FC2ブログ
酒を呑んで映画を観る時間が一番幸せ・・・と思うので、酒と映画をテーマに日記を書いていきます。 映画の評価額は幾らまでなら納得して出せるかで、レイトショー価格1200円から+-が基準で、1800円が満点です。ネット配信オンリーの作品は★5つが満点。
■ お知らせ
※基本的にネタバレありです。ご注意ください。
※当ブログはリンクフリーです。内容の無断転載はお断りいたします。
※ブログ環境の相性によっては、TB・コメントのお返事が出来ない事があります。ご了承ください
エロ・グロ・出会い系のTB及びコメントは、削除の上直ちにブログ管理会社に通報させていただきます。 また記事と無関係な物や当方が不適切と判断したTB・コメントも削除いたします。
■TITLE INDEX
タイトルインディックスを作りました。こちらからご利用ください。
■ ツイッターアカウント
noraneko285でつぶやいてます。ブログで書いてない映画の話なども。
■ FILMARKSアカウント
noraneko285ツイッターでつぶやいた全作品をアーカイブしています。
許されざる者・・・・・評価額1750円
2013年09月19日 (木) | 編集 |
“許されざる者”は誰か?

クリント・イーストウッドが1992年に監督・主演した「許されざる者」は、西部劇のマスターピースにして、映画史にその名を刻む傑作中の傑作である。
テレビの「ローハイド」からマカロニウェスタンを経て、数多くのガンマンを演じてきたイーストウッドが、10年以上企画を暖めて作り上げた“最後の西部劇”は、もはや勧善懲悪的な二元論が説得力を持たなくなった20世紀末に、老ガンマンが銃を置く瞬間を描き、フロンティアの神話としての西部劇の終わりを印象付けた。
そして21年後に李相日監督によって作られたリメイクもまた、オリジナルと甲乙つけがたい見事な仕上がりである。
単にイーストウッド版をなぞるだけでなく、基本プロットは忠実ながら、巧みにオリジナリティを加えて、日本でしか作りえない作品に換骨奪胎しているのだ。
※ラストに触れています。

1880年の秋。
戊辰戦争の幕府軍の残党、人斬り十兵衛こと釜田十兵衛(渡辺謙)は、女子供ですら容赦なく斬り捨てる、冷酷な剣を振るうと恐れられた男。
今では北海道の奥地へ落ち延び、二人の幼子と共に人知れず静かな生活を送っている。
そこへ嘗ての盟友であった馬場金吾(柄本明)が訪ねて来て、女郎たちが仲間を切り刻んだ開拓民二人の首に巨額の賞金をかけたので、一緒に殺りにいこうと誘う。
一度は断った十兵衛だが、農作物の不作で子供たちに与える食事すら事欠く貧困から、最後の仕事を決意する。
やがてアイヌの血を引く青年、沢田五郎(柳樂優弥)も案内役として仲間に加わり、賞金首のいる鷲路を目指す。
だがそこは、町の秩序を保つためなら暴力もいとわず、逆らう者は徹底的に痛めつけ見せしめにする、警察署長の大石一蔵(佐藤浩市)が恐怖で支配する町だった・・・


時代劇がハリウッドでリメイクされるのは、黒澤明の「七人の侍」を翻案した「荒野の七人」を始め数多くある。
クリント・イーストウッドの出世作である「荒野の用心棒」も、黒澤の「用心棒」の(無許可)リメイクである事は良く知られているが、その逆に西部劇を時代劇化するのは珍しい。
特にアカデミー作品賞を受賞した作品が、日本でリメイクされるのは映画史上初めてとの事である。

時代設定の1880年はオリジナルと同一。
まったく同じ時代、同じタイトルを持ちながら、日米二つの「許されざる者」の表情は大きく異なる。
もっとも、物語の基本的な流れはオリジナルとさほど変わらない。
嘗て、その名を聞くだけで相手を震え上がらせた悪名が、生活苦から再び殺しを決意する。
同行者は昔なじみの老いぼれと、跳ね返り気味の若者で、殺しの相手は女を切り刻んだ小悪党二人組という簡単な仕事。
ところが、彼らが住んでいるのは、絶対権力を振るう保安官(警察署長)が牛耳る町だった、という辺りはまったくと言って良いほど同じだ。
本作の独自性は、登場人物たちが抱えている過去の呪縛、即ち舞台となる日本、中でも北海道という土地の持つ独特の歴史にある。

