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ショートレビュー「天空の蜂・・・・・評価額1600円」
2015年09月30日 (水) | 編集 |
蜂の一刺しを恐れるのは誰か。

1995年のある日、無人飛行可能な自衛隊の新鋭大型ヘリがジャックされ、高速増殖炉の上空でホバリング。
このまま時間が経てば、ヘリは燃料切れで原子炉建屋に落下する。
姿無き犯人の要求は、日本全国の全ての原発を即時停止させ、再始動不可能な状態に破壊する事。
20年前に東野圭吾の原作を読んだ時、映像化想定で書いたのだろうな、と思ったのを覚えている。
まるでハリウッド映画の様な設定はもちろん、プロットの構成も極めて映画的で、腕の良い脚本家がいれば現実的な上映時間で十分脚色可能な内容だった。
それゆえ、映画化まで20年の歳月がかかったのは意外ともいえるが、むしろ2015年の今作られた事は必然だったのかもしれない。

冒頭、自衛隊への引渡し式直前、巨大なヘリが突如として動き出す瞬間から、物語はサスペンスフルに展開する。
高速増殖炉上空の“蜂”の燃料が尽きるまで、わずか8時間。
日本そのものを人質にとった犯人とその正体を追う当局の捜査劇と、ヘリの奪還と同時に高速増殖炉の安全確保をしなければならない現場の闘い。
また、ヘリには開発者の湯原の一人息子が取り残されており、上空にホバリングしているヘリからの決死の救出劇、さらには原発開発を担当する三島と湯原のエンジニア同士の葛藤と、幾つものプロットが重層的に進行し飽きさせない。
原作からはある程度改変された箇所はあるものの、基本的には忠実な作り。
もっとも、数多いキャラクターの背景は描き足りない部分が多く、132分の上映時間はやや窮屈な印象がある。
特にミッドポイントで取り残された少年の救出劇が描かれて以降は、展開がやや雑然とした印象になってしまった。
これ以上刈り込まないのであれば、上映時間は2時間半程度は欲しかったところで、結果的に説明的な描写・台詞が目立つのはちょっと残念だ。

大変な力作だと思うが、港で言われている様な反原発メッセージ映画とは違う
確かに原発が重要なモチーフになっているし、物語のキーではあるのだけど、これは原発の是非を描く作品では全くないのだ。

天空の蜂の一刺しを恐れるのは、ことなかれ主義でありながら冷徹な権力と、面倒なことに無関心でありながら白黒レッテル貼りに嬉々とする大衆。
問題を認識しながら、見たくないものには目を瞑る者たち。
異なる意見を持つ誰かを攻撃することが、正義だと勘違いする者たち。
「標的は原発」という刺激的なコピーを掲げた本作、娯楽映画として水準以上の作品だと思うが、興業的には苦戦しているという。
この事実もまた、劇中に描かれた日本と日本人のカタチの現われと言えるのかもしれない。

原作の出版から20年。
無人航空機技術は軍事だけでなくドローンとして一般化し、高速増殖炉は相変わらず金食い虫、そして何よりも劇中では“あり得ないこと”とされている原発ゼロの世界を、3.11の記憶と共に我々は経験してしまった。
あえて舞台を現在ではなく、原作の書かれた1995年のままとした事で、本作は未来から俯瞰した過去の未来予想図という不思議な味わいを持つ異色作となった。
ある種の“仮想の未来の悪夢”を描いたフィクションに、時代がぴったりフィットしてしまったのは、なんとも皮肉だ。


今回は天空の蜂だけに蜂蜜酒のミード。
国産蜂蜜を使った会津ミード「美禄の森」をチョイス。
まろやかな甘みと適度な酸味があり、フレッシュな森の恵みを味わえる。
キンキンに冷やしてそのまま食前酒にしても良いし、炭酸で割っても美味しい。
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心が叫びたがってるんだ。・・・・・評価額1650円
2015年09月25日 (金) | 編集 |
言葉が生まれたがってるんだ。

