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2012年04月14日 (土) | 編集 |
サイレントの夢よ、永遠に・・・

「アーティスト」は、1920~30年代のハリウッドを舞台に、トーキーに対応できず、時代に忘れられてゆく主人公と、反対にその声を武器にスターダムを駆け上がってゆく若き女優の絆を描いた物語だ。
画面は今や殆ど作られなくなった白黒スタンダード、そして音声は基本音楽のみのサイレント・スタイルで、徹底的に当時の映画のムードを再現するために、撮影では(当時まだ存在しなかった)ズームレンズを一切使用しなかったという。
21世紀の映画人たちによって作られた、80年前のハリウッドに対する大いなるオマージュは、実にロマンチックでチャーミング。
まるで小さな宝石箱の様な、愛すべき作品となった。
※ラストに触れています。

1927年のハリウッド。
サイレント映画の大スター、ジョージ(ジャン・デュダルジャン)は、ある時才気溢れる女優志望の若い女性、ぺピー(ベレニス・ベジョ)と出会い、彼女の映画界入りを後押しする。
やがて、ハリウッドはトーキーの時代を向え、無声映画の芸術性に固執するジョージは、時代に忘れられて没落して行く。
妻は去り、住む家を追われ、絶望したジョージは、自ら命を絶とうとするまで追い詰められてしまう。
一方、トーキーの波に乗って、一躍トップスターになっていたぺピーは、自分を見出してくれたジョージの才能を信じ、どん底の彼を救おうとある行動に出るのだが・・・


映画は、19世紀の写真技術をベースに、別系統の技術であるアニメーション機械の原理を取り込みながら、複数の人々が徐々に完成させていった芸術である。
このため、映画の発明者は誰かという問題に関して、長年アメリカはキネトグラフ・キネトスコープを発明したエジソンだと主張し、フランスではスクリーンに初めて上映したリュミエール兄弟だと主張してきた。
近年では、アメリカでもハードの発明者はエジソンだが、それを映画という表現として完成させたのはリュミエール兄弟だと認められる様になっているが、いずれにしても映画の黎明期においてこの二つの国が果した役割は決定的だった。
それから一世紀以上が経過した今年、アメリカ最高の映画の祭典であるアカデミー賞では、二つの映画の故郷が全く異なったスタイルで、お互いの歴史に対してエールを交換する様な不思議な偶然が起こった。

マーティン・スコセッシが監督した「ヒューゴの不思議な発明」は1930年代のパリを舞台に、忘れられた“最初の映画監督”メリエスの再発見をファンタスティックに描いた、ハリウッド製フランス映画。
デジタル技術を全面に押し出し、立体映画として完成した「ヒューゴ」は、言わばスコセッシ流の映画の再発明であり、古の映画人たちに対するロマンチシズムと、彼らの持っていた冒険精神の継承を宣言した様な先鋭的な作品だった。

対してフランス人のミシェル・アザナヴィシウス監督は、21世紀の現代にあえてサイレント映画を再現するという奇策に出た。
こちらは、サイレントからトーキーへと、映画という芸術の手法が大きく変わった1920~30年代のハリウッドを舞台にした、フランス製ハリウッド映画である。
自身もシネフィルであるアザナヴィシウスは、300本以上のサイレント映画を観て表現を研究したらしいが、スタンダードサイズの画面の隅々まで拘って再現されたサイレント映画の世界は、本当に80年前に撮影されたと言われたら信じてしまいそうな位の見事な出来栄え。
アメリカの映画人たちが、スコセッシの意欲作ではなく、こちらをオスカーに選んだ気持ちも何となくわかる。
これは、ハリウッド映画をこよなく愛するフランス人から届いたラブレターの様な作品で、こんな狂おしいまでのハリウッドLOVEを、外国の映画人たちによって告白されたら、そりゃあ賞の一つもあげたくなるだろう。

サイレント映画、と言っても正確には無声映画なので音楽は存在するが、改めて劇場のスクリーンでこの種の映画を観ると、いかに現在の映画が音声の力に頼っているかが良くわかる。
登場人物の台詞には重要な部分には字幕が出るのだが、それ以外の部分は想像するしかなく、なんと言っているかの解釈は観客それぞれに任されており、イマジネーションを刺激されるのだ。
台詞がない分、映像で説明しなければならないインフォメーションをどう表現するかも工夫が凝らされており、それらがまた過去の名作へのオマージュたっぷりに表現されてゆくのだからたまらない。
ジョージに憧れるぺピーが、初めてエキストラの仕事を得た時、二人がお互いを誰だか認識しないままセットの壁越しにタップの応酬をする印象的なシーンは、ぺピーが才能豊な事と二人の間ある運命的な絆を感じさせ、尚且つ終盤への伏線にもなっている。
また映画会社の階段で二人が再会するシーンでは、トーキーの時代になって落ち目のジョージは階段をゆっくりと下り、反対に新たなスターになったぺピー文字通りに駆け上がるという様に、状況を映像が比喩的に描写してゆくのだ。
更に映像だけではなく、例えばトーキーの脅威に怯えるジョージの心情を表現するのに、夢のシーン限定で効果音を入れるあたりの音響演出もなかなか面白いアイディアだ。
台詞という映画にとって非常に重要な武器が制限される故に、それ以外の要素が言葉を持たねばならないのである。

