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2013 unforgettable movies
2013年12月29日 (日) | 編集 |
内も外もきな臭さが漂った2013年。
各国の政治の季節も一段落し、間もなく希望と不安が半分ずつの2014年がやってくる。
今年の日本映画を一言で表すなら、「イヤー・オブ・ジブリ」という事になるだろう。
映画史に残る「となりのトトロ」と「火垂るの墓」の公開からちょうど四半世紀の節目の年に、宮崎駿と高畑勲は共に圧倒的なクオリティで自身の最高傑作を作り上げ、アニメーション映画の世界に地殻変動を起こした。
二人の天才にリードされた、一つの時代が終わったのが今年2013年だと思う。
一方の外国映画は世界各国から優れた作品がやってきたが、個人的には遂に3D技術を新たな演出手法として使いこなした作品が続出したのが印象深い。

それでは、今年の劇場公開作品から「忘れられない映画たち」を鑑賞順に。

「ライフ・オブ・パイ/虎と漂流した227日」は、アン・リー監督が到達した至高の物語論。無理数のπ(パイ)という割り切れない名を持つ少年の語る漂流記は、果たして真実なのか?虎のリチャード・パーカーは実在したのか?圧倒的な映像表現によって、観客は小さな救命ボートの同乗者となり、神性を求める哲学的冒険譚へと旅立つのである。

「ゼロ・ダーク・サーティ」は、ビン・ラディンという姿を見せない恐怖のアイコンによって、人生を支配された一人の女性の、悲しく切ない青春映画だ。世界一漢らしい映画を撮る女性監督、キャスリン・ビグローの演出は今回もキレキレで、息詰まる緊張が157分間に渡って続く。ラストシーンで主人公の頬をつたう涙は、一体何を意味するのだろうか?

「王になった男」は、影武者に仕立てられ15日間だけ王の代理を務める道化が、何時しか本物の“王”となってゆく物語。陰謀渦巻く宮廷劇であり、ラブストーリーであり、骨太のリーダー論であり、何よりも良く出来た人間ドラマだ。人間味溢れる魅力的なキャラクターをユーモアを隠し味に演じ、重厚な存在感を見せるイ・ビョンホンが素晴らしい。

「横道世之介」は、誰にでもある人生を黄金時代の物語。天真爛漫な世之介は皆を照らす太陽だ。特に特別なことが起こる訳ではなく、描かれるのはごく“普通”の80年代の青春。それでも二度と戻らない過去は登場人物それぞれの記憶の中で昇華され、美しい輝きを放つ。世之介世代の私には懐かしいアルバムを観る様だった。

「遺体 明日への十日間」は、3.11から10日間のある遺体安置所の出来事。タイトルも内容もストレートだが、そうでないと伝わらない事もある。 劇映画故にドキュメンタリーよりも距離が近く、より生身の人間たちを感じる。影響範囲が広い原発事故が大きなイシューとなった事で大元の震災と津波には早くも風化の兆しがある。災害の多い国で、喪失とどう向き合うかという意味でも重要な作品だ。

「汚れなき祈り」は、ルーマニアで実際に起こったエクソシスト事件を描いた作品。とは言っても、もちろんホラーではなく、二人の女性を軸に信仰と不寛容を問うた力作だ。信仰に生きる友を神の愛から取り戻そうとする者は、必然的に罪深い悪魔とされるしかない。愛と罪、個の意思と信仰など複雑な人間心理に迫ったズシリと重い作品だ。

「リンカーン」は、南北戦争末期、戦争終結と奴隷制に止めを刺す合衆国憲法修正13条の成立という相反する二つの政策を同時に成し遂げなければならなくなった大統領の苦悩を描く。 混乱と戦火の中で、弱き心を奮い立たせ、幾つもの重く辛い決断をした150年前のリーダーの姿は、今の我々に何を語りかけるのか?ゼロ年代以降のスピルバーグ作品のベスト。

「セデック・バレ」は、大日本帝国施政下の台湾で起こった先住民族の反乱、いわゆる霧社事件を描いた前後編実に4時間30分におよぶウェイ・ダーション監督の大力作。「文明が屈服を強いるなら、俺たちは野蛮の魂を見せてやる」虐げられた民の反乱に映画的カタルシスを感じる一方、自分が紛れもなく抑圧者の側である事に複雑な痛みを感じるのだ。

「きっと、うまくいく」は、いわばインド人がサービス精神満載で作った「横道世之介」だ。高度成長期真っ只中のインド版学園コメディは、真夏の太陽の様な熱を持っている。輝かしい青春の記憶は今を生きるエネルギーとなり、笑に涙、ミュージカルや社会風刺まで盛り込んでの2時間50分は全く長く感じない。全ての伏線を完璧に回収してゆく作劇も鮮やかだ。