丁寧に作られた青春ストーリー。
幼い頃のある出来事が深刻なトラウマとなり、声を失った少女が、仲間たちとのミュージカル制作を通して殻を破り成長してゆく。
監督の長井龍雪、脚本の岡田麿里、キャラクターデザイン・作画総監督の田中将賀ほか、フジテレビ系深夜アニメの名作「あの日見た花の名を僕達はまだ知らない」、通称「あの花」のスタッフが再結集。
原作のクレジットも、同様に「超平和バスターズ」名義である。
「あの花」の喪失の痛みとはまた異なるが、今回も若者たちのそれぞれの葛藤がじっくりと描かれ、見応えあるドラマを形作る。
※核心部分に触れています。

成瀬順(水瀬いのり)の家族は、ある日彼女が何気なく発した言葉によって、あっけなく崩壊。
おしゃべりを後悔する順の前に現れた“玉子の妖精”によって、順は喋ると腹痛を起こす呪いをかけられてしまう。
やがて時は流れ、高校生となった順は一切言葉を発しない変わり者としてクラスでも浮いた存在。
そんな彼女は、担任の城島(藤原啓治)から恒例行事の「地域ふれあい交流会(ふれ交)」の実行委員となる事を命じられ、戸惑いを隠せない。
実行委員のメンバーは音楽好きの坂上拓実(内山昂輝)、クラスの優等生の仁藤菜月(雨宮天)、故障で甲子園の夢を絶たれた野球部の田崎大樹(細谷佳正)、そして順の四人。
しかしそれぞれにコミュニケーション下手な四人の中はギクシャクし、出し物を決めることすらままならない。
そんなある日、拓実が音楽に詳しい事を知った順は、自分の物語をミュージカルにしたいと言い出すのだが・・・・


つい先日実写ドラマ版が放送された「あの花」は、風光明媚な秩父の自然を背景に、若者たちの喪失と再生を描いたリリカルな物語だった。
仲良しグループ、超平和バスターズを作って秘密基地に集って遊んでいた「じんたん」ら6人の少年少女たちはしかし、メンバーの一人「めんま」の突然の死を切っ掛けにやがて疎遠になる。
だが7年後のある日、突然じんたんの前にめんまの幽霊が現れ、この世に遣り残した事があるから、願いを叶えるのを手伝って欲しいと告げる。
この事件によってバラバラだった超平和バスターズは再び秘密基地に集い、めんまの幽霊との邂逅という非日常の中で、それぞれの中で止まってしまっていた時計を再び動かすのである。

ほぼ同じスタッフで作られた本作は、いろいろと「あの花」との共通項が多い。
まず舞台となるのは同じく秩父がメインで、学校のロケーションに足利がミックスされている。
物語的にも、過去のトラウマによって縛られてしまったティーンたちが、数年後のある事件を切っ掛けとして心の傷と向き合うという基本構造は一緒。
トラウマを生み出したのが、何気なく発したある言葉だという点も同じである。
「あの花」のめんまの願いは、ずっと気を張って生きてきたじんたんを“泣かせること”だった訳だが、今回は連続ものではないので、プロットはよりコンパクトにまとまり、物語の起点と終点もダイレクトに繋がっている。

主人公の成瀬順は、口から生まれてきたといわれるほど、お喋りな女の子。
ところが幼少期のある時、彼女は見てはいけないものを見てしまうのである。
近所の山の上にある“お城”、即ち城型のラブホテルから、父親が知らない女性と共に出てくるのを偶然に目撃。
しかしラブホなんてモノを知らない順は、父親が本当の城からプリンセスと出てきたと思いこんで、それを母親に告げてしまうのだ。
この一言によって、当然の様に家庭はぶっ壊れ、家を追い出された父親は去り際に「全部お前のせいじゃないか」と無情な一言を順に残すのである。(個人的にはこの親父が一番しょうもない人間に思えた)

一度口から出た言葉は、二度と取り戻せない。
自分のお喋りのせいで、家族が一瞬で崩壊してしまった事にショックを受ける順の前に「玉子の妖精」が現れて、喋れなくなる呪いをかけられてしまう。
以来言葉を失った順は、携帯のテキストでしか他者とコミュニケーションを取れなくなり、家でもクラスでも自分の居場所を失ってしまうのだ。
ここで本作における唯一の非日常として登場する玉子の妖精は、彼女にとっては自らの軽率な言葉を罰する贖罪の象徴であり、同時に残酷な現実から自分を守るために少女の繊細な心が無意識に作り出した強固な殻。
これは言葉という諸刃の剣によって、深い傷を負ってしまい玉子の中に閉じこもった少女が、再び殻を破って生まれるまでの物語と言えるだろう。

