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それでも夜は明ける・・・・・評価額1800円
2014年03月13日 (木) | 編集 |
もう一度、家族に会いたい。

奴隷制度がはびこる時代のアメリカで拉致され、人生のすべてを奪われたうえに、南部の農場で奴隷として働かされた男の、苦難の12年間を描く実話ベースの人間ドラマ。
原作となったのは1853年に出版されて、当時ベストセラーとなったソロモン・ノーサップの回想録だ。
自由を謳歌していた男が突然奴隷の身分へと落とされ、屈辱的な服従と絶望を余儀なくされる中でも、最後まで失わなかったものとはなにか。
「SHAME-シェイム-」でセンセーションを巻き起こしたアフリカ系イギリス人、スティーブ・マックイーン監督は、大西洋の向こう側の歴史の暗黒面を極めて冷徹に捉える。
主人公を含め、感情移入の対象となる奴隷側に地味な実力派を揃え、対照的に抑圧者である白人側にビッグネームを集めたキャスティングの狙いも面白い。
本年度アカデミー作品賞も納得の仕上がり、魂が震える傑作である。

1841年、ニューヨーク。
音楽家として活躍する自由黒人のソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)は、気立ての良い妻と二人の子供と共に幸せに暮らしていた。
あるとき、サーカスでの演奏を依頼されたソロモンは、ワシントンを訪れる。
二週間の契約が終わった夜、興行主と飲み明かしたソロモンは、翌朝目覚めると手足を鎖に繋がれて監禁されていた。
騙されたと気づいた時には既に遅く、南部へと向かう船に載せられたソロモンは、奴隷市場で農園主のフォード(ベネディクト・カンバーバッチ)に買い取られる。
有能なソロモンはフォードに気に入られるが、大工頭のティピッツ(ポール・ダノ)に目をつけられてしまう。
執拗な嫌がらせを受けたソロモンはあるとき遂に反撃してしまい、面倒を嫌ったフォードによって彼は別の農園を営むエップス(マイケル・ファスベンダー)へと売り払らわれる。
それは、ソロモンにとって地獄に等しい苦難の時のはじまりだった・・・


歴史的な背景について、映画は観客が当然知っているものとして全く説明を省いているので、さらっとおさらいを。
17世紀から19世紀までのおおよそ200年の間に、奴隷貿易によって実に60万を越えるアフリカ人が奴隷として合衆国へ売られた。
1807年には大西洋を支配するイギリスが奴隷貿易を禁止、しかしちょうどその時期に合衆国南部のプランテーションは大規模化が進み、結果として米国内の奴隷の市場価格が高騰したという。
本作の舞台となる1840年代には、工業化が進みそもそも黒人の人口が圧倒的に少ない北東部で奴隷制度廃止論が高まり、逆に基幹産業を支える重要な労働力として奴隷を必要としていた南部諸州との軋轢は高まってゆく。
この時代、北東部を中心に自由黒人も数多くいたが、南部で奴隷の数が不足すると、彼らを非合法に拉致して奴隷として売り捌く犯罪も珍しくなかった様だ。
本作の主人公であるソロモン・ノーサップも、そんな邪悪の罠に落ちた犠牲者の一人であり、同時に生還を果たした幸運な一人でもある。

興行主に騙され酔い潰れてしまった彼は、奴隷密売人たちのアジトに監禁され、秘密裏に船に積み込まれると南部へ。
もちろん、彼が自由黒人であることがバレるとまずいので、ソロモンという名前すら奪われ、人間ではなく品物として売られてゆくのである。
再び自由になる手段は二つ。
まずは危険を覚悟して脱走する事
だが広大なアメリカ大陸を、追っ手から逃れながら縦断する事の難しさは言わずもがなだし、もしも捕まれば確実に死が待っている。
もう一つは、自分が自由黒人のソロモン・ノーサップであるという証明書を手に入れる事。
そのためには今何が起こり、どこにいるかを家族や友人に知らせなければならないが、奴隷の身分では筆記用具を手に入れる事すら難しい。
もしも読み書きが出来る事を知られれば、尚のこと白人たちにどう扱われるのかわからない。
口封じのために殺されないとも限らないのだ。
では八方塞がりの状況でソロモンがどうしたかというと、彼は本来の自分を封印し、家族との再会を唯一の希望にただひたすら耐えるのである。

ジョン・リドリーの手による脚本は、一本道なプロットを生かした最良の例の一つだろう。
突然夫が失踪した訳だから、妻は当然探しただろうし、友人・知人たちも動いたかもしれない。
彼を買った白人の側にだって、本当は色々なドラマがあっただろう。
しかし、映画 は徹底的に主人公に寄り添い、彼の知り得る事柄、即ち農園の中で起こっている事以外の情報は一切遮断されるのである。
感情を突き動かされる物語だが、所謂感動モノとは少し違う。
サブプロットを極力排し、ソロモンの見たもの、聞いたこと、感じた事だけを描写する事で、観客は自然に彼と自己同一化し、自分もまた奴隷になったかの様な精神的苦痛と閉塞感を味わう。
彼の周りにいる、同じ境遇の奴隷たちの哀しみや絶望が綿密に、ステロタイプに陥らない様に注意深く描かれているのも、ソロモン自身が理解できる事だからである。

