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STAND BY ME ドラえもん・・・・・評価額1650円
2014年08月12日 (火) | 編集 |
ドラえもん・ビギンズ。

1969年に連載が始まった、藤子・F・不二雄原作の国民的漫画「ドラえもん」、史上初の3DCGによる映画化である。
過去数十年の間に膨大な数のテレビ・映画が作られてはいるが、セルアニメーションと3DCGはやはり別物で、立体映像として浮かび上がるビジュアルはとても新鮮だ。
山崎貴、八木竜一両監督と「friends もののけ島のナキ」 の制作チームによって作られた映画は、僅か87分というコンパクトな上映時間の中に、驚くほど原作のエッセンスに忠実に、私たちの観たかった藤子ワールドが詰め込まれており、これは子どもだけに独占させておくのは勿体無い。
本作は言わば、嘗て漫画やセルアニメでドラえもんに親しんだ大人たちが、懐かしい友達を“再発見”出来る、大人のためのレトロモダンな「ネオ・ドラえもん」なのである。
※ラストに触れています。

ぐうたらで何をやらせてもダメダメな少年、野比のび太(大原めぐみ)の元に、ある日突然未来の世界から猫型ロボットのドラえもん(水田わさび)がやってくる。
このままだとのび太の人生はお先真っ暗、莫大な借金をつくり遠い未来の子孫にまで迷惑をかけているという。
そこで、未来を変えるために、のび太の世話係としてドラえもんが送り込まれたのだ。
ドラえもんには、持ち主でのび太の子孫のセワシくんによって、“成し遂げプログラム”がセットされており、のび太を幸せにしない限り未来へ帰ることが出来ない。
手っ取りばやくのび太を幸せにするために、ドラえもんは彼が恋心をよせるクラスメイトのしずかちゃん(かかず ゆみ)との未来の結婚を目指すことにするのだが・・・・


本作の共同監督である山崎貴の長編デビュー作、「ジュヴナイル」は、ネットで流布したファンメイドの「ドラえもん」最終回を原案としている。
ある日ドラえもんが故障し、もしも修理をすればメモリーがリセットされ、のび太との思い出は全て失われる。
唯一記憶を損なわずに修理出来るのはドラえもんを開発した人物だが、その正体は極秘とされていて誰も知らない。
修理を諦めたのび太は、やがて猛烈な勉強の末に、ロボット工学の第一人者となり、自らドラえもんを“発明”する、というアレである。
タイムパラドックスを上手く使った設定に、のび太の成長というシリーズ全体のテーマを上手く組み合わせた、なかなかに秀逸な二次創作だった。
今にして思うと、デビュー作からの縁も不思議だが、山崎監督は14年かけて本家にたどり着いた訳だ。

実は原作のドラえもんは、元々小学館の学年誌に連載されていた関係で、年度ごとの最終号で何度かドラえもんが未来に帰るという“最終回”が描かれている。
映画は、ドラえもんが未来の世界からやってくる第一話「未来の国からはるばると」から、最終回の中で最も有名な「さようならドラえもん」とその続編「帰ってきたドラえもん」までの話であり、これ以降原作で最終回が描かれた事が無いので、その後の全てのシリーズに繋がるビギニングものとしての性格を持つ。
しかし予告編は膨大なエピソードの中の良いとこ取りの様な印象で、一体どうやって90分を切る上映時間の中にあれを全部詰め込むのだろう?と思っていたが、作品を観て驚いた。
物語そのものは、原作あるいはアニメ版からの抜粋と再構成といって良いと思うが、いや実に巧みに組み立てているのだ。
原作の要素を全く壊す事無く、一本筋の通った思春期の成長物語としてキッチリと昇華されているのである。

脚色で上手いのは、原作には無い“成し遂げプログラム”の存在だ。
最初、出来の悪いのび太の面倒を見る事に乗り気でなかったドラえもんに、セワシくんがのび太を幸せにしたら未来へ帰れるというプログラムを設定する。
原作の「さようならドラえもん」やこの話を元にした過去のアニメ版では、なぜドラえもんが未来に帰らねばならないのか明確でなかったが、本作ではドラえもんが現代に留まれない理由が具体的に描写されるのだ。
前半の山場は、14年後の未来ののび太としずかちゃんの恋路を、現代ののび太とドラえもんがアシストし、結果的に二人の結婚が決まるエピソード。
自分の未来を好転させた大いなる達成感に、のび太は今すごく幸せだと口走ってしまい、ドラえもんは未来へと帰らねばならなくなる。
プログラムに逆らうと罰を受けるドラえもんを、のび太はもう引き止める事が出来ない。