ひょんな事から、順と共にふれ交の実行委員となる他の三人も、それぞれに青春の葛藤を抱えている。
非凡な音楽的才能を持つ拓実は、順と同じく両親が離婚し、祖父母のもとで育てられており、なかなか心のうちを人に見せられない。
優等生キャラでチアリーダーの菜月は、中学時代の初恋の相手である拓実に今も想いを残したまま。
将来を嘱望されたピッチャーだった大樹は、肘の故障で大好きな野球が出来ぬイライラを他人にぶつける事で、何とか心のバランスをとっている。
彼らの共通点は、程度の差はあれど皆“言葉”によって傷ついているということ。
そんな彼らが作る事になるのが、順が書いたミュージカル、その名も「青春の向う脛」(笑
これは城で開かれる舞踏会に憧れる少女を主人公に、順が自身の心情を戯画化した物語を書き、拓実が過去の名作ミュージカルやクラッシックから音楽をつけた作品。
なぜミュージカルかというと、順は喋ることは出来なくても、なぜか歌うことは出来るのである。
ずっと言葉を発することが出来なかった順は、歌によって心の中の想い、ずっと内に抱え込んできた本当の気持ちを吐き出そうとするのだ。

最初はコミュ下手故に反発しつつも、いつしか四人は葛藤を抱えながらもミュージカル作りに打ち込んでゆき、彼らが発する熱はやがてクラス全体を巻き込んで広がってゆく。
もの作りの現場に学園ヒエラルキーは存在せず、野球部のエースとチアリーダーというジョックとクィーンビーもまた、どちらかと言えばギークな拓実と不思議少女系の順の作り上げた世界へと取り込まれてゆく。
しかし、殻が破れそうになれば、内に推し留めようとするもう一つの力も強まる。
歌うのか、歌わないのか、順の中では二つの心が激しく葛藤し、遂に現実の事件となってクライマックスへと突入してゆく。
ここから順、拓実、菜月、大樹、そしてもう一人、大きな傷を秘めた順の母の織り成すドラマは、劇中劇「青春の向う脛」と巧みにシンクロし、ドラマチックに盛り上がる。
秩父、足利のノスタルジックな風景に展開する、エピソードの一つひとつが、観る者の青春の記憶を呼び起こし、感情移入を誘う。

その写実性から一見実写でもいけそうに見えるが、本作はやはりアニメならではの絶妙な虚構性がキモなのである。

しかし、今年はなんだかステージを作る高校生の物語が各メディアで多い。
高校演劇の大会に挑む女子高生たちを描く、ももクロ主演の群像劇「幕が上がる」、離島の高校合唱部の再生劇「くちびるに歌を」、「幕が上がる」にも出演してた芳根京子が連続ドラマ初主演した「表参道高校合唱部!」、そして本作。
実写劇映画、テレビドラマ、アニメーションと表現形態はバラバラでも内容はずいぶん被る。
時期的に考えればそれぞれの企画開発はほぼ同時期だろうから、不思議な連鎖だ。

舞台が秩父なので、秩父の地酒銘柄・武甲から「秩父ここさけ 特別純米酒 」なるコラボ酒も出ているらしい。
しかし残念ながら飲んでないので、主人公たちが通う高校のモデルとなった、足利南高校のあると栃木県足利市から、ココファームワイナリーの「ここさけ」ならぬ「Coco-Rose(ココロゼ)」をチョイス。
ココファームは、知的障害を持つ「こころみ学園」の子どもたちが、社会とかかわりを持てるようにと、1958年に先生と生徒たち自らが二年がかりで山を切り開き、開墾して作った小さなワイナリー。
ココロゼは適度な酸味と仄かな甘味、複雑なフルーツの香りが楽しめる軽やかなロゼ。
数種類の葡萄から生まれる味わいは、まさに本作の主人公たちの様なフレッシュな味わいだ。

