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一命・・・・・評価額1650円
2011年10月24日 (月) | 編集 |
猫様は見ていた。

「一命」は、滝口康彦の短編小説「異聞浪人記」を原作に、1962年に発表された小林正樹監督の「切腹」のリメイクである。
舞台は豊臣氏の滅亡により、天下太平の世が訪れた寛永年間の江戸。
オリジナルは、無用の長物となりながらも、侍のメンツに拘る武家社会の矛盾と、武士道精神の裏に隠された非人間性を暴きだした映画史上に残る大傑作だ。
三池崇史監督は、色々な意味で自らのカラーを前面に出し、弾けまくっていた昨年の「十三人の刺客」とは打って変わって、オリジナルを驚くほど忠実に、しかし確実にモダナイズし、なかなかに見事な二十一世紀版の社会派時代劇として成立させている。

太平の世の江戸では、食い詰めた浪人による狂言切腹が流行を見せていた。
大名家を訪れて、腹を切りたいので玄関先を貸してくれと迫り、迷惑に思う大名家から金銭をたかるのだ。
戦国の世では赤備えの武者の勇猛さで知られた名門・井伊家にも、浪人・津雲半四郎(市川海老蔵)が切腹を願い出て来る。
家老の斎藤勧解由(役所広司)は、半四郎を思いとどまらせるために、数ヶ月前に井伊家で腹を切った千々岩求女(瑛太)という若い浪人の話をする。
狂言切腹を狙ったものの井伊家は認めず、なんと持参の竹光で腹を切らされ、苦悶のうちに死んだという。
だが半四郎は話を聞いても全く動ぜず、自らの切腹の介錯人として、井伊家の中でも凄腕で知られる沢潟彦九郎(青木崇高)をはじめとする三人の侍の名を候補に上げるが、奇妙なことに三人とも行方不明となっていた。
訝しがる勧解由に、半四郎は千々岩求女が自分の一人娘の美穂(満島ひかり)の夫であった事を告げる・・・


原作は30分もあれば読み終わってしまう短編だが、非常に映画的な構成となっており、オリジナルの脚色を担当した橋本忍も本作の山岸きくみも、原作の構成を基本的に踏襲し、ディテールで変化を出している。
本作が、オリジナルと大きく異なる点は主に二つ。
非常に目立つのは、メタファーの多用である。
近年では、すっかりひこにゃんの兜のイメージになってしまったが、井伊の赤備えと言えば、戦国最強として知られる甲斐武田軍と並ぶ赤備えの代名詞。
オリジナルでも赤備えの鎧兜を武家の象徴として使っていたが、今回はカラーの分その色彩が際立つ。
まるで生きているかの様に、屋敷の奥に仰々しく飾られたそれは、クライマックスで半四郎に突き崩される事で、中身の無いがらんどうでありながら、体面ばかりに気を使う武家社会のメタファーとなるのである。

リメイクではさらに、求女と美穂、半四郎が分け合って食べる一つの饅頭が、家族の深い絆を象徴し、井伊家の屋敷と千々岩家のあばら家でそれぞれに飼われている猫が、この世の無常を象徴する。
二匹はどちらも良く似た白猫だが、一方は病気ですぐに死んでしまい、もう一方は冬の間も囲炉裏端でぬくぬくと過ごしている。
勝者と敗者などいつ入れ替わってもおかしくない、と半四郎が勧解由に言い放つ台詞をこの二匹が体言し、人間たちの馬鹿げた争いを、猫だけが悠然と見ているのは何とも皮肉である。

そして最も印象的なメタファーが、三池節が炸裂するクライマックスだ。
オリジナルでは正体を明かした半四郎VS井伊家家臣団の大乱戦となり、半四郎を殺すまでに井伊家にも多くの“病死者”が出る。
だが、本作で半四郎が抜く刀はなんと竹光
これはオリジナルとも原作とも異なる、意表をついた脚色上の工夫である。
歴戦の猛者である半四郎は、斬れないけどなかなか斬られない。
彼の存在そのものによって、刀の無意味さ、井伊家の面々が執着する武士道の虚飾がより明らかになるという寸法だ。

