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ブリッジ・オブ・スパイ・・・・・評価額1750円
2016年01月15日 (金) | 編集 |
その男、不屈につき。

スティーブン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演、コーエン兄弟が脚本と聞けば、映画ファンならこの面子だけでワクワクしてしまうだろう。
現代アメリカ映画界最高の才能たちが挑むのは、米ソ冷戦下の1957年から62年にかけて実際に起こった2つのスパイ事件と、その顛末を描く歴史秘話である。
保険訴訟の分野で、着実なキャリアを歩んできた弁護士のジェームズ・ドノヴァンは、ソ連のスパイとしてFBIに逮捕されたルドルフ・アベルの弁護を依頼される。
やがてその事件は、アメリカ軍偵察機がソ連によって撃墜された事件とリンクし、世界史の裏側で大きな波紋を広げてゆく。
時代の大きなうねりに翻弄されながら、それでも揺るぎ無き人々を描く、いかにもスピルバーグ好みのサスペンスフルで骨太のヒューマンドラマだ。
トム・ハンクスが良いのは当然だが、アベルを演じるマーク・ライランスの飄々とした演技が深く心に残る。

冷戦たけなわの1950年代末。
弁護士のジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、ある依頼を受ける。
それはソ連のスパイとして逮捕された、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の裁判の弁護人。
アベルは、冷戦下のアメリカ人にとって“国家の敵”であり、彼の弁護を引き受ければ、ドノヴァン自身が社会から敵視されかねない。
しかし、アメリカに住む全ての人が憲法の下に平等であるという信念を持つドノヴァンは、様々な圧力に屈せず裁判を闘い、次第にアベルの信頼を得てゆく。
巧みな法廷戦術を駆使し、不可避と思われたアベルの死刑判決を覆す事に成功したドノヴァンにとって、更なる青天の霹靂が起こる。
アメリカ軍のU-2偵察機がソ連領空で撃墜された事件で、ソ連当局に逮捕されたパイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズ(オースティン・ストウェル)の身柄を取り戻すために、アメリカはアベルとのスパイ交換を画策。
その交渉役として、ドノヴァンを指名したのだ。
だが、“壁”によって東西分断が進むベルリンに飛んだドノヴァンに、予期せぬ事態が告げられる・・・


スピルバーグとハンクスのコンビ作は今回で4回目。
最初の「プライベート・ライアン」から、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」「ターミナル」と名作が並ぶ。
本作を含めた4作品でハンクスが演じたキャラクターに共通するのは、信念の人であるということだろう。
敵地に取り残された1人の兵士を救うため、大きな葛藤を抱えながらも救助隊を率いる士官。
パイロットや医師に偽装する天才詐欺師を、執拗に追い続けるFBI捜査官に、祖国の内戦によってニューヨークのJFK空港の乗継ぎロビーから出られず、難民となってしまうくそ真面目な男。

そして本作のドノヴァンも、基本的に自分の心の中に譲れない一線を持っていて、そこからは決してぶれない。
この人は根っからの法律家で、彼の行動原理には常に遵法意識と法の下の平等がある。
そもそも彼がアベルの弁護士に選任されたのは、嘗てCIAの前身である海軍情報部OSSの顧問弁護士を務めていた経歴ゆえの様だが、だからといって原告である国に媚びる様な行動は一切しない。
アベルの持つ情報を聞き出したいCIAがドノヴァンに接触するシーンで、「弁護士の法的義務より国家の方が大事だろう?」と違法な協力を迫るエージェントに、彼はこう言い放つ。
「君の名はドイツ系だろ、僕はドノヴァンでアイルランド系だ。僕らを“アメリカ人”たらしめているのは合衆国憲法のみじゃないのか?だから僕は法を守る」
世界中から移民が集まって出来た新興の実験国家アメリカには、歴史的、民族的な拠り所がない。
マイノリティの集合体である国家と国民を定義する唯一の柱は、憲法を頂点とする法体系。
最高権力者たる大統領はその庇護者であり、現在のオバマ大統領を含む、歴代大統領の多くが弁護士資格を持つ法律家であることも、アメリカという国家の成り立ちと無関係ではないのだ。

だから愛国者であるドノヴァンは、アメリカの“法”に忠実に動く。
たとえ外国人だとしても、アメリカにいる限りはアメリカの法で守られる。
スパイは基本的に死刑だが、それは自分たちの共同体の安全をアメリカ人自らが外敵に売る裏切り行為だから。
だが、アベルはもともとアメリカ人ではない。
敵地へ潜入し国のために戦う「立派な兵士」であり、決して口を割らないのも当然の義務ゆえ、裏切り者として処刑してはならないとドノヴァンはいう。
実際、アベルはFBIなどの当局から「大佐」と呼ばれており、彼らはアベルを兵士と認識しているのだ。
しかしその様なロジカルな考え方は、ソ連への恐怖と憎しみを教え込まれた一般のアメリカ人の心理とはかけ離れたもので、裁判を有利に闘えば闘うほどに、ドノヴァン自身がアメリカにとっての裏切り者、売国奴として認識されてしまう。
冷戦とは、実際に銃弾のやり取りをしない心理的な戦争であり、当時の米ソは今の米中や米露関係などとは比べ物にならないくらいに、明確な“敵国”同士だったのである。
四面楚歌となって自分に危険が及んでもなお、決してスタンスを変えないドノヴァンを、アベルは「不屈の男」と呼び少しずつ心を開いてゆく。
立場は違えど、彼もまた自らの職責に命をかけており、2人の不屈の男は心の深い部分で共感している。