国の歴史は人の歴史。
本作の登場人物は、殆どイーストウッド版と対応する様に作られているが、それぞれの辿ってきた人生は当然異なる。
李相日監督自身によるアダプテーション脚本(脚色)は、明治維新の最終段階となった戊辰戦争、そして元々アイヌの土地であった北海道入植の歴史を色濃く反映させているのだ。
まずオリジナルの主人公であったウィリアム・ビル・マニーは、若い頃に強盗や殺人など悪の限りを尽くした男である。
その後妻と出会った事で銃(剣)を置き、真人間へと生まれ変わるという設定は同じだが、リメイク版の釜田十兵衛は別に悪人ではなく、明治維新という激動の時代あって、一剣士として忠実に自分の仕事をしたに過ぎない。
女子供も容赦しないという伝説も、新政府軍によって捏造されたものである事が劇中で言及されている。
このどこか土方歳三をイメージさせるキャラクターが背負っているのは、冷酷な人斬りとしての汚名だけでなく、過去に縛られ時代に忘れられた者の悲しみだ。

十兵衛のみならず、本作に登場する和人の男たちは、みな一様に明治維新の傷を引きずっている。
オリジナルでモーガン・フリーマンが演じたネッド・ローガンにあたる馬場金吾しかり、ジーン・ハックマンのダゲット保安官に対応する大石一蔵も、刀を持って町に入ろうとして大石にボコボコにされる元長州藩士の北大路正春も、そして十兵衛らの標的となる開拓民の兄弟もまた、戊辰戦争で敵味方として戦ったラスト・サムライなのである。
明治の世となり、敗者となった幕府軍の残党、十兵衛や金吾は社会に居場所を失い、辺境で世捨て人のように細々と暮らすしかない。
一方、勝者である薩長の側も、あくまでも侍として過去の栄光にすがって生きる正春のような男もいるし、北の大地で小さいながらも自分の城を持ち、下級武士の時代には考えられなかった権力を手にした一蔵のような人生もある。
彼らの生き方はどれも間違っているわけではなく、ただただ明治という未知の新時代を懸命に生きているだけだ。

もう一つ、本作の持つ重要なオリジナリティがアイヌの存在だ。
言うまでもなく北海道の先住民族は彼らであり、室町時代に和人の商人が所謂和人地を開いて入植して以来、二つの民族の間には長い軋轢の歴史がある。
明治に松前藩が廃された後の開拓使の政策的な流入は、アイヌ側にとってはそのまま侵略と迫害の歴史の総仕上げだ。
日本史とは、西日本の大和民族が列島を東西南北に征服していった歴史であり、その最終章となった北海道はドラマチックな史実の宝庫である。

にもかかわらず、アイヌの存在を積極的に取り上げた映画が作られなくなって久しい。
以前はその出来不出来や描き方が“政治的に適切か”はともかく、成瀬巳喜男監督の「コタンの口笛」や、アイヌの若者が重要なキャラクターとして登場する「君の名は 第二部」、はたまた小林旭がアイヌコタンを悪徳開発業者から守る「大草原の渡り鳥」なんていう和製西部劇まで、しばしばスクリーンに登場していた。
しかしその後、“アイヌ”という呼称自体が差別語だとタブー視された時代を経て、ドキュメンタリーは別として、娯楽映画からはすっかり姿を消してしまった。
ちなみに高畑勲の長編監督デビュー作であり、大塚康生や若き日の宮崎駿らも参加した日本アニメ史上の金字塔、「太陽の王子 ホルスの大冒険」も、アイヌユーカラをモチーフにした人形劇「チキサニの太陽を」が原作となっている。

本作では、十兵衛の亡き妻がアイヌの女であり、おそらくは新政府に追われた十兵衛がアイヌコタンに助けられた事が仄めかされる。
またオリジナルの若い賞金稼ぎ、スコフィールド・キッドに当たる沢田五郎を、和人とアイヌの混血と設定した。
これによって、元侍同士の争いから、物語の背景に和人とアイヌというより大きな対立が生まれ、物語をぐっと重層的にしているのである。

また、イーストウッド版と扱いが大きく異なるのが、物語上の女郎たちの立ち位置だ。
オリジナルでは争いの発端となる以上の役割は与えられていなかったが、本作では元敵味方の侍同士、アイヌと和人と共に、三番目の対立軸として位置付けられ、人を呪わば穴二つ、彼女らも自ら作り出した因果律から逃れることは出来ない。
一蔵との戦いを終えた十兵衛が外に出ると、そこでは女郎たちが、なぶり殺されて吊るされた金吾の遺体を降ろしている。
そこで十兵衛は、オリジナルではダゲットの名台詞である「 I'll see you in hell, William Munny. (地獄で会おう、マニー)」を、自ら呟くのである。
「地獄で待っていろ」
この言葉は、同じ宿命を背負って死んだ金吾へ向けたものであるのと同時に、女郎たちにとっては男たちを金で殺し合いさせた自分たちに投げかけられていると受け取れる、二重のニュアンスを持つ。
本作のタイトルはオリジナルの邦題と同じ「許されざる者」だが、実際のところこれは「許されざる者たち」と複数形の方がふさわしいのかもしれない。
また、忽那汐里演じる顔を切り刻まれる若い女郎、なつめは後記する様にテーマと直結する重要な役割を担っている。