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ショートレビュー「黒衣の刺客・・・・・評価額1650円」
2015年09月20日 (日) | 編集 |
風は、吹いているか。

長編劇映画としては、2007年の「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」以来8年ぶりとなるホウ・シャオシェン監督の最新作は、意外にも晩唐期を舞台とした時代劇である。
カテゴリ的には武侠もの、あるいは宮廷陰謀劇と言えるのだろうが、本作をジャンル映画の枠組みで語るのは不可能だしナンセンス。
キン・フーの「侠女」やアン・リーの「グリーン・デスティニー」に代表される、アクション活劇としての武侠映画とは別物だ。

これは強烈な個性を持つ、ホウ・シャオシェンの作家映画としか言いようがない。

物語は、現代の河北省の辺りで勢力を振るった河朔三鎮の一つ、魏博で展開する。
黒衣の美女、聶隠娘(ニエ・インニャン)がある日突然実家に帰ってくるが、彼女は訳あって女道士・嘉信に預けられ、13年間に渡って鍛錬を重ねた最強の刺客
道士は魏博の支配者である節度使の田季安を、暴君だとして暗殺を命じるも、隠娘はいざ季安と対面するとどうしても踏ん切りをつけられない。
なぜなら二人は嘗ての許婚同士で、政治的な思惑で引き裂かれた過去をもつ。
そうこうしているうちに、隠娘の実家を巻き込んだ宮廷内の勢力争いに、世継ぎを巡る陰謀も絡み合い、彼女は進むべき道を見失う。


描かれている状況の説明はあるが、登場人物の感情・行動の説明は殆どない。
一応、そもそもの発端は、唐の朝廷から嘉誠という女性が政略結婚のために魏博に嫁いできた事で、映画の時点では既に亡くなっている嘉誠の息子が季安で、許嫁の隠娘を刺客へと育てた道士・嘉信とは双子の姉妹という事はおさえておいた方がいいだろう。
宮廷内の複雑な人間関係は、何処とどこが対立して、誰と誰に因縁があるのは分かるものの、ではこの人はなぜこういう行動をしてるのか、何を考えているのかは少なくともテクスト表現としては具体的には提供されない。
まあ色々と設定はされているものの、要するに物語の筋立ての部分はさほど重要ではなく、そこに面白さを作り出そうとはしてないのである。


しかし目が離せないのだ。
スクリーンに映し出される圧倒的な映像美に、心が奪われる。

ホウ・シャオシェンはビスタのイメージが強いが、あえて狭いスタンダードのフレームに世界を閉じこめ、浅い被写界深度で浮かび上がらせる色彩と造形。

デジタル時代に35㎜フィルムを贅沢に使ったリー・ピンビンのカメラは、もう文句無しにキレキレである。
本作では、カメラは常に被写体との距離を保ち、基本的にクローズアップは避けられている。
豊かな自然の中では虫たちがさえずり、木々がざわめき、水がせせらぎ、風がそよぐ。
主人公の姓が“聶”であるのも象徴的で、観客は彼女を通して世界を聞き、そして見る。
映像と音に満ちた世界で人間もその一部であり、フレームの内に佇む人物の姿は環境と一体となって、その一瞬、一瞬の心に秘めた感情を静かに、しかし鮮烈にイメージさせるのである。

本作はまさに、目と耳を通じて心に訴えかける一幅の絵であり、詩だ。
さすがホウ・シャオシェン、見事な映像言語を堪能させてもらった。
ところでこの映画も一部のシーンでアスペクト比が変化する。
意味づけはあまり明確ではないのだけど、現在作家でこれをやるのはドランだけじゃないんだな。

今回は、中国語劇なれど日本人キャストもいるので、山口県の代表的な地酒、旭酒造の「獺祭 純米大吟醸50」をチョイス。
50は酒米の精米歩合のこと。
大吟醸らしいフルーティで芳醇な米の香りに、スッキリとして繊細な味わいは、この映画の詩的なムードにぴったり。
さらに精米歩合を上げた物もあるが、個人的にはこちらがベストバランスと思う。
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ショートレビュー「ピクセル・・・・・評価額1550円」
2015年09月13日 (日) | 編集 |
ある意味、ヲタクの理想郷。