ぐうたらなダメ男であるのび太を、物語の主人公足らしめる一番美しい資質は、自分の事よりも他人を思いやる優しい気持ちと豊かな想像力だ。
物語の前半は、ドラえもんが課せられた使命、即ちのび太の将来をベターに導き、幸せにするという目標にまい進するのだが、それは結果的に自分よりもしずかちゃんの幸せを願うのび太自身の内なる資質を引き出すことによって達成される。
しかしこの時点では、のび太はまだドラえもんに依存しており、本当に将来幸せを掴めるかは、ドラえもんの存在次第である事に二人とも気付いていない。
そこで後半は、のび太のドラえもんからの別れを描く事で、彼が自立して歩んでいけるまで成長させるのだが、ここでものび太の行動原理が自分の為ではなく、ドラえもんを心配させないためというのが泣けるではないか。
野比のび太は、実はぶれない男なのである。

山崎貴、八木竜一両監督は、藤子・F・不二雄先生の原作漫画に親しんだ世代だろう。
全編に渡って、原作へのリスペクトが滲み出る。
ドラえもんと同い年で、物心ついた頃から漫画を読んでいた私が観ても、とても丁寧に物語を読み込んで、エッセンスを抽出しようとしているのが伝わってくるのだ。
初めて平面を飛び出したキャラクターも、イメージを損なわず巧みにモデリングされており、立体空間を縦横無尽に動き回るカメラワークによって、未来の世界をタケコプターで飛び回る快感を体験できるのは感動。
ハリウッド映画などと比べれば、予算的にも決して潤沢とはいえない体制で、このクオリティのビジュアルは十分賞賛に値する。

「STAND BY ME ドラえもん」は、言わばドラえもんで育った世代によって作られた、究極のファンメイドムービーだ。
物語の“現代”があえて原作通りの昭和の風景であるのも、これが作者の主観的ドラえもんなのだという事を諷示している。
ちなみに映画の中の“未来”、つまり昭和な現代の14年後は、どう考えてもこんなに変わらないだろうと突っ込みたくなるくらいのSFチックな世界だが、本作の場合これでいいのだ。
昭和の漫画に出てくる未来は、本当にアイディアリズムの夢と希望に満ちていた事を思い出させてくれた。
余談だが、件のファンメイド版「ドラえもん」最終回には、進化のスピードがあまりにも緩くて、子どもの頃に夢見た未来と現実の未来は繋がらなかった、でもそのパラドックスを埋めるのが、のび太の発明するドラえもんだという台詞がある。
もしかしたら、この台詞が山崎監督の頭にも残っていたのかもしれない。

もちろん、本作の様なスタンスでドラえもんを解釈するのに異論のある人もいるだろう。
だが、どんな作品のファンにも、捕え方は個人差があるから、思い入れの方向によっては入れないのは必然なのだ。
原作が有名であればあるほど、作者が読み解いたドラえもん、感動したドラえもん、観たかったドラえもんを作るというスタンスは、娯楽映画のあり方としてとても正しいと思う。
子どもが観てももちろん楽しいけど、これは本質的には嘗て子どもだった大人たちが、再びあの頃の気持ちを取り戻すための作品だ。
ドラえもんを知らない人は、とりあえず観に来ないであろうという客層の割り切り方も含めて、私は本作を大いに支持する。
子どものころの様な長い夏休みを取れなくなったおっさん、おばさんたちが、束の間のお盆休みにノスタルジーに浸り、明日の元気をもらうのに、これ以上ふさわしい作品があるだろうか。

ドラえもんに酒を付け合せるのは難しいが、藤子先生の故郷、富山の地酒にしよう。
富菊酒造の「羽根屋 純米中汲み 」をチョイス。
もろみを搾るさいに、酒槽から垂れてくる酒は時間によって味が微妙に異なり、中汲みは丁度中間部分を集めたもので、その槽の酒が本来狙ったバランスに優れる。
こちらも、米の華やかな香りが楽しめる、穏やかな辛口酒に仕上がっている。
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