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レヴェナント:蘇えりし者・・・・・評価額1800円
2016年04月26日 (火) | 編集 |
死の先に、何を見出すのか?

タイトルの「レヴェナント(Revenant)」には、「帰ってきた者」の他に「亡霊」という意味がある。
本作は19世紀初頭のアメリカで活躍した猟師にして探検家、ヒュー・グラスを主人公とし、彼がグリズリーに襲われ、仲間に見捨てられながらも満身創痍で生還を果たした実話を元にしている。
ただ、これは単なるサバイバル劇ではない。
未開拓の原野を這いずりまわる、絶望的な冒険と復讐を通して、グラスが見たものとは一体何か?
昨年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と本作で、2年連続アカデミー監督賞を受賞する快挙を達成したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督が作り上げたのは、アメリカ創成期を舞台とした壮大な映像神話だ。
エマニュエル・ルベツキの流麗なカメラが縦横無尽に駆け巡り、観客を200年前のフロンティアの荘厳な大自然に誘う。
濃密過ぎる2時間37分の上映時間は、決して長くは無い。

1823年、極寒のフロンティア。
毛皮を狙って奥地に遠征した探検隊は、アリカラ族の襲撃に遭い、命からがら船でミズーリ川に逃げ出す。
ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は、ポーニー族の妻との間にできた息子のホーク(フォレスト・グッドラック)と共に、案内人として探検隊に参加していたが、このまま川を進めば再び襲撃されると判断、陸路で砦まで移動することを進言する。
しかし、偵察に出たグラスは、グリズリーに襲われ、瀕死の重傷を負ってしまう。
助からないと判断した隊長のヘンリー(ドーナル・グリーソン)は、部下のフィッツジェラルド(トム・ハーディ)とブリッジャー(ウィル・ポールター)に、グラスが死ぬまで留まって、埋葬してから合流するように命じる。
ところが、皆がいなくなるとフィッツジェラルドがグラスを殺そうとし、目撃したホークが止めようとして逆に殺されてしまう。
フィッツジェラルドはブリッジャーに嘘を言って、グラスを放置したまま二人で逃げ出すが、奇跡的に一命を取り留めたグラスは、折れた足を引きずり這いつくばったまま、フィッツジェラルドを追いはじめる・・・・・


未見性の塊の様な「バードマン」にも驚かされたが、これはもっと凄い。
物語そのものは、典型的な西部劇の復讐ものである。

息子を殺された主人公が、仇を追い求める、ただそれだけの話だ。

だが、この作品の大きな特徴は、現実世界を主人公の精神世界と並行に捉えることで、リアルなドラマというより、寓話性を帯びた神話的流離譚となっていること。
グラスは、ポーニー族と暮らしていた頃、白人の軍隊に襲われ、妻を殺された過去がある。
以来、彼の肉体はこの世にあれど、魂は半分死んで常に煉獄を彷徨っているのである。
そこに追い打ちをかける、熊による襲撃と仲間の裏切りによる息子の惨殺。
劇中に登場する朽ち果てた教会は、彼の絶望の象徴だ。

ボロボロになったグラスは、大地に這いつくばり血反吐にまみれながら、必死の匍匐前進を続けて逃げたフィッツジェラルドの背中を追い求める。
そこにアメリカ人、フランス人、アリカラ族、互いに敵対するいくつものエスニックグループが入り乱れ、見えざる手によってグラスの運命に絡み合う。
しかし、圧倒的な存在感でスクリーンを支配する本作の真の主役は、ちっぽけな人間たちのドラマを抱く、フロンティアの大自然そのものだ。
実際、ターミネーター並みに頑丈なグラスの壮絶な冒険は、復讐よりもむしろこの荘厳な世界で、生きることの真理を求める旅と言っていい。
死地から蘇り、心に大きな傷を抱えた“レヴェナント”は、復讐を求める冒険の最後に、自らの運命を委ねることで遂に大自然と一体化する。

この構造によって、本作は一個人の浄化の物語を超えた森羅万象の理の寓話、フロンティアの神話となった。

一作毎に映画の既成概念に挑戦状を叩き付けるイニャリトゥは、もしかしたら視覚と聴覚を駆使して“写らない世界”を描こうとする、テレンス・マリックと同じ道を歩んでいるのかもしれない。
イニャリトゥの作品において、カメラはただ状況を写し取るのではなく、物語るための重要なツールだ。
例えば、「バードマン」の全編ワンカット“風”の映像は、嘗てのスター俳優としての自尊心によってがんじがらめとなり、精神的に追い詰められてゆく主人公の心の中で、現実と虚構がシームレスに繋がっていることを象徴的に映像化したもの。

マリック作品の撮影監督としても知られる、ルベツキの映像マジックは今回も健在だ。
極端に被写界深度の深い広角気味のステディカム映像は、引いては天国、寄っては地獄の大自然を映し出す。
日没直後のマジックアワーへのこだわりは、「ニュー・ワールド」にも見られたが、今回は一日の中で自然光が作り出す変化をダイレクトに焼き付ける。
色と光のグラディエーションだけでなく、その場の空気感すら伝えて来るようで、冒頭のアリカラ族の襲撃シーンなどは、まるで自分が200年前の戦場に投げ出されたような臨場感。
鬼の形相で匍匐前進するグラスに張り付いたカメラは、観る者に全身の傷の痛みまでをも伝えて来る。
ちなみに全編自然光撮影が売りだが、いわゆるVFX的なところ以外にも光系エフェクトを含めてポスプロで相当いじっているはずで、当たり前だが画面に映っているもの全てがナチュラという訳ではない。

可能な限り既視感を排除する、未見性に対するイニャリトゥのこだわりは、映像だけでなく音楽・音響にも同様に及んでいる。
明確なメロディーラインを持たず、いくつもの音の塊が重なって構成されたような独特の音楽。
正直、エンドクレジットを見るまで、坂本龍一が参加しているのをすっかり忘れていたくらい、過去の彼の楽曲と異なる。
そして水の音、風の音、木々のこすれ合う音、獣の声。
様々な自然の音が、常世からのささやき声とまじりあい、この地のスピリチュアルな声となって極寒の原野に広がってゆく。
全身全霊で映画を感じとり、何時しかグラスと共に虚構を超越して、この残酷で美しき世界と一体化する。
「レヴェナント」は、そんな体感する独創の映画なのである。

ところで、本作がアカデミー賞で作品賞を逃した理由は明らかだ。
200年前の世界を舞台とした神話的冒険譚と、現在のカソリック聖職者による性的虐待事件。
どちらかが現在アメリカ社会にとってよりダイレクトな、より重要な題材を扱っているのは言わずもがな。
浮世離れした神話的世界観は、求める人を選ぶ。
もっとも、万人向けとは言えないベクトルこそが、本作を恐るべき高みに押し上げているのだけど。

この極寒の中で燃え上がるような物語には、フルボディの赤。
ナパバレーの代表的な銘柄、「ロバート・モンダヴィ カベルネソーヴィニョン」をチョイス。
カベルネソーヴィニョンを中心にメルロー、カベルネフランなどもブレンドして生まれる複雑なアロマを楽しめる、パワフルなボディながらバランスの良い一本。
本作を観ると猛烈に肉料理が食べたくなる。
残念ながら日本では目にしないが、ヘラジカのローストなどと合わせたら最高だろう。

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