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レ・ミゼラブル・・・・・評価額1800円
2012年12月29日 (土) | 編集 |
誇り高き人々の唄。

ヴィクトル・ユーゴーの不朽の名作を原作に、1985年にロンドンで初演されて以来、全世界で6000万人を超える観客を動員した傑作ミュージカル、「レ・ミゼラブル」の完全映画化。
十九世紀前半のフランスを舞台に、理不尽な運命に人生を狂わされ、やがて無償の愛に生きて死ぬジャン・バルジャンの生涯が描かれる。
昨年、「英国王のスピーチ」でアカデミー賞の栄冠を手にしたトム・フーパー監督の元、ジャン・バルジャンにヒュー・ジャックマン、宿敵ジャベール警部にラッセル・クロウ、薄幸のファンティーヌにアン・ハサウェイ、そして彼女の愛娘コゼットにアマンダ・セイフライドと、ハリウッドを代表するオールスターキャストが揃った。
素晴らしい音楽とスペクタクルな映像、正しく一年の締め括りに相応しい、至高の喜びに浸れる2時間38分だ。

一切れのパンを盗んで19年間獄に繋がれたジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)は、仮釈放されるも元罪人の身分で職はなく、情けをかけて自分を招き入れてくれた教会で再び盗みを働いてしまう。
ところが、警官に捕まったバルジャンを見た司祭は、彼が持っていた物は自分が与えたものだと言い、更に高価な銀の蜀台をも手渡すのだった。
自らの愚かさを悔いたバルジャンは、仮釈放の決まりを破って姿を消す。
そして数年後、彼は実業家“マドレーヌ氏”として成功を収め、街の人々に慕われて市長にまでなっている。
しかし、自分を追い続けるジャベール警部(ラッセル・クロウ)が街に着任した事から、正体がばれるのではないかと怯え、工場のいざこざでファンティーヌ(アン・ハサウェイ)が不条理に職を追われた事に気づかない。
彼女の非業の死と共に、再び逃亡者となったバルジャンは、ファンティーヌの遺児コゼット(イザベル・アレン/アマンダ・セイフライド)を保護し、残りの人生を彼女のために生きる事を決意する。
だが、革命が胎動する時代の嵐は、やがてバルジャンとコゼットの運命をも巻き込んでゆく・・・


私は「レ・ミセラブル」の舞台が大好きで、斉藤由貴がコゼットをやった帝国劇場の日本版から始まって、NYのブロードウェイ版、米国ナショナルツアー版など通算5回は観た。
原作の「ああ無常」は中学生の頃に全巻を読破したが、さすがに膨大な文量を全部詰め込むのは不可能なので、元の舞台版からしてかなり取捨選択された良い意味でのダイジェストとなっている。
そして今回の映画版は、驚くほど舞台版に忠実であり、もしかしたら映画ミュージカルが苦手な人にはむしろ受け入れやすい作品かもしれない。
何しろこの世界では言語は歌であり、最初から最後まで歌いっぱなしだ。
物語の流れも、登場人物の感情も全て歌声で表現され、普通の台詞はごく短い単語やセンテンス以外はほとんど存在しない。
故に、今まで普通に喋っていた人が突然歌い出すという様な、ありがちな違和感を与える描写が無いのである。

映画のキャストの歌声は、舞台を知っていてもまったく違和感無く、聴き応え十分の素晴らしさだ。
ヒュー・ジャックマンとアン・ハサウェイは、2009年のアカデミー賞受賞式でデュエットを披露したのが記憶に新しいが、今回は二人とも圧巻の熱演(熱唱)を見せる。
何でも、本作では通常のミュージカルと異なり、セットで演技をしながら実際に生歌を収録したそうで、故に彼らの歌からは、スタジオ録音の単純な上手さよりも、その場のライブ感満点に真実の魂が感じられる。
ちなみに、アン・ハサウェイの母親ケイトは、最初の米国ナショナルツアーでファンティーヌ役だった舞台女優で、彼女は親子二代でこの役を演じた事になる。
だからだろうか、出番は少ないものの、気合入りまくりの演技は正に鬼気迫る物。
貧しさから豊かな髪を売るシーンでは実際に丸刈りにされたほどで、その後売春婦に身を落とした彼女が「夢やぶれて」を歌い上げる場面は、本作屈指の名シーンとなっている。
キャストの中では「ブルドッグの様な顔」が原作のイメージにぴったりだが、まったく歌うイメージの無かったラッセル・クロウも良かった。
歌唱力はそれほどでもないのだが、前記した様に本作でプライオリティが置かれているのは、技術的な上手さよりも精神性の表現であり、その意味でクロウのジャベールはオスカー俳優のさすがの貫禄を感じさせる。