ストーリー的には、ごくごくシンプルなメロドラマだ。
新しい時代の波に抵抗し、没落してゆくジョージの人生を軸に、スターダムを駆け上がる若きぺピーの人生を交錯させることで、彼らの運命が力強い葛藤を作り出すのだが、アザナヴィシウスは更に登場人物と映画史をリンクさせる事で、本作を映画の神話として物語ろうとする。
ジョージは滅び行くサイレント映画、ぺピーは勿論トーキーだ。
そして、古きよきハリウッドを愛するアザナヴィシウスは、没落したジョージをそのまま歴史の彼方に消し去るような事はしない。
映画史的に言えば、トーキーは勿論その前にサイレントがあってこそ生まれた物である。
新しい表現が生まれると、古きスタイルは忘れ去られてしまうものだが、実はその中にも応用する事によってまったく新しい表現に生まれ変わる要素が隠れている事がある。
トーキーの時代にあって、サイレントのスターが戦える要素、それは言葉によらない体全体を使った力強い表現だ。
ジョージとぺピー、すなわちサイレントとトーキーの再会から、一気にミュージカルの誕生に持ってゆく鮮やかなストーリーセンスには、思わず膝を打った。

ダグラス・フェアバンクスをイメージして造形されたという主人公、ジョージを演じたのは、本作でフランス人として初めて、アカデミー主演男優賞を受賞した ジャン・デュダルジャン
彼と運命的な出会いをするぺピーを、ベレニス・ベジョが演じる。
アザナヴィシウス監督婦人でもある彼女は、さすがに素晴らしく魅力的に撮られており、一気に人気者になるという劇中の設定も納得。
情感たっぷりの二人の演技は、本作の大きな見所の一つだ。
何でも監督は、言葉を封じられた俳優のエモーショナルな演技を引き出すために、セットで音楽を流し続けたと言うが、その目論見は成功したと言って良いだろう。
フランス人の二人の周りを、ジェームズ・クロムウェルジョン・グッドマンといったハリウッドのベテランが固める。
そして忘れてならないのは、ジョージの愛犬役として人間以上の大活躍を演じ、本作でカンヌ映画際のパルム・ドッグ賞を受賞したアギー
私は熱烈ネコ派なのだけど、正直本作を観るとイヌの魅力にノックアウトされそうになった。
動物プロダクションにはそれなりに芝居するネコもいるけど、さすがにこの演技は無理だ(笑

思うに、「アーティスト」はアイディア賞的な一本であって、今後多くの映画に影響を与える様な作品ではないだろう。
しかしそれは、本作が重要な作品では無いという事を意味しない。
この21世紀の素敵な無声映画は、ロマンチックな映画への愛と、過ぎ去った時代へのノスタルジー、胸躍るエンターテイメントに溢れている。
この作品を一発屋と捉える事は簡単だが、少なくともこの一発は映画が発明されて117年、トーキーになってから83年間、誰も打ち上げる事が出来なかった、奇跡の一発なのである。
因みに、現代にあえて白黒サイレント映画を作り、それを映画史に絡めるという構造自体は、実は林海象監督の日本映画「夢みるように眠りたい」が四半世紀前にやっている。
こちらは、未完に終わったサイレント映画のラストシーンを探す探偵の物語で、映画史へのスタンスの違いを含めて、本作と観比べてみてもなかなか面白いと思う。

こんな華やかな映画には、やはりスパークリング。
それもハリウッドのあるカリフォルニアではなく、あえて本作のオリジンたるフランスはシャンパーニュを選ぼう。
モエ・エ・シャンドンの「ロゼ・ブリュット・アンペリアル」をチョイス。
柔らかなピンクの液体に繊細な泡が立ち、力強くもまろやかな味わいは、正にこの映画にピッタリだ。
シャンパンに舌鼓を打ちながら、古の映画のロマンに浸りたい。

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