「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」は、刹那的な生き方をする孤独なライダー、彼を射殺した警官、そして二人の息子たちの15年に及ぶ運命の物語。 141分の上映時間中、主人公が二度入れ替わる脚本構成が面白い。宿命的に出会った二人の男と父の背中を追う息子たちの物語は、父性を描く現代アメリの叙事詩に昇華される。

「はじまりのみち」は、原恵一による木下惠介トリビュートにして69年前に作られた「陸軍」へのアンサームービー、そして何より大いなる映画賛歌だ。木下作品のインスパイアから原恵一が生み出したゾクゾクする幾つもの映画的瞬間は、昭和と平成の名匠による時代を超えた素晴らしいコラボレーションであり、きな臭さを増す現代日本への鋭い警鐘となっている。

「さよなら渓谷」は、まことに不可解な人の心を描く秀作だ。ある事件が発端で、暴き出される隣人夫婦の驚くべき秘密。“妻”は本来憎むべき男を“夫”とし、今また彼を犯罪者に陥れようとする。究極の憎しみの果てにあるのは、一体何か。大森立嗣監督では、秋葉原通り魔事件を映画的に再解釈した「ぼっちゃん」も刺激的な秀作だ。

「モンスター・ユニバーシティ」は、名作「モンスターズ・インク」の前日譚だが、これ一本でも十分に堪能出来る上々の出来。夢いっぱいの大学生活は同時に自分自身が何者かと、この社会の現実を知ってゆく期間でもある。それでも夢への道は決して一つではないのだ。ディズニー・ピクサーではディズニーブランドながら、どちらかと言えばピクサー的な、ゲームキャラたちの“自分の居場所”を巡る物語、「シュガー・ラッシュ」も素晴らしい。

「風立ちぬ」は、宮崎駿の集大成にして、(本人曰く)引退作品。過去の作品の中でも今までで一番私小説的に振り切った内容で、遂にファミリー映画というくびきを逃れた。 呪われた宿命を受け入れてでも、力を尽くして生き、美しいモノを作る。宮崎駿が零戦の設計者である堀越二郎の半生に自らを投影して描く、とてつもなく残酷で、美しいアニメーション映画だ。 

「ブランカニエベス」は、白雪姫の童話を20世紀前半のスペインに置き換え、白雪姫が実はマタドールだったというユニークな設定に落とし込む。全編モノクロ、音楽と一部効果音以外サイレントという作りも単に奇を衒った物ではなく、エンターテイメントとして昇華される。 異色のスパニッシュファンタジーの裏側には映画黎明期へのレクイエムが隠されているのだ。

「パシフィック・リム」は、人型ロボvs巨大怪獣という中二魂の夢の結晶。ルチャリブレの国のスーパーオタク、ギレルモ・デル・トロが作り上げた史上最強の怪獣プロレスは、文字通り環太平洋《パシフィック・リム》の各地で繰り広げられ、130分間怒涛の勢いでアドレナリンを燃やし尽くす。 日本の全ての怪獣映画ファンはラストの字幕に涙しただろう。

「日本の悲劇」
は、小林政広監督による大変な問題作。登場人物は僅かに四人、一軒の家の中だけで展開する小さな物語は、日本人一億二千万人の縮図である。鬱病、リストラ、老い、そして震災。ほんの数年前まで細やかな幸せに包まれていた彼らは、なぜ悲劇に落ちてしまったのか?一つの家族というミクロを通して日本というマクロが見えてくる。 ユニークな音響演出が秀逸だ。

「ペインレス」は、スペイン内戦の時代に出現した無痛症の子供達を巡る歴史ミステリー。 白血病で余命幾ばくもない主人公の自らのルーツを探る旅は、いつに間にか1930年代に始まる痛覚を持たない奇妙な子供たちを巡る、血塗られた歴史の闇を掘り出してしまう。「パンズ・ラビリンス」「灼熱の魂」を組み合わせた様な、哀しく切ない人間ドラマの秀作だ。

「許されざる者」は、オリジナルとリメイクがどちらも傑作になった稀有な例。基本プロットは元の話に忠実、しかしオリジナリティとして米国に無くて日本にあるもの、この国の歴史を持ってきた。考え方はシンプルだが仕上りはリメイクのお手本の様に見事。 雄大な自然の中で展開するのは、時代に忘れられ未開の大地の片隅でひっそりと生きる者たちの、哀しい業の物語だ。

