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リンカーン・・・・・評価額1800円
2013年04月22日 (月) | 編集 |
真のリーダーに、求められるもの。

所謂伝記映画とは少し違う。
アメリカの歴史上、最も敬愛され、そして最初に暗殺された大統領となったエイブラハム・リンカーンは、南北戦争末期に戦争の終結と奴隷制度を永久に葬る合衆国憲法修正十三条の成立という、相反する二つの政策を同時に成し遂げなければならなくなる。
これはリンカーンの人生全てを描くのではなく、政治家としての集大成となった暗殺前の最期の三ヶ月間の、苦悩と葛藤を描くポリティカルドラマだ。
ダニエル・デイ=ルイスが、例によって神演技で蘇らせたリンカーンを、名手ヤヌス・カミンスキーがフィルムへと刻み込み、巨匠スティーブン・スピルバーグが魂の名演出でスクリーンに結実させる。
正しく、現代アメリカ映画界最高のスタッフ・キャストによる至高の逸品。
今の世に響くテーマを考えても、アカデミー作品賞は本作に贈られるべきだった。

1865年1月。
南北戦争は終結に向かっていたが、リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は奴隷制を法的に禁じる合衆国憲法修正十三条の下院での可決を急いでいた。
もしも法案成立前に戦争が終われば、議会内の奴隷制度維持派が勢いづき、奴隷解放宣言が骨抜きになりかねない。
修正十三条の成立に政治生命をかけるリンカーンは、与党共和党内部の権力闘争に挑みつつ、野党民主党の切り崩しにも取り掛かるが、票読みは芳しくない。
一方、リンカーンの長男ロバート(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が陸軍入隊を志願した事で、妻のメアリー(サリー・フィールド)は取り乱し、リンカーンは内と外で追い詰められてゆく・・・


本作で描かれるのは、民主主義という制度の尊さ、厳しさ、そして清濁合わせ飲む覚悟を持った、リーダーの資質だ。
独裁や全体主義であれば、リーダーはそれぞれの理念に基づいて“理想”や“正義”に向かうのは簡単な事だ。
邪魔する者が現れれば、ただ無情に排除すれば良いのだから。
ヒトラーやスターリン、毛沢東ら歴史に名を残す独裁者はそうやって自分の理想を追求し、結果として一部の人間は幸福になったかも知れないが、同時に数千万人が犠牲となった。
人々の運命はリーダーの抱く理想に嵌れば天国、外れれば地獄なのは歴史が証明している。

一方、民主主義社会ではそうはいかない。
リーダーは多様な意見を聞き、反対派を懐柔し、自分の理想とする政策と反対意見とのバランスをとって実行する事が求められる。
本作のリンカーンは、子供の頃に読んだ伝記で描かれている様な聖人君子ではない。
奴隷解放を確実にする、合衆国憲法修正十三条という最大の政策目標を達成するためには、政敵と裏取引し、ロビイストを利用し利権をちらつかせて票を買う事すら厭わない。
150年前のワシントンを舞台にした物語は、現在の政治の世界とあまりにも似通って見えるだろう。

だが、それは当たり前だ。人間など何時の時代もそれほど大きく変わるものではない。
人々は変化を恐れるし、一度手に入れた利権はそう簡単には手放さない。
権力が分散する民主主義社会で、リーダーに託された権限は、独裁者たちよりもはるかに小さく、任期のある一人のリーダーが在任中に成し遂げられる事は僅かだ。
例えば、リンカーン政権は、奴隷解放を成し遂げた一方、アメリカ先住民族に対しては冷酷であったという批判的な意見もある。
しかし、この時代には奴隷たちは少なくとも合衆国の民であったが、先住民たちは必ずしもそうとは見なされていない。
西部では未だ入植者と軍、抵抗する先住民の果てしない抗争が続いており、事実リンカーンの祖父も彼らとの争いで殺害されているのだ。
16世紀以来の400年戦争が、実質的に先住民族側の敗北に帰結するのは、リンカーンの死後25年後のウーンデッド・ニーの虐殺によってである(抵抗運動はその後も続いているが)。
残念ながら、彼らの存在にまで理想を広げられる時代に、リンカーンは生まれていなかった。
彼の出来た事は奴隷解放までであって、そこから更に踏み込んだなら、より多くの政敵に囲まれ、奴隷解放以前に政治生命を絶たれていたかもしれない。