一方、白人たちのキャラクターは極めて類型的だ。
ソロモンが最初に仕える、寛大だが奴隷制にNOを言う勇気は無いベネディクト・カンバーバッチのフォードも、ポール・ダノ演じる粗野な負け組白人のティピッツも、愛を失った夫への鬱憤を奴隷にぶつけるサラ・ポールソンのエップス夫人も、そしてマイケル・ファスベンダーが怪演する奴隷たちの残虐な支配者、エドウィン・エップスも、この時代の南部にいたであろう、白人たちのそれぞれの一面のみを抽出した様な比較的単純なキャラクターに造形されている。
もちろん、これはあくまでもソロモンの心情に同化し“奴隷の人生を体験する”という本作の狙い通り。

基本的に12年間のソロモンの奴隷生活を描くシンプルな作り故に、台詞も含めて決して饒舌な映画ではないが、その分画作りと演出は凄い。
まさに名場面のオンパレードというべき本作の中でも、私は中盤と終盤の二つのカットが特に印象に残った。
中盤では、自分に逆らったソロモンを、復讐に燃えるティピッツが吊るそうとする。
別の監督官が気づき、ティピッツは逃亡するが、ソロモンはオーナーであるフォードが戻るまで半分首を釣られた状態で放置されてしまうのだ。
シネスコの構図の中で、手前では瀕死のソロモンが必死に爪先立ちして生きるために戦っている。
ところが目の前で人が殺され様としているのに、背後では奴隷たちも白人たちも何事も無かったかの様に日常の仕事をしていて、誰も助けようとはしない。
奴隷の命がどれほど軽く、死が日常に潜んでいるか、ソロモンの置かれた状況の異常さを端的に表現した見事な描写だ。
そして終盤、ブラッド・ピット演じるリベラルなカナダ人大工に、自分の命運を託した後のソロモンの表情を、じっくりと見せる長まわしのワンカットは凄まじい。
希望、安堵、不安、恐怖、不信、人間の持つあらゆる凡ゆる感情が彼の内面を巡っている様が、自分の心の様に感じ取れる。
これはもちろん役者も凄いが、引き出した演出も素晴らしい。

気迫の演技を見せる俳優陣の中でも、ソロモンを演じたキゥエテル・イジョフォー、本来裏方の人なれどソロモンと心を通じる奴隷女性パッツィー役の演技が絶賛され、オスカーに輝いたルピタ・ニョンゴ、内面にコンプレックスを抱えたサディスティックなキャラクターを演じたマイケル・ファスベンダーの三名は圧巻の名演。
特に原理主義的なキリスト教信仰を持ち、奴隷は人間ではないと自分に言い聞かせながらも、パッツイーに愛憎入り混じる歪んだ感情を抱くファスベンダーは本作の白眉だ。
対して、ソロモンを救い出す助けになるカナダ人大工を演じたブラッド・ピットは、大物過ぎる故に逆に作品世界から少し浮いていた。
特に彼でなければならない役でもないので、本作のプロデューサーでもあるピットとしては資金集めの為のサービス的な出演なのかもしれない。

ジャンル的には全く異なるが、賞レースを本作とにぎわせた「ゼロ・グラビティ」とはテーマ的に被る部分もある。
どちらも“信じがたい話”であり、絶体絶命な状況に陥った主人公が、孤独と戦いながら諦めずにサバイバルする物語で、そのベースの部分にあるのは、この世界は生きるに値する、生きろ!という生命への力強い肯定だ。
その意味で、本作は型破りでありながら政治性を過度に主張する事もなく、ハリウッドの娯楽映画の王道を外してはいない。
アカデミー賞を受賞した事は、決して驚くべき事ではないのだ。

しかし先日の「大統領の執事の涙」はもちろん、昨年の「リンカーン」「ジャンゴ」辺りも含め、ここ数年のアフロアメリカン史を描いた映画の充実は、やはりオバマ政権の成立と時代の空気と無関係ではないのだろう。
白人と奴隷との間に出来た子供の描写など、嘗てはタブーとされた内容も、以前よりも確実に自由に描ける様になった反面、まだまだ人種の壁は現在進行形の問題として残っている。
間も無く公開される「フルートベール駅で」は、2009年に無抵抗の黒人青年が警官に射殺された事件の映画化である。
もちろん、人種差別は何もアメリカに限った問題ではない。
鑑賞後の余韻にどっぷり浸って帰って来たところで、某サッカーチームのサポーターが掲げた驚愕の横断幕をネットで目にし、暗鬱たる気分になった。
アメリカは長い夜を経て夜明けに近付いているのかもしれないが、日本はこれから日が暮れてしまわない事を祈るばかりだ。

今回はソロモンが帰りたいと願った「ニューヨーク」の名を持つカクテルをチョイス。
ライ・ウィスキー45ml、ライムジュース15ml、グレナデン・シロップ1tspをシェイクしてグラスに注ぎ、スライスオレンジを添える。
ウィスキーと柑橘類は相性が良く、酸味と甘みをバランス良く楽しめる。
バーボンを使うレシピもあるが、ここは元々北東部の名産だったライを使いたい。
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