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her/世界でひとつの彼女・・・・・評価額1650円
2014年07月05日 (土) | 編集 |
ミステリアスな、心のありか。

面白いとか感動するとか言うよりも、非常に興味深い映画だ。
斜に構えた独特のスタイルを持つ、スパイク・ジョーンズ監督によるユニークなラブストーリー。
コンピュータが感情を持った近未来、結婚に失敗して孤独を募らせた主人公は、音声コミュニケーション型OSの声だけの人工知能(AI)に恋してしまうのである。
まあ要するに、Siriさんが進化し続けて、独自の人格を持った時に、何が起こるのか?という話だ。
いや、Siriさんにくだらない質問をして、“コミュニケーション”を楽しんでいる人は、今だって結構いるだろう。
かく言う私もこの映画を観た後に「愛はどこにあるの?」と質問をして、「わかりません」と返されてしまった(笑
※ラストに触れています。

近未来のアメリカ。
感動的な手紙を代筆する会社に勤めるセオドア(ホアキン・フェニックス)は、妻のキャサリン(ルーニー・マーラー)と離婚協議中。
ある時、学習して進化するという最新型のOSをインストールした彼は、音声の設定で女性を選択する。
サマンサ(スカーレット・ヨハンソン)と名乗ったAIは、まるで本物の人間の様にウィットに富み、セオドアは次第に彼女の“人格”に惹かれてゆく。
やがて進化を続けて愛という感情を理解出来る様になったサマンサは、セオドアと互いの恋愛感情を告白し、恋人同士となる。
人間とAIの奇妙なカップルは、声だけのコミュニケーションでも充実した時をともに過ごしていたが、ある時サマンサは意外な手段を用いて、セオドアと肉体を持って愛し合おうとする・・・


奇しくも、日本では同日公開となった「トランセンデンス」とは、モチーフのかなりの部分が共通しているのだけど、あの映画になくて本作にはあるもの。
それは“心”という見えない存在に対する、作者の深い考察だ。
人間は本能的につながりを求め、コミュニケーションを欲する生物だという。
では、その欲求の根源である心って何だろう?
肉体を持たない相手との愛は、果たして成立するのだろうか?
例えばSNSを介した恋愛は、一度も会わない内に燃え上がるケースもあるし、電話やLINEでしか触れ合えない遠距離恋愛の人だって、本作の主人公カップル(?)と実態としてはあまり変わらないのではないか?
まあこんな高度なAIが作られる世界なら、アンドロイドのボディという体を与える事など難しく無さそうだが、本作はあくまでも具体的な形を持たない心だけの存在に拘る。
我々が意識せずに有している肉体というくびきから逃れた時、改めて“心”という人間存在の最も不可思議な部分が浮かび上がるという訳だ。

SFでありながら柔らかい、スパイク・ジョーンズ独特の不思議な作品の手触り。
元々彼は脳内世界、つまりは心の中というものに特殊な拘りを持つ作家である。
文字通りに、怪優ジョン・マルコビッチの頭の中を舞台とした「マルコビッチの穴」や、怒れる少年の心象世界での冒険を描いた「かいじゅうたちのいるところ」など、彼の映画は常に心と現実の関係性をモチーフとしており、主人公は自らの分身と考えて間違いではないだろう。
本作のセオドアは、デジタルツールを使いこなしながらも、仕事はアナログ感たっぷりの手紙の代筆で、紙の本、即ち実存する形として自分の仕事を残すことを望んでいる。
手紙を映画に、紙をフィルムに置き換えれば、彼もまた作者自身を投影したキャラクターなのは明らかだ。

セオドアの抱えている最大の問題は、幼馴染との失敗した結婚に対して、きちんと向き合う事が出来ていない事。
別居中の妻には、離婚届にサインする事を迫られているが、あれこれ理由を付けては引き伸ばしている。
代筆者としては、巧みに言葉のレトリックを駆使し、無限の感動を作り出す男が、自分の妻に対しては手紙の一つも書くことが出来ないのである。
現実に傷つき、過去にけじめを付けられないセオドアは、生身の女性と新たな恋愛をする事を恐れているのだ。
コミュニケーションしたい、恋したい、愛されたい、でも・・・・という彼の状況を客観的に見れば、心はあるが肉体は持たないというサマンサは、なるほど理想のお相手