「そして父になる」は、生まれた時に赤ん坊を取り違えられた対照的な二つの家族の物語。守るべきは血縁か?共に過ごした時間なのか?親は無条件に子供を愛せるのか?もしも自分ならどうするか。幾つもの重い問いを投げかけられ、ミステリアスな人の心を垣間見る濃密な2時間だ。内容は全然違うが、ただ結婚したり子供が出来ただけで家族になるのではなく、そこに歴史あってはじめて家族になる、というのはドイツ映画の佳作「おじいちゃんの里帰り」と同じテーマである。

「危険なプロット」は、フランソワ・オゾンの描く官能的でミステリアスな物語の迷宮。小説家崩れの文学教師がふと目を留めた生徒の作文。自らは恵まれなかった才能を感じた教師は生徒に“続き”を書かせる事にのめり込むが、何時しかその小説はフィクションを超えて現実を侵食し、物語の支配者になろうとした教師は破滅への道を転げ落ちる。ある種の物語論であり作家論でもある。

「ペコロスの母に会いに行く」は、85歳の森崎東監督が描き出す、団塊の世代の息子と認知症の母とのユーモラスで切ない黄昏の日々。やがて浮かび上がってくる母の人生。歴史の街長崎で、現代と過去、そして現代と未来が溶け合う瞬間の何と映画的な事! 今年は「愛、アムール」、「しわ」、「拝啓、愛しています」と同じ題材を描いた各国の作品が続いたが、四者四様のオチの付け方の違いが面白い。ユーモアがベースにあるからか本作が一番希望的に感じた。

「かぐや姫の物語」は、私的ムービー・オブ・ザ・イヤー。宮崎駿に続いて高畑勲もまた最も美しく、最も神々しい作品を作り上げた。「風立ちぬ」が芥川賞的作品だとすれば、こちらは直木賞的な王道の娯楽映画。かぐや姫が本当に欲しかったものとは?罪と罰とは何なのか?誰もが知る物語を通して描きあげられるのは、かけがえの無い命の物語であり、作家の小宇宙に再構築されたこの世界そのもの。映画史に残る娯楽アニメーションの傑作中の傑作だ。

「ゼロ・グラビティ」は、鬼才アルフォンソ・キュアロンの仕掛けた暗喩的サバイバルアドベンチャー。大宇宙一人ぼっち 、あの恐ろしい予告編がそのまま90分続くのだ。3D映像で、ただ圧倒的臨場感の宇宙空間を体感し、シンプルながら緻密に構成され、深い意味の隠された物語の妙を味わう。過去に類似した作品が全く無い、古くて新しい究極のアトラクション映画だ。

「ハンガー・ゲーム2」は、日本ではなぜかコケちゃった世界的ヒット作の第二弾。死のゲームを生き延びた主人公は、燃え上がる革命のアイコンとなる。これをバトロワの亜流的なキワものと思ってはいけない。ジュブナイル色の強い濃密な人間ドラマであり、前作を遥かに上回るドラマチックなディストピアSFの傑作である。 次回作が待ち遠しい!

以上が、今年の「忘れられない映画たち」である。
例によって観た時は凄く良かったけど、今振り返るとそれほど印象に残っておらず、外した作品もあるし、時間が経った今の方が存在感が高まってきた作品もある。
日本映画では他にも、3.11後の日常を見据えた山田洋次監督の「東京家族」や内田伸輝監督の「おだやかな日常」が現代日本の現実を突きつけ、三池崇監督は「藁の盾」をパワフルなエンターテイメントとして描きあげた。
伝説のテレビドラマを素晴らしき女性賛歌へと昇華した「おしん」、山崎貴監督がベストセラーを見事に映像化した「永遠の0」も優れた作品である。
外国映画ではブライアン・デ・パルマ監督の 「パッション」、ニール・ジョーダン監督の「ビザンチウム」、レオス・カラックス監督の「ホーリー・モータース」など、作家性の強いベテラン監督による久々の“らしい”作品が多く、全盛期を知るオールドファンとしてはうれしいサプライズ。
「偽りなき者」「ハンナ・アーレント」など、個人と社会の関わりを見つめ、深く考察した秀作も目立った。
ジャンル映画では、タランティーノがマニアックに描いた「ジャンゴ 繋がれざる者」や、J.J.エイブラムスが鮮やかな職人技を発揮した「スタートレック イン・トゥ・ダークネス」、ホラー卒業を宣言した第一人者、ジェームズ・ワン監督の「死霊館」も素晴らしい。
ホラー系では、ジャンル解体を試みた大怪作「キャビン」、そして「死霊のはらわた」における新鋭フェデ・アルバレス監督の演出力も注目に値する。
また厳密にはホラーとは言えないかもしれないが、日本映画「桜、ふたたびの加奈子」のコワ哀しい独特のタッチも印象に残った。

