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KANO 1931海の向こうの甲子園・・・・評価額1650円
2015年01月27日 (火) | 編集 |
1931、フィールド・オブ・ドリームス。

今から84年前の夏、日本統治下の台湾で、それまで一度も勝ったことのない弱小野球部が奇跡を起こす。
タイトルの「KANO」とは、台湾南部の嘉義農林学校の略称、嘉農のこと。
漢人、台湾先住民、日本人の混成チームである嘉農野球部は、人々の希望を背に受け、崇高な一つの夢に向かって団結し躍進する。
監督・脚本は、大日本帝国に対する台湾先住民セデック族の反乱、いわゆる霧社事件を描いた「セデック・バレ」に出演していた俳優のマー・ジーシアンで、これが監督デビュー作。
共同脚本とプロデュースを同作の監督、ウェイ・ダーションが務める。
時代背景的に公用語が日本語だった事もあり、台湾映画でありながら台詞の大半は日本語である。
※クライマックスに触れています。

近藤兵太郎(永瀬正敏)は、嘗て甲子園で活躍し、野球界で将来を嘱望されながら、大きな挫折を味わった後に台湾へと移住し、会計士として生計を立てている。
しかし、近藤の存在を知った地元の嘉義農林学校から野球部の監督就任を要請され、最初は固辞するも、彼らの練習を見るうちに、その秘められたポテンシャルを見抜く。
台湾の強豪校の野球部は殆ど日本人選手で固められているが、嘉農の民族構成はバラバラ。
日本人の緻密な守備、漢人のパワフルな打撃、先住民の駿足を組み合わせれば、理想のチームが出来ると考えた近藤は、監督として嘉農野球部を率いる決意をし、部員たちに目標を甲子園出場だと宣言する。
公式戦で一度も勝ったことのないチームの、壮大過ぎる目標を人々は嘲笑するも、やがて嘉農野球部は破竹の快進撃をはじめる。
そして一年後、彼らの姿は遥か海を越えた甲子園のフィールドにあった・・・


スクリーンに映し出される1931年の夏の甲子園には、台湾代表の嘉義農林の他にも、満州代表の大連商や朝鮮代表の京城商といった名前が見える。
日本が広大な帝国で、今よりも確実に多民族国家だった時代。
良い悪いではなく、そこは現在の日本国とは全然違う国であって、この時代の台湾史を描いた本作は、同時に日本史の知られざる一部を垣間見る作品でもあるのだと実感。
歴史は、共有されているのである。

近藤が監督になってから一年、憧れだった甲子園で一回戦を突破し、大会のダークホースへと浮上する嘉農野球部に、日本人の記者が侮蔑的な言葉を投げつけるシーンがある。
「混成チームなんて意思疎通が出来るのか?高砂族は日本語が分かるのか?」
単に民族差別とみる事もできるだろうが、前年の1930年の晩秋には、あの霧社事件が起こっているのだ。
映画「セデック・バレ」にも描かれた台湾先住民、セデック族の反乱は、入植者の日本人にも多くの犠牲を出している。
今で言えば中国における漢人とウィグル人の対立の様な、二つの民族の間に一触即発の不穏な空気が流れていてもおかしくはない。
帝国という、21世紀から見れば甚だ非効率的な共同体の構築に従って、葛藤の要因も増えてゆくのは当たり前の事だ。

その様な時代にあって、嘉農のナインはフィールドの上に同じ夢を見る。
いや、野球という民族を超える共通言語があるからこそ、そこに同じ夢を描くことが出来るのか。
嘉農が勝ち進みはじめると、最初は彼らの挑戦をバカにしていた地元の人々も、侮蔑的な言葉を浴びせた記者も、何よりも甲子園を埋めた満員の観衆たちが、必死に白球を追う嘉農ナインのひたむきさに巻き込まれ、彼らのサポーターと成ってゆく。
彼らは、後にジャッキー・ロビンソンや野茂英雄が体現した、スポーツの理想の先駆者であると言って良いのかもしれない。

