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踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望・・・・・評価額1600円
2012年09月09日 (日) | 編集 |
青島さん、事件です!

1997年に最初の連続ドラマがスタートした人気シリーズ、15年目の最終章。
「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」と副題で銘打った本作では、警察内部の陰謀が絡んだ連続射殺事件を巡り、面子と保身を優先する組織トップに対し、織田裕二演じる青島ら、お馴染みの湾岸署の面々が現場力で対抗する。
全四作ある映画版の中では最も地味な展開なれど、君塚良一の脚本は良い意味でストレートに、シリーズ本来のテーマに原点回帰。
歴代の登場人物が結集し、大団円を演出しつつ、15年前の青島と室井の“約束”にも一応の結果が出される。

日々事件に追われる湾岸署では、青島(織田裕二)ら強行犯係も畑違いの雑務の応援に駆り出されている。
そんな時、過去の銃撃で受けた傷の後遺症に悩むすみれ(深津絵里)は、刑事を辞職し、誰にも告げずに現場を去る決意を固める。
だが、湾岸署管内で拳銃による射殺事件が発生し、凶器の拳銃が6年前の少女誘拐殺人事件に使われた物で、警察の証拠保管庫から何者かによって密かに持ち出されたという事が判明。
警察官が関わる事件を隠蔽するために、鳥飼管理官(小栗旬)が指揮する捜査一課が湾岸署に送り込まれて来る。
彼らは無関係の第三者を犯人にでっち上げて逮捕し、幕引きを図ろうとするが直後に第二の犯行が起こり、追い詰められた警察庁上層部は、内部の犯人を逮捕した上で、誤認逮捕の責任を青島と室井(柳葉敏郎)に押し付けようと画策。
しかし、今度は犯人グループによって湾岸署の真下署長(ユースケサンタマリア)の息子が誘拐され、彼らの狙いが6年前の事件の再現である事が明らかになるが・・・


冒頭、何故か青島とすみれさんが、レトロな商店街で唐揚げ屋をやってる!?
転職?それともパラレルワールド?と戸惑っていると、犯人逮捕の為の張り込みだった事が明らかになるのだが、エンドクレジットの写真で示唆される様に、同時にこれは青島の夢見る世界でもあると思う。
この意外性のあるオープニングは、寅さんの夢から始まる「男はつらいよ」シリーズへのリスペクトだろう。
永遠の旅人である寅さんと、永遠の現場刑事である青島。
元々「踊る大捜査線」というタイトルからして、ノーマン・ジュイソンの「夜の大捜査線」とエリック・シャレルの「会議は踊る」のパロディなのだけど、古今東西の様々な作品へのパロディとオマージュに満ちたシリーズにあっても、平成と昭和のアイコンが、スクリーンの中で一瞬クロスオーバーするかの様なこのオープニングにはグッと来た。

物語は意外にもシンプルだ。
このシリーズの映画版では、大作感を出すためか、プロットが無駄に重層的で、本筋以外のサブストーリーが多過ぎてとっ散らかった印象が強かった。
まあ情報量の多さが疾走感に繋がっていた側面もあるが、その分物語が拡散してしまっていたのも事実である。
今回は前作の「ヤツを解放せよ」とセットで構想されたという経緯もあって、登場人物などに共通点も多いが、物語そのものは独立しており、脚本の君塚良一はこのシリーズ本来のテーマである組織論と個人論に正面から迫ってゆく。

犯人グループの黒幕が小栗旬演じる鳥飼であることは、彼の登場シーンで既に暗示されているので、謎解きミステリーの要素は皆無。
責任の回避と自己保身こそを行動原理とする組織上層部に、嘗て絶望を与えられた鳥飼らは、6年前の少女誘拐殺人を再現し、正義と不正義の逆転を見せつける事で、警察組織の腐敗と矛盾を暴こうとする。
警察という一組織を超えて、明らかに3.11以降のこの国の支配層全体を意識した鳥飼の言葉は、残念ながら一定の説得力を持つのである。
しかし、敵とする組織のあり様を逆説的にトレースする彼らは、結果的に問題を提起する事は出来ても解決する事は出来ない。

一方で、一貫してこのシリーズのコアであり続けた青島と室井の葛藤が志向するものは、単純な個人vs組織という図式とは異なり、どんな状況でもブレない個の意思こそが、結果として組織をも生かすというウィンウィンの追求を最後まで貫く。
組織のトップに立つリーダーの資質とは何か、なぜ青島は室井に命令を出されて“嬉しい”と語るのか。
大杉漣演じる“隠蔽のプロ”が最後に意外な行動に出るのも、組織の大義を守る事は別にトップの面子を守る事と同義ではないのだから、当然といえば当然なのだ。
組織がリーダーを支え、逆にリーダーが組織を支えようとする力の原動力は、それぞれの組織本来の存在意義と、それを胸に刻み込んだ個人の信念だ。
青島の「正義なんてもんは、胸にしまっとく位が丁度いいんだ」という言葉は、数々の明言が生まれた、このシリーズ最後の名台詞。
例によって細部の展開は荒っぽく、雑と言えば雑で、バナナの閃きとか思わず突っ込みたくなる部分も多いが、物語の核心は青島の心の様にブレは無い。
今回唯一のサブストーリーは、辞表を提出したすみれさんと青島の関係で、これは良いスパイスになっていると思う。

エンドクレジットの作品史は、決して熱心なファンとは言えない私が観ても感慨深い。
10年一昔と言うが、15年という時の経過は作品にも歴史を与える。
ドラマが始まった1997年、今では本物の湾岸署まで出来てしまったお台場は、まだ閑散とした埋立地だった。
世界はまだ9.11も3.11も知らず、現政権与党の民主党は未だ存在せず、アップルコンピューターは倒産寸前の負け組企業で、ジャンプでは「ONE PIECE」の連載が始まり、年末にはキャメロン監督の「タイタニック」が史上空前の大ヒットを飛ばした、そんな年である。
「新たなる希望」という副題は、もちろん「スター・ウォーズ」の第一作にして第四部からとられた物だろう。
終わりでもあり、同時に始まりでもある「新たなる希望」には、クリストファー・ノーランの「ダークナイト ライジング」と同じ物語理論が見られる。
本作をもって「踊る大捜査線」というシリーズは幕を閉じるが、登場人物のその後を示唆する事によって、物語は観客の中で永遠に終わらない。
私たちが、ブルース・ウェインとセリーナ・カイルが世界のどこかで幸せに暮らしている姿を、あるいは寅さんが今も日本中を旅しながら切ない恋をしている姿を、容易に想像出来る様に。
まあ、何年かしたら大人の事情で復活しそうな気もしないではないが、その時はまたその時という事で(笑

何気にビールがテーマを際立たせるキーアイテムである本作の後には、青島たちも飲んだ(?)お台場の地ビール、「台場地麦酒」をチョイス。
ドイツ式の上面発酵で作られた正統派のビールで、マイルドな「ケルシュ」と豊潤な「アルト」の二種類が楽しめる。
お台場のデックス東京ビーチ内、SUNSET BEACH BREWING COMPANY他いくつかのレストランで飲む事が出来る。
大仕事の打ち上げで飲みたい一杯だ。
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