さて、来年はどんな作品と出会えるだろう。
記事には書かなかったが、色々な映画祭の出品作品で日本で正式公開して欲しい作品も多かった。

それでは皆さん、良いお年を。
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ショートレビュー「ハンガー・ゲーム2・・・・・評価額1700円」
2013年12月29日 (日) | 編集 |
燃え広がった炎は、もう消せない。

スーザン・コリンズの同名ベストセラー小説を原作とする、サバイバルSF第二弾。
前作「ハンガー・ゲーム」で死のゲームを生き残ったカットニスとピータは、その後の平穏無事な人生を約束されたはずだった。
だが、カットニスの見せた機転と、ゲームのルールを覆した結果は、抑圧された大衆の意識を変化させる。
勝者カットニスとマネシカケスのシンボルを旗印に、革命の炎が燃え上がるのだ。
独裁政権を率いるスノー大統領は、歴代のゲームで生き残ったチャンピオンたちを集めた記念大会の開催を発表し、大衆の希望を体現するカットニスと、過去のゲームの勝者たちの抹殺を画策するのである。

この映画、全世界で興業的にも批評的にも成功した前作が、なぜか日本でだけ大コケ&酷評の嵐となってしまった結果、公開規模は縮小され、シネコンの箱も小さめ。
日本市場での失敗は、観客サイドが勝手にバトロワ的なキワ物を期待したゆえのギャップがあったと思う。
先入観は捨ててジュブナイル色の強いディストピアな人間ドラマとして観れば、なかなかに見応えのある作品なのだが、監督がゲイリー・ロスからフランシス・ローレンスにバトンタッチされたに作目は、前作を遥かに上回る傑作である。
元々この種のシリーズ化前提の作品は、世界観やキャラクター紹介が終わった二作目以降の方が出来る事が多いが、本作もサイモン・ボーファイとマイケル・アーントという名手二人の手による脚色が、実に上手く出来ている。

前回のゲームで、独裁政権を出し抜く奇策を使い、一人しか生き残れないという絶対のルールを打ち砕いたカットニスは、世界は意思と行動によって変えられるという事を人々に示した。
その事によって、本来大衆のガス抜きのはずだったゲームが、反体制の象徴となってしまい、結果的にカットニスは、自らの意思とは無関係に、危険分子として当局によって目をつけられ、再びゲームに送り込まれてしまうのである。
必然的に彼女の葛藤は、あくまでも自分が生き残る事だった前作から意識がぐっと広がって社会性を帯びたものとなり、その分苦悩も深くなる。
もうゲームなどには関わりたくない、ただ平和に暮らしたいという一人の人間としての願いと、大切な人々を守りたいという願い、そして無数の抑圧された大衆の希望のアイコンとしてのもう一人の自分との折り合い。
これは何も知らない田舎娘が、世界の現実を見て、様々な人と出会い、極限状態の中で成長を遂げてゆく物語なのである。

彼女だけでなく、相方のピータはもちろん、カットニスがゲームに志願する切っ掛けとなった妹のプリムら脇のキャラクターの人間的な成長もさり気なく描かれている。
またハンガー・ゲームのシークエンスも、物語の構造的な“仕掛け”と組み合わせて工夫されており、二番煎じにはなっていない。
ゲームの最中に起こる幾つもの事件と、敵か味方か分からない各キャラクターのしばしば引っかかる矛盾した行動が、終盤最終章へと向かう怒涛の流れに収束する一瞬は、物語のカタルシスを感じさせ、次回作への期待は高まるばかり。

しかし、観終わって真っ先に思うのは「早く続きを観せてくれ!」だ。
まあ、これはクライマックスに繋げるための「帝国の逆襲」であり「二つの塔」である訳だが、潔いぶった切り方に、マーベル映画のサービス精神がいかにありがたいか改めてわかった(笑
せめてちょこっとで良いから、予告編を見せて欲しかったなあ。
次回作を気長に待つか、思い切って原作を全部読んでしまうか、迷いどころである。

今回は、マネシカケスの衣装を纏ったカットニスのイメージで「ブルー・レディ」をチョイス。
ブルー・キュラソー30ml、ドライ・ジン15ml、レモン・ジュース15mlに卵白一つ分を加え、シェイクしてグラスに注ぐ。
卵白は混ざりにくいので、入念に。
グレナデンシロップ を使うピンク・レディの色違い版で、名前の通り鮮やかな青いカクテル。
卵白を入れないバリエーションもある様だが、入れたほうがやわらかい味わいになるので、個人的にはこちらが好きだ。
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