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アーロと少年・・・・・評価額1750円
2016年03月16日 (水) | 編集 |
永遠に、友だち。

6500万年の昔、大隕石が地球にぶつからず、恐竜たちが滅びなかった世界を舞台にした冒険ファンタジー。
とある事件によって、故郷から遠く離れてしまった臆病な恐竜の子ども・アーロと、ひょんな事から彼と行動を共にする人間の子ども・スポットとの出会いと別れの物語を、アメリカ中西部を模した雄大な自然を背景に描く。
脚本は「インサイド・ヘッド」のメグ・レフォーヴ、監督は短編「晴れ ときどき くもり」のピーター・ソーン。
ピクサーの長編監督としては史上初のアジア系監督であり、「カールじいさんの空飛ぶ家」のラッセル少年のデザイン・モデルとしても知られる人物だ。
実に6年に及ぶ制作過程の紆余曲折を経て、ようやく日の目を見た本作は、製作費が巨額のマーケティング費用とあわせて3億5千万ドルに及ぶといわれ、ピクサーの作品としては初めて赤字となってしまった。
アメリカでの批評も割れていたが、実際に観てみればいつも以上の素晴らしさ。
王道の傑作娯楽映画である。
※核心部分に触れています。

アパトサウルスの子どもアーロは、三姉弟の末っ子で、臆病な性格を活発な兄姉にからかわれてばかり。
ギザギザ山の麓でトウモロコシ農家を営む父親のヘンリーと母親のイダは、作物を荒らす人間という生き物に悩まされている。
ある日、収穫の見張りをする事になったアーロは、罠にかかった人間の子どもに怯えて取り逃がしてしまい、ヘンリーと共に追跡に出る。
ところが、突然の嵐で鉄砲水に巻き込まれ、ヘンリーはアーロを助けて自分は亡くなってしまう。
父の死に責任を感じるアーロは、再び人間の子どもが戻ってきているのを見つけ、捕まえようとして一緒に川に転落し、目を覚ましたときには見知らぬ土地に一人ぼっち。
帰り道が分らず彷徨うアーロの前に、あの人間の子どもが現れる。
共に故郷から遠く離れ、孤独な身の上。
いつしか二人は心を通わせるようになり、アーロは人間をスポットと名づけて、一緒に故郷への道を探そうとするのだが・・・



恐竜だけが言葉を話し、素朴な文明を作り上げたパラレルワールドは、西部開拓史をモチーフにした魅惑的世界だ。

ここでは草食のアパトサウルスが農民で、哺乳類の牛を飼うT-レックスはカウボーイ、ヴェロキラプトルは卑劣な牛泥棒、翼竜のプテロダクティルスは弱い生き物を狙う狡猾な悪党で、原語版では監督自らが演じるスティラコサウルスは森の賢者(というか変人)。
そして人間は、言葉を持たず四足で走り回る犬、あるいは狼のポジションとなる。


物語は全く奇をてらった所の無い、王道の流離譚だ。

怖がりで、何をやってもうまくいかないアパトサウルスのアーロが、人間の子どもと友だちになり、故郷への困難な旅を通して立派に成長する。
家族と別れて帰還を目指す少年の冒険物語は、ディズニーの系譜において古くは「ピノキオ」から「ライオンキング」「ボルト」に至る伝統の話型であり、ピクサーの「トイ・ストーリー」シリーズなどもその変形と見ることが出来るだろう。
本作はそこに「気弱な少年と忠実な飼い犬の物語」を、立場を逆転させて組み込んだというわけだ。

一頭と一人は、時には怖ろしい恐竜たち、時にはもっと怖ろしい大自然の脅威に向き合わねばならない。
元々臆病だったのに、ヘンリーの死によってトラウマを抱え込んだアーロが、父の命を奪った時と同じ、嵐が引き起こした鉄砲水からスポットを救出するシークエンスは、物語の見事な連環であり、その後スポットの身に起こるある出来事と共に、感動的なクライマックスを形作る。
旅の途中で出会うT-レックスのブッチは、怖がりな自分にコンプレックスを持つアーロに、「怖いもの知らずでは生き残れない。恐怖を受け入れて乗り越えるんだ」と諭す。
このアドバイス通り、彼はちゃんと怖がりつつ、トラウマに立ち向かって勝った。
そして、冒険によって多くを学んだアーロは、自分の欲求よりも孤独な友だちの幸せを優先させられるほどに成長しているのである。


