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偽りなき者・・・・・評価額1650円
2013年03月22日 (金) | 編集 |
無垢なる者は、存在しない。

幼稚園教師として平凡な人生を送っていた男が、親友の幼い娘の小さなウソによって破滅へと追い込まれてゆく。
「光のほうへ」で知られるデンマークのトマス・ヴィンターベア監督による、とても恐ろしく、スリリングな不条理劇だ。
人々が善意である事を前提とするコミュニティにおいて、反社会的人物のレッテルを貼られる事が何を意味するのか。
原題の「Jagten」とは、デンマーク語で“略奪者”を意味する。
タイトル通り、全てを奪われて、絶望のどん底へと突き落とされるマッツ・ミケルセンの名演技が光る。

小学校教師だったルーカス(マッツ・ミケルセン)は、学校の閉鎖に伴って今では幼稚園に勤務している。
別れた妻の元にいる息子のマルクス(ラセ・フォーゲルストラム)と再び暮らすメドもつき、気のおけない友人たちと狩に興じたり、幼稚園の同僚とのロマンスを楽しんだり、平和な日常を享受する日々。
ところが、親友のテオ(トマス・ボー・ラーセン)の娘のクララ(アニタ・ヴィタコプ)が、幼稚園でルーカスに性的虐待をされたと言い出し、まともに話も聞いてもらえないまま仕事を首になってしまう。
小さな街に噂は直ぐに広まり、ルーカスに対する人々の非難や嫌がらせは次第にエスカレートしてゆく・・・


幼い子供は純真無垢な存在なので、決してウソをつかない。
ルーカスを“変態”と蔑み、村八分にする映画の登場人物たちは、こんな考えを頑なに信じている様にみえる。
だけど自分の子供時代を振り返ってみれば、それは幻想に過ぎない事がすぐにわかるだろう。
私もクララ位の頃に、幼稚園をサボりたくてお腹が痛いと言ったり、おもらしを人のせいにしたり、小さなウソはしょっちゅうついていた記憶がある。
子供は決して大人と別種の生物ではない。
小さくても人間であり、男であり、女なのである。

なぜクララは、無実のルーカスを陥れるウソを言ったのか。
彼女は大好きなルーカスに、初恋とまではいかなくても、好意的な感情を抱いている。
ところが精一杯のプレゼントやキスを、やんわりと拒絶された事に腹を立て、細やかな復讐としてウソをつく。
彼女にしてみれば、ルーカスをちょっとだけ困らせてやろうと思っただけ。
もちろん性犯罪なんて概念すら知らないから、自分の一言が大人たちにどれほどの衝撃を齎すかなど全くの想定外だ。

だが、彼女の言う事に何の疑いも持たない大人たちは、一方的にルーカスの断罪に走る。
なんだか、自分の言ったが大騒ぎになっている、と気づいたクララが「アレは無かった事なの」と言っても、時既に遅し。
大人たちは、彼女の心がトラウマとなった恐怖の記憶を忘れようとしていると思い込んで、よけいにルーカスへの怒りを募らせという逆効果。
あげくに、他にも被害者がいるのではと追加調査が行われると、なぜか他の子供たちからもルーカスにイタズラされたという証言が出てきてしまう。

子供たちはなぜ皆ウソをつくのか。
映画に登場する大人たちは、子供たちを傷つけずに性犯罪の証言を引き出そうと、結果的に自分たちも意識しないままに誘導尋問をしている。
すると、子供たちは経験していない事まで、事実の様に語りはじめてしまうのである。
人間の記憶なんていい加減なもので、子供に限らず大人でも、会話しているうちに現実の記憶と虚構の記憶がごちゃ混ぜになるケースは珍しくない。
実際にアメリカでは、ある女性の催眠治療によって引き出された偽の記憶によって、無実の父親が幼い頃の彼女を性的に虐待したと訴追された例がある。
もちろん、だからと言って子供たちの言っている事を最初から疑ってかかると、今度は本物の性犯罪を見逃す危険があるのは言うまでもない。
だからこそ、記憶にのみ頼った事件の信憑性に関しては慎重さが必要なのだが、この映画の大人たちはそうではなかった。

一方で、蚊帳の外に置かれたルーカスは、自分に何が起こっているのかも把握できないまま性犯罪の被疑者となり、仕事も友も恋人も、それまでの人生で作り上げてきたコミュニティでの存在基盤を全て失ってしまう。
理不尽な冤罪の恐怖は、ケースは違えど日本でも例えば痴漢冤罪などで、誰にでも起こりうる悲劇だ。
ルーカスは一度逮捕されるも、追加調査で得られた子供たちの証言に信憑性がない事がわかり、すぐに釈放される。
しかし、真相が曖昧なままとなった事で、彼への疑いと嫌悪はますますヒートアップ。
遂には食料品店で販売拒否され、飼い犬を何者かに殺害されるという最悪の事態に至ってしまう。
誰もが知り合いの小さな街に、もはや“変態”の烙印を押された彼の居場所は無いように見えるが、結果的にルーカスを救うのもミニマムで密接なコミュニティの力なのである。

同じ街で生まれ育った故に、皆お互いを知り尽くしている。
クララの父親であるテオもまた、ルーカスの性格やウソをつく時の癖まで全てを知っているのだ。
事件以来、まともに向き合ってこなかったルーカスが、始めて面と向かってテオに感情を爆発させた時、遂に彼はルーカスの中にある真実に気付き、我が娘の言葉に疑いを向けるのである。
事件によって人生が壊れるのと同じく、小さなコミュニティ故に真相がわかった時の修復も早い。
人々は昔と同じように仲間の輪にルーカスを迎え入れ、表向きは全て元通りになったかのように見える。
ただ一人、ルーカス本人の心を除いて。
本作の英題「The Hunt」は、この国の伝統でもあり、街の男たちによって文化として代々受け継がれて来た“狩猟”の事だ。
ルーカスも嘗て仲間のたちと鹿を撃ち、今は成長したマルクスもその列に加わろうとしている。
しかし、一連の事件を通して、人々から“狩られた”ルーカスは、人間の心の闇を知ってしまったのだ。
狩の獲物となるのは、いつも真に無垢なる動物だけとは限らないのである。

今回は、天使の様なクララのイメージで「エンジェル・フェイス」をチョイス。
ドライジン30ml、カルバドス15ml、アプリコットブランデー15mlをシェイクしてグラスに注ぐ。
リンゴと杏のブランデーを、ドライジンの清涼さがスッキリとまとめ上げる。
ほんのりと甘口で優しい味わいの飲みやすいカクテルだが、幼女のウソの威力と同様、イメージとは違って結構強いのだ。
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