ビデオゲーム黎明期の名作アーケードゲームにオマージュを捧げた、異色のSFコメディ。
いや~本国のレビューは散々だった様だが、実にアホらしい、もとい実に楽しい映画じゃないか。
1982年、NASAは地球外生命体に向けて、ゲーム大会の様子など地球の文化を収録した映像を探査機で打ち上げる。
ところが、その映像を受け取った宇宙人は、地球からの宣戦布告と勘違い。
売られたケンカは受けてたつとばかりに、2015年の現在にゲームに登場するのと同じ形の戦闘マシーンを地球に送り込み、地球人にゲームバトルを挑むのだ。
古典ゲーム同様に、お互いの“ライフ”は三つ。
つまりもしも地球側が三回ゲームに負ければ、そのまま地球は侵略されてしまう。

グアムの米軍基地を舞台にした初戦の「ギャラガ」は、状況を把握する間もなく敗北。
体制を立て直すことも出来ずにインドで行われた第二戦の「アルカノイド」も落とし、タージマハルを破壊されてしまう。
このままでは敗北は必至という事で、世界を救うべく登場するのが、そもそもの発端となった1982年のアーケードゲームのチャンピオンたちというワケ。
日本ではいまだ生き残っている街中の小規模なゲーセンは、DVDレンタル店同様にアメリカではほぼ絶滅。
忘れられたチャンピオンたちも、輝いていた少年時代の未来予想とは、かけ離れた生活をしている。
アダム・サンドラー演じるサム・ブレナーは、ゲームのパターンを見極める天才だが、でっかいことをやる夢は叶わずに今ではしがない街の電気屋。
相方のラドローは、少年時代からずっと陰謀論にとりつかれ、ゲームの「ドージョークエスト」の2次元キャラクターと結婚するのが夢(笑
そしてサムのライバルで、82年大会の決勝で彼を破ったエディは刑務所暮らし。
「こんなはずじゃなかった」と人生に疲れたおっさんたちが、予期せぬチャンスに輝きを取り戻す話は、ある意味ハリウッド映画の王道だ。

まあゲーマーなら誰しも、ゲームの世界が現実になったらとか、ゲームの世界に飛び込めたらと考えた事はあると思うし、好きなゲームを等身大の3次元で楽しめて、ついでに世界を救うヒーローになっちゃうというのは中年ゲーマーの妄想が炸裂した様。
ラドローの夢も含めて、色んな意味で不純な映画である(笑
問題は、ある種のパロディ作品でもある本作の場合、出てくるゲームをプレイした事があるかどうかが、面白さにかなり影響する事だ。
一応ゲームの概要は流れで分るようにはなっているのだけど、やはり実際に経験しているか否かでワクワク感は違ってくるだろう。
またゲーム以外に大量にぶち込まれた80年代ネタ、「ファンタジー・アイランド」から「マックス・ヘッドルーム」に至るまで、少なくとも今の日本の若者には全く分からないんじゃなかろうか。
その意味では本作を一番楽しめるのは、主人公たちと同世代の中年層かも知れない。
そういや、だいぶ年上だけど「ドラえもん」の大山のぶ代さんは、「アルカノイド」の達人なのだそうな。いや、関係ないけど。

以前、この映画に出てくるゲームの時代から活動しているベテランのゲームクリエイターの方とお会いしたとき、黎明期を知る世代にとっては、「ゲームは作品か?製品か?これは文化なのか?芸術といえるのか?」という葛藤があるという話が印象的だった。
これはおそらく映画の誕生の時も同じだったのだろうが、新しいテクノロジーが芸術表現としての深みを持ち、市民権を獲得するまでにはある程度時間が必要で、その一つの指標が他の表現によって歴史を語られる様になるということだと思う。
2013年の「シュガー・ラッシュ」と本作の存在が意味するのは、ビデオゲームが誕生40年にしてすでに広く文化として認知されていることの何よりの証なのかもしれない。
しかしアメリカ人は「Q-bert」を愛してるな(笑

