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2012年01月28日 (土) | 編集 |
理想の昭和に逢える街、それが夕日町三丁目。
世界の映画史に類を見ないノスタルジックテーマパーク映画、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ第三作。
昭和33年の東京下町・夕日町三丁目を舞台に、建設中の東京タワーが戦後日本の復興と希望を象徴していた第一作、翌昭和34年の三丁目の人々のその後を描いた第二作。
あれから早5年が過ぎ、映画の中でも東京オリンピックの到来と共に、いよいよ昭和30年代が終わりを告げ、作品と共に成長してきた登場人物たちの人生にも、大きな転機が訪れようとしている。
日本人の郷愁を誘う昭和のビジュアルは相変わらず出色の出来だが、世界観の定着と共に見世物的興味は薄れ、逆に物語は熟れてきて三丁目の住人たちの人生劇場は観応え十分。
また三作目にして現代へ向けた視点を持ったのも特徴で、内容的にはシリーズベストの仕上がりと言える。
1964年10月。
東京オリンピック開幕を控え、日本中が熱気に包まれている頃、夕日町三丁目では人々が多少浮き足立ちながらもいつも通りの生活を営んでいる。
小説家の茶川(吉岡秀隆)と結婚したヒロミ(小雪)のお腹には新しい命が宿り、高校生になった淳之介(須賀健太)は東大を狙えるほどに成績優秀だが、茶川の顔色は晴れない。
連載中の雑誌に、新進気鋭のライバルが登場し、人気の低迷している茶川の小説は打ち切り寸前なのだ。
淳之介は、そんな茶川の期待に応えようと、東大を目指して受験勉強中だが、内心では小説家になる夢を捨てられないでいる。
一方、鈴木オートに勤める六子(堀北真希)は、ふとした切っ掛けで出会った医師・菊池(森山未來)にほのかな恋心を抱くのだが・・・
第一作の時にも書いたが、私はこの作品の企画は原恵一監督の大傑作、「クレヨンしんちゃん 嵐をよぶモーレツ!大人帝国の逆襲」にインスパイアされて生まれたのではないかと思っている。
あの映画は、過去にこそ理想の世界があったと考える一団が、懐かしの昭和レトロを再現したテーマパークを作り、洗脳された春日部の大人たちとともに引き篭もってしまい、外の世界に取り残されたしんちゃんたちが、過去の幻影から未来を取り戻すべく奮闘する物語だった。
昭和という時代から、貧困や公害、治安の悪さなどのネガティブな部分を極力排除し、あくまでも美しくノスタルジックな思い出だけを抽出した理想郷を作るというアイディアは、言わば映像で観る昭和テーマパークという第一作のコンセプトに共通する。
実際、VFXで作り出された昭和33年の風景は、日本人の心の琴線に触れるとても魅力的な物だった。
だが、第一作は映像の見事さに比較して、明らかに物語が負けていたのも事実。
おまけに夕日町三丁目という舞台の縛りがある以上、世界観だけで映画を引っ張るには限界があるのは明らかである。
もちろん、そんな事は作り手も十分承知していたのだろうが、このシリーズは二作目、三作目と尻上がりに物語の完成度を高めてきた。
すっかり世界に馴染んだレギュラーの登場人物を使って、本作で山崎貴監督が描くのは「幸せってなんだろう?」というシンプルだがなかなかに深いテーマ。
今回は、鈴木オートに勤める六子の恋と、茶川家で育った淳之介の夢と現実という、物語を貫く二本のバックボーンを通して、それぞれの家族が本当の幸せを掴むために葛藤する姿が描かれる。
六子が恋する医師・菊池は、一見するとお洒落な遊び人だが、実は勤務先に睨まれながらも貧困層への無償医療のボランティアに取り組み、将来は故郷の寒村の診療所を継ごうとしている誠実な青年だ。
医師という肩書きはあっても、もし彼と結婚すれば、都会で裕福な生活をする道は閉ざされてしまう。
また血の繋がらない茶川に育てられた淳之介は、小説家になりたいと言う自分自身の夢と、彼に東大に進学して欲しいと言う茶川の願いとの狭間で悩む。
実質ヒロミのヒモの様な生活をしている茶川は、淳之介に自分の轍を踏ませたくないと言うのだが、それは淳之介にとっては憧れていた小説家としての茶川の自己否定に見える。
一体、人はどう生きれば幸せになれるのか。
山崎貴と古沢良太の脚本は、前作以上に練りこまれており、今まで描かれなかった茶川と父とのエピソードが、淳之介に対するある行動と繋がるなど、物語の伏線は丁寧に張り巡らされ、人間ドラマとしての仕上がりも上々。
それぞれの内面の葛藤が物語のテーマに収束する手際も良い。
本作の描く1964年は、高度成長期のど真中。
