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王になった男・・・・・評価額1650円
2013年02月20日 (水) | 編集 |
“真の王”の資質とは。

十七世紀、実在の朝鮮王朝第十五代国王・光海君の治世を舞台に、暴君の影武者となった道化師が、ひょんなことから15日間だけ本物の“王”となる歴史ドラマ。
史実にフィクションを巧みに織り込み、骨太のテーマをもつエンターテイメント大作として上々の出来栄えだ。
冷酷な王と人情味溢れる道化の二役を演じたイ・ビョンホンが素晴らしく、間違いなく彼の代表作として記憶されるだろう。
脚本は「オールド・ボーイ」で知られるファン・ジョユン、監督は「拝啓、愛しています」のチュ・チャンミン

道化師のハソン(イ・ビョンホン)は、ある日突然捕縛され、国王・光海君の側近であるホ・ギュン(リュ・スンヨン)の前に引き出される。
彼は、暗殺の危険にさらされている王と瓜二つであるハソンを、影武者として雇うというのだ。
渋々ながら引き受けたハソンだったが、実際に暗殺未遂が起こり、王が昏睡状態に陥ってしまう。
一計を案じたホ・スギョンは、王が回復するまでの間政敵を欺くために、ハソンを王とすり替えて代役に立てる事にする。
最初は言われた通りに王を演じていたハソンだったが、硬直した国の制度に苦しめられる民のために、次第に本物の王として振る舞い、改革に乗り出してゆく・・・


権力者の偽者が主人公の話は数多い。
日本人ならすぐに思い浮かぶのが黒澤明の「影武者」だろうし、最近ではサダム・フセインの息子、ウダイの影武者を描いた「デビルズ・ダブル-ある影武者の物語-」が記憶に新しい。
また本人の意向に関わらず、偽者が何時しか本物になってゆく物語は、「チャンス」や「サボテン・ブラザーズ」、「ギャラクシー・クエスト」などハリウッド映画の王道の一つだ。
それらの中でも、本作にとくに影響を与えていそうなのは、大統領の替え玉として雇われた瓜二つの男が、思いがけず本物へと祭り上げられるアイヴァン・ライトマン監督の「デーヴ」だろう。
主人公が雇われる経緯や、政敵との関係、本物が仮面夫婦である事、周囲の人々が次第に偽者の人間性に惚れ込んでゆくプロセスなど、プロットの前半部分は半分リメイクと言って良いほど良く似ている。

もちろん、現代アメリカのライトなコメディに比べて、400年前を舞台とした宮廷劇はずっとシリアスで後半の展開も異なるが、伝統的なハリウッド映画のスタイルを換骨奪胎して蘇らせた作品と言ってもあながち間違いではないと思う。
実際本作は、ある意味ハリウッド映画よりもハリウッド的な、娯楽映画のフルコースとなっているのだ。
歴史書「朝鮮王朝実録」に記された「隠すべき事は、残すべからず」という謎めいた一文から構想された物語には、権謀術数渦巻く宮廷劇のサスペンスがあり、真実の愛を巡る切ないラブストーリーがあり、信念に生きる男同士の友情があり、そして民草の為に真の王とはどうあるべきかという重厚なリーダー論がある。
これほどの多彩な内容を、多少のダイジェスト感はあれど、131分という常識的な上映時間の中で、破綻なく描き切っているのだから大したものだ。

物語の絶対的な要にいるのが、イ・ビョンホンが圧倒的な存在感で演じる影武者のハソンである。
当初いやいやながらも金に目がくらんで影武者を引き受けたハソンが、王宮で暮らすうちに政治の矛盾に気づき、次第に本来の役割から逸脱して本物のリーダーへと変貌してゆく様が作品全体の軸となり、全ての人間関係、全ての事件の起点となるのだ。
ハソンを取り巻く人々のうち、物語上特に重要なのは二人。
一人目は王の側近にして、王命を家臣へと伝達する都承旨の職にあるホ・ギュン
そしてもう一人は、王と愛し合って結ばれながらも、何時しか冷え切った関係になってしまった王妃だ。
ホ・ギュンは、改革の志を持ちつつも、政権基盤の弱い王を守り、政敵との暗闘の日々を生きるうちに、人間的な感情を押し殺し、目的のために手段を選ばぬ政治の流儀に慣れてしまっている。
ところが王としての役割に目覚めたハソンの、何よりもこの国を良くしたい、人々を守り、幸せになってほしいという余りにも実直な正論を前に、為政者の存在意義の根源を改めて思い起こされる事になるのだ。
一方、光海君の愛が失われると共に、笑顔をも封印してしまった王妃は、偽者のハソンに嘗ての朗らかで熱い心を持っていた若き王の面影を感じる。
映画は、ハソンを中心にホ・ギュンと王妃との葛藤を物語の両輪に配し、更に毒見役の薄幸の女官サウォルの悲劇、忠義者であるゆえに王を偽物と疑う衛士のト部将とのエピソード、そして宦官のチョ内官とのユーモラスなやりとりを同心円状に配し、ハソンの人間性によって王宮という閉鎖社会が変わってゆくプロセスを綿密に描写するのである。

私が本作で一番感銘を受けたのは、クライマックスで意識を回復した光海君が、空白の15日間にハソンが行った改革の記録を読むシーンだ。
土地面積に応じて地主に課税する大同法、明国への義理を立てながらも、メンツを捨てて戦争を回避する外交など、それまで抵抗勢力によって阻まれていた政策が並ぶ。
それを可能にした力は、以前は自分の中にも燃えさかっていたはずの、国と民を思う強い情熱と信念であった事を、光海君は一瞬で読み取ったのだろう。
「王座に座った卑しい者を殺してしまえ」と命ずる光海君の目には、明らかに自分が出来なかった事を、偽者によって成し遂げられてしまった衝撃と敗北感が浮かんでいる。

ハソンに嘗ての自分自身を感じたからこそ、王は彼が生きている事を許すことが出来ないのである。
果たして物語を史実で落とすのか、フィクションで落とすのか、観客はハソンの運命の行方に固唾を呑んでスクリーンに釘付けになるが、制作者たちが用意したラストは実に映画的で鮮やかだ。

「王になった男」は、普遍的なヒューマニズムに裏打ちされ、芯の通ったテーマ性を持つ優れた娯楽映画である。
ハリウッド映画的な人情ドラマと、アジア的無常観は物語の中で無理なく結びつき、ラストには深い余韻が心に長く響く。
本作が韓国で公開された2012年9月は、正に次なるリーダーが問われる大統領選挙を目前に控えた時期で、思うにこのタイミングで本作が作られたのは、一定の政治的メッセージを国民へと届けるためだったはずだ。
その目的が達せられたのかどうかはわからないが、昨年は韓国だけでなくアメリカや中国、もちろん日本でも選挙や世代交代のあった政治の年だった。
果たしてそれぞれの国の新リーダーは光海君なのだろうか、それともハソンなのだろうか、未来への一票を投じた一人として考えざるを得なかった。
これは映画館で見るべき秀作であり、特に政治家の皆さんには是非鑑賞して、我が身を振り返っていただきたいものである。

今回は、韓国へ行ったらやはり飲みたくなるジンロの「マッコリ」をチョイス。
元々伝統酒を作るときの沈殿物に水を添加した残り物の酒だったそうで、古くから庶民の楽しみとして飲まれていた物がルーツ。
今のマッコリはずっと洗練された味わいだが、圧倒的なコストパフォーマンスは変わらない魅力だ。
この映画を観て飲めば古の人々の暮らしに思いを馳せる事が出来るだろう。
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