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ジャンゴ 繋がれざる者・・・・・評価額1700円
2013年03月09日 (土) | 編集 |
カッコイイとは、こういう事さ。

映画監督にしてエンスージアスティックな映画マニア、クエンティン・タランティーノが今回俎上に載せるのは、彼自身が一番好きだという西部劇だ。
しかも 換骨奪胎するのはハリウッド保守本流ではなく、イタリア製の所謂マカロニ・ウェスタンである。
なるほど、一般に白人のジャンルの印象が強い西部劇にも関わらず、本作のヒーローはジェイミー・フォックス演じる解放奴隷のジャンゴで、パートナーとなるのは外国人賞金稼ぎのシュルツ。
伝統的な西部劇の世界観ではアウトサイダーである彼らが、超白人至上主義者の農園主と対決するのだから、これは西部劇に対する大いなるオマージュであるのと同時にアンチテーゼでもある。
※ラストに触れています。

南北戦争勃発の二年前。
歯科医から賞金稼ぎへと転進したドイツ人のシュルツ(クリストフ・ヴァルツ)は、賞金首の顔を知る奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を奴隷商人から強引に買い取る。
ジャンゴが生き別れになった妻のブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)を捜している事を知ったシュルツは、彼をパートナーとすると、次々にお尋ね者を殺して賞金を荒稼ぎ。
遂に、ブルームヒルダを買ったのが、南部の大農園主ムッシュ・キャンディ(レオナルド・デカプリオ)である事を突き止める。
だがキャンディは、鍛え上げた奴隷同士を死ぬまで戦わせて楽しむ様な極悪人で、そう簡単にブルームヒルダを買い戻せるとは思えない。
シュルツは、キャンディをペテンにかける計画を立て、 ジャンゴを黒人の奴隷商人に仕立て上げると、農場へ乗り込むことに成功する。
だが、キャンディの部下のスティーブン(サミュエル・L・ジャクソン)が、ジャンゴとブルームヒルダが顔見知りだと気づき・・・・


タランティーノの最大の特質は、娯楽映画としての巧みな脚本構成と、わかりやすいマニアックさにあると思う。
今回も、冒頭がいきなりセルジオ・コルブッチ監督のマカロニの名作、「続 荒野の用心棒」のほとんどフルコピー。
タイトルロールの“ジャンゴ”自体がこの映画でフランコ・ネロが演じたキャラクターと同名であり、オリジナルでは彼がマシンガンの入った棺桶を引きずって登場するが、今回引きずられているのは奴隷であるジャンゴ自身という訳だ。
更に劇中には、ご丁寧にネロとフォックスの新旧ジャンゴが顔を合わせるシーンまである。
他にも「殺しが静かにやって来る」「マンディンゴ」「黒いジャガー」など、一見しただけでもわかる引用作品は数多い。

もちろん、タランティーノは単に古い映画の再現をやって喜んでいる訳ではない。
本作の物語のベースになっているのは、今なお人種間対立に影を落とし、アメリカ人が一番触れられたくない黒歴史、奴隷制度の悲劇であり、人道主義を標榜する現代から、米国史が抱え込む矛盾への痛烈な自己批判である。
勝手に歴史を改変してまで、ナチズムをコテンパンにした「イングロリアス・バスターズ」に続いて、タランティーノは嘗て白人が演じたジャンゴというアイコンを、あえて黒人に置き換えることで、実に痛快に奴隷制度を粉砕してみせる。
ハリウッド映画ではなく、タランティーノの民族的ルーツでもあるイタリア人が、西部開拓史を戯画的に描いたマカロニをベースにしたのも、生々しすぎるモチーフだからなのかもしれない。
映画作家としてのタランティーノのやりたい事は、決して実録物の様なリアリズムではなく、あくまでも虚構としての映画力、シネマティック・イリュージョンによってテーマを表現する事なのだと思う。