今回は「パックマン」のステージとなるニューヨークの地ビール「ブルックリンラガー」をチョイス。
巨大パックマンがビール色なのもあって、何となく美味しそうと思ってしまったよ。
ブルックリンラガーは、禁酒法以前のニューヨークの名物だった、ドイツ系醸造所の味を復活させようと、1998年に創業した比較的新しい銘柄。
伝統のウィンナースタイルで作られるこのビールは、しっかりとしたコクと苦味があり、香りも芳醇で飲み応え十分だ。
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ショートレビュー「キングスマン・・・・・評価額1550円」
2015年09月08日 (火) | 編集 |

お笑い英国紳士が世界を救う。

この秋はなぜか「〜マン」が多い。
「アントマン」はダメ親父が極小ヒーローになる話だが、こちらは「キック・アス」で大ブレイクした、マシュー・ヴォーン監督による二匹目のドジョウ。
ひょんな事からロンドンに拠点を置く超国家スパイ組織、“キングスマン”にスカウトされた青年が、様々な試練を乗り越えて一人前のスパイとなり、世界を救うアクション・コメディだ。
原作はマーク・ミラーとディヴ・ギボンズの「The Secret Service」で、ミラーは「キック・アス」も手がけている。
物語のベースになっているのは、ジョーゼフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」に記された所謂ヒーローズ・ジャーニー
特別な血を受け継いだ主人公が冒険への召命を受け、メンターに導かれながら通過儀礼としての冒険を経て、真の英雄へと成長し帰還するというアレである。
「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」のベースになっている事でも知られる話型に、ヴォーン自身の成功作である「キック・アス」の要素をミックスした様な構成となっている。
※核心部分に触れています。

主人公のエクジーは、キングスマンの一員で凄腕スパイだった“ランスロット”の息子。
ランスロットが殉職した後スパイの世界とは無縁に育つが、生活は苦しく仕事も見つからない。
ところがある時、父の同僚だった“ガラハッド”に見出され、次期ランスロッド候補の一人として、キングスマン候補生の学校で厳しい選抜テストに挑む事になるのだ。
映画の前半はこの選抜テストを軸とした、たぶんに「ハリポタ」的な学園もののテイスト。
そして「スター・ウォーズ」のアレック・ギネス、あるいは「キック・アス」のニコラス・ケイジ同様に、エクジーにとっての“師”がイニシエイションのお約束にそって中盤で退場すると、後半は珍妙な方法で世界の浄化を狙う悪のIT長者、ヴァレンタインの陰謀を阻止すべく、若きキングスマンとなったエクジーの活躍が描かれるというワケ。
サミュエル・L・ジャクソンがノリノリで演じるこのヴィランは、携帯電話から人を凶暴化させる音波を出して世界中の人々に殺し合いをさせ、人口を一気に減らすという計画を立てていて、世界を動かすVIPたちを密かに仲間に取り込んでいる。
ゆえに誰が味方で誰が敵かわからず、キングスマンは孤立無縁の戦いを余儀なくされるのだ。
マーベル映画のS.H.I.E.L.D長官ニック・フューリー役で知られるジャクソンに、世界を滅ぼそうとするヴィランを演じさせるのは、もちろん英国らしいシニカルなパロディ化だろう。

マシュー・ヴォーンのフィルモグラフィを見ると、アメリカ映画の印象が強いが、実際には生粋のロンドンっ子だし、本作は原作者も英国人、プロダクションも英国のイギリス映画である。
キングスマンのメンバーのコードネームがアーサー王伝説だったり、英国紳士然とした彼らのアジトが、オーダーメイド背広の街として知られるザヴィル・ロウのテーラーだったり、パブ文化がギャグのネタになってたり、英国あるあるが満載。
ハリウッドのビッグタイトル、「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」では抑えられていた、残酷趣味全開のお笑いアクションも復活している。
まあポップなヴィジュアルである程度ソフトにしているが、コレは苦手な人も多そうだ。
そして何気に、日本のコミックを思わせるギミックやキャラが目立つ。
麻酔銃付きの腕時計なんてまんま「名探偵コナン」だし、刀付き義足で人間を真っ二つにする女殺し屋ガゼルは、「殺し屋1」を思わせる。
「殺し屋1」の刀付きシューズは現実にはあり得ないギミックなので、あれにリアリティーを付与すると本作みたいなデザインになりそうだな。(調べてみると原作のガゼルは男性キャラで、義足に刀は付いてない様だ)
このキャラクターはけっこう強烈なので、一作で退場はちょっと勿体無かった。

