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2012年08月04日 (土) | 編集 |
虚構の国の正義とは。
人生に絶望した中年男と妙にハイテンションな女子高生がコンビを組み、“生きるに値しないクズども”を殺戮しながらアメリカ大陸を横断するロードムービー。
監督・脚本は、コメディアンとしても知られるボブキャット・ゴールドスウェイトだが、ユーモラスではあるもののお笑い色は意外と薄く、タイトルからしてアメリカそのものを皮肉った毒気たっぷりの風刺劇と言った感じか。
現代版ボニー&クライドを気取るのは、ビル・マーレイの弟でもあるジョエル・マーレイとこれが劇場用映画初主演となるタラ・ライン・バー。
妻子に去られ一人暮らしの中年男、フランク(ジョエル・マーレイ)は、夜な夜な繰り返される隣人の騒音や、テレビに映し出される下品な番組に怒り、いっそこいつらを皆撃ち殺してやったらどんなに気分がいいだろうと妄想を募らせている。
そんなある日、フランクはセクハラの汚名を着せられて突然会社をクビになり、健康診断では脳腫瘍が見つかり、余命僅かと告げられる。
茫然自失のまま拳銃自殺を決意するフランクだが、偶然テレビのリアリティ番組で金持ちの家庭でワガママ放題に育った女子高生、クロエの姿を観て頭の中で何かが弾ける。
隣人の車を盗んだフランクは、クロエを探し当てると彼女を射殺し、再び自殺しようとする。
だが、事件の一部始終を見ていたロキシー(タラ・ライン・バー)という女子高生が押しかけ、「殺すべき人間はまだまだ沢山いる」と説得するのだが・・・
クソ真面目で人生どん詰まりの主人公が、ある日突然ブチ切れて大暴れするという物語は、ジョエル・シュマッカー監督、マイケル・ダグラス主演の「フォーリング・ダウン」を思わせる。
そこに、「キック・アス」的な美少女バイオレンスを組み合わせ、パロディ版の「俺たちに明日はない」に纏め上げたという印象だ。
余談だが、フランクが真っ先に殺すのが“クロエ”と言うのは偶然だろうか(笑
まあ、ありがちな話ではあるが、くたびれた中年男とエキセントリックな女子高生という対照的なキャラクターが面白く、飽きさせない。
主人公のフランクは、とにかく世の中全てが気に入らない人だ。
毎夜騒音の元となる隣人も、テレビで流れる下品なリアリティ番組も、政治ショーの超保守派の論客の言動も、知的障害者を笑い者にするオーディション番組も、そしてゴシップの話ばかりしている同僚たちも。
彼にとっては、何もかも間違っていて、それを受け入れる人々もおかしいと思えるのだ。
狂った世間の中で自分自身は正しく生きている、にも関わらず現実はなぜかフランクを追い詰める。
離婚した妻と暮らす娘は、「面白くないから」と面会日にもフランクと過ごしたくないとゴネる。
想いを寄せた女性にはセクハラを疑われ、長年務めた会社を解雇、極めつけは脳腫瘍での余命宣告だ。
正しい人生を歩んだはずの自分が、文字通りのデッドエンドに追い詰められているのに、テレビのリアリティ番組では大金持ちのワガママ娘が傍若無人な振る舞いをしている。
キャデラックを買ってくれと泣き喚く彼女と、自分の娘が重なった瞬間、フランクは切れる。
普段真面目な人ほど一度壊れ始めると止まらない物だが、彼の場合クロエを殺した後に更に狂気の燃料を投下するロキシーの登場によってますますアンストッパブルに。
人生をやり尽くした結果全てが気に入らないフランクと、人生を知らないが故に全てを壊したいロキシーという異色の相互補完カップルは、映画館の迷惑者、ティーパーティーのデモ隊、保守派の論客ら“殺すべき者たち”を次々と血祭りにあげてゆく。
しかしながら、「フォーリング・ダウン」のマイケル・ダグラスが、ロバート・デュバルに実は自分こそが悪人だと知らされるまで、自分は正義を行っていると信じて疑わなかった様に、フランクとロキシーも大いなる勘違いをしている事には気づかない。
フランクとロキシーが殺しているのは、実は殆どテレビで見かけただけの人々である。