今回の技術的チャレンジは、圧倒的自然描写。
時には静かに時には濁流渦巻く川、風が吹き抜け木の葉が揺れる森、刻々と表情を変える空、荘厳にそびえ立つ雪山。

シンプルかつ普遍的な物語を、恐ろしくリアルだけど、この世界のどこにも無い壮大なランドスケープが包み込む。
超絶の完成度は、もしも恐竜と人間が写っていなければ、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルあたりのネイチャー・ドキュメンタリーと見分けがつかないだろう。

さらに、この豊かな世界の生態系も見もの。
恐竜たちと人間以外の動植物は、デザイン的にカリカチュアが弱めで景観に自然に溶け込んでおり、それぞれの特徴がうまく見せ場に繋がっている。
蛍的な光る虫が乱舞するシーンは幻想的な美しさだし、現在のプレーリードックっぽい生き物でモグラ叩き的ギャグをやるシーンは大いに笑かしてもらった。
まあカワイイ動物が餓えたプテロダクティルスに丸呑みされちゃったり、発酵した木の実を食べたアーロとスポットがラリって悪夢を観るシーンとか、小さいお友だちにはちょっとしたトラウマかもしれないけど。
そして牛である!まさかディズニー・ピクサーのファンタジー映画で、迫力のスタンピードを見られるとは夢にも思わなかったよ。


本作の世界観のベースとなっているのは、ワイオミング州に広がるグランド・ティトン、イエロー・ストーンの両国立公園。
さらにアメリカ中西部のあちこちの地形を組み合わせて構築している。

ランドマークとなっているギザギザ山はティトン山脈で、アーロの住んでいる家のモデルもグランド・ティトンに残る20世紀初頭の農場跡、T. A. Moulton Barnだろう。

グランド・ティトンを舞台にした西部劇といえば、やっぱ「シェーン」なわけだが、ソーン監督は子どもの頃に観たこの映画が大好きだそうで、なるほど本作の世界観には彼の映画的記憶がオマージュされているのである。
牛を追って走るT-レックスたちの動きが、馬に乗るカウボーイに見える演出など実に芸が細かくて、作者の深い西部劇愛を感じる。
ちなみに、来月から「シェーン」がデジタルリマスター版でリバイバル公開されるのも、嬉しい偶然だ。

映画は素晴らしいのだけど、唯一残念なのが吹替え版しか提供されていない事。
ピクサー作品としては比較的低年齢層に向けた作品だし、吹替え需要が大きいのは分るが、やはり声の要素が総取替えされた吹替え版は、オリジナルとは別の作品だ。
カウボーイのブッチ役にサム・エリオットのキャスティングとか、デビュー作の「明日に向かって撃て!」へのオマージュなのは明らかで、こういうワクワクはやはり日本語では味わえない。
せめて六本木あたりでは、原語版を上映してもらえないかね。

同時上映は、サンジャイ・パテル監督が、自らの幼い日の記憶を元に作り上げた「僕のスーパーチーム(Sanjay’s Super Team)」で、ヒンズーの神々をスーパーヒーローに見立てた異色作だ。
主人公のサンジャイ少年は、テレビのヒーロー番組に夢中。
ところが信心深いお父さんに、一緒に祈りを捧げる様に言われる。
心ここにあらずのサンジャイの脳内で、ヴィシュヌ、ハヌマーン、ドゥルガーといった神さまたちが、悪と戦う妄想が湧き上がるという筋立てで、ヒーロー化した神々の繰り出す技が面白い。
「アーロと少年」のピーター・ソーン監督は韓国系で、同時上映の監督はインド系と、今回のプログラムはなぜかアジア色が強いが、やってるのは西部劇だったりヒーローものだったり、アメリカンなモチーフなのが面白いな。

今回は夜景が印象的に描写されていた作品なので、ロッキー山脈の麓の街、デンバーで生まれたクラフト・ビール「ブルームーン」をチョイス。
1995年に登場した比較的新しい銘柄だが、急速に米国のビール好きに受け入れられ、今では定番の一つに。
ベルギースタイルのホワイトエールは、ライトな喉越しがとても飲みやすい。
スライスしたオレンジを添えるのが定番で、元々フルーテなテイストがさらに引き立つ。
ほのかな甘味が隠し味的に効いている。

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