トム・フーパー監督も、そんな俳優陣の心のこもった熱唱をじっくりとアップを中心で撮り、声だけでなく表情や身振り手振りからも、彼らの心の機微を繊細に描写する。
ミュージカルシーンの考え方は極めて舞台的でありながら、カメラの威力によって観客はまるで自分が舞台に上がり、間近に俳優たちと対面している様な感覚を味わえるのである。
当然、映像としての工夫も凝らされており、冒頭の荒れた海で波が容赦なく打ちつける中、巨大な帆船を引く囚人たちのスペクタクルな描写から、映画ならではの鮮やかな“幕”と“場”の転換、歌詞に合わせた様々な比喩表現と画的な見所は多く、決して舞台をイージーにスクリーンに移し変えただけではない。
演劇的カリカチュアと映画的リアルの狭間に、ギリギリのバランス感覚と遊び心をもって作り込まれた壮麗な美術、キャラクターたちを彩るユニークな衣装なども、舞台と違ってディテールまで楽しめるのだから贅沢だ。
空間の上下を生かしたカメラワークや、奥行きのある空間設計など、全体に画作りは非常に立体的で、もしかしたら当初は3D版の構想があったのかもしれない。
劇的な臨場感という意味では、実際に3Dでも良かったのではないかと思うし、もしも「タイタニック」の様に、後からクオリティの高い3D版が作られる事があれば、それはそれで面白そうだ。

もちろん、映像と音楽で語られる物語も、普遍性のある味わい深い物だ。
全編を貫く軸となっているのは、ジャン・バルジャンとジャベール警部の対立であり、追いつ追われつの彼らの人生に様々な人物が交錯する構造となっている。
だが、一見すると対照的な彼らにはキリストへの敬虔な帰依という共通点もあり、二人は同じ神を異なるスタンスで信仰しているのだ。
罪人として獄に繋がれ、知らなかったとは言え助けを求める者を見殺しにしてしまったジャン・バルジャンは、自らの罪深さを認め、良き人間として無垢なるコデットの庇護者となり、善なる行いをする事で信仰の証としようとする。
対するジャベールにとって、信仰とは即ち法だ。
法の執行こそが神から彼に授けられた役割であり、頑ななまでに法によって秩序を維持しようとするのは、それが神の御心へ応える事だからなのである。
例え盗んだのがパン一切れだとしても、罪人は罪人であり、支配しなければならないと考えていおり、それは超格差社会に苦しみ、子供の為にやむなく売春に走るファンテーヌや、革命によって社会を変革しようとする若者たちに対しても同じだ。
ジャベールから見れば、彼ら“Les Misérables (哀れな者ども)”は、等しく神聖なる法を尊重せず、故に忌むべき存在なのである。
もっとも、そんなカチカチの法治主義者が形成されたのは、壮絶な幼少期の記憶によるものであり、彼が本当に恐れているのは自らの内面に疼く“悪”なのかも知れない。
実際には、本編中に二回あるジャベールが縁を歩くシーンが比喩する様に、彼自身は“あちら側”に落ちない様に必死に自分を作り上げているのだ。

ところが、ジャン・バルジャンは彼の想像を超えた善人であった。
1832年6月5日の所謂“六月暴動”の日、自らの命を投げ打って、未来への希望を繋げようとする人々を目の当たりにしたジャベールは、僅かながら自らの中の正義が揺らぐのを感じるのだ。
そして彼がそれまで作り上げてきた世界は、遂にバルジャンとの直接対決でガラガラと崩れ落ちる。
何の見返りも要求せずに自分の命を助けたバルジャンを、ジャベールは逮捕する事が出来ない。
なぜならそれは、法的には正しくとも、人間として正しくない事だからだ。
強烈な自己矛盾に直面したジャベールは、もはや縁を踏み外すしかなく、それは即ち死を意味するのである。
かくして、キリスト者として正しく生きるとはどういう事かを、真実の愛によって自らの生涯をかけて体現したジャン・バルジャンの物語は、国境も、宗教の壁も、時代の距離すらも乗り越えて、全ての人々の心に深く響く。
それぞれの生を懸命に生き、役割を果たした“Les Misérables ”が集い、誇り高く歌い上げるラストは、そのまま我々の未来への賛歌でもあるのだ。

今回は、年の瀬の大団円らしくシャンパンを抜こう。
この映画の時代にはとっくに創業していたモエ・エ・シャンドンのラインナップから、アン・ハサウェイのイメージで「ロゼ・アンペリアル」をチョイス。
ピノ・ノワールに赤ワインをブレンドし、透明感のあるピンクは華やかな気分を誘う。
フルーティで、食前酒としてはもちろん、肉料理に合わせても相性は抜群だ。
大晦日のカウントダウンパーティなどにピッタリだろう。
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