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スノーピアサー・・・・・評価額1600円
2014年02月18日 (火) | 編集 |
究極の一本道。

「グエムル 漢江の怪物」「母なる証明」で知られる韓国の鬼才、ポン・ジュノ監督初の英語劇。
とは言っても先に米国進出したパク・チヤヌクやキム・ジウンのケースとは異なり、本作はあくまでも韓国発の合作企画で資本の多くも韓国から出ている。
言わば韓国製のハリウッド映画という、異色の成り立ちの作品だ。
フランスのバンデシネ「Le Transperceneige」を原作に、超氷河期となった近未来の地球で、人類の生き残りを乗せて走る列車を舞台としたサスペンスアクションである。
列車の乗客は、クリス・エバンス、ソン・ガンホ、ジョン・ハート、ジェイミー・ベル、オクタビア・スペンサー、そしてティルダ・スゥイントンにエド・ハリスまで、演技派オールスターの豪華な布陣が揃った。
※核心部分に触れています。

西暦2031年。
地球温暖化抑制のために実験的な冷却材を大気中に散布した結果、逆に極端な寒冷化を招いてしまい、地上が人類の生存できない凍りついた世界となってから17年。
僅かに生き残った人々は、永久機関で動き続ける自給自足可能な列車“スノーピアサー”の中で暮らしている。
だがそこは、先頭車両の富裕層が最後尾車両の貧困層を支配するディストピア。
最後尾に暮すカーティス(クリス・エバンス)は、奴隷の様な状況を打破するため、仲間たちと共に革命を画策するのだが・・・


SFの装いながら、この作品に科学的リアリティ云々を問うのはナンセンスだろう。
設定を見ただけでも、列車が細長く引き伸ばされたノアの方舟であり、ミニチュアの地球であり、本作が神話的な暗喩劇である事は明らかである。
列車自体は永久機関で動いているとしても、17年もの間一体誰が線路のメンテナンスをしているんだとか、いくらなんでも牛さん・豚さんは飼育できないだろうとか、いちいち突っ込んではいけないのだ。
氷に覆われた地球を一年かけて一周する長大なスノーピアサーには、人類が抱える多くの対立が象徴的に配され、葛藤を引き起こしている。
それは表面的には貧富の差による階級闘争だったり、環境負荷だったりするのだが、本質はもっと根源的な、この世界における人間存在のあり方の問題だ。

本作の大きな特徴は、物語まで舞台となる列車と同じ特異な構造をしている事だろう。
ゲーム業界には、日本製RPGを揶揄する「一本道」という言葉がある。
比較的自由度の高い欧米のゲームに比べて、日本製のゲームはベースの物語重視で、作者の設定したストーリーラインを大きく外れる事が許されない、という特徴から生まれた言葉だが、本作で主人公たちが突き進むのも、ただひたすら一本道だ。
何しろ物語構造には、サブプロットがほぼ全く存在しないのである。
例えば全編ワンカット風のサスペンス映画「サイレント・ハウス」など、メインプロットのみで構成される作品は他にもあるものの、一般論としてサブプロットとのミックスを放棄し、メリハリのある長編作品を作り上げるのは難しい。
観客に対して、主人公が得られるのと同じ情報しか開示出来ないので、物語は一本調子となるし、キャラクターの役割分担も限られてしまう。

スノーピアサーの内部は、それ自体が寓話的な象徴性を持つ空間である。
ポン・ジュノと共同脚本のケリー・マスターソンは、最初列車の全体像を不明のままにし、一両進んで行くごとに少しずつ謎が解かれて世界観が広がってゆく様に工夫しているが、それでも基本的には次の車両の扉が開と困難と戦い、進んでゆく事の繰り返しで展開する話なので作劇の不利は否めない。
かといって、主人公のカーティスに凄く魅力があるとか、感情移入しやすいキャラクターという訳でもない。
彼自身は、ただただ先頭車両へ行くという目的に執着している、どちらかと言えばとっつき難いキャラクターとして描写されている。
リーダーとしての資質を持ってはいるものの、重大な過去のトラウマを抱えていて、その秘密が明かされるのは映画も終盤になってからなのだ。

本作において観客の感情移入の対象は、物語の展開にしたがって移り変わる。
最初は子供を先頭車両の富裕層に奪われたオクタビア・スペンサー演じる母親ら、最後尾車両のアンサンブル。
そして戦いの中で彼らが一人、また一人と退場した後は、ソン・ガンホがいつもの調子で演じるセキュリティスペシャリストの娘、ヨナが終盤までその役割を担う。
中盤以降は特に能動的でもないこのキャラクター以外に、本作には観客が自己同一化できる存在がいないのだ。
ぶっちゃけ、この難しい作品に観客を引き付け、グイグイと前に進める原動力になっているのは監督の圧倒的な演出力、強引な力技以外のなにものでもない。
前へ、前へという主人公の行動力は、ポン・ジュノの与える熱によって加速してゆく。
画面の隅々まで計算されつくされ、アニメーションの様に緻密に作りこまれた画力は健在だ。
細長い閉鎖空間の中で、色々な工夫を凝らしたアクションも見応えがある。
特に列車がU字橋を渡る時に、前方の車両と後方の車両に別れた敵味方が窓越しに正対して狙撃しあうシーンは、長大な列車という設定を生かした実に映像的な見せ場となっていて素晴らしい。

そして、世界を駆け抜ける冒険の果てに、ポン・ジュノは問いかける。
はたして、方舟に“神”は必要なのか?
地球は神が制御せず、人間が好き勝手に行動した結果破綻した。
ならばミニチュアの地球生態系であるスノーピアサーを生き延びさせる為には、誰かが神を演じなければならないのか?
しかし、本当に地球に神はいなかったのだろうか。
人類の出現も破綻も、壮大なるプログラムの一部だとしたら、方舟の存在自体が姿なき意志の証であり、人間が如何に神のように振舞おうとも、列車の運命はまた明らかなのである。
物語の最後に訪れるのは、希望か絶望か。
見方によってどちらにもとれる、捻りの効いたオチがいかにもポン・ジュノらしい。
なるほど確かに彼の過去の作品に比べると、ドラマ性に物足りない部分もあるが、それでもこのシンプルな暗喩劇をしっかりとしたエンターテイメントに昇華しているのは賞賛に値する。
あえて困難な題材に挑んだ大変な意欲作で、十分に映画館で観る価値のある作品だ。

今回はスノースタイルのカクテル、その名も「雪国」をチョイス。
ウォッカ40ml、ホワイトキュラソー10ml、ライムジュース10mlをシェイクして、砂糖でスノースタイルにしたグラスに注ぐ。
グリーンチェリーを沈めて完成。
うっすらと見えるチェリーが森の緑を、スノースタイルがその上に積もった雪を連想させる。
1959年に井山計一氏によって考案された、日本生まれの美しいカクテルだ。
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