逆に、多くの人々のコンセンサスを得て少しずつ変化してゆくからこそ、数十年、百年という長期的なスパンで見れば、ほとんどの民主主義社会はベターに変化しているのもまた歴史が証明している。
この映画の時代、合衆国に暮らす多くの黒人は人権を認められない奴隷の身分で、彼らはもちろん女性にも参政権は無く、階級社会は今よりもはるかに強固で、同性愛者は息を潜め一生の秘密にするしか無かった。
たとえ一人ひとりができることは小さくても、誰かが倒れれば別の誰かが志を受け継ぎ、厳しく多様な意見に晒されながら、ベターな世界を目指し続けるスピリットの尊さこそ、本作においてリンカーンという偉大なアイコンが象徴している事なのである。

もちろん、本作はただ堅苦しいだけの政治映画ではない。
何としても残酷な奴隷制度に終止符を打ちたいが、政局に時間をかければ南北双方の若者たちが無駄に死んでゆく究極のジレンマ。
更に愛する我が子をも戦場へと送り出し、リンカーンは政治家としてだけではなく父親として夫として、複雑な葛藤に苦しむ事になる。
己の弱さに向き合い、幾つもの重く辛い決断をくださねばならない人間リンカーンのドラマは見応え十分で、150分の長尺も全く長く感じない。
彼と真剣勝負を繰り広げる政敵の策士たち、共和党保守派重鎮で和平交渉を画策するフランシス・プレストン・ブレアや、逆に過激な奴隷解放論者のサディアス・スティーブンスらとの駆け引きもスリリングだ。
特にトミー・リー・ジョーンズ演じるスティーブンスは、よくぞここまでという位の本人との激似っぷりで、終盤実に美味しい泣かせどころをさらってゆく。

しかし、歴史劇であり、複雑な政治的葛藤を描く物語ゆえに、日本人にとっては意外性のある話だろう。
一例をあげれば、現在の民主党=リベラル、共和党=保守というイメージはこの時代は真逆。
実は現在の住み分けは、民主党のリンドン・ジョンソン大統領による公民権法の制定によって、いわゆる“第二の奴隷解放”が行われて以来の、ここ半世紀ほどの間に確立したものなのだ。
また世界史の授業では、南北戦争とは奴隷解放のための戦いだったと大雑把に教えられるが、これも厳密には正確ではない。
元々奴隷制を維持するか否かの論争は戦争の何十年も前から合衆国を二分していて、北部の飛躍的発達と南部の相対的凋落と共に、南部経済を支える奴隷制度維持は深刻なイッシューとなってゆく。
反奴隷制を旗印とする共和党がホワイトハウスを掌握した事に対して、北部支配に恐怖を感じた南部諸州が合衆国から離脱し戦端を開いたのが発端であり、開戦の動機は奴隷解放そのものではないのである。
そのために戦争遂行の目的は第一義的には反乱の鎮圧であって、北部でも奴隷解放をゴールと考える人ばかりでは無かったのは映画に描かれた通り。
有名な奴隷解放宣言も、連邦にとって反乱軍である南部連合の奴隷を“捕虜”とみなして解放するという戦時立法であって、奴隷制度自体を否定した物ではない。
当然ながら、戦争が終われば宣言の法的根拠自体が消滅してしまう事が、リンカーンが修正憲法によって奴隷制の根幹を違法化しようとする理由だ。
日本版では本編上映前にスピルバーグ御大自らによる解説映像が流れるのだが、これは短すぎてあんまり解説になっていない(笑
予備知識無しで観ても一通り物語は分かるようになっているが、できれば奴隷制度や南北戦争の背景をある程度予習して行った方が、より深く楽しめるだろう。

今回はリンカーンの生まれ故郷の名を冠したバーボンカクテル、「ケンタッキー」をチョイス。
バーボン35mlとパイナップルジュース25mlをシェークしてグラスに注ぐ。
インパクトのある取り合わせだが、これが意外と合うのである。
しっかりとバーボンの味わいを残しつつ、飲みやすく甘めに仕上がっている。
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