イーストウッドは、元犯罪者のマニーと保安官のダゲットという一見対照的で、実は似たもの同士の対立を軸に、人間の中の善悪は絶対的な概念ではなく、結局選択の問題なのだと説いた。
そして一度火のついた暴力の連鎖は、そう簡単に止められないと。
対してリメイク版は、既に過去となった侍の時代からの因縁に加え、支配者となった和人と迫害されるアイヌ、男性社会と虐げられた女たちといくつのも対立軸を重ね合わせる。
事件の火種は、彼ら全ての中でずっとくすぶっていたものだ。
ここでいう“許されざる”対象とは、血で血を洗う暴力という手段でしか因縁を断ち切れず、それでも現世で生きねばならない人の世の悲しい定め、誰もが逃れられぬ業である。
だからこそ、本作はオリジナルとまったく異なるラストを用意する。
ダゲットを倒した後、マニーは子供たちの待つ家へ帰り、その後それなりに幸せな人生を送った事が示唆される。
ところが本作は、自ら血塗られた運命を選択した十兵衛に、もはや安息の日々を与えない。
旧幕府の残党という罪に加えて、警察官を大量殺人した男として、決して帰ることの出来ない修羅の旅路を歩ませるのだ。
アイヌの妻との間に出来た、二人の幼子が待つ十兵衛の隠れ家に帰るのは、沢田五郎となつめの若い二人。
虐げられた和人の女と罪を背負ったアイヌの男、そして二度と戻らぬ十兵衛の子供たちもまた、アイヌと和人の混血だ。
対立の狭間に生まれた若い世代に、本作は未来へのかすかな希望を託すのである。

人間たちの物語を、晩秋から初冬の北の大地の、雄大かつ厳しい自然の中に写し取った笠松則通のカメラが圧巻。
そして北海道川上町に組まれた、全長350メートルに及ぶ鷲路の町の巨大なセットをはじめ、アイヌコタンの風景や十兵衛の暮す海辺の小屋など、リアルな生活感と非日常的時代感溢れる美術の素晴らしさ。
大雪山麓はその殆どが国立公園に指定されており、撮影許可を得るだけでも一苦労で、更に10月中旬には雪が降り始める、過酷な環境での撮影だったという。
しかし、その苦労は十二分に報われていると言って良いだろう。
私は、シネマスコープの大画面に映し出された、大自然の中で蠢くちっぽけな人間たちの悲しき物語に魅了され、実に映画らしい映画を観たという深い感慨にひたった。
日本最高レベルの俳優陣、壮大な舞台、そして既に評価が定まった完璧な物語があったとしても、それだけで良い映画が出来る訳ではない。
李相日監督が描こうとした新たなテーマを、全てのスタッフ・キャストが理解した上で、しっかりと最終的なイメージを共有していないと、これほど完成度の高い娯楽映画は作り得まい。
「Unforgiven」と「許されざる者」は、オリジナルとリメイクが共に傑作となった数少ない例として、映画史に記憶されるだろう。

余談だが、本作とほぼ同時期の北海道を描いた手塚治虫の漫画「シュマリ」では、五稜郭の戦いの後も土方歳三が密かに生き残っていたという設定で、彼が変名として使っているのが“十兵衛”という名前である。
これが李相日監督からのオマージュなのかどうかは分からないが、手塚漫画の中でも傑作の部類に入る作品なので、本作を気に入った方には是非おススメしたい。

さて、今回は北海道を代表する銘柄の一つ、北の誉酒造のその名も「純米原酒 侍」をチョイス。
北海道の地酒は、その土地柄ゆえかキリリとした端麗辛口の酒が多いが、「侍」は純米原酒らしく濃厚なコクと日本刀の様に切れ味鋭い辛口が特徴。
この酒を飲みながら、北の大地のラスト・サムライたちに思いを馳せたい。
ランキングバナー 
記事が気に入ったらクリックしてね

こちらもお願い



小樽の地酒北の誉 侍 【純米原酒】 720ml

小樽の地酒北の誉 侍 【純米原酒】 720ml
価格:1,344円(税込、送料別)


スポンサーサイト