2011年10月17日 (月) | 編集 |
娘の声で綴られる、亡き父の最期の旅立ち。
「エンディングノート」とは、遺言状ほど肩肘張らない、自らの死を如何に迎えるかに関する覚書の様な物。
戦後日本を支え、世界有数の豊かな国に育て上げた、所謂団塊の世代が老齢に差し掛かるにつれて、新しい死の準備の手段として急速に注目を集めているのだという。
この映画は、定年退職後に癌に倒れた元敏腕営業マン、砂田知昭さんの癌告知から亡くなるまでの半年間を、愛娘である砂田麻美監督が感謝と愛情たっぷりの視線で追ったドキュメンタリー。
死というシリアスな題材を扱っていても、ユーモラスな語り口のために、全体のムードはとても穏やかだ。
外資系企業の営業マンとして活躍し、役員にまで出世した主人公は、自称会社人間。
ようやくリタイアして、これからゆったりとした老後を過ごそうとしていた矢先、癌の告知を受ける。
そこから彼が行ったことは、自分が死を迎えるまでの間に、クリアしなければいけない課題を、エンディングノートに書き出すこと。
「アメリカに暮らす孫に会うこと」
「家族旅行に行くこと」
「葬儀の準備をすること」
「クリスチャンの洗礼を受けること」
そして、「妻に愛していると(初めて)言うこと」も。
サラリーマン時代の仕事の仕方そのままに、綿密に計画を立て、実行してゆく知昭さんと、そんな父の姿を、カメラを通して永遠に刻み付ける娘。
突然ではないが、少しずつ、しかし確実にやってくる死という現実。
人生でやり残した事がなければ、人は安らかな死を迎えられるのだろうか?
残された家族の悲しみも和らぐのだろうか?
その答えはYESであり、NOだ。
どんなに覚悟を決めて、準備をしてきたとしても、やはり愛する人との永遠の別れは悲しみ以外の何物でもない。
ドキュメンタリスト出身の是枝裕和監督の門下生でもある砂田麻美監督は、単に父の最期の半年間をカメラに収めただけでなく、彼の人生そのものを、懐かしい8ミリフィルムや家族写真を使って紐解きながら描写する。
砂田知昭さんとはどんな人物だったのか。
どの様な人生を送り、どの様な人柄で、どれほど家族を愛していたのか。
彼は戦争の時期に生まれた団塊の少し前の世代で、戦後に育ち、高度成長期の60年代初頭に青春を謳歌し、やがて生涯のパートナーと出会い大切な家族を育んだ。
丹念に描かれる彼の人生が、決して特別でないからこそ、観客は彼にどっぷりと感情移入する。
知昭さんは、観客にとって自分自身であり、父であり、夫なのだ。
だから映画の最後にやってくる彼との別れは、まるで自分の家族を亡くした様でとても悲しく、映画館ではすすり泣きの声があちこちから聞こえる。
同時に、彼の人生はとても幸せで、その幸せは死の瞬間までも続いていたのも事実だと思う。
エンディングノートのクライマックスは、最後の入院から亡くなるまでの五日間。
アメリカに暮らす長男は、予定を変更して家族で帰国、最愛の孫たちとも再び会えた。
念願のクリスチャンの洗礼は、ちょっとイメージとは違ったものの、本作の監督でもある次女の麻美さんによって授けられ、「パウロ」という洗礼名ももらった。
全ての計画を成し遂げた知昭さんは、病室で妻と二人きりになると、いよいよ残された最後の“課題”である「妻に愛していると言うこと」を実行する。
40年以上に渡って一緒に人生を歩んできた妻は、その言葉を聞いて涙ぐみ「一緒に行きたい」と答えるのだ。
なんとも男冥利に尽きるではないか。
映画を観ながら、そう言えば砂田知昭さんは自分の父と同い年なのだと思い至った。
そうか、父もこんなに歳をとっていたのか。
幸い彼は今もとても元気だけど、もしもの時のエンディングノートをもう頭に描いたりしているのだろうか。
いや、死は別に年齢に限らずやって来るのは先の震災でも思い知った通り。
自分にも、もしもの事があったらと思えば、果たしてエンディングノートはどうしよう?