映画の前半は、アベルの裁判劇。
後半は、東ベルリンを舞台にしたソ連とアメリカのスパイ交換を巡る、丁々発止の交渉劇となる。
アベルを殺してしまえばそれで終わりだが、生かしておけばもし将来アメリカのスパイが同じ目にあった時の交渉カードとなる。
ドノヴァンが裁判長に論じた「可能性の未来」が現実化した事によって、彼は一介の民間人としては重すぎる責務を背負う事となってしまうのだ。
1960年5月1日、密かにソ連領空に侵入していたアメリカのスパイ機U-2が地対空ミサイルによって撃墜され、パイロットのフランシス・ゲイリー・パワーズが捕虜となり、禁固刑を言い渡される。
本作は基本的に地味な会話劇なのだが、この撃墜シーンだけはまるで「ゼロ・グラビティ」を思わせる凝りに凝った演出で、アクション映画監督スピルバーグの面目躍如。
だが、機体の爆破に失敗し囚われの身となったパワーズに、アメリカの世論は冷淡だ。
危険を承知でスパイをしているのだから、捕虜として生きながらえるなど許されない、愛国者なら捕まる前に死を選べ、という訳だ。
世論の支持もなく、本来存在しないはずのスパイの救出にアメリカ政府は動けない。

そこで民間人であり、アベルの信頼を得ているドノヴァンが、極秘裏に交渉役として送り込まれる。

しかも、ちょうどベルリンの壁が建設中という状況が、予期せぬ事態を招き寄せる。
東西ベルリンの分離直前、恋人に会いに東ベルリンに行ったアメリカ人留学生、フレデリック・プライヤーが東ドイツ当局によってスパイ容疑で逮捕されてしまう。
ソ連が管轄するパワーズと、東ドイツに囚われたプライヤーでは交渉相手が違う。
特にソ連占領下で、アメリカには国家承認すらされていない東ドイツは、なんとか自分たちを対等な交渉相手として認めさせようと、ソ連との同時交渉を拒否してくる。
ドノヴァンをサポートするCIAにとっては、ホンモノのスパイであり機密情報を握るパワーズとアベルの交換が最優先。
しかし、ドノヴァンは彼の信ずる法によって守られるべき、最も弱い立場のプライヤーを見捨てる事が出来ない。
ここからは疑心暗鬼の中、お互いに国家を背負った男たちの腹の探り合い。
それぞれのファーストプライオリティは何なのか、どこまで妥協できるのか。
ドノヴァンが見せる、三者誰もが受け入れられて損をしない、ギリギリのウィンウィンを狙う交渉術は、なるほどスパイ交換じゃなくても色々なシチュエーションで使えそう。

ソ連へと帰るアベルと、アメリカへと引き渡されるパワーズ、そして東西の架け橋として両者の間に立つドノヴァン。
3人の不屈の男の運命は、西ベルリンと東ドイツの間にかかるグリーニッケ橋の上で一瞬交錯し、再び別れてゆく。
雪の中の小さな歓喜は、非情な世界に生きるお互いの未来への憂慮と裏表。
ここだけでなく、ベルリンとニューヨークの鉄道からドノヴァンが目撃する光景など、東西に引き裂かれた世界の非対称の暗喩があちこちに仕掛けられている。
あるシーンの描写が、意味の反転した別のシーンに連続する、比較のモンタージュ的なシーンの繋ぎも面白い。

スパイのさらに裏方を描く地味な作品だが、コーエン兄弟の脚本は彼ららしい適度なユーモアを隠し味に手堅い仕上がりを見せ、スピルバーグはさすがの演出力で王道の娯楽映画として昇華する。
映画の完成度は圧倒的に高く、画面の隅々まで見応えたっぷりだ。
60年近く前の物語だが、現在の世界も当時とは違った形で引き裂かれたまま。
ドノヴァンの様に“架け橋”となりえる人材は、いつの時代にも求められているが、本作に描かれた様に、憎しみと不寛容に囚われた人々からは往々にして理解されない。
だからこそ、スピルバーグは「リンカーン」に続いて本作を作らねばならなかったのだろう。
信念の人による闘いと和解を描き続ける彼もまた、「不屈の男」なのである。

今回は激烈な交渉ごとの後で飲みたい、ジャーマンピルスナーの代表格「ヴァルシュタイナー ピルスナー」をチョイス。
日本のオクトーバーフェストでもお馴染み、本場ドイツでも最もポピュラーな銘柄だけあって、クセがなくて飲みやすい。
泡はきめ細かく口当たりが良く、喉越し爽やかでスッキリと澄んだ味わい。
ドイツ料理店で迷ったら、とりあえずコレというビールだが、和食にもとても合う。

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