リアリティ番組が本当にリアルかどうかは分からないし、高圧的な物言いの保守派論客だってテレビ用のキャラかもしれないのだ。
何しろパートナーのロキシーすら、フランクに決定的な嘘をついているし、その人間の本当の姿など誰にもわからない事に、彼らは思い至らないのである。
また単なるおっさんと小娘である主人公に、自らは正義の執行者と思い込ませてしまうのは、簡単に人を打ち負かせる“銃”という魔法のアイテムがあるからだ。
モーテルで二人が熱く語り合うアリス・クーパー論と、そのクーパーの「ハロー・フレイ」の流れる中で、フランクとロキシーがJFKとジャクリーンとなり、あのダラスの暑き日を再現する悪夢のシーンは、テレビと銃とロックで出来た劇場国家、アメリカの姿をシニカルに表現している。
そして虚構と現実の入り混じった世界を象徴する様に、クライマックスの舞台はハリウッドだ。
どこかで見たようなオーディション番組に乗り込んだフランクは、ある人物の発言によって、自分たちがぶっ殺してきた者たちが、実はアメリカという壮大な茶番劇の登場人物で、自らもその一部であることを知る。
フランクとロキシーの正義は、突き詰めれば自殺に等しいのである。
しかし、これが映画の中だけの話で終わらないのがアメリカの恐ろしい所で、特に映画館のシーンとクライマックスの劇場のシーンは、先日コロラド州の映画館で起こったあの痛ましい事件とモロに重なってしまって観ていてどうしても戸惑いが残る。
もちろん、事件は映画の責任ではないし、実際作った時点ではこんな事が現実になるなんて事は思ってもいなかっただろうけど、結果的に非常に残念な形で、本作が社会を鋭く突いていたことの証明になってしまった。
さて、今回はクセが強く、複雑な映画の後味をスッキリさせてもらうために、最もオーディナリーなアメリカンビール「バドワイザー」をチョイス。
苦味が少なく水のようにあっさり、いくらでも飲めるライトなテイストは、ビールとしてはやや物足りなく感じる事もあるが、茹だるような日本の夏を和らげるのにはピッタリだ。
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人生に絶望した中年男と妙にハイテンションな女子高生がコンビを組み、“生きるに値しないクズども”を殺戮しながらアメリカ大陸を横断するロードムービー。
監督・脚本は、コメディアンとしても知られるボブキャット・ゴールドスウェイトだが、ユーモラスではあるもののお笑い色は意外と薄く、タイトルからしてアメリカそのものを皮肉った毒気たっぷりの風刺劇と言った感じか。
現代版ボニー&クライドを気取るのは、ビル・マーレイの弟でもあるジョエル・マーレイとこれが劇場用映画初主演となるタラ・ライン・バー。
妻子に去られ一人暮らしの中年男、フランク(ジョエル・マーレイ)は、夜な夜な繰り返される隣人の騒音や、テレビに映し出される下品な番組に怒り、いっそこいつらを皆撃ち殺してやったらどんなに気分がいいだろうと妄想を募らせている。
そんなある日、フランクはセクハラの汚名を着せられて突然会社をクビになり、健康診断では脳腫瘍が見つかり、余命僅かと告げられる。
茫然自失のまま拳銃自殺を決意するフランクだが、偶然テレビのリアリティ番組で金持ちの家庭でワガママ放題に育った女子高生、クロエの姿を観て頭の中で何かが弾ける。
隣人の車を盗んだフランクは、クロエを探し当てると彼女を射殺し、再び自殺しようとする。
だが、事件の一部始終を見ていたロキシー(タラ・ライン・バー)という女子高生が押しかけ、「殺すべき人間はまだまだ沢山いる」と説得するのだが・・・
クソ真面目で人生どん詰まりの主人公が、ある日突然ブチ切れて大暴れするという物語は、ジョエル・シュマッカー監督、マイケル・ダグラス主演の「フォーリング・ダウン」を思わせる。
そこに、「キック・アス」的な美少女バイオレンスを組み合わせ、パロディ版の「俺たちに明日はない」に纏め上げたという印象だ。
余談だが、フランクが真っ先に殺すのが“クロエ”と言うのは偶然だろうか(笑