先ずは愛猫の行き先を決めて、残すデータと残さないデータを決めて、財産なんて無いけど、遺品の一部はどこかへ寄付して・・・と、爽やかな涙に浸りながらも、色々な事を考えさせてくれる一本だった。
砂田監督は、知昭さんの死後しばらくは悲しみに暮れていたが、彼が生きていたころの楽しかった時間の自分に戻りたいという思いで、ようやく三ヵ月後から残された映像の編集作業を始めたのだと言う。
うん、天国のお父さんも納得の、最高のレクイエムになっていると思う。
やはり彼は幸せ者だ。
昭和のサラリーマンの酒と言えばやはり、ビールだろう。
飲み会の“とりあえずビール”という日本独特の風習も、一説には団塊の世代が発祥だとか。
旧財閥系グループの結束が強かった次代は、三菱系はキリン、三井系はサッポロとかの縛りもあった様だが、今ではかなりゆるくなっていると聞く。
今回は、昭和を代表するビールの一つ、「キリンクラッシックラガー」をチョイス。
キリンビールがキリンラガービールとなり、熱処理しない生ビールになった今、この昔ながらの熱処理ビールの味わいを残すクラッシックラガーは貴重な存在だ。
そう言えば、私が子供ながらに初めてビールの味を知ったのも、こんな味わいの頃のキリンビールだったと思う。
昭和の父さんたちの人生に乾杯。
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「エンディングノート」とは、遺言状ほど肩肘張らない、自らの死を如何に迎えるかに関する覚書の様な物。
戦後日本を支え、世界有数の豊かな国に育て上げた、所謂団塊の世代が老齢に差し掛かるにつれて、新しい死の準備の手段として急速に注目を集めているのだという。
この映画は、定年退職後に癌に倒れた元敏腕営業マン、砂田知昭さんの癌告知から亡くなるまでの半年間を、愛娘である砂田麻美監督が感謝と愛情たっぷりの視線で追ったドキュメンタリー。
死というシリアスな題材を扱っていても、ユーモラスな語り口のために、全体のムードはとても穏やかだ。
外資系企業の営業マンとして活躍し、役員にまで出世した主人公は、自称会社人間。
ようやくリタイアして、これからゆったりとした老後を過ごそうとしていた矢先、癌の告知を受ける。
そこから彼が行ったことは、自分が死を迎えるまでの間に、クリアしなければいけない課題を、エンディングノートに書き出すこと。
「アメリカに暮らす孫に会うこと」
「家族旅行に行くこと」
「葬儀の準備をすること」
「クリスチャンの洗礼を受けること」
そして、「妻に愛していると(初めて)言うこと」も。
サラリーマン時代の仕事の仕方そのままに、綿密に計画を立て、実行してゆく知昭さんと、そんな父の姿を、カメラを通して永遠に刻み付ける娘。
突然ではないが、少しずつ、しかし確実にやってくる死という現実。
人生でやり残した事がなければ、人は安らかな死を迎えられるのだろうか?
残された家族の悲しみも和らぐのだろうか?
その答えはYESであり、NOだ。
どんなに覚悟を決めて、準備をしてきたとしても、やはり愛する人との永遠の別れは悲しみ以外の何物でもない。
ドキュメンタリスト出身の是枝裕和監督の門下生でもある砂田麻美監督は、単に父の最期の半年間をカメラに収めただけでなく、彼の人生そのものを、懐かしい8ミリフィルムや家族写真を使って紐解きながら描写する。
砂田知昭さんとはどんな人物だったのか。
どの様な人生を送り、どの様な人柄で、どれほど家族を愛していたのか。
彼は戦争の時期に生まれた団塊の少し前の世代で、戦後に育ち、高度成長期の60年代初頭に青春を謳歌し、やがて生涯のパートナーと出会い大切な家族を育んだ。
丹念に描かれる彼の人生が、決して特別でないからこそ、観客は彼にどっぷりと感情移入する。
知昭さんは、観客にとって自分自身であり、父であり、夫なのだ。
だから映画の最後にやってくる彼との別れは、まるで自分の家族を亡くした様でとても悲しく、映画館ではすすり泣きの声があちこちから聞こえる。
同時に、彼の人生はとても幸せで、その幸せは死の瞬間までも続いていたのも事実だと思う。
エンディングノートのクライマックスは、最後の入院から亡くなるまでの五日間。
アメリカに暮らす長男は、予定を変更して家族で帰国、最愛の孫たちとも再び会えた。
念願のクリスチャンの洗礼は、ちょっとイメージとは違ったものの、本作の監督でもある次女の麻美さんによって授けられ、「パウロ」という洗礼名ももらった。
全ての計画を成し遂げた知昭さんは、病室で妻と二人きりになると、いよいよ残された最後の“課題”である「妻に愛していると言うこと」を実行する。
40年以上に渡って一緒に人生を歩んできた妻は、その言葉を聞いて涙ぐみ「一緒に行きたい」と答えるのだ。
なんとも男冥利に尽きるではないか。
映画を観ながら、そう言えば砂田知昭さんは自分の父と同い年なのだと思い至った。
そうか、父もこんなに歳をとっていたのか。
幸い彼は今もとても元気だけど、もしもの時のエンディングノートをもう頭に描いたりしているのだろうか。
いや、死は別に年齢に限らずやって来るのは先の震災でも思い知った通り。
自分にも、もしもの事があったらと思えば、果たしてエンディングノートはどうしよう?
先ずは愛猫の行き先を決めて、残すデータと残さないデータを決めて、財産なんて無いけど、遺品の一部はどこかへ寄付して・・・と、爽やかな涙に浸りながらも、色々な事を考えさせてくれる一本だった。
砂田監督は、知昭さんの死後しばらくは悲しみに暮れていたが、彼が生きていたころの楽しかった時間の自分に戻りたいという思いで、ようやく三ヵ月後から残された映像の編集作業を始めたのだと言う。
うん、天国のお父さんも納得の、最高のレクイエムになっていると思う。
やはり彼は幸せ者だ。
昭和のサラリーマンの酒と言えばやはり、ビールだろう。
飲み会の“とりあえずビール”という日本独特の風習も、一説には団塊の世代が発祥だとか。
旧財閥系グループの結束が強かった次代は、三菱系はキリン、三井系はサッポロとかの縛りもあった様だが、今ではかなりゆるくなっていると聞く。
今回は、昭和を代表するビールの一つ、「キリンクラッシックラガー」をチョイス。
キリンビールがキリンラガービールとなり、熱処理しない生ビールになった今、この昔ながらの熱処理ビールの味わいを残すクラッシックラガーは貴重な存在だ。
そう言えば、私が子供ながらに初めてビールの味を知ったのも、こんな味わいの頃のキリンビールだったと思う。
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