までもわかってしまうジョージは、他人と普通の関係を築く事ができず、孤独に苛まれているのである。
にもかかわらず、人々は彼の能力を知ると、それがどんな結果を齎すかも知らずに “読む”事を求めてくる。
霊能者のイメージとは程遠い、マット・ディモンをこの役にキャスティングしたセンスが光る。
朴訥なキャラクターが、かえってリアリティを感じさせるのである。

私も仕事絡みと個人的な興味から、ホンモノ(と思える)霊能者や臨死体験者に会った事があるが、この映画の描写はかなりリアルである。
サイキック・リーディングのシーンや臨死体験のビジョンは、恐らくモデルがいて、綿密に取材して作り上げていると思う。
彼らの多くは、その体験や能力と現実社会との間で葛藤し、何とか落としどころを見つけてゆくのだが、ジョージが自分の力によって人間関係に臆病になっていたり、マリーが臨死体験にとり憑かれて社会生活に支障をきたす辺りは、私が知っているケースにも酷似している。

やがて物語の後半になると、三人の人生はロンドンのブックフェアを舞台に交錯してゆくのだが、ここで彼らの運命を導くのが、文豪チャールズ・ディケンズ“Reading(リーディング)”というキーワードである。
英語のリーディングは、日本語の“読む”とは異なり、一語で“読む”“聞かせる”の二つの意味を持つ。
ジョージは、疲れた体をベッドに横たえながら、ディケンズの小説の朗読(リーディング)を聞くのが趣味で、劇中「シェイクスピアよりディケンズが好きなんだ」という台詞がある。
何でシェイクスピアをわざわざ持ち出すのだろうと思ったが、要するにイギリス旅行の行く先をストラトフォード・アポン・エイヴォンじゃなく、自然にロンドンにするための細かい複線。
そしてジョージの能力も、文字通り死者の声を読み取り、読み聞かせるサイキック・リーディングだ。
ディケンズ博物館をツアーで訪ねた時、幽霊が描かれた「ディケンズの夢」と言う絵を見て、魂の繋がりを感じたジョージは、いつもCDで聞いている俳優のデレク・ジャコビによるディケンズの朗読会がある事を知り、ブックフェアを訪れる。
そこで偶然にも、自らの臨死体験を本にして出版したマリーの朗読会に、足を止めることになるのである。
日本ではイマイチなじみが薄いが、欧米では本の朗読が非常に盛んで、著者自身による朗読会などもよく開かれているほか、大きな書店に行けば必ず朗読CDのセクションがある。
死後の世界に魅入られた人間たちがリーディングという言葉で結びつき、霊界のディケンズによって導かれて出会うというアイディアはユニークだ。
さすが「クィーン」 「フロスト×ニクソン」などの凝った作劇で知られる、ピーター・モーガンの脚本である。
ただし、観客がディケンズの本を知っている事が前提となった描写が多く、字幕の訳し方の問題もあって、英語圏以外の観客に物語のニュアンスが十分伝わるかは少々疑問なのだけど。

さて、ようやく出会った三人だが、それぞれの物語のオチのつけ方をどう受け取るかによって、本作の評価は大きく異なるだろう。
先ず、マーカスと出会ったジョージは、彼の熱意に負けて封じていたリーデングを行い、ジェイソンの言葉をマーカスに伝える。
愛情深い言葉で自立を促すジェイソンの言葉に、マーカスは漸く自分の人生を前に進める事が出来るのである。
マーカスの物語は、ジョージとの出会いによって綺麗にオチが付いたと言えるが、問題は残るジョージとマリーだの関係だ。
恐らくこの映画を酷評している人の多くは、内面描写を伴わない唐突な二人の恋愛モードに引いてしまったのだと思う。
何しろ二人は、ジョージがマリーの本を買った時に、一瞬触れ合っただけで、ブックフェア以前には全く接点が無い。
何故ジョージが突如としてマリーに興味を引かれ、マリーもそれを受け入れるのか?
これは私の解釈だが、ジョージは本を介してマリーに触れた瞬間、二人が魂の次元で結ばれたソウルメイトなのを知ったのだと思う。
今まで自分の力をネガティブに捉えて来たジョージだが、サイキック・リーディングの力があったからこそ、マリーに出会う事が出来た。
リーディングとは本来、読んだ者、聞かされた者の人生を豊かにし、前に進める力を持つ物で、それは対象が本でも霊の言葉でも変わらない。
マーカスと、そしてマリーとの出会いによって、始めてその事を実感したジョージにとって、それは“呪い(Curse)”“贈り物(Gift)”に変わり、人生をポジティブに踏み出せた瞬間なのだろう。
彼らは、死の謎に触れた事で、改めて前向きに生を歩む事が出来たのである。

だが、この様な“魂に導かれて”的な展開は、観客が精神世界をどう捉えているかによって、かなり印象が違ってくると思う。
こういう話は信じる者には事実だし、そうでない者には御都合主義のファンタジーに過ぎないからだ。
それ故に、説得力のある丁寧な描写が不可欠なはずだが、往々にして作り手も自己完結に陥りがちで、このラストのシークエンスに関しては、クリント・イーストウッドをもってしても、自分はわかってるから、みんなもわかってるでしょ?的なところに嵌り込み、観客を置き去りにしてしまったのではないか。
そこまでの物語はなかなかに面白く丁寧に作られているだけに、オチの部分はやはり描写不足と言わざるを得ないのが残念だ。

今回は、タイトルとの語呂あわせで「ビア・バスター」をチョイス。
ビアジョッキに氷をいれ、そこにウォッカ40ml、タバスコを適量加え、ビールで満たす。
或いはビールを満たしたジョッキに、にショットグラスに入れたウォッカ&タバスコを沈める。
世界中にあるビール+蒸留酒の所謂爆弾酒の一つで、タバスコの辛さも強烈に、量を飲めば悪酔い必至。
運が悪いと本当に「ヒア アフター(来世)」を見ちゃうので注意。

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