この国の社会が、生活が、そして何よりも人々の価値観が大きく変わった大変革期であり、東京オリンピックの開催や、東海道新幹線の開業があったこの年は、なるほど一つの時代を象徴するに相応しい。
日本人は、その日その日を必死に生きる戦後の貧さから解放され、将来を見据える余裕を持った事によって、物質的な豊かさと心の豊かさの分岐点に差し掛かったのである。
「幸せってなんでしょうなあ?」と問いかける、三浦友和演じる町医者の宅間先生の言葉がこの映画のキモだ。
みんなが上ばっかり見てる時代。
しかし幸せになるとは、お金持ちになるとか、出世するとか、そういう物質的な事だけなのだろうか。
山崎監督は、1964年の三丁目の人々を通して、この単純だが簡単ではない問いを現代の我々にも投げかける。
この時代があって、今がある。
真っ赤な夕日は48年前と変わらないとしても、他はどうか。
果たして日本人は、今まで本当に幸せになる道を選択してきたのだろうか。
見世物的昭和テーマパークだった第一作、ビジュアル中心から物語重視にシフトし、登場人物に血を通わせた第二作を経て、このシリーズは遂に現代から過去への一方的ノスタルジーを超えて、過去から現代へと通じるクリティカルな双方向性を獲得した。
山崎貴監督作品としても、ベストの出来栄えと言っても良いのではないだろうか。
噂によれば、第四作の舞台となるのは大阪万博のあった1970年だとか。
なるほど、1973年のオイルショックによって高度成長期が終わりを告げる直前にして、昭和レトロという括りからすると、ギリギリの時代であり、おそらくは最終作となるのだろう。
今まで劇中での経過時間と現実での経過時間を殆ど合わせてきたことからすると、制作されるのは5年後?
果たしてその時我々は、どの様な感慨を持って郷愁の昭和を眺める事になるのだろうか。
今回は、平成に蘇った昭和レトロの代表格、「ハイボール」をチョイス。
元々は昭和30年代に生まれたトリスバーの主力商品として、トリスウィスキーのハイボールが流行った事から日本で広まった。
私が酒を飲み始めた頃には、既にレトロなオヤジの飲み物だったが、本作にも出演している小雪のCMで、再び人気に火がつきリバイバルブーム。
冷蔵庫でキンキンに冷やしたウィスキーとソーダを1:3の割合で氷を入れたグラスに注ぐ。
泡立てず、マドラーでスッと一回だけ混ぜる。
お好みでレモンピールで香り付けすると、よりスッキリとした印象になる。
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世界の映画史に類を見ないノスタルジックテーマパーク映画、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ第三作。
昭和33年の東京下町・夕日町三丁目を舞台に、建設中の東京タワーが戦後日本の復興と希望を象徴していた第一作、翌昭和34年の三丁目の人々のその後を描いた第二作。
あれから早5年が過ぎ、映画の中でも東京オリンピックの到来と共に、いよいよ昭和30年代が終わりを告げ、作品と共に成長してきた登場人物たちの人生にも、大きな転機が訪れようとしている。
日本人の郷愁を誘う昭和のビジュアルは相変わらず出色の出来だが、世界観の定着と共に見世物的興味は薄れ、逆に物語は熟れてきて三丁目の住人たちの人生劇場は観応え十分。
また三作目にして現代へ向けた視点を持ったのも特徴で、内容的にはシリーズベストの仕上がりと言える。
1964年10月。
東京オリンピック開幕を控え、日本中が熱気に包まれている頃、夕日町三丁目では人々が多少浮き足立ちながらもいつも通りの生活を営んでいる。
小説家の茶川(吉岡秀隆)と結婚したヒロミ(小雪)のお腹には新しい命が宿り、高校生になった淳之介(須賀健太)は東大を狙えるほどに成績優秀だが、茶川の顔色は晴れない。
連載中の雑誌に、新進気鋭のライバルが登場し、人気の低迷している茶川の小説は打ち切り寸前なのだ。
淳之介は、そんな茶川の期待に応えようと、東大を目指して受験勉強中だが、内心では小説家になる夢を捨てられないでいる。
一方、鈴木オートに勤める六子(堀北真希)は、ふとした切っ掛けで出会った医師・菊池(森山未來)にほのかな恋心を抱くのだが・・・
第一作の時にも書いたが、私はこの作品の企画は原恵一監督の大傑作、「クレヨンしんちゃん 嵐をよぶモーレツ!大人帝国の逆襲」にインスパイアされて生まれたのではないかと思っている。
あの映画は、過去にこそ理想の世界があったと考える一団が、懐かしの昭和レトロを再現したテーマパークを作り、洗脳された春日部の大人たちとともに引き篭もってしまい、外の世界に取り残されたしんちゃんたちが、過去の幻影から未来を取り戻すべく奮闘する物語だった。
