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苦役列車・・・・・評価額1600円
2012年07月19日 (木) | 編集 |
生きる事は難しい。

日雇い労働で生きる若者の青春を描き、第144回芥川賞を受賞した西村賢太の私小説「苦役列車」を、「マイ・バック・ページ」の山下敦弘監督が映画化。
昭和末期を舞台に、金も友も失い、恋人もなく、もちろん未来への展望も持てず、終わりなき軌道をひた走る列車の様な人生を送る主人公を森山未來が好演。
高良健吾、前田敦子、マキタスポーツらが脇を固める。
公開前から監督と原作者のバトルが話題になっていたが、あくまでも小説は小説で、映画は映画。
独立した作品として観れば、これはなかなか味わい深い作品だ。

小5の時に父親が性犯罪で逮捕され、一家離散を経験した北町貫多(森山未來)は、中学を卒業して以来、安アパートに暮らし、日雇いで稼ぐ生活を続けている。
ある日、専門学校に通う日下部正二(高良健吾)と現場で親しくなった貫多は、彼に取り計らってもらい、以前から恋心を抱いていた古本屋のバイトの女子大生、桜井康子(前田敦子)と友達になる事に成功する。
しかし、人付き合いが下手な貫多は、正二や康子とも次第に溝を作ってしまい・・・


原作は未読だが、西村賢太氏と言えば、芥川賞を受賞した時の「そろそろ風俗に行こうかと思ってた・・・」というコメントのインパクトは強烈だった。
彼の私小説を原作とする本作の主人公も相当破天荒なキャラクターだ。
舞台となるのは、世がバブル時代に突入しようとする1986年だが、森山未來演じる主人公、貫多の人生は時代の熱気とはまるで無関係。
物語的にも特に何が起こる訳でもなく、一言で言えば貫多のクダグダな毎日と、見事なまでのダメ人間っぷりを鑑賞する映画である。
「モテキ」の今っぽさがウソの様に、見た目も心も昭和の肉体労働者になり切った森山未來の演技はそれだけで一見の価値がある。

貫多は、強烈なコンプレックスと性欲以外に何も持っていない青年だ。
何しろ小学生の時に父親が性犯罪者として逮捕され、ワイドショーで晒された事で一家は離散。
中学を卒業してからは、ずっと日雇い人足としてその日暮らしを続け、稼いだ金は風俗に注ぎ込み、月一万円の家賃すら滞納し、大家にはウソにウソを重ねて払わない。
唯一の楽しみは古本屋で買う本を読む事(と風俗通い)という毎日だ。
自分を性犯罪者から生まれた汚れた存在と言い、自慢できる事は生まれも育ちも東京の生粋の江戸っ子という事くらい。
くる日もくる日も同じ事の繰り返しをしているうちに、若干19歳にして人生は理不尽で自分はどこにも行けないと思い込んでいる。

もっとも、何も無いからと言って、何もしたくない訳ではない。
溢れんばかりの若い性欲は風俗で発散しても、恋人が欲しいと思っているし、本好きが高じていつか物書きになりたいという漠然とした夢は持っている。
ただ貫多の場合、現状がどん底過ぎる上に、周りにいるのもどう見ても人生の成功者とは言えない面々故に、自分の中のパッションをどこへどう向ければ良いのかがわからなくなってしまっているのである。

高良健吾演じる同世代の正二と仲良くなった事で、遠くから憧れているだけだった康子とも友達付き合いを始め、仕事も人足から倉庫番見習いに昇進し、ようやく人生とポジティブに向き合えそうになるものの、染み付いたコンプレックスと欲望はそうそう払拭出来るものでは無い。
正二とは無理やり金を借りたあたりから何となく様子がおかしくなり、更に正二に彼女が出来ると、だんだんと距離が出来始める。
ついには、酔っ払って正二の彼女を侮辱し、怒らせた事で疎遠になってしまう。
仕事でも倉庫番の同僚が事故を起こした事にビビって、人足に逆戻り。
少しづつ言葉を交わせるようになった康子とも、彼女に遠距離恋愛中の彼氏がいることが分かると、いきなり彼女の手を舐めるという奇行に出て思いっきり引かれる。
おまけに、貫多の頭の中では「友だちになる=やらせてもらえる」という不思議な方程式が成立しているらしく、自分を抑えられず彼女を雨の中に押し倒してあっさりと振られてしまう。
転落人生に悪い意味で慣れてしまった貫多は、うまく行きそうになると、自分から全てをぶち壊してしまうのだ。

康子というキャラクターは映画オリジナルのヒロインだそうだが、物語とのマッチングはなかなか良く、失礼ながら前田敦子はこういう田舎っぽい垢抜けないキャラクターにはピッタリはまるのである。
隣室の爺さんの下の世話をするある意味衝撃的シーンや、貫多に喰らわす強烈なヘッドバッドなど、昭和の世界に馴染んだ泥臭い演技は悪くない。
もうちょっと話に絡めても良い気はするが、あくまでも貫多視点の物語と思えば、彼女の比重はこの位でちょうど良いのかもしれない。

この話は、基本的には貫多が正二と康子と出会い、やがて貫多のダメっぷりが原因で別れてゆくだけの物語だが、ディテールは丁寧で彼らを取り巻く人々の造形がまた良いのだ。
サブカル系似非インテリを気取る正二の彼女なども、いかにも下北沢で小劇団がブームになった当時を感じさせ、貫多でなくても嫌味の一つも言いたくなるし、のぞき部屋でばったり出会う貫多の元カノとか、その情夫とかいちいちキャラクターに味がある。
特に、マキタスポーツ演じる高橋は、図らずも康子以上に貫多の人生の背中を押す事になる重要な存在だ。
彼は貫多が倉庫番から人足へと戻ってしまう切っ掛けになった元同僚のおっさんで、昔歌手にスカウトされたのが自慢。
怪我をして働けなくなった高橋の数年後と、それを見つめる貫多の姿には、キャッチコピー通りに「愛すべきろくでナシ」たちへの作り手の優しさが滲み出ていて、泣けた。
元が私小説である以上、康子以外はそれぞれのキャラクターにもモデルがいるのだろうが、こういった日常の物語は、人間観察とその表現が基本という事を改めて認識させられる。

思うに、この映画の観客で、貫多という男に対して好感を抱いたり、感情移入したりする人は決して多くないだろう。
むしろ、こんなメチャクチャな奴が身近にいたら友達になりたくないと思う人が殆どではないかと思う。
しかし、そんなダメダメな主人公の生き様から、目を離すことができないのも映画の面白さ。
「苦役列車」は社会の中で蠢く人間の葛藤こそが、ドラマツルギーの要である事をリアルに感じさせてくれる映画なのである。
実は、大ヒットしている「ヘルタースケルター」と本作は、興味深いことに鏡の裏表の様に対極な部分と似た部分を合わせ持つ。
あの映画を観た人には、是非ともこちらにも足を運んで食べ比べていただきたいものだ。

今回は1964年に生まれて以来、日本人の喉を潤し続ける史上初のカップ酒、「ワンカップ大関」をチョイス。
ぶっちゃけ安酒だし決して素晴らしい味わいとは言えないが、日本酒がどうしても飲みたくて、でも財布が軽い時には頼もしい庶民の味方。
夏の暑い夜など、冷やしたワンカップを缶詰めのつまみなどでチビチビやると、なぜか本来の味を超えて美味しかったりするのである。
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