映画のテリングとしては、本作は決して器用な作品ではなく、お世辞にも洗練されているとは言い難い。
だが「セデック・バレ」の4時間半超えに続く3時間の大長編は、描きたい事が沢山あるからこそ
新人監督の泥臭くも懸命な語り口もあって、この映画自体が甲子園球児の様なほとばしる情熱に溢れている。
前半は、普通の映画一本分を費やしても、あまりに多くの登場人物の内面を描き切れず、ややぎこちなさが目立つ。
ところが、後半舞台が台湾から日本へと移り、いよいよ甲子園での大会が始まると、物語の主軸も必然的にフィールドの選手たちに絞り込まれ、負けたら終わりのトーナメント故に大いに盛り上がる。
私はこの話自体を知らなかったので、嘉農がどこまで勝ち進むのかとハラハラドキドキ。
特にマウンドを守る呉投手と、二回戦の相手である札幌商の錠者投手と最終戦で当る中京商の吉田投手を、それぞれに違った個性のライバル対決としたのは上手い。
クライマックスとなる決勝戦は、正に死闘。
これが現在の話であれば、教育的にとんでもないと非難されるだろうが、まだ日本にプロ野球すら存在しない時代である。
死力を尽くした闘いからは、野球映画の醍醐味を存分に味わえる。

本作では共同脚本とプロデュースを担当したウェイ・ダーションは、「台湾人のアイデンティティのために映画を撮るのが自分の使命だと思っている」と語っている。
なるほど「セデック・バレ」も本作も、物語のバックボーンにあるのは、半世紀の長きににわたり日本の統治を受け、大陸の中華人民共和国とは明らかに異なる歴史と文化を有する台湾という“国”のオリジンである。
彼のスタンスは、事の善悪を批評的に描くのではなく、今につながる1ページとして可能な限りナチュラルかつ真摯な視点で、歴史と人間を描くという事だろう。
もちろん、娯楽映画としての脚色されているし、“盛っている”部分も当然あるのだけど、登場人物は皆それぞれに人間的で、過度なステロタイプは出てこない。

本作では、嘉農野球部の躍進のイメージを比喩的に強化する形で、水資源の乏しかった台湾南部を、肥沃な水田地帯へと変えた巨大水利工事、嘉南大圳が描かれ、大沢たかおが八田與一を演じている。
たとえ独立した国であろうと、帝国の植民地であろうと、そこに人が暮らしていれば、悲喜こもごも様々なドラマが生まれ、それは時には「セデック・バレ」の様な抑圧と悲劇を生み、時には本作の嘉農の活躍や嘉南大圳の様な栄光と希望の記憶となる。
悪しき行い、良き行いはあれど、そこに悪い人間と良い人間がいた訳ではない。
解釈するのではなく、理解するという歴史観ゆえに、本作は日本史の知られざるエピソードを描く作品としても、ごく自然に日本人の観客にも受けとめられるだろう。
しかし共有する歴史、それも日本からみると、既に国境によって分かたれ、失われた歴史だからこそ、ある種のノスタルジイと共に、アイロニカルでビターな余韻を感じさせるのも事実である。

台湾に帰った嘉農ナインのその後が紹介されるエンディングで、漢人や先住民の選手たちは、それぞれに野球に関わりながらも人生を全うしたが、日本人のセカンドとライトの2選手は太平洋戦争で戦死したとされる。
そして1944年の戦争の時代から、回想という形で1931年を俯瞰するのは、出征し南方の戦地に赴く途中で台湾に立ち寄ったという設定の札幌商の錠者投手だ。
実際には錠者投手が向かったのは大陸であって、彼が台湾にいたというのはフィクションの様だが、彼もまたシベリアの荒野の土となり、二度とマウンドに立つ事は出来なかったのである。

それにしても、ちょっと調べてみるとこの年以降、嘉農野球部出身者というのは、本当に日本と台湾の野球界には多大な貢献をしてきたのだな。
あの自転車の少年が、後に日本のプロ野球で大活躍し、殿堂入りするほどの大選手になったとか、映画になりそうなエピソードの宝庫かもしれない。

今回は台湾を代表するビール「台灣啤酒 經典(台湾ビール クラッシック)」をチョイス。
こちらは日本統治時代の1919年に創業した高砂麦酒の製法と味を受け継いでいるそう。
確かに日本のビールに近い味わいだが、全体にライトで南国らしい味わい。
暑い台湾で野球をした後とかには、たいそう美味いだろう。
劇中でも近藤たちがビールを飲んでたけど、あれは高砂麦酒だったのかも知れないな。
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