昭和という時代から、貧困や公害、治安の悪さなどのネガティブな部分を極力排除し、あくまでも美しくノスタルジックな思い出だけを抽出した理想郷を作るというアイディアは、言わば映像で観る昭和テーマパークという第一作のコンセプトに共通する。
実際、VFXで作り出された昭和33年の風景は、日本人の心の琴線に触れるとても魅力的な物だった。
だが、第一作は映像の見事さに比較して、明らかに物語が負けていたのも事実。
おまけに夕日町三丁目という舞台の縛りがある以上、世界観だけで映画を引っ張るには限界があるのは明らかである。
もちろん、そんな事は作り手も十分承知していたのだろうが、このシリーズは二作目、三作目と尻上がりに物語の完成度を高めてきた。
すっかり世界に馴染んだレギュラーの登場人物を使って、本作で山崎貴監督が描くのは「幸せってなんだろう?」というシンプルだがなかなかに深いテーマ。
今回は、鈴木オートに勤める六子の恋と、茶川家で育った淳之介の夢と現実という、物語を貫く二本のバックボーンを通して、それぞれの家族が本当の幸せを掴むために葛藤する姿が描かれる。
六子が恋する医師・菊池は、一見するとお洒落な遊び人だが、実は勤務先に睨まれながらも貧困層への無償医療のボランティアに取り組み、将来は故郷の寒村の診療所を継ごうとしている誠実な青年だ。
医師という肩書きはあっても、もし彼と結婚すれば、都会で裕福な生活をする道は閉ざされてしまう。
また血の繋がらない茶川に育てられた淳之介は、小説家になりたいと言う自分自身の夢と、彼に東大に進学して欲しいと言う茶川の願いとの狭間で悩む。
実質ヒロミのヒモの様な生活をしている茶川は、淳之介に自分の轍を踏ませたくないと言うのだが、それは淳之介にとっては憧れていた小説家としての茶川の自己否定に見える。
一体、人はどう生きれば幸せになれるのか。
山崎貴と古沢良太の脚本は、前作以上に練りこまれており、今まで描かれなかった茶川と父とのエピソードが、淳之介に対するある行動と繋がるなど、物語の伏線は丁寧に張り巡らされ、人間ドラマとしての仕上がりも上々。
それぞれの内面の葛藤が物語のテーマに収束する手際も良い。
本作の描く1964年は、高度成長期のど真中。
この国の社会が、生活が、そして何よりも人々の価値観が大きく変わった大変革期であり、東京オリンピックの開催や、東海道新幹線の開業があったこの年は、なるほど一つの時代を象徴するに相応しい。
日本人は、その日その日を必死に生きる戦後の貧さから解放され、将来を見据える余裕を持った事によって、物質的な豊かさと心の豊かさの分岐点に差し掛かったのである。
「幸せってなんでしょうなあ?」と問いかける、三浦友和演じる町医者の宅間先生の言葉がこの映画のキモだ。
みんなが上ばっかり見てる時代。
しかし幸せになるとは、お金持ちになるとか、出世するとか、そういう物質的な事だけなのだろうか。
山崎監督は、1964年の三丁目の人々を通して、この単純だが簡単ではない問いを現代の我々にも投げかける。
この時代があって、今がある。
真っ赤な夕日は48年前と変わらないとしても、他はどうか。
果たして日本人は、今まで本当に幸せになる道を選択してきたのだろうか。
見世物的昭和テーマパークだった第一作、ビジュアル中心から物語重視にシフトし、登場人物に血を通わせた第二作を経て、このシリーズは遂に現代から過去への一方的ノスタルジーを超えて、過去から現代へと通じるクリティカルな双方向性を獲得した。
山崎貴監督作品としても、ベストの出来栄えと言っても良いのではないだろうか。
噂によれば、第四作の舞台となるのは大阪万博のあった1970年だとか。
なるほど、1973年のオイルショックによって高度成長期が終わりを告げる直前にして、昭和レトロという括りからすると、ギリギリの時代であり、おそらくは最終作となるのだろう。
今まで劇中での経過時間と現実での経過時間を殆ど合わせてきたことからすると、制作されるのは5年後?
果たしてその時我々は、どの様な感慨を持って郷愁の昭和を眺める事になるのだろうか。
今回は、平成に蘇った昭和レトロの代表格、「ハイボール」をチョイス。
元々は昭和30年代に生まれたトリスバーの主力商品として、トリスウィスキーのハイボールが流行った事から日本で広まった。
私が酒を飲み始めた頃には、既にレトロなオヤジの飲み物だったが、本作にも出演している小雪のCMで、再び人気に火がつきリバイバルブーム。
冷蔵庫でキンキンに冷やしたウィスキーとソーダを1:3の割合で氷を入れたグラスに注ぐ。
泡立てず、マドラーでスッと一回だけ混ぜる。
お好みでレモンピールで香り付けすると、よりスッキリとした印象になる。

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