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この空の花 -長岡花火物語・・・・・評価額1800円
2012年06月13日 (水) | 編集 |
大林宣彦のシネマティック・ワンダーランド。

「この空の花 ー長岡花火物語」は、驚くべき映画である。
新潟県の地方都市、長岡で毎年夏に打ち上げられる花火に纏わる物語は、時間も空間も、生と死も、現実と虚構の壁も軽々と超え、一つの宇宙を形作る。
幕末の戊辰戦争、昭和の太平洋戦争、今世紀初頭の新潟県中越地震・・・ここに描かれるのは、何度も戦争と天災に翻弄されながら、その都度復活を遂げてきた小さな街の記憶と、過去から未来へと響く“声”の力であり、やがてそれは東日本大震災へと繋がってゆく。
これは現時点における大林映画の集大成で、冒頭の字幕によって示唆される様に、74歳の老匠からのおそろしくパワフルな遺言とも言える渾身の力作だ。
今、是が非でも観るべき映画を一本選ぶとするなら、本作だと私は思う。

2011年の夏、天草の地方紙の記者、遠藤玲子(松雪泰子)は長岡を訪れる。
ずっと昔に別れた元恋人の片山健一(高嶋政宏)から、突然届いた手紙に心惹かれたからだ。
山古志に住む高校教師の健一は、教え子の元木花(猪股南)が書いた「まだ戦争には間に合う」という芝居を長岡花火の夜に上演するので、見にきて欲しいと言うのだ。
観光用の花火大会ではなく、戦争や災害で亡くなった人の鎮魂祭として、8月1日の長岡空襲の夜に打ち上げられる花火。
長岡の新聞社に勤める井上和歌子(原田夏希)の案内で、街に残る戦争の痕跡を辿り始めた玲子の旅は、やがてこの土地の壮大なクロニクルを紡ぎ出す・・・


久しぶりに大林宣彦の凄みを感じ、鳥肌が立つ至高の映画体験をさせてもらった。
しかし、さすが元祖“映像の魔術師”ゆえに言葉にするのがとても難しい作品だ。
主人公の新聞記者、遠藤玲子は九州の島原に住む長崎原爆の被曝二世。
そんな彼女の元へ、18年前に別れた恋人の健一から手紙が届き、摩訶不思議な映像ワンダーランドを巡る旅が始まる。
それは長岡という小さな街が持つ遠大な記憶と、それを声として伝える人々との出会いの旅。
戊辰戦争による荒廃下、目先の金よりも未来を担う人材育成を、と説いた小林虎三郎の米百俵の故事から、太平洋戦争へ。
開戦当初の連合艦隊司令長官、山本五十六の出身地である長岡の戦争への縁は、長崎型原爆“ファットマン”の模擬弾の投下実験地だったという知られざる戦争秘話から、市街地の八割を焼き尽くし、多くの犠牲者を出した長岡空襲の記憶へ、そして鎮魂の想いは遥か海を超えてパールハーバーへと広がってゆく。
この土地で生き、死んでいった多くの人々を忘れず、復興、追悼、祈りのための花火が長岡花火なのである。
それ故に、この花火は普通の花火大会の様な土日ではなく、長岡空襲のあった8月1日夜10時30分から2日、3日と打ち上げられる。

松雪泰子演じる玲子は、言わば観客に代わって時空を超えた過去からの声を聞く役回り。
語り部となるのは、戦争を生き残り想いを今に伝える人々、そして映画のマジックによって再び声を与えられた死者達である。
この映画では幽霊が平然と生者と語らい、俳優とそのモデルが共に画面に登場し、登場人物がスクリーンの向こうから観客に直接語りかける。
教科書的な文法は一切無視、しかしこのあまりにも自由な映画の持つ圧倒的なエネルギー、スクリーンから放たれる熱の強烈さと言ったら!
狂気と破綻ギリギリの、作り手の迸る意欲が、そのまま夜空を彩る花火の様に、創作の燃料として爆発的に燃焼しているのである。
怒涛の如き情報量は、2時間40分という長尺をもってしても、とてもじゃないが完全に消化されていているとは言い難い。
しかし、この映画はそれで良いと思う。
玲子の様に、観た人がワンダーランドを巡る一人の旅人として何かを感じ、自分の一歩を踏み出す切っ掛け、未来へ目を向けて切実に考えるヒントとなるのがこの映画の役割なのだろう。

死者を弔う事は、同時に彼らからの声を聞く事である。
玲子を案内する和歌子は、戦争経験者の話を聞き取り「まだ戦争には間に合う」という記事を書き、玲子の元恋人である健一もまた同じタイトルの芝居を上演しようとしている。
戦争は手続き上は1945年8月15日に終わったかもしれないが、その惨禍を生き延び、大切な誰かを亡くした人々の中では、命尽きるまで終わることは無い。
そして今は「まだ戦争には間に合う」おそらく最後の時代なのである。
現代という時空は、突然そこに存在している訳ではない。
脈々と受け継がれた人々の歴史と記憶という長い長い川の過程として、我々が生きている“今”がある。
だから過去を生きた魂の声は、全て未来を形作る大切なピースだ。

しかし我々日本人は、その事をしばしば忘れてしまってはいまいか。
本作において、長岡が日本の縮図として描かれている事は明らかである。
この街には明治維新、そして太平洋戦争の起点と終点であるパールハーバーと原爆の記憶があり、更に東日本大震災より前に新潟県中越地震を経験した。
その全てで亡くなった魂への鎮魂と、未来への希望を象徴するのが、長岡花火なのである。
長岡には、過去からの声が今も息づいているが、日本全体として考えた時、我々はその声に耳を傾けてきただろうか?むしろ忘れる事によって今の平和を享受してはいまいか。
そのことの危うさを、我々は昨年来身をもって思い知らされている気がしてならない。
3.11後のこの国で、広島、長崎の教訓は活かされたのか?先人たちが必死で守ろうとした物は守られたのだろうか?
長岡の過去というワンダーランドを彷徨う旅の果に、本作が見据えているのが、ポスト3.11の日本の、そして世界の未来である事は間違いなかろう。

そして、この映画の本当の凄さ、圧倒的な映画力の証明は、逆説的だがそのテーマを映像にも言葉にも頼らずに感じさせてくれる事にある。
人間の持つ最も偉大な力は想像力
この映画のカメラは被災地に入らない、それどころか大林宣彦という一人の作家が作り上げた、脳内ワンダーランドから一歩も出ない。
そこは生者と死者が共に語らい、時間も空間も混ぜこぜになった小さな世界だ。
だが、この作り物の世界は、被災地で撮影されたどんなフィクション、ノンフィクションよりも、3.11の先、フクシマの先にある未来を感じさせ、考えさせるのである。
この映画にその答えはない。
だが、是非とも映画館で観て、人々と稀有な映画体験を共有して欲しい。
それは、より希望に満ちた未来を創造するための、大切な切っ掛けになるに違いないのである。

今回は、長岡の歴史を感じさせる地酒、創業460年の吉乃川のその名も「極上吉乃川 純米吟醸」をチョイス。
柔らかな吟醸香と純米酒らしいふくらみのある味わいは、端麗でバランスの良く、どんな料理にも合う。
夏の納涼花火を見ながら一杯飲むのにもピッタリだが、今年の夏は酔いつぶれる前に、過去からの声に耳を澄まして、未来を真剣に考えてみよう。
我々一人一人の時間は、決して無尽蔵ではないのだから。
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