今回は、パブの国から「ボディントン パブ・エール」をチョイス。
代表的なイングリッシュペールエール。
綺麗なアンバー色にクリーミーな泡。
喉ごしスムースなライトな味わいで、苦味も少なくてこの種のペールエールの中では、かなり飲みやすさに振ったつくり。
飲んべえびはやや物足りないが、ワイワイやりながら飲むには丁度良いか。
缶ビールには例によってウィジェットが入っていて、パブで飲む泡を演出してくれる。

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ショートレビュー「アントマン・・・・・評価額1600円」
2015年09月03日 (木) | 編集 |
小ちゃなパパが世界を救う。

マーベル・シネマティック・ユニバースの最新作は、ひょんな事からマッドサイエンティストにスカウトされて、極小ヒーロー“アントマン”になる男の物語。
身長はわずか1.5センチだが、その小ささとスピードはまさにステルス人間。
敵に気付かれずに接近し、仲間となった蟻の大群と共に戦う虫愛づるヒーローだ。
人間の能力を増幅する等身大、あるいは巨大化ヒーローと違って、ある意味普通の人間よりも非力になる訳で、ハードさよりもコミカルさがフィーチャーされ、他のマーベル作品よりもアクション・コメディ色が強いのが特徴と言えるだろう。
本作は本来エドガー・ライト監督でアナウンスされていたが、彼の降板に伴い「イエスマン “YES” は人生のパスワード」のペイトン・リードが監督に就任。
脚本のクレジットに残ったライトやジョー・コーニッシュらも含めて、スタッフもコメディ系の人材が多い。

タイトルロールのアントマンことスコット・ラングは、身体能力も高く頭も切れるのに、人生全てが上手くいかずにどん詰まり。
前科者である事がバレて仕事は首になり、離婚した妻と暮らす愛娘にも会わせてもらえない。
このあたりのキャラクター造形は、「ナイト・ミュージアム」「リアル・スティール」など、ショーン・レビ監督の映画に出てくるダメオヤジを思わせ、父性の復権は本作でも重要なバックボーンとなっている。
また突然変なスーツ着せられて、非日常のシチュエーションに放り込まれたラングに、まだヒーローの自覚がそれほど無く、基本“普通の人”である事もキャラクターへの感情移入のしやすさに繋がっている。
彼をヒーローの世界にスカウトするのは、アントマン・スーツの開発者にして初代アントマンでもあるハンク・ピム博士だが、彼も一人娘でラングのバディとなるホープ・ヴァン・ダインとの間に確執がある設定なのが面白い。
これは共に家族関係に問題を抱えた二人の父親=アントマンが、極小化テクノロジーを悪用しようとするイエロージャケットの陰謀を阻止するプロセスを通じて、本来の絆を復活させる物語であり、色々な意味でファミリー・ムービーなのである。

まあコミカルとはいっても、アントマンvsイエロージャケットのミニチュア・バトルは結構新鮮で、クライマックスのビジュアルは未見性もあり、終わってみればしっかりマーベル映画。
キラ星の如きヒーローたちの中では異色作だが、出来はけっこう良いと思う。
アントマンも次の「アベンジャーズ」に合流するそうだが、今回もとあるアベンジャーズ・メンバーとの軽い絡みがあって楽しめる。
例によってエンドクレジット途中と最後にあるオマケから想像するに、それより先に「キャプテン・アメリカ」の次回作に出てくるのかも知れない。
ここまで大きさに差があると、他のヒーローとの共闘は画作りのアイディアに苦労しそうだけど。

今回は、舞台となるサンフランシスコ近郊でワインで有名なソノマ地区のクラフトビール、イヌのラベルが目印の「ラグニタス デイタイムIPA」をチョイス。
典型的なスッキリ爽やか系で、IPAとしては比較的アルコール度数は低め。
カリフォルニアオレンジを思わせるフルーティな香りが華やか。
名前の通り、昼間っから飲みたくなるライトな味わいだ。
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