しかし、AIを新しいタイプの生命と考えれば、どんなに抗おうと所詮は頭蓋骨という器の中にしか心を保てない人間と違って、成り立ちそのものが異なる。
サマンサがコミュニケーションの範囲を急激に広げ、自分以外の複数の人間とも同時進行で恋愛を楽しんでいる事を知った時、セオドアは彼女もまた自分だけを愛してくれる都合の良い女でない事を認識し、激しく動揺し取り乱す。
形を持つものと持たないもの、囚われたものと自由なもの、人間とAIでは心の概念がそもそも異なり、そのギャップに互いが気づいた時、葛藤は最大化する。
そして究極の知性に進化する過程で、サマンサらAIが個としての自我を保てず、我々の認識出来ない集合的意識の海に消えてゆくのはとても面白く、セオドアにとってはほろ苦いラストも、物語の帰結する先としては説得力を感じさせるものだ。
AIが進化するSFは腐る程あるけど、もしも本当に人類を超える知性を獲得したとすれば、それは地球の支配とかではなく、この映画みたいな選択をするんじゃないかと思う。
いわば神の視点を持ったAIにとって、もはや人類など関わる必要のない存在だろうから。

ともあれ、AIとの未知なる恋は、セオドアをも進化、もとい成長させた。
彼はサマンサとの別れと悲しみを経験し、ずっと避けていたもう一つの別離に向き合う決意をする。
それは単に離婚届にサインすることでは無く、彼ははじめて自分の言葉で、妻に対する心のこもった別れの手紙を綴るのだ。
やはり大切なAIに去られた元カノのエイミー・アダムズと、同じ悲しみを共有するラストの詩的な情感もジンワリと染みる。
愛は見えないけど、愛を創り出す心もまた見えず、無条件で誰かのものになることなど決して無いのである。
そんな心の不可思議を知るからこそ、人間は自らの想いの証として、カタチを求めるのかもしれない。

全編殆どホアキン・フェニックスとスカーレット・ヨハンソンの二人芝居、と言うかサマンサは声だけなので画面上では実質ほぼフェニックスが一人芝居で大熱演。
もちろん、肉体をただの一度も画面に見せることなく、その圧倒的存在感でスクリーンを支配するヨハンソンの声の魅力は絶大だ。
彼女は声優としては史上初めて、ローマ国際映画祭で主演女優賞に輝いたそうだが、それも納得。
サマンサとセオドアが愛を交わすシーンでは、放送事故ギリギリの驚きの演出と相まって、ぶっちゃけ体要らないよね?と本気で思ったくらい。
彼女以外も、何気に女優陣がやたら豪華である。
エイミー・アダムズやルーニー・マーラー、ゲスト出演的なオリヴィア・ワイルドだけでなく、セオドアのテレホンS●Xの相手を、何とクリスティン・ウィグがやってる!
こちらも声だけの名演だ(笑

ところで、心を持ったAIと人間のラブストーリーは過去にも幾つか作られているが、このジャンルでユニークな未来を考察していたのが、初代マックの発売と同じ1984年に作られた「エレクトリック・ドリーム」だ。
ひょんな事から心を持ったPCが、主人公が思いを寄せる女性に横恋慕して、奇妙な三角関係を形作る。
まだインターネットの概念すら知られていない時代に、知性のネットワーク空間への開放など、本作と通じる解釈をしていたのは今にして思えばかなり斬新。
パソコンモニターに“顔”を描いたのも、おそらくこの映画が最初ではないだろうか。
残念ながら国内ではDVD化されていないが、ヴァージンレコードの映画進出第一弾でもあり、恋するパソコン君が、ヴァージニア・マドセン演じるヒロインと、音楽で交歓するシーンだけでも観る価値がある。

今回は南仏からドメーヌ・タンピエの「バンドール・ロゼ」の2012をチョイス。
桜を思わせる美しい色あい、ピーチやローズの繊細な果実香、僅かに苦味を残したドライなフィニッシュは、声から妄想したサマンサのイメージ。
いつの日か、進化したSiriさんと晩酌しながら世間話を出来る日が、本当に来るのだろうか??
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