実際、長い歴史を持つハリウッドでも、物語のバックグラウンドやサイドストーリーではなく、正面から奴隷制度を描いた作品は少ない。
本作にも強い影響を与えていそうなリチャード・フライシャー監督の「マンディンゴ」や、日本でも大きな話題になったテレビドラマの「ルーツ」、それにスピルバーグの「アミスタッド」あたりが思い浮かぶ位だろうか。
アメリカの奴隷制度の暗部を赤裸々に描いた初めての作品は、私の知る限りではハンガリーのゲザ・フォン・ラトヴァニ監督が1965年に発表した「アンクル・トム」だ。
原作はもちろん、1852年に出版されたハリエット・ビーチャー・ストウの米国古典文学「アンクル・トムの小屋」で、当時のアメリカで大論争を巻き起こし、南北戦争の遠因になったとも言われている小説だが、この映画は西ドイツ・フランスなどヨーロッパ資本の合作によって製作された。
またマカロニ・ウェスタンを生み出したイタリア映画界では、1971年にモンド映画の巨匠グァルティエロ・ヤコペッティがドキュメントタッチの異色作「残酷大陸」を発表。
奴隷制度を描く劇映画に関しては、アメリカよりもタブーから自由なヨーロッパが先んじていたのである。

本作においても、ドイツ人であるシュルツは、人間を家畜の様に扱う奴隷制度に、何の疑問も抱かないアメリカ人の野蛮さに辟易している。
そして彼が自由にしたジャンゴと、その妻ブルームヒルダの物語に、母国ドイツの英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」重ね合わせるのだ。
本来の叙事詩の主人公、英雄ジークフリートは、唯一の弱点である背中を貫かれて息絶えるが、シュルツはドイツ人の誇りにかけてアメリカの荒野で物語の結末を書き換えようとするのである。
面白いのは、この役を演じているクリストフ・ヴァルツが、「イングロリアス・バスターズ」では、邪悪なナチス将校を演じていた事で、今度は真逆の立場で卑劣漢のアメリカ人たちをぶっ殺すのだから、やはりタランティーノのセンスはユニークだ。

またこのキャラクターは、ムッシュ・キャンディに体現される傲慢なアメリカの白人たちに対する、ジャンゴの復讐心のストッパーの役割をも果たしている。
冒頭の奴隷商人たちから、ドン・ジョンソン演じるKKKの元祖(?)に、デカプリオが怪演するムッシュ・キャンディとその一党にいたるまで、本作に登場する“白いアメリカ人”たちは、とにかく奴隷サイドから見た血も涙も無い極悪人として描写されており、それ故に物語の終盤でシュルツが退場すると、もはや誰もジャンゴを止められる者はいなくなる。
無敵のジークフリート、いやジャンゴは、自らを虐げた白人たちに徹底的な破壊と殺戮を齎すダークヒーローと化すのである。
もちろん、タランティーノ自身はアメリカの負の歴史を描きながらも、自分が加害者サイドの白人である事も十分認識しており、だからこそ自らスクリーンでジャンゴと対決し、ある意味劇中で最も壮絶な最期を遂げて見せたのだろう。

娯楽映画として本作のバランス感覚が非常に優れている点は、単純な“悪の白人vs正義の黒人”という構図に陥らせないように、物語の軸にシュルツというジャンゴにとってもリスペクトの対象となる白人を配置し、同時に最終的なボスキャラのポジションを、黒人でありながら黒人を支配するスティーブンに設定したことだろう。
これによってジャンゴの殺戮は、肌の色によるものでなく、あくまでも非人道的な悪を対象とした行為である事が強調され、観客は彼の拳銃が火を噴くたびに悪漢たちが倒される事に、心おきなく映画的カタルシスを感じる事ができるのだ。
もっとも、いくら痛快とは言ってもそれが暴力の連鎖に変わりはないことも、本作は時代設定によって示唆する事を忘れない。
大爆発するムッシュ・キャンディの屋敷と共に、ジャンゴの“戦争”は終わったかもしれない。
しかし、彼らのすぐ先にある未来、それは決して平穏な時代ではなく、同じ国の国民同士が殺し合い、60万人以上の犠牲を出した“南北戦争”という史実であり、その後の長い長い人種間対立の歴史なのである。

今回は1888年創業の、代表的なケンタッキーバーボン「フォア・ローゼス・プラチナ」を。
ラベルに描かれた薔薇は、一説によるとこの酒の生みの親ポール・ジョーンズがプロポーズした相手が、結婚OKであれば四輪の薔薇をつけて舞踏会に来ると約束した事に由来するという。
テイストは適度なコクがあり、クリーミーでまろやかで比較的飲みやすい。
現在では日本のキリンビールのグループ会社になっている事もあって、日本でも一番手に入りやすいバーボンである。
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