リメイク版のもう一つの特徴は、その他の描写を簡略化してまでも、中盤の知々岩家の生活描写のボリュームを大幅に増やしている事である。
貧しい中でも、如何に彼らが愛し合っていたか、明日の希望を信じていたのかがじっくりと描写され、台詞も多い。
オリジナルで岩下志麻が演じた“美保”は、ほとんど喋らないキャラクターだったが、満島ひかりの“美穂”はかなり台詞が多く、また役自体の比重も悲劇性も高められている。
千々岩家の慎ましくも幸せな暮らしをたっぷりと描写することで、人間性ではなく機械的な武家の理によって支配されている井伊家の冷たさとの対比となっているのである。

そして武家社会の硬直したシステムを際立たせるのが、求女の切腹シーンだ。
この描写はオリジナルでも相当にショッキングだったのだが、こっちはカラーになっている上に時間が長い。
もとより井伊家としては求女を見せしめにするつもりなので、腹に竹光を突き立てる求女の苦悶の表情を、周りで見守る家中の武士たち(と観客)に延々と見せつける。
実際の映像として特にグロテスクな訳では無いのだが、精神的にはかなり痛い。
「127時間」の例のシーンに匹敵する痛さだと言えば、想像できるだろうか。

全体に、半四郎の「ただ生きて、春を待っていただけ」という台詞に象徴されるように、オリジナルでは言葉や映像で描写されず、観客の想像力に任されていた部分が饒舌に語られ、分かりやすくなっている。
同時に人物造形がウエットになり、特に斎藤勧解由のキャラクターは演じる役所広司が元々良い人っぽいだけに、やや立ち位置が曖昧。
その分、求女の介錯人である沢潟彦九郎がドSキャラになっていたり、オリジナルとは作劇上の各登場人物の意味づけを変えようとした意図が見える。
まあこの辺りは今風であるとも言え、物語への入りやすさに繋がっているのは確かだが、反面オリジナルにあった独特の不気味さ、突き放したような冷たさが薄まっているのも事実で、好みは分かれそうだ。

少々気になったのは半四郎役の市川海老蔵と、それぞれ5歳、8歳違いの瑛太と満島ひかりが親子役という違和感である。
いや、オリジナルで半四郎を演じた仲代達矢だって撮影当事は29歳で、求女役の石浜朗とは2歳しか違わないのだが、仲代の低い声とモノクロの画像のおかげもあって、齢四十代半ばほどの中年男に見える。
対してリメイクは鮮明なカラー画像で、海老蔵の声も若いので、ここはもう少しビジュアルで老けさせても良かった様な・・・。

あと、細かい点だが、赤ん坊が医者にかかるのに必要な金が三両という設定は、いくらなんでも高すぎないか。
寛永年間は蕎麦一杯が四、五文の時代で、まだ緩いとは言え固定相場制が機能しており、金一両は四千文だったはず。
貨幣価値の換算は簡単ではないが、三両となると今の感覚ではおおよそ自動車が買えてしまう額だろう。
まあ、ビジュアルとしての小判を優先したのかもしれないが、時代劇を見慣れている人にはちょっと疑問の残る部分ではないだろうか。

いずれにしても、半世紀近く昔の作品の忠実なリメイク故に、この物語の持つテーマの普遍性が際立つ。
硬直した封建社会に生きる、侍という曖昧な存在の苦悩と葛藤、彼らの身に降りかかる不条理は、そのまま現代社会に対する痛烈なアンチテーゼである。
太平の世には活躍する場所がないのは、大名家の武士たちも浪人も同じ。
貧乏浪人の一家の悲劇は勿論だが、武家社会の既得権にしがみつく井伊家の面々もまた、武士道という曖昧な概念によって支配され、その生殺与奪を握られているのだ。
400年前を舞台とした侍たちの物語は、この社会における体制と個の対立という、極めて根源的なテーマを改めて問いかけるのである。
それにしても三池崇史、歴史的な傑作時代劇を相次いでリメイクし、それぞれにオリジナルを知っていても唸らされる物を仕上げて来るとは、まこと恐るべし。
こうなって来ると、彼の演出で今まで映画化された事の無い、本格時代劇を観たくなって来る。

今回は、半四郎の出身地である安芸広島の代表的な地酒、白牡丹酒造の「千本錦吟醸酒」をチョイス。
白牡丹の創業は本作の舞台となる寛永年間から少し時代の下った延宝三年。
以来三百年以上の歴史を持つ、由緒ある酒蔵である。
これは広島特有の酒米、千本錦を使った吟醸酒で、非常にすっきりとしたキレのある喉ごしが楽しめる。
中国山地と瀬戸内海に挟まれた広島の地酒だけあって、海の物にも山の物にも合う、酒の肴の種類を問わない間口の広い酒だ。

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