まあ、ありがちな話ではあるが、くたびれた中年男とエキセントリックな女子高生という対照的なキャラクターが面白く、飽きさせない。
主人公のフランクは、とにかく世の中全てが気に入らない人だ。
毎夜騒音の元となる隣人も、テレビで流れる下品なリアリティ番組も、政治ショーの超保守派の論客の言動も、知的障害者を笑い者にするオーディション番組も、そしてゴシップの話ばかりしている同僚たちも。
彼にとっては、何もかも間違っていて、それを受け入れる人々もおかしいと思えるのだ。
狂った世間の中で自分自身は正しく生きている、にも関わらず現実はなぜかフランクを追い詰める。
離婚した妻と暮らす娘は、「面白くないから」と面会日にもフランクと過ごしたくないとゴネる。
想いを寄せた女性にはセクハラを疑われ、長年務めた会社を解雇、極めつけは脳腫瘍での余命宣告だ。
正しい人生を歩んだはずの自分が、文字通りのデッドエンドに追い詰められているのに、テレビのリアリティ番組では大金持ちのワガママ娘が傍若無人な振る舞いをしている。
キャデラックを買ってくれと泣き喚く彼女と、自分の娘が重なった瞬間、フランクは切れる。
普段真面目な人ほど一度壊れ始めると止まらない物だが、彼の場合クロエを殺した後に更に狂気の燃料を投下するロキシーの登場によってますますアンストッパブルに。
人生をやり尽くした結果全てが気に入らないフランクと、人生を知らないが故に全てを壊したいロキシーという異色の相互補完カップルは、映画館の迷惑者、ティーパーティーのデモ隊、保守派の論客ら“殺すべき者たち”を次々と血祭りにあげてゆく。
しかしながら、「フォーリング・ダウン」のマイケル・ダグラスが、ロバート・デュバルに実は自分こそが悪人だと知らされるまで、自分は正義を行っていると信じて疑わなかった様に、フランクとロキシーも大いなる勘違いをしている事には気づかない。
フランクとロキシーが殺しているのは、実は殆どテレビで見かけただけの人々である。
リアリティ番組が本当にリアルかどうかは分からないし、高圧的な物言いの保守派論客だってテレビ用のキャラかもしれないのだ。
何しろパートナーのロキシーすら、フランクに決定的な嘘をついているし、その人間の本当の姿など誰にもわからない事に、彼らは思い至らないのである。
また単なるおっさんと小娘である主人公に、自らは正義の執行者と思い込ませてしまうのは、簡単に人を打ち負かせる“銃”という魔法のアイテムがあるからだ。
モーテルで二人が熱く語り合うアリス・クーパー論と、そのクーパーの「ハロー・フレイ」の流れる中で、フランクとロキシーがJFKとジャクリーンとなり、あのダラスの暑き日を再現する悪夢のシーンは、テレビと銃とロックで出来た劇場国家、アメリカの姿をシニカルに表現している。
そして虚構と現実の入り混じった世界を象徴する様に、クライマックスの舞台はハリウッドだ。
どこかで見たようなオーディション番組に乗り込んだフランクは、ある人物の発言によって、自分たちがぶっ殺してきた者たちが、実はアメリカという壮大な茶番劇の登場人物で、自らもその一部であることを知る。
フランクとロキシーの正義は、突き詰めれば自殺に等しいのである。
しかし、これが映画の中だけの話で終わらないのがアメリカの恐ろしい所で、特に映画館のシーンとクライマックスの劇場のシーンは、先日コロラド州の映画館で起こったあの痛ましい事件とモロに重なってしまって観ていてどうしても戸惑いが残る。
もちろん、事件は映画の責任ではないし、実際作った時点ではこんな事が現実になるなんて事は思ってもいなかっただろうけど、結果的に非常に残念な形で、本作が社会を鋭く突いていたことの証明になってしまった。
さて、今回はクセが強く、複雑な映画の後味をスッキリさせてもらうために、最もオーディナリーなアメリカンビール「バドワイザー」をチョイス。
苦味が少なく水のようにあっさり、いくらでも飲めるライトなテイストは、ビールとしてはやや物足りなく感じる事もあるが、茹だるような日本の夏を和らげるのにはピッタリだ。

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